第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第5回 〜 九州:アフリカ 其弐


N5『 人間やめますか? それとも…… 』

 
 長崎県佐世保市の港湾施設は、今も昔 ―― 前世紀 ―― も米海軍(U.S.ネイビー)が占有している。平瀬にあるニミッツパークに隣接する形で、かつては海上自衛隊・佐世保地方総監部があったものだが、今では年々増大していく駐日米軍に接収されて今や見る影もない。時折、“ 外 ”から輸入されてきた物資を運ぶ、輸送科の特大型トレーラーや航空科のCH-47J/JAチヌーク、そしてそれらを護衛する普通科の装輪装甲車や戦闘ヘリが訪れるぐらいである。
 日本脱出阻止の為、船舶及び飛行機の所有・運行が国連並びに日本国政府によって著しく制限・管理されている神州においては、主な交通網といえば陸路だ。
 空輸も存在するが、飛行型超常体の襲撃を受けての墜落の危険性や、運用コストから考えても、余り一般的ではない。
 そして船舶を操縦出来る者は限られており、彼等の存在もまた秘匿されている。船を操縦する技術自体が喪失してしまったのではないかと笑えない冗談もあるぐらいだ。
 浅くて小さい河川を渡る手段としての舟艇はあるが、船舶の多くは超常体との戦闘で沈められたり、また脱出を阻止する者達の手で破壊されてしまったりしているのが実状だ。
 従い、海上自衛隊の旧施設は、全て駐日外国軍の管理下にある。
 そんな駐日米軍を監視している訳でも無いが、相浦駐屯地には方面隊の切り札たる西部方面普通科連隊が普段は待機している。問題は、その西方普連が福岡の応援に向かっており、今は不在であるという事だ。
 そして現在、相浦駐屯地では本来の主に代わって、単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスが鎮座している。
 建物の奥では西部方面航空隊所属、北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉が、あからさまに不機嫌な顔で通信機と相対していた。
「 ―― ですから長(ちょー)さん。再三に渡って“ お願い ”していますように、佐世保米海軍基地から来訪許可を戴けるように、長さんからも根回しをして頂けませんか?」
 北見の訴えに、通信機の向こう ―― 神州結界維持部隊長官は唸り声を漏らすだけ。本来ならば下士官に過ぎない北見が、遥か高みに居る(※“ 外 ”に存在しているという日本国政府を無視すれば、事実上、日本における戦略政策の最高責任者だ)長官に対して口が効ける立場では無い。だが北見と長官は長く親しい間柄であった。故に、いつもなら多少の無理は聞いてもらえる。
「 …… とはいえ、駐日外国軍に対しては私の権限も要請も通じないんだな、これが」
「 ―― つ、つかえねぇー!」
 思わず北見が漏らした評価に、長官もムキになって反論する。
「だって仕方無いだろ! 国連の統制下にあるとはいえ駐日外国軍は義勇軍みたいなものだし! ボランティアだよ、ボランティア! 彼等への指揮命令権は、それぞれの故国の軍部にあり、更には政府主席にあるわけで。瑣末な事とはいえ『うちの人間がちょっと来訪しますが、許可下さい』なんてお願いできる訳無いじゃないか! しかも相手は大国の亜米利加合衆国ですじょ? ぼかぁ、口を出す気にはとてもとても!」
「やれるだけはやりましょうよ …… ていうか、そのつもりでお願いの通信を入れたのに、何ですか、その態度は! あー、情けない!」
「情けないだとッ! ぼかぁ、これでも頑張ってるんだぞ! 長官だから偉いんだぞ! 謝れぇっ!」
「はっはっは。ジャンルがコメディですから、長さんが幾ら偉くても許されるもんねー」
 通信機に向かって舌を出して、笑う北見。対する長官も、通信機の向こうで手を振り回して地団駄を踏んでいる様だった。
「 ―― 功績ポイント消費するんだったら、米海軍にコネをとっておけば、話は簡単だったろうに ……。しかし幾ら何でもガキの喧嘩か、お前さんらは?」
 誰もいないはずの部屋に突然、苦笑混じりの声が響いた。目を細めると北見は声がした方向を振り向く。
 咥え煙草の男がいつの間にか壁に寄りかかるようにして立っていた。くたびれた様子であり、それでいて飄々とした男。半目に開かれた目蓋の奥では、焦点の定まっていないかのような眼。添え木で固められた左腕を三角巾で吊るしている。両襟の略章は一等陸尉を示していた。
 その男の姿を確認した瞬間、活性化と似たような痛みと疼きが北見の意識を貫く。
 活性化は、憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。
 この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。…… ならば、この男は。
「 ―― ハゲもの
ハゲてはいなーいッ!!
 猛烈な抗議が北見になされた。半泣き状態で訴える一尉を、北見は涼しい顔でなだめると、
「 …… で、何しに来たんですか? 『 落日 』中隊の隊長さんは」
 北見の詰問に、だがとぼけた表情を浮かべると、
「 ―― 馬鹿を、殴り倒しに」
 煙草を咥えたまま、器用に唇の端だけを歪めて笑う一尉。もたれていた壁から離れると、
「 …… 何、北見准尉の邪魔はしないよっと。とはいえ、許可が下りずにこれからどうするの?」
「聞いていたでしょう? やれるだけはやる、と。…… この先は手が出せなくなりますから」
 溜め息とともに北見は答えるのだった。

