第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第6回 〜 九州:アフリカ 其肆


E6『 サイレント・ファイヤー 』

 
 駐日阿軍(※駐日アフリカ連合軍)の虎の子であるT-54戦車の砲塔部が旋回し、100mmD-10旋条砲が向けられてくる。
「 ―― 各員、退避ー! 物陰に隠れろ!」
 班長の号令に従って、治安維持部隊員達は瓦礫を遮蔽物として、身を伏せる。
 弾体が炸裂した瞬間、跳び上がる様に前へ前へと駆け出した。T-54戦車主砲の俯角は僅か−5度。車体下方への砲撃はほぼ不可能である。また熟練した装填手と雖も次弾には4分程掛かる。其の間に詰め寄ろうとするのだが、流石に其の欠点を補わぬ程馬鹿では無い。
 副兵装として有る車体前部及び主砲同軸の7.62mm機関銃と、装填手ハッチに取り付けられている12.7mm対空機関銃が容易に寄せ付けない。其れに随伴歩兵もまたAK-47(アブトマット・カラシニコバ1947年型)突撃銃で弾幕を張っていた。
 威嚇射撃の応酬。其の為、維持部隊の歩みは遅々として進んでいない。だが、其れでも、
「 …… 奴等を引き付けるだけでも、助けになる!」
「班長。俺、神山准尉のサイン色紙貰いたいっす」
「おお、貰え。握手なんかもしてくれるかも知れないぞ。俺は食事に誘ってみようかと考えている」
 西部方面隊飛行隊随一の美麗人の姿を思い浮かべて、顔をほころばせる。そして打って変わって、真面目な顔付きで89式5.56mm小銃BUDDYを乱射した。
 …… 大津バイパス(※国道57号線)沿いの瀬田交差点にて、神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第42普通科連隊隷下の熊本北部を護る部隊の一部が、立野駅付近に陣取る駐日阿軍と交戦を開始。
 目標は ―― 阿蘇に封じられているという日本の神霊(※高位超常体)たる 健磐龍命[たけいわたつのみこと]の解放であった。

 FHG-2改航空ヘルメットを脇に抱えて、愛機を眺める。単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラス。操縦手である試験運用小隊第89組組長、神山・麗華(かみやま・れいか)准陸尉へ大勢の視線が集中した。敬礼をする者はさておき、
「准尉、写真を撮らせて下さい!」
 何か勘違いしているのではなかろうか。眉根を少し歪めた。携帯端末が向けられて、其の表情を写される。
「 ―― 随分と規律が緩んでいる様ですが」
「 …… 天草叛乱の首謀者、松塚の爆弾発言が在ったからな。大混乱の極みだよ。御蔭で警務科はおおわらわだ」
 西部方面警務隊・高遊原分遣隊の一等陸尉が疲れた顔で溜め息を吐く。
 天草叛乱首謀者、松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ] ―― 処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル)”の爆弾発言を受けて、神州各地の部隊は大混乱に陥っていた。元より、隔離された国土で勝ち過ぎず負け過ぎずの果てしなき戦いを強いらせられていたのだ。潜在的な不満は誰しも有していた。朱鷺子の爆弾発言は、其の堪忍袋に止めを刺したも同義。各地で朱鷺子に賛同すべく叛乱決起する者、また脱柵・離反する者も多く出た。
 人吉の大魔王攻略戦にも多大な影響が出ている。八代に置かれてある人吉奪回作戦総指令所は、朱鷺子側についた離反者やエンジェルスと交戦中。また山江SA(サービスエリア)の補給中継所は、離反する者により物資弾薬を強奪・焼却され、多数の重軽傷者が出ているらしい。其の人吉も、約2割近くの隊員が離反。其の多くが七つの大罪の1つ“ 暴食 ”を司りし大魔王 バールゼブブ[――]に投降して、反逆の銃火を向けてきているそうだ。
 人吉に限った話では無い。大であれ、小であれ、神州各地で叛乱や離反が相次いでいる。作戦に、多大な損害が生じているのだ。夏至の日迄に各戦線が終息を迎えられるかどうか疑わしい。
「 ―― 此処では別の形で爆弾発言の影響が出た訳だが。…… 皆、上層部の阿蘇不可侵令を無視するばかりか、積極的に健磐龍命神の解放を願っている」
「何処から漏れたのでしょうね」
「 …… 緘口令はしていても、人の口に戸は立てられない。―― 阿蘇に何かがあり、其れを駐日阿軍がひた隠していた事、そして、其れを突破しようと誰かさん達が動いているのはもう公然の秘密だ」
 結果、血気盛んな一部隊が査問会覚悟で阿蘇に進入を敢行。現在、駐日阿軍と小競り合いを行なっているという。
「 ―― 表向きは、先日の超常体大襲撃の残党処理だが …… 神山准尉に航空支援の要請が入っている。―― 行くのだろう?」
 警務科一尉の諦め口調に対し、麗華は微笑むと、
「支援要請が有るのならば、仕方有りません。拒否する理由は無いですから。―― 雷電系魔人が亡くなったと言うならば従来程の脅威は有りませんが、其れでもなお脅威たる戦力は残存しています」
 其の為の発進だ。整備員達が麗華に、機体に異常が無い事を報告した。
 愛機に乗り込んだ麗華が珍しく表情を崩し、
「 …… そうそう、御存知ですか? 戦場で誤爆は良くある事です」
「聞かなかった事にしておく」
 機器正常。燃料満タン。弾薬充分。天候良好。
「 ―― 離陸しますッ!」

