第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其陸


A2『 われを顧みたまえ 』

 今や廃れてしまった宇土高校の学び舎屋上。腹這い姿で観測していた同志が連絡を送ってくる。
「 …… スカイシューターが新たに1機、天草街道(国道57号線)を西進していくのを確認」
「先発の1機と合流すれば、高射特科1個分隊となるな」
 斎・藤仁(いつき・ふじひと)は奥歯を噛み締めた。
「火力を集中投入して、大矢野のプリンシパリティを撃破する心積もりだろうが …… 」
「どうする? 同志・斎。転身して追撃をかけるか?」
 不安そうな同志の言葉に、だが藤仁は頭を振る。無線をいじっていた別の同志に、天草上島の松島で反撃態勢を整えている部隊の様子を伺った。
「 ―― 敵増援の旨、通達完了しました。されど同志達の士気揚々。何よりも我等には朱鷺子様が控えていらっしゃいます。…… それに天草五橋の残り4つ、2号橋から5号橋は、未だにこちらが抑えていますからね。万が一、大矢野のエンジェルスが壊走しても、おいそれと天草上島へと侵攻する事は出来ないと思います」
「とは言え、守勢のみでは物量差で以って捻じ込まれる …… 」
「何か考えがあるのか?」
 観測していた同志が双眼鏡から眼を離して、藤仁に問うてきた。
 藤仁は身を屈めて、出入口の壁に張り付くと、校舎内の物音を確認。そして、
「とりあえず城山の同志達と合流しよう。話はそれからだ」
 隊用携帯無線機を仕舞った同志は頷くと、89式5.56mm小銃BUDDYを構える。観測者もまた同様に支援射撃体勢をとる。
 敵陣付近に潜伏している双翼の勇士達は、校舎の闇に身を沈めていった ……。

 旧国連維持軍・神州結界維持隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊を率いていた 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉を盟主にし、日本国政府と国連に対して独立と宣戦布告をした部隊 ―― 双翼十字部隊(仮称)に対して、日本国政府は第42普通科連隊に天草弾圧を命じた。指揮官は第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐。
 弾圧部隊は第8高射特科大隊にも支援要請。87式自走高射機関砲スカイシューターの火力を以って、双翼十字部隊を救援する有翼人型超常体エンジェルスから航空優勢を奪い取ると、三角を抑え込んできた。
 だが朱鷺子は部隊を松島まで後退させると同時に、高位下級超常体プリンシパリティを大矢野に派遣。弾圧部隊を大矢野に押し留める事に成功している。
 また藤仁達数人の勇士が、宇土の敵弾圧部隊司令本部近くに潜入。いつでも心臓部や頭脳部へと襲撃を掛けられる位置にいるのだった。

 宇土城跡 ―― 城山公園にて同志達が集う。
 集まった同志は、藤仁も含めて7名。内、魔人は強化系の藤仁と、操氣系の1名。朱鷺子を盟主として独立を宣言した際に以前の立場は失われたが、それでも年齢や元の階級からくる発言力は存在する。藤仁は元陸士長。操氣系魔人が元三等陸曹という、ドングリの背比べではあるが(他は元陸士)。
「寡兵の戦法は昔より1つあるのみ。―― すなわち奇襲だ」
 同志達を見回して、藤仁は断言する。
「宇土拠点を奇襲し、敵軍に脅威を感じさせる。そうすれば相手の以降の行動を制限する事が出来る」
「 …… なるほど。防衛に徹する等、次からの行動が受身になるのではというわけだな」
 納得の表情で、元三曹が頷いた。
「寡兵の我々が、敵大軍の動きを支配下に置くのも痛快というものだ。異論は無い …… が、具体的な策を聞かせてもらおう、同志・斎」
「作戦目的は前言の通り。そして作戦目標は、第42普通科連隊長、倉石孝助ただ1人」
 藤仁の言葉にざわめきが起きる。それを抑えて元三曹が口を開いた。
「 ―― 司令部に殴り込みか。だが流石に突破は難しいぞ。俺の見立てでは、護衛の魔人が少なくとも2名はいるだろう」
 単体戦力では、魔人は維持部隊最強と言われる。憑魔に対しての偏見や差別意識が無い幹部であれば、護衛として付けるのが当然だ。
「魔人に対しては魔人 …… しかあるまい。元より覚悟の上だ」
 藤仁の覚悟。だが元三曹が眉根を寄せると、
「倉石を殺るには、覚悟だけでは足りん」
 では? …… との周囲からの視線。元三曹は唇の端に笑みを浮かべると、
「俺も行く。護衛相手は任せろ。―― 同志・斎は、倉石だけを狙え。ただの老兵だと思うな。筋金入りの肥後モッコスだ。魔人ではないとは言え、楽に倒させてくれんぞ」
「 …… 承知の上だ」
 藤仁と元三曹は視線と視線を交わして、笑みを浮かべ合う。
 他の同志達も、陽動役や奇襲時の援護射撃、撤退時の安全路や避難先の確保に努める。
「では、同志諸君。―― 自由を我等に!」
「「「自由を我等にっっっ!!!」」」

