第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第3回 〜 九州:アフリカ 其弐


N3『 拘束力に欠けるなぁ…… 』

 単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスから見下ろし、北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉は唖然とする。
「 ―― エ、エリパチの世界だ」
 前世紀で最も熱かった外人戦闘機部隊漫画を思わず口にする。
 神州結界維持部隊・西部方面隊航空隊並びに第4飛行隊の基地である目達原は、今や岩砂漠に埋もれるように存在していた。
 近郊の都市は元々超常体との戦いの中で廃墟と化していってはいたのが、ここ暫くの間でますます風化していっているようだ。アスファルトを風で流された砂礫で覆われ、ビルディングはまさしく砂海に佇む陸の孤島か、墓標という有様である。
 3月末に、九州北部において突如発生した砂漠化現象。第4師団は砂漠の中心部に現われた巨大な黒い龍蛇と交戦を開始した。しかも4月半ばに獣頭人身の高位上級超常体も現われ、黒龍蛇に負けず劣らずに暴れまくっているおかげで、第4師団は各個分断されてピンチ状態にある。
 なかでも時折、発生する砂嵐に通信電波を妨害されて、福岡の第4師団司令部からの通達は届かず、結局、各普通科連隊は自主判断で交戦を続けているらしい。天草のように叛乱や、そして北見が現在追走中の第848班のように脱柵している部隊があるかもしれない。ないかもしれない。…… どっちだろう?
「 ―― どっちですか!?」
 思わず天を仰ぎながら、説明する整備士に突っ込みを入れてしまう北見だった。
「まあ、そういうわけでして。今や航空隊だけが、補給と連絡の頼みの綱なんですよ」
 整備士はそう告げると、陽射しを和らげる為に巻いたタオルで、自らの頬を流れ落ちる汗を拭く。
「北見准尉が追走中の脱柵者について、こちらにも連絡はいっていますが、正直それどころではない話でして。むしろ北見准尉には、脱柵者なんて放っておいてもらって、第4師団管区で隼とか、火の鳥とかと空中決戦なんかしてもらえれば」
「 ―― 出来るんですか、そんなこと? 色々な都合上を無視して?」
 …… 無理だ、御免。飽くまで、このお話は脱走と、それを追撃する者のドタバタコメディだから。エリパチのような空中戦の浪漫はまた別の機会で語られる話である。それはさておき、
「 ―― でも消息不明になった部隊の捜索や、孤立している部隊の支援という名目で、脱柵者の追撃をしやすくなっているのも事実なんですよね」
 的を得た女声に、北見は振り返る。配給される武器弾薬を入れた木箱の確認をしているWAC(女性自衛官)が視線だけで、挨拶を送ってきた。
 両襟に縫い付けられている階級略章は、短冊型章 ―― 北見と同じく准陸尉を示している。
 だが北見は顔を強張らせると、近付いていった。
「 ―― 貴方が“ 武器科の静花さん ”ですね」
「 …… 何処かでお会いした事がありましたか?」
 北見が、静花[しずか]と呼んだWACは、正対した。顎に手をやり、首を捻ると、
「 …… すみません。覚えていなくて。―― ああ、でも、もしかして!」
 軽く手を叩いて、合点の表情。
「これがナンパですか!? でも、御免なさい。私、既に将来を誓い合った相手がいまして …… いや、ロクデナシを絵に描いたような男なんですが、そこが憎たらしくも愛らしくて ―― 」
「いや、そうではありません」
 咳払いを1つすると、静花は不思議そうな顔。
「 ―― 最近、神州各地で特務部隊が作戦行動を起こしていると聞きます。貴方もその1人ではありませんか? 『 落日 』の静花さん」
 北見の言葉に、静花は困惑の笑顔を浮かべたまま。だがその美しい片眉が微かに動いたのを、北見は見逃さなかった。
「しらばっくれても無駄ですよ。こう見えても、私は空自時代からの死に損ないでしてね。おかげで色んなところにコネがあります。警務隊もですが ―― 維持部隊長官にも。酒席ではありましたが言質は取っています。ソレは確実に存在する、と」
 ―― 曰く『 魔人駆逐を主任務にした部隊がある 』、曰く『 人工憑魔の実験部隊がある 』、曰く『 超常体で構成された部隊がある 』――
「 …… まさか、こうしてお会い出来るとは思いもしませんでしたが」
「 ―― あの男にも困ったわね。酔っていたとはいえ、怖れ知らずな。…… 秘してこそ使い道がある物もあるというのに」
 笑顔のまま、だが抑揚のない声で静花は呟いた。底知れぬ深奥の闇が、そこにあった。
「 ―― と、とと、当然。…… 当然、言いふらしたりはしませんが、既に噂にはなっていますよ」
「それは問題ありません。そう仕向けていますから」
 北見の言葉に、静花はホッとしたような声色になった。北見も息を吐く。
「しかし、そんな貴方がこの地にきたというのは、何か意味があるのですか?」
「 ―― いいえ。単なる顔見せです」
 視線を真っ直ぐに、静花は朗らかに笑う。
「たまたま長官にコネのある貴方が、ここにいたから維持部隊の“ 裏 ”を垣間見せちゃっただけですよ。…… というわけで私の出番はここまで。脇役の分際でお邪魔しました」
 頭を下げると、手を振ってから背を向ける。だが思い出したように、上半身だけ振り返ると、
「 ―― 栗木三曹を余り追い詰めないで下さい。彼もまた、貴方と同じ被害者なのですから」
 そう言い残すと、今度こそ姿を消した。
 彼女が見えなくなってから何故か深い息を吐く。そんな自分に、北見は気付いた。我知らずに握り固めた両の拳は、自然には開こうとしなかった。

