第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第4回 〜 九州:アフリカ 其肆


E4『 カオティック・ストリーム 』

 高遊原にある西部方面航空隊並びに第8飛行隊基地に、神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団・第42普通科連隊・阿蘇特別戦区境界線警戒組が訪れたのは、5月の半ば頃であった。組長たる 瀬織津・佐須良(せおりつ・さすら)陸士長が訪問先相手に敬礼する。
 計器類を点検していた西部方面航空隊・試験運用小隊第89組組長、神山・麗華(かみやま・れいか)准陸尉が手を休め、答礼を返した。
 機械的な動作、野暮ったい整備姿でありながら、いや、だからこそか、麗華の美しさが際立って映える。警戒組隊員が感嘆の息を吐いた。佐須良も麗華の美しさに一瞬引き込まれたほどだ。比して防護マスクで顔を覆っている自分は、さぞかし滑稽だろうなと佐須良は眉をさらに八の字にする。
「豊岡から御苦労様です。―― それで佐須良さんの御用件は?」
 麗華の言葉に、佐須良は気を引き締める。
「例の ―― 打ち合せです」
「 …… 成る程。佐須良さんも覚悟を決めましたか」
 だが佐須良は首を横に振る。麗華は美しい眉根を微かに動かす。
「 …… いえ。まだ覚悟出来たかどうか」
「迷っているのですか。…… ここでは何ですから、あちらへ」
 麗華は周囲を見渡す。単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスを部下に任せると、佐須良をハンガーの陰に誘う。佐須良もまた部下に小休止を命じた。
「 ―― 今は迷いの方が強いのです。…… 陣内先輩を囮と言うか犠牲にしてまで勢いよく行動してきましたけど、オンジ少佐の話を聞いてしまったら …… 」
「 ―― 健磐龍命の封印を解く事に大きな戸惑いを感じているといのですか」
 阿蘇山噴火口にある巨岩を要にし、封印されている神州の高位上級超常体の1柱 ―― 健磐龍命[たけいわたつのみこと]。彼の神を封印から解く事は、阿蘇ひいては熊本に蔓延る、阿弗利加系超常体を駆逐する切っ掛けになるだろう。だが、それは『神州結界構想』を破綻させる事になる。
 ―― 神州日本を世界に見立てる事で、世界各地に現れる超常体を神州に集中させてしまう『神州結界構想』は、言うなれば日本を犠牲にする事で、他の国の被害を軽減するという構想に他ならない。つまり、逆に言えば、もしも何かの切っ掛けで結界に綻びが生じた場合、超常体は再び世界各地に高い頻度で出現するという事だ。
 駐日阿軍(※駐日アフリカ連合軍)が阿蘇特別戦区に陣取って健磐龍命の封印を監視するという事は、阿弗利加大陸に超常体が現れるのを抑止しているという事でもある。
 駐日阿軍指揮官 アドゥロ・オンジ[―・―]少佐は、故郷にある平穏を堅持する為ならば、異生(ばけもの)の走狗に成果てても、封印を破ろうとする者を皆殺しにする事を辞さない覚悟であった。
 健磐龍命を解放するか、それとも活かさず殺さずの果てなき戦いを続けていくか。それとも ――。
 いずれにしても佐須良は阿蘇に対して行動する切っ掛けが何か欲しかった。そして悩む佐須良に、麗華が作戦を持ち掛けたのである。それは ――
「 …… 航空攻撃による封印解除」
「ええ、大岩への攻撃を強行します」
 麗華は毅然とした態度で、佐須良を見詰める。
「―― いいですか、佐須良さん。状況を変えると言う事は、状況が悪化する可能性も存在するという事です。…… ですが、現状を受け入れろと言うなら、現状を構成する要素を説明して頂きたい物ですね」
 凛然たる麗華の言葉に、佐須良は危惧するものと同時に憧憬に似た感情を覚えた。
 とは言え、巨岩には オグン[――]駐日阿軍大尉という(推定)高位超常体が護っている。また、雷電系高位超常体である シャンゴ[――]駐日阿軍大尉の対空雷撃は電子機器をオシャカにしてしまう。現在営倉入りしているというが、警戒は怠れない。また当然ながら、阿蘇特別戦区は侵入禁止域である。
