第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其伍


C2『 戦乙女の騎行 』

 唸りを上げていた回転翼が速度を緩めると、次第に巻き起こっていた風は治まっていった。
 攻撃回転翼機(ヘリコプター)AH-1Sコブラ。搭乗員は前方が射手、後方が操縦手席の2名。武装には有線誘導の対戦車ミサイルTOW8発と、無誘導の地上攻撃用70mmロケット弾38発を装備している。固定武装としては3連装回転式(ガトリング)20mm機関砲。超低空での匍匐飛行、ホバリングなど地形に追随した飛行をはじめとして航空性能に優れた機体は、『回転翼戦闘機か空飛ぶ戦車か』と呼ばれている。それが2機並んでいた。
 神州結界維持部隊の西部方面航空隊並びに第8師団飛行隊のある高遊原。
 1機目、後方の操縦手席から降り立ったのは、まだ年端もいかない少女と見紛う程の小柄な体格。片山・紫(かたやま・ゆかり)がメットを外しながら愛機を仰ぎ見て、続いて自分の部下として配属されてきた操縦手と射手2人を振り返った。敬礼を受け、紫の顔がほころぶ。
「ふふふ、ちょっぴりですけど、出世するのは嬉しいものですよねー」
 紫の左上腕部の階級章は、三本のV字型線と桜星の組み合わせ ―― 陸士長のものである。
「 …… まぁ、片山君の今までの経歴と功績を鑑みれば、妥当といえば妥当なんだが …… 書類も一点を除けば、不備は無かったことだし」
 上官が何故か深い溜め息を吐きながら、頭を掻いていた。ちなみに、その不備も大した事ではなかった為、上官の方で問題にならないように訂正処理してくれたらしい。
「とにかく ―― 本日をもって、片山紫を昇進させ、神州結界維持部隊・西部方面航空隊・第3対戦車ヘリコプター高遊原分遣隊・第385組長に任ずる」
「 ―― はっ。慎んで拝命致します」
「 …… というか、頼むから “ 味方殺し ” にはならんでくれよ」
 半泣きで訴える上官に、紫は乾いた笑みを浮かべながらも、
「だ、ただ、大丈夫ですよ。味方に被害を及ぼさないように無線での連絡確保を前提としていますから。“ 必要な範囲で ” 火力の提供が出来るように、頑張りましょう!」
 えいえい、おーと鬨の声を上げる紫達385組だが、上官は可哀想になるくらい情けない表情を崩そうとしない。
( えぇと …… 信頼されてないなぁ )
 内心で冷汗を掻くが、それでも紫としては、昇進して機体と部下を揃えるのは必要な事であったと信じている。
 何故なら、現在、熊本市街中心において、高位中級以上の超常体が潜伏 ―― 第2種警戒令が発せられているのだから ―― !

 事件の起こりは、先月下旬の事だった。
 早朝、藤崎八旛宮跡地にてバラバラ遺体が発見。その日の夜に新市街を警らしていた警務隊が、超常体の襲われたのだった。
 超常体は、黒い燕尾服に山高帽。サングラスを掛けた貧相な小男の姿であったが、潜伏隠密能力が高く、また憑魔を寄生させてくる事も確認されている。
 現在、追撃探索していた普通科1個組5名が消息を絶っており、方面総監部は超常体の反撃を受けて戦死、もしくは憑魔に侵蝕されて“死亡”したものと判断している。

