第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第5回 〜 九州:アフリカ 其肆


E5『 エレクトリック・ダンス 』

 
 腕を振り上げての投擲フォーム。大仰過ぎて、実戦ではまず使われない肩を回しての投げ方だが、瀬織津・佐須良(せおりつ・さすら)陸士長は、どうせとばかりに試してみた。
 手から放たれた小石が、的に当たって跳ね返る。“ 力 ”を行使していない時の威力を確かめた。今度は、少しばかり意識を集中。次の瞬間には新たな小石が的に当たっていた。いつ小石を手にし、投げ放ったかも、誰の目にも見えない神速のモーション。元より命中率の高い佐須良だ。早抜き・早撃ちの動きも開花したとなれば、まさに鬼に金棒と言えるだろう。
 だが佐須良は唇を噛み締めるだけ。
「 …… 駄目ですね。確かに目にも止まらない速さで小石は当たりましたけど、威力も上がった訳ではないです」
 肩の力が抜け、八の字眉毛の先が垂れ下がる。
 運動力量は質量×速度の2乗から求められる。となれば、神速のモーションから放たれた小石の威力も上がって当然 ―― かと思いきや、そうは問屋が下ろさない。法則を無視しているのでは無い。むしろ逆だ。法則に従っているからこそ威力は増さない。
 佐須良は唇に指を当てて考え込んだ。
「 …… 飽く迄も速く見えているのは、周囲で流れている時間とのズレから生じる相対速度であり、その物体自身の絶対速度には変化が無いという事ですね」
 早抜き・早撃ち自慢のガンマンと雖も、発射される弾丸自身の速度を上げる事は出来ないのだ。佐須良は重い溜め息を吐いた。しかし神速のモーションで武器を構えて、撃ち放ったり、斬り付けたりする事だけでも戦い方は大幅に向上する。
「とりあえず自分の“ 力 ”を把握出来ただけでも良かったです。飽く迄、この“ 力 ”で操れるのは時間の流れ …… 早送りやコマ送りが出来るだけ」
 巻き戻しも出来るのならば、どれだけの間違いを正す事が出来るだろうか? だが過去があるからこそ、現在があり、未来があるのだ。目蓋を閉じた佐須良は、自分に言い聞かせる様に頷いてみせた。
「 …… あれ? 憑魔の活性化を感じて寄ってみたら ―― 瀬織津士長?」
「 …… ええ、まあ」
 鍛錬場の出入口から声が掛けられた。神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団・第42普通科連隊第814班長の二等陸曹 ―― 書類上での直接の上司だ。そして強化系魔人でもある。先日の阿蘇潜入から戻ってきた佐須良に、彼だけではなく他の魔人も戸惑っていた様子だった事が脳裏に浮かぶ。
 ……“ 力 ”を得てしまった事で、自分は人ではなくて既に異生(ばけもの)の身だ。周囲に憑魔の活性化を生じさせてしまう。
 しかし二曹はおくびにも出さずに、
「熱心に鍛錬かい。おたくも頑張るね」
「 ―― 超常体の大侵攻が迫っていますから」
 そう …… 超常体大侵攻。現在、阿蘇特別戦区を取り囲んでいた各方面に、超常体の群れが大侵攻をかけてきている。北熊本の第8師団司令部は迎撃を命じているが、阿蘇特別戦区の駐日阿軍(駐日アフリカ連合軍)は事態収拾に努めており、挟撃は難しいとの事。元より彼等にその気があるかどうかも疑わしいが。
 だが侵攻の発端は、阿蘇山噴火口の巨石に封じられている、日本土着の高位超常体・健磐龍命[たけいわたつのみこと]を巡っての事だ。健磐龍の封印が一時的にも解かれた事で、恐慌に陥ったヴォドゥ(※阿弗利加土着の神々や精霊等の呼称)が支配権獲得の為に動き出したのだろう。熊本市街中央では死神が暗躍しているらしいが、焦燥感に駆られているに違いない。解放作戦を強行した事で、事態は激変してしまった。
「 …… だからと言って、おたくが責任を負う必要はないと思うんだけど」
 心の内を読んだのか、二曹は笑う。だが佐須良は首を横に振ると、
「自分のやった事には、きちんとけじめをつけないといけませんから」
「そう。―― でも根つめないでね。おたくに倒れられたら、うちが陣内から怒られるんだから。第一、うちは書類仕事が得意だけど、現場での指揮を執るのは向いてないんだし。―― だから偵察隊の指揮は頼むよ」
 そう、おどけてみせると、太い黒縁のある眼鏡を掛けている痩せぎすの男は背を向けた。佐須良は敬礼して応えてみせるのだった。

