第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第4回 〜 九州:アフリカ 其伍


C4『 戦 慄 の 夜 陰 』

 仮眠起きに、部下から差し出された珈琲をすする。カフェインの効きは遅いが、舌を刺激する熱さが意識を覚醒させていった。
「 ―― 美味しい珈琲が飲みたいですよねぇ」
 西部方面航空隊・第3対戦車ヘリコプター隊・第385組組長、片山・紫(かたやま・ゆかり)の呟きに、部下が苦笑する。
 大量に消費される珈琲豆は、予算の都合上で質が平均以下のものに限られてくる。上級幹部にもなれば、味も薫も良質の豆を高価な焙煎器やミルで粉にして、さらにサイフォンやら何やらの凝った抽出方法で注いだ珈琲を味わう事が出来るのだろうが、前線の現場では、こんなものだろう。
 意識をハッキリさせると、紫は立ち上がる。紫の戦闘衣の襟には、桜星章と黒線の刺繍 ―― 三等陸曹の階級略章が新たに縫いつけられていた。
「 ―― 状況は?」
「未だ動きはありません。こちらの警戒が高まった事でおいそれと近付けなくなっているのでしょうけど」
 先々月より熊本中心部を騒がしている高位上級超常体、死神 ゲーデ[――]。別名セクハラ大魔人 …… もといサムディ男爵。ヴードゥー教における生死を司る神にして、愛欲の神でもある。
 ゲーデの狙いが熊本城内にある藤崎台球場跡での呪術儀式である事が判明。第8師団司令部は、北熊本駐屯地よりさらに1個小隊(隊長は准陸尉)を増援として派遣し、もって警戒に当たらせている。
 対して、ゲーデが保有していると思われる現行戦力は、超常体を寄生させ完全侵蝕させた強化系魔人が2体。武器弾薬は枯渇しており、接近戦に持ち込まれなければ大した相手では無いと熊本城警備部隊長(小隊長:二等陸尉)は踏んでいる。
 最近激化する神州各地での戦闘報告により判明した事ではあるが、知性の高い超常体は、付近の低位超常体(同系統の神群)を支配するか、空間転移で呼び寄せるか、そして人間に憑魔を寄生させて強制侵蝕するかの手段をとって、戦力を補強する。
 だが藤崎台球場跡に施された結界 ―― 人智を超えており存在の確認すら出来ないが、状況により“ 在るらしい ”と判断されている ―― により、超常体は半径3km圏内には空間転移で出現する事は出来ないらしい。また、それ故に超常体の生息地や営巣が無い。造られてもすぐに除去されている。
「 ―― とすれば、残る手段は憑魔をバラ撒く事」
 現在、熊本中心部で消息を絶っている部隊は無いとされている。
 だが完全侵蝕された魔人は高位超常体に操られ、感性が変わったり、人間としての理性を失う事はあっても、知性が衰えたりする事は無い。また人間としての外見を保ったままのモノも確認されている。
 彼等が人間の皮を被ったまま行動していないとも言い切れないのだ。
 …… もっとも完全侵蝕された時点で、中型の超常体となる為、憑魔活性化によって正体を判明させる事は出来る。ただし超常体が周囲にいる場合、憑魔がそちらに反応して活性化しているので、近くの魔人が完全侵蝕されているかどうかの判別は不可能でもある。
「 …… いずれにしても、この警戒網を突破するにはゲーデが幾ら強力な超常体とはいえ、単体ではどうにもなりませんよね。―― 有坂さんが疑問を口に出していましたが、前回の手薄だった時に、有坂さんを殺害しておけば目的は果たせていたはずなのに」
 先週、ゲーデは藤崎台球場跡まで到達していた。その時点で、そこを護っていたのは 有坂・みゆ(ありさか・―)二等陸士ただ1人。だがゲーデはみゆを殺さず、憑魔を寄生させたところで反撃を受けて逃走した。ここまで聞けば、間抜けとしか言いようが無いが …… もしかして別の狙いがあったのだろうか?
 暫し考えていたが、結論は出ない。考え込んでも仕方ないならと紫は思考を切り替えた。
「とにかく、今は探索に赴いている有坂さんの連絡待ちか、或いはゲーデの襲撃待ちですね」
 地上で撃破されないように警戒した上で、3交代制で必ず一機が出撃出来るように待機している。2機とも稼動しないのは、幾ら警戒レベルが高まって多少の融通は利くようになったものの、消費燃料の制約を受けているのには変わりが無いからだ。
「今度は準備万全。抜かりなしです! そして必要なときに必要な火力の提供を! それが私達の役割ですから!」
 小柄な身体を精一杯背伸びして、小さい胸を張る。だが、すぐに大きく溜め息を吐いた。
「しかし、これは、長期戦になりますねぇ …… 」
 この状況を打開するような報告が、みゆからある事を期待して、紫は空を仰ぐのだった。

