第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其肆


E2『 コンタクト 』

 見上げれば、戦闘機が2機、細長い雲を連れ立って青空を駆け抜けて行くのが目に映るだろう。
 単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスは、西部方面航空隊所属の 神山・麗華(かみやま・れいか)准陸尉(ともう1人)の愛機と知られていた。だが、
「試験運用小隊・第89組ですか ―― 今まで要請しても認可されなかった配備が通った、というのはどういう事でしょうかね? 後方を安定させる意図があるのか、それとも前線配置への予兆なのか …… ?」
 操縦席で独りごちる。
 神山の陳情の末、ついに神州結界維持部隊航空科内に垂直離着陸機(STOL)を集中配備した試験運用小隊が設立された。おそらくは神州各地の方面隊内でも同様の部隊が設立されてきているのだろう。
「もっとも …… やはり航空支援火器の主力は、コブラなのでしょうけどね」
 苦笑しつつ、風防の外に広がる光景と、レーダーの様子に目配りをする。東町熊本空港地区(熊本市と菊池、益城の3戦区が隣接する) ―― 高遊原の西部方面航空隊並びに第8飛行隊基地より飛び上がったハリアーIIプラスは、東の空に向かっていた。
「これより菊池、上益城、続いて臼杵戦区(※阿蘇戦区の南東、宮崎県側)の航空偵察を行なう」
『管制よりハチキュウ(仮)リーダーへ。了解。無事な帰還を祈る ―― Good Luck!』
 九州の山々を俯瞰する。遥か下を、低位下級の鳥類超常体ホラワカが群れをなして飛んでいるが、現状において数は駆除を必要とするほどではない。
 とはいえ、その数を一定量に抑えるべく警戒は大事であろう。
「僚機に通達 ―― 私達はこれからホラワカの群れを上空より追跡します。―― これに限らず我々の役割は地味ではありますが、常日頃からこの地域の状況を安定させる事で、各方面の地上部隊に、特に現在は人吉方面に展開している部隊に、悪影響を与えないという事に繋がります」
『 ―― 了解!』
 僚機からの返事。しかし神山は、
( まぁ、事実、そうではありますけど、やはり阿蘇特別戦区に直接介入する機会を虎視眈々と狙ったり、また地上部隊の隠密潜入が邪魔されぬように見張りを兼ねたりする意味もあるわけでして …… )
 内心で冷笑を浮かべていた。
( このホラワカの群れが阿蘇特別戦区に巣を作っているのならば、それこそ大義名分も立つんですけどね )
 心の内を秘めたまま、ハリアーIIプラスは九州の空を舞うのだった。

