第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第4回 〜 山陽:南欧羅巴


SEu4『 盾が砕け、矛は貫いた 』

 希臘神話で描かれる巨人族(ギガンテス)や“エキドナの仔”と称せられる怪物共による侵略からの防波堤となっている日本原駐屯地。そこから国道53号線を南下して約50kmのところに、神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団第7施設群が待機する三軒屋駐屯地がある。今や終局を迎えたギガントマキアに向けて、資材や人員を送る中継点と化した三軒屋に、殻島・破音(からしま・はおん)二等陸士が降り立った。
「……キビちゃん、都会は凄いねぇ」
 肩に掴まるモモンガに思わず呟く。都会といっても、戦車や特科車輌から漂う重厚そうな雰囲気に満たされた日本原と比較しての感想であり、第13旅団司令部のある海田市駐屯地はもっと人手が賑わっているだろう。ともあれ山陽道の要の1つとなり、補給基地となっている三軒屋は活気に満ちているように思えた。
「さて、キビちゃん。お仕事、お仕事」
 愛車の偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』に給油すると、地図を睨む。地図には様々な蛍光色で地名が引かれたり、赤字で○の上から更に×が書き加えられたりと、色鮮やかだ。
「うーん。鬼ノ城――温羅遺跡が怪しいと思うのはベタなのかなぁ」
 温羅遺跡は、吉備地方に残る桃太郎話の元といわれる伝説で、百済の王子と称する温羅(うら)という鬼が住んでいたとされる古代山城史跡である。伝説の他には史書等に記載が無い為、大陸より製鉄技術をもたらし、温羅は吉備地方を治めた技術者集団もしくは豪族であったという説が有力である。
「……どちらにしても手掛かりが無い以上は行ってみないとね」
 那岐山にはオリュンポス神群の長ゼウスの姿は無く、換わって南方に強大な力を感じていたというテュポンの言葉を受けて、破音は調査に赴いてきたのだった。
「――地図をざっと見ても、那岐山の様に謂れのある場所はピンと来ないんだよねぇ。……アテナのように人間名を持って紛れているとは思えないし……同じく山かどこか?」
 という訳で、途中には吉備神社へと寄って参拝してから、温羅遺跡へと向かう。何にしろ、破音には時間が無い。いつ破音という人格が、意識の奥底で眠っている本来の エキドナ[――]に塗り替えられるか、自分でも判らないのだ。
「だったら己の存在の最期の時が来る前にアテナ――いや人間側に勝利をもたらす為に頑張りたいじゃん」
 モモンガに言い聞かせるように呟く。
「ぼくは人間も、人間が創った物も大好きだから。アニメとか歌とか良いよねぇ。特に歌は、人間の創った文化の極みだよ。はい、ツッコミキャンセル」
 オートのアクセルを吹かしながら、山道を登る。空元気を振り撒き続けた。
「……他の神群ならともかく、ガイアのオリュンポスの神々に対する怒りから生まれたテュポンやその眷属が勝利したとしても、不毛なだけで何も生み出す事は無いし。それに……」
 エキドナが記憶を塗り替えた時は、ぼくはもうどこにも残らない。仲間だった人間を殺したり貪り食ったりする前に、自分でケリを付ける覚悟だけはしておこうと心に秘めた。だが、今は……
「南下してゼウス、あるいは強大な力の持ち主、この状況を仕組んだ何者かを捜し出さないと!」
 快音を響かせながら、吉備史跡県立公園跡をオートが駆け抜けるのだった。

*        *        *

 ホッホーと鳴くと、フクロウの着ぐるみ姿の人型戦車試験小隊『闇夜の梟』隊長、峰原・杏奈[みねはら・あんな]三等陸尉は爆弾発言をした。
「――という訳で、小隊は現在3名の欠員が出ているの。殻島二士は南方偵察に、1人は溜まった疲労がまだ抜けず、またもう1人はテュポンとの戦いでカバーリンクした際に、思わぬ怪我を負っていた模様で強制入院となったわ」
「――なんだってー!」
 安藤・義正(あんどう・よしまさ)二等陸士は慌てふためくと、手足を振り回す。
「アイギスが2機も稼動しないで大丈夫なんすか」
「――最初の構想では、アタシも含めて3機編成で当たるつもりだったから、そう修正するだけよ」
 とはいえ戦力減退には違いない。不安な面持ちになる安藤だったが、
「大丈夫です。がおー、ですよ」
「がおーって言ったって……て、何着ているの?」
 キング・オブ・モンスター。しかし真の姿は反核運動の象徴たる存在。日本が世界に誇る怪獣王の着ぐるみ姿の 綾科・那由多(あやしな・なゆた)に、安藤は開いた口が塞がらない。
「……何て格好をしているんだい?」
「やはりラドンと言えば、これですよー」
「それ、ラドン違い……あれ、阿蘇の炭鉱から出現して、最後は噴火口に落ちていったし。しかもラドンとの対決は勝敗が着かなかったんじゃなかったかな?」
 途中、蛾の幼虫が介入して中断。三つ首の宇宙黄金竜との戦いに向かっている。
「……それは、初代と二代目のラドンですよー。Vs.シリーズでは、また違うんですぅ」
 解る人にだけの話はさておき、
「テュポンに止めを刺した功績により、めでたく陸士長になりました。これで夢へと更なる一歩です」
「……夢って?」
 思わず顔を見合わせる安藤と杏奈。那由多は背びれを光らせて吼えるように、
「ラブリィガールズを正式に陳情します! 神様だか何だか知らないけど勝手は許さない。安心してコスプレを楽しめる世界にするのですぅ」
「「えぇ〜!?」」
 異口同音で悲鳴が上がった。それでも気にせず、那由多は足を踏み鳴らすと、
「みなさん、ラドンを倒してラ丼を作るのですよー」
「それもどうかと……」
 さておき、第46普通科連隊・第13066班長の 大倉・隆一(おおくら・りゅういち)三等陸曹が顔を出す。いつになく呆れた様子で、
「……うちの鈴木達に小美人のコスプレとは随分とマニアックな。鈴木恵二士はともかく、鈴木優美子一士が溜め息を吐く姿は余り見た事が無い」
「それでもラブリィガールズに付き合ってくるなんて、好い人ですぅ〜」
 那由多の言葉に苦笑する。しかし、すぐに顔を真面目にして、
「作戦提案の上申書は見た。――遠距離攻撃を加えつつ後退して敵を日本原に誘き寄せ、集中砲火を浴びせ、アイギスによる近接戦闘で止めを刺す」
「……こちらも一苦労だな」
 砲撃支援の主役ともいえる第13戦車中隊・次世代戦車試験部隊を率いる 桑形・充(くわがた・みつる)准陸尉も顔を出すと苦笑してみせる。杏奈一人が困った顔をしたものの、溜め息を吐いて、
「……では前半は任せるわ」
「承知した。直接照準可能だからな、相手が動いても対応する能力は特科より高い。また照準情報を特科に送る事も可能だ。期待以上の働きをしてみせるとも」
 桑形は笑って頼り甲斐のあるところを見せる。
「何にしても、目の前の敵を排除しない事には次の場所に移れん。ましてやギガスは放置するには危険過ぎる。ラドンともなれば言うまでも無い。確実に排除する事を目指すつもりだ」
「――排除となればギガスだけではない。敵の統制が解除された結果、巨人族の脅威は当初に戻っただけだが、やはり増援の獣型超常体も排除しなければならないだろう」
 第13飛行隊・機種統合試験部隊長の 笹山・健(ささやま・たけし)准空尉も加わると、航空支援による対地攻撃を約束。
「――更に言うならば、ようやく申請が通ったよ。ラドンの再生を阻害する為にナパーム弾の使用が許可された。巻き添えにならないように気を付けてくれ」
「……確かに、それは大変だな」
 戦車に随伴する普通科隊員を率いる桑形と大倉が冷や汗を浮かべた。大倉は頭を掻くと、口調を改め、
「――うちの班はヤケクソになって攻撃を仕掛けるギガスや下位超常体の攻撃を防ぐように勤めます。テュポンを倒した事で、ギガスの組織攻撃はなくなったとは雖も、逆に統制が取れない事で万歳突撃にならないとも限りませんから。……つまりラドンにばかりに気を取られると足元をすくわれるかもしれない。ラドンに打撃を与えられる連中を守る事は、我等、普通科の領分ではないかと思うので」
「――宜しく頼むわ」
 誰からとも無く、敬礼を交し合う。作戦決行に向けて、迎撃準備が整えられていくのだった。

