第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第1回 〜 九州:アフリカ 其壱


S1『 破砕の砲杖 』

 96式装輪装甲車 ―― クーガーの前に横2列に並んだ部下達の顔を、秋谷・薫(あきたに・かおる)三等陸曹は目を細めて、感慨深く見渡した。
 国連軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団・第42普通科連隊・第508班。
 人吉陥落と前後して発足された第508班を構成する隊員達は、まだ少女と言ってもよいほどの面持ちで、不安と緊張を入り交ざった視線を秋谷へと返す。
 秋谷は20の瞳を前にして、大声を震わせた。
「 ―― 各員、気をつけ!」
 号令を受け、一斉に女子隊員達は胸を張って腕を垂直に下ろすと、踵をつけて、つま先を約55度に開いて、不動の体勢を取った。すかさず、アルファチーム・リーダー、舞草・弘子[まいくさ・ひろこ]一等陸士が号令を続ける。
「一同、秋谷薫先生 …… 班長に敬礼!」
 右腕が水平に横に張り、45度で折れ曲がった二の腕の先 ―― 真直ぐに揃えられた指先が88式鉄帽の下に位置付けた。堂の入った敬礼に、秋谷も答礼を返す。
「―― 直れ!」
 舞草の言葉に不動の体勢に戻る。秋谷は頷くと、
「各員、“休め”の体勢で聞いて欲しい」
 左足を開き、手を後ろに組んだ女子隊員達に、秋谷は声を発する。
「我が班は、これより人吉奪還の為の作戦に従事する。我が班の詳しい目標は移動中に通達するが、各員はライフルや装備をよく点検し、1時間後には全員乗車して待機しておけ」
 力をこめた視線で彼女達を見渡し、
「 ―― 武田はクーガーの整備を、園部と佐々木は医療品の点検を念入りにな。鈴木は他班との連絡に必要な周波数や、符牒・暗号等をきちんと覚えとけ。手の空いた者は、武田達を手伝う事!」
「「「はい、先生!」」」
「秒針まで時計を合わせてから、一時散開!」
 姿勢を崩した女子隊員達は連れ立って時計を合わせたり、他愛もないお喋りをし合ったり、始め出す。
 そんな様子に秋谷は何とも言えぬ表情を浮かべた。
 ……これから彼女達が赴くのは、血で塗られ、死が花開く戦場だからだ。

 ―― 南九州陸路の要地である人吉が、突然に大規模発生した超常体の群れによって陥落したのが先月の末 …… つい数日前の事である。
 西部方面総監、加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将は、この一大事に、当然ながら奪還令を発し、大規模な部隊を派遣しようとした。
 だが、折しも神州各地にて超常体の活発化による大規模戦闘が勃発。
 加藤陸将は第8師団のみならず、福岡の第4師団や那覇の第1混成団をもまとめるべく、健軍にある西部方面総監部より動けなくなった。
 代わって人吉奪還令の総指揮を執るのは、第8師団長、細川・雅史[ほそかわ・まさし]陸将である。
 細川陸将の令により、八代では第42普通科連隊並びに第8特科連隊等が集結。九州自動車道を南下させるとともに、国道219号線を経由して西より進攻を命じていた。
 また、えびのに残存している第24普通科連隊にもまた北上させ、人吉を奪還すべく四方からの攻撃が開始されたのだった ……。