*        *        *

 背後から5.56mmNATOの弾雨が降り注がれる。
 第16普通科連隊・第46中隊第3小隊隊長、二之宮・一成(にのみや・かずなり)准陸尉は『組単位で散開、フタ・サン・マル・マルに天神小集合、駆け足急げ』と合図を送るや否や、逃走していた。
「だから、何のコネも無いのにメリケンと接触したら危険極まりないと『作戦上の注意』に明記してあっただろうか! お前は何を見ていたんだー阿呆!」
 橘・恭介[たちばな・きょうすけ]一等陸曹が併走しながら怒鳴る。二之宮は器用に走りながら、肩をすくめると、
「いやぁ、進駐軍の中には、結界維持部隊とずぶずぶの関係で私腹を肥やしてる奴もいらっしゃると思いましたのに …… 」
「だから、そういった糞ッタレどもとどうやって接触するつもりだったんだ、お前はー! 向こうから『俺はそういう糞ッタレです』と名乗ってくれると思っていたのかー!」
 指摘されて、二之宮は目を細めた。
「ああ、なるほど。これは些細なミスですね」
「 …… 些細じゃねぇッ!」
 瓦礫を飛び越えて、屋内に隠れ潜む。追撃と捜索をやり過ごす事が出来ればよいが。
「某コンシューマのステルス・ゲームみたいでございますね。カウントが0になりましたならば、アラートそして警戒に移行ですよ? ですけれども、1回でも見付かりました以上は、ビッグ●スの称号は得られませんね」
「プレイヤーが遊んでいない(※フジムラ様の自己申告)というゲームを、そのキャラクターが話題に上げるなー!」
 橘は涙目で絶叫。二之宮は眉を微かに動かして困った顔。再び肩をすくめると、
「そんなに怒鳴っていらっしゃいますと、米軍に見付かってしまいますよ? それに、いつに無く興奮していますが、カルシウム足りていらっしゃいます?」
「 …… 誰の所為だと思っているんだ、お前は」
 脱力する橘。が、すぐに89式5.56mm小銃BUDDYを構える。
「 ―― 相手はヤンキーだ。撃って良いな?」
「どうして、そんなにもあなたは嫌米家なのでございますかね? …… まあ、お待ちなさいませ。1人殺しましたらば30人が定番でございますよ?」
「ヤンキーはゴキブリと同じだからな。30人か …… 単発の一射一殺で30発弾倉が1つ空になる計算だ」
 ―― たちばな は やるき マンマン だ! ――
「あなたは本当に、ぼくよりキャラが濃いですねぇ。オプション・キャラクターのくせに。対しまして、北見さんや栗木くんは陰が薄いでございますよ?」
 二之宮が呟いたこの時、北見がクシャミをしたかどうかは蟹の味噌汁。さておき、
「しかしネイビーが陸戦力を持っていましたとは思いませんでした」
 二之宮も橘も知らなかった事であるが、一応、神州が隔離されてから駐日米海軍基地の護りとして、基地守備隊だけでなく、米陸軍(U.S.アーミー)や米海兵隊(U.S.マリーン)の歩兵が駐在するようになった。幸いにして機甲戦力は有していないが、いざとなれば巡洋艦からミサイル発射をしたり、空母から発進した艦載機の爆撃もあったりするから、戦力が不充分と言うわけでも無い。というか余りあり過ぎる。
 但し四軍の仲の悪さは相変わらずなので、連携が巧くいっていないところも多数ある。
 二之宮達を追いかけ回しているのは、デジタル迷彩のACU(ARMY Combat Uniform)で、主武装はM16A2アサルトライフル。典型的な米陸軍スタイルだ。
「しかし、どうするんだ? このままだと第848班がブローカーと接触するのに間に合わなくなるぞ」
 第848班がどのルートでやってくるかも予測していなかったのだから、このままでは騒ぐだけ騒いだだけで終わるかも。しかし二之宮は軽薄な笑みのまま、
「大丈夫でございますよ。いざとなれば、空を見上げれば良い事でございますから」
「 ―― ああ、なるほど」
 良くも悪くも、ハリアーIIプラスは目立つ。米海軍の艦載機からも追い掛け回された挙句、ロックオンされたという始末だからだ。
「必ずや北見さんが見つけ出して下さりますよ。そして北見さんには実質的な拘束力がありません。こちらに連絡を入れて下さりますのは必定。果報は寝て待てでございますね」
「 …… というか北見准尉を利用する事を、今考えついただろう、お前? そうでなかったら騒ぎを起こす必要は無いはずだ」
 橘の指摘に、二之宮はついと視線を逸らすと、
「これはこれで、作戦通りでございますよ? ほら、陽動のおかげで栗木くんも動き易くなりますから」
「 ―― 嘘吐け」

