第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第5回 〜 山陽:南欧羅巴


SEu5『 悪夢の消失と、希望 』

 悩んだ時、辛い時、くじけそうになった時、歌を口ずさむ。明るい調子の音階は、歌い手に力と勇気を湧き出してくれた。
「――その歌はユタカさんのデビュー曲ですね」
「うん。厳しい訓練にへこたれそうになった時、いつも助けてくれた歌だもの! おお今こそ恩義に応えるべし!」
 神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団司令部のある海田市駐屯地。封鎖され、関係者以外の立ち入りは禁止されていた一画を前にして、護藤・みこと(ごんどう・―)二等陸士は高いテンションを維持したまま、握り拳を固める。嵌めた首輪がみことから発せられた陽気を、周囲へと満たす。それでも立ち込めた陰気全てを相殺するのは足りない。奥に行くにつれて、狂気が蔓延る悪夢の場が待っている。その中心にみこと達が救うべき人物がいる。式神・ユタカ[しきがみ・―]一等陸士、第13旅団音楽科の元トップアイドル。
「元じゃないよ。今でもトップアイドルだよ、ユタカちゃんは。ユタカちゃんファンクラブ会員No.10のわたしだけでなく、多くの人が彼女の帰還を待ち望んでいる!」
 啖呵を切ると、ユタカLOVEの鉢巻や法被を着た維持部隊員達が大きく頷いた。老若男女に限らない。着剣した82式5.56mm小銃BUDDYを抱えて、いつでも突撃する気満々だ。
「――ユタカは本当に大丈夫なんでしょうね? アイドルなんて……。もっと反対していれば」
 心労の余り痩せ細った女性が、三角・ヘルガ[みすみ・―]准陸尉に詰め寄る。第13旅団の需品科を束ねる重鎮である式神三佐は、昨晩にようやく山口駐屯地より戻ってきて以来、向こうでの事件報告をそこそこに、娘であるユタカの許へ、我を忘れて飛び込んでいかんとする有様である。さすがに需品科のお局であるユタカ母にまで何事かあったら、物資の管理に問題が生じる。周りが必死になって押し止めているが、娘を想う母心はいつ暴走してもおかしくなかった。
「――大丈夫です。式神三佐」
「そうだよ。わたし達、ファンクラブに任せて!」
 悪夢の中心がユタカであり、また操氣系憑魔能力を暴走させての吸精(エナジードレイン)。周囲から氣を吸い上げていく現状に、ユタカ母の発言力を以ってしても警衛隊は及び腰になって動かなくなった。今やユタカ救出の頼みは、式神三佐が猛反対していた芸能活動で集まってきた熱狂的信奉者(ファン)のみ。皮肉としか言いようが無いが、もはやユタカ母もすがるしかない。
「お母様には、本当の元凶たるヒュプノスとかいう奴の捜索とか協力をお願いします。催眠の為には本体か、アンプとなる何かによるユタカちゃんへの接触が必要なはず。この一画に潜んでいないとすれば、人海戦術で当たるしかありません」
 ユタカの影響が無い区画では、及び腰の警衛隊でも充分に役立津。というか、働け! 敵が潜伏しているのだから基地中這いずり回ってでも尻尾を掴め。
「――ユタカファンとして窮状を見過ごせるか! 戦況が逼迫していて、ホント全然こっちに来られなくてハンカチ噛んで過ごす日々よさらば! めげぬ折れぬ省みはしよう!」
 みことの言葉に、喝采が上がった。
「いざ、我等が歌姫を悪夢の檻から救出に行かん! モノドモ続けー!」
「歌え、マーチを! 元気良く!」
 行進曲を合唱し、悪夢の区画へと突入する。先頭に立つみことは、すぐ後ろのヘルガへと尋ねた。
「羽村士長は、未だにこちらに来る気がないの?! 紫のバラの人を見損なったよ!」
「……あの御方も悩んでおられます。日本原ではアテナが倒れ、ゼウスも消息不明のままの事態に、ポセイドンが示威行為に乗り出しました。ここでタルタロス(奈落)の門が開いて、ティターンもしくはニュクスが解放されては山陽――いや、中国地方は間違いなく壊滅するでしょう」
「でも解放の鍵はユタカちゃんにあるんだよね。ユタカちゃんを救う事こそが、解放阻止に繋がると思うんだけど。――違うかな?」
 みことの疑問に、ヘルガが言葉を窮する。唇を噛み締めると、
「……あの御方が直接ユタカさんに会う事が切欠で“覚醒”してしまう恐れもあるのです。ユタカさんにはユタカさんとしての生を送ってもらいたい。『遊戯』の合間とはいえ、せっかく別の生き方を選べる機会なのですから。……いっそ完全にユタカさんが完全侵蝕されて、人格統合――“覚醒”してしまえば、どれだけ助かるか」
 血を吐くような思い。それがユタカを直ぐ傍で見守り続けてきたヘルガの本音なのだろう。
「……とはいえ、それがヒュプノス――いや、“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”に付け込まれる事になった訳ですが」
「……わたしはヒュノプスの正体はヨグ=ソトースだと思っているんだけど。或いはエージェント? タルタロスの門がヨグ=ソトースで、解放の為に動くウムル・アト=タウィル? でも……にしてはヴェールも無いし」
 みことの持論に、ヘルガは驚きの表情を浮かべた。
「――意外な点を突いてきますね。残念ながら、当たりは一部のみ。……いいでしょう。一度しか申し上げませんから、そのつもりで」
 ヘルガは小声で呟く。幸いにして他のメンバーは合唱でみこととヘルガの会話に気付いていない。
「……タルタロスの“門”こそが『球が出会う場所の門の鍵』『戸口に潜むもの』たるヨグ=ソトースそのものであり、一部。間違っても、タルタロスがヨグ=ソトースではありません。そしてウムル・アト=タウィル自身は『遊戯』に参加せず、しかし姿を変えて『遊戯』に関わってきています。アテナに人形を貸し与えたり、また山陰でも“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”本体を討つ為に動いていたりしていたそうです」
「……えっ? つまり――」
 みことが再度聞き出そうとするが、ヘルガは二度と口を開かなかった。無視して腕時計を確認する。
「――速谷准尉は普通寺に無事に辿り着いたかしら」

*        *        *

 四国地方を管区とする第2混成団司令部のある普通寺駐屯地。警衛隊の監視下にある一室へと、速谷・光輝(はやたに・みつてる)准陸尉は通された。部屋には、マンボウの縫いぐるみを抱き締めて寝台で眠る美しく長い黒髪の少女と、退屈そうな顔をして心理学の専門書に目を通している衛生科の二等陸尉(女医)が椅子に座っていた。速谷が敬礼すると、衛生科二尉は面を上げて答礼を返す。書を畳むと立ち上がって、眠る少女を角で叩く。
「いたーい! のうさいぼーが死んじゃうんだよ〜」
「いつも寝惚けているお前の脳細胞が幾ら死んでも、変わりは無いだろうが」
「だっ、大丈夫なのかしら……」
 少女と衛生科二尉の様子に、看護師の 渡瀬・知世[わたせ・ともよ]一等陸士が不安げな表情を浮かべるが、速谷は少女―― 巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長に頼るしかない。オセアニアに伝わる偉大な銅のニシキヘビ『ユルング』に完全侵蝕されてドリームシャーマンとして“覚醒”した由良は夢渡るという力を持つ。本来ならば完全侵蝕された時点で射殺対象である由良が監視下に置かれているとはいえ生き長らえているのは、ドリームダイブの力と、人類に非好戦的な態度からくるものだ。なお誤解される事が多いが、由良は暇があれば寝てばかりいて、自ら協力的な態度を取った事は決して無い。それでも、
「――助けて下さい! 巳浜さん、貴女にとってユタカちゃんは関係無い存在かもしれない。僕にとっては大切な人です。僕に出来る事なら何でもお礼はします。貴女の力が必要なんです!」
「いいよ〜」
 頼まれれば安請合いするのが由良という人物だった。
「あのね。じゃあ、早速だけど、睡眠時間をもっと増やして〜」
「……待て。一日18時間では未だ足りないか」
「じゃあ、寝ながら食べたり、おトイレ行けたりする機械を作って〜」
「おいこら。速谷准尉は、青色の耳なし汎用万能猫型ロボットじゃないんだぞ」
「……いや、さすがにそんな自堕落になる道具は持っていなかった気がしますけど」
 さておき。由良は速谷の顔を覗き込んで微笑むと、
「え〜とね。注意を幾つか上げていくね〜。この夢の中では、心豊かなものほど強く、貧しきものはそれなりに。物理的な、肉体的なモノに依存する能力は無意味だよ〜。あ、技術や経験、それに知識は有効だけど、どこまで通用するかは臨機応変。そして防御相性は、性格タイプの属性となるから、気を付けてね〜」
 何だかメタ的な発言があったが、おおむね理解出来た。速谷は頷くと、深呼吸をする。
「それと〜。あたしは夢の中へと案内するだけ〜。戦闘には一切参加しないから、そのつもりでね?」
「出来れば、僕がヒュプノスと戦っている間に、ユタカちゃんの事を保護して頂きたいのですけど。ユタカちゃんが夢世界から現実に問題なく戻れるように、そして可能なら……」
 言葉を濁しそうになったが、
「ユタカちゃんの心の中のペルセポネーを眠らせて欲しい。ユタカちゃんが望んで目覚めさせた訳ではないのだから」
「うん。解ったよ〜。無理だけどね」
「――無理なのですか」
「うん、無理。今のユタカちゃんは中途半端な眠りと覚めの狭間にあるの。あたしがそうなったように、もうユタカちゃんにペルセポネーとして自覚させるしかないと思うよ〜。眠らせたところで〜それは問題の先送りにしかならないし〜誰かまた別の存在が利用しないとも限らないから〜。そこで銃殺されるかどうかはまた別の話だけどね〜」
 断った上で、由良は速谷の覚悟を探るように見詰めてきたのだった。

