第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第5回 〜 九州:アフリカ 其伍


C5『 眩 惑 の 肉 林 』

 
 96式装輪装甲車クーガーより降車した、神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第42普通科連隊・第882班が土嚢や瓦礫を積み上げて、簡単なバリケードを築いていく。12.7mm重機関銃ブローニングM2を備え付け、89式5.56mm小銃BUDDYを構える。
「こちら第882班。池田屋ビル前に配置付きました」
『 ―― 第822班、六工橋を封鎖完了』
『第823班、壷井橋、配置完了』
『 ―― こちら第88中隊第1小隊本部並びに第881班は、坪井2丁目交差点を制覇した』
 現時点で信愛女学院の包囲網が完成した事になる。先々月より熊本市街中心部を騒がせていた、セクハラ大魔神 ―― もといヴォドゥ(※ヴードゥー教や阿弗利加の超常体)の死神 ゲーデ[――]が棲処としている信女に突入する作戦が進められていた。
『 …… なお、本作戦は熊本城警備部隊と第82中隊第1小隊の協力を以って行なわれるが、現状の指揮官は私、第88中隊第1小隊隊長が執る。以降、私の命令に従う様に』
 通達に、各班班長が重い溜め息を吐いた。
「 ―― 何で、自分らの小隊長はあんなに自己顕示欲が強いッスかね?」
 迷彩II型戦闘服を第2ボタンまで外し、だらしなく着た少年が呆れ顔で、上官の第822班長(二等陸曹)へと呟く。第822班長は力無く笑いながら、
「まぁ、小隊長殿はそういう人ですからね。熊本城警備部隊長殿と張り合っているつもりなんでしょう。―― 相手にされていないのにも気付いていないのが、余計に憐れではありますが」
「 …… 口調は丁寧ッスが、班長も結構キッツイ毒を吐くッスね」
 改めて妙な感心をしながら、角刈チンピラ風の少年 ―― 有馬・亮太郎(ありま・りょうたろう)一等陸士は頷いた。
「さておき、班長。自分が調べたところッスけど、鶴屋から学園に搬入された物資は …… 」
「はいはーい。BUDDYが30丁。MINIMIは2基。エムナインが3丁、SIGが20丁だよ。ハチヨンは3発、うち1発は野鳥園で使用済み」
 有馬が読み上げようとした内容を、有坂・みゆ(ありさか・―)二等陸士が横から掻っ攫う。
「 …… 信女生徒の数は」
「教官も含めてWAC(女性隊員)は約20名。つまり2個班分だけど、そのうち3名は熊本博物館跡地にて死亡が確認されたよね。―― ただ、先行して信女近辺を捜索に当たり、現在連絡が途絶えている第883班もゲーデに操られた可能性も考慮すると」
「 ―― 25名前後ッスね。…… ていうか、俺の発言をとるなッスよ、おまえ!」
 熱くなる有馬に、みゆは猫目チックな瞳に悪戯っぽい輝きを湛えながら笑い返す。苦笑しながら第882班長はみゆに問い質した。
「報告ありがとうございました。…… それで、鶴屋百貨店再調査の進展は?」
「あ、はい。本日正午に、幕僚監部の命令で武器科や需品科のお偉いさんが派遣されてくるらしいので、その人達と一緒に当たります。―― 何か見落としがあるかも知れませんし、奪われた品物からゲーデが次に打つ手を推測できるかも。それに …… 」
「それにって何ッスか?」
「 ―― それに信女に潜入するに当たり、有効な手段が見つかればと思って」
 みゆの言葉に、有馬の顔が引き締まる。みゆはそれに気付かぬまま、
「 …… 学院ごと殲滅するのが手っ取り早いのかも知れないけど、未だ十代前半の訓練生を皆殺しというのは ―― 」
 俯くみゆ。そんな彼女の肩を、有馬は叩くと、
「 ―― 何をお姉さん振って言ってるッスか。オレから見たら、おまえもそう変わらないッス」
「えっ? えーっ!? スミマセン、ここはちょっと哀しい場面じゃ無いの?!」
 唖然としてしまったみゆに、微笑みかけながら、
「ここでシンミリしていても仕方無いッスからね。とにかく、再調査はおまえに任せるッスよ。―― 必ず助ける手段か何かを見付け出してくれッス」
 そう言って、有馬はみゆを送り出してやった。そんな彼の背に、
「 ―― 解かってはいるでしょうが、完全侵蝕されていた場合は、躊躇せずに殺害しなさい」
 沈痛な声で、第882班長は呟く。だが有馬は振り返ると、力強い意志を込めて、
「それでも自分は出来る限り助けたいッス。要救助者の捜索と、内情把握の為に ―― これより有馬陸士は単独偵察任務を敢行致します!」
 敬礼をすると、有馬は駆け出したのだった。