*        *        *

 熊本高森線(※県道28号線)をカワサキKLX250偵察用オートバイ『烈風号』が駆ける。
「正面から出向こうと思っていたけど …… あちらのルートは使えません」
 被った88式鉄帽の下では、阿蘇特別戦区境界線警戒組・組長、瀬織津・佐須良(せおりつ・さすら)陸士長が唇を噛み締めていた。
 駐日阿軍への説得交渉を狙って、正面から単独での出向を考えていたが、事態や状況は佐須良の考えていた以上に急激に変化していた。
 正面口になる大津バイパスは既に合戦場だ。突破は難しい。幸いにして、現時点で軽傷者だけで、両方に重傷者や死者が出ていないという。
「 ―― 死者が出たら、もう手遅れになります」
 只でさえ仲が良いとは言えない駐日外国軍と、維持部隊だ。死者が出れば、怨讐の連鎖が生じてしまう。決死の覚悟で、出向く佐須良の心意気も無駄になるだろう。
 警戒組は上司でもある第814班長の二等陸曹に預けている。期日迄に戻らなければ、脱走扱いにしてくれと頼んでいた。二曹は現在、警務隊と共に周囲の暴走を宥めるべく頑張ってくれてはいるが ……。
 出ていく時の遣り取りを思い出す。

 二曹は、朱鷺子の放送を契機に維持部隊の不満が爆発をした動きを説明した上で、
「 …… おたくも損な性分だね。解かった。おたくのやりたい様にやりな。だけど必ず帰って来る事。―― 残される者の苦労も忘れるなよ」
 第811班長、陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長の戦死という報告を思い出して、佐須良も二曹も顔をうつむかせる。佐須良にとっては、陣内は先輩であり、元上司。二曹にとっては幼馴染の腐れ縁。粗野なところもあったが、豪快で楽しい好人物だった。
 うつむいていた顔をようやく上げて、
「解かりました。…… 必ず戻ります」
 佐須良の返事に、二曹は満足して頷くと、アタッシュケースを机に置いた。
「餞別ですか?」
「残念だけど違うよ。此れが送られて来たのだけど。―― おたく、何か頼んだ?」
「武器科に、御幣を ……。もしや、此れって?!」
 佐須良が目を見張ると、二曹は顔を固くして頷き返した。…… アタッシュケースには“ 落日 ”の徽章が刻まれていたのだ。
 佐須良は一度躊躇した後、其れでも意を決して掴む。そして力強い瞳で、
「 ―― お世話になりました、二曹」
「 …… 健闘を祈るよ、士長」
 敬礼を交わしてから、佐須良は背を向けた。

 荷台に括り付けているアタッシュケースの中は未だ確認していない。
「だけど …… 静花[しずか]さんが用意してくれた物ならば期待通りのモノのはず」
 顔を引き締めて、駆ける。
「 ―― ッ!」
 銃弾が烈風号をかすめた。ブレーキをかけて停車すると、木陰から駐日阿軍の魔人兵がカラシニコフを構えながら出てきた。
『 ―― 憑魔が活性化したから超常体と思ったが、人間だと?』
シャンゴ[――]大尉や オグン[――]大尉の例もある。人間の皮を被った異生(ばけもの)かも』
 此方には理解出来ないと思っているのか、仏蘭西語で喋っているが、
『違います。私は異生ですが、人間です。―― オンジ少佐に会いに来ました。会わせて頂けませんか』
 両手を上げて敵意が無い事を示すと、佐須良は仏語で嘆願するのだった。