*        *        *

 胎児の姿をしていた最高位最上級――主神/大魔王クラスの超常体 サンダルフォン[――]の覚醒により壊滅した旧・山口刑務所。生き残った第13特務小隊のメンバーは、北東に約3km、第17普通科連隊本部のある山口駐屯地に撤退していた。既に報告を受け、また無数のエンジェルスやアルカンジェルスといった天使型超常体の出現と、憑魔能力復活の異変を察知して、第17普通科連隊は臨戦態勢にある。
「――無能で色情狂で醜い肉塊だが、お前はサンダルフォン再封印には欠かせないキーパーソンなのである。悔しい事に」
 隣接する、旧・山口赤十字病院の一室にて、壱参特務ち組長の 谷鯨林・康馬(たにげいりん・やすま)陸士長が指摘する。
「――おお、谷鯨林。随分と目が肥えてきたじゃねぇか。アタイについての評価はそれで正しい。実はこっそり昨夜に衛生科のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)で遊ぼうと思ったんだが……」
 全く反省した素振りを見せずに、第13特務小隊長、郷田・ルリ[ごうだ・―]准陸尉は頭を掻いた。フケや汚れが清潔なはずのシーツへと舞い散り、山口・金剛丸(やまぐち・こんごうまる)三等陸曹が顔をしかめる。鼻息を荒くするのは谷鯨林のみ。
「ぶふぅ〜! こっ、殺してやりたいであーる!」
「――落ち着け、谷鯨林。激しく同意するが、こんなのでも一応上官だ。こいつの所為で撤退に追い込まれたとしても、な!」
 壱参特務と組長の 周防・樹(すおう・いつき)陸士長もコメカミに血管を浮き立たせているが、ルリ当人は口笛を吹いて馬耳東風。本当に殺してやりたい。
「……落ち着け、俺。――天使を完全に殲滅するにはこいつの能力で憑魔無効化を再度発現後でないと難しい事は明らか。だから落ち着け」
 口にする事で恨みの発散を抑え込む、周防。呪詛を呟き続ける姿がとても怖い。
「さておき聞きたい事があるのであーる。まずは“鍵”の所在であるが?」
 先日にルリが口にした“鍵”。ルリの言が正しければ世界移動が出来る、憑魔核に似たもの……らしい。信じるのならば、ルリは別世界で殺戮しまくって移動してきた異生(ばけもの)という。
「……ただの無能ではないはずであるな」
「まぁ崩壊する世界で殺し合う中で、生き残ったからこそ“鍵”を手に出来た訳だしなぁ。実は、これでも強いんだぜ、アタイ?」
「……自分で言うな。あと疑問形は止めろ」
 金剛丸がツッコミ。谷鯨林はコメカミを押さえながら再度質問する。
「その“鍵”であるが。どこで無くしたのか?」
「知らね。調子に乗り過ぎて“鍵”に魂を売り渡してしまって暫くしていたら、いつの間にか消えていたさ。アタイは他の“鍵”の持ち主と違って、召喚や移送に興味なかったんでな。面倒臭いし」
「――召喚や移送?」
「つまり“鍵”の力を使えば、主神/大魔王クラスでも楽に呼び出したり、逆にこの世界から追放出来たりするんだが……ねぇ?」
 ねぇ?じゃない。対超常体の切り札となるかもしれない物を喪失したという事実に、一同、肩を落とすだけ。ルリだけが笑いを絶やさない。
「――まぁ“鍵”に魂を売って、七つの大罪が1つ『怠惰』のベルフェゴールと意識統合したから、憑魔能力無効化が出来るようになったんだぜ。……あ、一応、上層部には内緒だぞ。今のところ上の連中はアタイの事を便利な厄介者としか思ってないようだし」
「……解ったである。続けて問うが、憑魔能力無効化の範囲はどうであるか? 完治したらサンダルフォンの周囲にいる天使達の無力化は可能であるか?」
「駐屯地周辺の雑魚は一掃出来るが、サンダルフォンの影響下にある高位の羽根付きとなると、直接接触が必要だな。つまり正体を現したログジエルやケルプ、そしてパワーに対しては、もう遠間からでは無理。それでも奴等の威力を削ぐ事は可能だぜ」
 前回の戦いで処罰の七天使が1柱“ 神の怒りログジエル[――])”が放った雷撃の威力を思い出す。少しでも軽減されるというのならば大助かり。……焼け石に水で無ければの話だが。
「あと、アタイからの攻撃はログジエルにとって致命傷に近い損害を与えられる。もっとも向こうの攻撃も、アタイにとっては致命傷になるんだが」
 それが処罰の七天使と、七つの大罪を司る大魔王の相互作用らしい。
「――肝心の事を聞くである。おまえの正体は大魔王ベルフェゴールである。他の魔群勢力と共に人間の脅威にならない保証は?」
 周防と金剛丸も目を光らせた。返答によってはサンダルフォンの件抜きで、この女を殺さなければならない。だがルリは軽薄な笑みを浮かべたまま、
「……何でアタイがそんな事しなければならねぇんだ? 復讐に凝り固まったアメンや、ルキフェルに協調するバールゼブブ、愛しい旦那に会いたいだけのレヴィアタン、裏切り上等のアスモデウス、そして――決戦存在の癖に行方知らずのサタン。はっきり言うが、こんな奴等に協力する気は全くねぇぞ、アタイは。面倒臭いだろうがよ」
 最後の言葉に力がこもっていた。絶対に本気だ。まさしく怠惰の大罪を司る具現者。
「解った、解った。じゃあ、俺達はあんたが完治するまで奴等の状況を遅延させる事に努めるぜ。行くぜ、金剛丸。……って、おい?」
 周防が首を傾げる前で、金剛丸はルリをお姫様抱きすると入浴場に連行。ただし優しく扱うのでなく、寝着を剥いて湯壷に叩き込んだ。呆気に取られる谷鯨林達に歯を剥いて笑うと、
「――ちょうどいい機会だ! 全身を洗って綺麗にしてやる!」
 嬉しそうにデッキブラシを持つと、汚れを掻き削り出す。垢と汚物で湯壷が汚れるが、すぐに綺麗な水を流し続けた。ルリは面倒臭がりなだけで、特別に風呂嫌いという訳ではない。金剛丸のなすがままに綺麗にされていく。
「……えーと、ツンデレであるか?」
「違うんじゃねぇ?」
 金剛丸の行いに、谷鯨林と周防は乾いた笑いで見守るしかなかった。