 豊岡にある元演習場 ―― 現・熊本北部域(荒尾、山鹿、、菊池、合志の4戦区)警戒部隊の主用駐屯地。
 陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長率いる神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団・第42普通科連隊第811班の面々は、89式5.56mm小銃BUDDYを普通分解で手入れをしていた。
 だが、その実は …… こっそり秘密の相談を行なっていた。
「 …… と言う訳で、阿蘇神社の事を少し調べてみたんですが …… って、バネが飛んだー!」
 喋りながら、複座ばね軸部の取り外し作業をしていた副班長の 瀬織津・佐須良(せおりつ・さすら)陸士長だったが、押さえが足らなかったのか、バネは後方に飛んでいった。
「あーん。バネはどこー!?」
「ていうか、普通分解作業時ぐらい、マスク外せ!」
 自らの憑魔を怖れる佐須良は、素手で人に触るのはおろか、息がかかるのも怖がって、人が近くにいる時は、手袋やマスクを外さない。
 しかし、そんな視界が悪く、また指先の感覚が鈍い状況で、拳銃や小銃の分解作業等は困難を極める。
「89Rならばともかく、お前の拳銃と機関拳銃は、特注品なんだからな。分解作業は手伝えんぞ?」
 呆れたような陣内の声の調子に、佐須良はマスクの内側で眉毛を更に八の字にして、泣きそうな顔をしていた。先ずは何よりも、飛んで行ったバネを見付け出さないとぉー!
「 …… これかね?」
「ああ、そうです、それです! 蘇芳准尉、ありがとうございます!」
「また来たのか …… 蘇芳先輩」
 バネを見付け出した 蘇芳・茜(すおう・あかね)准陸尉に、佐須良は頭を下げながら敬礼する。
「ああ、感謝の意を示してくれるのは嬉しいが、敬礼するか頭を下げるか、どちらかにしてくれ」
 蘇芳はサングラスの奥で苦笑の色を湛える。そして顎に手をやると、
「ふむ。…… 瀬織津士長はドジッ娘属性もあるのか。何とも …… 妖婦だなっ! そうやって無意識ながらも、オレの茂道を誘惑するのか! だが! 茂道の心身は渡さんぞ! アレはオレの ―― ぶっ!」
 顔を真っ赤にした陣内が拳を固めて、蘇芳の後頭部を激しく打撃。その衝撃で蘇芳は顔面から床に突っ伏した。
「 …… ふっふっふ。茂道。時に、愛は激しくて痛いモノだな? だが、それもいい」
 さらに追い討ちで踏ん付けようかと逡巡していたようだが、陣内は溜め息を吐くと、
「あー。蘇芳先輩の戯言は無視して。…… 瀬織津、バネを確保したら、調べた事の続きを話せ」
「 ―― イエッサー、イエッサー、イエッサー」
 壊れたレコーダの様に繰り返してから、佐須良はマスク越しではあるが、大きく息を吸って、気を取り戻す。―― 大丈夫、自分は未だマトモだ。
「えぇと。―― 阿蘇神社の一宮は、健磐龍命[たけいわたつのみこと]という阿蘇火口にある巨石が社である神様で、白川・黒川の水源の水神でもある …… らしいです」
 健磐龍命は、神武天皇の孫に当たり、阿蘇の国造りの神とされている。阿蘇外輪山を蹴飛ばし、カルデラ湖の水を廃す事で肥沃な農地を生み出したという。活火山の顕現と言われるが、また水を制御した逸話より水の神としての霊力も付与された。
「私は、メッセージの主は健磐龍命ではないかと推測します」
 佐須良の言葉に、陣内と蘇芳は顔を見合わせると、
「しかし健磐龍命だとしても、どうする? 一方的にメッセージを送ってきただけで、俺達としては、未だ情報が足りないと言うしかない。第一、日本古来の神霊 ―― 超常体が、すなわち味方とも限らん」
「それを協議したいと …… 」
 佐須良は自分の考えと計画を説明。陣内は腕を組んで頷くと、
「解かった。瀬織津の試したいようにやってみろ。俺達も全力で支援する ―― と言いたいところだが、下手に俺達が支援するよりも、単独行動して貰った方が確実性が増すな」
 苦笑した。それから頭を掻くと、
「そして俺の方から尋ねたい事は特にないな。他の奴は何かあるかー?」
 周囲の班員達も暫く考え込んでいたが、
「えーと、恋人が欲しいんですが、これから先、何か素敵な出会いはあるでしょうか?」
「もうちょっと強くなりたいです」
「ぼ、ぼぼ …… 僕は、瀬織津先輩とお付き合いしてもらいたく! 何を贈れば落とせるでしょうか」
「えー!? 佐須良お姉様はアタシのものよー」
「あー。本官だったら需品科の 栗木 士長だなぁ」
「ふっ。女のどこがいい? やはり兄貴 …… 」
 騒ぎ出す班員達だが、陣内は一蹴。
「馬鹿たれ、それは質問でなくて、ただの願望というか欲望だ。あと、どさくさ紛れに、デートの申し込みとか、あとワケワカラン事とか喋るんじゃねぇ」
 マスクの内で顔を真っ赤にして、佐須良も笑うしかない。蘇芳は蘇芳で、瞑目したまま無言。
「とりあえず、俺が敢えて尋ねるなら …… 『敵か味方か?』だな」
「 …… 誰にとっての『敵か味方か?』ですか?」
「当然 “ 日本人 ” にとってだ」
 佐須良の問いに、陣内は即答する。
「ちなみに、俺にとって駐日外国軍は全て敵だ。駐日阿軍(※駐日アフリカ連合軍)に留まらずな」
「 ―― 了解致しました」
 頷く佐須良。そんな彼女に、今まで黙っていた蘇芳が重々しく口を開いた。
「健磐龍命は、阿蘇火口にある巨石が社と言っていたな …… 」
「は、はい。そうですが」
「そうか ……。何、気にするな。ちょっとな。こちらの事だ。ふふふ …… 」
 サングラスに隠された蘇芳の瞳に力が宿り、知らずに口元に笑みが張りついていた。