 …… かくして、紫の申請は受託され、晴れて対戦車ヘリコプター1個チームによる航空偵察と火力支援が認可されたわけだ。
「それに …… 超常体はやつだけと限りませんしね」
 何にしろ、相手の正体が判明していないのが痛い。
 公的には否定されているが、実質認められているものに超常体オカルト的分類説がある。
 神州結界が施されて数年、人類に敵対行為を繰り返す超常体にも、ある種の群を形作る事が判明しており、それは主として、その出現地域によって構成される群であり、神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っているものだった。
 九州に対応するのは、阿弗利加(アフリカ)大陸。阿蘇特別戦区で大規模な群れを作っている蜘蛛型のアナンシ、そして九州の空を飛び交う鳥型のホラワカ。これらはアフリカ土着の民話に出てくる精霊を由来にしている。
 神話・伝承に相似関係があるというのならば、自ずと相手の正体や特性、弱点なども判明してくる。
 だが燕尾服の精霊など聞いた事も無い。
 故に未だに暗中模索の対応しか出来ないのが現状なのである。
「 …… 何にしろ、味方の安全を確保するのが第一ですからね!」
 紫は小柄な身体に負けずに、大きな声を出して気合いを入れると、コブラを再び誇らしげに見上げるのだった。

*        *        *

 小走りに駆け出した時には遅かった。73式中型人員輸送トラックは、有坂・みゆ(ありさか・―)二等陸士を無情にも置き去りにして、走り去っていく。
「 …… どうやって、熊本城まで行けばいいの?」
 猫っ毛の三つ編みを揺らしながら、途方に暮れる。
 健軍にある神州結界維持部隊・西部方面隊総監部。特備宿舎に寝泊りしているみゆが熊本城に赴くには、熊本高森線(県道28号線)を北上すること約6km。
 普段は、往来する輸送トラックに便乗するのだが、本日は出遅れてしまった。
 6kmを踏破するか、それとも自転車を借り受けるか。ちなみに、この御時世では16歳未満にも原動機付自転車の運転免許が認められている(※:疾風やクーガー等の運転操縦が必要とされているのだから、当然の話だが)。
 自転車を借り受けて、頑張ってこいで行こうと悲壮な決意を浮かべた時、クラクションが鳴り響いた。
 見れば、紺色に塗られた小型の軽自動車 ―― スバルのヴィヴィオ。
「うわ、隔離前の年代物だっ! あたし、初めて見たっ!」
「おーい、そこのWAC(女性自衛隊員)。中心部に行くなら、ついでに乗せてやるけど?」
 運転席から身を乗り出して、口元に煙草を咥えた男が声をかけてくる。
 全体的にくたびれた様子であり、それでいて飄々とした男。半目に開かれた目蓋の奥では、焦点の定まっていないかのような眼。両襟の略章は一等陸尉。
 ちょっといぶかしんだものの、みゆは厚意に甘える事にした。
「ありがとうございます。助かりました ―― って助手席開かないんだけど?」
「ん。そこは 静花 さん専用の指定席だから。後部座席に座ってくれ。一応シートベルト締めといてちょーだいな。あと、煙草吸ってもいい?」
「煙たいから、ヤです」
 キビシーっ!と悲鳴を上げると、一尉は咥えていた煙草を車内灰皿に放り込む。
「静花さんも『煙草やめれ』って言うもんなぁ ……。で、みゆみゆはどこへ行きたいのかね?」
「えーと、熊本城まで」
 あいよと快く返事をすると、一尉はアクセルを踏んで、ハンドルを切る。
「しかし、なんだ。現在、熊本城周辺は厳戒態勢下にあるぞ。超常体の目的地が、あそこの可能性が高いっつー、みゆみゆ自身が提出した報告を受けて。しかも熊本城って言っても広いぞー、敷地面積」
 思わず釣られて、
「そうなんだよねー。そもそも熊本城は現在どうなっているのかなぁ? 軍の管轄で立ち入りを禁じられている場所があったりしたら、そこに神州の結界を維持する機密の一端があったりして。調べようとして追い返されるようなら当たりっぽいけど …… 」
「いや、あそこは隔離結界とは直接関係無い。むしろ逆だ、逆。行ってみれば判るだろうけど、一応、1個小隊規模が駐在・警備しているが、それは純粋に熊本城が戦略的な拠点だからであって、呪術的な重要性には総監部も気付いてないんだ、これが」
「という事は、実は自由に調べ物が出来たりするの!? あーん、じゃあ何を探せばいいのやら」
 肩を落として溜め息を漏らす。
「 …… 一応、熊本城の敷地内にも神社があるのがちょっと気になるんだけど」
 稲荷神社に、熊本大神宮、加藤神社、護国神社。
「考えをおにーさんに聞かせてみぃ。堂屋敷警部ほどではないが相談には乗るぞ?」
 一尉の気楽そうな言葉に、複雑な表情を浮かべてしまったが、
「えぇと、あたしは ―― 超常体の目的は、現時点では『神州結界の破壊』或いは『縄張り争い・九州で自由に活動する為の儀式』あたりじゃないかなあ、と推測してるんだけど。十字をシンボルにするからには天使か魔群なんだろうなあ。あくまでもオカルト的な見方で、ね」
 猫目ちっくな瞳に思案の色を漂わせて、みゆは説明する。
「熊本城に何があるのか、超常体が目指しているのは何なのか調べて、超常体の求めている物を明らかにすれば、超常体の先手を打つ事が出来ると思うんだけど。次の犯行を食い止められるだろうし」
 そこまで吐露してから、みゆは諸手を挙げながら後部シートに身を委ねた。
「あとは近場の神社を巡回するぐらいしか …… って、何で笑うの? 失礼だよ」
 みゆの吐息に、一尉は含み笑いをおさめると、
「失敬、失敬。お詫びにヒントを幾つか。―― 推測の1つは当たり。何が当たっているかは教えないけど。それからヴードゥー教を知っているかい?」
「えぇと、ハイチ ―― 西インド諸島、イスパニョーラ島の? ゾンビで有名な。知っているけど、それぐらい」
「ヴードゥー教は、ハイチ土着信仰と、阿弗利加から連れて来られた黒人奴隷が持っていたアニミズムの融合とも言われている。つまり ―― 阿弗利加土着信仰の流れを汲んでいるわけだ。が、逆もまた真なりというわけでね」
 バックミラーに映った一尉の唇の端が、みゆの目には歪んで見えた。
「それと、最初に事件の起こった場所の縁起について、もう一度詳しく調べてみるのもいいだろうね。うん」
 最初に事件の起こった場所 ―― 藤崎八旛宮の縁起について?
「一尉 …… あなたは一体何者なの?」
「さぁて? 何はともあれ、頑張って足を使って調べてみなさいな。―― て、着いたぞー。ほれ、降りた降りた」
 意地悪く笑いながら一尉は、新たに咥えた煙草に火を点けると、煙をみゆに吹きかけてきた。
 顔をしかめると、みゆは降り立つ。舌を出して、アカンベー。
 だが一尉はますます笑いながら、
「 ―― タイムリミットは来月上旬。さもないと、奴が到達してしまうぞ。頑張れ、有坂みゆ巡査」
 そのまま去って行く。
「言われなくても、解かってるもん!」
 いーだ!と歯を剥いて怒ってみたが、ふと、みゆの脳裏を疑いと恐れの衝撃が走る。
「そういえば、あたし …… 自己紹介したっけ?」