*        *        *

 爆発によって生じた瓦礫を集めて積み上げれば、敵の攻撃を妨げる障壁としては最適と思えた。爆心地には胎児の形をしたサンダルフォンが宙に浮いたまま眠り続けている。番をするかのように傍らで伏せているケルプを横目にして、井伊・冬月(いい・ふゆつき)一等陸曹は、駐日仏軍第3外人落下傘連隊所属の ジョゼフィーヌ・ヴィニョル[―・―]少尉――否、ログジエルに改めて挨拶をした。
「あなたの求める世界を、ぼくにも信じさせて下さい」
「……そうか。すまない、感謝する」
 ログジエルはジョゼであった頃を忘れずに、人間らしい素振りをもって返してきた。そしてメモ書きを手渡してくる。流暢な仏蘭西語で書かれたメモは、
(……いずれにしても維持部隊復帰は絶望的という事か。生きる為にも戦う為にも神軍(みいくさ)に付くしかない)
 メモは駐日仏軍のシャルル司令からの暗号通信を解読したもの。既に山口駐屯地のみならず駐日仏軍司令部にまで、井伊とジョゼの“完全侵蝕による超常体化”が通達されており、射殺命令が下されているという。
「……怠惰なベルフェゴールとは思えぬ周到さだ。お陰で秘密裏に支援を受ける事が難しくなった。私に同調する者が出ないよう監視を強化せよという要請まで駐日仏軍に流れたよ」
「郷田……ベルフェゴール当人の仕業ではないでしょう。奴の側近に心当たりがいます」
 あの谷鯨林とかいう太った男。分析判断能力は脅威的なところがある。通りで先程、駐屯地の物資集積所に潜入した際に雰囲気が険悪だった訳だ。
「――それで君は目的の物を手に入れたのか?」
 問われて、井伊はケースを示した。そして自嘲を込めた笑いを浮かべる。
「絶縁状も叩きつけられてきましたよ」
 母に大恩があるという幹部将校だったが、井伊の接触に拒絶の意を示した。谷鯨林の根回しがあったからであり、今考えれば、その場で警衛を呼ばれて射殺されなかっただけマシなのだが、さすがに母との関係も無かった事にされるのは堪えるものがある。今まで抱いていた劣等感の原因が、所詮は泡沫のものに過ぎなかったと突き付けられたからだ。
「……山口刑務所どころか維持部隊上層部はベルフェゴールについて認識していなかったようですよ。奴にしても本人が言っていた通り『やりたいようにやっているだけ』なんでしょうから、決して人類の味方という訳では無く――」
 ぼくの部下は「楽しみの為に」殺されたと言う他無い。容認するなら、大魔王に守って貰う為には多少の犠牲は仕方が無い――つまり魔群による支配を受け入れる事になってしまう。ならばヘブライ神群に付く事も同様な筈だが、井伊としても理で割り切れるものでなく、情に任せたものがあった。ベルフェゴールに対する復讐心とジョゼに対するシンパシーからの行動。無論、ヘブライ神群の勝利が人類の為にならないと確信したなら……
「――無理はするな」
 思いつめたような井伊の表情から読んだのだろう。ログジエルは物悲しそうな目で呟く。心奪われそうなものを感じながらも、井伊は寂しく笑って返した。そして振り切りように、意見を述べる。
「――壱参特務としては郷田准尉の回復を待つまで凌ぐか、先ずログジエルを倒す事を考えるはず。郷田准尉がベルフェゴールと知って『抹殺対象』と認識した者が居ても、サンダルフォンを制する為に必要だから手を下すとも思えません……」
 狐が井伊とするならば、狸は谷鯨林だ。狐と狸による腹の読み合い、化かし合いが既に始まっていた。

*        *        *

 事務的に答える第2混成団の衛生科隊員(二等陸尉の女医)に対しても、礼を言ってから 速谷・光輝(はやたに・みつてる)准陸尉は無線を切る。溜め息を軽く吐いてから、2人部屋の病室へと向かった。寝台の1つでは上半身を起こした 三角・ヘルガ[みすみ・―]准陸尉が、渡瀬・知世[わたせ・ともよ]一等陸士の介護を受けながら書面に目を通していた。
「……それで巳浜由良海士長は招聘出来るの?」
 書面から顔を上げる事無く、ヘルガは尋ねてくる。残念ながらと速谷は頭を振った。
「――彼女は今、山登りをしているそうです」
「……山登り?」
「詳しい事情は教えて貰えませんでしたが、協力を仰ぐのであれば、こちらから赴いて直接に頼み込むという選択をしなければならなかったようですね。……今からでは難しいですが」
 夢の世界に潜り込める力を持つという、第2混成団所属の 巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長。悪夢にさいなまれる 式神・ユタカ[しきがみ・―]一等陸士を救う鍵になるかもしれない少女だったが、厳重な監視下に置かれており、少なくとも第2混成団管轄域から出る事は叶わないそうだ。更に聞けば、正確には由良の処遇を監督しているのは、
「……『落日』ね。残念だけど、式神三佐や私でも手出しが難しいわ」
 一般的には知られていない都市伝説級の決戦部隊。異生によって構成されているという、神州世界の深奥にある闇であり謎そのもの。人脈の多いヘルガや、強権を持つユタカ母といえども不可侵の領域だ。ましてやユタカ母は今もなお山口駐屯地で足止めをされているらしい。
「――その人がアタシの問題を解決してくれるの?」
 隣のベッドで眠っていたはずのユタカが口に出す。上半身を起こすと震える肩を両手で押さえて、
「――教えて。アタシは何故、悪夢を見るの? 誰から狙われているの?」
「……ユタカさんを狙っているのは、ヒュプノスと呼称される存在です」
「――待って、速谷准尉。ユタカさんには……」
 答える速谷に、ヘルガが難色を示す。しかし、
「ユタカさんにとって、悪夢から迫ってくる存在が何だか判らないものだから余計に恐怖を駆り立てるものだったのです。ここまできたら、ある程度は事情を話す必要があります。……宜しいですね?」
「――はい。覚悟出来ているわ」
 ユタカの即答に、ヘルガは固く口を結ぶ。
「これからは、ただ恐怖に耐えるのではありません。僕やへルガさんが守るから共に立ち向かいましょう」
 夢世界は ヒュプノス[――]の土俵だが、一応はユタカの見ている夢でもある。ユタカが前向きにあればアドバンテージが上がるのではないか。
「秋吉台の地下――秋芳洞の奥に超常体の世界と繋がる門があるそうです。その門を開ける鍵がユタカさんの中に眠っています。何故かは解りません。ですがユタカさんの中に力があり、そして敵はソレを欲しています。……門の彼方から、ニュクスと呼ばれる強大な超常体を招き寄せる為に!」
 速谷の説明に、ヘルガが思わず安堵の息を漏らした。幸いな事に、ユタカには気付かれていないようだ。そしてユタカも充分に納得しているようだった。
「ユタカさんが安心して眠れるように、僕達はいつも側で見守っています。だから一緒に戦いましょう」
「はい、先生!」
 微笑むとユタカは再び眠りに付く。日に日に睡眠の時間が増しているのも、ヒュプノスの仕業なのだろうか? 速谷は握り拳を固めて、唇を噛む。
「上手い説得だったわ。……でも巳浜士長の招聘が叶わなかった以上、暫くは手の打ちようが無いわね」
 ヘルガが爪を噛む。目を細めると、
「――いざとなればあの御方を呼び出さなくてはならないかも知れない。ユタカさんが、ユタカさんで無くなったとしても、ヒュプノスの……」
 いいや、違う。アレは――ヒュプノスの姿をした、別のナニカ。速谷は文献を当たり、ヒュプノスと同名が語られている存在に至っていた。
「――“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”の企み通りにしてしまう訳にはいかないから」

