第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其弐


N2『 いい加減にしろ、と怒ってみた 』

 跳びかかってきた2足歩行類小型犬頭人身の低位下級超常体 ―― 通称コボルトの右腕の鉤爪に対して、89式5.56mm小銃BUDDYに着用した銃剣で打ち返す。己の力でもって、刃を喰い込ませたコボルトは鳴き喚く間も与えられずに、反撃の長突を受けて絶命した。
 活性化により力が増した横打ちの拳撃を放ち、(元)西部方面隊・第8師団・第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹は、
「うしっ。―― 1、2、3、だーッ!」
 と口に出すと、拳を握り締めて宙に突き出した。
「いや、吼えたい気持ちは解かりますけど、班長 …… やはり射撃制限付きでの戦闘はキツイですよ」
 返り血で汚れた迷彩服に辟易しながら、副班長が苦笑する。
「んー。まぁ仕方無いだろ。銃弾は節約しなくちゃな。俺達には補給のアテはないんだから。コボルト相手ならば白兵戦でも何とかなる」
「それで大怪我したら洒落にならないのですけどね」
 肩をすくめる副班長の言葉に、栗木が眉間に皺を寄せた。
「 …… 被害状況は?」
 心配そうな栗木の口振りに、副班長は微笑みを浮かべると、
「打ち身と擦り傷です」
 班員達の明るく元気な声で返事が上がった。栗木は視線を暫く泳がせると、
「あー。…… コホン。そんな傷は唾つけておくだけで充分だ、この野郎!」
「いゃ、照れ隠しに逆ギレされても」
 笑う班員達に、オアーとかウキィーとか奇声を発して威嚇(?)する栗木。副班長は苦笑すると、
「とにかく傷病者が出ていないか確認は怠らずにいきましょう。弾薬の補給どころか医療物資も手に入りにくい状況なんですから」
「そうだな。…… だって、俺達は、只今、脱走中なんだし! 皆、怪我には気を付けよう。でも弾は勿体無いから出来る限り、使うなよ。おにーさんと、皆との約束だ!」
「うわー。相変わらず無茶苦茶だよ、このヒト!」

 第848班が脱走したのは、今月の上旬。表向きは、超常体との戦闘による壊滅で、生死不明。
 偽装工作するのに惜しげも無く、アシであった96式装輪装甲車クーガーを放棄 …… ていうか、ぶっちゃけ破壊すると、肉体の脚力のみで重い装備を抱えて、長崎・佐世保の駐日米海軍基地を目指していた。
 今のところ追撃してくるのは、若作りの爺さん1人であるが、赤外線装置の機体で空飛んで来るので、うっとおしい事甚だしい。
 一時期、キレた栗木が竹槍を投射して叩き落そうとした事もあったが、流石に周りが止めた。
「竹槍1本でB29 …… もといハリアー墜とすなんて、都市伝説じゃないんですから」
「でも、この世界。マジで、地上から石礫1つで、高度3万ft上空のワイバーンを撃ち墜とした奴がいるからなぁ …… 」
「ど、どど、どんな化け物ですかな、それはっ!?」
「ん。…… 確か、松塚 一尉だったかな?」
 さておき。
 結界維持部隊の迷彩服2形は赤外線暗視装置で探知されにくくする近赤外偽装が施されているとはいえ、念の為に屋内への潜伏や野外での偽装を、追撃が接近するたびに行なっている。加えて、超常体との戦闘や、食糧や物資の採集等で歩みは遅々としていた。
「それでも負けずに歩け、皆の衆! 1日1歩、2日で2歩。3歩、歩いて2歩下がる」
「「 ―― 下がっちゃ意味無いでしょ!!」」
「ドンマイ、気にすんな!」

 …… と、人差し指を立てて、あらぬ方向を見詰めて栗木が呟いていた。
「 …… 班長、誰に説明しているんですか?」
「んー?」
 栗木は周囲を見回してから、
「いや、なんとなく」
 そんな栗木の様子に溜め息を漏らす班員達。もうこのヒト、駄目かもしんない。
「何だか失礼な空気が充満しているような、いないような。とにかく、未だ見ぬ明日にレッツらゴー!」