*        *        *

 新月も近い上に、厚い雲が空を覆って、鼻も摘まめるような闇に山々は包まれていた。
 その暗い山道をライトも点けずに疾駆する、カワサキKLX250偵察用オートバイ『烈風号』。騎乗する佐須良の顔には、いつもの防護マスクでは無く、代わりに単眼レンズの暗視装置PN/VIS-7をしっかりと被っていた。
 緑一色のモノクロ画像だが、闇夜の中を走り抜けるのに無いよりはマシだ。点灯すれば、付近の駐日阿軍に気付かれる心配がある。
 遠くでは、神山試用小隊が果敢にも夜間航空偵察を行なっている音が断続的に響いてくる。上空に気を取られているからこそ、地上を走るバイクの物音がおろそかになるだろう。たぶん、きっと。そうだといい。
「 …… 予報通り、明日は雨が降るかな?」
 露出した肌に当たる風に湿ったモノを感じ取り、佐須良は思わず呟く。
 視界が制限されれば、別の感覚が冴えてくる。触感は空気の湿度と温度、そして路面の起伏から来る振動を。嗅覚は、獣と深緑の臭いを。そして、聴覚は ……。
「あ、川の音」
 熊本高森線(県道28号線)より阿蘇特別戦区に再び潜入し、竹崎から外れて白水へと向かう。目指すは、白川の水源 ―― 白川吉見神社。
 白川吉見神社は阿蘇神社の末社として、古代より水源の守護神として尊崇されていた。境内の中央から涌水する大泉流こそが白川の水源。今なお清冽な清水が、地底の砂を舞い上げながら、一緒に毎分60トンの勢いで湧き出していた。奉り神は、水神国龍大明神・罔象女命[みずはのめのみこと]とも言われている。
 暗視装置を外すと、闇に白い肌と八の字眉が浮かび上がる。烈風号の収納庫から愛用のカップを取り出して、水を汲んでみた。口に含む。
「 ―― 美味しいっ!」
 でも憑魔活性による反応は無い。外れか?
 大きく溜め息を吐いた。だが久し振りに美味しい水を飲めただけでも幸せなのかも知れない。苦笑しながら、お土産として湧水を汲んでいこうかと水筒を取り出す。
 ―― 手が滑った。
「うわ、このままだと、私、ドジっ娘属性確定!?」
 落ちていく水筒に、思わず手で追い掛ける。
「しまった、水が腐っちゃう!」
 更に気が動転して、既に手袋は湖面に着き、続いて頭から湖に顔を突っ込んでしまった。
 そして ―― 痛みと衝撃が走った。
 憑魔活性化による痛みと衝撃。湖面がざわめく。佐須良とは別の動き。
 何も無い点からウォータークラウンが生まれ、波紋が広がり、湧水湖を満たし、
「 ―― ッ!」
 湧き水が、噴水と変わったのだ。
 噴き上がる水は流水となり、水流は龍蛇となり、そして女性の立像を作り上げる。
『未だ此の社が活きており、しかも交神を望む者が居ようとは …… 』
「あなたは …… 」
『妾(わらわ)は、弥都波能売[みづはのめ]。水の清き流れを司りしモノ。よしなに』
 女性像は微笑んでみせた。

