第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第6回 〜 九州:アフリカ 其弐


N6『 逃げ道続くよ、どこまでも 』

 
 芳醇な薫を漂わせ、濃厚な味を湛える珈琲。其の珈琲カップへと手を出そうとしたところを、別の杯が簡易テーブルに叩き付けられた。飛沫が、西部方面隊第4師団・第16普通科連隊・第46中隊第3小隊隊長、二之宮・一成(にのみや・かずなり)准陸尉の顔に掛かった。
 自分の前に乱暴に置かれたのは、出涸らしのアメリカン。情けない面持ちのまま、上目使いで覗う。
「 …… 相楽くん、橘くんに煎れたお茶の出涸らしをぼくに出すのは、そろそろ勘弁して欲しいのでございますが」
「あら。隊長は出涸らしのアメリカンと、鯵サンドが好物と伺っておりましたけれど」
 暖められた戦闘糧食II型 ―― 通称パック飯の5番「ハムステーキ」を飯盒に盛り付けながら、WAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が素っ気無く答える。
「 ―― ぼくは何処のハードボイルダーでございましたか?」
 鯵のひらきを挟んだサンドイッチに、出涸らしの珈琲。前世紀のTVドラマに登場した、貧乏とハードボイルドの象徴だそうな。
( …… 何で、ぼくの部下は此んな妙な知識ばっかりあるのでございましょうかね?)
 WAC ―― 相楽・青[さがら・あお]陸士長。第46中隊第3小隊本部付けの戦闘員だ。ショートの髪型に、クールな性格属性。更に眼鏡を掛けての知性的な第一印象をもたらすが、列記とした魔人であり、第46中隊第3小隊の主戦力の1人である。地脈系だから、憑魔相剋関係によると、氷水系である二之宮にとって天敵とも言えた。
 なお、何処ぞの誰かによる追加設定で「妙な雑学=無駄知識に詳しい」と特徴が付いた。…… 萌えから遠ざかっているような気がしても、突っ込むな。
 さておき。相良は、内側にポリ袋を被せた飯盒の蓋に主食のクラッカーを載せ、中子に副食(オカズ)のハムステーキとポテトサラダを盛り付ける。飯盒本体には卵スープだ。其れを上官にではなく、
「はい。お食事ですよ、橘さん(はぁと)」
 二之宮と同じテーブルで資料を広げていた副長、橘・恭介[たちばな・きょうすけ]一等陸曹へと、甲斐甲斐しくも用意して上げていた。
「お仕事中からお手を放す事が出来ない様でしたなら …… 其の、私が箸をお運びしますけど」
「いや。ありがとう、申し出には及ばない」
 橘は相良の申し出を断ると、資料を置いて食事に取りかかる。そして、不思議そうに二之宮へと視線を向けてきた。
「 ―― 何だ、お前は珈琲だけか?」
 二之宮は相良へと視線を流す。
「あのぅ。…… ぼくの分は?」
「はい、どうぞ」
 手を加えられていないパック状態の携帯糧食II型5番が二之宮の前に置かれた。二之宮は天を仰ぐと、
「 ―― きびしーっ!」
「相良士長。此んな奴でも、俺達の上官だ。虐めていないで、済まないが調理してきてくれないか」