 阿蘇山ロープウェイ発着駅。測候所に本陣を置いた駐日阿軍指揮官、アドゥロ・オンジ[――]少佐は佐須良の来訪に顔をしかめたが、直ぐに合点がいった表情を浮かべ直す。
「そういえばセオリツはジンナイの元部下だったな。良く言えば大胆。悪く言えば無鉄砲な事を忘れていた。貴官等は、そういう処は良く似ている」
 オンジは肩をすくめてから真面目な顔で、
「 …… 聞いたよ、ジンナイが戦死したと。あの男は私達を引掻き回すだけ、回して、遠くへ行ってしまったな。―― 何とも無責任な奴だ」
 陣内の話をしている時、オンジの拳が固く握り締めていたのを、佐須良は見逃さなかった。
「 ―― 其れで用件とは?」
「先ず、此んな状況の中でも会見に応じてくれた事にお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「武装解除している者を粗野に扱う事はしない。現在の我が軍隊は、内戦に明け暮れていた前世紀のとは違うつもりだ。少なくとも、私が指揮官である以上は」
 表情を固くしたまま、オンジは続ける。
「尤も貴官の場合は銃器等無くても充分に脅威だろうがな。…… シャンゴ大尉を倒した異生相手に、幾ら魔人兵とは言え部下の手には余る」
 佐須良も身を固くする。だが後悔せず、
「ええ …… 私は異生です。能力は、時間系 ―― 時の流れる速度を操る事。但し集中しなければいけませんし、また遡及する事も出来ませんが。でも心は人間のままです。……信じられないならば、殺して下さい」
 だがオンジは腕組みして、鼻を鳴らすと、
「セオリツが異生だと言うのは、私の憑魔が教えてくれる。だが殺して欲しいのならば、自分の口に銃を突っ込んで独りで死に給え。…… 用件は其んな事では無いだろう?」
 佐須良は頷いた。そして、先月に魂で見聞きした事を思い出しながら、
「 ―― 健磐龍命を封印から解放するのを見逃して下さい。いや、協力して下さい」
「 …… 以前、話した通りだ。其れは出来ん。何度も言うが、日本土着の超常体が解放されれば、其の地の超常体が消え去るという単純な話では無い。何よりも、祖国の地に超常体が現われるのを抑止する為に、私は ―― 異生の走狗になる覚悟は出来ている!」
 激昂し掛かったオンジだが、佐須良は怯まずに、此う告げた。
「 ―― 其の前提条件が無くなったら?」
「 …… 何?」
「健磐龍命を封印から解放したとしても、超常体が阿弗利加大陸に、いや此の世界にヴォドゥ神群が新たに現われる事が無くなったとしたらどうです?」
 佐須良の言葉に、オンジが途惑う。
「 …… 何を知っている、セオリツ。まさか、貴官は超常体が此の世界に現われてきた理由を知っているのか?」
「 ―― シャンゴ大尉や、オグン大尉の口からは?」
 オンジは首を振ると、
「いや、奴等は詳しくは何も。答えろ、セオリツ」
 佐須良は深く息を吐くと、
「 ―― 遊戯なのです。神様同士の陣取り合戦。勝者には次代の創造主になれる。敗北条件は、自群の主神級超常体が倒される事。其うなれば彼等は二度と此の世界に現われない。ですから、既に此の世界に残っている超常体を一掃すれば ……」