*        *        *

 ドングリ状に、ずんぐりむっくり体型。茶色の羽根は広げられ、水平に横に張る。器用に45度で折れ曲がると額へと羽根先が付けられた。
「――峰山三尉にホッホーですよ!」
 綾科・那由多(あやしな・なゆた)陸士長の号令を受けて、一斉にフクロウの着ぐるみ姿の少女達が墓前に黙祷を捧げた。
「……色んな意味で涙を誘う光景だなぁ」
 見守っていた 安藤・義正(あんどう・よしまさ)二等陸士は少女達の着ぐるみ姿に涙を隠せなかった。無論、戦死した 峰山・杏奈[みねやま・あんな]三等陸尉の死を悼む気持ちに変わりはない。
「――諸君、杏奈は何故死んだのか!?」
 ……ここで「坊やだったからさ」とか呟いたら殺されるんだろうなぁ……と誰かが一瞬でも脳裏に浮かんだかどうかは定かではない。那由多はツッコミもギャグも受け付けずに、先を続けた。
「神様の馬鹿ヤローのせいである! ボクはズバッ刀に誓います。この命果てるまで神々と戦い抜く事を、今日この時から神殺しとなりて、この世界を真に人間たちの手にするまで戦います! キャッチフレーズは『絶対死にません、勝つまでは』ですう!!」
「「「――絶対死にません、勝つまでは!!!」」」
 唱和するフクロウ姿の少女達。
「ホッホー! では諸君、ボク等が務めとして皆の士気を鼓舞してやるのですぅ! ボク等が落ち込んでいる時でも敵は待ってはくれないのですからぁ」
 身体を張って皆の励ましてくれましょう。――第13旅団第13戦車中隊・士気鼓舞組『ラヴリィガールズ』が正式に結成された瞬間であった。
「……いいのかなぁ」
「書類は通っているようだから、問題無いのだろう。それよりも『闇夜の梟』を存続させるのが先だ……」
 第46普通科連隊・第13066班長の 大倉・隆一(おおくら・りゅういち)一等陸曹が苦い顔のまま頷いた。第13旅団第13戦車中隊・峰山試験小隊――通称『闇夜の梟』は、隊長であり、人型戦車を持ち込んできた杏奈の死によって存続が危ぶまれていた。人型戦車の中核はブラックボックスになっており、機体や性能は未だに謎に包まれており、杏奈なき今、出所すら怪しい。だが上層部からは何の音沙汰も無く、存続はまさに隊員の行動に掛かっていると言えよう。
「……二足歩行の人型戦車は、装軌や装輪の戦車よりも海岸線においては柔軟な運用が可能だと、ぼかぁ思うんだけどな」
「同感だ。……戦車中隊長のみならず、海田市(第13旅団本部)や武器科、需品科等の各関係部署への根回しや評価レポートを上げて、部隊の存続を提案させてもらった」
 控えとして手元においていた写しを、安藤に手渡した。目を細めて読み上げる。

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●人型戦車の試験評価
ギガントマキア戦役における人型戦車の戦果
 事前の準備不足の感はあるが、初出撃時の対ギガンテス戦においてギガスの攻勢を受け止め、攻勢反転を行う貴重な時間を稼ぎ出す事が出来たと評価する。対テュポン戦においては、主神クラスのテュポン、続くラドンとの戦いにおいても憑魔核を突きこれを打倒する事に成功した。各兵科の連携が大なる事は周知の事実ではあるが、人型戦車もまた各兵科との連携により状況の打破に大なる成果を上げたと評価出来る。

可能性1.戦術の多様性
 今回は状況により人型戦車のアタッチメントが不足気味ではあったが、豊富なアタッチメントを用意する事で各種の状況に対応出来る可能性を上げる事が出来る。仮定として状況を設定するが、数機の人型戦車に対空ミサイルのアタッチメントを装備させる事が出来れば、対空ミサイル車両の入る事が出来ない険しい山岳地帯に即席対空陣地を作る事が可能ではないかと予測出来る。

可能性2.武器としての将来性
 二足歩行による人型戦車は車高が高く、機構が複雑な為に被弾率や可動性に疑問が出てくる事が予想される。しかし、山がちで森林地帯も多い日本において人型戦車の機動性の高さは大なる利点になりうる、と評価出来る。また、技術の革新が続く事が可能であれば、人型戦車用のベイトロニクスを開発運用する事で武器としての可能性は更に高まると予想できる。稼働率に付いても技術の革新とロジテックスが正常に機能していれば高い稼働率を維持する事は可能であると筆者は考える。
 なお、人型戦車は超常体との戦いにより破壊されてしまった防御施設の修復、新たな陣地の作成等の新型土木機械としての価値もあるのではないか?と考え、その運用を研究すべきである筆者は提案する。
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 目を通して安藤は唸る。しかし疑問が沸いた。
「――大倉一曹達は出向組なのだから、原隊に復帰する手もあると思うんだけど……」
 いぶかしむ目付きの安藤に、大倉は苦笑。
「断っておくが、俺としては自身が部隊を掌握する積もりはない。だが、このまま解散されるのは正直困るのだ。勿体無いし……その、班の個人的な事情ってのも込みでな」
「納得したような、してないような……」
「しかし……遅きに逸した感はあるな」
 瀬戸内海におけるポセイドンの示威行為。『闇夜の梟』は対ポセイドン戦の先鋒としての価値をアピールする事を視野に入れていたが、
「既に、第13戦車中隊の主力は、三軒屋に向かったそうだ。厳島攻略から帰還した第46、第47普通科連隊と尾道で合流し、月末には対ポセイドン戦が開始される。正直、空回った気がしてならない」
「……そう言えば、維持部隊が暴論的なまでの実力主義という事を忘れていたなぁ」
 時には、言葉より先に実行が評価されるという恐ろしい慣例があるのが維持部隊だ。ともあれ、大倉が動いた事も無にはなるまい。
「そもそも、ポセイドンに関しては未だ情報不足という点もあり、対応は後手に回ざるを得ない。また、相手は制海権を保持していると断定して考えるべき相手であると認識すべきだ。つまり瀬戸内海沿岸は何時戦場になってもおかしくは無く、実際にそうなっている」
「破音ちゃんが、先日から瀬戸内海へと偵察に向かっていたはずだけど……」
「ああ、既に殻島二士からの要請を受けて、アイギス予備機が運ばれている。とはいえ……」
 大倉は、情報が不足している現状でポセイドンをどうにか出来るほど甘い相手ではないと考えていた。
「ならぁ、ラヴリィガールズ……もとい『闇夜の梟』本隊も、破音ちゃんを追い掛けて、えいえいーですよ」
 話を聞いていたのか、那由多がホッホーと号令を掛けた。大倉は上層部に再度の確認を入れると、大三島へと急行するべく部下を召集するのだった。