「 …… 橘さんが其処迄、仰るのでしたならば」
 相良が調理(レトルトパックを暖めてくるだけだが)している間に、橘が本題を切出した。なお、未だ食事には手を付けていない。
「 ―― で、どうなんだ? 本気で栗木達を海外に脱出させるつもりなのか」
 二之宮は軽く手を振って、
「当たり前でございましょう? 冗談や嘘だと思っていらっしゃったのですか? 付き合いも長いのに」
「付き合いが長いから、疑っているんだよ。お前の言葉の8割は悪質な冗談や嘘ばかりだったじゃねぇか」
「心砕いていました友人に、其の様に見られていましたとは、哀しい気分でございますね」
 二之宮は俯いて袖で目元を拭うが、橘は容赦無く「嘘吐け」と糾弾してくる。
「独りコントはいいから、本気なんだな?」
「ええ。希望者は外に送り出すつもりでございます。―― 反対なさいますか?」
「いや。付き合ってやるよ。一緒に査問会に掛けられようぜ。―― 相良達は巻き込まない様に、責任は俺とお前だけで半分こだ」
「相良くんは零肆特務(※第4師団における懲罰部隊)にまで付いてきそうでございますがね。デレっと恋しています女性は、命がけでございますよ」
 二之宮の言葉に、だが橘は眉をひそめ、
「あれ? お前、嫌われているんじゃなかったか?」
「 …… 存外に鈍いですね、橘くんも」
 二之宮は肩をすくめて見せる。
「良く解からんが ―― 魔王覚醒を阻止するという目的で、ローラー作戦で捜索は続行させている。北見准尉の上空からの捜索もあって、直ぐに捕捉出来るだろう …… が、其の北見准尉はどうする?」
「どうしましょうかね? まぁ臨機応変にやりまして、煙に巻く方向性で」
「 ―― だな。しかし、栗木は恐らく手遅れだぞ」
「 …… 其れでも、やるだけやってみるだけでございますよ」
「しかし魔王 アミィ[――]か。…… 此れまたマイナーな」
 17世紀の魔術文書『レメゲトン』第1部「ゴエティア」に記されている七十二柱の魔王。アミィは地獄の炎の擬人化で、総統・総督といった地位にあると言われている。だが19世紀のコラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』において同書の挿絵画家M・L・ブルトンが描かなかった為に、知名度は低い。
「 ―― 立風書房刊ビッグジャガーズの『悪魔王国の秘密』によれば、アミィは科学技術庁長官であり、宇宙大使だそうですけど」
 突然、横からの無駄知識に、二之宮は仰天する。橘も顔をひくつかせていた。
「相良くんですか …… 此れまた前世紀の子供向け図解本を良く御存知で」
 二之宮の賛嘆の声を上げるが、しかし相良の関心は別にあった様で、
「お待たせしました。…… あら。橘さんのお食事が冷めているではないですか」
 暖められたばかりの糧食を入れ替えると、冷めたのを二之宮の前に置き直す。そして鼻歌混じりに、橘の珈琲を容れ直しに行った。
「 …… いただきます」
 二之宮は橘と顔を見合わせると ―― 合掌。