「そこで佐須良さんにお願いです。―― 地上部隊でもって駐日阿軍主力を戦闘で拘束 ―― 引き付けておいて下さい。私は『支援要請を受け友軍を見捨てることが出来ず、飛行禁止区域に進入し、空爆を実行する』という偽装を行います。…… 出来ますか?」
 防護マスクで隠れているが、この時、佐須良は自分が醜い表情をしているのだろうと意識した。眉間に皺を寄せ、八の字眉毛は苦悶を形作っていたのだから。
 ―― 苦渋の末に、佐須良は口を開く。
「ひとつ ―― 私にも確かめておきたい事があるんです。神州結界構想のヒントがあればと思い ―― 阿蘇郡蘇陽町大野にある幣立神宮(へいだてじんぐう)へと調査に」
 佐須良はうつむいていた顔を上げる。
「これは、駐日阿軍の異生を挑発する事にも繋がると思います。―― 先月の白川吉見神社の経験より、隠密に行動しても異生には無駄みたいなので、きっと現れる …… はずです」
 確証は無い。そもそも白川吉見神社の動きがどうしてバレたかはよく解っていないのだ。それでも、
「オグン大尉が阿蘇火口から動けないようなら、シャンゴ大尉は脱獄してでも来るはずです。…… 多分。シャンゴ大尉が脱獄出来ないようならば、オグン大尉が動かないといけなくなるでしょうし」
「そうなると、決行は ―― 」
「観測班による予報によると、5月下旬より天候は崩れがちになるそうです。そして正直、シャンゴ大尉と雨天時に戦うのはパスしたいので ――5月中旬の出来れば前期に。ただ、私独りならば足があるので良いのですが ―― 部下も伴うとなると、下旬にずれ込む可能性が」
「解りました。焦らずに合図がくるまで待ちますよ。チャンスはおそらく一度しかありません。そして失敗が出来ないのであれば腰を据えて待つだけです」
 麗華の言葉に、佐須良は再びうつむく。この人は必ず決行するだろう。その結果を怖れる事無く。だが、私は――
「 …… 異生の考えが聞きたいだけなのかもしれません」
 彼等は何処からきて、何を目的とするのか。そして日本の神々を殺さずに、ただ封印するだけの理由を。
 防護マスクの中で、佐須良は血が滲むほど唇を噛み締めた。

*        *        *

 高遊原を出た境界線警戒組は国道443号線を南下。途中で大矢野原を護る部隊車輌に便乗させてもらえた事は、移動手段が徒歩の警戒組にとり大いに助かった。
 佐須良の愛車カワサキKLX250偵察用オートバイ『烈風号』は基本的に1人載りだ。部隊を運用するには、彼等の足も確保しなくてはならないのだと佐須良は内心、冷汗を掻く。
 金内交差点で降車し、また南下。矢部町の上寺交差点で国道218号線に合流し、東へと向かう。深い山道は険しいが、大矢川に沿っている為、道中の渇きや疲れを癒すには問題がなかった。無論、川辺には同じく水や餌を求める超常体との遭遇もまた多いのだが。
「瀬織津先輩 ―― 蘇陽は阿蘇特別戦区とは言いますが、駐日阿軍の監視は弱いのですね」
 部下の言葉に、佐須良は周囲を見渡す。先月の単独偵察において感じていたが、陸上部隊の運用が著しく困難な蘇陽町はやはり無警戒状態に近い。駐日阿軍の南側警戒線は、久木野―白水―高森町西半分である。
 阿蘇は世界有数のカルデラ盆地であり、中岳の火口を中心に、高岳・烏帽子岳・往生岳・杵島岳、そして根子岳を外輪山が取り囲む。蘇陽町は外輪山の外側に当たる為、阿蘇山噴火口にある健磐龍命の封印を死守する事が優先目的である駐日阿軍にとっては、カバーの範囲外なのだろう。せいぜい外部への対策としては仏原高森線(※県道319号線)の清水峠、清和高森線(※県道151線)の中坂峠に、対人地雷を仕掛けているぐらいだ。
 おかげで警戒組の侵入を咎める者は無い。逆に言えば超常体にとっても禁猟区なのかも知れない。アナンシやホラワカをはじめ、アスマンといった超常体の群れから身を隠しつつ、佐須良達は慎重に歩を進めた。
 車輌や人が通らぬ道は、路として機能しなくなるのだろう。鬱蒼とした巨大な杉に覆われて光は差し込まず、茂った草叢で足下もまた暗い。獣道と化した国道218号線を口数少なく進む。だが、目的地に近付くに連れ、部下達の顔に生気が宿ってきた。
