第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第1回 〜 九州:アフリカ 其陸


A1『 主よ、来たり、祝したまえ 』

 緑生茂る山道をひた走る。
 その迷彩服の上位両袖に付けられているはずの階級略章は破り取られ、代わりに双翼の有る十字架の刺繍がなされていた。
 双翼十字部隊(仮称) ―― 旧国連維持軍・神州結界維持隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊を率いていた 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉を盟主にし、日本国政府と国連に対して、独立と宣戦布告をした部隊である。
 朱鷺子は、保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府を糾弾すると、己の自由と権利を勝ち取り、そして何よりも誇りと生命を護る為に、武装決起。
 双翼部隊は、天草上島・下島、大矢野を征圧すると、三角を強襲して天草諸島陸路の要所たる五橋入口を封鎖する事に成功した。
 慌てた日本国政府は、第42普通科連隊に鎮圧を非公式に命じると、武装蜂起そのものがなかった事として秘密裏に処理してしまいたい構えを見せる。だが、既に朱鷺子の放った火種は全国各地に広がり、くすぶっていたのである。
 牛乳瓶の底のような黒ぶち眼鏡をかけた痩身の男 ―― 斎・藤仁(いつき・ふじひと)元陸士長もまた、朱鷺子の檄に呼応した独立の闘士であった。
 藤仁は、双翼部隊を押さえ込もうと波多浦駅跡地に集結する、第42普通科連隊の目を避けるように、主要路たる国道57号・266号線及び旧JR三角線から外れた山中の細道を抜けて、宇土半島を東進していた。
 もはや獣道と化した九州自然歩道をひた走っていた藤仁は、エンジン音の連なりを聞きつけ、木陰に身を隠した。雑嚢から取り出した双眼鏡を覗くと、国道57号線を西へと向かう機械化部隊を捉える。
( …… 疾風1台を先頭にして、続いてクーガー2台、シキツウ1台、中トラ3台、…… それにスカイシューターだと!?)
 高機動車『疾風』、96式装輪装甲車クーガー、82式指揮通信車(シキツウ)コマンダー、そして中トラこと73式中型トラック …… これだけでも1個中隊近くはあり、既に波多浦で抗戦している部隊に合流されると、双翼部隊は3倍以上の戦力と交戦する事になってしまう。
 戦力差を埋める手段としては、朱鷺子の想いにより集ってきたと思われる、低位上級の有翼人型の超常体・通称エンジェルの群れ(複数形としてエンジェルス)だ。
 だが敵指揮官は地対空策として第8高射特科大隊に支援要請したのだろう。スカイシューター、87式自走高射機関砲は、捜索レーダー・追撃レーダー・射撃統制装置を搭載し、目標発見・敵味方識別・捕捉・射撃がコンピュータでコントロールされる。主武装はエリコン90口径35mm2連装機関砲であり、戦場防空のみならず地上目標に対しても有効である。 「 …… ハチヨン(84mm無反動砲カール・グスタフ)かLAM(110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストIII)があれば、ここで片を付けられるんだが」
 無い物強請りをしても仕方がない。
 唇を噛み締めると、藤仁は同志達の武運と加護を祈って、繁みを掻き分けて行った。

*        *        *

 ステンドグラスから差し込んできた光が、鮮やかな色の影を落とす。
 崩れ掛けたナザレの男の像の前に跪き、祈りを捧げる女が一人。その面は凛々しく、その切れ長の細目は鋭い眼光を抱く。美しいセミロングの髪が肩へと流れていた。身を包んでいるのが深緑と茶の斑状パターン地の迷彩服ではあるが、彼女の厳かな雰囲気を濁す事はなかった。
 何処からか鳴り響くパイプオルガンのような音が、より一層の静けさを醸し出す。
 妙なる調べに、詩(うた)が重なる。
    心の底より 神に感謝せん
    この朝を迎え 神をたたえん
    み子をおくり われらを救う
    神に栄光あれ、とこしえまで。