*        *        *

 高遊原の西部方面航空隊並びに第8師団飛行隊の駐屯地で、派手なクシャミが響き渡る。未だ青年と称されても可笑しくない風貌の男。
「一誹二笑三惚四風邪 …… 誰かが悪口を言っていますね」
 クシャミを一度したら誰かに悪口を言われている、二度なら誰かに笑われている、三度なら誰かに恋をされている、という意味だ。続けて連発しないところを考えると、悪口を言われているのだろうと結論付けた。
「しかし若作りの爺さんと言われていますが、私は未だ41ですよ。―― 四捨五入したら0歳です」
 そりゃアンタ、流石に、はしょり過ぎ。
「とは言え、40歳前後にしては、その容貌は若作りと言われても仕方ないだろう。…… 魂を売り渡して若さを手にしたという噂は真実なのか? 北見准尉」
 警務科の一等陸尉が書類をめくりながら、横目で尋ねてくる。北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉は苦笑して答えた。
「さて? 超常体に憑かれた事による、身体の構造変化は未だに完全解明されていませんからね。…… ただ、強化系に過ぎない私が若く見えますのは、童顔で線が細いという個人的な生来の体質に起因するところが大きいかと」
 異形系ならば、老若男女変幻自在であり、且つ事実上の半不老不死であり、外見年齢十代という自由設定も大々的に認められるのだが。
 ぶっちゃけ強化系だと、ちょっと苦しい。もっとも異形系は姿が自由自在に出来るとは言え、憑魔能力を行使するたびに侵蝕が進むのであれば、
「 …… 肉体も身体も超常体と化し、それでは何の為の半不老不死か解からなくなりますけどね」
 さておき、と報告書を置くと、
「通信科の交信記録をまとめたものですが ―― 何者かが、植木から北西へと移動している痕跡が伺えられますよ」
 山鹿や荒尾の戦区を担当警戒している普通科部隊からの報告によると、複数の何者かが超常体の群れと交戦した痕跡や、宿営して休息した痕跡が発見されたという。
 宿営跡は巧妙に隠されていたが(実際、そうと疑ってかかって慎重且つ時間をかけて調査しなければ気付けないほどだった)、交戦跡は隠そうとしても隠しきれるものではない。
「理由は簡単。超常体の死骸は消えて無くならない」
 突如としてこの世界に現われた超常体だが、その死骸は消えて無くなるわけではない。
 何処から出現したか、そしてその超常的な能力の仕組みは解明されていないが、死骸や捕獲しての調査結果、彼等を構成する物質は基本的に、この世界のものと同質である。
 従い、彼等は同種の生物と交配して繁殖するし、また食事しなければ衰弱して飢え死にする。逆に我々人間も超常体を狩って食用にしたりする事もあるのだ。
「この点、某ゲームの幻獣とは異なるわけですね」
 超常体が現われる前に、爆発的ヒットした某コンシューマゲームソフトを思い出しながら、北見は頷いて見せた。
「警戒部隊の記録にも無い交戦や宿営の痕跡。そして日を追うごとに北西へと移動しているのが伺えられます。―― 間違いなく、これが」
「栗木三曹の第848班と北見准尉は睨んでいるわけか。まさしく …… 執念のなせる業だな」
 ほとほと感心して見せる警務科一尉。
「それでも追撃隊を組織するほどの余力は無いというのは変わらない。もちろん、准尉のハリアーもだ。せいぜい、彼らが次に向かうだろう地域の警戒部隊に注意を促すだけだぞ」
「それでも彼等の逃走を阻害する事が可能ですよ。…… 大丈夫ですよ。私も航空支援任務や巡回飛行時に正規任務に付随する形で、捜索を続けていくだけですから」
「まあ、それならば目を瞑るがな」
「しかし …… 」
 と北見は、肩をすくめておどける仕草。
「 ―― 追撃側が私1人しかいないとは予想外っ」
 乾いた笑いが響く。頬に汗が伝っていった。

