第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第1回 〜 九州:アフリカ 其伍


C1『 蛇縛の呪 』

 健軍にある神州結界維持部隊・西部方面隊総監部。
 歩哨の警務隊員に敬礼すると、有坂・みゆ( ありさか・― )二等陸士は資料閲覧室に真っ直ぐに向かう。
 そこには既に先客が訪れていた。みゆの入室に、見ていた資料から顔を上げる。
 慌てて敬礼。
「 …… あ、えーと。調べもの中にお邪魔致しましたっ!」
「いや、そんなにしゃちほこばる事はない。応援の巡査だね?」
「いえ、あたしの階級は二等陸士ですけど …… 」
「本官は、熊本県警刑事課捜査一係、警部 堂屋敷・助五郎[ どうやしき・すけごろう ]だ。よろしく」
「 …… えーと。噂に違わない人なんですね、堂屋敷三尉って」
 聞こえぬように小声で呟く。
 ちなみに隔離封鎖された神州において警察組織は、旧日本国陸上自衛隊警務科と日本国警察組織機関が統合され、消滅している。
 とはいえ、警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有するのであれば、名称は変わっても役割は違わぬ以上、堂屋敷のような妙なこだわりを持つ者がいても、気にする必要はない。
 みゆもまた気にしない事にした。
「それで、堂屋敷 …… 警部は、こちらで何の調査をしているんですかぁ?」
「君の方は?」
 質問に対して、質問で返された。
 だが、みゆは少し小首を傾げると、
「今までの資料を精査しようかと」
 堂屋敷が書棚から取り出してきたのだろう、長机の上に置かれた資料に、みゆは目移りさせながら、
「過去の超常体の出現ポイントと関連が無いかとか、地図上で近くに気になる物が無いか等を調べてみようかと」
「なるほど。君は …… えーと、すまない」
「有坂です。でも、みゆって気軽に読んで下さいねっ。じゃないと、堂屋敷さんの事を“ 警部 ”でなく、“ 三尉 ”と呼んじゃいますよ?」
 三つ編みを揺らしながら、みゆは微笑む。
 対して、痛いところを突かれたように唸った後、咳払いをしながら堂屋敷は気恥ずかしそうに、
「 ―― みゆくんは、良いところに気付いた。本官も、その点に付いて調べ直そうとしていたところだったのだ」
「じゃ、警部もご一緒にしませんか?」
 猫目ちっくな、みゆの瞳が満面な笑みを湛えていた。
 堂屋敷は視線を逸らしながらも、御協力に感謝すると呟いたのである。

