第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第4回 〜 九州:アフリカ 其弐


N4『 うわ、厄介なのが増えた! 』

 風で流された砂礫で覆われるアスファルトの路面を踏み締めた。(元)神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹は思わず口ずさむ。
「吹き荒ぶ風が〜良く似合〜う〜♪」
「ちょっと待て、班長、JASRAC! JASRAC!」
 慌てて班員達に口塞がれた。ここぞとばかりに拳骨で叩かれたのは気の所為か?
「 ―― じゃあ、これならどうだ ……。思え〜ば、遠〜くへ来たもんだ〜♪」
「あ、それもNG」
「えー? 元詩は中原中也だぞ? …… 確か」
 ノベル執筆者の記憶も曖昧なので、突っ込み募集中。…… これもネタかよ。
「えーと。何か五月蝿いが、とにかく著作権期間外れているだろ?」
「歌っていたのは、海援隊じゃなかったですか?」
「 …… 武田鉄也だったような」
 暫く顔を見合わせたが、
「それはそれとして!」
 居直ったのか、栗木は胸を張る。意味もなく。
「佐賀市?から西へだいぶ歩いた。そろそろ有田町? あの山を越えれば海が見える!」
 だが副班長は砂で汚れた地図を広げながら、
「 ―― また元ネタがよく判らないモノを持ち出してきて。…… 残念ながら外れですよ。また長崎自動車道の高架橋も越えて無いでしょうが。武雄市のちょい手前 ―― 北方町辺りかと」
「それも地図が正しければ、の話か」
 長崎街道(国道34号線)と思しき道沿いに歩いてきたが、突如、九州北部 ―― 福岡と佐賀東部を襲った砂漠化現象の余波を受けて、道という道は砂に埋もれ、さらに元々超常体との戦いの中で廃墟となっていた建物の多くは風化が激しく原型を止めていない。時折、吹き荒れる砂嵐が視界を遮るだけでなく、方位磁針をも狂わせる。
「あとは、俺の勘しかないわけだが、困った事に!」
「はいはい、頼りにしていますよ」
 腕を組んで何故か自信気な栗木に副班長は投遣りに応えると、時刻を確かめて全隊大休止の合図を出す。砂漠化した地域の外縁部になってきたとはいえ、まだ上からの陽射しに下からの照り返しは強い。日中の行軍はスタミナが奪われるだけだ。
 テキパキと野営を整える第848班。蛇型超常体の干物を齧りながら、
「しかし慣れれば砂漠の生活も良いものだなー」
 そんな栗木にすぐさま、叱責が入る。
「 ―― 謝れ! 全世界の砂漠地帯で過ごしている人々に謝れ!」
「ご、ごめんなさい」
 殴られ、蹴られ、土下座させられて栗木は泣きながら謝ったとさ。