*        *        *

 先月より続くローテーションに乱れは無く、西部方面航空隊・第3対戦車ヘリコプター隊・第385組は藤崎台球場近辺に待機していた。
「航空用燃料が十分にあれば〜。全機スクランブルも可能なのですが〜、無い物は無いので〜」
 組長たる 片山・紫(かたやま・ゆかり)三等陸曹は、微妙な具合に力を抜いて、泥の様な珈琲を啜る。様子を見に来ていた熊本城警備部隊長(小隊長:二等陸尉)が苦笑い。
 先の襲撃で受けた僚機尾翼の損害も修理を終え、スクランブル待機1・通常待機1。これに人員を組み合わせて常に1機は緊急発進出来る様にしている。その警戒態勢を維持しつつ、制約条件により確実に敵がいる場合 ―― 支援要請がある場合のみに応じて出撃していた。
 待機中の防備も、今迄の教訓を活かしており、紫は稼働体制であれば奇襲を受けてもある程度は対抗出来ると踏んでいた。その上で、警備部隊も居るから何とかなるだろう。
 何としても、藤崎台球場跡に施された結界 ―― 人智を超えており存在の確認すら出来ないが、状況により“ 在るらしい ”と判断されている ―― を死守する事が目標なのだが ……
「 ―― 束の間の平穏という感じだな」
 死神ゲーデの棲処と疑わしき熊本信愛女学院が2個小隊に包囲を受けている現状、熊本城は藤崎台結界のおかげか、平穏そのものだ。天草や人吉、そして熊本北部で激戦が行なわれているとは思えない程である。
「 …… 何を言っているんですか。航空科は大変ですよ。何しろ、外だけでなく、内の敵がいますからね」
 紫が唇を軽く尖らせて、警備部隊長を咎める。
 外の敵とは、まさしく超常体。ゲーデどもが包囲網を掻い潜って来ないとも限らない。また、重要性を考えれば、他の高位超常体が目を付けていても可笑しく無いのだ。
 そして内の敵とは、航空燃料の不足に他なら無い。紫は重い嘆息を再び吐いた。
「 ―― 何か動きがありますか?」
「現在、突入準備として、事前の潜入偵察が行なわれている。単独が基本ではあるが、封鎖している各方向それぞれの班から1名ずつの計4名が潜っている」
 突入作戦に当たって、事前の情報収集は重要である。内部構造の変化や、敵配置と武装を割り出す。こうする事で最も効果的な打撃を与えるポイントや作戦が練られるのだ。そしてもたらされる情報は多ければ多い方がいい。
 無論、信憑性の低いガセやデマゴーグを握らせられたり、ミスディレクション等を誘発するものもあるだろう。また潜入偵察を悟られては薮蛇だ。斥候の役割は重要と言えた。
「では支援要請を待つばかりですね」
 意気満々の紫だったが、水を注す様に、
「それなのだが、片山三曹。残念な報せが1つある」
「 ―― 聞きたくありません」
 紫は咄嗟に耳を押さえるが、警備部隊長は武器科のリストを顔前に差し出した。
「有坂陸士の追加調査による報告では …… SAM-2も信女に搬入されていたらしい。コブラの投入は見合わせるのが賢明だ」
「 …… ぶっ!」
 はしたないと言われようが、紫は思わず吹き出した。
 略称SAM-2 ―― 正式呼称91式携帯地対空誘導弾は、スティンガーの後継として開発された国産の携帯式地対空ミサイルで1991年から調達開始されている。画像及び赤外線誘導方式を採用し、正面攻撃性・瞬間交戦性が向上し、フレア等の妨害も受け難い。攻撃ヘリコプターAH-1Sコブラは良い的だ。
「大型の飛行超常体でも顕れない限りは、無用の長物とされているSAM-2が未だ残っていたんですか!」
「流石は郷土のデパート、鶴屋百貨店」
「まさか、スティンガーも?」
「いや、それは無かったらしいが …… とにかく1発が運び込まれているらしい。―― 斥候にも連絡が行っているから、彼等が確保してくれる事を祈るばかりだな」
 紫は手を振り上げて、叫び声を上げる。
「このままだと ―― コブラの出番がなーいッ!」