 若い男女(※堂屋敷は28歳、みゆは15歳)が数時間も資料閲覧室に2人っきり …… とはさすがに他の警務隊員や会計科の職員もまた訪れている為に、そうはいかないが、それでも周囲からは奇異な目で見られる事請け合いである。
 だが2人とも真剣そうな顔付きで資料を眺めていっていた。
 正午のサイレンに、堂屋敷が目を押さえながら、天上を仰いだ。
「休憩にしようか、みゆくん。早く食堂に行かないと配給が終わってしまうかも知れないぞ」
 隔離封鎖された神州において、食糧・燃料・その他、ありとあらゆる物資は全て海外からの輸入品である。
 神州全土が超常体との戦場となっている以上、農作物や家畜を育てる余裕はない。
 もちろん各地で試験的に行なわれてはいるが、需要に対して供給が追いつかない状態だ。
 自然、食事は配給制になり、時間に遅れれば食事にありつけなくなる事も珍しくはない。
 そこで、堂屋敷が声をかけてくれたのだが、みゆは熱心に白地図と睨めっこをしていた。
「堂屋敷警部、これを見てくれませんかぁ」
 小なり大なり、過去数年間に渡って、超常体が熊本市街地中心地に出没したポイントを赤ペンで記録していく。そこに不思議な空白が生まれた。
「熊本城を中心に、半径3kmに発生頻度が少ないとあたしは思うんですよ」
「しかし、治安維持隊の駐屯地を中心にした各県中心部は、比較的安全といえるのは何処も同じだろう?」
 堂屋敷の言葉に、だがみゆは首を可愛く横に振る。
「交戦とか、発見じゃないよ。“ 発生 ”だよ」
 いい?と人差し指を立てて、言い聞かせるように堂屋敷に迫る。
「通常、超常体が発生 ―― 空間転移と言うべき現象で登場する時には、轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現すよね?」
「あ、ああ。そう報告を受けているな」
「熊本城を中心に半径3kmでは、その頻度が極めて少ないの。各県、各師団、各連隊の記録を見てよ」
 言われて改めて記録を読む。
「 …… 確かに。面白い事に気付いたな」
 堂屋敷に誉められて、みゆは猫目ちっくな瞳を輝かした。だが、
「しかし …… ここから、どう読み取れば良い?」
 問い掛けに、あれ?と小首を傾げる。
「バラバラ遺体が見つかった藤崎八旛宮跡は半径3km以内だ。そして、その夜に本官等が襲われたアーケード街跡地は、さらに熊本城の近くだぞ?」
「えーと?」
 左右に三つ編みを揺らしながら考え込む、みゆ。
 ―― 結論。
「 …… 御免、わかんない」
「まぁ、少なくともアーケード街で遭遇した超常体は、突如として発生したのではなく、何処かで発生したものが移動してきたものという考えは成立するな。そして、これが藤崎宮のと同一犯だとしたら …… 」
 堂屋敷と、みゆは半信半疑の面持ちで顔を見合わせた。
「 ―― 熊本城に向かって移動している?」
 しかし、と地図を再確認。
「でも、藤崎宮からなんで直接、熊本城に向かわないのかな? アーケード街は南に遠回りになるよ」
「解からんよ、超常体の気持ちになってみないとな」
 暫くの沈黙が訪れた。地図を穴があくほど睨みつけている2人。
 そんな重い空気を振り払うように、みゆは顔を上げた。そして堂屋敷に詰問する。
「そういえば、警部は超常体と接近遭遇したんだよね? どんな奴だったの?」
 好奇心を押さえきれないように猫目ちっくな瞳を輝かせてのみゆに、堂屋敷は苦笑。
「そうだな …… 黒い燕尾服に山高帽。サングラスを掛けた貧相な小男。そんな奴だった」
「まるで人間みたいな外観なんだね。それって、本当に超常体?」
「少なくとも、そういう洒落た格好をする人間が、今の神州にいるかは謎だな。あと、報告に目を通していると思うが、藤崎宮では『路面に血で塗り刻まれた十字の印』が刻まれていた」
「天草の叛乱部隊は、双翼十字を徽章にしている話だけど …… なんだろ? ちょっと調べてみるね」
「全国でも発見例は少ないだろう。照合は困難だと思うぞ」
「警部はオカルト的分類説って信じてないの?」
 …… 神州結界が施されて数年、人類に敵対行為を繰り返す超常体にも、ある種の群を形作る事が判明している。
 それは、主として、その出現地域によって構成される群であり、神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っていた。
 また超常体の群も、互いに敵対関係があると判明しており、一種の縄張り争いを繰り返している事もまた認められている。
 そこで、あるオカルト好きの士官が系統付けたものが、超常体オカルト的分類説だ。
「アレは否定されているだろう」
「でもね、警部は知ってる? 阿蘇特別戦区で大規模な群れを作っている蜘蛛型のアナンシ、そして九州の空を飛び交う鳥型のホラワカ。これらはアフリカ土着の民話に出てくる精霊の名から来ているんだって」
「悪い冗談だ」
「そうかなぁ。あたしは関係があると思うよ?」
「だが、幾ら何でもアフリカ土着の民話に燕尾服の精霊というのはないだろう」
 そこが問題なのだ。燕尾服と来たら、近代的なものを連想してしまう。
 アフリカ人に対して失礼を承知で言うが『彼等はブッシュマン。槍を持って裸足でサバンナを駆け巡る』という偏見がある。
「そこが鍵。あと十字のシンボルかぁ ……」
「考え込むところ悪いが、アレから奴の姿は目撃されていない。夜半の警邏も1個班態勢で行なわれており、更に何を勘違いしたのか、攻撃ヘリも上空警戒しているのにだ」
「じゃあ、既に逃げちゃったのかなぁ?」
 小首を傾げるみゆに、苦笑する堂屋敷。
「とりあえず現場百回と言うし、襲われた現場に案内してね。警部には辛い場所かもしれないけど」
 相棒だった部下を失い、また自身も襲われたのだ。堂屋敷にとって辛い場所なのは間違い無い。だが、堂屋敷は右肩を押さえながらも了承。
「ああ、解かった。…… だが、有坂巡査。何時の間にかタメ口になっているぞ。本官は気にしないから構わないが、注意しとけ」
「し、失礼致しました! 堂屋敷三尉殿!」
 慌てて敬礼する、みゆ。すかさず小突かれる。
「警部と呼べと言っているだろう。さて、昼を食べてから出かけるか。昼間なら危険は少なかろうし」
 だが2人の腹時計が空腹を訴え出したときには、昼休憩終了のサイレンが鳴り響いていた。