*        *        *

 こう、視界一杯に顔を映して、ようやく糸のような細い線が目だと認識出来るほど近付くと、
「ようやく出番でございますよ、皆さん!? と申しますか初出ですのに、トップバッターではございませんというのは。如何なモノでございましょうか? あと、ここではメタ的発言が許されますのは仕様でございますか?」
 ―― 仕様だ! 文句あるか!
「コメディですからというのが免罪符のおつもりですか …… ?」
「 …… 何をお前は、あらぬ方向を見て、しかも楽屋ネタみたいな事を口走っているんだ?」
 副官の 橘・恭介[たちばな・きょうすけ]一等陸曹がたしなめると、糸目の男 ――第4師団第16普通科連隊・第46中隊第3小隊隊長、二之宮・一成(にのみや・かずなり)准陸尉は振り返り、小首を傾げて見せた。
「いえ。なんとなく ―― でございますが?」
「そうか。―― あと、お前の喋り方ウザイ」
 腐れ縁の幼馴染でもある副官のキツイ言葉に、だが二之宮は肩をすくめるだけ。
 さておき小隊班長を集めて、橘は地図を広げて見せると、
「現在、俺達、第46中隊第3小隊は、第4師団司令部の増援要請を受けて、ここ佐賀の塩田町にいるわけだが …… 福岡の方には相浦のWAiRも出動しているそうだ」
「おや、西方普連がですか」
 意外と言えば意外、当然と言えば当然の名を聞き、二之宮は糸目をさらに細める。
 西部方面普通科連隊(WAiR) …… 2005年に創設された方面総監直轄のヘリボーン部隊である。当初は、緊迫する隣国(※中華人民共和国・朝鮮民主主義人民共和国)との関係に警戒しての、島嶼防衛の為の特殊部隊として前世紀から計画されていた。だが超常体の出現により、今や西部方面隊の切り札部隊として知られている(※ 註)。
 なお、これに続いて各方面隊においても直轄の特殊部隊が創設されていっているというのは余談である。
「 ―― 他にも、小倉の第40、別府の第41も動いており、元からの第19と合わせて3個連隊が砂漠戦に当たっているらしい。加えてWAiRだ。―― うちの連隊長は俺達応援部隊を引き上げさせ、長崎の警戒に戻すつもりらしい」
「ほほう。…… 天草の叛乱がどう転ぶか判りませんし、佐世保の米軍も気になりますからね。連隊長殿が身の回りを固めようとされるのも、仕方ないかもしれません」
 通信員からの連絡に、二之宮はそう分析する。
「 …… 亜米利加合衆国による日本再占領計画という噂を信じていらっしゃるのでしょうかね?」
「さて、な。だが、第七艦隊が志摩半島に強行突入してきたというのは確からしいからな」
 ヤンキー、ゴーホームと小声で呟く橘。普段から真面目な男だが、裏ラジオ番組『神州の夜明け』のパーソナリティである セスナ[ ―― ]の隠れファンだという事は、内緒の話だ。皆とぼくとの約束だよ!
 そんな橘を見なかったことにして、
「 …… では、長崎に帰るとしましょうか。嬉野の源泉が枯渇していなければ、寄ってゆっくりと湯治という考えもございますけれども」
 二之宮が実に魅力的な提案をしてみせたが、橘は小隊班長達が賛同する前に、却下の連呼。
「それよりも西部方面警務隊から脱柵者追跡の協力要請が来ていましたが。…… こちらは?」
 橘の顔を窺いながら、小隊班長の1人が手配書を渡してきた。えーい、この点数稼ぎ野郎が。
 橘は手配書を流し読むと、
「 …… 経路から脱柵者達は、佐世保を目指している可能性が高い。ヤンキーどもの中には脱走を手引きし、“ 外 ”に連れ出して、人身売買して、俺達を喰いモノにする糞ったれな闇ブローカーもいるしな」
 悪意が篭もりまくりの橘の発言。これで普段は部隊の良心であり安全弁なのだから、どれだけメリケン嫌いなのか判るというものだ。
「こんな阿呆どもに付き合う必要は無いというのが俺の意見だが。―― ヤンキーにカマ掘られて痛い目にあえ!としか、脱柵者どもに掛ける言葉は無い」
 言い放つ橘だが、手配書を回してもらった二之宮はしきりに頷くと、
「 ―― まあ、お待ち下さい、橘くん。よくよく読めば、脱柵者は栗木三曹の第848班ではないですか」
 第8師団の栗木とは、1度や2度に限らず、超常体相手の激戦地で共に戦った事がある。
「ぼくは彼が何の考えも無しにただ脱柵したとは思えないのですが。―― 事情を確認してみるのも手だとは思いますよ?」
 地図を確認して、
「報告者の北見准尉の予測では、そろそろ武雄市近辺に栗木くん達が現れる頃合です。もしも、ぼく達の部隊の近くを通りかかるのでしたのなら、やむなくではございますが追跡に協力しようではありませんか」
 満面の笑みを浮かべて、そう命じる二之宮。付き合いの長い橘は、その唇の端が微かに歪んでいるのを見てとると、重い溜め息を吐いたようだった。