*        *        *

 しまなみ海道上の橋を、襤褸の外套シュラウドを羽織った 柏原・京香(かしわら・きょうか)二等陸士が駆ける。本州から大三島に到る橋は4つ――北から尾道大橋、因島大橋、生口大橋、そして多々良大橋だ。向島、因島、生口島の陸地には予測していた通り、アラクネが網を張り巡らし、洋上の橋にはセイレーンが留まって歌う。そして――キュクロプスが島の番人宜しく待ち構えていた。
「大部隊が島を1つずつ突破するには時間が掛かり過ぎる。厄介だわ」
 京香の姿を見咎めたセイレーンが金切り声を上げた。異形系憑魔服装であるシュラウドは物陰で身を隠すには便利だが、視界が開けている橋上では役に立たない。BUDDYを振り回すものの数が多い。少しでも足が稼げるようM16A1閃光音響手榴弾のピンを抜こうとした、その時――
「……天呼ぶ、地呼ぶ、人が呼ぶ! 愛ある限り戦いましょう! 戦女神に代わってお仕置きよ★」
 偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』に騎って、殻島・破音(からしま・はおん)二等陸士が颯爽と登場。右手でハンドルを握り、空いた左手には9mm機関拳銃エムナイン。一斉射すると急反転。
「――掴まって、ベイベー!」
「何の電波を受信中だか判らないが――助かる!」
 シュラウドが伸びて車体に絡みつく。縮むのを利用して荷台へと後ろ向きで飛び移った京香は、体勢の保持をシュラウドに任せたまま、BUDDYを乱射。そして閃光手榴弾を放り投げた。閃光と衝撃が走るのを後ろにして、オートが発進する。
「……情報収集、交換と♪ 尾道の攻略部隊本陣に帰還するよ」
「お願い……とびっきりのネタを掴まえたわ。人型戦車が必要よ」

 宮島の厳島神社で維持部隊の目を引き付けておいて、力を蓄えていた海神 ポセイドン[――]は、手始めに江田島のSBU本部を消滅させる事で、力の示威と覇権への渇望を露にした。厳島神社に囚われていた 豊玉毘売[とよたまひめ]と 玉依毘売[たまよりひめ]の言葉によると、ポセイドンは瀬戸内を治めていた 大山津見[おおやまつみ]の力を奪い、駆使しているという。この事態に、宮島攻略部隊は大三島へと取って返し、日本原より急行した機甲部隊と尾道にて合流し、対決の姿勢をとった。
 そして今、瀬戸内海の頭上を偵察と航空優勢を獲るべく、笹山・健(ささやま・たけし)准空尉が率いる第13飛行隊・機種統合試験部隊が翔けている。岩国の航空科だけでなく、駐日米軍も動いているという話だ。さすがに江田島を消滅させるという力を見せ付けられては、米海兵隊も黙っていられなかったらしい。次は自分達かも知れないのだから。航空優勢が確保された以上は、第46、第47普通科連隊の輸送だけでなく、ポセイドンがいると思われる大山祇神社への空挺も可能だろう。問題は――
「キュクロプスに対して、火力が足りないわ」
 急遽、編制された大三島攻略部隊の本陣で、京香がもたらした情報に、宮島攻略に引き続いて指揮を執る作戦群長(一等陸佐)が苦い顔をした。対抗するには戦車や野戦特科の砲撃しかないが、
「……橋という構造上、狭路かつ不安定な状況での戦闘になるな。しかも橋を落とされたら、終わりだ」
 第13戦車中隊・次世代戦車試験部隊長の 桑形・充(くわがた・みつる)准陸尉が唸る。
「だからといって機甲部隊を本州上陸への警戒だけに使うというのも問題があろう」
「それに大型の敵はキュクロプスだけじゃないわ」
 京香が報告した映像には鋼鉄の鎧を着込んだ巨人。
「いや――人形か。さながら敵側の人型戦車。いうなれば青銅の巨人……」
 タロス。生口島北IC(インターチェンジ)辺りで待ち構えていたという。
「そこから先は危険なので一旦引き返したけど……」
「ポセイドンを名乗る輩を討つ為にも、大三島に直接橋頭堡を築き上げたいが……」
「……笹山准尉から送られてきた俯瞰写真によると、上浦中学校跡地が望ましいかと」
「となれば、三村峠が激戦地となるな。とにかくキュクロプスが軍勢をなしているのならば火力が欲しい。無理な注文だと思うが、迅速な陸路の突破を頼む」
 作戦群長の言葉に、桑形は敬礼で答える。
「だが、それで足りないという場合は……」
「はいはいはーい。アイギスの投入を上申するよ! 峰原三尉が贅沢だからと避けた『魔人と人型戦車の組み合わせ』で、必ず戦果を上げて見せるからっ!」
「――解った。峰原試験小隊の活躍は聞き及んでいる。だが本隊の到着が遅れているようだな。桑形准尉の部隊に入り、指揮を仰げ」
 破音は口を尖らすのに、桑形が苦笑するしかない。
「しかし……最近、急激にやつらの活動が活発化してきたが。まるで締め切りに迫られて動き出した作家のようだ」
「えーと。それ、笑うところ?」
 桑形が珍しく口に出したジョークも、残念だが乾いた笑いしか貰えなかった。さておき、
「特殊部隊――SBUは本部壊滅の影響を受けて、余り頼りにならない。一応、第2混成団より四国の分遣隊が割かれて来るそうだが……あちらは大魔王の撃退で手一杯らしい。それでも普通寺の第9普通科連隊が今治に展開してくれたが、来島海峡大橋で難儀しているそうだ」
「……あちらもキュクロプスで?」
「――いや、話によると、無機物に取り付く異形系超常体らしい。死傷者に取り付く姿から、スパルトイと名付けたそうだ」
 何にしろ、と作戦群長は言葉を切る。
「――オカルト説を信じる訳ではなかったが、ポセイドンの力を与えているのが、封じられている大山津見祇にあるというならば、解放の手立ても考えておいてくれ。少しでも多くの情報を集めてこい。だが宮島と同じ過ちは踏まないようにな」
「はっ!」
 敬礼する京香だったが、知らずに思い詰めた表情を浮かべていたのだろう。作戦群長の眉間に皺が寄せられる。
「……何か?」
「あ、いえ……ポセイドンの力を阻止するつもりだけど……万一の事態を考えて、呉等の主要司令部に退避を進言したいと……言われなくとも逃げると思うけれど、当然だと思って誰も言わず直撃しましたでは……泣くに泣けない」
「了解した。俺から上申しておこう。――では、機甲部隊は陸路の突破。航空優勢を維持したまま、普通科連隊は空輸で直接に大三島へと乗り込んで橋頭堡を築く。――状況、開始!」
 一斉に立ち上がり、敬礼した。