*        *        *

 旧本渡市役所 ―― 双翼十字部隊作戦司令部。
 法衣を思わせるような、ゆったりとした白いコートに身を包んだ朱鷺子が入室すると、作業をしていた者も直立し、一斉に敬礼を送る。
 朱鷺子は答礼をしながらも苦笑。
「私に敬礼する必要は無いと言っているのだがな」
「そうは仰りますが体裁というものがあります。朱鷺子様は我等同志達の盟主 ―― 希望なのですから」
「 …… 集団を鼓舞する偶像の必要性か。正直、唾棄したくなるのだがな」
 ―― 畏敬の礼を持って崇められるのは “ 主 ” のみ。
「 …… 何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。…… だが、この格好だけでもどうにかならぬものかな? 見栄えはよくとも、動き辛いし、それにもう春過ぎだぞ。暑くてかなわん」
 まとわりつくコートを邪魔げに思い、朱鷺子は溜め息を吐いた。だが副官は何処吹く風か、涼しげな表情で無視する。
 朱鷺子は再度深く溜め息を吐くと、傍らに控える有翼人面獣身の高位上級超常体 ―― ケルプの背を撫でながら、
「大矢野はどうだ?」
「同志プリンシパリティ善戦するも、航空優勢を奪われては時間の問題かと。最悪、今日明日には落ちます」
「スカイシューターとはほとほと厄介だな。これでキュウマル(90式戦車)まで投入されたら笑うしかあるまい」
「こちらは機甲車輌を有しておりませんからね」
「 ―― 松島の反撃部隊には、必ず対戦車装備を携行させるのを忘れるな」
「 …… 差し出がましい事を申し上げますが、パワーズ以上の超常体を召喚すべきかと」
 パワー(邦訳:能天使)は高位下級の超常体だが、同階級のプリンシパリティを更に上回る力を有すると言われる。
「パワーズの戦力を以ってすれば、瞬く間に宇土まで解放する事が可能かと」
 だが朱鷺子は眉間に皺を寄せたまま、
「 ―― 駄目だ。今の私にはパワー以上を召喚するのは難しい。善戦で奮戦する同志達には申し訳ないが、彼等の尽力に期待するしかあるまい」
 呟くと唇を噛んだ。そして朱鷺子は背を向ける。
「私はいつもの場所に戻る。ここの指揮は任せた」
 見送る副官の敬礼を背にし、朱鷺子は退室する。知らずに呟きが唇から出た。
「許せ、同志達。…… “ 弟達 ” は、この独立戦争に続く、人吉から北上してくるだろう “ 堕ちしモノ ” どもとの戦いや、阿蘇に居座る “ 野卑たる霊 ” どもとの戦い、そして “ 黙示録の戦い ” の為に温存しなければならぬのだ」
 朱鷺子の半長靴が廊下に響き渡る。
「人間どもや “ 大罪者(ギルティ) ” が、人吉の “ 堕ちしモノ ” の侵攻を喰い止めてくれる事を、私が期待しなければならないというのは、まさしく皮肉でしかないな …… 」
 だが、それでも上手く事を運ばないとならぬ。
「―― 神州を “ 主 ” のものにする為にも」