*        *        *

 曇天の下、アスファルトで覆われた路を、隊伍を組んでアナンシの群れが突き進んでくる。
 阿蘇特別戦区から溢れ出した超常体の主な進軍は、西は国道57号線を、南は国道265線を経て、国道218号線の2ルートであった。
 南回りの群隊は、急襲にて大矢野原を守備していた部隊を壊滅させると、そのまま御船へと西進。だが大矢野原への救援に向かっていた部隊と遭遇し、矢部ゴルフクラブ跡地にて新たな交戦を開始した。
 空を舞うホラワカの編隊に向かって12.7mm重機関銃ブローニングM2が炎を上げる。その間にも、被弾し墜落したホラワカの遺骸を喰い散らかすかのようにアナンシが押し寄せてくる。
「班長! 距離500まで押し寄せて来ました!」
 焦燥感に駆られた数名が89式5.56mm小銃BUDDYを構えるが、班長は額に浮かぶ汗を堪えて、腕に巻いた時計を確認する。彼等の背後にある空から轟音が聞こえてきた。
「刻限通り! 各員、身を伏せて爆風に備えよ!」
 班長が怒鳴り、慌てて身を物蔭に隠す班員達。その間にもアナンシの大群が押し寄せてくるが ―― 次の瞬間、爆炎と轟風を受けて吹き飛んだ。
 雲を割り、風を切って落下してきたのは、Mk82爆弾。投げ下ろしたのは、西部方面航空隊・試験運用小隊第89組組長、神山・麗華(かみやま・れいか)准陸尉が操る単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラス。
 すがってくるホラワカをGAU-12機関砲で蹴散らしながら、ハリアーIIプラスは旋回。2発目のMk82爆弾を敵地に投下した。
 普通科隊員達は、超常体が怯んだ隙に73式中型トラックに搭乗すると、後方に敷かれている第一次防衛線にまで退く。
 麗華機は、救援部隊が第一次防衛線に撤退するのを見届けるまで、25mm弾を撒き散らすのだった。