*        *        *

 中空に浮遊し、漂う胎児。状況が状況でなければ、未だ母胎の暖かなまどろみに包まれ、生まれ出る世界の光に憧れながら、夢見ていたのではなかろうか。しかし今、胎児――否、胎児のような形状をした最高位最上級の超常体 サンダルフォン[――]は“燭台”と呼ばれる光の柱の真ん中で力を行使していた。灯は天に突き割り、虹色に輝く扉から白き羽根の御使いを無数に吐き出している。
「……予測されるに壱参特務残存部隊は積極的な攻勢に転じるか。同時に、燭台に火が点された事により、結界維持部隊の最優先殲滅対象になった事も」
 空を埋め尽くし、また周りを十重二十重に囲むエンジェルスとアルカンジェルスに目を遣りながら、
「――エンジェルスの増援が望めるとしても、手負いの壱参特務残党は何れも曲者揃い。そうと考えれば手数の差は相変わらずのまま。おまけにベルフェゴールが本調子に戻り、楽観は許されない状況……」
「確かに、燭台の灯もサンダルフォンも悪目立ちし過ぎかもしれないが」
 元・第13旅団第13後方支援隊・補給隊の班長(一等陸曹)であった 井伊・冬月(いい・ふゆつき)の非難じみた口調に、駐日仏軍第3外人落下傘連隊所属 ジョゼフィーヌ・ヴィニョル[―・―]少尉であった処罰の七天使が1柱“ 神の怒りログジエル[――])”が苦笑した。
「――そうは言うな。これも“ 主 ”がお定まりになられた交戦規約。神州霊脈の中核を握る儀式を今も行っている“長兄”殿から敵の目を引き付ける意味もある」
「……“長兄”とは? 今どちらに?」
「――シナイだ。
“ 主 ”の御力が……」
 ログジエルの言葉を、眠っていたはずのケルプが咆哮を上げて阻止する。先の戦いで満身創痍となったケルプは、アルカンジェルスから照射された氣で新陳代謝を早める事で、普段は傷の回復と療養に努めていた。ケルプの睨みに、咎めを喰らった子供のように笑うとログジエルは井伊に片目を瞑って見せた。
「――残念ながら、完全に君が聖別されて“覚醒”をしない限りは、未だ情報は隠しておいた方が良いらしい。ともあれ“長兄”殿は来るべき『審判の日』に備えて準備を進めておられる。これを敵の目から隠すのが第一点。敵は堕天した汚らわしい悪魔ばかりでない。“ 主 ”にまつろわぬ邪霊や怪物、そして結界維持部隊の深奥――闇に潜む異生(ばけもの)共だ」
「結界維持部隊の深奥に、ベルフェゴールのように、超常体が?」
「……ある意味、ベルフェゴール以上に厄介な存在だがな。人の間にあり、人を超えたモノ――認められしもの。約束されたもの。だが獣であり、反救世主の輩」
 話が逸れたとばかりに、2本目の指を立てる。
「もう1点は、我等にとっては“ 主 ”の下で永久なる安寧と平穏をもたらす為の聖戦だが、悪魔や邪霊の中には俗な権力闘争、陣取り遊びと冒涜する言葉を吐くものもいる。確かに、歪んだ眼からそう見えよう」
 陣取り合戦という言葉に何事か思い至った井伊が確認を取る。
「つまり――俗的に言うと、燭台の灯は、目印? 隠すのではなく、むしろ顕示しなくてはならない」
「その通り。燭台の灯が点る事で、この地が“ 主 ”の威光に満ちたのを示す。山陰ではオーディン、瀬戸内でもポセイドンなる邪霊が存在を顕わにしたが、それぞれ燭台の灯に準じるものを立てなければ、真の意味でその地は穢された事にはならない」
 サンダルフォンを見遣り、
「……長の封印で弱まってさえいなければ、“覚醒”と同時に山陽の半分――否、全てぐらいは浄化出来たものを。ベルフェゴールの力を逆に阻害出来る程にだ」
「サンダルフォンは未だ成長すると言う事ですか。ですが……今のままでは」
「燭台の灯を点した以上は『審判の日』まで持ち堪えるのが、私の務めだ。それに“弟妹”が力を貸してくれる。――そう、これが燭台の灯を点す3つ目の意味。天界より、強力な援軍を呼び寄せる事が出来る」
 虹色の扉より現れるは、数体のプリンシパリティやヴァーチャー、そしてドミニオンの姿。エンジェルスやアルカンジェルスに優る強力な援軍。
「――本調子になったベルフェゴールが放つ、憑魔能力無効化に対しても時間を稼ぐ事が出来る」
「そう、それに……」
 気配を感じて、ログジエルは微笑んだ。視線の先には駐日仏軍兵士が数名。全員完全武装の上、車輌もある。――乙女派か。敬礼して、
「ミシェル・ユニ一等兵であります。以下6名、全員“主”のもたらす安寧と平穏を勝ち取る聖戦に加わりたく馳せ参じました。着任許可を」
「――脱走か?」
「人の規範より、己の良心や、そして“主”の御言葉に従うのが、喜びであります。イイ先任軍曹殿もそのつもりでありましょう?」
 ミシェル・ユニ[―・―]という少年兵の迷いの無い瞳に井伊は言葉に窮した。何を躊躇う必要がある。ぼくはもう決断したはずだ。“ 主 ”は兎も角、ジョゼに付いていくと。
「――総指揮は私が執り、最終責任もまた私が取る。だが戦術における点では、井伊に助けを求め、私の言葉と思って従え。作戦目的はサンダルフォンと燭台の灯の死守。ベルフェゴールに懲罰するは目的遂行の手順の1つに過ぎん。目標作戦終了時刻は――6月21日。太陽が最も高く昇る夏至の日、そして……」
 ログジエルが開戦を宣言する。
「――『審判の日』が始まる時だ!」

*        *        *

 脂ぎった肢体を無理にでも第一種礼服に通すという窮屈な思いをした甲斐はあった。初めは失笑を買った格好も、身に染み込み、洗練された礼儀作法も合わされれば、それなり以上の印象を与えてくれる。壱参特務ち組長の 谷鯨林・康馬(たにげいりん・やすま)陸士長に、第17普通科連隊長(一等陸佐)は旧・山口刑務所跡地に陣取っている超常体掃討を確約してくれた。
「――ふぅ。息が詰まるな。だが郷田を連れて行かなかったのは正解か。まとまる話もまとまらなくなる。しかし、あんた、まともな礼儀作法も出来たんだな。谷鯨林のくせに。それが一番驚いたぜ」
 壱参特務と組長の 周防・樹(すおう・いつき)陸士長の胡散臭げな目付きに、
「――何度も言うが、我が輩を馬鹿にし過ぎであーる。まぁ……これほど暴論的なまでに実力主義な維持部隊万歳!であるな」
 悪かった、悪かったと気の無い謝罪をしながら周防は、谷鯨林の腹を軽く叩く。互いに軽口を叩き合いながら、壱参特務に割り当てられた山口駐屯地の一画へと戻る2人だったが、見知った殺気を感じ取って銃を抜いた。ここまで強烈だと操氣系でなくとも判る。殺気の主―― 山口・金剛丸(やまぐち・こんごうまる)三等陸曹が油断なくSIG SAUER P220の銃口を客人に向けていた。黒いナチス武装親衛隊風の軍服をまとった麗人が、第13特務小隊長の 郷田・ルリ[ごうだ・―]准陸尉に相対していた。
「――女? 誰であるか?」
「判りません。ただし私のストライクゾーンからは大きく外れ……」
 ルリの護衛をさせていた 藤・剛人[ふじ・たけと]一等陸士が口を開こうとするのを、周防が裏拳で押し黙らせる。悶絶する剛人を無視して、
「――俺達が監視する中を掻い潜って、いつの間にやら現れていやがった。……こいつ、強いぞ」
 睨み付ける金剛丸の視線を受けて、男装の麗人は鼻で笑い返した。視線をルリへと流して、
「――『マレブランケ』は壊滅したと耳にしたが、中々意気のいい駒が残っているではないか」
「……飼い慣らしちゃいねぇよ。面倒臭いし。で、面倒な事になる前に、とっとと、てめぇの城に帰れ」
「旧友の危機に駆け付けたというのにつれない返事だな。それに燭台の灯が点った以上は他人事でもない」
 ルリが心底馬鹿にした笑いを口の端に浮かべる。
「何が駆け付けた、だ。大方、壇ノ浦での遊びに飽きて帰るついでに、からかい半分で顔を出しただけだろうが。それに旧友だぁ? ナマ言ってんじゃねぇよ」
 珍しくルリが早口でまくしたてている姿に、谷鯨林達は唖然。だが警戒は解いていない。麗人は肩をすくめると、
「見舞いに来たというのに、ここまで邪険にされるはな。……それで本当に助勢は必要ないのだな? 貴殿が負ければ、それだけ“ 唯一絶対主 ”を僭称する彼奴に盲従する拷問吏が幅を効かせる事になるが」
「帰れ、帰れ! てめぇがいると面倒事を背負うだけだっつーの」
 ルリの剣幕に苦笑すると、次の瞬間、硫黄に似た臭気と激しい音を撒き散らして麗人は消えた。金剛丸がようやくP220を収め、周防も肩の力を抜く。
「……おい。あいつは何だ?」
「――隊長の旧い戦友だ。今は、恐怖公アスタロトと名乗っている」
 答えたのはバルバリッチャ(悪意の塊)。先日まで無理矢理強要させられていたメイド衣装を脱ぎ捨て、無愛想な戦闘服に着替え直しているのが、谷鯨林には残念でたまらない。
「――アスタロトか。通りでプレッシャーが只者じゃなかった訳だぜ。逃がして良かったのか?」
 金剛丸の言葉に、ルリは舌打ちをしながら、
「顔出しに来ただけとはいえ、本気になったアタイより強いんだぜ、アイツ。障らぬ何とやらだ。それよりも先に片付けなければならない面倒事があるし」
 こちらも珍しく戦闘服をまともに着込んだルリが耳穴を小指でほじくりながら、一同を見回してくる。
「基本は谷鯨林の提案のままでいいだろう。周防も金剛丸もそのつもりで思うがまま動いてくれ」
 どちらともなく顔を見合わせると頷いた。
「――ただ問題は、アンタ等、アタイの憑魔無効化能力当てにし過ぎ。サンダルフォンをガチで殺りにいこうとする無謀な猛者はいないのか!?」
「……無茶言うな、阿呆」
 ルリの逆ギレ発言に、周防が冷静にツッコミ。不貞腐れたルリだったが、話を続ける。
「前も言ったがサンダルフォンやログジエルといった高位の羽根付きに対しては直に接触が必要。エンジェルスやアルカンジェルスといった雑魚は約1kmの範囲で一掃可能だ」
「……市役所跡や象頭山公園から可能であるな」
「だが燭台の灯が点った以上、天獄より扉を開けて中級の連中も紛れ込んでくるはずだ。プリンシパリティは問題無いが、パワー、ヴァーチャー、ドミニオンはそれぞれ1個体で、こちらの1個分隊から1個小隊を翻弄する奴だぞ。気合を入れないと死ぬぜ。またケルプも風情はケダモノだが、オツムはアタイより賢い」
 何故、自慢げに胸を張る? 一同から寄せられた呆れた視線を、だが心地良さそうに浴びながら、
「とにかく油断していると、また身体を齧られるぞ」
「ああ、解っているぜ。奴等の所為で俺様の大事な左腕を失っちまった。だが金剛丸様のお礼は10倍返しだ馬鹿野郎!」
 金剛丸が犬歯を剥き出しにして怒鳴り返す。通されていない左腕の裾が激しく揺れた。
「それに……中級の羽根付き共は、第17普通科連隊に相手をさせるであーる。少しも痛まないであるよ」
 谷鯨林の言葉に、一同は悪党面。容姿だけで見るならば、相手こそが正義と勘違いされるだろう。
「注意点が幾つか。憑魔能力無効化は、こちらにも影響を及ぼす。絶対に忘れるな。また人間に対しては意味を成さない。それに魔人も憑魔能力が使えなくなるだけで、武器や知略は脅威だぞ。あの井伊とかいう奴だけでなく、羽根付きに誑かされる連中は他にもいるだろうさ」
「ああ、解った」
「あ、そうそう。もう1つ忘れるところだった。強制侵蝕現象に対しても無力化が可能だ。これは直に接触しなくても封じられるから」
「そりゃ助かる。前回、惜しくも敗れたのは強制侵蝕現象を覚悟も事前知識もなく受けた事だからな」
 周防の言葉に、金剛丸も苦虫を潰した顔で頷いた。他に注意事項は無いなと呟くと、ルリは89式装甲戦闘車ライトタイガーに潜り込むと、車長席に身を沈めてすぐさま寝入った。肩をすくめる一同。突撃準備を進めるべく各自、一時解散となった。のだが……
「あ、そうそう。バルバリッチャの下着は回収するである。これは上官命令であるよ?」
 渋る剛人の耳に、口を寄せると、
「まぁ悪く思うな。無事に帰れたら我が輩の秘蔵映像記録を見せてやるである」
「――秘蔵映像記録が何だと? そもそも谷鯨林が回収するものではなく、妾の下着だ。速やかに返せ。隊長の許可無しで――殺るぞ」
 そういえばバルバリッチャの戦闘能力は未知数。ロリだが、これでもマレブランケのナンバー2。殺意に谷鯨林と剛人は真空パック詰めにした下着を返すと、脱兎の如く逃げ出すのだった。