*        *        *

 西部方面普通科連隊(Western Army infantry Regiment:WAiR)という主が留守であっても、彼等を支える隊員達もまた出払っている訳では無い。
 むしろ天草で叛乱を起こしている 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]の爆弾発言を受け、日本国政府や佐世保の港湾施設を牛耳っている駐日米軍に対する反感が高まって大騒ぎ。西部方面警務隊・相浦分遣隊は火消しに躍起になっていた。
「 …… そういう訳で、魔王復活の緊急時だというのに、人を割く事が出来ないのだよ」
 警務科の三佐が重い溜め息を吐きながら、西部方面航空隊所属、北見・茂雄(きたみ・しげお)准陸尉に説明をしていた。
「警務を“ 班 ”で取得しておけば良かったかっ」
 思わず天井を仰いで述懐する北見。確かにコネのパイプを太くするより実働戦力其のものを獲得していた方が、元・第42普通科連隊・第848班班長、栗木・真[くりき・まこと]三等陸曹達を手際良く捕縛する事が出来ただろう。
「此れは一生の不覚! 私の脳味噌、コンパクト〜」
 解かる人が居ないのじゃないかと思われるネタを口から出させられると、北見は頭を抱えた。
「しかし警務科とは言え、普通科班が完全武装していたなら、取り押さえる事は難しいがね」
「其処に問題は無かったんですけどね。―― 我が愛機ハリアーの火力を以ってすれば、如何に武装した連中であれ、無力化する事は造作ありません」
 いささか強気に応える北見だったが、警務科三佐は頭を横に振る。
「 …… 君は魔人でありながら ―― いや君だけで無く自衛隊上がりの戦車や戦闘機魔乗り達の殆どに其の傾向があるが ―― 魔人を過小評価する悪癖がある。己の愛機に信頼を寄せるからだろうが」
「 …… 三佐殿も陸自上がりと聞いていますが」
「自分だけ理解があると言うつもりは無いのだがな」
 自嘲の笑みを浮かべながら、警務科三佐は己の憑魔核を見せると、
「私の憑魔は、ありふれている強化系に過ぎないが、其れでも独りで戦車を無力化させる事が可能だよ。対戦車武器を持っていれば秒殺 ―― 無手でも十数分で屑鉄に出来るつもりだ」
 西部方面隊のエリートたるWAiRが拠点とする相浦駐屯地で警務隊を率いるからには、其れ程の実力を有しているという事だ。
「ましてや栗木三曹は火炎魔人 ―― 五大系だ。しかも魔王級。…… 洒落にならんのだよ」
 到るところで何度も言及されているが、魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。
 警務科三佐は疲れた様に、椅子の背凭れに身を預けると、天井を睨みながら小声で語り出した。
「 …… 数年前になるが、東北方面隊では魔人との性交を強要したり、わざと憑魔核を寄生させたりと、―― そうやって魔人を増やそうという計画があったらしい。魔人は戦車や戦闘機を配備するより安価で多量。維持費も其れ程掛からない」
「 ―― まさか? 其れならば長さん ―― 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]長官から聞き及んだ事がありますが …… 実話でしたか」
「さて? …… 実際に確かめようとした事が無いのでな。断言は出来ん」
「そうですか。…… しかし、わざと寄生と言いますが、望んでそうなるならば、苦労は ……」
「 ―― 魔王級は憑魔を自在に増やす事が出来るというじゃないか」
「 ―― ッ!」
「 …… ただ『 超常体と密かに取引し、人体実験を繰り返している 』という都市伝説は、東北方面隊が最たるものというだけで何処にでもある。…… 西部方面隊では、久留米の幹部候補生学校が怪しいが」
 さらりと次回作以降の伏線を張る、警務科三佐。
「 ―― さておき。当然、其れを善しとしない者達に潰されたが …… 市ヶ谷(※幕僚監部)では黙認されていた節があるという。其の悪夢の遺産と言われているのが、東北方面普通科連隊・通称“ 荒吐(アラハバキ)連隊 ” 」
「 …… そして『 落日 』中隊ですか? 」
 北見の問いに、だが警務科三佐は眉をひそめると、
「 …… 物知りだな。だが、其の名は滅多に口に出さない方が良い」
 瞑目すると、
「 ―― 『 荒吐 』が未だ人間が造り出した範疇内のもの ―― 維持部隊の暗部だとしたら …… 」
「 …… だとしたら?」
「 ―― 『 落日 』は異生によって生み出された、神州世界の深奥にある闇であり、謎其のものだ」
 そして目を開けると、席を立つ。
「話が大分逸れてしまったが …… あまり過信はしない方がいい。魔人は強力過ぎる、まさに暴力そのものだ。下手な刺激はしない方が良いだろう」
「解かりました ―― 気を付けましょう」
「連絡があれば、直ぐにでも駆け付けたいと思う。既に二之宮小隊が捜索に動いているらしいから、引き続き協力を要請したらどうだ?」
「其の二之宮小隊が …… いまいち信用なら無いのですけどね。実は ―― 」