*        *        *

 慌しく情報が行き交う、旧・熊本北警察署 ―― 現・西部方面警務隊詰め所のひとつ。かつて硝子張りだった北署正面入口に並んだ、完全武装の普通科1個小隊。その小隊長(三等陸尉)の隣で、みゆは気恥ずかしいモノを感じていた。
「本隊はこれから敵超常体 ―― 個体識別名ゲーデ潜伏地の捜索に当たる。敵の正確な総数は不明。また高位上級と認定されている以上、必ず1個班単位で行動し、定期的に報告し合う事。また発見、遭遇時においても、すぐに増援を要請。部隊が展開するまで深追いは禁物とする。だが決して逃がすな!」
 小隊長の言葉に、復唱する隊員達。
「なお捜索において当初よりゲーデ追跡の任に当たっていた有坂陸士をオブザーバーとして迎えている」
「 ―― 御紹介頂きました有坂です。宜しくお願い致します。…… って、あれ?」
 敬礼しようとして、みゆは首を傾げる。
「 …… オブザーバーには発言権無いじゃないですかぁ!?」
「当然だ。陸士は、こちらが訊ねた時だけ、回答を寄越せばよい。決定するのは本官だ」
 会議で議決権の無い傍聴者がオブザーバーである。
 あくまで事件当初から関わってきた者としての意見を聞き出す為に、招かれたらしい。
( まぁ幾ら魔人化しちゃったとは言え、単独で捜索なんて無茶は出来ないし …… )
 魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。だが、やはり単独行動は心細い。
( それにしても …… 魔人になっちゃんだよね、あたし。―― 魔人じゃない普通の人と結婚して、普通の子供を産むという、普通の人生設計が台無しになっちゃったなぁ )
 心の中でさめざめと無く。こうなったら完全侵食される前に戦争が終わるよう、祈るしか。
 とはいえ、超常体が現れてから20年。そして神州結界の役割とは“ 超常体が外の世界にあふれぬように ―― 戦争を終わらせぬように調整する場 ”である。戦争を終わらせる ―― 超常体をこの世界から完全に追放する手段が解らない以上、みゆの願いが叶う日は永遠に来ないだろう ―― 多分。
「 …… 陸士。有坂陸士。聞いているのか!?」
「 ―― はっ、はい! すみません、ぼんやりしていました!」
 小隊長に怒鳴られて、みゆは我に帰る。小隊長は眉間に皺を寄せたまま、
「では、再度命令する。―― ゲーデに関する陸士の報告や意見を寄越したまえ」
 居丈高な言葉に、みゆはちょっとむっとする。今は亡き(※死んでない)堂屋敷・助五郎[どうやしき・すけごろう]三等陸尉 ―― もとい警部は上官風を吹かせなかったのに。