*        *        *

 携帯情報端末で受信したメールを読んで、護藤・みこと(ごんどう・―)二等陸士深い溜め息を吐く。
「――どうしたの、みこと?」
 覗き込もうとする 柏原・京香(かしわら・きょうか)二等陸士に、みことは肩をすくめると、
「秋吉台から動かない羽村士長に、ユタカちゃんの護衛を頼んだんだけど……」
「埋まったとはいえ、タルタロスの監視があるとかで断られたの?」
「――正解。奥手を通り越して臆病にも程があるわよ。 埋まっちゃった穴ぼこより好きな人が大事でしょ!」
「トラウマが根強い訳ね……」
 京香も第13施設中隊・秋吉台分遣隊の 羽村・栄治[はむら・えいじ]陸士長とは面識がある。人間――特に男女関係で苦い経験を持つ羽村が、最愛の対象とはいえ慎重というか臆病になるのは無理なからぬ事だろう。それでも、
「――今度は正攻法で、あの子のハートを掴むチャンスよね」
「そうよ! わたしは、ヒュノプスの正体はヨグ=ソトースだと思っているんだけど……」
 ちょっと待て。思わず京香は心の内で突っ込むが、我関せずに、みことは持論(?)を続けた。
「本当にヨグ=ソトースなら相手にとって不足無し。羽村士長には少女を地の底に連れ去る悪の手を阻む白馬の騎士になってもらわないと! ユタカちゃんが誰の生まれ変わりだか知らないけど、前世の旦那さんだからって今回も好きになってくれるとは限らないんだから。ヒュプノスぶっ飛ばして『名乗るほどのものではありません』とか言ってカッコつけちゃって帰ってくればいいじゃない。後の事はユタカちゃんが自分で決めるわよ」
「それは正攻法とは違う気がするけど……」
 ちなみに神州世界において、霊魂の存在は立証されておらず、前世や来世は否定されている。従って羽村とユタカの人知れぬ因縁は、前世という眉唾話ではない。もっと深くて強い関係であるのだが……ここでは割愛。さておき、
「それでも羽村士長に動く気配は無し、と」
 実のところ、羽村としてもタルタロスの他にも懸念すべき事態があるらしい。旧・山口刑務所に出現したというログジエルの動向を窺っている節があった。加えて……
「――そろそろ作戦時間だ。護藤二士、柏原二士。両名、私語は慎んで準備を急げ。今作戦はメデューサを排除し、厳島神社を奪還してポセイドンの戦力を削り、峰原三尉率いる人型戦車部隊派遣までの急場を凌ぐものである事を忘れるな」
 萩野・弘樹(はぎの・ひろき)一等陸士の言葉に、みことと京香は敬礼で応える。そうだ、羽村が危惧する更なる1点は、オリュンポス神群の混乱だ。聞けば那岐山から主神ゼウスは姿を隠しており、代わって名が挙がっているのが海神 ポセイドン[――]。宮島はポセイドンの意向を受けた高位上級超常体 メデューサ[――]に支配されており、維持部隊の目と戦力を引き付ける時間稼ぎだったらしい。
「汚名返上しないとね」
 みことは唇を噛む。入念かつ慎重な情報収集を提言したのが逆効果になってしまった事に、みことは悔しい思いをしていた。どれほど時間が残っているかは判らないが、もはや力押しとなってでも速攻で片を付けなければならない。
「――宮島攻略の本隊と異なり、自分等3名の役割は理解しているな? あの時の訓練を思い出せ」
 萩野の言葉に、みことも京香も首肯した。幾つか試みられている対高位超常体撃破を目的にしたデビル・チルドレンのチームが1つ。萩野は先輩であり、みことと京香は同期の桜。久方振りながらもチームを組んでの感覚を思い出して、気を引き締める。
「宜しい。……観測班からの追加情報だ。宮島を出たペガサスが飛び去る方向の見当がついた。東――今治市の大三島らしい」
「……大三島?」
「間違いなくペガサスはメデューサとポセイドンの間のメッセンジャーだと思われるわね」
 確かめるように呟くと、みことはペガサス撃墜の為に準備した武器へと視線を走らせた。
「大三島に関しての情報は不充分であり、対応策はこれからになる。いずれにしろ、今は宮島攻略が先決だ。作戦開始時間は予定通り。それまでに準備を」
 再度、敬礼して応えるのだった。

*        *        *

 ケースから取り出した7.62mm対人狙撃銃M24にアクセサリーを装着する。廃墟となった大殿小学校の校舎屋上に腹這いとなり、照準眼鏡を覗く。目標が旧・山口赤十字病院に入院中というのは先に潜った時に聞き付けていた。さすがに前線へと乗り出す程には回復していないらしい。誤算だったが、
「――とにかくベルフェゴールのみを確実に仕留める事が最優先だ」
 呟きに、待機していた超常体が静かに発光しながら空に飛び立つ。エンジェルスとアルカンジェルスの群れが山口駐屯地へと襲撃を開始した。