 其れから数十分後には、北見は機上の人となっていた。愛機である単座垂直離着陸機マグダネル・ダグラス/BAe AV-8B ハリアーIIプラスが、佐世保上空から睥睨する。
「通信を拾ったところ、二之宮小隊は天神から北へと展開、ローラー作戦で捜索中ですか」
 彼等より先に発見出来れば其れに越した事は無い。
 ハリアー自慢の前方監視赤外線装置、改良型ヘッド・アップ・ディスプレイ、ヘッド・ダウン・ディスプレイ、カラー地図表示装置のみならず、AN/APG-65多モード・レーダーと贅沢な電子機器が、栗木の放つ異常な熱量を探し当てるのが先か、其れとも ……。
「 ―― ビンゴ!」
 高熱反応を感知して、機器が警告音を上げる。そして別種の異常もまた北見の身体を襲った。憑魔活性化による激しい痛みと衝撃。
 ハリアーIIプラスの操縦席内で活性化が起きるのはそうは無い。そして、或る程度の大きさが有る相手で無いと近くに潜んでいても判らないものだ。つまり接近先の栗木は、最早高位に在る超常体に他ならない。魔王としての覚醒迄、秒読み段階という事だ!
 ハリアーを確認し、また向こうもまた憑魔活性化を感じ取ったのだろう。二之宮小隊も目標地 ―― 木風小学校跡に向かっている。
 更には、隊長を探し求めていた第848班員達が眼下に映っていた。
 北見は機首を下げると、
「 ―― 脱柵中の第848班に告ぐ! おとなしく、縛に付きなさい! さもなければ …… 」
 操作すると、25mm GAU-12機関砲が鉄光りした。
「 ―― 撃ちますよ」
 北見の最終警告に、場が固まった様に感じられた。だがハッタリと誤ったのか、其れとも覚悟を決めたのか第848班は再び駆け出す。
 其の様子に下唇を噛みつつ、北見もまた腹を据えて構えるのだった。
「命中時は、運が悪かったと諦めて下さい」
 機関砲が唸りを上げ、威嚇射撃が発せられた!