 目的地 ―― 幣立神宮。縁起に拠れば、天神の大神が幣(ぬさ)を投げられた時に、その幣が原に立ったのでその地を幣立と言ったらしい。高天原神話の発祥の地とされ、また世界五色の地球人類の各々の祖神がここに集い、御霊の和合をはかる儀式を行ったという伝承もある。主祭神は、神漏岐命[かむろぎのみこと]・神漏美命[かむろみのみこと]。両神は人類の平和を願い火の玉に移ってここ幣立の地に降臨された宇宙からの神なのだと言う。ほか大宇宙大和神[おおとのちおおかみ]、天御中主大神[あめのみなかぬしおおかみ]、そして天照大御神とある。
 日本が地球文明の発祥とされる古書奇書としては『宮下文献』『竹内文献』『九鬼文献』そして『秀真伝』が有名だが、多くは本州の東北に由来を求めている。
 対して天孫降臨の地を九州島に求めるのは正史とされる『古事記』だ。天照大御神の「天(アマ)」は、「海(アマ)」を意味し、そこから「天津神は、九州に上陸した渡来神」とする説も強い。
 それらを踏まえた上で、九州の山深い地にある幣立神宮が世界五色中心と称するのは、他の奇書に挙げられている「日本神国説」と同列にありながら、その中においても異説と言うしか無い。それ故に妙な現実味も窺えるのだから、佐須良は面映い気がした。
 そんな幣立神宮だが、神々の降臨した地というには、社殿はひっそりと佇んでいた。
 警戒しながら足を踏み入れる佐須良達。佐須良を庇うかのように前で89式5.56mm小銃BUDDYを構えていた部下が声を張り上げる。
「 ―― 誰か居るか!? …… 瀬織津先輩、社屋から人が!」
 社屋から顕れたのは、1組の黒人男女。兄妹か姉弟のようであり、恋人か夫婦のようでもあり、父娘か母子のようでもあった。別個でありながら、同一のような存在。双子神。
 その姿を視界の端に捉えた瞬間、佐須良の身体に強い衝撃が走った。憑魔活性化に似ているが、通常のと違って痛みは生じない。代わりに、痺れに似た感動が沸き上がってくる。知らず涙が零れた。
『まさか、この地に』『助けも無しに訪れるとは』
 日本語では無い。英語でもフランス語でも無い。おそらくは阿弗利加民族の言語。だが言葉は霊となり、聴覚を抜けて、魂で意味を理解した。
「 …… あ、貴方様達は?」
『私は、マウ 』『我は、リサ
 月の目をした女が、太陽の目をした男が、応えた。
『私は』『我は』
『オロルンの命にて』『この島の中より南を管理し』
『『 ―― 世界の戦いの行く末を見守るモノなり』』
 マウ・リサは微笑むと、佐須良へと手を差し伸ばした。部下達は佐須良を庇うように前に立つと、BUDDYを向ける。だが佐須良は身動きが取れなかった。
 マウ・リサは向けられた銃口を意にも介さず、
『それでは認めよう』『汝の力を ―― 』
『『そして、もはや私と我は消え、この地の行く末は子らに委ねよう …… 』』
 そう、笑うと ――
「 …… 消えた?」
「瀬織津先輩、大丈夫ですか!?」
 一瞬にしてかき消えた男女。呆然となっていた佐須良を気遣うように部下が身を揺する。佐須良は防護マスクを脱ぐと、零れた涙を拭った。
「 …… 私はどれだけ固まっていたのですか?」
「どれだけって …… 怪しげな男女の超常体が顕れ、そして消えてからまだ1分も経っていません」
「 ―― そう。ではアレは …… あははは。御免、今ごろになって奮えてきちゃいました」
 膝が笑い出し、腰が抜けて尻餅を着いた。
「よく、アレだけの数の最高位最上級の超常体に囲まれて、無事でしたよね、私」
 言葉に怪訝な表情を浮かべる部下。慌てて顔を紅くした佐須良は手を振ると、
「あ、御免。こっちの話。それと手を貸してくれますか。一人では立てないみたいなので。…… うん、もう大丈夫。人に触れても平気 ―― だってマスクも手袋も必要無くなりましたから。イエーィ♪」
 親指を立てて屈託無く笑う佐須良を見ていた部下達が、暫らく呆然とした表情を浮かべていた。すぐに顔を反らしたが、若干頬を染めていたのは気の所為か。
「 …… イエーぃ?」
「「「あ、は、はい。イエーィ!!!」」」