 砂嵐を避けるようにして、空を舞う。レーダーや、時には目視で地上を偵察し、状況を把握する。
「特に提案しなくても航空支援の頻度は高いのは本当に助かりますね」
 愛機である、単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスを操縦する 北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉は、不謹慎であるとは判っていながらも、嬉しそうに呟いた。
 消息不明になった部隊の捜索や、孤立している部隊の支援という名目で狩り出される事、日に数回。空が好き、飛ぶ事が好きと言うのでなければ辛い任務だが、北見は空自時代からの飛行機野郎であるから問題無い。いや、それでも問題あるのか? 本人の意見は? まあ気にしなくてもよいだろう。
「しかし、魔王フォエニクス …… 本とっーに!気紛れの天災なのですね」
 人吉に顕れた暗黒大陸侯キメリエスの他、神州各地で姿を見せているソロモン82柱の魔王。様々な作戦において脅威を奮っていた。
 だが、不死侯 フォエニクス[――]のような魔王級でありながら、呑気に活動している超常体も少なからず存在している。もっとも、ただ存在するだけで憑魔を異常活性化させ、強制侵蝕を起こすというのだから、迷惑極まりないのは確かではあるが。
「 …… しかし、やはりというか功績ポイントを消費せねば、対高位火炎系超常体ミサイルは配備してくれませんか。要請したという形だけを残す為とはいえ、本当に貰えないとなると、少し凹みます」
 ちなみに火炎系超常体に有効な兵器として、凍結させる液体窒素等もあるが、実は最も手軽なのは放水車である。憑魔の相剋関係によると「火」は「水」の攻撃に弱い。これは通常の超常体にも当てはまる。ちなみに消化器の薬剤は効果が無かったという報告もあるので念の為。
 魔王フォエニクスとの交戦を回避するよう努めていた北見は、その甲斐あって無事に航空支援を全うする事が出来ている。さすがに竹松の第7高射特科群を1体で敗走させた(※空自時代からの知合いに確認済み。聞いた噂と違って壊滅はしなかったが、それでもボロ負けしたという)怪物に、有効な装備無しに喧嘩を売る気はならない。逆に喧嘩を売られる気もだ。
「 ―― さて。そろそろ、第848班の到達予測地点である武雄市上空です。追撃の存在を脱柵者に知らしめる事に意義があり、精神的圧迫を与える事が目的なのです!」
 自分に言い聞かせて、上空に差し掛かる。
 そう言えば、第16普通科連隊の部隊が武雄市近辺に展開しているという事前報告を受けていた。彼等は連隊本部からの引上げ令を受けているらしいが、よければ追撃協力してもらえないものだろうか?
「地上班が有無で、かなり違うのですが …… 」
 とは言え、どんな地上班で、どんな隊長が率いているか、そこまでは北見も報されていなかった。これが彼の不幸を更に加速させる事になるのだが ……。北見はその事実を未だ知らない ―― って、ヱーッ?!