*        *        *

 時は少し前後。
 二之宮のお願い(という名の命令)に、橘が渋々と妖怪アンテナを張る …… もとい氣を探知するべく半身異化する。
「強い存在を感じる ―― 北北東の方角」
「距離は?」
「流石に遠距離内でも無い限り、ド●ゴンレーダーみたいに正確な位置と距離は判らん。具体的に言うと半径200m内でなければ。大体の方角だけしか判らないところをみると ―― 結構遠いぞ」
「其れでも大助かりでございますけどね」
 ちなみに通常の憑魔活性化では近距離(25m)内の“ 存在 ”を感知する事しか出来ない。其の方角、距離、数、強さが探知出来るのは練氣系の半身異化だけである。…… 今更どうでも良い事だけど。
「憑魔能力の使用は、少しばかりプレイヤーの想像性任せにしていましたところ、今作のアクション上では応用力が全く無かったそうでございます。…… 次回作のキャラメイキングではもっと具体的に例示を上げて説明して下さいよ?」
「 ―― 誰に言っているんだ、お前は?」
「其れはさておき。レッツラゴー! 北見准尉のハリアーより先に発見しませんとね」
「其れは無理ですね …… 一足先に急行している様ですから」
 相良が上空を指すと、北へと向かう機影が1つ。慌てて周囲に散っている部下達に連絡を飛ばしながら、二之宮が駆け出す。だが此方は足。しかも路上には瓦礫や、怪しげな植物が繁茂しており、障害物競争。対して空には遮るものは何も無い。
「せめて足があれば疲労だけでも抑えられました」
「だから車輌関係をポイントで獲得しておけ、と」
 口々に責め文句を吐く、相良と橘だが、其れでも二之宮に付き合って併走してくれている。
「 …… しかし気付いているか、二之宮? 練氣系とはいえ、遠距離先の存在を感知出来るという事は」
「手遅れの可能性が高いという事でございますね」
 必死に走る。上空からはハリアーの飛行音。
「見付けました ―― 第848班の皆さんです」
「橘くんより早く班長に近付くとは、中々やりますね …… って、北見准尉は、な、何をー!?」
 ハリアーの機関砲が唸りを上げると、眼前の第848班が仰天して逃げ惑う。土煙が舞い上がった。
「 …… 正気でございますか? ―― ッ!」
 二之宮が呟くと同時、激しい痛みと衝撃が3人の身体を走った。特に探知の為、氣を張っていた橘は直撃を受けたと言っても良い。苦悶の声を上げて、橘が地べたを這いずり、のた打ち回る。泡立つように無数の肉腫が膨れ上がり、内側から肉を引き裂いていく。引き裂かれた肉から血が吹き出し ―― 裂けた肉の間を異常な速度で根を張り出した神経組織の様なものが埋め尽くしていく。
「ひょ …… 憑魔の、強制侵蝕現象 ―― 」
 歯を食いしばって堪える二之宮。最も深刻な損害を受けた橘は防御の氣を張り直すと、一番早く立ち直った様だ。痙攣して嘔吐する相良の背を擦って、彼女の氣も正調している。自力で立ち直った二之宮は空を見上げて、
「 …… 栗木くんの逆鱗に触れてしまいましたね、北見准尉。部下諸共狙いますなんて」
「此れで魔王覚醒が決定したな …… 」
「未だ、完全にとは信じたくはございませんが」
 其れでも二之宮は半身異化状態となって身構える。ようやく復調した相良が顔を上げて、
「 ―― あ。ハリアーが墜落してきます」
「「なにーーッッ!!」」
 機体姿勢を崩したハリアーが急速落下。慌てて二之宮と橘が相良の手を引いて逃げようと駆け出した。が、
「「逃げ切れないーーッッ!!」」
「 …… 私、橘さんに抱かれて死ねるのなら本望です。―― 隊長は邪魔」
 だが危機一髪、操縦席内の北見が意識を取り戻したのか機首が起こり、再び空を駆け上がるハリアー。
「「あっぶなーっ!」」
 2人して同時に汗を拭う仕草の二之宮と橘。ちなみに第848班と第46中隊第3小隊の皆さんは、瓦礫に隠れて遠巻きにしている。
 巨大な業火が噴き上がり、上空のハリアーを追撃していく。ハリアーは俊敏な動きでかわしていくが、反撃の機会を中々得られない様だった。
「 ―― 二之宮。あいつだ、栗木だ」
「解かっていますよ。此処迄来たら …… 作戦変更! 栗木三曹の憑魔核の力を削ぐ事に全力を注ぎます。相剋の氷水でギタギタにしたら、例え完全侵食しても意識を乗っ取られずに済むかも知れません。前例も無く、何の根拠もございませんが!」