*        *        *

 大橋を急いて渡り終えたライトタイガーや96式装輪装甲車クーガーから降りた普通科隊員が降りて、向こう岸の安全を確保するとともにブローニングM2重機関銃キャリバー50や5.56mm分隊機関銃MINIMI、そして84mm無反動砲カール・グスタフを構えて、アラクネの接近を寄せ付けない。
「――第1戦車小隊、前へ!」
 合図を受けて、74式戦車2輌が前進を開始。続いて野戦特科の自走榴弾砲が続く。
「火砲及び機甲車輌が渡り終わるまで、橋の両端を確保せよ」
『――キュクロプスの姿を確認。至急、火力支援願う』
 派手な銃声や爆発音が響く中、単眼巨人が暴れ回っているのを確認。味方が渡り終えるまで対岸を警戒していた桑形が各輌砲手に号令を発すると、M1A2エイブラムスSEPの44口径120 mm 滑腔戦車砲が咆哮を上げた。約1kmもの距離をものともせず、成型炸薬弾が対岸のキュクロプスに命中する。更に上空を舞っていたA-10サンダーボルトが30mmGAU-8 Avengerガトリング砲を斉射。眼下の超常体を葬っていく。
「――テュポンを頭に抱いていたときのギガンテスと同じか!」
 キュクロプスは傾斜や建物を遮蔽物に利用すると、戦車砲の直撃を避ける。また巧みに動き回ると、サンダーボルトを逆に狙い撃ちすべく岩を構えた。
「――砲撃支援を!」
「無理です。近過ぎます。また衝撃で橋が落ちたら、元も子もありません」
 ある程度の距離を保っての進撃とはいえ、戦車や自走砲が橋上を埋め尽くして、互いに身動きが出来ない状態だ。かといって退けば、いつまでたっても火力を主戦場となる大三島へと届けられない。
「キュクロプスの投石が、橋上へと!」
 悲鳴が上がる中、
「――こういうときこそ、人型戦車!」
 破音の駆る人型戦車アイギス予備試験用機が、戦車や自走砲の隙間を縫って、走り抜ける。キュクロプスの投石を装備した全身盾で弾き防ぐ。
「さすがは防御に特化した、試験機! サンダーボルトの直撃食らっても怖くない!」
 いや、それは言い過ぎ。ちなみに同じ名のサンダーボルトでも、203mm自走榴弾砲の方である。瞬く間にキュクロプスに跳び付くと、直剣を振るって叩きのめした。次のキュクロプスへと向きを変える。
「――アテナは死んだ、もういない! だけど、ぼくの背中にこの胸に、一つになって生き続ける!」
 アラクネを蹴散らし、キュクロプスを薙ぎ倒す。沸き上がる暗い衝動を、だが強い意志で抑え込むと、
「……ぼくは破音だ! エキドナじゃない! 殻島破音だ!」
 破音が大立ち回りを見せると、勢い付いた味方が続々と渡橋に成功する。
「――アイギスに続け! ポセイドンのいる大三島まで突破するぞ!」

 僚機にサインを送り、左右に大きく分かれて展開する。上がってくるセイレーンを空対空ミサイルでまとめて焼き払い、航空優勢を確保。上浦中学校跡地にラベリング開始する普通科連隊を援護。また俯瞰しての戦況の把握に努めた。
「――予測していた通り、三村峠を超常体が固めている。陸路の出入り口である多々羅総合公園にはキュクロプスやアラクネのみならず、タロスが待ち構えている。注意されたし」
 通信を送り、航空ヘルメットFHG-2改の下で笹山は苦笑した。
「……結局のところ、地道な活動の積み重ねが必要なのだが、地道な活動を阻害する燃料事情はどうにかして欲しいものだな」
 燃料の残量を確認。岩国から翔け付けてきた戦友に交代を告げると、隔離後に新たな基地となっている旧・広島空港へと翼を向けた。

 島の東部と南部に戦力が集中し、海に面した北と西の護りは、ヒッポカンポスやネレイデスが上陸を阻んでいるだけだ。後方浸透――ポセイドンの居場所及び拠点の捜索を行い、戦況を優位に運ぶ為に危険な空挺任務に志願した京香は、UH-60JAブラックホークにより旧・大三島少年自然の家に降り立った。大山祇神社はここより南東に約2km。志願者数は京香も入れて、僅か5名。
「……ポセイドンは拠点を甘崎城跡に移している可能性もあると思ったけど」
 大三島東岸の沖合にある甘崎城跡は、天智天皇の頃に唐の侵攻に備えて造られたと伝えられる、日本最古の水軍の出城跡である。干潮時には大三島から砂州を伝って歩いていく事が出来るが、
「笹山准尉に確認してもらったが、報告によると、やはり敵戦力は大山祇神社に集中しているらしい」
 いずれにしろ大山祇神社が第一目標には間違いない。合図をして浸透開始。アラクネ等に注意して進むが、
( ……どこかで見知った気配が? )
 志願者の1人――痩身の猫背の男。顔は隠していたが以前に出会ったような気が京香にはしてならない。問い質そうとするが、
「――消えた?」
 姿形、気配も完全に消失。強力な操氣系か? 隠密で動く男に懸念を抱きつつも、京香は気持ちを切り替えて大山祇神社を目指した。そして戦況が激化していく中で、ついに発見する。
「――ポセイドン」
 大山祇神社の境内一杯に枝を広げた神木がある。樹齢2,600年を越える大楠の下に、筋骨逞しい壮年の男が座っていた。アラクネやセイレーンが周囲を警戒、護衛している。必殺の一撃を喰らわす為に機会を窺う一同だったが、
( ――神社に充満しているポセイドンの氣が濃密過ぎて、圧倒される! まさか、これほどなんて)
 全てを飲み込んで、砕かんとする荒々しい海の巌。萎縮されて恐慌に駆られた仲間が突然立ち上がって、BUDDYを乱射。だが5.56mmNATOは傷1つ付ける事無く、ポセイドンは微動だにしない。代わりに反応したアラクネやセイレーンが攻撃した隊員に襲い掛かる。ポセイドンの圧倒的な氣に打ちのめされた隊員は、恐慌したまま、生きながらアラクネやセイレーンの群れに食い殺されていった。その間も、京香達は隠れた場所から動く事も出来ない。必殺の呪言チョップを叩き込もうにも、近寄る事すら出来るかどうか。今はただ、固唾を呑んで機会を窺うしか出来なかった。
「――ネズミがいつまで隠れているつもりだ」
 こちらの存在に勘付いている! だがポセイドンはアラクネやセイレーンを制して、不敵に笑うと、
「まぁ良い。かつて大地をも支配した力を見せてくれよう。思う存分堪能するが良い!」
 ポセイドンは唐突に立ち上がると、凝縮させた氣を練り合わせて、トリアイナ(希臘語:三叉銛。トライデント)を形作った。直感的にマズイ!と思った京香は我も忘れて跳び出した。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 手に巻いていたバンテージが内側から腐れ落ちる。立ちはだかるアラクネ数体を腐食し、大地に還しながら、京香はポセイドンに詰め寄る。シュラウドが裾を延びてポセイドンを捕まえようとするが、
「――笑止!」
 シュラウドを空いた手で逆に掴んで京香を引き摺り寄せてきた。京香はなすがままに、ただ手刀を叩き込む事に集中。――近接戦闘において呪言系は無敵と言われる。だが接触出来なければ、効果は無い。厚く凝縮された氣の膜に弾かれ、手刀は届かなかった。ポセイドンは片手で京香を振り回すと、地面に叩きつけようとする。同じく隠れていたはずの隊員が身をもって受け止めてくれなければ、京香は潰れて地面に赤い染みを残していただろう。シュラウドは勢いに破れて、引き裂かれてしまった。
「――4匹。いや、先ほど餌になったから、もう3匹か。思ったよりネズミが隠れていたものだ」
 京香も含めて3匹? だとしたら、ポセイドンも最初に姿を消した男を察知していないようだ。もしかして、この場に居ないだけかもしれないが……。悩むのは一瞬。ポセイドンは京香の考え等、気にもせず、
「おとなしく見ておけ。お前達、人間という下郎共が幾ら徒党を組んだところで、神には無力であるという事を! 組織というものは頭が潰れれば脆いものよ」
 今度こそ止める間もなく、ポセイドンは北西の方角に向けてトリアイナを投擲する。次の瞬間、北西部の彼方の空に光が、そしてキノコ雲が生まれた。
「……呉? それとも……まさか海田市!」
 あそこには同期の友人がいたはず。崩れ落ちる京香達の耳にポセイドンの哄笑が耳に付いた……。