 だが、みゆは片眉を微かに動かしただけで、
「 ――ヴードゥー教において、死者が神々の住処であるギネーに向かう途中に“ 永遠の交差点 ”なるものがあります。ヴードゥー教において十字架を象徴とし、“ 永遠の交差点 ”に立っているのが、目下捜索中のゲーデです」
 地図上の藤崎八旛宮にまず十字を付ける。
「この十字が陣地マークだとすると、藤崎八旛宮や近辺に何らかの魔術的要素に因って、索敵できない類の隠れ家があるのかもしれません。…… またゲーデはセクハラ大魔神もとい、非常に猥褻で、ラム酒を何よりも好むと言われています。悪所 ―― 酒と女絡みの類がまだあるのなら、そこが怪しい気もしますが」
「だが、現在の隔離戦区では、その様な施設は存在しない。警務科の取締り対象だ」
「はい。しかし超常体が概念に縛られる存在なら、『十字路』をシンボルにするゲーデは『十字路』に惹かれるかも知れません。…… ということで、近場の十字路なんかにも当たってみようかと …… 」
 そう言って上目遣いに小隊長を見るが、
「決定するのは、陸士の仕事では無い」
 みゆを切り棄てると、部下の小隊班長を呼び寄せて指示を出していた。それでも、みゆの意見の通りに十字路周辺を捜索するよう命じているが、もしかしたら手柄を独り占めする気かもしれない。
「 …… 危険を承知で、独りで動こうかなぁ」
 ぼんやりと地図を見る。
 藤崎宮の周辺での大きな十字路。最も近いのは藤崎宮参道と国道3号線が交差する地点。だが藤崎宮近辺は最初の事件があった際に徹底的に調査されている。
「他に、これは!と思うところは …… 」
 国道3号線に沿って指先を南下させていく。みゆの猫目チックな瞳が輝いた。
「 ―― 水道町交差点」
 国道3号線と、熊本高森線(県道28号線)が重なる大交差点。隔離前の通勤ラッシュ時には、この交差点を中心に、上下線ともに毎日3kmほどの渋滞が発生したという道路交通の要所だ。
 そして、すぐ近辺には“ 郷土のデパート ”と豪語していたという鶴屋百貨店がある。現在は、需品科・武器科の物資倉庫だが、その広大な階層に隠れ潜まれたら厄介だ。武器弾薬もふんだんにあるし。
 部下に命令するだけすると偉そうに踏ん反り返っている小隊長を横目に、みゆは抜き足差し足、忍び足。
 この小隊所属の第882班が南側を捜索すると言っていた。それを記憶に止めると、気付かれる前にみゆは退散した。いざとなれば、片山三曹に応援を頼もうと思いながら。