 小声で囁き合う部下達。 …… 俺初めて瀬織津先輩の素顔を見たよ …… 神山准尉の美しさには敵わないだろうけど瀬織津士長もなかなかこれで …… いゃぁ〜ん★佐須良お姉様〜★ …… 顔が合うと、部下達全員親指を立てて、笑顔で返してきた。
「あ、うん? ―― さておき私の予測が正しければ、駐日阿軍の主力 …… とりわけオグン大尉やシャンゴ大尉が現れるはず。各員、射撃用意。責任は私が取りますので、見掛けたらすぐ発砲を。ただし私の戦闘補佐としての援護射撃をお願いしますね。―― また、神山准尉に航空支援要請!」
 了解の文字に、BUDDYを構えて全包囲を警戒する佐須良達。―― だが固唾を飲んで待ち受ける警戒組の前に顕れたのは、人型の超常体ではなかった。
 体長3mは越すかと思われるような巨蛇。身体の割に頭は小さく、大変細い。灰色の鱗があった。マンバという毒蛇に類似しているが、額に人間の顔が浮き出ている。
『 ―― 吾は [――]。母にして父たるマウ・リサより、この森を預かりしモノの1柱』
 ダが鎌首をもたげる。大口を開くと、牙が液を滴らせた。威嚇音を上げる。
『 …… 残念だったな、認められし娘よ。シャンゴは罰に拠りてここには来られん。オグンは元より封印の場から離れられん。人間どもは言うに及ばず。そして何よりも …… 』
 ダの蛇眼が鋭く光り、巨体が消える。
『 ―― 吾に呑まれて消え果るのだから!』
 電光石火で襲い掛かってきた。部下達が悲鳴を上げてBUDDYを撃ち放とうとする。が ――
 目にも止まらない動きで首下に跳び込んだ佐須良は、兼定の脇差で一閃。ダの咽喉に紅い横線が引かれた。血を噴き出し、頭を地面に投げ伏すダ。
「 ―― 瀬織津先輩!」
 だが倒れ込んだダの下敷きになったと思われた佐須良は、先ほどと同じく目にも止まらぬ速度で、ダの頭上に登っていた。ダを見下ろすと、グロック34を人の顔をしている部位に突き付ける。
「 ―― 油断のし過ぎです。“ 認められた ”という事は、この力から“ 逃れられなくなった ”という事。…… そんな私を侮られないで下さい」
『 …… 誠に失礼した。無念だが、サラバ ―― 』
 覚悟したダの言葉を受け、佐須良は引鉄を絞った。そして9mmパラペラムの弾倉を交換しながら、部下へと振り返る。
「高遊原の神山准尉に連絡。―― 敵主力は警戒待機中につき作戦中止して下さい、と」
 慌てて連絡を取ろうとする部下だが、すぐに頭を横に振った。試験運用小隊第89組は既に離陸した後と言う。何とか連絡を取ろうとする佐須良だが、周りを超常体の群れに囲まれつつある事に気付いて、BUDDYを構えた。ダとの戦いに刺激されたらしい。
「 …… 麗華さんには悪いですけど、今はここの突破を優先させます。―― 先生に続いて下さい!」
 5.56mmNATOを撒きながら、佐須良は駆け出した。

*        *        *

 高遊原基地より緊急発進したハリアーの2機編隊が、上益城から蘇陽上空へと差しかかる。
「森が、空がざわついているようです。…… 偽装ではなく、本当に、佐須良さんに航空支援が必要かもしれませんね」
『 ―― 神山准尉。2時方向より、超常体が多数接近。ホラワカの群れです』
「こちらでも確認 ―― 攻撃態勢に移れ」
 僚機からの報告に、麗華は内心で舌打ち。眼下は森深く、佐須良達の動きを掴む事は難しい。彼女らの無事を祈りながら、目前の敵に集中する。
 ホラワカはハリアーを取り囲むように接近してくると、一斉にその鉤爪や、羽根、嘴で攻撃を仕掛けてきた。麗華は巧みに操縦して機体を傾けると、ハリアーの翼でホラワカを打ち払う。僚機の25mmGAU-12機関砲が唸りを上げていた。
 操縦幹を傾けて、機首を天上へと向ける。追いすがるホラワカを振り払って、高高度にハリアーを移動。そこでエンジンを停止。機首を上に向けたまま宙空で静止して見せた。1枚形式のバブル型キャノピーと、高い座席位置により、麗華は肩越しの後方 ―― この場合は遥か下方の視界を広く見る事が出来た。必死に羽ばたいて、高高度のハリアーの位置まで舞い上がろうとするホラワカの群れ。機首が重力に従い、傾いていく。反転し、自然落下。錐揉み状態の中、麗華は笑った。