 ふと怨念の篭もった叫びが聞こえた気がして、みゆは振り返る。耳を澄ませてから、小首を傾げた。
「 ―― どうしましたか?」
 幕僚監部の命で派遣されてきたという武器科のWACが問い掛けてくる。准陸尉の略章を着け、静花[しずか]と名乗っていた。
「 …… 知っている人の断末魔が聞こえたような気がしたんだけど。気の所為かな?」
 それは気の所為だ。紫は未だ生きている。いや死に体なのは事実だったが。
 さておきL字型ライトで倉庫内を照らす。
「うわ〜。いっぱいありますね〜」
「熊本市街地における主要物資集積所の1つですからね。―― 前世紀末には、不振による岩田屋伊勢丹の閉店に、壽屋やダイエーといった大手スーパーの不振もあって、唯一無二の“ 郷土のデパート ”と称せられてはいましたが、立体駐車場の出入口が幹線道路に面さずに一方通行路の奥深くで、交通事情の悪化を招きました。しかも警備員が鶴屋本位の交通誘導しかしていませんでしたから お陰でイベントを起こす度に傍迷惑な大渋滞が。―― 地獄に落ちろ、鶴屋」
 立てた親指で首を掻っ切り、そのまま下へと突き出す仕草。美しい笑顔のまま、穏やかな声色で、やるところが余計に怖い。みゆの憑魔が一瞬、活性化反応を示したのは気の所為か?
「 …… あのぅ。その、まるで実体験してきたかの様な、リアル過ぎる感想は置いておきまして」
 いつの間にか額に滲んでいた汗を拭いつつ、
「やはり結構な数が運び出されていたんですね」
「火器弾薬は当然として、糧食等も抜かりなく運び出していますね。幸いにしてクレイモアやC4を持ち出されていなかったのは助かりますが」
「 …… 爆薬の取扱いは専門家がいなければ自殺行為ですよ〜」
 地雷や爆薬を利用したトラップの可能性は、これで減少した。トラップだけならまだしも、人質にされたWACの身体に爆薬を巻かれていたり、自決用に使われたら溜まったものではない。
「 ―― ん〜。無いなぁ」
「何かお探し物でも?」
 猫目チックな瞳を細めて倉庫内を漁るみゆに、静花は訝しげに訊ねる。
「いや、はい。…… 信女の識別章みたいな物があれば潜入に役立つかと思って」
「辞めておいた方が良いでしょうね。既に突入準備が進められています。敵味方の識別が難しくなる物は逆に命取りですよ」
 静花の言葉にみゆは下唇を噛みながら、それでも何か無いかと、倉庫の奥にライトを向ける。ライトに照らされ、無数の人影が浮かび上がった。軽く悲鳴を上げてしまう。
「 ―― し、ししっ、静花さん、あれ!?」
「 …… 大丈夫。マネキンの様ですね。防弾チョッキやボディアーマーが型崩れしない様に、それに戦闘装着セットや集約チョッキが絡まらない様にしてあり …… あれ?」
 被弾して破壊された物が多数、床に転がっていた。中には顎の部分を砕かれ、胴体にまるで強い力で蹴り飛ばされて壁にぶつけられたかの様な損害のもある。
「 …… 何処かで覚えがある様な?」
 みゆは小首を傾げた。リストをチェックしていた静花が顔を上げる。
「おかしい …… 数が足りない」
「それだけ持ち出されたという事では?」
「違いますよ。逆なんです。―― 信女生徒の数には足りないんです、持ち出されているのが」
 言われて数を確認する。ボディアーマーが5着程。戦闘防弾チョッキに到っては全く数が減っていない。みゆは唇を舐めながら熟考する。
( …… ボディアーマーの不足。着用者は信女生徒で無い? ―― ゲーデ。凄く頑丈。とても頑丈。)