 同時刻。
 白川沿いに溯り、旧南阿蘇鉄道の線路の砂利を踏み締める。
「 ―― おい、蘇芳先輩」
「しぃぃっ。 …… 黙ってオレに付いて来い、茂道。オレが良い処に連れて行ってやる。色んな意味で」
 唇の端を歪めて笑みを浮かべる蘇芳に、いや、だからこそ不安を隠し切れない陣内。
「色んな意味でって、確か同じ事を数年前にも聞いたような。そして男性ストリップ劇場に …… 」
「アレはアレで、楽しかったろう?」
「待てっぃ」
 ちなみに男性ストリップ劇場というが、実際はそんなモノは営業されていない。ただ、女性幹部の一部が部下の男性隊員に命じて宴会芸を強要させたのが始まりだと言う。それ以来、ストレス解消に利用されているとかいないとか。
「 ……風紀が乱れてやがるなぁ ―― って、そうじゃなくて、そういう話ならば、俺は帰るぞ」
「待て。真面目な話だ。―― 瀬織津士長の話によれば、健磐龍命は阿蘇山噴火口にある巨石が社と言っていたな」
「ああ。だが警戒が厳重ゆえに、瀬織津は白川水源でのコンタクトを試みている」
「うむ。だが、本命がそこにあると言うならば、敢えて挑戦するのも手ではないか。無理・無茶・無謀の三無主義でも」
「本当に無計画だからなぁ …… 」
「何せ、『鍵』――健磐龍命がどんなモンかも解からないが、どうも『鍵』はこっちに話しかけてくるみてぇだから、近付いたら何かしら解かるとは思う」
「む。理に適っているんだか、適っていないんだか」
 首を捻りながら夜道沿いの繁みを掻き分けて行く。
「新月も近い夜。おまけに予報の通り、明日の雨天の前兆として厚い雲が空を覆い、隠密行動するのには最適だ。そして灯台下暗し。敢えて警戒厳重な阿蘇東急ゴルフクラブ跡地を経て、草千里浜栃木線(県道299号線)を登り、噴火口を目指す。灯台下暗しと言うわけだよ」
 闇の中で笑う蘇芳。眉間に皺を寄せながら、唸る陣内。男2人が闇夜を進む。
 阿蘇東急ゴルフクラブ跡地に駐在している駐日阿軍の灯りが遠目にも見えてきた。
 口に咥えたペンライトで一瞬だけ照らし、両手で広げた地図を確認。
 その時、地図上にある文字を見付けて、蘇芳の目が猛禽の様に鋭くなった。
「 ―― いや、でも待てよ」
「何がどうした、蘇芳先輩」
「 …… そうだ、茂道。オマエの中に隠れているかもしれないから、取り敢えず脱げ」
「 ―― はぁっ!?」
「鍵だ、鍵! オマエの中にこそ、この事件の謎を明かす鍵があると、オレの野生の勘が告げている! いゃ、脱いだだけじゃ判らないな。奥の奥まで探ってみねぇと ……!」
「何をとち狂ってやがるぅぅーッッ!」
 鼻息荒くして襲い掛かっていく蘇芳に対して、陣内はマジ殺す気モードで構えてきた。
「幸いにして、このまま南阿蘇鉄道の線路を進むと、戸下トンネルだっ! 大丈夫! 誰にも見られない」
「何が大丈夫だー!って先輩、ヤバイヤバイって」
「もちろんヤバイとも。オレの、オマエに対する激情は既にレッドゾーンを突っ走っている。もう憑魔も活性化するほどに! …… ってぇぇー?!」
 憑魔活性化による痛みと衝撃が、陣内と蘇芳を襲う。陽光が差し込まず、視界を妨げ、また雨露を凌げるトンネル内は、超常体にとっても最適な寝床である。
 つまり ……。
「アナンシの大群だー!」
「ふむ。どうやら営巣近くではしゃいでいた様だな」
 勿論、この騒ぎを目と鼻の先の駐日阿軍が聞き付けない訳は無い。
 陣内はBUDDYを構えると、
「ここまで来たら、特攻しかねぇ!」
 ―― 戦闘状態に陥った。

*        *        *

 第811班から緊急連絡が入ったのは、日付が変わる深夜の事であった。
「 ―― 陣内曹長と蘇芳准尉が脱け出したですって?」
 陽動を兼ねた神山試用小隊が、益城から菊池へと、阿蘇特別戦区の周辺空域を探索。当然、長陽の駐日阿軍が動き出した事を察知した。
「何しているんですか、あの人達は?」
 支援に向かおうにも、阿蘇への進入許可は下りていない。周辺空域を右往左往しているとき、
「 ―― ッ!」
 憑魔活性化が起こった。ハリアーIIプラスの操縦席内で活性化が起きるのはそうは無い。今までも高位にある超常体の接近を感知した時だけだ。
「何が …… ?」
 瞬間。厚い雲から雷光が一閃。稲妻は光の槍となって、真っ直ぐに突き下ろされていった。その見えない衝撃がハリアーIIにも襲った。
 雷鳴が轟く中で、視界 ―― レーダーが奪われた。
 電子機器が全てイカレてしまっている。
 風防の外、僚機が混乱をしている感じが見て取れた。
 神山は舌を打つと、非常灯をもって原始的な発光信号を送る。操縦桿を握って高遊原への帰還を先導した。
「皆、無事で ―― 」
 祈るしか出来ない。風防を雨が叩き始めた。

