第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第3回 〜 九州:アフリカ 其陸


A3『 血 し お し た た る 』

 共に宇土に潜伏していた同志達も、今や半数近くになっている。そのうち、魔人は強化系の自分と、操氣系の元三等陸曹。しかも元三曹は憑魔の侵蝕が深刻なまでに進んでいる。
「 ―― 安心しろ、同志は襲わんよ」
 哨戒中にあった敵隊員から殺して奪ってきた、戦闘糧食I型5番の五目飯の缶詰を開けながら、元三曹が微笑んだ。その笑顔を受け、斎・藤仁(いつき・ふじひと)元陸士長は、肩の力を抜く。
 真の自由を求める我等同志達 ―― 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]元一等陸尉を盟主にして、旧国連維持軍・神州結界維持隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊員を中心とする双翼十字部隊(仮称)。そんな我等を弾圧する為に、日本国政府が送り込んできた第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐に奇襲を掛け、誅殺したのが先月下旬である。
 その際に元三曹は超常体を己の意志で呼び出す事に成功してみせた。代償として、深刻な憑魔の侵蝕率の上昇。半身を天使の羽毛に似たもので包まれ、おぞましくも、どこか美しい、人間としての“ 何か ”を棄てていくモノの姿となっていた。
 だが憑魔が落ち着くにつれて、羽毛は抜け落ち、外見上は普通の魔人と変わらぬ姿をしている。それは、双翼十字部隊にも既に完全侵蝕しながらも、人の姿と意識をした者がいる可能性を示していた。
「 …… どうした? 同志・斎」
「いや ―― 人の身を棄てて、超常体と変わるという事はどういうものかと思ってね」
 藤仁と元三曹の会話に、他の2名も耳をそばだてていた。普通の人間と、魔人と、超常体。それらを湧け隔てるのは、力であり、姿であり、心であると謂われているが ――。
 気を悪くした様子も無く、元三曹は箸を置くと、
「よく解らん」
 真面目な顔付きで返して来た。
「よく解らん、という事も無いだろう。おれは、その、この力を手に入れてから物を見る目が変わったような気がする ―― このまま侵蝕が進むにして、おれが見る風景はどう変わっていくのだろう?」
 藤仁の独白に、元三曹は腕を組んで唸っていたが、
「 ―― 変わった事に気付かないまま、変わっていくという事が『普通』では無いだろうか?」
 羽毛に覆われていた箇所をさすりながら、
「子供が大人になったとき、何かの境界線を越えたように、それを自覚する事は難しい。まぁ第2次成長や性行為の達成をもって、肉体的かつ精神的な“ 変化 ”という輩もいるが …… 果たして、それは本当に“ 変化 ”というものだろうか? ―― 少なくとも、俺は天使を召喚する前も、後も、何かが変わったという気はしないのだ、不思議な事に」
「では …… 超常体と人間との違いは何だ?」
「だから解らんよ。―― 勿論、変わりゆく俺は、自分が変わっていっている事に自覚が起きないだけかもしれない。他者に指摘されて、自分と似て非なる何かと比較されて、初めて『ああ、俺は変わったんだ』と思えるようになるのかも知れん。それが答えだ」
 元三曹の言葉に、藤仁は何故か愛憎入り混じった想いを抱いた。ああ、これはおれが憧れながらも、嫌って止まぬ『普通』というものの感情に近い。ならば、おれは、この祝福されし同志に ――。
「 …… “ 嫉妬 ”しているのだな」
 沈痛な表情を浮かべていたのだろう。心配した同志が藤仁の背を叩く。
「同志・斎。確かに、彼と君と私達では、何かが違うのかもしれない。だが、共通するものがある」
「 ―― 解っているとも、同志。おれ達は、朱鷺子様を盟主とし、真の自由を勝ち獲る為に戦う事を誓ったのだ。それに超常体も、魔人も、人間も関係無い」
 藤仁の言葉に、一同が深く頷いた。
 終えた食事を部屋の隅に追いやると、
「状況の再確認をする。―― 大矢野は既に弾圧部隊の侵略下にあるが、倉石の死を喧伝した事により、一時的な混乱が生じた。その隙に、松島で備えを整え終わった同志達が反抗に出ている」
「敵陣深く浸透している我等は、このまま宇土でゲリラ活動を続けるか。それとも、転身して三角・大矢野の弾圧部隊を挟撃するか、だが ――」
「 ―― 三角に向かう」
 視線が集まると、藤仁は策を説明。元三曹は感心して笑った。
「さすがは、同志・斎だ。倉石誅殺の決断力といい、見事しか言いようが無く、俺からも同意する。だが」
「何か、問題でも?」
「いいや、同志・斎の案に問題は無い。あるとしたら、むしろ俺の方だ。―― 危ないとは判っているが、俺はこのまま宇土で偵察行動を続ける。倉石を誅殺した事で、第8師団の動きが慌しくなってきているようだ。…… 噂に聞く『零捌特務』といった懲罰部隊や、僻地でくすぶっていた問題児どもをなりふり構わずに投入してきたかも知れない」
 言われてみれば、ここ最近の宇土に部隊が結集してきている様子がある。その中には当然、問題児どもが含まれているはずだった。
 どこの戦場においても、戦闘経験豊富で実力高くとも、部隊本部の意向に従順ではない部隊が多い。菊池の第811班(※班長:陣内曹長)しかり、植木の第848班(※班長:栗木三曹)しかり。
 朱鷺子の言葉に感銘を受けて、我等が同志となるのを恐れた日本国政府は、そういった“ 実力はあるけれど問題もある部隊 ”の投入を控えてきたようだ。
 だが戦況の悪化に伴い、日本国政府は博打にでたようだった。どう転ぶかは、誰にも判らない。
 そのような敵部隊を把握する為にも、宇土に残る事を元三曹は告げたのだ。
「俺と、味方になってくれる天使で充分だ。同志達は安心して三角に向かえ」
 通信機と交換に、拡声器やスピーカ等の音響機材を受け取る。これらは、弾圧部隊が我等に投降を呼びかける際に使用しているのを、奪って来た物だ。
 残り少なくなった銃弾や食糧を分け与えて、握手を交わす。背嚢を負い、89式5.56mm小銃BUDDYを肩に担いで、藤仁達は拠点としていた宇土城跡 ―― 城山公園を後にする。
「 …… 同志諸君。―― 自由を我等に!」
「「「自由を我等にっっっ!!!」」」