「ブルーインパルスもこんな無茶はしませんけどね」
 かつて存在していた空自の航空教育集団・第4航空団隷下の第11飛行隊 ―― 通称ブルーインパルス。戦闘機乗りの憧れ。世界でも屈指と言わしめたアクロ・チームの姿を思い浮かべて、麗華は目を細めた。
 上空から急降下で迫りくる麗華機に慌てふためくのはホラワカだ。散り散りに逃げようとするが、高みから臨む麗華は、全てを視界内に捉えていた。
 麗華機のGAU-12機関砲が火を吹くと、25mm弾を受けた次々にホラワカが地に落ちていく。
 木々に接触する直前で、操縦幹を傾けて機体を重力から解放せしめる。操縦幹の重さに機体を立て直すのが遅れたのか、多少腹をかすったような気がするが、損傷警告が出るほどではない。麗華は唇を軽く舐めると、僚機の様子を窺う。―― ホラワカの攻撃に翻弄されながらも、撃退に成功したようだった。
「このまま、阿蘇へと突入します。―― 続け」
『りょ、了解 ―― 』
 敵主力を佐須良達が引き付けていてくれていると信じての、阿蘇特別戦区領空侵犯。
「これより、阿蘇山噴火口巨石へと空爆を敢行。僚機は周囲への警戒及び支援をお願いします」
 ホラワカだけで無く、飛行可能な超常体がハリアーの行く手を阻もうと空へと上がってくるが、僚機のGAU-12が唸り、そして放たれたレイセオンAIM-9サイドワインダー短距離赤外線ホーミング空対空ミサイルが撃墜していく。
 僚機の護衛を受けて、麗華機は阿蘇山中岳上空に接近する。AN/APG-65多モード・レーダーと前方監視赤外線装置が悲鳴を上げた。
 同時、痛みと衝撃を伴って麗華の憑魔が活性化の訴えを起こす。操縦席に居ながらの活性化はすなわち高位超常体が存在する証。
 火矢がハリアーへと射ち出される。否、火矢では無い。炎の投擲槍だ。阿蘇火口に鎮座する巨石の上に、駐日阿軍制服を上半身はだけた黒人男性 ―― オグン大尉の姿があった。
 ナイジェリアのヨルバ族に伝わる火と金属の神でありながら、遠くカリブのハイチまでの広範囲に渡って崇められる英雄神 ―― オグン。高位上級超常体。
「 …… 佐須良さんの陽動に引っかからなかったという事ですか」
 だが、そもそも相手にとって優先される任務は封印の維持である。如何に挑発をしたとしても、彼等が封印場所から離れる事はありえない。
 オグンは、次々と中空に炎の槍を生み出すと、ハリアーへと向けて投じてきた。
 麗華は必死になって対空砲火をGAU-12機関砲で撃ち落していくが、そろそろ弾が尽き掛けてきている。
「 ―― ここまで来て、次の機会を待たなければいけないのですか!?」
 だが領空侵犯をした麗華に、再び阿蘇へと突入出来る機会が訪れる事は無いだろう。査問会に掛けられ、天草か、人吉戦区に投入されるのが目に見えている。最悪、ハリアーを取り上げられてしまう。このまま引き下がったら、それこそ骨折り損のくたびれ儲け。
 ここで退くか。それとも ……。
「 ―― 私は20年間、戦ってきました。故郷を超常体に蹂躙され、勝ち過ぎても負け過ぎても許されない、果ての無い戦いを。…… 辛い、辛い、とても辛い戦いでした」
 普段、冷徹な仮面や絶世の美貌の下に、麗華が隠していた激情が沸き上がってきた。火器管制システムを操作して、AGM-65Eマヴェリック空対地ミサイル発射準備を整える。
「 ―― この一撃が、その闇夜を打ち払うというのでしたら、懸けるだけの価値はあります!」
 機体速度を上げると、対空砲火を擦り抜ける。そして機首を反転させて、噴火口へと急降下をかけた。
 麗華の決死の想いを感じ取ったのか、オグンもまた慌てて先ほどの投擲用とは比べようが無い程の巨大な炎の槍を作り上げる。
 炎の槍が投げ上げられたのと、マヴェリックが発射されたのは同時だった。炎の槍はマヴェリックを貫き爆発四散させる。さらに勢いは殺されぬまま、槍はハリアーへと迫ってきた。だが、
「 ―― バンザイアタック!」
 炎の槍が機体を貫いた瞬間、麗華の身がコクピットから射出される。槍に貫かれたハリアーは空中爆散する前に、その運動速度をもって巨石へと特攻を成功させた!