 同時刻。
 既にBUDDYも、9mm拳銃SIG SAUER P220も弾を撃ち果たして、蘇芳と陣内は敵中で悪戦苦闘していた。
 近距離では追いすがろうとするアナンシの群れ。長い肢による素早い動きと、毒性のある牙で噛み付いて来る。営巣近くでの戦闘故に数も多い。
 遠距離からは、AK-47(アブトマット・カラシニコバ1947年型)突撃銃が火を吹き、アナンシ諸共に狙ってきている。さらには、
「うわっ! 砲塔部が旋回してきやがった!」
「落ち着け、陣内! 冷静にな」
「ああ了解だ、先輩。って、アンタが言うな!」
 駐日阿軍のTA-54戦車が100mmD-10旋条砲を向けて、戦車砲弾を撃ち放ってくる。
「アイツ等、判って、やってきてるんだろうな」
「一応、オレ達は阿蘇特別戦区内にはいないからな。正体不明の超常体といった扱いだろうか」
「ようし。それなら超常体らしく、暴れてやるぜ。壊滅させてやるからな!」
「おお、その意気だ。流石はオレの陣内。惚れ直してしまうぞ」
「ふっふっふ。先ずは、手始めに …… 蘇芳先輩。お前を、コ・ロ・ス!」
「はっはっは。お茶目だなぁ、陣内は」
 軽口を叩き合いながらも、連携して群がるアナンシを屠っていく。
 既に2人とも半身異化状態に移行していた。
 陣内の身体能力が更に増強され、その打拳はアナンシを軽々と叩き潰す。蘇芳の肉体は異形化し、その爪は山刀のように分厚い刃物となってアナンシを断ち割っていった。
 だが流石に、飛んで来る銃弾や砲弾を掻い潜りながらの戦闘は、疲労が激しい。
 アナンシの爪がついに陣内の肩に突き刺さる。反撃でその一匹を蹴り殺したが、突き刺さった爪を抜く力は無い。
「これまでか …… 退くぞ、陣内」
 サングラスを棄てて、負傷した陣内を背負う。四つん這いになると、蘇芳は筋肉を盛り上げた。
 咆哮を上げる。
 一匹の獣と化した蘇芳は、陣内を背負いながら、砂利を鳴らして西へと駆け出した。