*        *        *

 熊本城 ―― 天正16年(1588)、肥後藩国の領主として熊本に本拠を置いた加藤清正によって築かれたこの城は、築城当時、城郭は周囲9km、広さ約98万uで、その中に天守3、櫓49、櫓門18、城門29を持つ豪壮雄大な構えである。なかでも「武者返し」と呼ばれる美しい曲線を描く石垣が有名。
 明治10年(1877)の西南の役に際して、薩軍を相手に50日余も籠城し、難攻不落の城として真価を発揮したものの、薩軍総攻撃の2日前に原因不明の出火により天守閣等の主要な建物を焼失。現在の天守閣は昭和35年(1960))、熊本市によって再建されたものという。
 厩橋を渡り、須戸口門を警備している普通科隊員にみゆは敬礼する。とは言え、本丸に向かうでもなく、まずは稲荷神社跡を訪れる事にした。
 だが2時間ほど調べてみたものの、
「何にも無いよぉ〜」
 白髭(しらひげ)さんで親しまれている稲荷神社は、加藤清正公が肥後の国主として入国にあたり、熊本城の守り神として勧請されたものという。
 確かに熊本城の護りという呪術的要素としては意味があるのだろうが、だからといって超常体が目的とするには弱い。
「と言うか、それだと本末転倒だし」
 城を護る呪術的要素を奪うのが目的だとすれば、では城そのものには価値が無い事になる。当然そうでは無いだろう。ならば城に秘められた “ 何か ” を護る為に、稲荷神社が配せられたと考えれば合点はいくが ……。
「でも、その “ 何か ” が稲荷神社を調べても判らないんだよね」
 本丸に意味があるのだろうか? 某ゲームでは作戦上のデマゴーグではあったが、敵にとって重要なものが地下から発見されたという事があった。それと似たモノか?
 いやいやと、みゆは頭を振ると、とりあえず当初の予定通りに周辺の神社跡を巡って見る事にした。城を攻めるのはその後でもいい、だろう …… たぶん。