 そして……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ――諸君』
 海田市駐屯地消失の報告に、呆然自失する部下を桑形は叱咤した。
『諸君』
 彼方の空に広がる、キノコ雲に飛び立った笹山が奥歯を噛み締める。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 疲労困憊で意識朦朧となっていた破音の瞳から、知らず涙がこぼれた。
『 ――私は松塚・朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 ライトタイガーの中で、ルリとバルバリッチャが嘲りの笑みを浮かべる。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 周防が弾を込め、金剛丸が鼻で笑う。谷鯨林は目を細めてから、頬を膨らませた。
『 ――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“ 主 ”の栄光の下で真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 ポセイドンの哄笑が響き渡る。
「――天の御使いを気取りし愚かな人形が。身の程を弁えろ。残念だが、この世界の覇権を握るのは私だ。大海と大地を支配する強大な力を持つ私だ!」
 大地が鳴動する。奥の院の地面を割って現れたのは、化け鯨。王女アンドロメダを生け贄に求め、エチオピアを荒し回った、鯨に似た巨体を持つ竜ケートスが咆哮を上げた。また旧・宮浦港湾に突如として大渦巻きが立ち昇る。海流の渦は禍々しき柱となって天を割り、海神の復権を周囲に知らしめた。
「これこそ、私がこの地の陸海を支配した証だ!」
 そして京香達に視線を移すと、
「だが私は寛大だ。奴隷として忠誠を誓うのならば、我がアトランティス神国の一員として加えてやっても良いが?」
 呆然自失の京香。仲間達も肩を落とし、両膝を地に付けて項垂れるのみ。心まで屈しようとした――その時、
『 ……ねぇ、聞こえている? 周波数無茶苦茶の、小型の無線機でどこまで届くか判んないけど。海田市の皆は無事だよ! 聞こえているなら、叫べ! そして歌え! ほら、ユタカちゃんも歌って、皆を勇気付かせてあげて!』
 ……聞き慣れた友人の声が聞こえてくる。避難の進言が間に合っていたのか!
『 ――さあ、歌おう。そして叫べ! わたし達は戦う。いつだって大切な誰かを守る為に!』
 京香は立ち上がり、M16A1閃光音響手榴弾を投げ付けた。仲間を叩き起こして、
「一時撤退するわよ。ポセイドンの力を再分析して、次こそは倒すの!」
 我を取り戻した隊員達は大きく頷くと、京香と共に脱出した。

 キュクロプスを叩きのめして進んできたが、疲労困憊もあってタロスを前にして、ついに力尽きる。
「……海田市の皆は無事に避難出来たようだけど」
 もう破音自体はガス欠。灼熱に燃えるタロスの拳を受けて、アイギス予備機が崩れ落ちた。脱出しようにも周囲にはアラクネが集まってきて、楽に逃がしてくれそうにない。半身異化に移行すれば、未だ戦えるだろうが……身体を取り返そうとするエキドナの囁き声が耳に付いた。苦しんでいる間にもタロスは、止めを刺そうと近付いてきて――
『 ――ズバっ刀と参上! ズバっ刀と解決! 怪傑ラヴリィガール!』
 袈裟斬りにされたタロスの身体が崩れ落ちた。アイギス2号機――那由多だ! そして安藤機が支援射撃する中、ライトタイガーが接近してきて、
「……遅れた。よく頑張ってくれたな、殻島二士」
 操縦席から大倉達の手によって救出された破音は、無線から響くユタカの歌を聴きながら、心地良い眠りに付くのだった。

 日本原からの増援も加わった事で生口島までを制圧。大三島にある橋頭堡で激戦を続ける第46、第47普通科連隊との速やかな合流が望まれている。そして大三島中央の三村峠に決戦力が集結しつつあった――。

*        *        *

 時は遡る。ポセイドンによって消失される前の海田市駐屯地にて、決死の救出部隊はついにユタカの眠る部屋の前まで辿り着いた。ユタカの吸精で倒れる者が続出しても、諦めず、挫けず、ついにみことは辿り着いた。みことやヘルガ以外にも2名程、息切れが激しいが食い付いてきている。
「……さ、さすがは、ファンクラブNo.2とNo.7は伊達じゃないよね」
「関係あるんですか、それ」
 ちなみにファンNo.3は第13旅団長だったが、多忙の為に不参加。No.1はヘルガしか正体を知らない。他の1桁No.は山口駐屯地や、大三島攻略戦に駆り出されて不在。……それはさておき、
「――さすがに扉一枚すらも隔てる物が無いと……きつい。でもユタカちゃんの為ならエンヤコラときたものだ!」
 屈しそうな膝を奮い立たせて、みことは部屋の奥、寝台の上に何の支えも無く空中に浮かんでいるユタカへと足を踏み出した。一歩踏み出す度に泥沼へと引きずり込まれるような感覚。無差別で強力な吸精によって飾られていた花々は既に枯れ果てている。
「――えなじぃ、ばっりぁーっ!!」
 吸精に対抗すべく、みことに嵌められていた首輪の憑魔が氣の障壁を張る。だが氣の障壁すらも削られていき……そしてみことの首に灼熱感を残して、首輪の憑魔は沈黙した。枯死した憑魔核が崩れ落ちる。
「え、嘘! バリアー破られた!?」
 一気に虚脱感が襲い掛かった。受身も取れずに床に転がる。横目で、ヘルガ1人は未だ立ち向かっているのを確認するが……みこと達のカバーをする余力が無いのは苦しげな表情から見て取れた。
「あ、甘く、みて……いた……もしか……して……」
 わたし、ユタカちゃんに殺されちゃうのかな?
( ユタカちゃん、御免ね。何の力にもなれなくて )
 みことの眼から涙が溢れる。だが、その時――ユタカが突然、雷にでも打たれたように激しく痙攣したのだった!