*        *        *

 西部方面航空隊並びに第8師団飛行隊のある高遊原。
 官舎にて、片山・紫(かたやま・ゆかり)二等陸士が、上官よりお小言を食らっていた。
「いくら応援要請が警務隊からあったとはいえ、熊本市街地中心部にコブラを飛ばす奴がどこにいる?」
 紫は、その小さな身体をさらに縮めて畏まる。それでも、反論。
「でも、強力な敵に対して、安全な位置から強力な火力を叩き込んで黙らせるのは大事かと …… 」
「確かに、そうだな」
「はい。勿論、歩兵携帯火力で対処可能な可能性もありますが、戦闘ヘリの支援があれば被害は少なくてすみます。市街戦に持ち込まれてもヘリならある程度まで対応可能です」
「 ―― で、その超常体は見つかったのか?」
 睨まれて、押し黙るしかない。
「確かに市街戦に持ち込まれても、機動力に優る攻撃ヘリならば充分に対応可能だ。だが、屋内戦に持ち込まれては? 建物ごとふっ飛ばすつもりか?」
 お小言は続く。
「そして航空支援要請が来た時は、既に地上部隊が交戦中が多いな。近接戦闘に持ち込まれているかも知れない。―― その状態にミサイルなり、ガトリングなり撃ち込むつもりかね? 被害は少ないどころか甚大だ、しかも味方殺しだよ、最悪」
 更に紫の身が縮こまった。
「そもそも相手の正体も、規模も、特性も何も判ってないのだ。そんな相手に対して、火力一辺倒で挑んでどうする。もっとスマート且つエレガントにやれ。ミサイルも、ヘリを飛ばす燃料もタダでは無いのだぞ、タダでは」
 すっかり気落ちしてしまった紫。
 上官は深い溜め息を吐くと、
「まぁ、今回は君の納得するようにやりたまえ」
「いいんですか!?」
 顔を明るくするが、上官は釘を刺しておくのを忘れなかった。
「だが、いざとなれば、天草か人吉に行ってもらうからな。肝に命じておけよ?」