 ボディアーマーは、防弾チョッキにセラミック性の防弾プレートを追加挿入するタイプで、抗弾力を高めている。とはいえ、ゲーデの頑丈さを提供するものでは無いだろう。愛銃ニューナンブM60の.38S&W弾を叩き込んでも、5.56mmNATO弾倉2個分 ―― 60発全弾を命中させたにも倒れず …… いやいや、これぐらいならば、ボディアーマーでも何とか耐えられるかもしれない。内部浸透する衝撃や痛みを無視すれば。では氣を乗せた拳や蹴りではどうか? 20mm機関砲弾の斉射ではどうか?
( 破損したマネキン…… 祝祷系能力のゲーデ。凄く頑丈。とても頑丈。―― 替え玉、空蝉の術? いや、でも …… )
 常識と思われていた壁を打ち破る為に、静花に質問する。みゆが熟考している間、黙って静花は微笑んでいただけだ。
「 ―― 能力を2つ以上持つ超常体って存在するのかな?」
 2種以上の憑魔に寄生された者がいる可能性も確率論としてはあるが、超常体自身はどうだろう? が、静花はあっさりと、
「いますよ。高位超常体の中には、ニャルラトホテプ[――]の様に化身毎に異なる属性と能力を持つ異生( ばけもの )もいれば、ルキフェル[――]の様に異なる能力を一度に有する異生もいます。確認されているだけで、操氣・火炎・氷水・呪言・祝祷・空間系を有しているらしいですし …… 卑怯極まりないですね」
 そんな事を知っている貴女もどうかと思うが。思わずツッコミ入れたくなるが、己の憑魔が危険信号を発した為に辛うじて飲み込んだ。…… 静花という女性に垣間見たのは、底知れぬ、深奥の ―― 闇。
( この静花さんも …… 異生なんだ …… )
 慄然としたみゆだが、無理にでも気を取り直して話題を戻す。そうしなければ怖くて逃げ出したくなる。
「 …… ゲーデなんですが、ヴードゥー教の死神で、愛欲イコール性、つまり生の神。命の支配者 …… そしてゾンビを作り出すのもゲーデの力」
 死に損ないの代名詞ゾンビ。一説には、元々はゾンピパウダーという薬物による認識・判断・痛覚等を破壊ないし麻痺されて所謂“ 仮死状態 ”にされた疲れ知らずの奴隷の事だったらしい。が、ズゥンビーという蛇に似た精霊が取り憑く事で動き出した死体というのがオカルト的には通説だ。
 そのズゥンビーを操るのがゲーデというならば、憑魔を強制的に寄生するという状況も似ているが、
「氣で以って遠隔操作というのもアレですよね」
 人差し指を立てて、みゆは自説を上げる。
「ゲーデが頑丈な理由。ゲーデが異形系であれば確かに半不老不死だけど、手応えというか被弾させた感じでは、それとはちょっと違った。だけど、奴が元々氣で操った頑丈なマネキンを、祝祷系の力で誤魔化していれば? 頑丈極まりない怪物の出来上がり」
 壊れればスペアを調達すれば良い。ならばゲーデの本体というか中心核を見極めれば撃破する事が可能。
 拍手が鳴り響いた。
「まぁ正解ですね。あとはそれが出来る人材を選抜する事ですけど」
「如何に視覚情報を誤魔化せても、音響・熱源・電磁波を騙す事までは出来ないよ。―― 風幻系や火炎・氷水系、そして雷電系をも有していないのであれば。…… もしも誤魔化されても、氣は察知出来るし」
「或いは祝祷系の眩惑を打ち消す事が出来る者が支援してくれればね」
「でも祝祷系には、祝祷系でしか? 割合としては極少数だから …… 」
「警務科の有坂陸士のお知り合いにいるでしょ、そういう人が。貴女が望めば手配するけど? その気があれば、連絡して下さいね」
 メモを渡される。が、みゆは小首を傾げるだけ。
 …… 誰だろう? あたしの知合いに祝祷系魔人って居たっけ? あと、それと、
「いつからあたしは警務科所属になったんだっけ?」
「あら、てっきり、そうだとばかり」
 静花の言葉に、みゆは唇をとがらす。「さて …… 突入作戦はそろそろ決行されるでしょう。今から駆け付けても潜入捜索は困難ですよ。それでも向かうと言うならば ―― 」
 静花が微笑みを向けてきた。
「 ―― 御武運を」