 少なくとも先程のが、完全侵蝕する最後の一押しになった可能性が高い。アレは、もう炎総統アミィだ。
 火元に急行する。全身を焔に包んだ半裸の男がいた。
「な、なんで …… 」
 二之宮は恐れ戦く。まさか、其んな事が …… ! 二之宮はアミィを指差すと、
「な、何で …… ズボンは燃え尽きて無いのですか?! 裸ッパーじゃないとは、魔可不思議!」
「「「「ツッコミどころは其処かぁーっ!」」」」
 相良と橘だけで無く、アミィと北見も異口同音で声を荒げる。其の瞬間に、二之宮が仕掛けた!
「ダイ●モンドダストー!」
 技名は兎も角として、憑魔相剋関係でいえば、火炎系は氷水系の攻撃に弱い。決まれば絶対! だが、
「オレが弱点攻撃への備えをしていない愚か者と思ったか ―― 甘いぞ、一成!」
 氷の結晶を撒き散らす凍気の一撃は、アミィに到達する前に空中に散布されていた火種に阻まれて蒸発していく。蒸気が白煙となって、視界を遮る。
「おわわっ! 火閻魔人とーげんなつみ! 昔のペンネーム時代に描いています」
「また、解かる人が少ないネタを …… 兎も角、火種が厄介だ!」
 素早く策を練る二之宮と橘の目の前で、アミィが人差し指を立てる。
「め」
 次に中指、其れから薬指。
「ら」「ぞ」
 何が繰り出されるか理解した二之宮が両手を振って、待ったのポーズ。
「ちょっとお待ち下さい。版権がぁーッ!」
「お」「ま」
 だが無視したアミィは、5本の指先に焔の弾が創り出した。そして、其れ等を放つ。
「 ―― フィンガー・フレア・ボムズ!」
「伏字もしてないしー」
 全包囲に撒き散らされた焔の弾。着弾したひとつひとつが極大の焔を巻き上げる。当然、消し炭になったかと思いきや ――。
「大丈夫ですか、橘さん。ついでに隊長」
「ぼくは、ついででございますか」
 片手を突き出し、焔の爆発を受け止め切った相良。橘( と、ついでに二之宮 )を庇った相良の美しい白肌には火傷1つ負っていない。が、
「ありがとう、相良 ―― 済まんが、此れで前を隠せ。見るに忍び無い」
 彼女の肉体は火傷1つ負って無い。肉体は。だが、其の身を包む迷彩II型戦闘服と下着は、綺麗に消し炭になっていた。気付いて、白かった肌を一気に紅潮させて、相良が其の場にしゃがみ込む。橘が上着を脱いで、代わりに掛けてやった。
「もう、お嫁に行けません …… 」
「ははは、大丈夫ですよ、相良くん。いざとなったら、橘くんが貰ってくれますから」
「 …… あ。其れなら」「一寸、待て」
「私では駄目なんですか」「そういう意味でなくて」
「男らしくありませんよ、責任を取って」
 囃し立てる二之宮と、頬を染める相良に対して、
「お前等 …… 現在、魔王と戦闘中だって事を忘れているだろ?」
「「 …… あ。―― キャーーっっ!!」」
 アミィは、再び焔の弾を撒き散らそうとしていた。だが、其の瞬間に、上空から降り注いだ25mm砲弾がアミィの身体を貫く。
「 ―― 覚悟して下さい」
 北見のハリアーが錐揉み体勢から真下のアミィへとGAU-12機関砲で攻撃する。
「 ―― ッ?!」
 降り注ぐ弾雨を浴びるアミィの唇の端が満足そうな笑みを形作っていたのは気の所為か。
「 …… 最早止む無しでございます。橘くん、援護を! ―― 相良くんは後の事を頼みます!」
頷いた橘が今迄のお返しとばかりに氣弾を放つ。そしてアミィの姿勢が崩れたところを ――
「さようならでございます。お義兄様!」
 頭上で両手の指を組む二之宮。両腕が重なる様は、まるで水瓶を担いだの如く。其の水瓶かの口からとうとうと煌きながら凍気が迸った。
「 ―― オー○ラエ●スキューション!」
 アミィの口元が微笑むと、
「 …… 魔人相手に、妹を嫁にやれねっーつ、の」
 凍気がアミィ ―― 否、栗木の胸板を貫く。
「 ―― 青春、ダイナマイットっっ!!」
 瞬間、栗木が大爆発を起こした。木風小学校跡を中心にして半径200mの空間が焼失 ……。二之宮と橘、其れに第848班や第46中隊第3小隊が一瞬にして爆炎の中に消える。
 空にも迫り来る焔の渦に、慌てて北見は操縦席から自らの身を射出する事を選んだのだった。