「神州にも、我が祖国にも超常体が増える事は無いと? だが、其の証左は?」
 詰め寄るオンジに、佐須良は首を振りつつ、
「ですが、ヴォドゥの主神たるマウ・リサ[―・―]は『 最早、私と我は消え、此の地の行く末は子等に委ねよう 』と述べていらっしゃいました。マウ・リサは遊戯から降りたのです」
 ダホメのフォン族に伝わる神話の最高神マウ・リサ。日本の八百万と同じく多神教であり、マウ・リサは其の頂点に位置する双子神だ。なお無数の神群を『ヴォドゥ』と総称するが、ハイチのヴードゥー教の語源でもある。
「何故、此ういう事が解かるかの理由は …… 自分が異生になったから。私は“ 彼等 ”に認められて、人の心を持った異生となりました」
 佐須良の告白に、オンジはよろめいた。額に手を当てて、力なく笑い出す。
「ははは。嘘か本当かも解からん話だな。…… だが、セオリツの話が本当だったとしても、封印から解放されたタケイワタツは、私達、阿弗利加連合軍も含めて此の地の超常体を全て灼き払うと言っていたそうではないか。―― 祖国が、妹夫婦の生活が安全だというのを確認出来ぬまま、殺されるつもりは無い」
「勿論です。私もオンジ少佐達を殺されたくはありません。―― 健磐龍命へは封印解除の絶対条件として、『 駐日阿軍への攻撃は絶対にしない 』という事を約束させます。此の条件が飲めない様でしたら、封印解除は致しません」
 佐須良の言葉に、オンジは複雑な色を秘めて視線を向ける。重い口を開いた。
「 ―― だが、其れは維持部隊全体の意見か? セオリツが真実を語ってくれたところで、またタケイワタツに働き駆けようと提案してくれた処で、他の者が先駆けて封印を解除してしまえばどうなる? 事実ルート57で交戦中であるし、また …… 」
 オンジは西の空を指差した。佐須良も、唾を飲み込む。其処に見えたのは機影が1つ。―― 麗華が駆るハリアーIIプラスだった。
「 …… また、私が信じたとしても、部下達迄も、セオリツの言を信じるとは限らない。容赦無く迎撃はさせてもらう」
 力無くうなだれる佐須良に、オンジは背を向けると一言だけ呟いた。
「 ―― 貴官の誠意ある態度を望もう」
 佐須良を拘束もせず、慌しく駐日阿軍は迎撃の為に重機関銃ブローニングM2や携帯式低高度地対空ミサイルFIM-92スティンガーを空に向ける。其れを横目にしながら、
( …… 説得交渉なんて無意味だったのでしょうか? いや、其んな事は思いたく無い。オンジ少佐は耳を傾けるだけでもしてくれた )
 だが強行すれば、其れ等が全て御破算になる。怒り狂った健磐龍による虐殺の始まりだ。
( どうにかして健磐龍命の荒御霊を鎮めないと )
 目に止まったのは烈風号。藁にもすがる思いで、荷台のアタッシュケースを広げた。中の物を確認して、目を見張る。
「 ―― 此れって!!? もしかして、此れが静花さんの憑魔に由来する物? …… どちらにしても、此れならやれるかも知れません!」
 佐須良は立ち上がった。