*        *        *

 ―― 筑肥山地を越えると、そこは雪国だった。
「 …… なんでやねーん!」
「うわ、班長。ツッコミ早過ぎ!」
「この砂漠化現象が広がる九州北部が、5月だというのに昼は灼熱・夜は寒冷なのは認めるが、雪国は違うだろー」
 そんな、ありがたい説明的台詞を吐くのは(元)西部方面隊・第8師団第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹。
 そう、現在、九州北部は砂漠地帯特有の、昼夜の激しい気温差で苦しめられていた。
 盆地状である熊本では、5月ともなると昼夜問わず湿度の高い暑さを味わう。そのつもりでいた第848班も、この九州北部の気候に悩まされていた。
「昼は 過ぎて進めず。行進は夜のみ。ちなみに『あつい』というニュアンスが違うような気はするだろうが、オレ達としては間違っていないのでそのつもりで」
 砂漠迷彩代わりに、砂埃で黄ばんだシーツをまとって行進する。自慢の迷彩服も、日本の地理に適した森林山間が主だ。砂漠迷彩等用意していない。それもまた誤算の1つ。最大の誤算は食糧調達であった。
「 …… 腹減りましたー」
「まあ、待て。先ほど狩ったバジリスクの肉が」
「「「あれ、喰うんかいっっっ!?」」」
「贅沢は敵だ! 欲しがりません、勝つまでは!」
 ブーイングしながらも、熱処理で消毒し、調理した肉を貪り食う。
「そういえば、班長。さっき怪我をしたのでは?」
 副官が栗木に近寄って、戦闘の負傷状態を確認しようと手を差し伸ばす。肌に触れた指先が、栗木の体温を感じ取り、激しい熱さと痛みを覚えた。
「 ―― 班長」
「 …… そして、いつしか見詰め合う2人。周りの音は聞こえなくなって来るような錯覚の中、抱き締めあっていた。愛の言葉を耳元で囁きながら、激しく求め合う。―― 苦しい逃走の果て、2人の間には禁断の愛が生まれていたのだった」
「 …… いや、オレ、BL属性ないんだけど」
 妙なナレーションを入れる班員に、栗木は頭を掻きながらツッコミを入れる。
「 ―― 私も、班長に愛を囁くよりも、亜矢さんに声掛けた方が。ああ、でも班長を将来『 お義兄さん 』と呼ぶのは激しく抵抗が!」
 身悶えしながら副官がおどけて見せると、笑いが上がった。栗木も苦笑した。だが話題が移ったところで、副官が声を細める。
「 ―― もう、そこまで悪化しているんですか」
「バレていないつもりだったんだが、既に皆にはバレて〜らって感じ? 正直、ギリギリかな」
「だから亜矢さん連れてこなかったんですね」
 需品科の 栗木・亜矢[くりき・あや]陸士長は、栗木の実の妹だ。ちょっとブラコン入っている彼女は、だがこの逃走劇には外されていた。
「馬鹿言え。アイツもお兄ちゃん離れすべきだろう。それが理由さ。他意はない」
「 ―― 了解。そうしておきますよ」
 さてと、と栗木は立ち上がった。心得たもので、班員達も素早く火を消し、砂礫の中に身を隠す。
「 …… 本当にしつこいぞ、若作りのクソ爺め」
「でも、班長。実は追い掛けてきてもらって、嬉しいんでしょ?」
 班員の言葉に、まさかと唾棄してはいたが、栗木の眼は確かに笑っているようだった。