 数時間後。
 熊本大神宮跡を経て、北回りに加藤神社跡へと巡った、みゆは二の丸公園跡の草叢に疲れた身を横たえていた。途中で昼食を入れたとは言え、さすがに幾つもの箇所を調べていくには非常に疲れる。しかも、今回の探索は、相方がいない。
「 …… 堂屋敷警部」
 前回、行動をともにしてもらった 堂屋敷・助五郎[どうやしき・すけごろう]三等陸尉を思い出される。超常体に憑かれた堂屋敷は現在、拘禁中だ。
「どうか警部が解剖されませんように」
 そう呟くと、大きく息を吸った。草の臭いが、鼻をくすぐった。
 遠くからは航空警戒しているヘリコプターの回転翼が轟く音が響いてくる。たまに行き交う輸送トラックや、半長靴の足音も。
 天気は良い。桜は散り終えたが、のんびりするには良い日柄と場所だ。
 そのまま欠伸をして仮眠しようかとみゆが思い、手にしていた地図をアイマスク代わりに顔に掛けようとした。次の目的地である護国神社の文字が目に映る。
「 ―― にゃ?」
 護国神社を映した瞳の端に、気になる単語が飛び込んできた。
「 …… 藤崎台球場 …… 藤崎?」
 超常体が出現する前まで、高校球児達が汗を流していた場所。
 しかし何でまた、こんなところにも『藤崎』の単語がつけられているのだろうか?
 …… 藤崎八旛宮。
 …… 藤崎台球場。
 ………… 藤崎。
 首を捻ったその時、連続する射撃音が耳を貫いた。
「にゃ!? 襲撃? 東の稲荷神社のほう!」
 やはり目的は稲荷神社に施されているのだろう、何らかの熊本城防護の結界か何かか?
 とにかく応援を集めて、救援に向かおうとしたみゆは、二の丸公園跡南の木陰に3つ人影を見て、声を掛けた。
 ―― 声を掛けなければ良かった。
 声を掛けられた人影の1つが、ゆっくりとみゆに振り返る。
 血で汚れた戦闘服。破れた箇所からは隆起した瘤状の肉塊が見える。肩に下げられていた89式5.56mm小銃BUDDYを構えてくる。
「あ、ああああ〜!?」
 みゆは、ああああと連続して発声。その声に応じて、蛇のような威嚇音を上げる ―― 縦に細長く開かれた瞳孔。
 蛇のような冷たくも鋭い視線。…… 蛇眼、邪眼、凶眼、魔眼。
 だが、今度は金縛りと魅了される前に、動いた。
 弾帯に括り付けていた弾薬嚢からM16A1閃光音響手榴弾を取り出しながら、左の人差し指で安全ピンを引き抜く。そして下手で投げた。投げる勢いをそのままに身を左回転させると、倒れ込むような前傾姿勢。一度手を地面につけてクラウチングスタート。
 駆け出すと同時に、背後で音響が鳴り響き、閃光が轟いた。
 叫びが上がり、駆けるみゆの後方地面を発射された5.56mmNATO弾が削ってきた。
 泣き叫びながら、みゆは走る。
「き、ききき、寄生された隊員に追いかけられても!」
 散立する木に跳び込んで遮蔽物とする。息を吐く間も無く、9mm拳銃SIG SAUER P220をホルスターから抜いた。腰を落として身を屈めると、木陰から魔人の動きを盗み見る。
 眼を押さえて呻き続ける魔人 ―― おそらくは蛇眼使いの祝祷系に、頭を振り被って意識を取り戻そうとする魔人。…… そして、
「 ―― 異形系」
 潰された眼と耳の代わりに新たな感覚器官を生やした魔人が、みゆが隠れた木へとBUDDYを発砲してくる。