*        *        *

 天草弾圧部隊司令部たる旧宇土市役所。
 早朝、未だ日が昇る前。歩哨の警務隊員が欠伸を噛み殺している。2人組で出入口の両脇を固めていた。
 他に出入口になるはずの窓等には、木材や鉄板で補強されており、生半可な力では突入は難しい。
 BUDDYを脇に提げ、こちらも2人組で出入口に近付く。歩哨が所属・階級・姓名と誰何の声をかけてくる前に、こちらから素早く敬礼。慌てて答礼を返そうとする歩哨1人の死角を突き、横から詰め寄った同志がナイフで脇腹を刺突。軽く呻き声を上げて倒れる相棒に仰天して振り向いたもう1人の後頭部に、藤仁はナイフを突き刺した。
 声も上げずに倒れ伏した歩哨の遺体。建物の蔭に隠したり、88式鉄帽を目深に被せてから壁に立てかけたりしておく。同志の1人が頷いて、歩哨の振りを担った。事前に調べておいた次の交代には、まだ時間がある。
 僅かな物音を聞きつけたのか、玄関横の警務室の窓口から毛布を被った警務隊員が寝惚け眼の顔を出してきたが、敬礼1つしたら再び奥に引っ込んでいった。
 こうして藤仁と元三曹は静かに、それでいて堂々と侵入した。目指すは、倉石一佐の命。倉石は指揮官にあてがわれた市長執務室か、あるいは幕僚達と会議室のいずれかに寝泊りしているはずだ。だが奴が、朱鷺子の師というならば ……。
 会議室に向かう。果たして不寝番の警務隊員が入口を固めていた。
 敬礼を送り、警戒を解こうとした藤仁達だったが、警務隊員は9mm拳銃SIG SAUER P220を抜いてきた。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 藤仁の身体機能が膨れ上がった。増した瞬発力で肉薄し、しなやかにして強靭な当て身を放つ。
 銃を持つ右腕を己の左肘で打ち払い、右の掌拳で顎を突き上げた。かかった指が引鉄を絞る前に、衝撃で拳銃を弾き飛ばす。そして相手が後方に体勢を崩したところで、外掛けで倒した。そのまま右肘を落として、咽喉を潰した。離れたところを元三曹が銃剣の刺突で止めを差す。
 扉に耳を寄せて、内部の音を探る。規則正しい呼吸音。元三曹と頷き合って静かに扉を開いた。
 並べられたパイプ椅子を寝台代わりにして、毛布に包まっている姿を確認。
 藤仁は減音器を着けたP220で、毛布に対して3射。被弾するたびに毛布に包まったものが跳ねた。
 確実な死亡を確認する為に、毛布を剥ぐべく歩み寄ろうとした。瞬間、テーブルの下から飛び出た何かの打突を受け、吹き飛んだ。
「何ば、しょっとっとかー!?」
 齢60近いと聞いていたが未だ身体も精神も壮健な男 ―― 倉石が、建物中に響き渡るような大音量で一喝してきた。不覚にも気圧されてしまう。
 廊下外を見張っていた元三曹が、敵の救援が来る前にと半身異化し、倉石に襲いかかる。練られた氣による刃物が倉石に向かった。だが ――
「憑魔の力なんぞなくとも、人間はぬしゃに負けんとよ!」
 練氣の剣を掌拳で外から円弧を描くようにすくい受けるだけでなく、勢いを逆に利用して体勢を崩させ、回し蹴りを腹部に放っていた。血が混じった吐瀉物が元三曹の口からこぼれる。
 半身異化した魔人は、特有の憑魔能力だけでなく、若干の身体強化がされている。単体では最強の戦力と言われる由縁だ。しかし、そんな元三曹の攻撃を倉石は文字通り一蹴して見せたのだ。
「さすがは朱鷺子さまの恩師 …… 」
「何や。やはり、ぬしゃらは朱鷺子の部下ね。ばってん、おいとて易々と倒れんけん」
「残念だが、それでも倒れてもらいます。朱鷺子さまが神であり続けるためにも、倉石さん、あなたが邪魔なのです」
「神、か。…… ふん。朱鷺子も大それたものとして担ぎ上げられたもんやねぇ。初陣の時に恐ろしかあまりにションベンたれとった娘っ子が」
 鼻で笑うと同時に、倉石は連撃を放ってきた。老齢故に得た達人の動きに、身体強化されているはずの藤仁ですら防戦一方。
 このままでは倉石を倒せないばかりではなく、救援に駆けつけてくる敵兵に囲まれて、こちらが終わってしまう。
 焦れた藤仁だったが、起死回生の機会は味方が作り出した。口元を拭うと元三曹が掌を頭上にかざして聖し御言を紡ぐ。
『 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.』
 ―― 光が生まれ、そして爆発が起こった。超常体が “ この世界 ” に出現する際に生じる空間歪曲現象。轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現したのは ……。
「 …… 天使。エンジェルス」
 見れば、召喚した元三曹の侵蝕化はより一層進んでいた。半身を天使の羽毛に似たもので包まれている。おぞましくも、どこか美しい、人間としての “ 何か ” を棄てていくモノの姿。
「 ―― 同志! 敵の救援は俺と天使が引き受ける。この好機を逃すな!」
 元三曹の叫びに似た言葉に、我に帰る。見れば、爆発に巻き込まれた倉石が、壁近くの床に転がっていた。吹き飛ばされた時に頭から壁に叩きつけられたのか、朦朧としている。
 野獣のような叫びとともに、藤仁は倉石へと跳びかかった。意識を取り戻す前に組み伏せると、後ろから首を絞める。膨れ上がった握力が、ついに倉石の口から血の混じった泡を吹かせ、鈍い音を起こした。
 …… 死んだ。確かに殺した。そして高揚感もなく立ち上がる。念の為に、さらに9mmパラペラムを2発、頭部に撃ち込んだ。
 元三曹に合図を送ると、エンジェルスが光の矢を放ち、窓の補強板を破壊した。
 藤仁は声を張り上げた。
「 ―― 任務達成。これより撤退する!」