 濃紺のワンピースに、洗い立てのような真っ白いエプロン。実用性と装飾性のバランスに配慮したフリルが愛らしい。そしてプリムと呼ばれる頭飾り。息せき切って駆け込んできた バルバリッチャ(悪意の塊)の姿に、谷鯨林は感嘆の息を漏らした。
「――素晴らしいである、ハニー。まるで御伽噺から今すぐ抜け出してきたような……」
「こんなふざけた格好を用意したのはお前か!」
 言い終わる前に襟首掴まれて激しく揺さぶられた。
「家事も出来ない妾に、メイド姿をさせるな!」
「……あ、問題はそこであるか」
「ふっ。同志・谷鯨林ではありません。そして家事が出来ずとも、貴女はそれだけで愛玩人形のように美しい……じゅるり」
 垂涎の擬音を口にして、眼鏡の男が不気味そうに笑う。迷彩2型を隙無く着こなし、一見真面目そうに思えるが、バルバリッチャの警戒心は谷鯨林へのソレを越えていた。
「――自己紹介が遅れました。この度、壱参特務に出向を命じられました藤剛人と申します」
「……特殊制服への過度の倒錯愛と、幼女への連続性的暴行の疑いで送られてきたのを、我輩が拾ってやったのである」
「――ああ、つまりお前の同類か」
 藤・剛人[ふじ・たけと]一等陸士の紹介に、バルバリッチャが冷たい目で谷鯨林を睨み付けた。
「どうでもいいが妾の制服を返せ。下着も込みで」
「全て私のコレク……げふん、げふん。洗濯中です」
「……なぁ、今すぐ、こいつ殺していいか?」
 珍しく感情を出していきり立つバルバリッチャをなだめる谷鯨林。様子を見守っていたルリが腹を抱えて苦しそうに笑っていた。
「――交代の時間か」
 剛人と共に昼のシフトにあった マラコーダ(尾っぽ)が面を上げる。今やルリの身辺を警備するのは、直属の『マレブランケ』で生き残った2名と、壱参特務ち組7名だけだ。谷鯨林が要請していた文字通り「猫の子一匹入れない」警戒態勢の敷設も無しの飛礫である。上層部の一部はともかく、一般には壱参特務は鼻抓み者の集団としか認識されていない。従って、そんな奴等の為に割く人員は無いらしい。駐屯地内部でなく、外れの病院へと締め出されているのが、いかに嫌われているかの証拠と言えよう。
「これからは我輩とハニーとのキャッキャウフフのラヴラヴタイムであーる」
 散れとばかりに手を振る谷鯨林だったが、外を見晴らせていた部下の緊急連絡に顔色を変えた。
「天使の来襲であるか!」
 大量のエンジェルスとアルカンジェルスの襲来。天使共は駐屯地と病院を襲う二手に分かれ、こちらへの応援を遮断せしめた。外からは他にも入院していた隊員や警衛達が武器を取って応戦する悲鳴と怒号が聞こえてくる。
「すぐにライトタイガーへと移るである! あの中ならば安全で且つ逃げるにもってこい」
 まさか敵の狙いがルリにあるとは、他の入院患者や駐屯地の者には判らないだろう。ならば戦闘は押し付けて、ほとぼりが冷めるまで安全なところで首を引っ込めておくのが賢明だ。
「――今日の主役は君達だったようであるな。だが、次は我が輩と愉快な仲間達が、諸君らを蹂躙することであろう! せいぜい、楽しみにしているがよいのである!!」
「――何、馬鹿な事を言っている」
 バルバリッチャが頬を引きつらせながらも、駐機場へと走る。窓を叩き破って侵入してくるアルカンジェルに対してM16A1閃光音響手榴弾を放って怯ませ、谷鯨林の能力で幻惑する。祝祷系能力を有するエンジェルが対抗措置を放ってアルカンジェルを回復させていくが、黙って見逃す気は無い。89式5.56mm小銃BUDDYが火を吹き、撃ち落していった。
「……もうすぐライトタイガーである!」
「待ちなさい、同志・谷鯨林! 迂闊に外に出てはいけません」
 氣を張り巡らして周囲を探っていた剛人が警告を放つ。風の妙な流れを感じ取ったからだが、遠距離から狙われ、亜音速で飛んできたライフル弾に対応するのは遅れた。
 ――それは、大殿小学校に隠れ潜んで機を待っていた井伊が放った執念の一撃。スナイピングが特段に得意とは言えなくとも、憑魔能力で銃弾の通り道を造れば、着弾誤差を極限まで少なくする事は可能。狙い違わずにルリの頭蓋を貫く……はずだった。
「――!」
 剛人が氣の防護壁を張るより早く、確かに銃弾は貫いた。だがルリではない。警告を受けて身を呈す事で庇ったマラコーダを。衝撃で脳漿を吹き飛ばされ、マラコーダは倒れる。すぐに剛人が壁を張り終わり、谷鯨林がルリの幻を生み出した。もはや井伊に絶好の機会は訪れない。
「――マラコーダ。アンタはアタイには勿体無いくらいイイ男だったぜ。先に地獄に逝って、待っていろ。すぐに追いつく」
 ルリが唇を押し付けて唾液を流し込む。マラコーダは嚥下すると、
「……イエス、マム」
 笑って息を引き取った。
「なるほど、天使の手先となり果てたであるか」
 消え去る井伊の姿を双眼鏡で確認した谷鯨林は9mm拳銃SIG SAUER P220を抜くと,
「素晴らしいっ! 素晴らしいであるよ!! 君はまさに英雄であ〜る!!!」
 発砲する。勿論、距離から考えて届くはずは無い。ましてや谷鯨林も得意という程の腕前では無い。バルバリッチャが冷淡に笑うと、
「――谷鯨林。お前の馬鹿面も飽き飽きだ……と言われて足下を抜かれたいのか」
「……何で知っているか?」
「世界に誇るジ●リ作品ぐらい、妾も知っている」
 さておき89式装甲戦闘車ライトタイガーに搭乗すると、天使の群れが引き上げていくまで息を潜めて耐え忍ぶのだった。