 そして時は少し溯る。
 佐須良は白川吉見神社跡で、噴水で作り上げられた女性の立像と相対していた。
「 …… 弥都波能売? 健磐龍命ではいらっしゃらないのですか?」
『健磐龍もまた此の社より子等と交わっていた様ですね』
「此の社は一体? あなた様はこの社に封じらていたのですか?」
 いいえ、と立像は首を振る。
『妾も今なお封じられたままですが、そもそも水と風は太古より情報を媒介する流れ。限定的ではありますが、その力は封じられた身でも使う事が出来ます。―― そして此の社は、汝の言葉を借りて解かり易く言うならば、情報端末と言ったところでしょうか。此の水面が “ もにたぁ ” となり、今の妾は言うならば “ ほろぐらふ ” のようなものです』
「つまり …… 弥都波能売様御自身は封じられて直接動けないけど、ホストサーバーとしては健在しており、水流というネットワーク機能を使用して、社殿といったコンピュータ端末から情報を引き出したりする手助けけが出来るというわけですか?」
 何だか、神という存在が身近に感じられてしまう。
 この世界において、霊や魂の存在は未だ肯定されていない。そして超常体のように、如何に力ある存在と雖も、構造や形態は異なるが肉体組織を持つ物理的な存在でしかないのだ。
 つまり日本古来の神々もまた同様なものだというならば ――。神とは、超常体とは、そしてこの世界とはそもそも何なのだろう?
 そんな疑念が浮かんだ佐須良に構わず、立像は言葉を続ける。
『その理解で間違っていません。そして妾の助けをもってすれば、封じられている健磐龍の意識とも交信出来ましょう。如何致しますか?』
「交信出来るのですね?」
『今迄も、隙あらば外に向けて信号を送っていたようですし』
「 ―― 隙って?」
『妾達を封じ、監視する異邦のモノども …… 』
 言葉の途中で立像が歪んだ。噴き上げる水は、女性の形から、無軌道な流れとなった。おそらくは龍を模っているのだろう。
『 ―― 我を解放せよ。異邦の神の戒めから、呪縛から、我を解き放て』
 いつかの声が響く。阿蘇高森神社跡で聞いた声。
「 ―― 健磐龍命」
 佐須良は我知らずに拳の形にすると、掌は汗を掻いていた。
「私は、神州結界維持部隊 ―― 日本国陸上自衛隊西部方面隊第8師団・第42普通科連隊所属、第811班副長・瀬織津佐須良陸士長であります! 貴殿は健磐龍命殿下でありますか?」
『 ―― 然り。我が愛しき、瑞穂(※日本の美称)の子よ。このような形であれ、我は、汝と交われる事に感謝する』
「殿下は解放を望まれておりますが、私は事の詳細を把握しておりません。宜しければ、お話を伺いたい」
『 ―― 裏切りだ。頃は季節が二十程巡る前に、異邦の神と、それに従う愚か者どもにたばかわれて、我等は封じられた。此の瑞穂を彼奴等の陣取り合戦の遊戯盤にするのに、我等の抵抗が邪魔だったのだろう』
「 ―― 遊戯盤?」
『知らぬのか。此の瑞穂は、地美(※地球、世界の美称。出典は宮下文献、武内文献等)と通ずる。瑞穂を治めるモノが、地美を制する』
 ―― 神州世界対応論。
「ちょっと待って下さい。つまり、それは ―― 」
 だが佐須良の疑問の声に応えずに、揺らぐ水流は言葉を続けるのみ。
『我の望みは異邦の神、精霊(すだま)、獣を、此の地より追い払う事。其の為に、我を解放せよ』
「具体的に言いますと!」
『 ―― 阿蘇火口の巨石。其れこそが我が身であり、我を封ずる要。解放されし我は、先ずは此の地を我が物顔で居座る異邦のモノどもを全て灼き払おうぞ』
「えぇと、それは …… 」
「 ―― 残念だが、それは困る」
 男の声が、佐須良の後ろから聞こえてきた。
 そして、一条の閃光が天より落ち、湧水湖を吹き飛ばした。雷鳴が轟き、佐須良の目と耳を麻痺させる。
 男が何か言っているが、麻痺している耳には聞きとり辛い。代わりに佐須良は素早く烈風号に駆け寄り、
「 ――ッ!」
 SMG(短機関銃)を手探りで掴み取ると、問答無用で乱射する。
 ファブリック・ナショナルP90。ベルギーのFNハースタル社が開発したこのSMGの最大の特徴は、5.7mm×28という特殊弾薬を使用する点にある。貫通能力に優れ、且つ、貫通後に跳弾となると急速に威力を失う性質を持つ。また、ブルパップ・タイプで設計され、また独特の給弾機能を持つプラスティック製弾倉が、機関部上面に本体と平行に設定されている。おまけにダットサイトが標準装備。
 視界状況が困難な為に、ダットサイトを利用しての射撃が出来なかったが、最初の声の方向から当たりを付けて弾幕で薙ぎ払う。次第に麻痺していた感覚を取り戻して来た。