*        *        *

 城山まで脱出した藤仁達だが、流石に無事とは言えず、その逃走の中で同志を3人失った。
 建物の闇の中で息を吐く。
「 ―― 報告、大矢野のプリンシパリティが撃破されました。しかし倉石の死を喧伝した結果、弾圧舞台が一時的にも混乱。その隙を逃さずに、松島の部隊が反撃に出たとの事です」
「そうか。同志達の奮起は喜ばしい事だが …… おれ達はどうするかな?」
 転身して三角・大矢野の弾圧部隊を挟撃するか、それとも宇土でゲリラ活動を続けるか。問題は、同志達は藤仁を入れても4名である事。エンジェルスを含めても充分とは言えない戦力である。
 首を傾げて思い悩むが、ひとまずは作戦の達成を祝うと同時に、志半ばで倒れた者達に哀悼の意を捧げるべきだろう。
「 …… 同志諸君。―― 自由を我等に!」
「「「自由を我等にっっっ!!!」」」

 …… 鮮やかな色の影を落とすステンドグラスから光が差し込んでくる中、妙なる調べが鳴り響く。
    悪しきおもいより、清めたまえ。
    苦しみの時に 平和をたまえ。
    み国への道を 示したまえ。
    永遠の光 見させたまえ。
 祈りを捧げていた女が顔を上げる。その眼から涙が溢れ、頬を伝っていった。
「 …… 倉石が死んだか。朱鷺子、哀しいか? だが、これでようやく―― 」
 唇が、超然とした笑みを形作る。
「 ―― 汝と我は、完全にひとつになった」

■選択肢
A−01)松島から大矢野・三角に反撃
A−02)大矢野・三角へと転身して、挟撃
A−03)宇土周辺にて工作活動
A−04)さらに敵後方(※健軍など)へ
A−05)天草上島・下島で行動


■作戦上の注意
 当作戦参加者には、功績ポイントを 10 点消費すれば、エンジェルス1個組(2〜3体)を恭順させる事が出来る。能力系統は「祝祷系」だが威力は弱いのでアテにはしない事。また超常体との接触時間が長いと、強制的に憑魔侵蝕率が上がるので注意されたし。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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