*        *        *

 かつてはアーケード街として賑わった上通町・手取本町・下通1丁目2丁目・そして新市街(※某大ヒットゲームのアーケードの場として有名)も、今では人通りも無く閑散としている。
 特に堂屋敷達が襲われて以来、ここの区画は封鎖され、主要な通りには警務隊が哨戒していた。
 その通りを、堂屋敷とみゆが連れ立って歩く。
 堂屋敷が襲われた地点を中心に捜索は行われたものの、未だに超常体は発見されていなかった。
「 ―― 警部が襲われた地点には、超常体の遺留品は無かったんですよね?」
  周辺をデジタルカメラで撮影しながらのみゆが尋ねると、
「鑑識の報告では、そうなるな」
「 …… という事は、藤崎宮の事件とは無関係なのかな? あちらには十字の紋章があったのに」
「神域だった処を血で穢すという何らかの儀式めいた意味があったと考えるのはどうだろうか? ならば、本官が襲われた時のような突発的戦闘において、十字が刻まれていなかったのは当然かもしれないぞ」
 首を捻りつつ、みゆは路地裏を覗き込む。
 廃屋となったビルが煩雑に立ち並び、居酒屋らやパブやらのテナントが押し込まれていた空間。
 …… 隠れ潜むとしたら最適かもしれない。
「もしも、ですよ」
「ん?」
 頭によぎった事をよぎったままに口に出す、みゆ。猫目チックな瞳を細める。
「 ―― 燕尾服の超常体が藤崎宮から熊本城を目指しているのだとして、警部達の戦闘が、その移動中の不幸な偶然によるものだとしたらですよ」
「ふむ?」
「襲撃後に一旦、超常体は身を隠したとしたら? そしてまた移動しようと思った時には、区画は封鎖され、夜には巡回が強化されて、動くに動けない状態だったとしたら?」
「おそらくは強力な個体だろう。やろうと思えば強行突破する事も …… 」
「でも、そうしたら、熊本市街中心部に滞在している全ての隊員達を相手にしなければなくなりますよ? スネークも、雷電も単身では強力な工作員だけど、それでも複数の敵に囲まれたらあっという間にゲームオーバー。だから発見されて攻撃を受けたら、何処かに逃げ隠れて危険を回避し、警戒が落ち着いて潜入フェイズに移ってから再行動だよ」
「ちょっと待て。何のゲームの話をしているんだ」
 苦笑する堂屋敷。だがすぐに顔を引き締めて
「つまり、奴も未だこの区画に潜伏したままだと? だが本官が襲われてから、この区画は一度捜索されているんだぞ?」
「本当に隅々まで、虱潰しに状況クリア出来たと言えるの? ただでさえ、雑多なテナントが押し込まれていたこの区画で?」
 問い詰められて堂屋敷が顔色を失った。
「そうだとしたら …… 昼間とはいえ下手に立ち入るのは、飛んで火にいる夏の虫になると言う事か」
「警部。活性化の兆しが現われたらすぐに知らせてね。一目散に逃げ隠れるから」
 活性化は、憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称である。
 この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。
 逆に言えば、活性化を利用して、超常体の接近を感知する事が出来るのだ。
 みゆが震える声で、堂屋敷を頼りにする。だが、
「 …… 待て、有坂巡査。君こそ魔人じゃないのか?」
 瞬時に固まった。ぎこちない動きで、みゆは振り返る。何故か、カタコト英語で、
「あー、ゆー、でびるまん?」
「のー! ゆー、とぅー?」
 …… 沈黙。
 超常体が潜伏していると思しき区画に、超常体の接近を知るすべのない者が入り込む。
 …… 狩り場に飛び込んだ哀れな子羊。
「逃げるぞ、有坂巡査」
「激しく同意です、堂屋敷警部」
 抜き足、刺し足、忍び足で区画を立ち去ろうとした2人。
 だが、突然 ―― 堂屋敷が絶叫を上げた。
 右肩を押さえて、膝を屈し、うずくまって痙攣。路面に転がり、のた打ち回った。