 彼女 ―― 朱鷺子が面を上げると、傍らに身を横たえていた2体の獣もまた頭を持ち上げた。青い2翼は、背からではなく頭から生えている。有翼人面獣身の高位上級超常体 ―― ケルプ(邦訳は智天使。複数形はケルピム)。
 1個体で1個大隊に匹敵すると言う高位上級の超常体を2体もはべらす朱鷺子とはどういう存在か?
 だが聖堂に足を踏み入れた男は、ケルピムの存在にも恐れず、ただ朱鷺子への畏敬の念だけで頭を垂れた。
「―― 朱鷺子様。三角の同志達が交戦を開始したとの報告が入っております」
 朱鷺子は振り向くと、真顔で口を開く。
「何度も言うが、私に“様”付けは不要だ。…… まあ、いい。この話は置いておこう。それで状況は?」
「同志達奮戦するも、敵部隊に突破されるのは時間の問題かと」
「エンジェルスは?」
「敵はスカイシューターを出してきました。これにより我が同志達の航空優勢が維持出来ません。狭路により敵は兵員の大量投入を出来ませんが、それでも火力を集中し、装甲に劣るこちらはいずれ突破されます」
 淡々と事実と推測を述べる同志の言葉に、朱鷺子は眉根を寄せると、
「残念だが、部隊を松島まで後退させろ」
「 …… 大矢野は捨てますか?」
 その問いに応えずに聖堂から外に出た朱鷺子は、眼光を鋭くして天を仰いだ。潮風が髪を洗うが、朱鷺子は意に介さずに聖し御言を紡ぐ。
『 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
 光が宙空に現われた。錫状を手にした双翼の高位下級の超常体プリンシパリティ。見上げた男の口から感嘆の声が上がる。
 威厳をもって朱鷺子は右手を横に振り払う。
「 “ 神の杖 ”の名において命ずる。―― 往け。愚かどもを打ち払え!」
 プリンシパリティが双翼で風を打ち払うと、東へと飛び立った。聖堂に集っていたエンジェルスが続く。
 天使の行軍を敬礼で見送る同志達に向き直ると、
「これで幾らか時間は稼げる。その間に松島で態勢を整えさせろ。5号橋を防衛線とするのだ。また、既に宇土に浸透・潜伏している同志達の支援を怠るな」
 敬礼し、慌しく伝達に向かう男の背を見送り、
「半年 …… いや3ヶ月保たせれば、今はまだ静観している者達も呼応して、全国各地で決起するだろう。―― “ 大罪者(ギルティ)”は人吉の“ 堕ちしモノ ”に向かっており、“ ”に仇なすモノもない」
 朱鷺子の顔に笑みが浮かんだ。
 人としての感情を超然とした、そんな笑み。
「―― 神州は、我等が“ ”のもとに」

*        *        *

 ―― 天草四郎時貞。
 本名を益田四郎時貞といい、元和7年(1621)江部村(現在の宇土市旭町江部)に生まれる。その為、江部四郎とも。父益田甚兵衛はキリシタン(切支丹)大名小西行長の元家臣で、小西家没落後、江部村で農業を営んでいた。家族ともに敬謙なキリシタン信徒だったという。
「 …… 天使が出現するのも、松塚様が天草四郎の生まれ変わりだからだ」
 藤仁は天草四郎の生誕の地を訪れていた。
 だが長い年月の果て、もはや天草四郎生誕を偲ばせる史跡はなく、代わって宇土を支配するのは ――。
「 …… 第42普通科連隊」
 旭町にある運動公園、隣接する善道寺のショッピングセンター跡は、宇土市役所跡地と共に第42普通科連隊の中継拠点に適していたのだろう。
 トラックや高機動車が並び、テントが張られ、その合間を警務隊員が行き交っている。
 藤仁は巡回路を外れた家屋に忍び込むと、双眼鏡を覗いて様子を伺った。
 なお隔離封鎖された神州の地は今や国民皆兵と等しい環境であり、それ故に“一般市民”というものは存在しない。
 銃を手に取れる者は全て超常体と戦い、戦えぬ者は全て支援に回る。老いた者は教え、幼き者は学ぶ。
 唯一の例外は子を産み育てる母だ。銃と剣に強固に守られた駐屯地奥深くの施設にて、出産・養育する。それでも絶対的に安全な楽園とは言い難い。
 自由と生存権を奪われ、終わり無き戦いを無理強いさせられた日本人達。
 だからこそ、朱鷺子の言い分に共感を覚える者もまた少なく無い。表立って、双翼部隊に合流するものは未だ僅かだが、潜在的な同志は多いだろう。朱鷺子達が奮戦すればするほど、呼応して決起する者が増えるに違いない。
 藤仁もまたその1人であった。もっとも彼の場合は、朱鷺子を神格化し過ぎているきらいはあったが ……。
 さておき、藤仁はここまでの道中に、現状への不満を抱いている者達と接触し、説得を試みてきた。
 現状に不満あれど、頑なに双翼部隊への交戦を挑む者が多数だったが、中には藤仁の存在を通報せず、逆に弾薬や食糧を密かに手渡してくれた者もいる。
 あとは、彼等が決起するにたる後押しが必要なのだろう。
「松塚様が天草四郎の生まれ変わりだと信じてもらえればな …… 」
 藤仁は、朱鷺子のカリスマ性を訴える事で、彼等の力添えが得られると思った。
 しかし藤仁の意に反してそれこそが、彼等が一線を越えるのを躊躇う理由だったのだが。
 数十の超常体を操る朱鷺子。その中には低位のみならず、高位の存在もいた。また、彼女の憑魔は数億人に1人という特別なものらしい。その力は周囲の空間すらも思うがままに変貌させるという。
 朱鷺子に対する恐れ ―― これこそが彼等を思い止まらせている“何か”なのだという事を、この時点での藤仁には思い浮かばなかった。