*        *        *

 武雄北方IC(インターチェンジ)に到達した第848班。栗木は腕を組んで悩んでいた。
「さて今更ながらルート選択肢が幾つかある」
 腕組みしたまま、右の人差し指を立てる。
「ひとつは、ここから長崎自動車道に昇って武雄Jct(ジャンクション)から西九州自動車道 ―― 武雄佐世保道路をひた走る」
 続いて中指を立てる。
「下西山交差点より折れ曲がった国道34号線を南下し、武雄南ICより武雄佐世保道路を …… 以下、前言参照」
 そして薬指を立てた。
「或いは長崎街道を直進し、国道35線から佐世保入りをする」
 班員達を見回すと、栗木は何時に無く真面目な顔。
「第1ルートの利点は、長崎自動車道は大規模車輌が通行し易いように整っているから、これから県境の山々を越えていくのに比較的楽だっていう事。欠点は遮蔽物が少ないので超常体や追撃者に発見され易い」
 副長が地図を回して、確認させた。ようやく武雄市にいたって砂漠化地帯を抜けた感があり、木々やまだ形を保っている建物が見え隠れしてきている。
「第3ルートの利点は、一般道ゆえに遮蔽物も多く、潜伏しやすい。欠点は、ここの管轄している部隊との偶発的接触が多くなり、また道路の起伏が激しい」
 第2ルートは、第3と第1の合体みたいなものだ。
「 ―― 以上、オレから提示出来るルートは3つだが …… まぁ、ぶっちゃけ意味は無いんだけどね」
 先週・先々週の武雄市に到達する前の時点で提示しておけば、参加者にも考えてもらったり、追撃者もどのルートを選ぶか悩んでもらったり、意味があったのだが …… 今更提示しても全くもって意味が無い。
「ただ、何となく逃走に悩んでいるという形だけでもアピールしてみた」
「班長、ぶっちゃけ過ぎです。―― で結局どのルートをとるんで?」
「第3ルートかなぁ。…… 上が五月蝿いし」
 上空から俯瞰しているだろうハリアーIIプラスの機影を、指差してみる。
「若作りのジジイは今日も元気だなっと。という訳で武雄市を隠密探索し、他の班と面倒事を避ける方向性で国道35線から抜けていきたい。―― 以上」
 班員達は頷くと身を屈めて低くし、栗木と副長に続いて、建物や木の陰を縫うように進んでいく。
「 …… なお、ちなみに来週・来々週に突入する予定の佐世保での行動については、ちゃんと細かく選択肢を設けたいと思う。チャンネルはこのままで」
「 ―― チャンネルって何なのですか?」
 副長の呆れ声の突っ込み。だが栗木はスルーした。
 …… 武雄市に潜入した第848班はすぐに唖然とする事になった。
「というか、何で1個小隊規模の部隊が、こんな辺境にいるんだー!」
 武雄市在住の皆様に失礼な事をのたまいながら、栗木が絶叫する。現在、第848班は栗木を含めて9人程度(※第2回で2人脱落)。小隊は40人程度だから、約5倍の戦力比である。しかも砂漠化地帯での戦闘に参加していなかったのか、装備は万全。
「全くどの部隊だよ。しかも狙ったかのように、車輌が無い!」
「 …… さすがに全員を移送する為の車輌を確保するには、功績ポイントが足りませんでしたので。73式中型トラックで満足するのならば充分なのですが」
 突然の声に、栗木は振り向く。視線を受けて、糸目の男は軽い笑みを浮かべた。
「 ―― オマエは!」
「お久しぶりです、栗木三曹」
 笑いながら、手を差し伸べた。だが、
「 …… 誰だったかな?」
 お約束に、二之宮はこける。そのまま見事な立位前転を決めてみせた。
「いくら、ぼくが印象に残らない顔立ちという外見だとしても、それはひどいのではございませんか?」
「あー。あー。そうだ、オマエの馬鹿丁寧な口調は覚えている! 久し振りだな ―― 恭介!」
 今度は後ろに滑った。そのまま見事なバック転を二之宮は決めて見せる。栗木は顎に手をやり、感心と同時に呆れたように、
「 …… さすがに同じ芸風は連続して見せるモノでは無いかと思うけど、どうかな?」
「 ―― 芸風にしないで下さい」
 思わず抗議しかける二之宮は差し置いて、本物の橘が額を押さえながら挨拶をする。
「もうお前は喋るな、話が進まん。…… あー、久しぶりだな。栗木・真。俺が本物の橘・恭介で、こちらの妙なキャラ立てしているのが二之宮・一成」
「 …… 妙なキャラ立てとか仰らないで下さい。と申しますか、あなたの方がぼくよりも目立っておりますのは、気の所為でございましょうか? …… オプション・キャラクターのくせに」
 密かに傷付いたのか、近くの壁に『の』の字をえがく二之宮。だが橘は無視。
「さておき。第8師団第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真三等陸曹と愉快な仲間達」
「「「愉快な仲間達とか言うなー」」」
 第848班員が猛烈に抗議する。二之宮はハンカチを噛み締めて、
「 …… やはり、あなた、ぼくより美味しいキャラでございますよ。NPCのくせに、オプションのくせに! はっ、これが下克上?!」
 だが周囲を無視して淡々と橘は話を進める。
「お前達は、我が第4師団第16普通科連隊・第46中隊第3小隊によって完全に包囲されている。おとなしく縛に付き、原隊に復帰せよ」
「 ―― こら。包囲していますのは、あなたので無くて、ぼくの部隊です」
 橘をようやく押し退けると、二之宮は栗木に問いかける。糸目を更に細めると、
「本当に脱走出来るの積もりでございますか?」
 行動の成否を確認。だが、栗木は拳を握ると、
「成功出来るかどうかじゃないさ。―― やるか、やらないか、だ!」
 拳を天に突き上げて、吼える。第848班員も唇の端を歪めて腕組みしたり、拳を掌に打ち合せたりのポーズをみせてきた。
「 …… それに、な。オレがオレでいられるうちに、“ 外 ”を見てみたいんだ。無理でも、せめて …… 」
 最後の方は小声で呟き、二之宮には聞き取れなかった。だが第848班員は、栗木が何を呟いたのか聞こえずとも悟ったのだろう。腰を落とし、身を構えて全周囲にガンを飛ばしまくっていた。
「 ―― それを邪魔するならば、ハリアーだろうが、1個小隊だろうが、魔王だろうが、ぶん殴ってでもまかり通る!」
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 栗木の拳が焔を纏う。慌てて二之宮はステップ。
「お待ち下さい。―― あなたにとってぼくは相性が悪い相手だという事はお忘れでございますか? 第一、ぼくはこのような事で侵蝕率を上昇させたくはございませんし」
「ああ、そうだな。オレも馬鹿だなぁと思っている。こんな事で、オレがオレでいられる時間を自ら削っているんだからな」
 栗木の身体が高熱を帯び、周囲の空気が歪んで見えてくる。二之宮は珍しく糸目を一杯に開いて見遣ると、栗木の覚悟を推し測った。
 栗木は1歩前に踏み込んでくる。口を開いた。
「一成に、そして恭介。…… オレ達、若い身空で随分と色々と無茶をしたなぁ。そんなこんなで二十歳前後で部隊を率いるなんて身分にもなっている訳だが …… 悪いがオレは限界に近くてさ」
「 ―― 妹さん、亜矢さんを置いてゆかれるのは、本当に宜しいので?」
 第8師団第8後方支援連隊・補給隊(需品科)の 栗木・亜矢[くりき・あや]陸士長は、栗木の実の妹だ。ちょっとブラコン入っている彼女は、だがこの逃走劇には外されている。それを問う二之宮の言葉に、だが栗木は寂しく笑った。
「よく訊かれるが ―― アイツもお兄ちゃん離れすべきだろう」
「 ―― 成る程。目の前で異生(ばけもの)として処理されるのを見せるよりも、脱走していなくなった方が、亜矢さんにとってはショックが小さいと …… それが兄心でございますか?」
「オマエも、恭介も解かるだろう? オレ達、魔人の命は長くない。超常的な能力を憑魔から得た代償に、己の身や心 ―― 存在そのものを侵蝕されて奪われていく。…… オレが亜矢より先に逝くのは必然だ」
 寂しく笑う。が、ふと上空を指して、
「 …… もっとも魔人でありながら、自衛隊時代から ―― えぇと20年間か ―― 生き残っている古強者も居るけどな。…… 憑魔の力に頼らず、機械の力に頼むのが正しいかどうかは、オレごときには決められんけどね」
 肩を軽くすくめてみせた。そして再び拳を構えた。
「さあ、どうする? 退くか、戦うか、それとも一緒に逃げるか ―― パライソへ!」
 だが二之宮は頬を掻いて、軽薄そうに笑うと、
「いやぁ …… パライソへは亜矢さんと一緒に行きたいでございますが。だからお義兄様、御安心下さいませ! 亜矢さんは必ずぼくが幸せに!」
「馬鹿言えー! 魔人に妹を任せられるかー!」
 栗木は雄叫びを上げると、もはや問答無用とばかりに跳びかかってきた。