*        *        *

 高高度から滑る様に突き進むハリアーIIプラス。計器盤を睨みながら、麗華は目標を見定める。
 地上から対空砲火が上がった。重機関銃が弾幕を張るが、麗華は方向舵ペダルを踏んで、巧みに操縦桿を倒して鮮やかに擦り抜けていく。
「 …… あなた方の決意には敬意を。ならば、実力で以って押し通らせて頂きます」
 寄せ付けまいとする駐日阿軍兵士はスティンガーを構えてきた。―― 操縦席で鳴り響く警告音。同時、発射煙を撒き散らしてスティンガーが上がる。
 スティンガーミサイルは、短距離地対空ミサイルの傑作だ。前身たるFIM-43レッドアイがジェットエンジンの炎にしか感知せず、目標後方からの追跡順路から撃つしか無かったのに対し、赤外線パッシブ・ホーミングの向上で正面・側面に対しても追跡可能。
「 ―― POSTか、其れとも旧式ですか」
 麗華は焦らず、だが素早く発火弾を放ち、スティンガーの赤外線ホーミングを逸らそうとした。
 改良型であるスティンガーPOSTは、赤外線の他、紫外線も探知出来る為、データ照合によって発火弾か目標かを正しく区別して追跡してくる。…… 余談であるが、自衛隊は改良型を採用するのではなく、国産の91式携帯地対空誘導弾ハンドアローを後継として、フレア等の問題点を解決している。
 ―― 果たして、駐日阿軍装備のスティンガーはいずれか?
 フレアを撒くと同時に、振り切る様に舞い上がる。発射されたスティンガーの多くはフレアに騙され、爆発。続くミサイルも誘爆していく。
「 …… 飛行機最大の脅威から逃れられましたか。ですが、未だ油断は出来ませんね。魔人兵一体でも、対空戦力として馬鹿に出来ないのですから」
 駐日外国軍兵士の大半は、罪を犯した事による懲罰として、或いは憑魔に寄生されての、文字通り、故郷を追われた者達 ―― つまりは4人に1人ぐらいは魔人兵だと思ってよい。彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装する。憑魔能力をも有する魔人は、単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力なのだ。
 覚悟していた通り、背に翼を生やした異形系魔人2体がカラシニコフを手にして飛び上がって来る。速度や攻撃力に装甲は圧倒的にハリアーが上だが、彼等は空中機動において優る。ドッグファイトにおいては、攻撃力よりも機動力が勝負を決める。第2次世界大戦時に零戦が空中の覇者となったのは、装甲を犠牲にした軽量さによる機動性にあったというのは有名な話だ。そして戦闘機は構造上、前にしか攻撃出来ない。
 相手の武装がカラシニコフ1丁だけだとしても、空中戦では充分だ。並の操縦者ならば撃墜を覚悟する絶望的な状況の中、だが麗華の美しい唇は酸素マスクの中で冷たい笑みを形作っていた。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 操縦桿を操り、軽やかにペダルを踏んでいく。エンジンスロットルや排気口角度制御レバーをも的確な角度で倒す麗華は、ハリアーIIプラスに生き物の様な躍動感を与えた。慣性の法則や、Gを無視した動きに、迎撃に上がった駐日阿軍兵士は翻弄されるばかり。カラシニコフを無駄撃ちした彼等を、麗華は捕捉する。胴体下のGAU-12機関砲が唸りを上げようとした。
( ―― 神山准尉、駄目ッ!)
 必死の訴えが脳裏に浮かんだ。機関砲発射ボタンを押す指が固まる。マスクの下で歯を噛み締めると、操縦桿を倒した。魔人兵を翼で引っ掛ける様にして、空から払い落としていく。落下ダメージで暫くは動けないだろうが、相手は異形系だ。死にはしないだろう。
 対空砲火の弾幕を擦り抜け、横並びして槍を一斉投擲してくる強化系魔人へと威嚇射撃を放ちながら、麗華は目標 ―― 阿蘇山噴火口巨石へと迫る。かつて高位上級超常体オグンが護っていた封印。ハリアーIIプラスの接近に、駐日阿軍兵士は絶望的な悲鳴を上げる。だがオンジが部下の制止を振り切って、独りでハリアーIIプラスに立ち塞がった。手にしたカラシニコフを乱射してくる。
「 ―― やらせはせん。やらせんはせんぞーッ!」
 鬼気迫るオンジに麗華は息を飲む。7.62mm×39ソビエトM43弾が機首のレドームを傷付け、キャノビーを破砕する。荒れ狂った風圧が麗華を襲うが、ヘルメットと酸素マスクが痛みを和らげてくれた。