*        *        *

 陽炎を身にまとった男の出で立ちは、迷彩II型戦闘服下衣のみであった。
「6月にもなると、蒸暑くてたまんないな」
 元・第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹は朗らかに笑うが、十歩程離れた部下達は心配そうな顔を隠せなかった。
 裸の上半身から溢れ出た汗は、肌を伝って落ちる間も無く、自身の体温で蒸発してしまう。踏み締めたアスファルトは高熱で溶解して、足跡を残していた。
 栗木に寄生している炎熱系憑魔が暴走し、侵蝕率の臨界点に近い事を現わしているのだ。
 だが栗木は何事も無いように笑うと、
「さて、もうすぐだ。このまま天神山トンネルを抜けて、干尽町に。佐世保みなとIC(インターチェンジ)を降りて、目的地は南、前畑町の米海軍佐世保弾薬補給所である。―― ぶっちゃけ、火遊びは禁物だ!」
 普段ならば『お前が言うな』とツッコミが入るところだが、第848班員達は視線を僅かに逸らし、口元を引くつかせるだけ。
「 ―― 班長。いいんですか」
 思い切って発言する副官。栗木は鼻で笑うと、
「 …… ここまで来たんだ。最後までやり遂げるさ。オレは駄目だが、せめてオマエらだけでも“ 外 ”に送り出してやる」
「班長! 正直なところ、私達は“ 外 ”なんてどうでも …… 」
 だが栗木は豪快に笑い飛ばすと、部下達に最後まで言わせなかった。そしてトンネルを先に進む。無論、トンネル内は超常体にとって棲み心地の良いねぐらだ。そして栗木から放射される熱気に気付かぬはずも無い。蛇型の超常体が毒牙を剥いて襲い掛かって来た。
「 ―― 悪いが、先を急いでいるんだよ! 喰らえ、必殺ブレストフレア!」
 腕を胸の前で一旦交差してから、芝居がかった様に勢い良く開く。栗木の前面から業火が放たれ、一瞬にして超常体は炭になった。
 燃え上がる炎がトンネル内を照らす。躊躇いも無く栗木は足を踏み込んでいった。
「しかし、アレだな。トンネル内だからこそ良かったものの、外ならば一発でバレているだろうな。―― ハリアーには自慢の前方監視赤外線装置があるし」
 大技を使うまでも無く、今の体温から考えれば、もろバレだろう。ならば、とっとと逃げ込むに限る。
「さて、いくぞ ―― って、どうした?!」
 後ろを振り返ると、部下達が防護マスク着用で荒い呼吸をしていた。倒れそうな声で、
「 ―― 密閉している空間で炎技使わないで下さい。酸欠になります」