 上空を旋回し、武雄市を俯瞰する。通信機が、地上からの電波を拾った。
『 ―― こちら、第4師団第16普通科連隊・第46中隊第3小隊副官、橘・恭介一等陸曹だ。武雄市にて手配中の第8師団第42普通科連隊・第848班と接触。現在、拘束すべく交戦中』
「 …… 何で戦っているんですか?」
 思わず、北見は呟いてしまった。慌てて頭を振って、認識し直す。
「 ―― 脱柵中の第848班にしては、追撃者や拘束する者を振り切る為に、時には戦う事もあるでしょう。今迄は、実質的拘束力の無い私だけが妨害者でしたから、第848班もお気楽に歩を進めていたのでしょうが、今日からはそうはいきませんよ! 何にしろ、地上班が追撃に加わってくれた事はめでたい話です!」
 ビバ!協力者!
「 ―― こちら西部方面航空隊所属の北見・茂雄准陸尉。件の第848班を追跡中。協力に感謝致します。拘束後、引渡しをお願いしたい」
 だが橘という男からの返信は、
『 ―― 失礼だが、北見准陸尉殿。貴方の権限はどのようなものだろうか?』
 言われて、沈黙。
『第46中隊第3小隊は、西部方面警務隊の要請に基づき、第848班の拘束に動いている。―― 航空隊所属の貴方はどういう立ち位置にあるのか?』
 確かに今まで執拗に追いかけ回していたが、コネクションがあるというだけで、別段、北見自身に警務隊としての権限があるわけでは無い。従い、こう答えるしかない。
「私もまた警務隊の要請により拘束に動いています。照会は西部方面隊高遊原分遣隊隊長の一等陸尉に連絡してみて下さい」
『 ―― 了解した。だが隊長の指示を仰ぐが、一応は照会が終わるまでそちらへの引渡し請求には応じられない事は了承願いたい』
( うわ! 久し振りに堅物に会いました。が、真面目キャラクターがここまで厄介だとは私にも思っていませんでした )
『 ―― 宜しいか? 返答は如何に?』
 すぐさま返答をせんと、北見が口を開こうとする。その前に通信先でトラブルが生じたようだった。
『 ―― なっ!? こら、二之宮。何やって …… 』
 それを最後に通信が途絶えた。眼下では、栗木がひっくり返した隊員の一人の首根っこを掴まえて、何事かを怒鳴っている。第46中隊第3小隊は顔を見合わせていたが、首ねっ子掴まれていた男が何事か命じると、包囲を解いた。そのまま第848班は、逃走を再開していた。何か無造作に地面に置かれているような背嚢やら銃器をかっぱらっていったのは気の所為か?
「 ―― って何事ですかー!?」
 慌てて、降下に入った。