*        *        *

 崩れ掛けたナザレの男の像の前に跪いて、いつもの勤めとして、祈りを捧げる。
 ステンドグラスから差し込んできた光の中、朱鷺子の身を包んでいるのは、実利一辺倒の迷彩服に他ならない。副官達が用意した白いコートは、虚飾に塗れているとして好きではなかったらしい。
 空を打つ羽音が聞こえた。
 朱鷺子が顔を上げ、静かに振り返る。視線の先、堂の入口には、1対の翼を持つ超常体の姿。片膝を付き、頭を垂れていた。
「人間のような真似をする ―― アイツの仕業だな。“ 弟 ”よ、確かに、私はお前より遥かに上の階位にあるが、人間の罪業に染まる必要は無い。頭を上げよ。お前が頭を垂らして敬うは“ 主 ”のみであるからだ!」
 …… まったく、副官は、ロクな事を教えはせん。
 付き従うケルビムを撫でながらも、憤慨で朱鷺子は歯噛みした。エンジェルが慌てて姿勢を正す。
「もういい判った判った。お前の咎では無い。―― それよりも報告があるのだろう?」
 聞こえぬ声が、エンジェルより発せられた。朱鷺子の美しい眉が寄せられ、皺を生む。
「なるほど。何者か ―― しかも複数人が侵入した痕跡があるのか。何処まで潜り込んでいるかは未だ判らないのだな?」
 厄介だな ……。呟く朱鷺子に応じて、ケルビムが眼を険しくした。唸りを上げようとする。
「 ―― 心配してくれるのだな。大丈夫だ、お前達が出るほどではなかろう」
 微笑みを浮かべた朱鷺子は軽く叩いて、ケルビムをおとなしくさせると、
「本渡の部隊本部に伝達せよ! “ 主 ”に叛く蛇が潜り込んでいるとな」
 エンジェルが風を打ち、飛び上がった。その背を見送りながら、朱鷺子は涼しげに笑う。
「まぁ、アイツの事だから、心配はしていないが」
 それよりも朱鷺子にとっては、前線で奮闘する同志達の方が気懸かりであった。