*        *        *

 天使の群れが山口駐屯地と旧・山口赤十字病院を襲撃したのと同時刻。うず高く積み上げられ、或いは乱雑に散らばった古書を舞い上がらせて、アルカンジェルが飛翔してくる。だが倒れ掛かった本棚によって形作られた挟路は機動性を封じ込め、また物量差を埋めるに充分な罠として作用していた。
「――面だ、面で当たれ!」
 無線で部下に命じると、翼を引っ掛けて失速するアルカンジェルに周防はBUDDYで三射。叫びを聞きつけて新たに飛び込もうとするエンジェルスに、仕掛けていたM18A1指向性対人用地雷クレイモアが鋼球の洗礼を浴びせていく。
「常に場所を変えながら始末しろよ」
 山口市立中央図書館跡。廃墟となった知の宝物庫に隠れ潜み、誘き寄せて、狩っていく。群がるエンジェルスが光の矢を生み出して書棚を貫くが、分厚い本が盾となり、また目隠しになって被弾率は低い。横に回り込んではBUDDYや96式40mm自動擲弾銃で弾薬を叩き込んでいった。
「このまま遮蔽物を利用しながら寄せていく。だが危なくなったら迷わず逃げ隠れろよ!」
 返事を待たずに、周防は中央公園を忍び走る。抜けたところで、周辺状況を警戒探索していた部下の操氣系魔人が警告を発した。
「――ケルプ、来ます!」
 轟雷が降り注ぎ、一匹の人頭獣身が咆哮を上げた。耳の位置に生やした翼が広がり、周囲に雷の檻を作り上げる。放射状に広がっていく雷は触るもの全てを焦がしていった。
「――支援砲撃! だが気を付けろ、こちらの攻撃が無効化される恐れがある!」
 周防の怒声に、40mm擲弾銃が唸りを上げる。ケルプは放電で幾つかを撃墜するが、それでも数発は被弾する。致命傷にまで行かずとも、痛みに身動ぎさせるぐらいの効果は保証されていた。
「――サンダルフォンを目視!」
 と、同時にグリップを引いてエンジンを起動させる。炸裂音が響き渡り、白刃が高速回転――チェーンソー。始動させた手はそのまま流れるように腰に提げていたレミントンM870に伸び、構えると同時に発砲。ショットシェルをログジエルへと撒き散らす。が、
「――甘い」
 左手をかざすと、散弾が逸れたり返されたりする。磁力結界の斥力効果。ログジエルはFA-MAS F1で迎え撃とうしてくるが、
「……お互い様だぜ」
 肉薄した周防がチェーンソーで切り付ける。慌てて回避したログジエルは、かわしきれぬと思わずトランペットで防ごうとする。無限軌道で迫り来る刃が生じる摩擦力によって容易に切断。ログジエルは歯を食い縛ると、己ごと空間を爆発させた。吹き飛ぶ周防だが、ログジエルもまたただでは済まない。更には――
「……おいおい、周防。水臭いじゃないか。俺も混ぜろよ!」,br> 耐爆スーツに身を包んだ金剛丸が、注がれてくる光の矢を物ともせずに高機動車『疾風』を突進してくる。慌てて距離を開ける周防。
「刑務所は、最高に居心地の良いところだったのによくも吹き飛ばしやがって! 天使だかなんだか知らないが、この金剛丸様に喧嘩を売った事をあの世で後悔させてやるぜ」
 哄笑を上げながら、速度を増した疾風の重量による轢き逃げ攻撃。ログジエルが轟雷球を放つより、跳ね飛ばすのが先と思えた。だが直前にパワーが割り込んできて、鎧のような外骨格で身を固めると、疾風を正面から受け止める。衝撃と慣性とで前に投げ飛ばされる金剛丸だったが、84mm無反動砲カール・グスタフを2つ、それぞれの手に確りと掴むのは忘れていなかった。器用な前転受身で衝撃を殺すと、痛みを無視してカール・グスタフの零距離射撃。パワーの肉体が四散した。もう1つの砲門もまたログジエルへと向けられるが、放射される雷の龍が先に金剛丸を弾き飛ばす。
「――それは貰う」
 突如、カール・グスタフが強い力で引き寄せられる。磁力結界による引力効果。舌打ち1つ。だが金剛丸はあっさり捨てると、拳を突き出した。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 対爆スーツの分厚いグローブに包まれていた拳が内側から腐れ落ちる。呪言の力は前方に――ログジエルは引き寄せたばかりのカール・グスタフで直撃を避けるが、
「……あんた、俺を忘れんなよ」
 嘲りの笑いと共に、周防がログジエルの背後から奇襲。打拳を左脇腹に叩き込む。抗弾チョッキ越しに衝撃で肋骨が砕き折れ、内臓が破裂したかのような感触。それだけではない。周防もまた呪言系能力者。打点からチョッキが、衣服が腐れ落ち、皮膚には赤黒い斑点が広がり始めた。
「「止めっ!」」
 悶絶するログジエルへと、金剛丸と周防が同時に仕掛ける。だがログジエルは切り札を出した。
「――っ!」
 突如として身体が跳ね上がるような激痛と衝撃が走り、金剛丸と周防が声にならぬ叫びを上げて、地に転がる。――強制侵蝕現象。同じく煽りを受けた部下の操氣系魔人が逸早く復活し、周防達を回復させるのが先か。それともログジエルが雷刃を放つのが先か。
「……くっ、くそったれ!」
 2人より早く金剛丸の腕が動いた。ありたっけのプラスチック爆弾の起爆キーを取り出して押そうとする。爆発すれば、スーツを着込んでいる金剛丸もただでは済まない威力が放たれるだろう。
「ざまあみろ!」
 ――永劫のような一瞬。爆発直前に雷光が走った。稲妻のように駆け抜けたケルプ。満身創痍でありながら、その口には噛み切った金剛丸の腕が咥えられていた。……腕を噛み千切られ、遅れてきた激痛に金剛丸が絶叫を上げる。操氣系魔人により復活した周防は金剛丸を抱えると、疾風に跳び乗った。
「――撤退だ!」
 合図に、と組の面々が乗り込むと、全速力で逃走を開始する。応急手当で止血された金剛丸が殺意を込めた目で、周防を睨み付けた。
「……何故、退きやが……る。このまま奴等も道連れにして……」
「悪いが、俺は死ぬのは御免だ。退くぜ」
 一発逆転の強制侵蝕現象を忘れていたのは痛かった。が、感覚は覚えた。次は耐え切ってみせる。
「……次があればの話だがな」
 呟いた。同時に、天が――割れた。雲1つ無かった空に稲妻と声と雷鳴が起こる。慌てて振り返った。
「――サンダルフォンが目覚め……」
 遠ざかる刑務所跡地に、巨大な光の柱が立つのが見えた。ついに……燭台に火が点されたのである。

*        *        *

 周囲の応援と、本人の前向きで健気な態度にも裏腹に、ユタカは日に日にやつれていった。精神的な疲れは、ついに体調にまで害毒を及ばしていく。そして睡眠状態が20時間に及ぶに至った。
「――やはりドリームダイブで直接戦い合うしか手段は無いのでしょうか」
 ユタカがうなされている寝台の横で、速谷が唇をかみ締める。その頬をムカデのように長く、ゴキブリのように油光りする節足動物が這い回る。足下の床は胎動しているかのように波立ち、壁は歪んで曲がって見える。声ならぬ囁きが廊下を走り回り、燐光が立ち並ぶ。――この世界に霊魂の存在は証明されていない。これらは全てユタカが見る悪夢が、彼女の力を通して発現した幻視と幻聴に過ぎない。
「――ユタカちゃんが潜在的に有していたのは、強力な操氣能力。彼女が無意識に放つ氣の波動が、人を元気付けもし、また不安にもさせるのです」
 座っていた椅子が床に沈み始め、身体が埋没するかのような幻視。まだ触感まで左右されていないとはいえ、いずれはユタカの波動に完全同調してしまい、そのようになりかねない恐怖。
「……悪夢の現実化」
 もはや進んでユタカの世話をしようとする者は少ない。多くの者が悪夢に巻き込まれないように遠ざかっていった。今なおトップアイドルの座から凋落したユタカの具合を真の意味で心配しているのは、熱狂的信奉者(ファン)だけだ。それも両手の指で足りるかどうか。
「――目覚められましたか」
 ユタカがいつの間にか目を開いていた。速谷は己の力で悪夢を振り払う。清涼な病室が再び姿を現した。
「……何か、飲み物でも用意しましょう」
 看護師の知世を呼び出そうとする速谷だったが、ユタカは感情の無い視線で見詰めてくると、
「……もういい。アタシは出て行く」
「ユタカちゃん?」
「アタシはユタカだけど、違う。アタシは冬、そして春。大地の娘にして冥界の妃。生と死の狭間にあるモノ。少女と老婆の二面性。再生、復活……」
 横に背筋を伸ばしたままの状態から、そのままに起き上がって直立する。足先は寝台から僅かに浮いていた。ユタカは無感情な視線で周囲を見渡すと、
「――アタシはコレー。そしてペルセポネー。死して生を育むモノ。……そして奈落(タルタロス)を解放する……?」
「……違います、君は!」
 反論しようとする速谷だったが、ユタカは何かを迎え入れようとするかのように両腕を広げた。そして、
「――ッ! こ、これ……は……」
 一気に脱力感が速谷を襲う。放射や整調、念動とは異なる操氣能力――吸精(エナジードレイン)。周囲から氣を吸い上げていくユタカ。駆け付けた知世もまた倒れそうになるが、速谷を掴むと火事場の馬鹿力よろしく引き摺って、ユタカから遠ざける。薄れ行く速谷の意識に、嘲笑う影が映ったような気がした……。