*        *        *

 孤立部隊の支援や、消息不明部隊の捜索。まさしく脱柵者の追撃には、渡りに舟である任務だった。
 ハリアーIIプラスの姿に彼等は歓声を上げ、北見に協力的だった。とはいえ実際に追撃に加わってくれる事はないのだが、
「 ―― やはり佐賀周辺にまで彼等は到達しているんですね」
 北見の問い掛けに、川副で遭遇した第16普通科連隊・第457班班長は敬礼しながら答えた。
「はい。火炎系魔人を班長とする部隊は、苦戦していた本官等に助力してくれました。本官等と同じく弾薬が乏しいにも関わらず、銃剣やナイフといった接近戦を果敢に挑んでいた姿が印象的でした」
 それはそうだろう。第848班は植木からこちら一切補給を受けていないのだから。もはや彼等に弾薬は無いものと北見は判断した。
「彼等は『 荒尾から増援に来たが、砂嵐の中で本隊とはぐれた 』と仰ってました。九州北部がこんな状況ですのでそんな事もありうるかと。…… 実際、本官等も北見准尉に見付けてもらうまで、ここに遭難していた訳ですから」
 自らを恥じて、情けなく笑う第457班長。だが北見はねぎらいの声だけをかけると、目達原へと部隊を移動させるように伝える。部隊編制の為もあるが、航空基地の守備兵力は多い方がいい。
「 ―― 彼等は何処へ?」
「本隊を追いかけるとして、そのまま北西 ―― 佐賀市中心部に向かいました」
 こうした地上部隊からの目撃情報を集めて、現在地を絞り込んでいく。北見は地図に円を書いた。
「あ、北見准尉にもう1つ報告を! 空を飛ぶときは気を付けて下さい。最近、ここら辺を高位超常体が飛んでいるんです」
「黄金の隼は、福岡方面だと聞いていますが?」
「 ―― いえ、火の鳥です。竹松の第7高射特科群が、これ1体に壊走させられたという噂も聞きます」
「 …… 穏やかな話ではありませんね」
 噂には誇張がつきものだ。空自時代からのコネを利用して聞いてみるまでは、北見は鵜呑みにしない事にする。
 だが忠告には素直に感謝の意を示し、北見は警戒を払う事を約束した。