 国道35線沿いを上空から監視していた北見が、南方に高温を探知したのは夕方過ぎだった。
「 ―― 裏を掛かれましたかっ!? まさか敢えて目立つ武雄佐世保道路に揚がっていたとは!」
 ましてや、どこぞの誰かさん達が米海軍警備隊と隠れんぼ&鬼ゴッコをやっている所為で、傍受している米海軍の通信連絡網は混乱しまくっており、どれが第848班発見の報なのか解からなくなっていた状況だ。
「とはいえ、ハリアーから逃れられるはずもありません。彼等が米海軍内で脱走を手引きしている者達と接触する前に!」
 しかし追い詰める事が出来たとしても、拘束力に欠けるのは北見の抱える問題点である。
「 …… し、仕方ありません。二之宮准尉の小隊に連絡を。―― なんか不安も大きいのですが、他に選択肢がないのです。…… とほほ」
 航空ヘルメットFHG-3II型の中で、滂沱する北見。
「ちなみに、トリビアを1つ。FHG-3II型は海自の航空ヘルメット。空自出身の私がFHG-2改を着用していないのは、ハリアーが元々米海兵隊の払い下げ品であり、その運用設計を考えますと、スモークとクリアーのダブルバイザーが有効だと思ったから」
 ただの設定厨房である運営者の遊びだ。無論、北見に空自出身としてのこだわりがあるならば、FHG-2改着用でも構わない。ちゃんちゃん。