*        *        *

 物陰に隠れながら、有馬が建物に接近する。片目には暗視装置V8を装着しており、視界は良好。第三世代のイメージインテンシファイア(※光を電子的に増幅させる装置)で、レーザーポインタ等と併用する事が出来る、米軍PN/VIS-14とほぼ同型の暗視装置。
( …… エロ魔人だか、セクハラ大魔人だか、しらねーッスけど、婦女子の敵は人類の敵。遠慮なく叩きのめさせてもらうッスよ!!)
 とはいえ、有馬の現在の役割はゲーデと接し、単独戦闘を行なう事ではない。学園内における敵部隊の配置・数を調べ、本隊に報せる事だ。熱くなる心情を抑えながら、敷地内を慎重に移動する。
 掌サイズに収めた簡単な見取り図に視線を送って、現状位置を確認。南東側から潜入した有馬にとって最寄りの建物は体育館である。
 遮蔽物になるものを見出すと、身を屈めて姿勢を低くした状態で小走りで駆ける。素早く駆け込むと、すぐに隠した。
( ―― ちっ! 憑魔が疼く …… 超常体が付近に居やがるッス!)
 暫く物陰に篭もって物音を立てずに我慢する。目を周囲に配り、耳をそばたてる。周囲の動きを探った。―― 微かに声が聞こえてきた。悲鳴に似た、だが非ざる甲高い声。発声源は …… 体育館。内側は厚いカーテンが掛けられており伺う事が出来ない。取っ掛かりを見出すと、壁を攀じ登って2階の窓へと向かった。2階の窓もまた厚いカーテンが布かれていたが、黒いビニールテープを張り付けて、音も立てずに割った。途端に、耳に障る女の嬌声が内側から聞こえる。カーテンを捲ると、有馬は息を飲み込んだ。
( ―― これは、何処のアダルトDVDエロ企画ッスか!)
 赤や黄、桃の彩色光が不規則に点滅する中、10代の少女達が裸身で絡み合っていた。悲鳴に似た声は彼女らの喘ぎ声。お互いの秘部を舐め合う、秘部と秘部をこすり合わせる、絡み合っていた舌と舌の間に、唾液の糸が引かれる。狂乱の宴に興じていたのは少女達だけでは無い。少女達に組み敷かれ、或いは逆に背後から少女を犯す下半身丸出しの男達。
( …… アレは連絡が途絶えた第883班の先輩達 )
 雄と雌の匂いが嗅覚を、嬌声が聴覚を、液に塗れて絡み合う肢体が視覚を、それぞれ刺激してくる。有馬もまた異常な興奮が下腹部から沸き上がってくるのを感じていた。早鐘の様に鳴り響き、動悸。顔が火照る。身体が熱くなる。下半身の一部が充血し、強張っていく。息が荒い、息が荒い ――。
 ふと近付く気配を感じて振り向いた。2階キャットウォーク上に、裸エプロンならぬ、裸サスペンダーという少女の姿が蠱惑的な笑みを浮かべていた。剣呑なBUDDYを構えてはいるが、そこがまた劣情を誘う。有馬は、その瑞々しい裸体を押さえ込んで熱き感情の迸りをぶちまけようと ……。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 有馬は憑魔を叩き起こすと、自らの乱れた氣を無理矢理にでも正調した。意識が正常に戻る。奥歯を噛み締めると、少女の顔前に拳を突き出した。
「 ―― 安心するッス。オレには女を殴る趣味は無いッスから」
 拳は寸止め。ただ、氣を当てて気絶せしめた。昏倒する少女を丁重に、横にする。完全侵蝕されておらず、未だ操られているだけの状態ならば助ける事が出来る。ただ少女がこの記憶を残しているならば、いっそ死んでしまいたいと思うかもしれないが。
 有馬の唇に、血が滲んだ。怒りを一層漲らせて、己のスコープで館内を再度見渡す。―― いた。ステージ上におそらく教官だろう成熟した女性を抱きかかえる燕尾服の小男 ―― ゲーデ。
「 ―― ぶっ殺すッス!」
 だが先ずは報告である。はやる心を必死に押さえると、背負っていた隊用携帯無線機から連絡を入れた。人数とゲーデの存在を報せる。
「 …… しかし10名程が確認されていないッス。おそらくは警備に当たっているモノと …… 」
『 ―― 判りました。有馬陸士は警戒しながら、監視を続行。但し危険と感じたら後方に撤退を …… 』
 だが第882班長からの命令に割り込む形で、
『 ―― 各班員に告ぐ。敵は体育館だ! 一網打尽のチャンスだ! 館内の者は既に完全侵蝕されている疑いが高い。抵抗するならば射殺せよ! 突撃!』
「ちょっと待てよ、おっさん!」
 功をたてようとした小隊長の突撃命令。有馬が声を荒げ、数人の班長もまた抗議の声を上げたが ―― 命令は命令。小隊は、学園の敷地内に侵入。体育館への突撃を敢行した。
『 ―― こうなったら仕方ありません。有馬陸士は突撃を支援。最悪、ゲーデを逃がさぬ様に』
「了解ッス! ―― 糞ったれ!」