 迷彩服の上からでも、堂屋敷の右肩が瞬時に盛り上がり、何かが服の内側でうごめき、暴れているのが見て取れる。
 みゆは自らの口を手で押さえ込むと、悲鳴を上げるのをとっさに封じる事に成功した。
 だが、その目は堂屋敷の尋常でない苦しみ様から逸らす事が出来ない。
 極度の活性化状態の痛みを味わうと、こういう状態にあうと聞く。
 だが、堂屋敷は憑魔に寄生されていないと先ほど聞いたばかりだ。どうして、なぜ?
 原因は判らないままだが、それでも、活性化状態だとしたら ―― つまりはすぐ近くに超常体がいるという事でもある。
 みゆは震える手で9mm拳銃SIG SAUER P220をホルスターから抜いた。スライドを引き、そして撃鉄開放レバーを下げて半ノッチ状態にしておく。 そして路地の奥を見た。
 そこにいたのは報告の通り ―― 黒い燕尾服に山高帽。サングラスを掛けた貧相な小男。
「しゃ、しゃしゃしゃ、写真! い、いやいや、でもそれよりも、今は射撃! う、うた、うたたっ、撃たないと!! というか、警部も逃げてー!」
 恐怖と驚愕で、混乱したままを口走る。
 両手で構えて発砲! 1発目の銃声が轟き終る前に、続けて連射。
 反動で銃口が手の中で跳ね上がるが、みゆは涙目で撃ち続けた。
 9発撃ち終えて、流れるような動きでマグチェンジ。
 被弾した燕尾服がのけぞっているのを確認し、倒れている堂屋敷を起き上がらせるべく、みゆは片手を差し伸ばした。
 差し伸ばした手を掴んでくる堂屋敷。うつむき加減の顔が上がって、みゆと視線が合い ――。
 金縛りにあった!
 ―― 縦に細長く開かれた瞳孔。
 蛇のような冷たくも鋭い視線。…… 邪眼、凶眼。魔眼。
 手からP220が零れ落ちる。
 金縛りにあったかのように身体は硬直しているのに、だが動悸は早鐘の様に鳴り響いていった。
 顔が火照る。身体が熱くなる。成熟していく途上の雌の奥の花弁が潤っていく。息が荒い。息が荒い。
 堂屋敷の腕が、みゆの肩を、身体を抱くように絡まってこようとしていた ――。
 その時だった!
 鳴り響く爆音が、状況をぶち壊しにする。
 紫の操縦する攻撃ヘリコプターAH-1Sコブラの回転翼が風を切り裂いて突撃してきたのだ。
 みゆの放った銃声を聞きつけ、騎兵隊宜しく駆け付けてきた紫は、アーケードの天井スレスレの匍匐飛行で急接近。
 ちなみにコブラは前方が射手・後方が操縦士の複座型。そして現在、搭乗者は紫1人のみ。
 つまり射手がいないので、その有線誘導対戦車ミサイルTOWはおろか、毎分3,000発の発射速度を誇る3連装ガトリング20mm機関砲も不可。
 だが呪縛を解くには、その異様で充分だった。
 我を取り戻したみゆは、自らを抱きしめようと伸ばされてきた堂屋敷の右手を、右の掌拳で上受け。その手首を掴んだ。
 同時、左手で右肘関節をも掴むと、右足を踏み込んで堂屋敷の身体を前方に崩す。
 掴んでいる堂屋敷を肩の高さに保つ事で、他方の手による反撃を防ぐ事も忘れない。
 左指で圧すと、堂屋敷の肘をその肩の方に押し上げ、また右手で掴んでいる手首を押し込んだ。
 そして左足を踏み込みながら、両手で前下方に圧して堂屋敷を倒した。手首を掴んだ手を前方に伸ばして堂屋敷の肘関節を伸ばしながら、左足から身体を進めて堂屋敷の身体と腕の角度をほぼ直角。
 ―― 教本通りの見事なまでの腕ひしぎの完成。ついでに右肩背を左足で踏み押さえる。
 堂屋敷を秒殺すると、コブラの回転翼で巻き込まれた風で乱れる髪をそのままに、みゆは周囲に気を配る。
 コブラに遅れて、普通科隊員が89式5.56mm小銃BUDDYを構えて、燕尾服に対して発砲。
 さすがに最大射速・毎分約850発の5.56mmNATO弾を受けるのは勘弁なのか、驚くべき速度で燕尾服は後退していった。
 …… 山高帽を脱いで、気取った一礼をして。
 それを見届けてから、みゆは崩れ落ちていく。慌てて支えようとする応援の隊員の声を聞きながら、緊張の糸が切れたように意識を失った。

