第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第1回 〜 九州:アフリカ 其弐


N1『 我、彼を消失したり……え? 』

 4月8日深夜。せっかくの満月の夜だが、熊本北部は曇り時々雨だった。
 厚い雨雲でいっそう視界の悪い熊本の夜空を、多用途空中哨戒機が周囲を捜索していた。
 マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラス ―― 単座垂直離着陸機。米海兵隊からの払い下げであるこの機体は、旧航空自衛隊出身の 北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉の愛機と知られている。
 ちなみにハリアーIIプラスは西部方面航空隊並びに第8師団飛行隊合わせても現状2機しか配備されているとかいないとか。まぁそんな事はどうでもよろし。
 払い下げ品と言うと聞こえは悪いが、このハリアーIIプラスには前方監視赤外線装置、改良型ヘッド・アップ・ディスプレイ、ヘッド・ダウン・ディスプレイ、カラー地図表示装置のみならず、AN/APG-65多モード・レーダーと贅沢な電子機器を備えている。
 このAN/APG-65多モード・レーダーには、視程外レーダー誘導ミサイルの中間飛翔誘導を行ないながら別の目標を捜索出来る走査中追跡モードがある他、低空飛行時の地形回避情報を表示し、地上の移動目標を探知して目標までの正確な距離をも表示出来る優れものだ。
 ……だが、
「 ―― 支援要請現場周辺の捜索にも関わらず、目標を消失。クーガーの残骸並びに超常体の死骸は確認。されど救援要請を出していたハチヨンハチの姿なし」
『 ―― 了解。北見准尉、帰投せよ』
 帰投だって? ハチヨンハチ ―― 栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹が率いる西部方面隊・第8師団・第848班が戦闘で壊滅したのではなく、脱走したという確信が私にはある。というか、壊滅したんなら遺体ぐらいは見つかるはずですよ、普通。
 北見は心の中で『えー?』と呟くと、管制官に更なる捜索続行を申し出た。
 だが管制官は帰投命令を再度発する。
 結局、ハリアーIIプラスは後ろ髪を引かれるような思いで、現地を後にするのだった。
「……脱走なんて、逃げ込む先が護ってくれる訳ないのに」

 ……機影が遥か彼方に飛び去っていくのを確認した栗木は、身を起こすと大仰な仕草で、
にににっにっ日本のぉぉぉ偽装力はぁぁぁ世界一ぃぃぃっっっ!!!
「「わー、どんどん、ぱふぱふぅー♪」」
 うっそうと茂った樹木の溶け込んでいた彼等は口真似で喝采を上げる。
「あー。ちなみに陸上自衛隊の偽装力が世界一と言うのは実話です。『偽装は自衛隊に学べ』と言われる程で、本当に見えなくなってしまうから不思議、不思議★」
「 …… 班長、誰に解説してるんすか?」
「いや、なんとなく。まぁ、空から機械頼みで捜索してもね。簡単に見破られるわけねーだろ、という事で。自分の目で、耳で、肌で、感じ取るのが大事」
 胸を張って笑う栗木。すげー、小憎たらしいが、それは御愛嬌という事で。
「 …… しかし、班長。クーガーをやけにあっさり潰しましたね。いくら壊滅したという偽装工作とはいえ、いいんですか?」
 96式装輪装甲車クーガーは、今まで第848班の大事な足として働いてくれた。それを潰した事で、哀惜と同時に、今後の佐世保までの移動手段について危惧を覚えるのは無理なからぬ。
 だが栗木は『南無三』と合掌してから、
「いいんだよ。第一、車輌なんて使ったら簡単にアシがつくじゃないか」
 そして真面目そうな顔をして、
「 ―― 立って歩け。前へ進め。オレ達には立派な足がついているじゃないか」
 口元を引き締めて栗木は右腕を振り上げると、共犯者達を見渡す。
「いいかね、諸君。これからオレ達は脱走をする。……そう、オレは全ての障害を躊躇わず進む者なり! ならば、今こそ言おう。―― 栗木の姓は逃走者を任ずると! 良いか諸君、夜逃げの準備をしろ。そして教えてやれ。この逃走は、自由を渇望する者の為にあるのだと! まだ見ぬフロンティアを目指して突き進むものだと!! 良いか諸君!」
 息を吸い。
「返事はどうした!」
 ……だが班員は指で耳栓。途端に困った顔の栗木。
「いや、返事してくれないと……格好がつかないんだけど」
「 …… ここで班長の望む通りに返事したら、パロディじゃなくて、まんま盗作になりますんで」
 班員達はニコヤカな顔で、冷たく返す。
 仕方なく、栗木は泣き顔を浮かべたとさ。ちゃんちゃん♪