 叩き付ける様に無線機を下ろすと、BUDDYを構えて2階からの狙撃を行なおうとした。スコープがゲーデを捉えるが、
「 ―― 笑いやがったッス!?」
 同時、グレネードから閃光手榴弾が投じられ、館内を爆音と衝撃が襲う。続いてドアを叩き破って部隊が突入した。が、2階からの銃撃が降り注がれて、突入した部隊員の前面が被弾。
「他にも忍んで居やがったッスか!?」
 だから計画を練れ、と。歯噛みしながら、銃口を向けるが、異変はそれだけではなかった。煙幕が張れた館内を再び激しい点滅光が彩る。彩色光を浴びた部隊員達が、突然、狂ったかの様に乱射。中には失禁して崩れ落ちる者もいた。その呆けた者達に対して、反撃の銃火が注がれる。焼けた薬莢が肌に当たるのにも構わずに裸身の少女達がBUDDYで出入り口へと斉射。自制に成功した幾人の突撃隊員もまたやむなく応射。裸身の少女達を銃弾から身を守る物は無く、5.56mmNATOが容赦無く柔肌を貫いていった。
「 ―― まさにサバトッス」
 最早この乱戦を御するには、ゲーデを直接打ち倒すしか無い。そう踏んだ有馬はゲーデに対してBUDDYで狙いをつけようとした。だがゲーデと絡み合っていた女性が盾になるかの様に射線を塞ぐ。
 意を決して、重い装備を置いて飛び降りた。巧みなフットワークで銃弾の雨を掻い潜ると、有馬はゲーデに肉薄。女性が前に立つが、
「 ―― すまないッス!」
 先ほど同じく氣を当てて失神させようとした。が、女性は同じく氣を張り巡らせると、有馬の拳を弾く。そのまま大きく回し蹴りのモーション。しかし、
「 ―― 蹴りは絶好の機会がくるまで、使っちゃ駄目ッス」
 有馬はスウェイでかわすと、軽やかな足捌きで背後に回り込む。女性の後頭部に掌を軽く押し当てて、
「 ―― おやすみなさいッス」
 氣を送り込んで昏倒させた。操氣系魔人ならば、すぐに回復してくるだろうが、完全に無力化させるまで相手をしている状況ではない。本命に向き直ると、激しい拳のラッシュ! だがゲーデはかわす素振りも見せず、当たるに任せる。
( まるで堅い鉄棒を殴っているみたいッス!)
 物凄く頑丈と聞くが、これほどとは。拳に氣を集中させて叩き込む有馬の猛攻に耐えた、ゲーデは何処からか杖を取り出すと、巧みに振り払ってくる。
( リーチの差が厳しいッス!)
 アウトボクシングでは、小男とはいえ杖を手にしたゲーデの方が有利だ。ならばインファイトに持ち込むのみ。
「 ―― ボクシングに蹴り技はあるッス! 何故なら、大地を蹴るスポーツだから!」
 氣を乗せた蹴りで床を踏むと、一気に跳躍して極至近距離に肉薄する。激しい光がゲーデから発せられて視界が奪われたが、勢いのままに、そしてゲーデの氣が発せられている中心部へと叩き込んだ。
 ―――――――――― ッッッ!!!
 声にならぬ大絶叫がゲーデから漏れた。視力が回復するに従って、嗚咽を吐くゲーデを確認。
「 …… 初めて効いたッスよ?」
 有馬の呟きに、ゲーデは憎悪の篭もった瞳で睨み付けてきた。―― 縦に細長く開かれた瞳孔。蛇のような冷たくも鋭い視線。…… 邪眼、凶眼。魔眼。
 一瞬ではあるが、恐怖に麻痺して有馬の肉体が金縛りにあった。すぐに氣力を漲らせて立ち直らせるが、ゲーデにはその一瞬で充分だった。鋭い杖の突きが、有馬の喉頭部に叩き込まれる。数m突き飛ばされ、受身も取れずに床へと落ちた。突き破られたかと思うほどの激しい咽喉の痛みに、噎せ返る。
 止めを刺そうとするゲーデから有馬を救ったのは、味方の放ったBUDDYの集中砲火。ゲーデは憎々しげな表情を浮かべたまま、激しい閃光を放つと、次の瞬間には操氣系魔人とともに掻き消えていた。
 体育館で饗宴を繰り広げていた少女達は、激しい銃撃戦の末、全員絶命。2階に忍んでいた数名には逃げられていたが、最初に有馬が気絶させていた少女だけが救出保護されたのはせめてもの救いか。果たして、その救いは誰にとってのものか ……。
『 ―― 逃げられただと! 馬鹿者、何をしていた! 懲罰者だぞ!』
 無線機から聞こえてくる小隊長の怒声。
「 ―― やかましいッス。黙れ、糞ったれ」
『 …… 何だと、今の発言は上官への侮辱だ。誰だ、告発してやるッ! …… 何をする、貴様ら!』
 無線機の向こうで誰かが暴れている音がしたが、
『 ―― 小隊長が錯乱した為、やむなく拘束した。…… 苦労をかけたな。スマン』
 代わって、第882班長の声が聞こえてきた。
『 ―― 現在、ゲーデ達が包囲網を突破した形跡は無い。学園内に潜んでいるのは間違い無い。引き続き …… 頼む』
 ―― Sir. Yes Sir.
 誰かが、そう呟き返した気がした。