 稲妻が呼び水となったのか、雨滴が肌を叩いた。次第に激しくなってくる。
「 ―― ちぃっ。格好付けずにカラシニコフを装備してくれば良かったぜ!」
 駐日阿軍の制服を着用した黒人兵士。帯電しているのか、その身体がときおり発光する。雷電魔人か! 手に構えているのは両刃の斧。
アドゥロ・オンジ[―・―]め、ジンナイの動きに気を取られて、ここまでの接近を許しやがって。オグン[―]が気を効かせてなかったら、とんでもない事になっていたぜ」
 喋っている間に、素早く弾倉交換して、容赦無く佐須良はハースタルで掃射。悲鳴に似た奇声を上げると黒人は斧を突き出して、
「斥力効果ぁー!」
「う、うそー!」
 磁力を操ったのか、鉛弾は全て逸れていった。
「俺様は シャンゴ[―]。ヨルバ族の英雄。階級は大尉という事になっているらしい! 貴様も名乗れ!」
「誰が名乗りますか!」
 佐須良は怒声で返す。毎分900発の速度を誇るハースタルだが、命中しなければ意味が無い。
 弾が尽きるまで磁力の障壁を張っていたシャンゴだったが、ついに斧を振りかざして接近してきた。
 とっさにハースタルを投げ捨て、脇差を抜く。波紋は三本杉。兼定の脇差。
「その小刀で、斧を受け止められるかよ!」
 振り下ろされる斧を、だが佐須良は当然ながらマトモに受け止めようとしない。とはいえ、勢いに圧倒されて後方へ真っ直ぐに逃げればたちまち追い詰められてしまう。だから、
「下がらずに前へ!」
 素早い体さばきでかいぐくって見せた。振り切った腕を再び振り上げようとした瞬間に、左手で腕を抑えての組打ち。脇差しを右逆手に構えて肩口を狙う。
 部隊の徒手格闘術とも異なる、佐須良の体術は神道精武流。―― 会津五流と総称される剣術流派の一つ。流祖は戦国時代の武将、小笠原城之助長政。彼は特に柔術に優れ、甲胄を着けての組打ちの技である「体用柔徳術」を編み出した。剣技としては小太刀を主に扱い、豪快な剣風と俊敏的確な太刀筋を誇ったという。一方では他の剣術と異なり、素手での格闘義をも盛り込み、また手裏剣の撃ち方も併せて教授している。
 だが斧を刹那で放したシャンゴは、脇差しを避けると同時に回し蹴りを放ってきた。
 佐須良も慌てて引き下がる。
 ―― 睨み合う両者。
 雨音はなお一層激しくなり、89式鉄帽の縁から滴り落ちて行く。時折、シャンゴの身体から放電されて爆ぜる音が響いていた。
 息を吸う。息を吐く。4月も下旬とはいえ、阿蘇の夜気は寒い。両者の吐く息と、身体から沸き立つ汗が白い煙となって、辺りに溶け込んでいく。
 雷鳴が轟いた。
 ―― 瞬間、両者ともに動いた。シャンゴの左手から放たれた電撃を脇差に絡めて更に踏み出す。衝撃が右腕に激しい痛みを与えるが、絶縁性の手袋が痺れそのものを緩和してくれている。
 そして左手は素早く抜いたグロック34が握られていた。体術を組み合わせての極接近距離からの連射 ―― 如何に斥力の障壁を張っても逃れられまい!
 獲った ―― !
 だが向けたグロックは、激しい衝撃で打ち払われた。シャンゴの右手は磁力で引き寄せられた斧を掴んでいる。振り上げる動作で、グロックを打ち払ったのだ。
「あばよ、女!」
 振り下ろされる斧。払い飛ばされたグロック。衝撃で左手の感覚は無い。だから、とっさに右手を前に突き出した。電撃をまとった脇差は毀れ落ちている。右の掌底が振り下ろされる斧の真下に ……
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
「お、俺様の、俺様の斧の刃を掴んで止めただと!」
 掌底に触れた刃は瞬時にして錆びて毀れた。それでも勢いを受けて、右手の骨が砕けたが、斧はそこで止まった。
「に、逃げて …… 」
「は? そうか、もしかして、貴様!」
「いいから、早く! 逃げて下さい! 私の憑魔が呪いを撒き散らす前に!」
 震える左手で、右腕を押さえにかかる。既に右手袋が腐食し、崩れ落ちていた。
「呪言系が相手ならば、遠距離からの放電攻撃しかあるまいが …… ここは見逃してやろう」
 シャンゴは鼻で笑うと退いてくれた。おまけに。
「どうでもいいが、殺し合いをしていた相手に『逃げろ』も無いもんだが。―― だが封印は解かせん。覚えておけ。俺の他にもオグンがいるからな」
 雨の中に消えていった。
 憑魔を必死になって鎮めていく。気力を使い果たして崩れ落ちてしまいたい処だが、敵地で意識を失っては駄目だ。
 奥歯を噛み締めると烈風号にまたがり、佐須良は山道を駆け下りていった。