 薄紅が陰り、闇が空を支配する。
 かつては電力でもって明るかった街並みも、今ではかがり火でもって灯りとする。
 電池が切れかかっているのだろうか? 警邏中の巡回員が持つ懐中電灯の明りが断続的に明滅する。
 藤仁は軽く口笛を吹いた。瓦礫や廃墟を吹き抜ける隙間風のような音。
 懐中電灯の明りが消えた。続くは、
「 …… 自由を」
「 ―― 我等に」
 合言葉を交わし、巡回員 ―― 否、敵陣に潜伏中の同志が歩を進めてくる。
「無事で何よりだ、同志」
「 …… おれで何人目だ?」
 巡回員は指を3本立てた。頭を振ると、藤仁は深い溜め息を吐いた。
 だが面を上げると、状況を訊ねる。
「現在、第42普通科連隊の主力は、人吉方面と天草方面に分かれている。人吉方面の指揮は、第8師団師団長、細川・雅史[ほそかわ・まさし]が ……」
「人吉方面は、加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将が指揮していると聞いていたが?」
「全国各地で超常体が大規模発生、その活発化は異常ともいえる。九州北部の第4師団、沖縄諸島の第1混成団もまた担当地域で交戦中だ。加藤は西部方面隊をまとめるべく、健軍から動けないらしい」
 好機と言えば、好機だ。双翼部隊に割く戦力が減少すれば、それだけこちらが生き残る可能性が増える。また戦況が長引けば、それだけ現体制への不満も噴出する事だろう。
 だが …… 果たして、それは偶然なのだろうか?
 そこまで考えて、藤仁は激しく頭を振って、疑念を払拭した。
 何を疑う事があるのか、と。
「で、現在、おれたちの敵は?」
「第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]」
「 …… 倉石一佐か。それを知れば、松塚様はおつらいだろうな」
 倉石は陸上自衛隊時代からの生き残りの古強者で、齢60近くというが未だ身体も精神も壮健ときく。典型的な肥後モッコス(一本気・偏屈者・気骨者・へそ曲がり・奇人変人頑固・誠実だが泥臭い)。また朱鷺子の恩師だったと聞く。
「味方にはつけられないのか?」
「 …… 難しいな。何しろ、肥後モッコス。説得は一筋縄ではいかんだろう。だからこそ朱鷺子様の恩師たるとも言えるのだろうが」
 黙考すること数秒。だが答えは出ない。
 仕方なく、藤仁と同じく宇土に先行した同志達と合流すべく、隠れ処となる場所を聞き出す。情報を引き渡した巡回員は、餞別とばかりに雑嚢から取り出した予備弾倉や携帯食糧、そして ……。
「隠密行動には必要だろう。気休めかも知れないが無いよりマシだ」
 投げ渡されたのは、サプレッサー(減音器。※類語としてサイレンサー:消音器と邦訳される事が多いが、厳密には減音器が正しい)。
「いざという時は暗殺も ―― !」
 自嘲めいた笑みを浮かべながら、藤仁はサプレッサーを9mm拳銃SIG SAUER P220へと装着しようとした、そんな時に悪寒が走る。
 活性化と似たような痛みと疼きが藤仁の身体を貫いた。
 活性化は、憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。
 この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。…… ならば。
「気をつけろ、超常体が付近に ―― 」
 周囲を見渡した。闇の中に赤い光点が1つ。
 サプレッサーを装着するのを諦め、痛みを逆に奮い立たせると ―― 半身異化。瞬発力強化、跳躍力強化、敏捷性強化。一瞬にして相手に肉薄。
 咥え煙草の男がそこにいた。くたびれた様子であり、それでいて飄々とした男。半目に開かれた目蓋の奥では、焦点の定まっていないかのような眼。だらけきっていると藤仁の思考が判断すると同時に、だが藤仁の憑魔は言葉にならぬ危険信号を発している。
 柔軟性・強靭性が強化された藤仁の本拳が、相手の胸部を狙う。
 だが、男はヒェィと気の抜けた悲鳴を上げながら、
「 …… おっかないねぇ。ぼかぁ、静花さん に頼まれて武器の横流しを見張っていただけなんだが」
 右足で踏み込むと、肘で藤仁の顎を突き上げるようにしながら、男の左腕が藤仁の右腕に絡みつく。男の左手が、藤仁の右手の甲を掴んだ。
 そのまま藤仁の右腕を捻って、ひっくり返そうとしてくる ―― 小手返し。
 だが藤仁は自ら仰向けに倒れてやった。自由な手で地面を叩いて衝撃を緩和。同時に反動も込めると左足を振って、男の腰から腹部へと蹴り上げた。
「ぶぼっ!」
 奇言を発して男が吹っ飛ぶ。何とか踏ん張ったものの、その間に藤仁も立ち上がり次の攻撃準備。さらには巡回員もまた89式5.56mm小銃を構えていた。
「うわー。死ぬー。殺されるー。御免 …… ぼかぁ、逃げる、逃げます、逃がして下さい」
 喚くと同時に男はバックステップ。影へと身を潜らせた。逃がすかと藤仁が詰め寄る。―― が、
「 …… 溶けて消えた?」
 闇の中に飛び込んで数歩もせずに行き止まりの壁にぶつかるのだった。
「あの男はいったい …… ? 人間なのか?」
「 ―― 判らん。だが、ここでの事が漏れる可能性はある。すぐに同志達と合流を」