*        *        *

 寝台の上で包帯に覆われた北見に、警務科三佐が見舞いに訪れていた。
「流石は魔人と言ったところか。パラシュートも開かない様な低位置から墜落しても、骨折や軽い火傷程度で生き残るのだから」
「墜落では無くて、脱出です」
 愛機を失った北見が口を尖らせて反論する。
 相浦駐屯地。本来の主であるWAiR(の一部)も福岡の戦いから戻ってきている。夏至の日を迎える準備を整え、既に厳重な防衛体勢に移行していた。
 WAiRが福岡でどんな死闘を行なってきたのか、戦闘は終結したのか、其れとも未だ続行中なのか。其れは北見も窺い知れ無い。だが6人大部屋には北見だけで無く、意識不明のWAiR隊員数名もまた寝台に括り付けられているところを見ると、余程の戦いが繰り広げられていた事が予測出来た。…… しかし、其れは、後に語られる事になるだろう。
 少なくとも現在、北見の耳に入ってきているのは中九州(熊本・宮崎)での戦闘結果だ。
 人吉は大魔王バールゼブブの完全顕現を阻止。脱柵や離反した魔人と超常体等の敵残党が周辺に逃げ散り、未だに隠れ潜んでいるものの、南九州を結ぶ陸路の要所として復興を開始しているらしい。
 また阿蘇の 健磐龍命[たけいわたつのみこと]が封印から解放され、熊本城に在る藤崎八旛の九州結界も死守された。此の為、中九州の超常体は激減。特に熊本市中心部と阿蘇特別戦区は安全圏と化しており、非戦闘員や物資が移送されているという。阿蘇では、駐日阿弗利加連合軍も全面協力しており、篭城戦の備えは万全であるらしい。
「佐世保の駐日米軍にも聞かせてやりたいよ。あいつ等は篭城戦に必要な物資の供出を終えると、ダンマリを決め込んでばかりだからな」
 少なくとも駐日米海軍からの協力申し出は、全く無いのは確からしい。
「南の光の柱は立ったままだというのにな …… 」
 崎津天主堂に立った光の柱 ――“ 燭台 ”を消すべく戦力を傾けた鎮圧部隊は、朱鷺子こと“ 神の杖(フトリエル) ”と高位上級超常体ケルプによって阻まれた。フトリエルが振るう懲罰の杖により壊滅し、天草五橋を落とす余力も無く三角迄撤退した。
 当然“ 神の御軍(みいくさ) ”が追撃してきたが、先述の復活した健磐龍と、藤崎八旛の九州結界の御蔭で宇土を突破する事は叶わなかったと言う。現在、エンジェルス共は天草を棲処とすると、九州本島へと侵出すべく、宇土や八代、そして長崎にて攻防戦を繰り返しているらしい。
「WAiRにも出動命令が出ているのだが …… 其の内、数名に別口から異動要請が出ているらしい。優秀な人材を選抜して、決戦部隊を創設するみたいだ」
「 …… 例のアレが関わっているのですか?」
 北見が思い至る部隊名に、警務科三佐も恐らくはと頷いた。
「少しでも人員が必要ですね …… アミィを倒せたとはいえ、最後の自爆に巻き込まれて第848班と第46中隊第3小隊を喪失したのは、残念な事です」
 北見が悲痛な表情を浮かべたが、
「いや。二之宮小隊は健在だぞ?」
「 …… は?」
「多くは焼失範囲から離れていたし、中心部にいた二之宮准尉以下、数名も平気な顔して歩き回っている。もっとも、二之宮准尉と副長の橘一曹には第848班脱柵幇助の嫌疑が掛かっているから査問会送りだが」
「しかし、どうして?」
「 ―― 魔人だよ。爆発の瞬間、地脈系魔人が足下を液状化させると、全員を引きずり込んで生き埋めにしたそうだ。更に二之宮が水の防護壁を、副長の橘も氣を張ったのを重ねた事もあって、熱と焔を完全に遮断。…… 尤も、肝心要の二之宮が最初の振動波の影響を強く受け過ぎて(※氷水系は地脈系の攻撃に弱い)内臓破裂で死に掛けたり、他の奴等も酸欠になり掛けたりしたそうだが」
「其んなのアリですかー!?」
 アリなのだな、此れが。
「其れでは第848班も …… 」
 しかし警務科三佐は難しい顔で頭を振ると、
「残念ながら、彼等の遺骸は完全に焼失してしまったのか、灰1つも残っていない。―― 班長と一緒にあの世迄逃げていった …… というのが見解だ。追跡は不可能だ、北見准尉。今迄、御苦労だった」
「そうですか …… 」
「原隊に復帰しろ、と言いたい処だが、ハリアーを失い、また篭城戦に突入した今の状況が其れを容易にせんだろう。良ければ相浦で暫くヒューイの操縦士を手伝ってくれたら助かるが」
「…… F転ですか?」
 F転とは戦闘機操縦士から他の職種へ転向する事、また転向した者の事を言う。
「もう少し考えさせて下さい」
 そう苦笑すると、北見は静かに目を閉じる。だが今は追い掛け回していた第848班を偲ぶのだった。