*        *        *

 豊岡の元演習場。
 居残っていた他の班員達のアリバイ工作が効いたのか、直接にお咎めは無かった。駐日阿軍兵士に顔を目撃されたはずの佐須良にしても表立っての動きは無い。
「 ―― おそらくはそれほど核心を突いてしまったと言う事でしょうね」
 報告書をめくりながら、神山が私見を述べる。報告書と言っても公式的なモノで無く、事件に関わっている者だけの私的なレポートである。
「しかし健磐龍命を解放するには噴火口まで進入しないといけません。アドゥロ・オンジ少佐が指揮する駐日阿軍のみならず、シャンゴ大尉や、あとオグンという強者がいるそうです」
「戦力が足りん。―― こら、大人しく治療を受けろ」
 遠慮する佐須良だったが、蘇芳が睨み付けながら無理矢理、右掌の治療を施していく。
「まぁ、解放さえしてしまえば、あとは健磐龍命が敵を灼き払ってくれるのだろう?」
「灼き払う …… って、もしかしたら駐日阿軍全ての命を奪うつもりかも知れませんよ。そこまでしてほしいという気はありません」
 佐須良の抗議に、神山は目を細めた。
「ですが侵略を受け、しかも封じられた身としては、それぐらいの恨みは抱くものでしょう。…… ん?」
 小首を傾げる。疑問の呟きに、一同の注目が神山に集まった。
「どうかされましたか?」
「 …… 復讐されると判り切っている事をしでかしながら、何故、彼等は殺すので無く、封じるだけに止めたのでしょうか」
「 ―― 日本の神霊を殺す事は、日本そのものを壊すから、とか」
 腕を組みながら蘇芳も呟いた。
 確かに、日本八百万の神は、それぞれの事象を司ると言われている。それは、神々が事象そのものだからであり、すなわち事象を殺せば神も死ぬし、神を殺せば逆も真なりと言ったところだろうか?
 だが弥都波能売や健磐龍命の言葉を思い浮かべるに、彼等は事象そのものに直結しているわけではないのではないか? それでは何を …… ?
 思い悩む佐須良だったが、神山としても別の事で頭を悩ませていた。
 事件の鍵は阿蘇特別戦区の奥深く。如何にハリアーIIプラスの戦力が大きくとも、表立って手助けは出来ない。必要なのは、ともに潜入し、ともに戦える力なのだ。自分の出番は、ここまでしかないのか?
 2人の唸り声が、場を重くする。
 蘇芳は周囲を見渡し、
「そう言えば、オレの陣内は何処に行った? アイツの怪我の治療も施してやらんといかんのに」
「 ―― って誰が、アンタのだ、アンタの?」
 陣内が呆れ顔で入室してきた。何やら分厚い書類を抱えている。
「陣内。如何に処置を素早く施していても、無理は禁物だ。安静にしていろ。そうだ、包帯を取り替えなければならんな。ささ、服を脱いで横になれ。疲れた身体も揉み解してやらんとな」
 笑う蘇芳に、陣内は天井を仰いで無言。
「さて、それはともかく」
 陣内の言葉に、佐須良は相槌を打って先を促す。
「残念な報せがある。明日早朝0500をもって、俺達の第811班は、天草鎮圧部隊に転戦する事が命じられた。つまり、これからの班を上げての阿蘇への介入は事実上不可能になった」
 緊張が走る。
「一応、上からの達しによると、天草戦区の状況悪化による増援となっている。実際、鎮圧部隊指揮官の第42普通科連隊長・倉石 一佐が暗殺されたし。…… とは言え、俺達の活動の封じ込めというのが、大きいだろうがな」
 ちなみに人吉方面は、えびのの第24普通科連隊との合流を果たし、また現場の奮戦もあって、良好とまでは言えないが、天草ほど苦戦しているわけではないらしい。
「ここまで来て、転戦ですか …… 」
 いつものマスク越しながら、佐須良が顔を青褪めているだろう事は、神山にも窺い知れた。陣内は、そんな佐須良の肩を手にした書類で叩いて、
「で、だ。俺と第811班の天草転戦は懲罰の意味もあって、ほぼ強制だが、それでも瀬織津が阿蘇に関わって行きたいと言うのならば、止めはしない。この書類に署名しろ」
「 ―― 転属願い?」
 面を上げた。視線の先、陣内は頭を掻きながら、
「俺の知合いで、話の判る奴の所属下に異動してもらう。また、お前が望むならば独立した部隊を立ち上げる事も出来るだろう。それだけの階級と功績はあるはずだ。…… あとは、お前個人が持っているコネなぁ」
「武器科の 静花[しずか]さんですか?」
「俺も初めて知ったし、しかも詳しくは判らんが、あの女は相当の大物らしい。維持部隊の暗部に、かなりの人脈と影響を持っているとか。助けを請えば、表面上に出ない限りは多少の失敗は有耶無耶にしてもらえるかも知れんぞ」
 上部で無く、暗部というところが、妙に説得力というか、怖いものとかがあった。
 思わず沈黙する佐須良。
 そんな佐須良を尻目にして、陣内は拳を打ち合わせると、
「さて、お前達。天草への準備を進めろ。とりあえずは宇土拠点に出没している叛乱者どもを見付け出しては叩き潰すのが役割らしいが」
 ―― Sir. Yes, Sir!
 班員達が装備を整える為に動き出す。
 陣内は、神山に向き直ると敬礼。
「今まで世話になった。感謝している。縁があれば、また会おう」

■選択肢
E−01)阿蘇特別戦区に潜入し、一の宮へ
E−02)阿蘇特別戦区に潜入し、噴火口へ
E−03)阿蘇特別戦区に潜入し、その他探索
E−04)駐日阿軍キャンプ地に探りを入れる
E−05)菊池戦区で活動
W−05)宇土拠点にて侵入者対策


■作戦上の注意
 当作戦において、駐日阿軍との交戦は可能な限り避けるべし。また抗命の咎は厳罰をもって処断する。天草鎮圧戦送りになる事覚悟されたし。
 隠密行動は、慎重に且つ迅速に。
 なお、今作戦(第2回)時において故障した電子機器類は、次の作戦(第3回)開始時には、功績を消費せずとも修理されているので安心されたし。


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