「 …… 足を撃って逃げるにも上官の許可が必要というのはあんまりですよ〜」
 というか完全侵蝕された異形系に対して物理攻撃が有効かどうかは微妙だ。泣きべそを上げるみゆだが、
「ん。なら発砲許可する。やっちまえ」
「ら、らじゃーっ! …… って、午前中の変なオジさん!?」
 声がした方を振り向くと、呑気に煙草を吸っている一尉の姿があった。
「変なオジさんって …… 俺、未だ29なんだが …… 」
「充分、オジさんだよっ! というか、そんなことよりも援護射撃を! 戦ってー!」
 だが一尉は空を仰いで、
「 …… いや。だって俺の役割じゃ無いし」
「ふ、ふふ、ふざけんなー!」
 攻撃を受けている状況を忘れて、みゆは思わず掴みかかった。そのまま流れる動きで大腰投げ。奇声を上げて倒れていく一尉の腹部へと、みゆは駄目押しとばかりに突き刺さるように全体重かけて肘打ちで落ち込んでいく。
 蛙が潰れたような声を上げる一尉。みゆが我に帰った時には綺麗に失神していた。
「しまったー!って、誰か助けてー!」
 悲鳴を上げるみゆに、再び天から助けが舞い降りる。
 爆音を立ててガトリングが二の丸公園跡を掃射。瞬時に、眼と耳が潰れていた祝祷系魔人が逃げ遅れて、挽き肉と変わった。
「 ―― コブラ!」
 嬉々したみゆの言葉に応えるように、
「 ―― 騎兵隊の登場ですッ!」
 ワーグナーの歌劇『ニーベルングの指輪』の「ワルキューレの騎行」よろしく、紫率いる第385組が駆け付ける。
 魔人の一体がBUDDYで応戦してきたが、紫は素早く上昇して回避行動。置き土産とばかりに20mm砲弾をバラ撒いた。
 新たに肉片となって飛び散る魔人だが、最後の一体は上腕筋が盛り上がり ――
「と、飛んだ!?」
 皮翼を広げると、飛び上がってきた。上昇速度を増してコブラに取り付こうとしてくる。身体内部で精製される強酸は、コブラの装甲と言えども簡単に溶かす事が出来るだろう。
 だが紫は瞳に笑みを湛えると、ヘリコプター故の高機動性を示した。すなわちその場での急旋回に、急降下。その運動は魔人の特攻を回避するだけで無く、
「今です! 掃射!」
 紫機によって出来た死角から、鉄の猛禽がもう1機、魔人の眼前に飛び込んできた。紫の指示を受けて、20mm機関砲が唸りを上げる。
 被弾した魔人は失墜。地面に叩きつけられたが、
「未だ生きてるっ!」
 異形系はその身体構造を自由にする事が出来る憑魔だ。そして余り知られていない事だが、無尽蔵とも言える再生力(細胞復元・分裂・増殖)を有している。憑魔核さえ無事ならば、一欠けらの肉片からも完全復活する事が可能とも言われているのだ。もっとも、そうして完全復活したモノは、もはや者 ―― 魔人ではなく、物 ―― 完全侵蝕された超常体でしかないのだが。
 地上でのたうちながら再生を果たそうとする超常体を視認した紫は、射手に命じる。
「宿主には可哀想ですけど …… 肉塊1欠片も残さずに焼き払いましょう」
 有線誘導の対戦車ミサイルTOWが発射。生じた爆炎が、超常体を焼き尽くした。
 炎を眺めて、みゆは両膝を落としてへたりこむ。
「 …… 生き残ったぁ」
 よくもまぁ生き残れたものだ。超常体の接近を知る術は無いし、接触すれば八つ裂きと憑魔を寄生の二択。おまけに寄生された隊員が超常体に協力したり陽動したりと悪い条件ばかりの中で。