 跳びかかった栗木は、二之宮の内懐へ入り込むと右腕を回して引きつけ、そして右脚を振って股間を蹴り上げた。返す反動で、二之宮の左脚の裏側に叩きつける。脚を刈られた二之宮の身体が後方へと跳ね上げられた。そして仰向けに倒される。腹部には栗木の体重の掛かった脚先が突き込まれた。
「 ―― ぐへっ。さ、さすがは格闘徽章を保有していらっしゃる栗木くん。電光石火で倒されてしまいましたよ。…… もうちょっと優しく頼みます」
 二之宮は苦しげな表情のまま、糸目だけを更に細めて見せる。怪訝な色を含んでいた栗木の瞳が、次の瞬間、輝いたようだった。
「よぅし。恭介に、オマエ達! 隊長の命が惜しければオレ達を通してもらおうか!」
 それだけではない。
「 ―― えっ! そんな、武器や弾薬、他の装備も渡さないとぼくを無事に済まさないですって! 皆さん、早く栗木くんの脅迫に従って下さい」
 顔を見合わせていた小隊隊員達は手を打つと、道を開けた。瞬間、第848班員は笑顔で駆け出した。1人、橘だけが額を押さえて唸っている。
 栗木は慌てて降下してくるハリアーを見上げると、
「あばよ〜とっつぁーん!」

*        *        *

 降りてきた北見は思わず呆然。二之宮は困ったような顔をして …… って糸目だから表情は読み難いが、
「 …… という訳でして。凶悪な彼等は、ぼくを人質に取りますと、武器弾薬・物資を奪って逃走したのでございます。誠に遺憾でございます」
「 ―― それ、お前が言う台詞ではないぞ」
 橘が突っ込むが、二之宮は悪びれずに、
「従って、ぼく達、第46中隊第3小隊もまた第848班を追撃するしかございませぬ。ええ、これはもはや必然でございますよ?」
「ええと …… 追撃に地上班が加わったのは嬉しい事なのでしょうが ―― 何となく不安なのは何故ですかーッ!」
 思わず絶叫する北見の肩を、橘が優しく叩くのだった ……。諦めろ、と。

 さて、北見や第46中隊第3小隊を置き去りにして、武雄市を抜けた第848班は、ついに長崎県入りを果たしていた。佐世保三川内ICで一休み。
「さて約束していた通り、ルートの選択説明だ! ひとつは西九州自動車道 …… 通称、武雄佐世保道路に揚がってゴール地点を目指すか! 或いはこのまま国道35号線沿いに進んで、ゴールを目指すか!」
 他にもルート案があれば、提示するように。
 更に栗木は最重要な注意事項を口にする。
「ちなみに米海軍キャンプに辿り着いたからといって油断は禁物だ! というか、一応建前上、神州は隔離封鎖されているから“ 外 ”へと脱走する者には容赦しない。特に米軍は躊躇せずに射殺してくると思って間違い無い。つまり、オレがコネクション相手と接触するまで危険極まりない敵地だという認識は頭に叩き込んでおけ! ―― 以上!」

■選択肢
N−01)脱走路は、武雄佐世保道路で
N−02)脱走路は、国道35号線で
N−03)佐世保での潜伏行動は念入りに
N−04)米海軍キャンプに先回りして待ち伏せ


■作戦上の注意
 当作戦において、脱走者には弾薬類の補給の他、全ての支援はない。また、追撃者には補給はあっても戦闘支援はない可能性が高い。場合によっては追撃者にも脱走の嫌疑がかかる事に注意されたし。
 なお米海軍キャンプへの接触は、コネクションがない場合は危険極まりない。これは追跡者も同様であるので注意する事。最悪、駐日米軍との戦闘の可能性もある。しかも被害が生じても、抗議は一切受け付けらない上、こちらのみが処罰されてしまう。

) 此方の世界では2002年3月に創設。「東の第1空挺、西の西方普連」と呼ばれ、自衛隊特殊部隊のひとつ。島嶼防衛が主任務だが、昨今のテロ対策の一環として、屋内戦・市街戦のエキスパートでもある。


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