 熊本北署から原動機付自転車で走る事、1分足らず。駐輪すると座席下の収納スペースから色々詰まった背嚢を取り出し、そして車体後部に括りつけていた89式5.56mm小銃BUDDYを肩に負う。
 鶴屋百貨店ビルには、武器科・需品科の隊員が総勢10名ほど詰めている上に、ゲーデ出現の非常事態で普通科1個班が警備に付いているはずだった。
 今まで彼等から異常は報告されていなかったが、念の為に、みゆは自らの五感で無事を確認しておかないと気が済まなくなっていた。―― 勘みたいなものだろうか。
 入口を守っている普通科隊員2人の姿を視認して、敬礼する。答礼を返してきた。声を掛けてきたのは気さくそうな一等陸士のオジサンだ。
「何事かな、嬢ちゃん?」
「特に、これといった用事は無いんだけど …… ほら、高位上級の超常体が暴れているから、様子を見て来いと上の命令で …… 覗いちゃ駄目?」
「はっはっは。こちらも警備している以上、その命令書が無いとなぁ。第一、中の連中からも異常は無いと報告を受けているし」
 警備の言葉に、ん?とみゆは首を傾げる。
「報告を受けている …… って、オジサン達は入った事は無いの?」
「勿論、定期的に巡回はしているさ。だが、中に保管されている物資の数量を完全に把握しているのは、武器科や需品科の連中だけだしな」
「えぇと、その武器科と需品科の人達に話を聞くのも駄目かな? 話せるような知合いとかいない?」
 みゆの言葉に、困ったような顔を浮かべると、
「騒動で警備に回ってきたばかりだから、あんまり連中の事をよく知っているわけじゃないんだ。そう言えば巡回時の案内以外は顔も見合わせないよなぁ」
「 ―― それって異常じゃない!」
 みゆが顔をしかめる。その視界の端 ―― 建物内奥の陰に、人影を認めた。
 ―― 痛みと衝撃がみゆの身体を走る。憑魔の活性化現象。奥歯を噛み締めて抑える。
 活性化は、憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。また、近くの存在を感知するだけで、その具体的な数や種別、また動きや位置を察知する事はできない。
 だが活性化が起きたという事は、間違い無く超常体が存在するという事だ。そして、ここは藤崎台球場の半径3km圏内。超常体がいるはずの無い場所。
「 ―― どうした、嬢ちゃん?」
 怪訝な顔の警備に、みゆは警告を発して返した。携帯情報端末から緊急報告を入れる。
「旧鶴屋百貨店にて憑魔の活性化反応あり! 付近捜索中の第882班は急行されたし! また増援を要請! こちらは警備と協力し、ビル封鎖に努める!」
 呆気に取られていたオジサン達は、だがすぐに顔を引き締める。BUDDYを構えた。
「魔人なのか、嬢ちゃんは!?」
「 …… つい最近、なったばかりだけどね」
「なるほど。憑魔の活性化反応なら嘘は無いだろう。しかし、ビル内を巡回していたが超常体の痕跡なんかなかったぞ」
 幾ら姿を闇に潜めていても、臭いや息遣いは隠し通せるものではない。必ず何かの痕跡が残る。幾ら不慣れな屋内の警備巡回とはいえ、それらを今まで一度も発見出来なかったのも事実なのだ。
 その疑問に応えて、みゆは哀しそうに呟く。
「通常の超常体ならばそうだけど。…… だから、このビル内に潜んでいるのは完全侵蝕された魔人。彼等ならば人間としての痕跡しか残さないの」
 そして仮に、通常の超常体がいたとしても、巡回路から巧みに外せば、隠し通す事も出来るだろう。気付いて警備のオジサン達は歯噛みする。
 百貨店内は照明が無く、真っ暗闇だ。みゆは片目式の暗視装置V8を装着する。米軍のPN/VIS-14とほぼ同型の暗視装置は、第三世代のイメージインテンシファイア(※光を電子的に増幅させる装置)で、レーザーポインタ等と併用する事が出来る代物だ。
「 ―― そんな代物まで用意していたのか。だが突入は許さんぞ、嬢ちゃん」
「あたしもそんな気は更々無いよぉ〜」
 泣きべそを掻くみゆに、ほっとするオジサン達。そのまま内部からの攻撃に警戒する事、数分。96式装輪装甲車クーガーが到着した。降車した第882班が展開する。
「応援要請に基づき第882班到着致しました。以降、本件の部隊指揮は、熊本北署より第88中隊第1小隊本部が執ります。―― おや、有坂陸士? 貴女は小隊本部で小隊長殿とともにいると思っていましたが」
 第882班班長(二等陸曹)の言葉に、みゆは「えへへ」と笑って誤魔化す。だが第882班班長も察してくれたようで、
「まぁ小隊長殿はああいう人ですから。…… 気を悪くしないで下さい。―― 助言をお願いします」
 みゆに微笑みを送ると、気を引き締め直して班員を配置につかせていく。警備のオジサン達も指示に従って動いていった。そして続々と増援部隊が到着し、鶴屋百貨店を包囲した。
「 ―― 突入!」
 号令が下り、ビル内に突入しようとする普通科隊員達。その時 ――
「なっ、何!?」
 突然の揺れに、その場に崩れ落ちる、みゆ。
 ―― 激しい地震が襲ったのだった!