*        *        *

 地面を蹴る半長靴の音は、雨というカーテンに紛れてかき消される。
 宇土を出た藤仁達は、4月末から降り出した雨に助けられ、宇土半島の尾根伝いに、山道を駆ける。
 厚い雲で光を遮られ、雨で視界を遮られる。石や残骸・木々に躓き、ぶつかり、倒れ、泥まみれ、傷だらけになる。途中、避けられぬ超常体との戦闘もあった。
 こうして黒崎の戸馳大橋に辿り着いた時には、全員が襤褸の状態であった。
 だが、休みを欲しがる弱気な身体を叱咤して、藤仁は負うた背嚢から潜水服を取り出す。闇夜に隠れて着替えると、同志2人に合図を送った。
「橋の袂に、人影らしき物が2つ。一応、警戒しているようです」
「向こう側は判りませんが ―― 幸運を」
 目を凝らして、双眼鏡で確認する同志の言葉を受けて、藤仁は静かに海に入る。潜水具を通してもなお水の冷たさが染みる。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 強化された身体能力でもって、小島と半島の間を流れる潮に負ける事無く、泳ぎきる。
 水音を可能な限り抑えて上陸。敵の姿を探す。
( …… なるほど。一度クリアした箇所は、以降は警戒区域から外しがちという事だな )
 三角側の歩哨も合わせて1個班にも満たない人数で、戸馳島を見張っているらしい。大矢野を制圧している事で、こちらが維和から侵入する可能性は低いと踏んでいたのか。
 油断という言葉は、彼等の為にあるのだろう。だが藤仁は憐れみはしてやらない。おれがやっているのは戦争だからだ。崇高なる戦争だ。朱鷺子様という神に率いられた自由の戦士達が、愚かで卑しい卑怯者どもに罰を与える戦いだ。卑怯者どもに盲従する奴等もまた同罪だ。
 ―― ハレルヤ! 聞け、それでも救わんとする神の声を。願わくば、同志として目覚め、朱鷺子様が導く自由なる世界を築く礎とならん事を!
 藤仁は、戸馳島の警戒隊員を静かに、そして確実に無力化して終わると、対岸の同志に合図を送った。
 勿論、合図に気付くのは同志だけではない。
 三角側の歩哨もいぶかしんだようで、戸馳島へと注意を向けてきた。だが、それは望んでいた好機。その隙に接近していた同志達が飛びかかり、歩哨は声を立てる間もなく無力化された。
 同志達が、機材を運び込んでくる。
「 ―― 時間設定はどうします?」
「残念ながら、そんなに複雑かつ精巧な設定は出来ないのでね。明け方を目安にしておけばいいだろう」
 拙いながらも、戸馳小学校跡に転がっていた機材も利用して、かなりの出来の仕掛けを施した。
 再び戸馳大橋に戻ると、同志の協力で橋の裏に潜り込んだ。雑嚢から1本の棒状の白色粘土を取り出すと、ナイフで切り分けた。続いて、結び目を作っていたデートネーティング・コードを挟み込む形で、橋中央部とアーチ部数カ所に、粘土を設置。
 最後に、発火機から伸ばされたリールの先にある電気信管を、デートネーティング・コードにテープで固定すると、サムズアップ。
 廃墟に隠れると交代で見張りながら、小休止の仮眠をとった。あとは、夜明けを待つばかりである。