*        *        *

 もはや隊に戻れぬという元巡回員の同志と共に合流地点へと急ぐ。
 かつて学び舎が在り、更なる昔に城が在ったところ。宇土高校と宇土城跡の地 ―― 城山公園。
 集まった同志は、藤仁も含めて7名。内、魔人は強化系の藤仁と、操氣系の1名。
 さておき、と同志の1人が一同を身回すと、
「 ―― 同志諸君。残念な報せがある。…… 三角が敵に強奪された」
 衝撃が走り、緊張が生まれる。
「敵は物量作戦をもって、三角に攻撃を集中。我等が盟主・朱鷺子様は、同志達の損失を最小限度にするべく部隊を松島まで後退した」
「だが大矢野に出現した高位超常体により敵は大矢野の征圧に失敗ともある。…… 敵が大矢野を攻めあぐねている間に、松島で反撃の戦力を練っているという状況だ」
 藤仁は瓶底眼鏡の奥で、目を細めて思考。
「残念ながら、宇土征圧部隊の到着は当分先。つまり、おれたちは孤立しているのだな」
「ああ。だが、見方を考えれば敵陣深くに浸透。いつでも心臓部や頭脳部へと襲撃を掛けられるという立場でもある」
「敵陣内には我等が同志もまだ多く潜んでいる。彼等と連携強くすれば、同志本隊の手を煩わせる事なく、敵を瓦解させる事も出来るだろう」
 一同が深く頷いた。
「では、同志諸君。―― 自由を我等に!」
「「「 自由を我等にっっっ!!! 」」」

■選択肢
A−01)権天使とともに、大矢野を死守
A−02)宇土拠点を奇襲
A−03)さらに敵後方(※健軍など)へ
A−04)天草上島・下島で行動


■作戦上の注意
 当作戦参加者には、功績ポイントを 10 点消費すれば、エンジェルス1個組(2〜3体)を恭順させる事が出来る。能力系統は「祝祷系」だが威力は弱いのでアテにはしない事。また超常体との接触時間が長いと、強制的に憑魔侵蝕率が上がるので注意されたし。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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