 炎をまとって駆ける姿は、炎の転●生。特急パンチ! いや、焼身自殺者が水を求めて走り回っている姿とも言えるだろう。勿論、栗木は炎の熱さなど感じられないのだが。
「やばい、やばい、若作りのジジイに見付かった。くるぅーきっとくるぅー♪」
「歌っている場合じゃないでしょ! どうするんですか? 二之宮小隊にも捕捉されましたよ」
「一成か …… 実は未だ奴が何を考えているんだか良く解からないんだが」
 少なくとも逃走者・追跡者・そして米海軍の三者を引掻き回そうとしているのは間違い無い。
( 一成は …… オレよりも“ 奴等 ”に近いかもしれんなぁ )
 苦笑を1つ。だが不思議そうな表情を浮かべる。
「なぁ? “ 奴等 ”って誰だろう?」
「何ですか、それは!?」
「いや、ふと頭に浮かんだ事で …… 」
「必死になって走っている最中に、思い浮かべた事を訊ねられても困りますが!」
 それでも律儀に怒鳴り返す副官に、栗木は拍手。
 さて、あと少しで倉庫の1つに飛び込めるという距離まで近付いた。だが、
「 ―― 追いつきましたよ! 観念なさい!」
 ハリアーIIプラスが上空を押さえる。北見の目がある為に、遠くから見守っていた二之宮も頭を掻くしかない。
「 …… あちゃー。栗木くんもここまででございましたか。仕方ありませぬね。―― 拘束の用意を」
 深く溜め息を吐いて、二之宮が指示を出す。第46中隊第3小隊が、第848班を取り囲んだ。1人炎を上げる栗木だが、部下もまとめてだと抵抗は出来ない。ましてや二之宮は栗木の天敵である、氷水系だ。
「ここまで来たのに …… 諦めるしかないのか」
 しかし、ここで栗木に救いの手が差し伸ばされる。御都合主義だと言ってはいけない。
「 …… そこまでデース! Mr.栗木達を解放しなサーイ。HAHAHA!」
 いかにもな、胡散臭い喋り方をした米海軍人と、彼が率いる1個分隊がM4A1カービンを構えて倉庫から姿を現わす。ブローカー達に側背を突かれ、BUDDYを棄てて両手を上げさせられた事に、橘は立腹。さらには携帯式低高度地対空ミサイルFIM-92スティンガーでハリアーIIプラスにも狙いをつけていたりもするから堪らない。
 だか、本当の問題はそこではなかった。
 男の姿を目視したとき、二之宮も橘だけでなく、コクピット内にいるはずの北見にも、強い衝撃と痛みが走ったのだ。
「 ―― 何ですか、これは。いや、待って下さい。これと似た体験を最近にも味わった事があります」
 口に出す事で、痛む意識を紛らわせようとする。
「 …… そう、これは。あの『 落日 』一尉が現われた時や …… 魔王 フォエニクス[――]が接近してきた時と似た ――!」
 睨む先で米海軍人の中尉は、栗木の肩を親しく叩くと、白い歯を見せてHAHAHAと笑った。
「よくぞ、来てくれマシたー! マイ・フレンド!」
「 …… お、おう。久し振りだな、フォレスト。ベリー・サンキュー! ところで話は早速で悪いんだが …… 例の件を。オレはもう駄目だ。せめて部下だけでも“ 外 ”へ」
「お易い御用デース。でも出港は6月20日デスから、それまで隠れておく必要がありマース。もっともミーとしては、Mr.栗木とともにこれから始まるハルマゲドンに参加してもらいたいのデスけどー。今はただのヒトとはいえ、憑魔を植付けてしまえば、充分な戦力になりマース」
「 ―― 憑魔を植付ける? 何を言っているんだ、フォレスト。そんな事したら“ 外 ”になんて ……」
「 …… いや、そもそも、中尉殿! 我が偉大なるステイツの、それも特に偉大なネイビーであっても、“ 憑魔 ”を自在に操る技術があるとは我輩も知らなかったでありますが」
 話が変な風向きになっていくのに、ブローカーのサブリーダーさえも首を傾げた。フォレストと呼ばれた中尉はHAHAHAと軽薄そうな笑みを浮かべ続けると、
「 ―― もはや、Mr.栗木が、いや、マイ・フレンド炎総統 アミィ[――]の核を宿したモノが来た以上、もはや秘密にしておく意味もありマセーン。それに、元々“ 外 ”に流していたエブリバディは、我がスレイブとして魔人化済みなのデスから。ユー達には教えてマセんデシたけどね★」
 ウィンクして見せるが、不気味なだけだ。
「フォレスト …… オマエは何者だ? ていうか、オレの体温は沸点近くあるんだぞ! 今、さっき平気で触ってなかったか?!」
 栗木が拳に焔を纏わせながら身構える。同じく、二之宮は目を細めると、
「あのー。PCを置いてけぼりにしまして、勝手に2人だけの世界を作らないで下さい」
「 ―― いいから、今は黙っておけ、一成。あと恭介も大義名分が出来たからって暴れんなよ? 若作りのジジイも動くな」
「 …… ですから、ジジイって言わないで下さい」
 北見の涙ながらの訴えをすかさず無視して、栗木はフォレストと名乗っていた中尉を睨み付ける。中尉は口元を歪めると、
「ミーは! ミーこそは、七十二柱の魔王が1柱たる水域侯 フォカロル[――]デース! そして、ウェイクン・アップ! 王侯貴族の憑魔核を宿すもの、炎総統アミィよ!」
 フォレスト改め、魔王フォカロルが高笑うと、栗木が絶叫を上げて地面に倒れ伏した。身体から焔を噴き上げながら、のた打ち回る。
「ちょっと待てー! こんな展開聞いてないぞー」
「伏線も無しでございますか、駄目マスター!」
 当然ながら、抗議する北見と二之宮。しかし、フォカロルは意地悪く、
「HAHAHAのHAーっ! 全ては御都合的な方向に流れてゆくのデース!」
「身も蓋も無い事を……」
 誰かが呆れて呟いたその時、
「 ―― なら、これも受け入れろよ?」
 フォカロルの背後にいつの間にか、煙草を咥えた一尉が出現。間の抜けた顔をしてフォカロルが振り返る直前に、振り上げていた拳骨を頭の頂点に叩き落とした。鈍い音が鳴った後、続いて地面を揺るがす衝撃が走る。―― フォカロルが頭から地面に陥没していた。
「よし、お仕事終了。馬鹿連れて帰るかー」
「ば、馬鹿って …… そっちの馬鹿でしたか!」
 北見の叫びに、一尉は唇の端を歪めて笑う。そしてフォカロルを引き摺っていこうとしたが、
「 …… あ、右拳が砕けていて、掴めねぇ」
 骨折中の左腕に続いて、右拳を痛めていた。
「 ―― まったく、貴方って人は! もうすぐ黙示録の戦いが始まるっていうのに、いきなり戦力外通知を自らしてどうするんですか!」
 いきなり現われたWAC(女性自衛官)に襟首を掴まれて引きずられていく一尉。ちなみにWACのもう片方の手には、フォカロルの足首が掴まれていた。
静花 さんには内緒だぞー?」
 その言葉を最後に、2人?と1匹は闇に消えていった ……。
「何しに来たんですか、あの人達?」
「良い場面、全部取られてしまいましたよ?」
 北見と二之宮が同時呟く。 「魔王の足首を掴んでいくって、いったい …… 」
「見なかった事にしましょう、そうしよう」
 が、すぐに我に帰った。
 フォカロルはいなくなったが、栗木の憑魔強制侵蝕は留っていない。栗木は己の内の衝動と戦いながら、
「オレに近付くのは危険だ! だから、オレからすぐに離れろ!」
 叫ぶや否や逃走していった。
 逃げていく栗木の背に、北見が歯を剥き出しにして怒鳴り返す。
「いや、危険なのは解かっているのなら、逃げるなー!探すのだけでも一苦労なんですよ!」