 オンジと麗華の視線が交錯する。故郷・阿弗利加の大地を護る為に立ちはだかるオンジと、故郷・神州日本を救う為に突き進む麗華。
「 ―― ッ!!」
 声にならぬ叫びはマスクの内に隠される。麗華はAGM-65Eマヴェリック空対地ミサイルを投射した。
 マヴェリックは狙い違わず巨石に命中。大爆発を起こした。亀裂が入っていた巨石は、其の一撃で完全に破砕。途端、地鳴りが響き、大地が激しく脈動する。
 そして阿蘇山が噴火した!
 噴き上がった溶岩は、焔の龍の形を採る。封印から解放された健磐龍が、吼声を上げた。其れは産まれたばかりの赤子が己の存在を周囲に知らしめる為に上げる、泣き声にも取れた。
『 ―― 我は解放せり! 我が愛しき、瑞穂(※日本の美称)の子等よ。我を解放した事を、ありがたく感謝する』
 一瞬だけだが溶岩龍は麗華へと喜びの意を送ってくる。だが、直ぐに健磐龍は怒気を撒き散らした。
『 我の望みは異邦の神、精霊(すだま)、獣を、此の地より追い払う事。異邦の者共よ! 我が怒り、思い知るが良い!』
 駐日阿軍兵士は逃げ惑ったり、或いはカラシニコフを乱射して飽く迄も抵抗したり、其れか呆然と立ち尽くしたりするばかりだった。
 健磐龍の顎が開かれる。其処から一条の熱線を発せられようとした ―― 其の時、
「 …… ひふみよ いむなや こともちらろね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ」
 美しい女声が響き渡った。健磐龍が動きを止める。
 ひふみ神歌。四十七の清音。神霊を慰め万の災いをして幸いにかえさずということなし。
 敵味方の区別無く、全ての視線が彼女に集中した。
 爆発に巻き込まれて死亡したと思っていたオンジ。何時の間にか彼を救出し、今も抱きかかえている佐須良が言霊を唱えている。
 優しくオンジを地面に下ろすと、佐須良は健磐龍へと頭を垂れた。
「 ―― 殿下の怒りは御尤もなれど、何卒、荒振りし御魂を御鎮め下さい。怒りは哀しみを招き、哀しみは憎しみを育てますれば、殿下の寛容なる御心を以って彼等を御許し下さい」
『謀られ、封じられた屈辱を忘れよと申すか! 我が怒りを鎮められるとは驕り昂ぶったものよ!』
「畏れ多くとも、其れが必要と信ずれば。殿下を慰め、怒りを鎮めて御覧に入れましょう!」
『 ―― よくも大言が吐けたものよ!』
 健磐龍が炎の息を浴びせようと、佐須良へと口を向けた。しかし佐須良は臆する事無く、傍のアタッシュケースを開く。取り出したるは ―― 6月も半ばというのに、頭垂れる程に実った黄金の稲穂。そして朱塗りの櫛。
『そ、其れは ―― クシナダのオンヒメの!』
 櫛名田比売または奇稲田姫。“ 神妙 ”を意味するクシが稲田に掛かる事によって、稲穂が良く実った美田を表す。其れは豊穣に奉げられる犠牲でもある。荒ぶる八俣の水流(龍)を治める為の人柱。高天原の荒御魂たる須佐之男尊に見初められた末姫は、貴神に命を救われて契りを結んだ。其れは治水に成功して美田を得た証であり、支配者継承の証。―― 暴流(龍)への人柱にして、荒御魂を英雄神に転じさせた媛神。
 荒ぶる溶岩龍を鎮めるに、霊険は遜色無かろう。
「 ―― ひふみよ いむなや こともちらろね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ」
 唄いながら舞い踊る佐須良。噴火の害を鎮めるという神事、火口祈願祭の礼法は失われた。だが様式・形式に拘り過ぎる必要は無い。要は荒御魂を慰め、鎮め、払い、清めて和御魂を奉る事にある。
 舞い踊るだけでなく、笙や笛の代わりに、ハーモニカを吹き鳴らす。何時しか駐日阿軍兵士達も佐須良に合わせて思い思いの鎮魂の音を響かせていた。
 麗華は感じ取る。健磐龍の怒りの気が霧散していくのを。健磐龍は微動だにせず、ただ其処に在った。
 佐須良が稲穂と櫛を投じると、健磐龍が受け止める。
『 ―― 瑞穂の子よ。禍魂を宿せし、女よ。汝の心意気に免じて、我は異邦の子等を許そう』
 穏やかな気を発せながら、健磐龍が笑う。
 駐日阿軍兵士が歓声を上げて佐須良を取り囲む中、彼女は緊張が抜けたのか崩れ落ちていく。佐須良を抱き止めるのは眼を覚ましていたオンジ。
 麗華は眼下の光景を見納めると、高遊原分屯地へと帰投するのだった。