 …… 阿蘇山が突如、噴火したのである。
 噴火は僅か数分の事ではあったが、山頂から天へと屹立した炎の柱は、距離・天候に関わらず、熊本の何処からも観測された。
 それを見て超常体の多くは恐慌状態に陥り、騒然となったらしいが ……。

 真っ先に我を取り戻した、第882班班長が叱咤する。
「怯むな! 外の様子が判らないだろう相手の方が、衝撃が大きいはず! 好機と思え! 突入!」
「了解 ―― 突入!」「突入!」「突入!」「突入!」
 余震がある中でも結界維持部隊の者達は逆に気を昂ぶらせ、戦意が高揚したという …… 。
 数時間後、鶴屋百貨店に潜伏していた敵魔人は掃討される。魔人は最強の単体戦力ではあるが、素は戦闘経験の少ない武器科・需品科隊員である。普通科数個班に包囲されては、陥落は時間の問題だった。もっともその抵抗によって、こちらも手酷い損害を受けたのではあるが。

*        *        *

 揺れが収まった事を確認して、紫は地面に伏していた身を起こす。
「 …… 阿蘇が噴火 …… した?」
 活性化反応に似た痛みと痺れが全身を貫いたが、すぐに収まり、代わって続く昂揚感が身体を弾ませる。
「片山三曹。機体や計器に異常はありません! すぐに飛べます」
「解りました。―― 第385組はこれより鶴屋百貨店における超常体掃討への応援に行きます」
 ヘルメットを被る紫が、攻撃ヘリコプターAH-1Sコブラに駆け寄る。熊本城警備隊長は苦笑。
「屋内戦になるから、コブラのような大仰なモノは必要ないと思うがな」
「状況はどう変わるか判りませんよ。備えあれば憂いなしです!」
 そう返事して、後部操縦席に乗り込もうとする紫。痛みと衝撃が走った。さきほどのとは違う ―― 憑魔の活性化する反応。
「敵魔人、視認! 北側、熊本博物館跡より接近中」
 強靭となった四肢を駆使して、迫りくる人型の獣が2体。瞬く間に迫ってくる。
 だが警備部隊長は合図すると、藤崎台球場にて備えていた1個班に、伏射ち・膝射ちの二段横列となってBUDDYを構えさせた。班長が射撃開始の号令を放つ。
「射っ ―− 」
 班長の号令が発せられる前に多数の銃声が轟いた。銃弾を受けて崩れ落ちたのは、号令を発しようとした班長その人である。射手に混乱が生まれた。
 射撃統制が狂った事で、敵魔人は白兵戦闘距離に到達。その脚力でもって伏射ち体勢の前列を蹴り飛ばした。数名の頭蓋骨が砕けて絶命する。
 他の班がBUDDYを向けるが、接近戦闘を強いらせられている味方の姿に躊躇する。その迷いが更に惨劇を拡大。BUDDYを構えていた腕が被弾し、血塗れと化す。
「各員、遮蔽物に身を隠せ! 狙撃を受けている。未確認の敵は熊本博物館内に潜伏中! 奴等、魔人を囮にしやがった!」
「味方魔人は、敵魔人を押さえ付けろ! 同士討ちになる、射撃は中止! 白兵戦並びに徒手格闘戦用意! ヘリに近付けさせるな!」
 警備部隊長は身を低くしての前傾姿勢でコブラに近寄ると、
「 ―― 片山三曹に航空支援を要請する。責任は私が取る。熊本博物館跡ごとミサイルで吹き飛ばせ!」
「了解ですよ! ―― 1番機、離陸。2番機も続いて下さい!」
 ローター・ブレードが風を巻いて回転する。浮き上がるコブラ。だが ―― ロケット弾が飛び込んできた! 84mm無反動砲カール・グスタフから発射されたFFV551HEAT弾を受けて、四散する2番機の尾翼。浮き上がりかけていた2番機が傾いて、沈んでいく。
『 ―― く、組長。おっ墜ちる ―― っ!』