 巨石へと特攻をかけたハリアーが大爆発を起こすのを、パラシュートで落下しながら麗華は沈痛な面持ちで確認。
「封印は ――。…… そんな、まさか!?」
「 ―― 残念だったな! 人間!!」
 驚きの余り、麗華の秀麗な眉が跳ね上がる。左上半身を吹っ飛ばされながらも、巨石の上にオグンが立っていたのだ。ハリアーの特攻をその身で受け止め、巨石への直撃を防いだのだ。
 襤褸の状態で、オグンは再び炎の槍を生み出そうとする。落下状態の麗華に逃げるすべは無い。
 だが、その時 ――
「 …… なっ?!」
 オグンが立っていた巨石に亀裂が走った。地鳴りが響き、大地が激しく脈動する。そして阿蘇山が噴火した! 噴き上がった溶岩は、焔の龍の形をとると、
『異邦の神よ! 我が怒り、思い知るが良い!』
 健磐龍の口から一条の熱線が発せられる。それは、一瞬にしてオグンを ―― 消滅させた!
 …… 通常、火炎系超常体には、炎熱系統の攻撃は効果が無いとされる。ならばオグンを潰した健磐龍の熱線は、“ それ ”を上回るほどの圧倒的と言える程の純粋な力という事だ。
 咆哮を上げて、更なる暴力を振るおうとする健磐龍だったが、その姿が再び薄れていく。
「封印が …… 完全に解かれていないんですね」
『我を ―― 我を解放せ …… よ …… 』
 噴煙に、健磐龍の姿は呑み込まれていった。余震はあるが、段々と地面の揺れも落ち着き始めている。
 地面に降り立った麗華は、僚機に巨石を破壊するように地上から指示を送ろうとしたが、
「 ―― そこまでだ」
 登山道路を上がってきた駐日阿軍兵士達が、AK-47(アブトマット・カラシニコバ1947年型)突撃銃を麗華に向けてきていた。僚機に向けて、携帯式低高度地対空ミサイルFIM-92スティンガーで狙いをつけている兵士もいた。
 兵士達を割って、アドゥロが前に出る。その表情は怒りに満ちていた。
「とんでも無い事をしてくれたな。もはや異生どもを留める事は出来ないぞ! ―― 拘束しろ!」
 両手を上げる麗華は、駐日阿軍に速やかに拘束されるのだった。

*        *        *

 拘束衣を着せられ、目隠しをされていた麗華が結界維持部隊に引き渡されたのは数日後だった。
 暗がりの部屋で、目隠しを外された麗華の前に立っていたのは西部方面警務隊・高遊原分遣隊の一等陸尉だった。
「 …… 栗木三曹を追って、北見准尉が目達原に行ってしまったのが悔やまれるな。神山准尉を抑えられる空戦力が無い」
 呆れ混じりで苦笑する警務科一尉。
「 …… よく、私は無事に解放されましたね? 正直、私刑 ―― この身体を嬲られる事も覚悟していましたが。何しろ私の美貌と、この珍しい身体は様々な嗜好の方に合致すると思いますし」
「ああ見えても、オンジ少佐は紳士的だよ。とはいえ、やはり引渡し要求には難色を示していたが ―― 何しろ神山准尉の犯した罪は、阿蘇特別戦区への無許可侵入だけだからな」
「 …… そして、オグン大尉を殺害したのは、私ではなく、健磐龍命ですしね」
 日本の神々に関する事実は、公的には認められていない。従い、麗華が阿蘇山噴火口の巨石に爆撃を加えた事実も“ 無かった ”のである。そして、それを護っていたオグンの死も。
「だが駐日阿軍は准尉達の動きに猛抗議をしている。瀬織津士長が対応に追われているが、もう向こうと友好的に対話する機会は永遠に失われたと考えても良いだろう。―― 先日の訪問が、互いにとって良好な関係を築き上げられると期待していたんだがな」