*        *        *

 人間や動物の集団を突然襲う恐慌状態を「パニック」と呼ぶ。群集心理に留まらず、個々人の恐慌状態や心理状態をも指す事になった、この語源は牧神パンにあるが、その容姿からサテュロスとも同一視されている。
「――サテュロスがパニックというのは皮肉な話かもしれないな」
 ライトタイガーの車中で第13066班を指揮していた大倉は、引きつった笑いと共に口にした。呟きはガンポートから突き出されて、荒れ狂うFN5.56mm機関銃MINIMIやBUDDYによって掻き消される。正面から押し寄せてくるネメアンを35mm機関砲が吹き飛ばした。予測していた通り、テュポンの統制から外れた超常体の群れは、ラドンの破壊衝動に引き摺られている。
「……中村君、よくやった。だが、もう少し引き付けてから発砲しても間に合うはずだ。距離が開き過ぎて威力が足りていなければ、ネメアンの硬い皮膚を貫けなくなる。腕に期待しているぞ」
「承知しました! 任せて下さい」
「――班長、味方左翼にヒュドラの群れが押し寄せてきて、持ち堪えそうにありません。救援を求められています」
 鈴木・恵[すずき・めぐみ]二等陸士の悲鳴に、大倉が反応するより早く、車長席の 山下・隆志[やました・たかし]陸士長が指示を出し、坂本・護[さかもと・まもる]二等陸士がアクセルを踏んだ。まとわりつくサテュロスを轢き潰し、また撃ち殺していく。自分が行動不能に陥ったとしても、こいつらならば大丈夫――その実感を掴み、大倉は笑みを形作った。
「――仲間を護る事が自分達の役割であり、本望だ! 気合いを入れるぞ!」
 大倉の発破に、疲労も何のそので勢いよく返事する第13066班一同。荒れ狂う戦場を突き進むライトタイガーだったが、空から影が落ちてきた。
「――キマイラです!」
 ライトタイガーに限らず、車輌は上面からの攻撃に弱い。飛来してくるキマイラに恵が悲鳴を上げる。だが部下の緊張とは逆に、大倉の唇は歪んだ。
「――大丈夫だ。自分達には……」
 耳を馬鹿にするような空を切り裂く音が、大倉の信頼に応える。笹山達が率いる第13飛行隊・機種統合試験部隊のF-15Eストライクイーグルがキマイラを挽き肉状に変える。支援戦闘機F-2の編隊が航空優勢を確保した。
「――地上目標域に味方の姿なし。僚機、投下せよ」
『 ――Roger』
 笹山の命を受けてナパーム弾(※註1)が投下され、広範囲を焼尽、破壊する。下位超常体が一掃されて、火達磨になったギガンテスが当たるを幸いに暴れまくる。眼も潰されたのか、同士討ちをもする始末。哀れみを誘う姿だが、容赦なく桑形が指揮する戦車隊が火力を浴びせていった。装軌音を耳にしてギガスが暴れるが、待機していた野戦特科の榴弾砲が咆哮を上げると、すぐに沈黙した。
「――このまま殲滅出来るか」
 桑形が目を細めて状況を観察する。だが、すぐに訂正。怒気を孕んで号令を掛ける。
「――ラドン、予定通りに接近! だが最終防衛線を突破させるな!」
 ヒュドラを遥かに上回る巨体と再生力を有した百首竜が、ナパームの名残が未だ燃え盛る木々を倒しながら、破壊衝動に従って前進してくる。鍬形達の戦車隊や特科の砲撃、笹山達の爆撃で出来た傷も回復、吹き飛ばされた幾つかの首も瞬く間に再生した。
「……首元に埋まっているはずの核を直接叩かないと徒労に終わる!」
「――ここからは任せてくださいです〜」
 露払いが終わるまで待機していた3機のアイギスが、待ちに待ったとばかりに突撃を開始する。那由多機が人型戦車用刀『ズバッ刀』を振るうと、数本の首が切り飛んだ。芝を刈るように首を薙ぎ払っていく那由多機を支援するように、杏奈の駆る初号機が直剣でもってラドンの反撃を受け止めていく。2機が生み出した隙間を縫って、安藤機が20式37mm小銃で撃ち抜いていく。周囲からの砲撃や爆撃による支援も止まらない。また普通科隊員達も下位超常体を寄せ付けないように弾幕を張り続けている。
「なかなかしぶといですぅ〜」
 流れ落ちる汗が、激闘を示していた。疲労はますますと蓄積していくが、手を抜いては元の木阿弥だ。ラドンとしても幾ら再生力が高くとも無限にある訳ではない。次第に動きが鈍くなっていく。
「……えい、えいおー!で……すぅ」
 長い時間をかけた猛攻の末に、核と思しき脈動する黄金の珠を見出す。巨体に比して、サイズは林檎ほどに小さい。狙いを違わずに潰さないとならなかった。
「――これで、最後ですぅ!」
 スロットを押してパワーを振り絞ろうとした。その瞬間! 額を流れ落ちてきた汗が眼に入り、視界を奪う。また手汗を吸い切れなくなった皮手袋が操縦桿から滑る。パワーを上げていた矢先だ。体勢が大きく崩れる。そして、まるで狙っていたかのような強烈なラドンからの一撃が、那由多機に放たれたのだった。
「――ッ!」
 衝撃が走った。だが那由多にではない。一撃を受けて間に割り込んだ初号機が吹き飛ぶ。大地に叩きつけられた初号機の胸部装甲は大きく歪み、頭部が潰れていた。
「――ッッ!!」
 声にならない悲鳴と絶叫。頭が真っ白になった安藤がボルトアクション式だという事を忘れたかのように20式37mm小銃を撃ち放ち続ける。核を隠そうとして盛り上がろうとする肉片を、そうはさせるかとばかりに払い除けていった。そして那由多のズバッ刀が黄金の核を断ち割った。断末魔の叫びを上げて、ラドンは地に沈む。多数の首が落ちた事で震動が起きた。そして周囲から歓声が湧き上がる。
「……そんな事よりも、隊長!」
 那由多は慌ててアイギスから降車すると、初号機へと駆け寄った。頭が真っ白になった安藤は未だラドンの亡骸へと20式37mm小銃を向けて引き鉄を絞り続けている。異変を察したのか大倉達も集まってきた。
 装甲の歪みが操縦席の開閉を困難にさせる。未だ活性化の名残がある大倉が力尽くで持ち上げると、中を覗き込んだ那由多が息を呑んだ。血溜りに沈んだ杏奈がそこに居た。骨を砕き、内臓を破裂させるほどの衝撃を受けて、杏奈は絶命していた。すがるように衛生員の 宮原・智子[みやはら・ともこ]二等陸士を見るが、彼女は黙って首を振る。
 そして……慟哭が場を支配した。

 ――テュポンを敵首領とする超常体との日本原攻防戦……ギガントマキアはこの日を以って終結した。杏奈の死により峰原試験小隊『闇夜の梟』の存続も危ぶまれていたが、上層部からの音沙汰は未だ無い……。