「落ち着きなさい! 焦らず、力まず、それでいて操縦幹を放さず。舵ペダルも教え通りに踏みなさい」
 紫の叱咤を受けて混乱から立ち直った組員は、辛うじてコブラを着陸させる事に成功させる。それを見て安堵の息を吐く暇もなく、高空に舞い上がった紫の1番機はカール・グスタフの発射煙を探した。
 東にある野鳥園の繁みに発射煙を確認すると、躊躇無く3連装回転式(ガトリング)20mm機関砲を斉射。だが、すぐにカール・グスタフを放って逃げ出したのか反応はなし。繁みを乱暴に掻き分けての逃走跡が浮かび上がる。
 すぐに機影を北に巡らせると、熊本博物館跡へと有線誘導のレイセオンTOW対戦車ミサイルを叩き込んだ。爆発炎上する熊本博物館跡。炎に照らされて、建物内部に数名の人影が見え隠れしていたが、紫は容赦しなかった。
『 ―― 片山三曹、上空から周辺を見張ってくれ! ゲーデは別方向から接近してくるかもしれない!』
 全てを陽動にしてか! 警備部隊長の要請に、紫は即応する。
「了解。索敵行動に移ります」
 そして ―― いた! 藤崎台球場北面に隣接する三の丸広場に、黒い燕尾服に山高帽、サングラスを掛けた貧相な小男 ―― ゲーデが。
 射手に命じると、再びレイセオンTOWを発射する。だがゲーデはミサイルが爆発する前に動くと、何時の間にか握っているステッキを一閃。電光石火の早業で誘導ワイヤを断ち切って見せた。ゲーデの背後で爆発四散するレイセオンTOW。
「なら、これはどうです!」
 ガトリング砲が唸りを上げると、20mm弾がゲーデを翻弄する。だが ――。
「嘘 ―― 効いていないなんて」
 コクピットの中、紫も射手も愕然とする。
「いくら高位上級の超常体と言っても、頑丈過ぎるにも程がありますよ!」
 報告記録によれば、まず堂屋敷が愛銃ニューナンプ M60の.38S&W弾を叩き込んでいる。にも関わらず動きを殺す事が出来なかった。さらに先週、みゆが待伏せ奇襲した際には5.56mmNATO弾倉2個分 ―― 60発全弾を命中させたにも関わらず、致命傷には足りなかった。そして今度の20mm機関砲弾の斉射。しかしゲーデは、大きな穴の空いた ―― というか破れた燕尾服に怒りの表情を浮かべるだけで、本体には傷一つ付いている様子は無い。
「 …… じょ、冗談にしても悪質過ぎますよぉ」
「くっ、組長。指示を ―― う、うわぁ!」
 恐怖に駆られた射手が、機体両側面にあるM261 19発装填ロケット弾パックを開放。紫が制止する間も無く ―― いや紫も前部座席ならば発射ボタンを押していただろう ―― 無誘導の地上攻撃用70mmFEAR小翼折り畳み式ロケット弾が発射された。しかも38発全部だ。
 ミサイルの雨に曝されて、さすがにゲーデも焦ったのか。慌てて大きくステップバックするのが紫の視界に映った。そして三の丸広場は爆発炎上。一部が崩落していった。
『 ―― 片山三曹。状況を報告せよ! ゲーデは仕留めたか!?』
「こ、こちら、片山。総火力を叩き込んでやりました。が、消し炭になってしまったのか遺骸は確認出来ず」
 もはや元の姿を思い出せないほどの焦土と化した三の丸広場。そこに動く気配はもはや無い。
『 ―― 本当に消し炭になってしまったのなら問題無いのだが …… 』
 どうだろう? アレで本当に死んでくれたとは、紫も思えなかった。
『こちらは敵魔人の排除に成功。現在、熊本博物館跡地を捜索中だが ―― 』
 レイセオンTOWで吹き飛ばしたのだ。捜索は困難であろう。だが、紫にそうさせた責任者たる警備部隊長はねぎらいの言葉だけをかけるだけだった。