 高遊原の、西部方面航空隊並びに第8飛行隊基地。ハリアーIIプラスの操縦席から転げ落ちる様に降りた麗華だが、FHG-2改航空ヘルメットを脱いで現われたその美貌は疲労の翳りを見せてはいなかった。
 部下に命じて、航空燃料と弾薬補充を急がせると、交代して乗り込む操縦者に親指を立てて見送った。
「 ―― 航空支援要請は続く。暫く横になったらどうだ、神山准尉」
「御忠告感謝します、一尉殿」
 声を掛けてきた警務科一尉に、麗華は微笑を返す。阿蘇特別戦区へ侵犯した麗華は現在、西部方面警務隊・高遊原分遣隊に預かりの身だ。とはいえ超常体の大群が押し迫っている状況で、貴重な航空パイロットを拘束しておく訳にも行かない。休憩時間に多少の不自由は認められるものの、麗華の言動を禁じるものではなかった。警務科の監視とは、周囲から上がってくる責任を問う声を押し黙らせる為の方便なのだろう。勿論、それに甘える訳には行かない。先送りされたとはいえ査問会に掛けられるのは確定事項なのだから。
 だが、今はその件に関しておくびにも出さず、
「観測ヘリの報告では、南の超常体は国道218線を下らずに、国道445線を進んできているそうだ」
「とはいえ油断は禁物でしょう?」
 麗華の言葉に、警務科一尉は地図を広げると、
「万坂の峠とトンネルに、防衛線を張っている。以降は、船津ダム、旧砥用町役場。最終防衛線は旧中央東小学校だな」
「 …… 中央なんだか、東だか、よく判らない名称の小学校ですね」
「下益城郡中央町の東側にある小学校だったからな。ちなみに西・南・北と中(なか)も、あったぞ」
「中央中小学校ですか。知らない人が見たら、さぞかし困惑したでしょうね」
 違い無い、と笑い合う。笑いは疲れを軽減するという。麗華は肩の凝りをほぐすように回すと、
「ルート445は?」
「御船の七滝小を第一次として、次に瀬尾小、旧御船町役場が最終防衛線になっている。しかし山間に県道が走っているから、幾つかそこを抜けてくるモノがあるだろう。―― 大矢野原が真っ先に落ちたのが痛かったな。本来ならば、あそこが第一次防衛線として最適だったのだが …… 」
 山間では普通科隊員の足や車輌は動き辛い。ヘリやハリアーIIプラスの活躍が望まれる。意を汲んで、麗華は敬礼した。
「解かりました。戦線の維持に努めます」
 対して警務科一尉は意地悪く笑う。
「 ―― 阿蘇は諦めたか?」
 だが麗華は、まさかと冷笑。
「ただ警戒されている上に、準備無しでは成功しないと判断しましたので」
 出撃準備を終えて、離陸していくハリアーIIプラスを見送りながら、
「今は、交代要員を駆使して出撃回数を稼ぎ、かつ、疲労の累積を回避しておきます。…… 伏して待つのも選択の一つですね」
 なるほどと頷く警務科一尉。そのまま立ち去ろうとしたが、
「そう言えば、ルート57についての情報を得ていません。航空支援要請も無い様ですが」
「 ―― あっちか」
 呼び止めた麗華に、警務科一尉は厳しい表情で振り返る。眉間に皺を寄せて、
「 ―― 大津地区は地獄だそうだ。超常体の主力が押し寄せてきているらしい」
「なら、何故、爆撃要請が来ないのですか?」
 咎める様に問い掛ける麗華に、
「無線機は当然として、電子機器全てが使いモノにならない状態らしい。そして支援に向かっていたヒューイの3割が数分足らずに落雷で撃墜された」
「 ―― !」
 おそらくは雷電系の高位超常体 シャンゴ[――]の仕業であろう。麗華の眉が微かに動いた。
「貴重な機体をみすみす失う事は避けたい。従って、航空支援は向けられないというのが上の判断だ。玖珠の第8戦車大隊が向かっているが、到着までに保ち堪えられるかどうかは微妙だ。…… 野戦特科と普通科部隊だけで乗り切ってもらうしかない」
「 …… 無線機が使えないとなると、状況把握や指揮命令はどうしているんですか?」
「機甲科第8偵察隊が文字通り、走り回っている。そして威力偵察には ―― 瀬織津士長の部隊が率先して回っているそうだ」
 警務科一尉の悲痛な言葉に、麗華は思い浮かべる相手の無事を祈る。
 戦術爆撃からハリアーIIプラスが戻ってきた。頭を切り替えた麗華は、整備員に燃料と弾薬の補充を命じながら、FHG-2改を被って操縦席に駆け寄る。そして新たな支援要請を受けて、離陸した。
「あ …… 雨」
 強き風が雲を呼び、雨を降らしていくのだった。