*        *        *

 熊本城に駐在する1個小隊の警備部隊。本丸天守閣の小隊本部にて、みゆは紫に対して救援の感謝を述べる。ちなみに変なオジさんこと一尉はいつの間にか姿を消していた。
 さておき、コブラの整備を部下に任せて、
「稲荷神社の方は無事に撃退出来たんですね」
「片山士長自慢のコブラの火力を見られなくて嬉しいやら残念やらだがな。とはいえ ―― 」
 紫の確認に、熊本城警備部隊長(小隊長:二等陸尉)が苦笑する。
「さすがに本丸周辺の石垣に囲まれた場所では、対戦車ミサイルは勘弁して欲しいが。巻き込まれてはたまらん」
「逆に言えば、罠を張って敵を誘い込む事が出来れば、敵は逃げ場もなく殲滅可能という事ですけれども」
 違いない、と頭を掻く。撃退は出来たが、結局、稲荷神社跡を襲撃した魔人2体を、獲り逃してしまったのだから。
「しかし今回、有坂陸士が遭遇したのは、稲荷神社跡地もしくは本丸襲撃の為の陽動だったのではないかというのが本官の見解だ。もっともタイミングが悪かったのか、こちらの襲撃が先になったというお粗末振りだが」
 そんな警備部隊長に対して、みゆはおずおずと挙手して意見を述べる。
「 ―― そうでしょうか? あたしはやはり稲荷神社の方が陽動で、二の丸の方が本命だったんではないかと思うんですけど」
「しかし、二の丸の方には何にも無いぞ? あるとしたら、超常体が大攻勢をかけてきた場合の篭城 ―― 防衛戦の拠点として、物資や部隊を広げられる空間ぐらいなものだ」
「そうなんだよね …… 確かに何にも無いはずなんだけど …… 」
 襲われる前に考えていた事を頭に浮かべる。勘みたいなものだが、何となく気になる。
「超常体の本体自身は、今回は発見されていないのですよね?」
「確かに報告は無い。だが燕尾服が近辺に潜伏しているのは間違い無いだろう。燕尾服の目的が何であるかは解からないが、奴を討ち倒してしまえば、それに頭を悩ます事も無くなるだろう」
 紫と、自身の部下に目配せすると警備部隊長は自信を持って宣言した。
「昼夜問わずに厳重な警戒態勢を維持し、燕尾服が本丸天守閣に接近する間も与えずに迎撃する。各員の尽力を期待している。―― 以上だ!」
「「「はっ。了解です!」」」
 敬礼する隊員達。
 そんな中、みゆは唇を舐めながら、ずっと頭を巡らせていたのだった ……。

■選択肢
C−01)熊本城稲荷神社で行動
C−02)熊本城本丸にて行動
C−03)熊本城その他を探索
C−04)健軍駐屯地での調査中心
C−05)その他の地域を偵察巡回


■作戦上の注意
 本作戦において、敵・超常体との交戦は、憑魔に寄生される危険性がある。消息不明の追撃チームもまた既に侵蝕されている可能性がある。ただし発砲並びに射殺許可要請は、本部や上官の指示を必ず仰ぐ事。
 また、敵本体が、どこに潜伏し、何を目的にしているかは不明のままである。充分に警戒されたし。
 なお移動手段を調達したい場合は、功績ポイントを消費すること。ただし自転車(原動機無し)は消費無しで入手出来るものとする。


Back