*        *        *

 宮島中学校跡地まで前進した第46、第47普通科連隊からなる攻略部隊の主力は、迎え撃つキュクロプスとセイレーンの群れと交戦を開始した。紅葉谷から襲撃する別働隊もアラクネの群れと激突する。
『 ――敵主力の6割を引き付けたと思われる。こちらメデューサらしき姿無し』
『……紅葉谷、メデューサの姿無し』
「管理センター、突入を開始する」
 隊用携帯無線機を切ると、萩野達は物陰を利用しながら慎重かつ迅速に厳島神社への突入を図った。無論、敵の多くが迎撃に割かれているとはいえ、本陣の防衛が手薄になった訳ではない。残る低位超常体が女王を守るべく防備を固めている。セイレーンが奇声を発して、アラクネの注意を喚起させた。
「……露払いは、あたしの役割」
 押し寄せてくるアラクネだったが、京香が手元の発火具を押すと、仕掛けられていたM18A1対人用地雷クレイモアが鋼弾をバラ撒き、また地中に埋めていたC4が炸裂する。――馬の嘶きに、みことが警告を発した。片膝を落とすと、背負っていた91式携帯地対空誘導弾ハンドアローを構えた。天空を翔けるペガサスに対して照準を合わせるみことだったが、 女王
「――やばい! メデューサ、騎乗中!」
「好都合だ、まとめて撃墜しろ。ただし視線を合わせるな!」
「狙い付け中だったから、もう無理!」
 萩野に泣き言をぶつけるのとほぼ同時に、照準先のメデューサの眼が光ったように思えた。みことの思考は一瞬にして停止。身体が石化したように動かない。
「――呪言系じゃない。メデューサの能力は……」
 祝祷系。視神経から相手を支配する光の使い手。筋肉繊維や感覚神経を一瞬にして奪われて身動きが取れなくなったみことは石像のごとく。京香が呟く。
「……そういえば呪言系は直に接触しないと発動しなかったわ。だから石化視線は呪言系じゃないのね」
「そういう事は早く言え!」
 呪言形は『触れる』ものを老化させて死に至らしめたり、疫病を流行らせたり、物を腐食させたりする事が出来る能力だ。逆に言えば、接触しなければ無害。全魔人の割合から見て数少なく、その知識は浸透していなかった。
「――ッ!」
 身動きの取れなくなったみことへとペガサスの蹄が迫る。間一髪、萩野が押し倒して難を逃れた。大地に転がった衝撃で、ようやく筋肉が弛緩して感覚が戻る。手を握ったり開いたりして、張り巡っている神経を取り戻す。みことは八重歯を剥き出して笑みを形作る。一度ならずも二度もメデューサにはしてやられた。この怒りは倍返し。
「――オゥケイ。相手のタネが判れば問題無いわ」
 再度、ハンドアローを構え直す。京香のBUDDYによる対空銃火を掻い潜って天翔けるペガサスに狙いを付ける。メデューサの眼が光る瞬間に、
「――光るのはあなただけじゃないわよ!」
 みこともまた発光。そしてハンドアローを撃ち放った。発射されたミサイルは反射的に回避しようとしたペガサスを逃がさず、命中。墜落したところを京香がBUDDYで連射。
「――メデューサは……こっちか!」
 いつの間にか背後に回り込んできたメデューサに対してモーゼルで迎え撃つ。背より生やした翼で滑空すると、毒液が滴る長い爪でメデューサは襲い掛かってくる。頭部の髪が変質して無数の蛇となり、四方八方から毒牙で噛み付こうとしてきた。脇差を構えた京香が切り払う。見掛けによらず、メデューサの身体能力は高い。3人がかりでも力押しが難しかった。
「……相手が呪言系で無いならば」
 京香は脇差を捨てると、切り札を使う。力負けすると思って封じていた最後の手段。必殺の……
「――呪言チョップ!」
 異形系にとって天敵とも言える呪言系。慌てて空高く飛び上がって回避しようとするメデューサだが、
「させるかっ!」
 隙を突いた萩野が雷撃を放った。感電して翼が焦げて失速するメデューサに、京香のチョップ炸裂。咥えて萩野の詰め寄り、零距離で雷撃を叩き込んだ。
「――ポ、セイド、ン……様……」
 メデューサが地に沈む。復活出来ぬように、京香が念入りに肉体を腐食させた。
「――こちら、管理センター。メデューサを排除。これより社殿内部を捜索する」
『 ――了解、ご苦労だった。超常体の掃討終了後、本隊もすぐに合流する。……気を付けて当たれ』
 連絡後に厳島神社の本殿に足を踏み入れる。奥に進むにつれて活性化に似た痛みと痺れが全身を貫いた。そして深奥部に鋲を打ち込まれ、鎖に繋がれた和邇の姿が。八尋和邇……竜神の化身。それが2柱。
「――厳島神社が竜宮城を模したものとすれば」
【私の名は、豊玉】【そして玉依】
「――大綿津見神の姫神……乙姫か!」
 豊玉毘売[とよたまひめ]、玉依毘売[たまよりひめ]は神武天皇の祖母と母に当たる、大綿津見神の娘達だ。豊玉毘売の夫である穂穂手見命(山幸彦)の物語は有名だ。宗像三女神が封じられていないとすれば、代わりには確かに彼女達が相応しいだろう。
「……失礼いたします」
 鋲を抜き、鎖から開放すると、和邇は美女の姿に変じた。厚く礼を言ってくる。
【……とはいえ、私達では何のお力にもなれないのですが】
「……と、仰られますと?」
 美神は東の方を示すと、
【――瀬戸内の山海を治めるは、大山津見神】
【ですが叔父上は異邦の神に封じられ、力を奪われております】
 大山津見[おおやまつみ]は山神の総元締めとも言える祇だが、古くは海をも司った強力な存在であった。そしてポセイドンは海神と呼ばれているが、ゼウスが主権を確立する以前は大地をも支配する神である。海の力を失った(※大綿津見に譲った)山祇と、大地の権限を奪われた海神。正反対ながらも似通った神祇。ポセイドンは封じられた大山津見から奪いとった力で太古の権勢を取り戻しつつあるというのだ。
「――すると、ポセイドンは、今!?」
 問い質そうとする萩野達だったが、突如として空気が振るえ、大地が鳴動するのを感じ取った。驚いて外に出る。……震える手で彼方を指差した。
「――見て、キノコ雲」
『……BU本部が、消……』
 隊用携帯無線機では、誰が怒鳴る声が飛び交っていた……。

*        *        *

 結局のところ、鬼ノ城はハズレだった。三軒屋駐屯地に戻ってきた破音は、そこで杏奈戦死と、江田島のSBU本部消滅の報告を耳にする。
「……潜水艦発射弾道ミサイルには、ポセイドンとかトライデント(※海神の持つ三叉槍)とか名付けられているんだよねぇ。――核弾頭も詰め込められる」
 大三島から発射された力は、戦術核そのものではないが、それに匹敵する程の衝撃をもたらした。
「……大三島から江田島まで届いたんだよね。となると、次の攻撃目標は?」
 テュポンが感じ取っていたという強大な力を持つ存在――ポセイドンが、ついに姿を現したのである。

 

■選択肢
SEu−01)海田市駐屯地で身辺警護
SEu−02)山口刑務所跡地にて死闘
SEu−03)大三島へと決戦/調査に
SEu−04)那岐山に関して威力偵察
SEu−05)日本原駐屯地で対策会議
SEu−FA)山陽地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。

※註1)ナパーム爆弾……非人道であるとされ、現実世界では2001年以降、公式的にナパーム弾を米軍は保有していない事になっている。だが代替品として使用されているMk77爆弾はナパーム弾と同じものといえる。
 神州世界では超常体相手に「非人道」も無いのでナパームは保有されたまま。また使用地域が日本なので米軍は心痛まない事から大量に払い下げられている。もっとも使用には、かなり制限が設けられているが。


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