*        *        *

 目を細めて前方を睨みつけながら、
「それを言うならば、脱走に賛同する奴が1人もいなかったのも予想外なわけだが …… 」
 せっかくのコメディだから、もっと人が集まると思ったんだけどなぁ。なのに一番人気がジャンル「シリアス・バトル」で、しかも参加者の方から女っ気=萌え要素を盛り込んでくるし。
「 …… 世の中、予測通りには行かんもんだ」
 栗木は軽く舌打ちをした。
 遭遇し、今まさに襲い掛かってきた超常体がまさにソレの最たるものだ。
 八本足の大蜥蜴が3匹。低位上級の中型超常体バジリスクの群れだ。カトブレパスと同じランクとはいえ単体戦闘力は及ばないが、バジリスクの凝視は対象を麻痺ないし石化すると言われ、またカトブレパスと違って数匹で行動する。充分に驚異的な相手であった。
「 ―― 銃撃戦許可! いのちをだいじに!」
「「「らじゃっっっ!!!」」」
 温存していた5.56mmNATOの30発弾倉をBUDDYに装着。槓桿を素早く引いて初弾を薬室に送り込んだ。そして安全装置を解くと、3点バースト!
「伝承では視線を鏡に反射すれば良いと言うけどな」
「相手の視線から身を庇うだけの大きさの鏡なんて何処にあるというんですか」
「バジリスクは猛毒を有している。牙や爪だけでなく皮膚からも分泌される体液にも含まれているからな。白兵戦は絶対に避けろ!」
 叫びながら栗木は己の憑魔を半身異化状態に。
「 …… 土や水の属性には、火炎系は相性最悪なんだけどな」
 悪態を吐きながらも、その両拳に焔を纏わせた。
 栗木の周囲が、熱気で歪む。空気中に散布された火種が機雷となってバジリスクに着弾し、燃え上がった。
「班長、良いんですか!?」
 驚きと同時に焦りの声が上がるが、栗木は鼻で笑って見せる。だが、その目に浮かぶのは無感情のもの。
 焔や熱そのものはバジリスクを傷付ける事はない。しかし、その爆発による衝撃は別だ。またバジリスクが撒き散らす毒を熱と焔で無害化させる効果もある。
「それに …… ここまで派手にやりゃ、そろそろ来るだろうが、若作りのクソ爺が!」
 期待に応えて、果たして雲の向こうからマグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスが飛び込んできた。文字通り。
『 ―― 誰が、クソ爺ですかー!』
 聞こえぬはずの悪口を感じ取ると、北見はGAU12 25mm機関砲の掃射で応えてみせた。あ、そこの貴方、心配しないように。25mm砲弾が貫いたのはバジリスクだから。
「各員、散開。つーか巻き添え食らう前に逃げろー」
 そしてバジリスクをロックオンすると、発射レールからグレイに塗装された空対地ミサイルが発射された。
 AGM-65Eマヴェリックは、1985年に米海兵隊に導入されたミサイルの特殊型だ。本来TV/赤外線誘導型であるマヴェリックのセミアクティブ・レーザー誘導版で、友軍が敵部隊と至近距離で戦闘している場合の近接航空支援用精密兵器として、海兵隊向けに特別に開発されたものである。3位置で選択出来る遅延信管が付いた、対装甲車輌攻撃に最適化された300/b爆発ガス貫徹弾頭が取り付けられている。
 いかにバジリスクと雖も、これを受けては一溜まりもない。一瞬にして爆発四散した。生き残ったバジリスクも、肢や身を半欠けにした状態では、第848班からの銃撃によって止めを刺されていくだけだ。
 そして状況終了。
 着陸しようとしてくるハリアーIIプラスを睨みつけながら、栗木は唇を噛んだ。
「 …… ここまでかな?」
「 ―― 班長。いや、栗木さん。すみません。リタイアです」
 戦闘で足をやられたのか、班員の一人がおずおずと挙手した。損傷報告によると、バジリスクの毒液を浴びた者も1人いる。
「僕達が北見准尉を足止めします。そのうちに逃げ隠れて下さい。…… 僕達、負傷者の救急に追われて、栗木さん達への追撃が遅れますから」
 バジリスクの猛毒液とはいえ、すぐにでも身体を除染し、中和の措置を取れば8割方助かるだろう。
 だが、今の第848班では死亡率は100%。
「 …… お前ら、置いてけって言うのか。俺が何の為に脱走を ―― !」
「僕達だって、死にたくないですから!」
 栗木の言葉に、悲痛な叫びで返す。
「大丈夫ですよ。懲罰も怖くありません。それに怪我が完治するまで最前線に送るほど鬼でもないでしょ」
「それでも間違い無く、人吉送りだぞ」
「今、死ぬよりマシです」
 沈黙が訪れた。ハリアーが着陸してくるまでの短い間だが、それでも第848班の者には長く感じられた。
 血が出るほど唇を噛んだ栗木はついに背を向けた。その背に、負傷した班員は敬礼を送る。
「栗木さんや第848班の皆との馬鹿騒ぎは決して忘れません。―― 栗木さん、最期まで諦めないで下さい。絶対に“外”へ!」
「馬鹿野郎。この話はコメディなんだ。泣かせる話なんてすんじゃねぇ。第一、それじゃ死亡フラグだ」
 言い捨てると、栗木達は瓦礫や密林へと走り出した。そして、負傷した班員は彼等の姿へと、ずっと敬礼を送り続けていたのだった ……。