 …… 体育館へと部隊が突撃を開始していた同じ頃。みゆは騒乱に乗じて、敷地内に侵入していた。目指すは部外秘とされていた、信女生徒女子寮。同じ敷地内にある聖心病院を改装した女子寮だ。
 V8で視界を確保するだけで無く、憑魔を活性化させて気配を探っていく。そして、ようやく1つの部屋に辿り着いた。室内からは感じられるのは今しも燃え尽きそうな命の灯火。慌てて、氣を乗せた拳で扉を破壊する。椅子やベッド、机が戸口を塞いでいた。そしてみゆの頬を銃弾がかする。BUDDYの乱射が注がれたが、用心の為に、防護の氣を張っていたみゆにはかすり傷のようなものだ。
「 ―― 大丈夫。あたしは敵じゃないよ。よく、これで頑張ったね」
 周囲がゲーデに襲われていく中での睡眠不足や飢え、渇き、そして不休の警戒。床の隅には汚物の異臭。劣悪な環境下で痩せこけ、精神的にも憔悴しきった2人の少女は、みゆの笑顔に緊張の糸が途切れ、その場に失神した。
 慌てて緊急医療セットを広げて、2人を介抱する。
「 ―― こちら、有坂二等陸士。要救助者を2名発見。保護をお願いします。場所は …… 」

*        *        *

 旧熊本信愛女学院の包囲は継続中であった。単体では強力なゲーデではあるものの、多勢に無勢という言葉がある。完全侵蝕されて肉奴隷と化したWACを含めても、その数は突入を受けて1個組(3〜5人)に減っている。信女校舎奥深くに篭城しているとはいえ、殲滅は時間の問題だった。
 ちなみに突撃を命じた小隊長は、ついに部下からも見放され、様々な問題点を告発された挙句、査問会に送られている。
「 …… とはいえ、決定打に欠けますね」
 紫が腕を組みながら頭を悩ます。SAM-2は無事に回収されたものの、結局、屋内が主戦場となりそうな現状ではコブラの出番は無い。レイセオンTOW対戦車ミサイルや70mmロケット弾は確かに圧倒的な火力をもたらすが、深奥に隠れ潜んでいるゲーデを確実に葬り去る事が出来るかは正直疑わしかった。ましてや周囲への被害が甚大となる。
「 …… 屋外に誘き出せれば、話は別なのですけど」
「有坂陸士の調査と、格闘戦距離で戦った有馬陸士の報告によると、ゲーデの正体はボディアーマーを着込んだ鉄人形に寄生している憑魔との事だ。拳大の蛇」
 熊本城警備部隊長が書類をめくりながら説明する。
「ゲーデは主能力として、祝祷系と操氣系を有している。氣で操ったボディを、眩惑で誤魔化しているそうだ。…… 幾ら弾を叩き込んでも平気な訳だな」
 重い溜め息を吐いた。
「 ―― 撃破するには、至近距離戦闘で心臓部にして頭脳たる憑魔核を見極めて直接撃破するか、圧倒的大火力で全てを焼き尽すしか無いが …… 」
「屋内に篭もっているゲーデに、外部からミサイルを叩き込んでも、確実に憑魔核を破壊出来たかどうか判りませんしね …… 」
「最悪 ―― 滅んだと見せ掛けて、こちらの警戒が薄れる迄、隠れ潜む可能性もあるからな」
 有効なのは、視覚情報に惑わされる事無く、憑魔核の位置を把握出来、更に至近距離から打撃を与えられる者。或いはゲーデの眩惑を打ち消す事が出来る者。
「とにかく包囲中の班長達とも相談し、有資格者の選抜に再突入方法、それに藤崎台球場跡の警備を考える必要があるだろう」
 そして不可解な表情を浮かべながら、
「健軍の西部方面総監部からは、可能な限りの人員や物資を20日迄に、熊本城内に運び込む様に言われているしな。…… 現状だけで手一杯だと言うのに、頭が痛い話だ」
「そう言えば、城の出入りが激しいですね。藤崎台球場跡警備の増援でも無いようですし。…… 何が?」
 解からんと言って警備部隊長は表情を難くしたままだった。結局、会議を一時中断し、紫は仮眠を取ろうとあてがわれている天幕に向かった。横になり、作業帽を目深に被って、アイマスク代わりにする。目蓋を閉じたところで、聴覚が外の騒ぎを聞きつけた。
「組長、た、たたっ大変です!」
「 ―― 敵!?」
「違います! 光が、光の柱が立ちました!」
 南西の彼方に、光の柱が立っていた。