 5月9日。ようやくの晴れ間が訪れた三角の早朝に、起床のサイレンが鳴り響いた。
 戸馳小学校跡の屋上に仕掛けられたスピーカーから大音量で讃美歌が流れる。
    ハレルヤ、うたえ。
    聖所でうたえ。
    力にみちた 御業をたたえ、
    大空でうたえ。
    吹けよ、角笛、
    鳴らせ、竪琴、
    神を賛美せよ。
 旧三角町役場から補給中継地点を守っている部隊が、慌てて出動してきた。
 戸馳大橋手前で、73式中型トラックから降車した部隊がBUDDYを構えて、慎重に周辺の索敵。そして橋を渡っていく。
 その間にも鳴り響く、讃美歌。
    太鼓に合わせ 喜び踊れ。
    シンバル鳴らし、
    笛と弦とで 主を賛美せよ。
    息あるものは みな声あわせ、
    賛美せよ、ハレルヤ。
「 ―― 賛美せよ、ハレルヤ!」
 発火機を押す。次の瞬間、戸馳大橋中央部が爆破した。瞬く間に橋は崩落し、橋上の隊員達が海に投げ出される。
 呆然と騒然が混濁する敵部隊に向けて、藤仁達はBUDDYを構えると、撃ち続けていった。

*        *        *

 三角岳の山頂付近に隠れ潜む。
 敵から奪い取ってきた弾薬や食糧を整理しつつ、敵部隊の通信波長を拾って、様子を伺っていた。
 戸馳島の仕掛けをはじめとし、浄水場への夜襲、旧三角町役場への狙撃、輸送トラックへの襲撃と、藤仁達の活動は、弾圧部隊の補給線を混乱させていた。
 この影響があったのか、同志達による大矢野への反抗は優勢的らしい。なかでも87式自走高射機関砲スカイシューターを1台とはいえ破壊したとの報に、藤仁ですらも喜びを隠せなかった。
 だが、すぐに喜びは一転する事になる。
 宇土に残った元三曹の同志は、敵増援戦力の内情を送ってきたものの、猛追を受けて、戦死したらしい。『らしい』と言うのは追撃部隊に包囲されたという通信を最後に、音沙汰が無いからである。
 その最後の通信によれば、追撃部隊は菊池より転戦してきた第811班 ―― 陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長を班長とする第8師団でも有数の戦闘集団らしい。
 敵の通信を盗聴したところ、陣内班は新たに三角を狩り場に見出すと、藤仁達を排除せんと企んでいるらしい。
「あの、陣内班か ―― だが猪突猛進の暴走野郎という話もある。上手く仕掛ければ、楽して勝てるかもしれない」
 だが下手な罠だと、正面から食い破られて、蹂躙されるだろう。
「朱鷺子様は、もう暫く …… あと一月ほど辛抱して欲しいと仰られている。つまりは、あと一月さえ戦い抜けば、おれ達の勝利は間違い無い」
 藤仁の言葉に、同志2人は深く頷いてみせた。
「 …… 同志諸君。―― 自由を我等に!」
「「「自由を我等にっっっ!!!」」」

■選択肢
A−01)大矢野を再び解放する為に
A−02)宇土半島にて敵部隊を翻弄
A−03)宇土周辺にて工作活動
A−04)天草上島・下島で行動


■作戦上の注意
 当作戦参加者には、功績ポイントを10点消費すれば、エンジェルス1個組(2〜3体)を恭順させる事が出来る。能力系統は「祝祷系」だが威力は弱いのでアテにはしない事。また超常体との接触時間が長いと、強制的に憑魔侵蝕率が上がるので注意されたし。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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