 気が付いた、というのは大変な語弊があるが、速谷の意識は薄暗くて、仄明るい、空間を漂っていた。由良の導きに従い、意識を深く、浅く、沈めて……
「一名様、ごあんなーい」
 声の方に振り向くと、虹色に鈍く光る銅のニシキヘビを全裸に絡ませた由良が万歳をしていた。速谷自身の姿を確認するまでも無く、意識の方向性をユタカの在る“場”へと持っていく。心理学を学んでいる速谷には、夢渡る知識は問題ない。
「あとは感覚――。助かりました。行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
 漂いながら手を振る由良の意識から遠ざかる感覚。夢の中では距離や時間の隔たりは意味を成さない。そしてユタカの意識へと吸い込まれる感覚。吸い込まれるというのは語弊ではない。事実――
「やはり夢の中でも吸精が!」
 周囲は引き込まれていくについて色褪せていく。ブラックホールと化した中央には、巨大な銀色の鍵を抱える大地の娘。冥界の妃。生と死の狭間にあるモノ。少女と老婆の二面性。再生、復活。冬、そして春。
「……死して生を育むモノ。そして……奈落を解放する……?」
「――違います!」
 速谷の叫びに呼応して発せられた光が乱舞する。黒ずんだ空間へと、光をほとばしった。光の奔流を受けて、四散した闇の壁。眩しそうに顔を腕で庇いながら、美形の希臘男性が向こう側に現れた。
「ヒュプノス――いや“這い寄る混沌”!」
「その通り。本体ではありませんがね。しかし」
 ヒュプノスは赤金色の光を発すると、速谷に襲い掛かった。
「――心の強さが夢を支配します! ヒトごとき、しかも単独で私と遣り合うつもりとは舐められたものですね。貴方の意識は凍てつく荒野のカダスに置き去りにして差し上げましょう!」
 速谷は圧倒的なヒュプノスの意識に翻弄されそうになるが、覚悟を決めて、敢えて突撃。
「――ハハハ。正気を失いましたか!」
 ヒュプノスが嘲笑うが、速谷の瞳は理知の光を失っていなかった。
「……いいえ。至って正気ですよ。僕独りの力では勝てないのは百も承知。そして貴方が彼女を完全に支配していないだろうと思っていました!」
 同じ神的存在であるユタカを魅了し続けるには近くにいる必要があるのだろう――みことは物理的な距離だと思っていたが、速谷は精神的なものと推測。そして、それこそがヒュプノス打破の鍵!
「――なっ、しまった!」
 ヒュプノスが気付いて慌てて逃げようとするが、速谷の意識は逃がさず捕まえると、ユタカへと押し付けるように体当たり。ヒュプノスの絶叫! そこへ速谷はありったけの光を叩き込んだ。
「……ま、さか……ゼウスすら誑かした、私が……ヒトごときに……」
 力をユタカに吸収されて、また速谷に止めを刺されたヒュプノスの意識が霧散――消失する。速谷もまた存在が希薄になり、掻き消えようと……
「――先生、速谷先生。ありがとう」
 暖かい力が注ぎ込まれて、意識が再び形を成す。意識を向けるとユタカが微笑んでいるのが解った。
「先生の御蔭で、取り返しのつかない事をせずに済んだわ。正気を失っていたとはいえ、アタシが皆の力を吸い取るなんて……大地の息吹をもたらす娘としては駄目よね」
 申し訳なさそうな表情を浮かべるユタカだが、
「――アタシはペルセポネー。冥界の妃にして大地の娘。はっきり自覚したわ」
「そうですか……貴方が目覚めない事を祈っていたのですが」
 速谷の言葉に、ユタカは首を振ると、
「アタシも出来ればこのまま自覚せずに、ユタカとしての一生を楽しみたかったけど。ここまできたら無自覚の方が、返って皆に迷惑をかけるもの。でも――」
「……でも?」
「ハーデスは『折角、第二の人生を歩んでいるのだから、そのまま楽しみなさい』って。ユタカとして別の伴侶を選び、家庭を持ちなさいって。ふふ、浮気しても許されるみたいね。本当に――お人好しなんだから」
 心の底から慈しむように、最愛の男性を語るユタカ――否、ペルセポネー。だが意地悪く舌を出すと、
「安心して。許しが出た以上、ハーデスに気兼ねなくいっぱいユタカの人生を謳歌するつもりだから。速谷先生とお付き合いするのも悪くないかなって」
「……複雑ですね」
 速谷が困った表情を浮かべると、ユタカは屈託無く笑う。そして、彼方を見詰めた。
「先に戻るね。先生、また♪」
 ユタカの姿が消え、速谷も目を閉じる。意識が浮上していくのを感じた。
「おつかれさま〜」
 速谷が目覚めた時、無邪気に由良が笑顔で覗き込んでいた。

 宙に浮かんでいたユタカが爪先から静かに寝台へと降り立つと、歌い出す。歌に乗って暖かい氣がみことの身体を流れていった。
「――御免なさい、迷惑を掛けたね!」
「ユタカちゃん!」
 一斉に抱き付いて、揉みくちゃにしてしまう。1人冷静にヘルガが外に報告。顔色を変えて、
「――第13旅団長より正式に避難勧告が出ました。この海田市も、江田島と同じくポセイドンに狙われている可能性が高いそうです」
「――撤収〜! 逃げろー!」
 ユタカより送られて、氣力は充分。外では待ち構えていた式神三佐がユタカを抱き締める。最後まで残っていた需品科や輸送科のトラックに詰め込まれて、一目散に駐屯地から離れる。ある程度の距離が開かれたと思った時、突然の爆風と衝撃を受けてトラックが横倒しになった。
「……皆、生きてる?」
「――大丈夫。でも何が起こったんだろ」
 後ろを振り返る。立ち昇る巨大な雲。見上げると傘が広がっているのが判った。
「間一髪だったね……」
 無事を知らせるべく弄っていた無線機から、女声が響いた――。

 みことは声を嗄らして叫ぶ。
『 ――さあ、歌おう。そして叫べ! わたし達は戦う。いつだって大切な誰かを守る為に!』
 フトリエルと名乗った存在に反感を抱いて、思わず無線機を奪い取って叫んでいた。拍手が沸き起こる。
「どこまで皆に届いたか判んないけど」
「――大丈夫だよ。皆、そんなに弱くない。ありがとう、みことさん! よし、アタシも決めた!」
 歌い終わったユタカが握り拳を作る。
「――第13音楽隊所属、式神ユタカ一等陸士は、これより皆を力付ける為、大三島攻略部隊に合流したいと思います」
「……宜しいのですか? 下手をすれば、貴方も」
 何かを酷く心配するヘルガだったが、ユタカは微笑むと覚悟を瞳に湛えると、
「アタシは歌うわ――それしか出来ないけど、必ず力になれると信じて!」