 そして …… あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ―― 諸君』
 救出された信女生徒を見舞いするとともに、中の様子を聞き出していたみゆが顔を上げた。
『諸君』
 起き上がり(ツイスティングシットアップ)をしていた有馬は鍛錬を休めずに、ただ耳だけで傾注する。
『諸君 ―― 』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 仮眠をとろうとしていた紫が、目深に被っていた作業帽を上げた。
『 ―― 私は 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 96式装輪装甲車クーガーから降り立った男が、愛銃ニューナンブM60を収めたホルスターを叩く。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは ―― 』
 入れ替わる様に、クーガーに乗り込んでいく静花は表情変えずに放送を受け止める。
『 ―― 私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は …… 我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし ―― 』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ―― あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ―― 怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。―― 我は約束する! 戦いの末、“ ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 …… 聖約が、もたらされた ――。

 クーガーに搭乗中のWACは、視察窓の外を流れる風景を見ながら呟く。
「 ―― 七つの燭台の1つが灯った。“ 天獄の門 ”がもうすぐ開かれ、裁きの神軍(かみついくさ)が光臨しようとする ―― 日は落ち、黙示録の戦いが起こるわ」
 両手を組んで、伸びをする。
「とはいえ、今は藤崎八旛の九州結界を誰が手にするか、ね。…… 日ノ本の天神地祇が封じられているから力は熊本市限定として弱まっているとはいえ、天獄のモノや大魔王、そしてヴォドゥに奪われる訳にもいかない」
 手櫛で髪を梳きながら考え込んでいたが、
「まぁいいか。―― 任せたわよ、みゆみゆ」
 微笑みを浮かべた。

 
■選択肢
Ch−01)信愛女学院攻略戦
Ch−02)熊本城拠点の防衛
Cp−01)朱鷺子に呼応して叛乱決起
Cp−02)“ 主 ”に熊本城を捧げる
Cg−01)“ 力 ”を求めてゲーデのもとに
Cg−02)脱走して独自に行動


■作戦上の注意
 本作戦において、敵・超常体との交戦は、強制侵蝕される危険性もあるので注意する事。
 6月中旬まで藤崎台球場跡にある“ 鎮護結界 ”の要を護り通せなければ、熊本ひいては九州島は超常体によって征圧、人類側拠点・駐屯地等は全て陥落されると考えてもらって構わない。
 ただし阿蘇の健磐龍命が封印から解放された場合、また話が違ってくるが ……。
 なお維持部隊に不信感を抱き、天草叛乱部隊改め、神杖軍に呼応する場合はCp選択肢を。ヴォドゥ(※ゲーデといったブードゥー教や、阿弗利加土着の精霊神への呼称)に協力するか、或いは人間社会を離れて独自に行動したい場合はCg選択肢を。
 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


Back