*        *        *

 一連のドタバタに我を無くしてしまっていた米海軍人達が意識を取り戻したのは、既に栗木を追って、北見が風を巻き起こしてハリアーIIプラスを上昇させた後だった。第848班も追跡に移っている。
「 ―― 先任曹長殿、我等も超常体を追跡するべきでは!?」
 配下の言葉を受けても、サブリーダーは躊躇していた。その間隙を縫う様に、
「というか、上官の正体が『 実は魔王でございました 』というのを広められましたならば、米軍の恥でございますしねぇ。ましてや“ 外 ”への手引きをしていた …… どころか、騙して憑魔を植付け、強制侵食させていたという事の口封じもしなくてはなりませんし」
 素敵な笑顔を張りつけて、二之宮が囁く。
 悪魔のような声を耳にし、仰天した米海軍人達はM4A1カービンを向けようとしたが、
「おおっと動くな、人身売買のブローカーども。先に蜂の巣になるのはお前達の方だぞ、ヤンキー。…… いや、動いて良いぞ。ヤンキー、ゴー・トゥ・ヘル!」
 橘が“ 撃つぞ、撃つぞ、俺はメリケン撃ち殺してやるぜ ”と鼻息荒く、いち早く我に帰っていた第46中隊第3小隊に命じてBUDDYを構えさせていた。
「 …… えーと、恭介くん。あからさまに『殺してやるから、そら動け』という態度に出るのは如何なものかと?」
 汗を掻きながら二之宮は笑う。橘は口元を歪めて返すだけだ。
「 ―― 何が望みだ?」
 サブリーダーの悪態に、二之宮は目を更に細めると、
「何、簡単な事です。―― 貴方達の親玉はあんな事になりましたが、栗木くん達との約束はまだ生きています。彼の部下を“ 外 ”に連れ出す準備を進めてあげておいて下さい」
「 …… 彼等を捕縛したり、俺達を憲兵に突き出したりするんじゃないのか?」
「ぼくとしても意外な展開になってきましたのでね? 最終的な判断を下しますには未だ早いと思います。…… それにね?」
 三日月状の笑みを顔に張りつけながら、二之宮は細目を開けた。
「栗木くんとあなたの上官と同様に、ぼくはあなたと仲良くやっていきたいと考えているのですよ?」
「 ―― 何故に疑問形か」
 橘が呟いているが、二之宮は表情を崩さない。サブリーダーは緊の字のまま、口を開いた。
「 …… お互い、悪よのぅ」
「ははは、お代官様ほどでも」
 チャカチャチャーチャーチャッチャッチャーン♪
 ―― にのみや は させぼべいかいぐん との コネ を えた。――
 二之宮とサブリーダーが握手を交わした瞬間、何処からか某コンシューマ・RPGのレベルアップ効果音が流れた気がした。