*        *        *

 ――旧・山口刑務所跡地では、天使群に攻撃を掛けていた第17普通科連隊の間に混乱が生じていた。怒号と悲鳴が沸き起こり、上官に詰め寄って殴り飛ばすものも出る始末だ。さらにフトリエルの演説に続く、井伊からの告発が拍車を掛ける。
『 ――第13旅団上層部は魔群と結託していました。壱参特務は全て大魔王ベルフェゴールの走狗と成り果てています。調査に向かった我が補給班は、ぼくを除いて彼等のサバトに捧げられ、犠牲となりました。ぼくを救ってくれた、駐日仏軍第3外人落下傘連隊ジョゼフィーヌ・ヴィニョル少尉は確かに紛う事無き天使です。でもぼくは失った部下の為、維持部隊内部にはびこる魔群と戦うため、彼女と共に戦う! 乙女派の諸君、第13旅団の諸君! きみ達が本当に命を掛けるに足る物は何なのか、もう一度考えて下さい。――集え! 乙女の旗の下に!』
 告発と呼び掛けに、戦う事を放棄するばかりか、いつの間にか現れた駐日仏軍部隊と合流して、人間同士で合い争う姿も見受けられている。
「……と、まぁ、タイミング良く先手を取られたようなのであーるが」
 偽装したライトタイガーの中で谷鯨林が悪態を吐く。壱参特務の車輌と周囲に判明すれば、魔女狩りが起きない状況だ。しかし手足をもがれて隠れ潜むかと思いきや、疾風に乗っていた金剛丸が笑い声を上げた。
「――何か、変わったのか?」
「否、何も変わらない。そうさ、何も変わっていないぜ。立ち塞がるもの、気に食わないものは、全て潰すだけだろう?」
 相手がどんな状況でいようが、情け容赦なく殲滅する――そう周防も言い切った。
「ぶひぃ……確かに第17普通科連隊は満足に陽動すらも出来ない体たらくであるが、まぁ混沌とした状況となっているには変わりないであーる」
 谷鯨林も納得したように頷き、
「ぶふぅ、計画通りなのである」
「「「それは嘘だろ」」」
 全員からツッコまれた。さておき狭い車内で窮屈そうにしていたルリは一転して、嬉々とした表情を浮かべると、
「――最初は痛くて怖いかもしれないが、安心しろ、すぐに慣れて、気持ち良くなるぜ」
「……どうして、そうセクハラ紛いの喋り方しか出来ねぇんだ?」
 金剛丸がぼやくも、ルリは馬耳東風。自身の“怠惰の大罪”を展開していく。金剛丸、周防、谷鯨林、剛人、そしてバルバリッチャの憑魔核が合わせて活性化――激痛が走る。神経組織が蠢き、肉が泡立つような感覚……だが、すぐに喪失感が支配した。
「――憑魔能力無効というのは実際のところ“怠惰の大罪”で強制侵蝕して、核を半身異化に励起させる直前で、急速麻痺させる事なんだが」
「……侵蝕率は?」
「常時活性化状態で抑制しているから、侵蝕率は上がらないはずだが……」
 ルリの言葉に気を良くした谷鯨林は鼻を鳴らす。
「なるほど……我が輩の楽園構築の為、せいぜい役に立ってもらうのであるよ? 隊長殿……」
「何を考えているか大体判るが……前回のようにベルフェゴールが致命傷を負って意識不覚に陥れば、核が暴走して、影響をもろに受けるのを忘れるな」
 バルバリッチャが肩を軽く回しながらいう。金剛丸が唇の端を歪めた。集まってくる殺意を心地良く浴びながら、ハンドルを握る。
「――前置きはいい。敵さんも今ので、こちらに気付いたぞ」
「――隊長をサンダルフォンに通す。それが目的だ。障害物を利用しながら常に移動して、敵の攻撃がこちらの面々に対して集中させないような位置取りを忘れるな。――突撃!」
 周防の合図に、金剛丸と谷鯨林がアクセルを踏み込む。急速発進した疾風とライトタイガーは、統制を失い、単なる暴徒と化した維持部隊員を跳ね飛ばし、ひき殺していく。ガンポートから突き出したBUDDYが5.56mmNATO弾をバラ撒いた。ライトタイガーの射手席に座ったバルバリッチャが35mm機関砲を正面にぶち込む。嬌声が車内に響き渡った。
「ふはは、我が輩とマイハニーの初めての共同作業であるな。……って大丈夫であるか?」
「――バルバリッチャじゃねぇな。アタイの事もベルフェゴールの名で呼んでいたし。……もしかして、前々からか、さっきので覚醒していたな、サナエ?」
 バルバリッチャの本名で尋ねると、唇の端を吊り上げて笑い返してきた。
「――これからはハルパスと呼んで。でも安心して、今の場所を居心地が良く思うのは妾も同じだから。ベルフェゴールと同じく『遊戯』自体には興味ない。戦えれば幸せだけどね。それよりも……見てみて! 凄い、ヒトも羽根付きも、まるでゴミのよう!」
 バルバリッチャ改めハルパスが嬌声を上げ続ける。憑魔能力無効化の影響を受けて悶絶死したエンジェルスやアルカンジェルスが地に沈んでいる。第17普通科連隊は新たに現れたパワーやヴァーチャーと戦い続けるもの、戦いを放棄して逃げ出すもの、タガが外れて無差別に発砲するもの、様々だ。
「――戦場でまともに機能している敵が、壱参特務のみというのが皮肉な状況ですね」
 ……廃ビルとなっているビジネスホテルの一室から、戦況を把握していた井伊が憐憫の表情を浮かべる。対して、こちらはエンジェルスが無力されたものの、代わって乙女派兵士が守りを固め、組織立って迎撃に就いている。更にはログジエルの雷撃。突入してきた疾風を一撃で破砕する。間一髪で降車した壱参特務は遮蔽物に身を隠しながらも、更に接近してくるようだった。井伊は対人狙撃銃M24を構えると、目標を補足すべく照準眼鏡を覗き込んだ……。
「――ぶひぃっ!? 憑魔能力を無効化してすらこの威力であるか!!」
 ログジエルの雷撃が先行する疾風を爆砕したのを見て、谷鯨林が慄く。激怒した金剛丸が手榴弾を投擲、乙女派兵士が爆風で吹き飛んでいった。ケルプの獣身が踊りかかってくるのを目視。
「俺の左腕を奪ってくれた礼をしてやるぜ!」
 金剛丸は吼えると、閃光音響手榴弾、M7A2ライアット手榴弾を使って怯ませようとするが、頬を銃弾がかめて姿勢が崩れる。
「――狙撃だと!?」
 標的から外れたのを確認して、井伊が舌打ち。ベルフェゴールにのみ執着しているように思われているかもしれないだろうが、確実に戦力を減らすのも手。
「……もっとも憑魔能力の助けが無く、確実に当てるほどの腕前はありませんが」
 それでもケルプの動きを助ける力になる。狙撃を警戒する金剛丸は遮蔽物に身を隠し、必殺の84mm無反動砲カール・グスタフを撃ち放つタイミングを逃してしまっていた。
「――ふっざけやがって!」
「金剛丸、おまえはよくやっているぜ。忘れるな、最優先目標はサンダルフォンの再封印。ケルプをそのまま足止めしておくだけで十分だ!」
「――本当に、ふっざけやがって!」
 悪態を繰り返す金剛丸だが、周防とて煮えたぎるものがあるのは間違いない。持たせていた火炎放射器のボンベを撃ち抜かれて、部下を1人焼失。また自慢のチェーンソーもエンジン部を執拗に狙われては、容易には使えない。それでも多種多様な攻撃でログジエルや乙女派兵士を相手に何とか拮抗していた。
「――狙撃に気を付けながら、取り巻きの雑魚を黙らせろ! それからメインディッシュだ!」
 ログジエルの雷撃を伏せてかわし、レミントンM870ショットガンで応える。ルリの憑魔能力無効化の影響もあってログジエルの動きにいまいち切れが無い為にサシでも持ち堪えているが、
「――決定打には火力が足りねぇな。くそっ」
 部下や金剛丸の援護が無ければ、苦しい。金剛丸とてケルプ相手で苦戦している上に、狙撃の警戒もある。容易にはログジエルへと回れない。
「……だが、足止めには十分であーる! よくぞ、頑張った、我が輩の為に!」
「「ちげぇーよっっ、莫迦たれ!!」」
 周防と金剛丸が激しく抗議するが、谷鯨林は絶好調。ログジエルとケルプという最大の障害が引き受けてもらっている間に、燭台の灯に辿り着いていた。邪魔しようとする乙女派兵士をハルパスがBUDDYで薙ぎ払う。
「――KA・I・KA・N・★」
「マイハニー。感極まっているところ、悪いであるが、操縦を代わって欲しいである」
 谷鯨林の要請に、ハルパスは可愛い顔を大無しにするように眉を吊り上げるが、渋々と承諾。入れ替わった谷鯨林は剛人と共に狙撃に警戒して防弾盾を構えながら降車。5.56mmNATOを弾いて進む。
「――狙撃対策を十分にしていましたか」
 井伊が唸る。狙撃銃PGMウルテマ・レシオ・コマンドー2を構えていたミシェルが申し訳なさそうな顔をするが、仕方ない。もはやルリを止めるには手遅れだ。盾に囲まれているが、燭台の灯に浮かぶ胎児へと手をかざしている様子が目に浮かんだ。ログジエルもケルプも間に合わない。谷鯨林の叱咤が轟く。
「ええぃ、隊長、もっとしっかり仕事をするのである! それでも七つの大罪の名を冠する存在であるか!?」
「ごちゃごちゃ横からウルせェよっ! 集中出来ねぇだろうが!」
 罵り合いながらも、ルリは力を発揮。禍々しい氣が重く場をのしかかり――そして光の柱が細くなって掻き消えた。天上に開いていた虹色の“扉”もまた消失する。十分仕事をしたとばかりに、ルリは大の字で寝転がると豪快に爆睡し始める。慌てて谷鯨林は部下総出で回収。そして瞬間生じた隙を逃さずに
「――お前の頭蓋骨で器を作って祝杯を上げてやるぜ。逝っちまえ!」
 ケルプが燭台に気を取られた瞬間に、金剛丸が肉薄。カール・グスタフでの零距離砲撃。如何にケルプといえども堪らない。肺腑を撒き散らしながら、地に沈んだ。浴びた体液を拭おうとせずに、
「――待たせたな」
「ああ、まだ雑魚やら何やらが居るが……」
 周防もまたログジエルを見据えて不敵に笑う。異口同音にシャウト!
「「――ようやく、これで終わりに出来るぜ!!」」

 

■選択肢
SEuN−01)山口刑務所跡地にて死闘
SEuP−02)山口刑務所跡地にて天誅
SEuH−03)大三島で海神に徹底抗戦
SEuH−04)大三島で大山津見祇解放
SEuG−05)大三島で海神に服従隷属
SEuH−06)那岐山に関して威力偵察
SEu−FA)山陽地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 山口刑務所跡地の死闘は、この直後から始まるものとするが、功績Pを消費して“事前に手配していた”として使用する事は許可する。また弾数も補充される機会があったものとする。
 なお維持部隊に不信感を抱き、聖約に呼応する場合はSEuP選択肢を。ポセイドンに従う場合はSEuG選択肢を。なお人間社会を離れて独自に行動したい場合はFA選択肢にて扱う。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神人武舞』第13旅団( 山陽 = 南欧 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


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