「言われる良好な関係とは …… 今まで通り、阿蘇は不可侵で、私達は勝ち過ぎず、負け過ぎない戦いを続けていくという意味ですか? 確かに良好ですね ―― 日本国政府と国連にとっては」
 無感動な仮面のまま、麗華は皮肉を言う。警務科一尉は苦渋の表情を浮かべるだけだ。
「それで上層部からの私の処罰はどのように決まりましたか? 天草ですか、それとも人吉ですか?」
 麗華の問い掛けに、何故か警務科一尉は更に眉間の皺を深くさせると、
「本来ならば査問会に出頭してもらい、機体を取り上げて懲罰部隊 ―― 第08特務小隊送りになるのだが …… 」
「 …… だが?」
「 ―― 状況が変わった。現在、阿蘇特別戦区を取り囲んでいた各方面に、超常体の群れが大侵攻をかけてきた。ここ、高遊原だけでなく、北熊本の第8師団司令部や豊岡駐屯地は迎撃に追われている。既に大矢野原を護っていた部隊は壊滅したらしい」
 形の良い眉端を吊り上げると、麗華は目を細めた。
「 …… 駐日阿軍はどうしていますか?」
「阿蘇特別戦区内で手一杯だそうだ。―― 未確認情報だが、この混乱に乗じて元犯罪者の一部兵士達が叛旗を翻しており、組織が分裂しているらしい。すぐに内部はオンジ少佐が収めるだろうが、阿蘇外部に漏れた超常体はこちらが責任もって始末しろという事だ。―― 出来るものなら、な」
 自嘲の笑みを浮かべると、警務科一尉は麗華の拘束を解くと、指令書を手渡す。
「そのような状況なので、神山准尉の身柄は警務科の預かりとなるが、引き続き航空支援を任せる事になる。神山准尉への処罰は、この問題が解決した後で決定されるだろう。―― 以上だ」

 超常体の大侵攻に関しての非難の捌け口は麗華にだけで無く、佐須良達にも向けられていた。特別戦区から溢れ出てくる超常体への警戒が佐須良達の役割であるというのが、周囲の認識なのだから仕方あるまい。
 だが周囲からの視線はひとまず置いといて、佐須良は報告を確認する。
「 ―― 超常体を先導しているのはシャンゴ大尉であるという目撃証言があるんですね?」
「瀕死状態で逃げ帰った者の言葉ですが」
 その隊員も数時間後に、搬送先で手当ての甲斐なく力尽きて死亡している。そして記録機器は全てオシャカとなっている為、シャンゴが超常体を操っている確たる証拠は無い。駐日阿軍を責める材料は無いのだ。
 佐須良は眉を更に八の字にし、唇を噛む。自らの力は無敵と勘違いしがちだが、実際はかなりの集中力を必要とし、至近距離の戦いでは、判断を誤れば命取りになりかねない諸刃の剣だ。果たしてシャンゴと渡り合える事が出来るだろうか?
 そんな悩む佐須良に、首を傾げながら部下が手紙を渡してきた。
「武器科の静花さんからだそうです」
「 …… 静花さんから? 何でしょうか?」
 受取り、確認する。それは7月1日付をもって部隊異動を命じる書類 ―― 辞令だった。
 少し困った顔付きで、佐須良は丁寧に折り畳むと、
「ま、これはこれとして。今は目の前の問題を片付ける事が先決ですよ。イエーィ!」

■選択肢
E−01)超常体大侵攻を迎え撃つ
E−02)阿蘇特別戦区に侵入し、封印を解く
E−03)阿蘇特別戦区に潜入し、その他探索
E−04)駐日阿軍キャンプ地に探りを入れる


■作戦上の注意
 当作戦において、駐日阿軍との交戦は可能な限り避けるべし。また抗命の咎は厳罰をもって処断する。
 隠密行動は、慎重に且つ迅速に。


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