*        *        *

 降り出した雨は激しいものではなかったが、それでも戦う者達の心を陰鬱とさせるには充分だった。
 押し寄せてくるのは、ヴォドゥの主力群。アナンシ十数体に一匹の割合で現われた単眼類大型豚頭牛身の低位上級超常体カトブレパスは、さながら戦車のごとく防衛線を突破してくる。周囲一帯に強力な電波障害があり、無線機をはじめとする電子機器の多くは使いモノにならない。また昼夜を問わぬ進軍を受けて、隊員達は疲労困憊。何よりも精神状態がまいっている。防衛線の決壊は時間の問題かと思われた。
 国道57号線・室交差点に防衛線を張った ―― かつては大津警察署の庁舎。火を焚くのも億劫になり、黙々と冷たい缶飯を空ける。傍らにはBUDDYが立て掛けられ、いつでも臨戦状態にあった。
 だが、その緊張感を和らげたのは、ハーモニカの優しい音色。佐須良は首に掛けたハーモニカを吹く。
「 …… 組長」「 ―― 瀬織津士長」「姐さん」
 部下だけでなく、他の班員もまた救いを求める目で見詰めてきた。佐須良は深い笑みで返すと、
「 ―― 私達は生き残ります。だから自分を信じて、皆を信じて、戦いましょう!」
 暫しの間。佐須良は眉を更に八の字にすると、
「 ―― 返事はどうしました?!」
 微笑みながら、だが力強い意志の篭もった目で問い掛けた。視線に応えて、
「「「イ …… イェーイ!」」」
「はい、よろしい。イエーィ!」
 サムズアップで返す。そして佐須良は立ち上がると、かつての教員時代を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「 ―― 無線機が使えない今、連携が難しくなっています。従い、防衛線を絞って対処し戦線崩壊だけは防ぎたいと思います。…… 肉声と、目視だけが頼りの苦しい戦いですが ―― 私達は勝ちます。私は、皆を信じています。皆は、どうですか?」
 佐須良の諭す様な問い掛けに、暫し無言。だが確りと頷き返してきた。
「不安な時は歌いましょう。…… 歌えば力が沸きますよ?」
 再び親指を立てると、皆も返してきた。
「敵、ジャスコ跡地を通過。交戦開始しました!」
 気を漲らせてBUDDYを手にする隊員達。だが、その顔には悲痛なモノは無い。歌を口ずさんでいる者もいた。佐須良に向けて、軽く敬礼して配置に付いていった。佐須良もまた88式鉄帽を被り直して、停めていたカワサキKLX250偵察用オートバイ『烈風号』へと歩み寄る。
「 ―― 佐須良お姉様はどちらへ?」
 部下の1人が心配げに声をかけてくる。佐須良は笑顔のまま軽い口調で、
「 ―― ちょっと勝負を着けに。夕食までには帰りますね。イエーィ♪」
 だが、その瞳には力強い意思が込められていた。