 さて、その日はそれだけで終わらなかった。遥か南の方角に、光の柱が立ったのだ。あれは天草の方角だ。
 そして、あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてきた。凛々しい女声が響き渡る。
『 ―― 諸君』
 裏番組「神州の夜明け」を聴く為にチューニングをしていた橘の瞳に不快の色が宿る。
『諸君』
 北見は眉根を寄せながらも、佐世保中央自動車学校に駐機していたハリアーIIプラスの整備の手を休める事がない。
『諸君 ―― 』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 天神にある自衛隊官舎跡に隠れ潜んでいた第46中隊第3小隊隊員が、札遊びを止めて顔を見合わせた。
『 ―― 私は 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 気の無い返事をしながら、二之宮は頬杖を付いた。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは ―― 』
 米海軍佐世保基地司令官が青褪めた顔で立ち上がる。幹部達も血の気が引いていた。
『 ―― 私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は …… 我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし ―― 』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ―― あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ―― 怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。―― 我は約束する! 戦いの末、“ ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 …… 聖約が、もたらされた ――。

 だからどうした、と。己の焔で身を焦がす異生(ばけもの)が呟いた。
「あの憎たらしい“ ”に盲従している馬鹿どもの話を誰が聞くっていうんだよ? それに …… オレは、いや、オレの部下達は必ず“ 外 ”に出てやるんだ。オレが夢見て、恋焦がれた自由な“ 外 ”へ」
 くぅッと昂ぶる衝動を鎮める。己がいつまで“ 栗木真 ”の心を有していられるか。残り時間はもう僅かだ。それにオレに宿っている炎総統の“ 意識 ”を感じて、周辺を遊び回っている不死侯フォエニクスがやって来ないとも限らない。そうなれば完全にアウト。オレは身も心も完全な異生になる。
「 …… 福岡からは炎侯爵の呼び掛けが、人吉からは蝿帝王の招聘もある。いつまで保っていられるか …… あいつらがオレの事を踏み台にして“ 外 ”に逃げ出してくれると良いんだが」
 そして、誰か、オレを殺してくれないものか。
「まったく …… シリアスな展開と、後味の悪いエンティングは、約束違反だよな?」

 
■選択肢
Nh−01)第848班を捕らえて処分する
Nh−02)魔王に覚醒しそうな栗木を殺害
Np−01)朱鷺子に呼応して叛乱決起
Ng−01)なにがなんでも“ 外 ”へ
Ng−02)“ 力 ”を求めて魔王の覚醒を促す


■作戦上の注意
 当作戦において、脱走者には弾薬類の補給の他、全ての支援はない。また、追撃者には補給はあっても戦闘支援はない可能性が高い。場合によっては追撃者にも脱走の嫌疑がかかる事に注意されたし。
 追跡者は6月中旬までに通常任務地に戻る事が命じられているが、栗木真を放置した場合、魔王 ―― 炎総統アミィ覚醒を見逃す事になる。福岡で暗躍している七つの大罪の1つ“ 強欲 ”を司りし大魔王たる炎侯爵アメンの呼び掛けや、人吉に顕現しようとする同じく七つの大罪の1つ“ 暴食 ”を司りし大魔王たる蝿帝王バールゼブブの招聘に応じる可能性は棄て難い。
 ちなみに阿蘇の健磐龍命が封印から解放された場合、また話が違ってくるが ……。
 なお維持部隊に不信感を抱き、天草叛乱部隊改め、神杖軍に呼応する場合はNp選択肢を。アミィ覚醒を促すか、或いは“ 外 ”に第848班を送り出す、自分も脱出したい場合はNg選択肢を。
 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


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