*        *        *

 時は溯って4月8日昼間。暖かくなってきたが、天候は曇り。
 熊本県鹿本郡植木町役場跡に赴いた北見は、ここに陣取っている栗木達、第848班に愛想笑いで出迎えられた。
「いやー、こんちは。北見准尉。本日もお日柄が良く何よりで」
 たたんだ扇子で自らの頭を叩きながら、栗木が挨拶をする。
 というか、何処からあんなもの(=扇子)入手したんでしょうか?と北見は感心するやら、呆れるやら。
 ちなみにジュリアナ扇子、略してジュリ扇だったりするから尚更変だ。
「それはさておき」
 貴方が言うな、とツッコミ入れたくなるが、話が進まなくなりそうなので、北見は先を促す。
「いったい何事ですかな、高遊原から出張ってくるなんて」
 短いながらも髪の毛を弄りながら、栗木が訊ねてきた。単刀直入に核心から切出すが、腹芸はこれからだ。
「なに、亜矢さん ―― 栗木・亜矢[くりき・あや]士長が心配していましたのでね。…… 逃げ出そうなんて考えていないかと」
「ははっ、はっはっはっ」
 笑い声の擬音を、わざとらしく口にして栗木は、唇の端を歪ませた。無論、目に好意的な色は漂っていない。
「 ―― 当たらずとも遠からずですよ、北見准尉。天草や人吉で激戦が繰り広げられているのに、オレんところは熊本北部の現状維持。待機任務。現状から逃げ出して、いつでも応援に駆けつけたい気分ですね」
 迷いもなく言いきってくる。
「しかし、福岡や長崎方面での超常体もまた活発化しているという話ですからね。栗木さん達にここを維持してもらえているから、南部戦線も後顧の憂いなく戦えるというものなんですよ?」
「はっはっはっ。そう言われますと照れますな」
 乾いた空気と緊張が、互いの間に漂う。
 暫くの間の後、北見が溜め息を吐いた。
「 …… そもそも、ここから逃げ出したところで、どこへ行けると言うのですか。―― 私はね、日本在住自体が懲罰部隊みたいなものだと考えています」
 視線を年長者のそれにして、
「 ―― 何せ、安全な後方がないのですから」
 そんな北見の言葉だったが、意外な事に栗木は素直に頷いてみせた。
「 ―― ええ、同感ですね、北見さん」
 第848班副班長が腕時計を指し示しながら、報告を入れる。
 栗木は頬を掻くと、
「失礼。―― どうやら逃げ出したい現状たる、定期巡回の時間のようでしてね。そんじゃ、また、北見准尉。いつか何処かで …… 生きていれば」
 このまま居座るわけにもいかなく、北見は立ち上がる。暫く距離を置いてから呟いた。
「 …… 亜矢さんの頼みです、多少の骨折りはしましょう。ただし、限度はありますけどね」

 北見が追い出されるように離れてから、栗木が頭を掻き毟る。
「あー。若造りの糞ジジイが。若い女の子の頼みだからといって、色気を出して詰まらん事にヒョイヒョイ顔を突っ込むんじゃねぇよ」
「栗木班長、もしかして北見准尉がお嫌いなんで?」
 ああ、と腕を組んで頷いてから。
「いま、この場で嫌いになった。…… 脱け出すからには、あの糞ジジイをやり込める形でないと気が済まんな、オレとしては」
 背嚢のベルトに手を通すと、89式5.56mm小銃を担いだ。点呼を取り、出発の合図を送る。
「各員、乗車!」
「 ―― 乗車!」
 96式装輪装甲車クーガーに搭乗すると、担当区画を地図を広げて赤鉛筆でチェック。
「今日は金毘羅山の方を見てくるか。―― しかし、何で脱走計画が漏れているんだ? 亜矢にバレているとは」
「あ、すみません。私が漏らしました」
 副班長の足を思いっきり踏んづけた。半長靴に守られているとはいえ、痛いものは痛い。
 痛みにのけぞる副班長はさておいて、班員が訊ねる。
「亜矢さん、連れて行かないつもりだったんですか?」
「何で?」
 何でと問い返されて、班員達は顔を見合わせた。
「あのな、いい加減、アイツもお兄ちゃん離れすべきだぞ。いつまでも、オレの背中を追いかけてばかりじゃ独り立ちも出来んからな。…… そもそもオレには妹萌え属性ねーんだわ」
 苦笑すると、栗木は頬杖を付いた。
「まぁ、いいさ。―― 五月蝿い目付け役もいる事だし、思い立ったが今日が決行」
「ちょっと待てーっ! 全然、具体的プラン持ち込まれてないというのに?」
「はっはっは。人生なるようにしかならんぞー」
「うわー、やっぱり無茶苦茶だよ、この人ッ!」
 周囲が呆れかえるが、栗木はスルー。
「そういや、あそこらへんにはアイツ等の巣があったな …… あの糞ジジイには、オレ達が壊滅したという証人になってもらうかね。ふっふっふ」
 おまけに意地の悪い炎が見え隠れもしていた。