 駆ける烈風号を片腕で押さえながら、空いた手でSMG(短機関銃)FNハースタルP90を振るい、押し寄せてくるアナンシを薙ぎ払う。カトブレパスが巨体を持ち上げて押し潰そうとしてくるのを、アクセルを握り直すと同時に、力尽くで烈風号を引き起こす。転がるアナンシの遺骸を跳び台にして跳躍すると、カトブレパスの巨体を踏み越えていった。
 着地 ―― その瞬間を狙って雷光が走る。咄嗟に車体を倒して直撃を免れると、回転しながら滑っていく烈風号から身を離した。立ち上がり様にハースタルを乱射する。が、
「 ―― 斥力効果ぁー!」
 駐日阿軍制服を着込んだ黒人が、手にした両刃斧を突き出すと、5.7mm×28弾を逸らしていく。
 シャンゴ ―― 阿弗利加大陸ヨルバ族の英雄神(オルシャ)。雷光と嵐の精霊。自然を統御し、報復的な正義、また激情を司る神。象徴は両刃の斧。
 佐須良はハースタルを投げ捨てると、シャンゴは磁力防壁を解除して、片手でマウントしていたAK-47(アブトマット・カラシニコバ1947年型)突撃銃を向けてくる。だが、佐須良は素早く肩に担いでいたBUDDYを構え直すと、膝打ち体勢で3点バースト。シャンゴに発砲の機会を与えない。守勢一辺倒にさせる。
「流石に銃器に関しては、女、貴様の方に一日の長があるようだが ―― 弾はいつか尽きるものだ!」
 磁力防壁を張り続けていたシャンゴは、佐須良がBUDDYを撃ち果たした隙を狙って、カラシニコフでの反撃を試みる。しかし引鉄を絞った時には、佐須良の身は射界から消えており、更には弾倉交換を終えて正確な狙撃を行なっていた。危険を感じて振り返った事でシャンゴは致命傷を避けたものの、その肩には5.56mmNATO弾が喰い込まれていた。
 左肩を押さえながら呻くシャンゴ。
「 …… 俺様に傷を負わせるとはな。まさか、その“ 呪言系 ”の真実に辿り着こうとは ―― 」
「ええ。…… ヴォドゥの母にして父たる主神 マウ・リサ[―・―]にも認められし力です」
「なるほど。女もまた、俺様と同じくヒトを捨て去り、異生となったか。嬉しいね」
 シャンゴの嘲笑に、だが佐須良は顔色も変えず、
「残念ですが、私の心はヒトのままです。憑魔によりヒトの心も奪われたあなたとは違います」
 佐須良は毅然とした態度で返しながら、兼定の脇差を抜いた。波紋の三本杉に、雨滴が落ちる。
 シャンゴはカラシニコフを棄てると、己の得物を然りと握り締めた。シャンゴの攻撃を予想して佐須良が慌てて脇差を投擲する。だがシャンゴは磁力防壁で逸らして高笑い。
「 ―― ははは。女にしては苦し紛れの技だな。そして幾ら時を操ろうとも、雷撃はかわせんぞ!」
 落雷一閃。帯電し、雷光を纏った両刃斧を一気に振り下ろす。光の速度は1秒間に約30万km進む。いかに佐須良が時を停めようとも、刹那を間違えれば、免れるすべはない。…… だが、だからこそ、佐須良は脇差を放っていたのだった。
「 ―― アース効果ぁ!」
 シャンゴが両刃斧を構えた瞬間に、正確にして目にも止まらない投擲で鋼線を放ち、絡みつかせていた。脇差を放つ事は、それに気付かれぬ様にする為。そして鋼線の端は ―― 脇差に結ばれていた。
 シャンゴから放たれた電撃は鋼線を通じて脇差に。大地へと注がれる。シャンゴが我に帰った瞬間には、佐須良が肉薄していた。
 シャンゴは慌てて両刃斧で振り払おうとする。脇差を棄てた佐須良に自分を傷付ける手立てはなく、また格闘戦においても体格でこちらが優ると踏んでいた。雷撃を思わぬ形で塞がれてはしまったが、女には決め手が無い!
「 ―― 詰めが甘いな、女!」
 犬歯を剥き出して笑いながらのシャンゴに、だが肉薄した佐須良は淋しく笑い返すと、
「御免なさい ―― 甘かったのはシャンゴ大尉の方です。…… さようなら」
 隠し持っていたグロック34の銃身を、シャンゴの大口へと無造作に突っ込んだ。拳銃は最後の武器だ。そして佐須良が体得しているのは、戦国時代に生まれた神道精武流。戦場での殺人術を極めるのであれば、技を剣や無手にこだわる必要は無い。要は ―― 人を殺すという覚悟である。
 組み打ちしての、ゼロ距離射撃。9mmパラベラムはシャンゴの口蓋を貫通し、後頭部を抜けて脳味噌を吹き飛ばした。異生と雖も血肉は通う。ましてやシャンゴ大尉は雷電系憑魔に完全侵蝕された元人間だ。異形系魔人は別として、脳や重要器官を喪失して、生き続けられる生物は無いだろう。
 力の抜けて崩れかかってくるシャンゴの肉体を優しく抱き締めながら、佐須良は大きく息を吐く。
 ―― 雨はいつの間にか止んでいた。