 頭を掻きながら、二之宮が笑う。
「いやぁ、其れ程叱られもせずに良かったですね」
「 ―― 脱柵幇助の嫌疑は強いが、魔王の覚醒を阻止したというのも大きいからな。プラマイゼロといったところだな。何にしろ零肆特務に跳ばされなくて助かったが。…… そう言えば、意外と言えば、お前が海外に脱出しなかったのが不思議だ」
「ぼくにも最低限の郷土愛というものがございますよ。―― 上層部の密約が事実であろうとなかろうと、超常体が敵で、郷土を守るには戦わねばならない事に変わりはございませんし。…… 其れに、ぼくを待ってくれていらっしゃる、愛する人が残っていますし。そう、橘くんにとっての相良くんの様な女性が!」
 相良が駆け寄ってくるのを見ながら、二之宮は橘の肩を叩いた。二之宮の言葉が聞こえたかどうかはさておき、相良は橘だけに飲み物を手渡すと、
「橘さん、お疲れ様でした。あ、ついでに隊長も」
「うわ、きっつー」
 二之宮はおどけてみせると、其のまま独り背を向けた。怪訝な表情で橘が尋ねてくる。
「何処に、何しに行くつもりだ?」
「亜矢さんに、真くんの最期について御報告と、慰めに。…… 今、彼女は人吉に居らっしゃるそうですからね。直接に慰めは出来ませぬけど、此れもまた必要な事でございますから。―― 気兼ねなく、ごゆっくり。明日の昼迄、自由時間としておきますので」
 顔を真っ赤にする2人を置いて、二之宮は通信室へと向かう。ふと立ち止まって、独りごちた。
「真くんは …… 死に場所を求めていたのかも知れませんね。そして、部下と妹を任せられる人を捜していたのでしょうか?」
 最早、誰にも解からない事だ。

 …… 佐世保から出港していく輸送艦。甲板には、日系人と思われる海兵数名が遠ざかっていく神州の大地を見詰めていた。
「さらば、です。栗木班長。貴方が望んで止まなかった“ 外 ”で私達は生き抜いて見せます …… 」
 そして敬礼をする。…… 其の両目に溢れんばかりの涙を必死に堪えながら。

 ―― そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 其れでも人は生きていく。果て無き夢を、遥かな未来を夢見て。愛する人と共に ……

 


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 神州脱出作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 残念な事に、誰も「何故、栗木が脱走を決意したのか」について言及しなかった事が悔やまれます。其の点を絡ませていれば、説得する事も可能だったかも知れません。
 また、複数人を拘束するには、彼等を拘束するに足る人員(もしくは力)も必要でしたが、拘束状態を持続する事も必要です。一時的に無力化出来ても、其の状態を維持出来なければ、捕まえても直ぐに逃げ出す事でしょう。
 亜矢が人吉に行ったまま帰ってこなくなり、病的なブラコンっぷりを描けなかったのは残念でなりません。
 コメディと言う割に、結構シビアなテーマを扱ってしまったのが、自分の到らぬところであります。
 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
 此の直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に福岡・大分、そして沖縄での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 特に当該作戦と重なるところが多く、しばしば言及されていました、北九州(福岡・大分・佐賀)の戦いに御期待下さい。伏線を張りまくっていましたので、初期情報と一緒に、当該作戦ノベルを御覧頂ければ光栄に思います。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。


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