 …… という経緯で、ついに北見は第848班を見付けた訳だが。
「 ―― やーい、やーい。降りて来れるもんなら降りてこーい。この若作りー!」
 地上部隊の直接の応援がない限り、彼等を拘束する事は事実上不可能なのだ。この前のように、超常体の戦闘後で何らかの損害があり、無抵抗な状態でなければ、ハリアーIIプラス1機ではどうする事も出来ない。せいぜい、
「 ―― GAU-12で掃射してあげましょうか? 25mm砲弾を叩き込めばおとなしくなるでしょう。それか、マヴェリックを撃ち込んでやれば …… 」
 上空にいる北見に対して、罵り囃す第848班。笑顔を浮かべた北見の瞳には、だが暗いものしかない。
 本気で25mm GAU-12機関砲や、AGM-65Eマヴェリック空対地ミサイルを準備しようとした北見。レーダーが後方からの警告音を出したおかげで、我に帰る事が出来た。
「 …… 速度は千km/h。熱源は ―― 何ですか、これは!? アレが …… 火の鳥?」
 接近してくる超常体に対して、激しい痛みと衝撃が北見の身体を襲う。
「 ―― ッ!」
 憑魔活性化が起こった。ハリアーIIプラスの操縦席内で活性化が起きるのはそうは無い。つまり、アレは高位にある超常体に他ならない。
『 ―― 北見のジジイ! さっさと逃げろ! そいつは、オレ達やアンタが準備不足のままで勝てる相手じゃねぇ!』
 悲痛な叫びが通信機から聞こえてくる。超常体の活性化現象に、身体を蝕む痛みに堪えかねて、あの栗木が悲鳴を上げていた。
『 ―― 憑魔の異常侵蝕を確認! 話に聞いた人吉での状況に酷似しています。―― 魔王級です!』
 第848班副官が栗木に代わって通信を送る。北見は機首を反転すると、ロックオン。
「それだけ熱源が高ければ避けられまい!」
 迷わずレイセオンAIM-9サイドワインダー短距離赤外線ホーミング空対空ミサイルを撃ち放った。
 ガラガラヘビは狙い違わずに火の鳥に直撃し、爆発する。だが ――。
『 …… 効かねぇよ。相手は、高位の火炎系超常体。ミサイルの爆薬なんて、奴にとってむしろ食糧に過ぎねぇ ―― とっとと逃げろー!』
 栗木の叫びに、北見は慌てて操縦幹を落とす。歓喜に鳴く火の鳥に捕まる前に、目達原へと逃げ帰った。

*        *        *

 北見の報告を受けて、静花が腕組みして考え込む。まだ目達原基地に残っていやがったんだよ、この女。あ、次回はちゃんと居なくなるよ?
 …… 閑話休題。
「 ―― それは、不死侯 フォエニクス[ ―― ]ですね。ソロモンの72柱の魔神の1柱にして、魔界の王侯貴族。間違い無く、魔王です」
「何でまた、こんなところに …… ?」
「 ―― それは、黙示録の戦いが近付いているから」
 北見の疑問に、静花は笑顔のまま答える。だが、まただ。また、あの底知れぬ深奥の闇がある。
「とはいえ、脱柵者を追撃していたら魔王と遭遇しましたじゃ洒落になりませんね。こうなったら …… 」
「どうすればいい、と?」
 北見は、眉間に皺を寄せて尋ねてみた。だが静花は朗らかに笑い返して、
「無視すればいいと思いますよ?」
「 …… こら待て。九州北部の航空優勢は?」
「んーと。今までの報告に寄れば、人吉みたいに向こうから積極的に人を襲っている訳ではありませんから。今回もたんに通りかかっただけなんではないかと」
「 ―― つまり天災扱いですか。通り過ぎていくのをおとなしく待つか、逃げて避難するか、と」
 溜め息を吐く、北見。しかし、すぐに思い至って顔を上げる。
「そうなりますと、栗木三曹は? あの通信だと、かなり侵蝕が進んでしまったようでしたが」
「そうですね。―― 彼の為にも、さっさと捕まえないといけなくなったかもしれません」
 呟くと静花は、北見を見詰めてきた。そして一言。
「 ―― 頑張って♪」
 さっさと背を向けて姿を消そうとする。
「 ―― 待てやー!」
 珍しく、北見は激昂。
「 『頑張って』って気軽に言いますけど、それは無責任な押し付けですよ! 地上部隊の直接的な協力が得られない今、拘束力に欠けているんですから!」
「 …… 何とかしてね♪」
 静花の気楽そうな声に、思わず北見は憑魔覚醒させて、半身異化状態になったとかならないとか。

■選択肢
N−01)脱走計画、ゴールまで後半分
N−02)脱走追撃、猛禽となって天空を舞え
N−03)脱走追撃、猟犬となって大地を駆けろ
N−04)魔王フォエニクスと戦ってみる?


■作戦上の注意
 当作戦において、脱走者には弾薬類の補給の他、全ての支援はない。また、追撃者には補給はあっても戦闘支援はない可能性が高い。場合によっては追撃者にも脱走の嫌疑がかかる事に注意されたし。
 なお魔王フォエニクスとの戦闘は可能な限り、避けるべし。作戦目標外なので無視する事を推奨。


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