*        *        *

 シャンゴを打ち倒した事で超常体の大群が統制を失なっただけでなく、雷撃の危険性がなくなった事で航空戦力を投入。さらに玖珠の戦車大隊が到着した事で勝利は決定的なものになった。
 こうして阿蘇特別戦区に超常体を押し返した維持部隊だが、内部の混乱を収拾した駐日阿軍が追撃を阻むのだった。アドゥロ・オンジ[―・―]少佐は軍の主力を阿蘇山噴火口に置くと、追求しようとする者達に睨みを効かせてきたのである。
『 ―― オグン大尉、シャンゴ大尉が戦死し、熊本市中心部に向かっていたという高位超常体も芳しくない働きだそうだな。…… もはやヴォドゥが熊本ひいては九州の支配権を確立するのは不可能な様だ』
「 ―― なら、一緒に戦いませんか? きっと、何か共闘の手立てがあるはずです。健磐龍命の封印が解かれても …… 」
 瀬織津の説得だが、通信相手のオンジは苦笑して返すだけ。
『 ―― 確かにヴォドゥが勝利を得る事はもはや無いと言っても良いだろう。だがタケイワタツの封印は、故国の平穏と我らの安全を護る為の、人質としての役割もあるのだ。…… 西に現われた白人共の神、南の悪霊もタケイワタツの封印がある限りは、おいそれと阿蘇には手を出してはこまい』
「 …… それが、あなたの選んだ道なんですか?」
『そうだ ―― 軽蔑してもらって構わないよ、セオリツ。だが私は妹夫婦の平穏なる暮らしの為ならば、この心身を異生に売り渡しても悔やみはしない』
 断言するオンジ。それでも何とか説得を続けようとした佐須良だが、突然に通信機が違う音声を拾った。
「 …… えっ!?」
 外が騒がしい。
 高遊原では、麗華が表情を変えぬまま、ただ遥か南西の彼方に立った光の柱を見詰めていた。

 …… あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ―― 諸君』
 オンジとどうにかして連絡が取れないか探っていた佐須良が、動きを止めた。
『諸君』
 高遊原の警務科一尉が書類から目を上げる。
『諸君 ―― 』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 麗華が美しい眉根を寄せたが、形作られた皺が調和を崩す事は無い。
『 ―― 私は 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 BUDDYの整備点検をしていた境界線警戒組員が揃って顔を見合わせた。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは ―― 』
 驚愕と怒りのあまりに我を忘れたオンジが机を叩く。
『 ―― 私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は …… 我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし ―― 』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ―― あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ―― 怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。―― 我は約束する! 戦いの末、“ ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 …… 聖約が、もたらされた ――。

 朱鷺子 ―― 否、フトリエルの放送を聞きながら光の柱を見遣っていた佐須良に、直接の上司たる第814班長が駆け寄ってくる。佐須良は慌てて敬礼するが、第814班長は答礼もそこそこに沈痛な表情で天草から訃報を報せた。佐須良の手が力なく落ちる。
「 ―― 陣内先輩が戦死 …… した?」
「蘇芳先輩が手を尽くしたそうだけど …… 間に合わなかったらしい。第811班も壊滅。残員2名はそのまま叛乱部隊との戦闘を続行するそうだけど …… 」
 話の半分も頭の中に入って来なかった。佐須良は苦楽をともにした、かつての上司の死に泣き崩れるだけだった。

 
■選択肢
Eh−01)健磐龍命を封印から解放する
Eh−02)妨害してくる駐日阿軍と交戦
Ep−01)朱鷺子に呼応して叛乱決起
Eg−01)駐日阿軍に味方する
Eg−02)脱走して独自に行動


■作戦上の注意
 各地で、決戦に向けて様々な動きがある。
 阿蘇の健磐龍命を封印から解放するか否かで、熊本全体の今後の趨勢が決まってくると考えてもらっても構わない。ただし現状では封印から解放した瞬間、駐日阿軍は健磐龍の怒りの火線で薙ぎ払われて全滅するだろう。熊本全土の超常体を全て討ち払ってくれる訳では無いが、少なくとも阿蘇特別戦区は棲み付いていたヴォドゥが焼失し、日本人にとって安全地帯となるのは間違い無い。
 勿論、そうならないように駐日阿軍は必死で解放を妨害してくるだろう。
 なお維持部隊に不信感を抱き、天草叛乱部隊改め、神杖軍に呼応する場合はEp選択肢を。駐日阿軍に味方するか、或いは人間社会を離れて独自に行動したい場合はEg選択肢を。
 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


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