*        *        *

 結界維持部隊健軍駐屯地にある、旧陸上自衛隊熊本地区病院。
 その一室の寝台に、手足の拘束具とアイマスクを施された堂屋敷が転がっていた。
 うつ伏せ状態にして、右肩を露出させる。
 蛇に噛まれたような傷痕と、うごめく肉腫 ―― 憑魔の塊が確認出来た。
 そして憑魔に侵蝕されている身体組織。皮膚が鱗状に硬化している。
「 …… 最初に襲撃された時に、憑かれたんだな」
「もう、自分の意識を取り戻せたよね?」
 心配するみゆの声に、堂屋敷は自嘲めいた笑みを口元に浮かべると、
「正直、自信はない。もしも拘束具から自由になった等、またみゆくんを襲ってしまいそうだ」
「 ―― 魅了の魔眼」
 あの時の事を思い出して、みゆは頬が赤くなるのを自覚した。
 痛みに失神した堂屋敷の身体を、憑魔が乗っ取った …… というのが、彼曰く『あの時の状況』らしい。
「しかし、これで本官は当該事件からリタイアだな。みゆくん、あとは君に任せた」
「あんなの相手に1人では無理だよ〜」
「とはいえ、本官がまた憑魔に意識を乗っ取られ、みゆくんを襲う危険性が高い。強姦魔を隣に連れ立って歩くほどの神経はないだろう?」
 言われてみれば、その通りだが。
「でも警部はどうなるの?」
「このまま衛生科か化学科送りだな。最悪、大宮の化学学校で解剖実験されるかもしれないが」
 冗談に聞こえないところが恐ろしい。
「とにかく、あとは任せた。本官の分も頑張ってくれ」
 えぇぇー!?と抗議の声を上げるが、実際、堂屋敷を前線に立たせるわけには行かないのだ。
「引き続き、各科に応援を募れ。今度は魔人がいてほしいものだな」
「それなんだけど …… 」
「どうした、不安そうな声を出して?」
 視界が遮られている堂屋敷は、みゆの声の調子から、事件がただならぬ状況にあると推し測った様だった。そして、事実、そうなっている。
「あの後に追撃をかけた普通科の人達、1個チーム5人がそのまま消息を絶っているんだよ。総監部は、アレを高位中級以上と認定しちゃったし。そんなの相手にどうしろと?」
「 ―― 知恵と勇気で戦え」
「冗談っ!?」
 悲鳴と抗議を上げるみゆだが、堂屋敷は多分真面目な顔付きで、
「だが、実際の処、そうしないと相手を追い詰める手段はない。火力と装甲で押し切る事が出来るならばそれでもいいが、相手は知性が高く、隠密行動に長けている。単なる力押しでは敵わんさ。ならば、相手の目的や動向を予測して、先手を打っていくしかあるまい。戦闘を仕掛けるのは全ての手を打ってからだ」
 口で言うのは簡単だよね、と独りごちた。
「とにかく、相手の正体が判ればいいんだけどね」

 同時刻、高遊原。
「早くF14改を支給してくれませんかねっっ」
 喜色満面で期待に胸膨らませる紫だったが、上官はこめかみを抑えながら、
「どこで、何と戦うつもりだ、お前は?!」

■選択肢
C−01)アーケード街にて哨戒
C−02)熊本城周辺域で探索優先
C−03)健軍駐屯地での調査中心
C−04)その他の地域を偵察巡回


■作戦上の注意
 本作戦において、敵・超常体との交戦は、憑魔に寄生される危険性がある。消息不明の追撃チームもまた既に侵蝕されている可能性がある。ただし発砲並びに射殺許可要請は、本部や上官の指示を必ず仰ぐ事。
 また、敵本体が、どこに潜伏し、何を目的にしているかは不明のままである。充分に警戒されたし。


Back