*        *        *

 数日後。トラックの群れが大津バイパスを通過していく。解放された阿蘇特別戦区へと、非戦闘員や物資が移送されていた。
 此れは健磐龍の復活により、中九州(熊本・宮崎)の超常体が激減した事が上げられる。特に阿蘇と熊本中心部は安全圏と化していた。
「全面的な協力に感謝します、オンジ少佐」
「其れは此方の台詞だよ、セオリツ。貴官が居なければ、私も部下達も全滅は免れなかっただろう」
 オンジと佐須良が固く握手する。駐日阿軍は、維持部隊との非友好的な関係を転じた。流石に今迄の禍根を全て流すという訳にはいかなかったが、其れでも篭城戦において力強い味方になってくれる事は、維持部隊にとってありがたい。
「 ―― タケイワタツが解放されてから未だ日は浅くて確証は出来ていないが、其れでも祖国において超常体の出現は皆無に等しいらしい。此のまま何事も起きなければ良いのだが …… 」
「大丈夫ですよ。私達が何とかします」
 決意を込めて佐須良が答えた。
「そうか …… セオリツは戦いに出向くのだったな。神々の争いに」
 健磐龍の復活だけでなく、熊本城にある藤崎八旛の九州結界も死守。人吉では大魔王バールゼブブの完全顕現を阻止に成功した。だが、天草の叛乱鎮圧は失敗。部隊は全滅し、宇土迄の敗走を強いられた。健磐龍の力もあって、容易に“ 神の御軍(みいくさ) ”が熊本本土に上陸する事は叶わなくなったとはいえ、宇土、八代、そして長崎では防衛戦を続けている。其れは神州各地でも同じ事。日本神霊の解放に成功としたところもあれば、大魔王や主神級超常体に顕現されてしまって壊滅した部隊もある。“ 燭台 ”も幾つか灯り、天獄の門が開かれた。―― 世は黙示録だ。
「 …… 其れでは、私は迎えの者が来ているので、此れで失礼致します」
「阿蘇に寄る事があったら、顔を出してくれ。美味い珈琲を御馳走する。…… 健闘を祈る」
「少佐も、息災で」
 敬礼を互いに交わし、佐須良は表に待機していた高機動車『疾風』に乗り込んだ。
「 …… あれ?」
 思わず不思議そうな顔をしてしまう。烈風号があるのは当然として、警戒組の部下達も一緒なのはどういう事か。彼等も召集令状を受け取ったのか。
「 ―― 先輩が行くのに、俺達が付いていかなくてどうするんですか」
「お姉様と死ぬ迄一緒です!」
「そう言う訳ですよ、組長」
「 …… 此れから赴くのは本当の地獄ですよ?」
 佐須良の言葉に、皆が顔を見合わせる。だが親指を立てると、
「「「イエ〜ィッッッ!!!」」」
 一瞬呆れたが、佐須良も負けじと笑顔で親指を立てるのだった。

 ―― そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 だが、其の中でも防備を固められた阿蘇を脅かすモノは無い。
 愛機に乗った麗華は、阿蘇山の雄大な景色を俯瞰する。噴煙を上げる火口には時折、溶岩龍が姿を顕して周囲を睥睨していた。
 状況は未だに苛酷だ。だが失われていた平穏が少しずつ戻って来るだろう。戦い続けていった、其の先に。
 麗華がそう決意すると、ハリアーIIプラスは阿蘇の空を翻ったのだった。

 


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 阿蘇侵入作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 早い段階で、健磐龍への接触に成功し、神州結界に隠されていた秘密を探り当てていました。また資料や情報に目を良く通した事が、最大の勝因です。此の世界と超常体の謎に近付いた個別ノベルも実は発送されていましたので、手に入れてみられる事をお奨めします。今後の展開を大きく左右する伏線が散りばめられています。
 駐日阿軍の持つジレンマを考えて思い悩む瀬織津士長と、其れでも封印解放を敢行する神山准尉の決断力が対照的ではありますが、両者いずれがいなくても、此の最良の結びは得られなかったでしょう。
 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
 此の直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に福岡・大分、そして沖縄での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

●おまけ・設定暴露:
 アクション上で最後まで名前が間違えられていた(^^;)アドゥロ・オンジ少佐ですが、実は本名ではありません。東阿弗利加ルグバラ人に伝わる悪なる地上の神アドゥロ。其の悪の面を強調した呼び名が「アドゥロ・オンジ」と言い、人々に死をもたらす神です。但しオンジ少佐は、シャンゴ大尉やオグン大尉と違って、完全には侵蝕されていなかった魔人でした。戦う機会はありませんでしたが、呪言系です。
 なお出し忘れていた超常体が、這い寄る混沌ニャルラトホテプの化身、アトゥ。駐日阿軍の背後で、維持部隊との憎悪の怨讐や混乱を企てているラスボスのつもりでしたが …… 出す機会を逸して、其のままお蔵入りに。(;_;)。
 ちなみに櫛名田比売の解釈は、『隔離戦区』シリーズにおけるもので、必ずしも通説ではありません。


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