*        *        *

 熊本城本丸天守閣にて、情報交換ならびにゲーデ対策作戦会議が行なわれる。
「 ―― 熊本博物館跡地より、焼死体が3体分見つかった。死体及び所持品の損傷が激しく、身許を特定するに到らなかったが、ゲーデにより憑魔を寄生させられ、魔人として操られた犠牲者である事は間違い無いだろう」
 熊本城警備部隊長が説明する。同じく席についていたゲーデ捜索小隊長がおとなしいのは、おそらく警備部隊長が一階級上なのと無関係とは言えないだろう。そう思うと、みゆは内心ほくそえんだ。
「 …… なお衛生科の解剖結果によると骨盤等の特徴から3体ともいずれも10代前半の女性であった」
「3体とも10代前半の女性? まとまった女性部隊が消息を絶ったという話は聞いた事ないですし、しかも10代前半となりますと …… 」
 紫が首を傾げる。だが、みゆは手を挙げた。
「待て、陸士が意見するところでは無い」
 ゲーデ捜索小隊長が睨みつけてくるが、警備部隊長はやんわりと押し黙らせて、
「有坂陸士。報告並びに意見があるならば、お願いする。―― 何か心当たりがあるかな?」
 みゆは地図にある藤崎宮から西へと視線を動かす。
「相手がセクハラ大魔神 ―― もとい性愛を司る神だという事を考えると、ここを見逃したのは失敗でした。…… おそらくゲーデは大十字路にある鶴屋百貨店とは別に、ここも襲って手数を増やしていたんだと考えます。―― 実に猥褻な事を好む奴らしい話。犠牲になった彼女達には気の毒だけど」
 みゆが指差した地点に、一同が息を飲む。
「治安維持部隊女性隊員訓練所のひとつ ―― 旧熊本信愛女学院。藤崎宮と熊本城の中間にある、この宿舎はゲーデにとって格好の餌場 …… 」
「ここが、奴にとっての棲処である根拠があるのかね? 色情狂というだけでは、説明に足らんぞ」
 ゲーデ捜索小隊長は、みゆへと詰問するが、
「鶴屋百貨店を警備していた班員の証言によると、最近よく出入りしていたトラックの部隊章が、信女のものだったという事。―― 事実、再調査してみたところ大量の武器弾薬や装備が紛失しているって」
 もういい加減、この人相手にですます調は疲れたのか、みゆは普段の口調で受け答えた。憤慨する捜索小隊長だが、それを一同無視すると、
「なるほど。それならぱ藤崎台を襲ってきたモノ達の装備が充実していたのも解りますね」
 紫は大きく溜め息を吐いた。
「だが、本官小隊の捜索部隊からの報告では信女が怪しいというのは …… 」
「 …… それですが、小隊長殿。件の西を捜索していた部隊からのその後の連絡がありません。―― 敵に回った可能性があります」
 第882班長と第881班長の報告に、捜索小隊長の顔が蒼白となる。このタイミングでの報告に「ああ、この人、直属の部下からも嫌われていたんだなぁ」とみゆは内心で納得した。
 卒倒する捜索小隊長をまたもや一同無視して(どうも嫌っていたのは彼の部下だけではなかった様子)、会議を続ける。
「信女がゲーデの本拠である可能性が高いとすると、これを叩く必要があるが …… 」
「何か問題でも?」
 何時でもコブラを発進させてミサイルを叩き込みそうな紫が、苦悩する警備部隊長を問い質す。
「はっきり言って戦力が足りない。相手の本拠が判ったとはいえ、熊本城警備部隊から戦力を割く事は出来ない。だが捜索に当たっていた部隊だけではゲーデと信女の敵魔人どもに対抗するには不安がある」
「 ―― 北熊本の第8師団司令部や、健軍の西部方面隊総監部へ応援要請は?」
「それなんだが …… 健軍へは要請中だが、各地で激戦中である為に総監部の護りから部隊を割いてくれるとは期待出来ない。そして北熊本だが ―― 彼等はそれどころではない。阿蘇特別戦区から超常体の群れが溢れ出し、攻勢を開始したそうだ」
 緊張で皆の顔が引き締まった。
「 …… 現在、北熊本の第8師団司令部を指揮所にして豊岡・高遊原等の周辺駐屯部隊が迎撃に向かっている。ただでさえ天草への増援に人を割いたばっかりだ。ゲーデ対策に戦力を割いてくれるとは思えん」
「つまり ―― 」
 現状の熊本中心部戦力で対応するしか無いのだ。

■選択肢
C−01)藤崎台球場跡で迎撃準備
C−02)旧熊本信愛女学院へ攻撃
C−03)旧鶴屋百貨店内を再調査


■作戦上の注意
 本作戦において、敵・超常体との交戦は、強制侵蝕される危険性もあるので注意する事。
 なお、今作戦(第4回)時において故障した箇所は、次の作戦(第5回)開始時には、功績を消費せずとも修理されているので安心されたし。


Back