*        *        *

 西部方面警務隊・高遊原分遣隊詰め所にて、北見は警務科一尉を前にして、ぼやいていた。
「何だか自分が脇役且つ悪役みたいですが …… 」
「 …… 私もそう思う」
 苦笑する警務科一尉。泥水のような珈琲をすすりながら、調書をめくる。
「脚部複雑骨折1名に、有毒物質汚染1名を逮捕か。北見准尉がすぐに衛生科や化学科に連絡を取って、救急態勢を整えてくれたおかげで2人とも命を取り止めたよ」
「それだけが、私にとっても救いですね。…… それで脱走の目的等は?」
「1人は未だに意識不明だから調書は取れていないが、もう1人は頑固として “ 班の総意 ” であると断言している。目的地についても頑固として黙秘を貫いているな。しかし …… 」
 頷いて、北見も地図を辿る。
「今までの針路から、北西 ―― おそらくは佐世保かと。米軍の中には脱走を手引きしているブローカーもいると聞きます」
「 “ 外 ” を目指してか。喰いモノにされるだけだと思うんだがな」
「同感です。それでも、今までのペースから考えて彼等は …… 既に熊本と福岡の県境を越えているものかと。大牟田か、南関町辺りでしょうか? 2週間後には佐賀市に到達しているかも知れません」
 2人して溜め息を吐いた。
 気を取りなおして、
「彼等にはどういう処断を …… ?」
「怪我や状態が少しでも回復したら、査問会にかけて天草行きといったところだな。満足に動けなくとも銃座を守らせる事は出来る」
「人吉では無くて?」
「あちらは、えびのの第24普通科連隊との合流に成功した。現地では苦戦が続いているらしいが、それよりも天草の叛乱が厄介になってきてな」
 声を潜めると、
「 ―― 鎮圧部隊を率いていた第42普通科連隊長・倉石 一佐が、敵の特殊部隊により暗殺された」
「 ―― っ!」
「指揮はすぐに副連隊長に移ったが、それでも士気に影響が出ている。敵主力も再攻勢をかけてきた」
 そういう訳で天草 ―― 正確には鎮圧部隊の司令本部が置かれている宇土に回されるらしい。宇土ならば、人吉がいざという時に転戦も可能だ。
 再び深く溜め息を吐いた。警務科一尉は面を上げて、北見に問い質す。
「どうする? まだアイツらを追うか?」
「 …… そう、ですね。いずれにしても今回のような航空支援が必要な時もあります。…… 結果として彼等の脱走を手助けしている気もしますが」
 北見は苦笑するが、すぐに顔を引き締めて、
「追うならば、目達原に転属しませんとね」
「高遊原と同じ、西部方面航空隊だったな」

■選択肢
N−01)脱走計画、とりあえず突っ走る
N−02)脱走計画、邪魔する蝿を撃墜だ
N−03)脱走追撃、通せんぼだ、このやろう
N−04)脱走追撃、実力で断罪だ


■作戦上の注意
 当作戦において、脱走者には弾薬類の補給の他、全ての支援はない。また、追撃者には補給はあっても戦闘支援はない可能性が高い。場合によっては追撃者にも脱走の嫌疑がかかる事に注意されたし。


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