*        *        *

 北見が高遊原の西部方面航空隊並びに第8師団飛行隊の駐屯地に戻ったのと、第848班から緊急支援要請が入ったのは同時だった。
「植木・田原坂にて超常体の襲撃。敵区分 ―― 低位上級の単眼類大型豚頭牛身、通称カトブレパスの群れとのこと」
 ハリアーの胴体揚力増強装置が唸り、浮かび上がった機体は高度を保つと、最大水平速度1,065km/hで現場に急行する。
(カトブレパスの群れですか …… ここ数年でも1、2体しか確認されていませんのに …… やはり各地の超常体の活発化と関係が?)
 何にしろ、ハリアー搭載のミサイルがあれば、簡単に解決するだろう。
 キャノピーの中で思い更ける北見だったが、レーダーに映った情報に目を見張った。
 レーダーに捉えた救援ビーコンだが、クーガーが突如爆発炎上し、途絶えてしまう。前方赤外線監視装置がダウンした。
 同時、爆発炎上に驚いたのだろうか、奇怪な植物が繁茂している山や丘から、鳥の群れが舞い上がった。
 鳥? ―― 否、低位下級の鳥類超常体。人面鳥身のところは瀬戸内海に出没するハルピュイアに似通ってはいるが、それとは別種の、九州中部以南特有の鶏冠を持つ暗色の小型人面鳥身の超常体、通称ホラワカ。
 興奮したホラワカは、図体が数倍を上回っているというのにハリアーを取り囲むと、一斉にその鉤爪や、羽根、嘴で攻撃を仕掛けてきた。
 北見はハリアーを巧みに操って態勢を整えると、GAU12 25mm機関砲をバラ撒く。
 数は多いが、力は人並みに過ぎない。ホラワカの群れは25mm砲弾を浴びると、次第に散り散りになっていく。
 地上では、同じく支援要請で駆け付けてきた最寄りの普通科部隊がホラワカの群れを蹴散らしていたが、その何処にも第848班の姿は見受けられなかった。

*        *        *

 北見の『848壊滅の偽装をし、脱走の疑いあり』との報告に、警務隊 ―― 神州結界維持部隊・長官直轄の部隊であり、旧日本国陸上自衛隊警務科と、日本国警察組織機関が統合された、つまりは神州結界内での警察機関。警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有する ―― が動き出したものの、何の手がかりを得る事も出来なかった。
「距離や消失の方向を考えれば、北西方面と思います。逃走ルートから判断しうる第4師団や駐日外国軍に捕縛を依頼すべきです」
 だが、警務隊の一等陸尉は難しい顔を浮かべるばかり。
「正直なところ、そんな要請を出す必要はないというのが実状なのだよ、北見准尉」
 書類をめくりながら、
「この神州内で消息不明になる部隊がどれほどあると思う? そのうち幾つかは間違いもなく壊滅した結果だが、ほとんどが脱走のものだ。勿論、脱走したところで、山奥や廃墟に隠れ潜んだ末に誰の手助けも求められずに、餓死したり、強力な超常体に囲まれて殺されたりがオチだがな」
「 …… 第848班もそうなる可能性が高いと?」
「判らん。栗木三曹は若年ながら、レンジャー徽章の持ち主だ。しかもサバイバル教練成績も優秀な」
 世が世ならば、制服組のエリートである。ちなみに制服組の最強無比のエリートは、東部方面隊・習志野(でも住所は船橋市)の第1空挺団だとか。
「生きていようが死んでいようが、たかが脱走部隊1つに追撃隊を組織する必要性があるかどうかもまた問題だな」
「では、私1人でも …… 」
「貴重なハリアーをそんな事に使えと? それこそ馬鹿馬鹿しい」
 警務科一尉は鼻で笑うと、
「人吉は山江SA(サービスエリア)を奪回したが、予断は許さない。天草では三角の五橋入口を抑えたものの、大矢野に出現したプリンシパリティ1体で鎮圧部隊が足止めされているらしい」
 プリンシパリティ ―― 権天使と邦訳される高位下級の超常体は、同じ階級に分類されているもののカトブレパス数体以上の脅威をもつ。
「どうしても栗木三曹を追いかけたいのなら、それなりの理由をつける事だな」
「解かりました。…… そういえば、栗木士長の処遇は?」
「人吉方面に出向してもらっている。…… ああ、そんな目で見るな。栗木三曹に対する人質や懲罰と思われても仕方ないが、これは純粋に人吉方面の支援だ」
 苦笑する警務科一尉。話はこれまでだ、と退室を促してくる。
「君にも君の立場と言うものがある。くれぐれも、その事を理解しておいてくれ。たかが一個班ぐらい、捨て置いても構わんさ」

■選択肢
N−01)脱走計画、ルートを決めろ
N−02)脱走計画、とりあえず邪魔する奴を撃退だ
N−03)脱走追撃、先回りして、邪魔してくれよう
N−04)脱走追撃、馬鹿は実力でお仕置きだ


■作戦上の注意
 当作戦において、脱走者には弾薬類の補給の他、全ての支援はない。また、追撃者には補給はあっても戦闘支援はない可能性が高い。場合によっては追撃者にも脱走の嫌疑がかかる事に注意されたし。


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