 単純に考えれば、人吉を中心とする包囲網が完成されているのだが、それでも秋谷は楽観視出来ない。
 何故、突然に大規模に超常体が発生したのか? 大規模に発生したというが、その正確な数は? 超常体の活動並びに潜伏している分布は?
 …… 不安要素は数え上げれば限が無い。何よりも、秋谷の率いる第508班は発足したばかりであり、秋山を除けば、全員が嘴の黄色い雛鳥に過ぎないという事だ。
( …… 少しでも多くの戦闘経験を積み、生き残れる様になってもらいたいものだが)
 そんな物思いにふける秋谷だったが、部下達が黄色い歓声を上げたのに気付いて、沈みがちだった面を上げた。
 部下や、他の班員達が興奮して我先にと駆けていっている。何事か? と秋谷が眉根を寄せると、
「 …… 戦車ですよ」
 いつの間にか、傍に寄っていた第508班・狙撃員の 滝本・雫[たきもと・しずく]二等陸士が呟いた。
「 …… 戦車? ―― 玖珠の戦車大隊が応援に駆けつけてくれたのか!?」
「……1輌だけみたいですけど」
 興味なさそうな滝本。だが、彼女の視線の先には、90式戦車が鎮座しているのが見て取れた。
「1輌だけでも、無いのとあるのとでは、隊員達の士気が随分と違う。…… 助かったな」
「―― そう言ってもらえると、私も出向いた甲斐があるというものです」
 秋谷の呟きを聞きつけて、微笑みを浮かべながら壮年男性が誇り高く頷いた。
 慌てて秋谷が振り返る。それにつられて一同の視線が集まった。
 四角っぽいごつい感じのする親父さん ―― そんな第一印象をもたらした車長と思しき男の左上腕には、1本の短冊型章と桜星章1つの組合せがあった。
 親父さん ―― 栗林・忠広(くりばやし・ただひろ)三等陸尉は面映い気持ちで、皆の視線を受け止める。
「本当ならば、戦車の集中運用が望ましいのですがな。……定数を割り込んで何年経過しましたかな?」
 微笑みを苦いものに変えた。
 神州結界維持部隊の前身基幹たる日本国陸上自衛隊。その花形たる戦車は、強力な装甲による防御力、高い路外機動力、敵の装甲を撃破出来る強力な火力を持ち、これらを統合した戦闘力を発揮して敵を蹂躙する。
 だが、小型から中型(※人間大も含まれる)の超常体相手には、むしろその戦闘力から無用の長物と忌避されていった。
 平野部ならばいざしらず、神州の地勢は長く複雑に入り込んだ海岸線があり、その多くは急峻な山岳に面している為に運用の大幅に制限される。
 また何処からともなく現われる超常体との戦闘は、突発的に建物から建物へと制圧するといった市街地戦が多い。
 従い、火力や防護力が不足がちとはいえ汎用性の高い普通科に比べると、戦車を保有して運用する機甲科のみならず、自走砲等の(高射、野戦含む)特科もまた、神州結界維持部隊では相対的に軽視されがちであった。
 だが、それでもなお栗林は戦車乗りの誇りを失わずに、前線に赴いて火力支援を行なうのだった。何よりも、秋谷が喜んだ通り、戦車1輌でも、在るのと無いのとでは精神的な意味合いが違う。
 更に言うならば、栗林は陸自出身の古強者。自然と意気が高まってくる。
 栗林は目を細めると、戦車への熱い視線を送る隊員達に温かい気持ちで眺めるのだった。

 このまま穏やかに作成開始時間まで過ごせればよかったのだが、残念ながら秋谷の期待を裏切り、問題と事件は常に突発的に起こりうる。
 怯えた悲鳴が集結場の外れで起こった。
「あれは……うちの生徒の声だ!」
 秋谷達が89式5.56mm小銃BUDDYを構えて、現場に駆けつけると、衛生を担当する 佐々木・空[ささき・そら]二等陸士が、柄の悪そうな男に絡まれているところだった。
 舞草に警務隊を呼ぶよう命じるとともに、
「そこの男、現在は作戦待機中だ。しかも、うちのはこれから初陣なのでな。作戦前に、余計なストレスを与えないで貰えないかな」
 だが秋谷の恫喝にも、男性隊員は悪びれずに、
「へへっ。初物って訳だ。なら、なおさら戦いで命を落とす前に、それよりも良いこと教えてやらないとな。…… あ、もしかして、お前さんが既に手取り足取り教えてやってたのか?」
 佐々木をブラボーチーム・リーダー、板垣・琴美[いたがき・ことみ]一等陸士に預けると、部下達をかばうように秋谷は前に出た。
 同じく、後に続いて来ていた栗林もまた、その手に9mm拳銃SIG SAURE P220を握る。
「おいおい、そう怖い顔をするなよ。もしかして、図星か」
 男の挑発に応えずに、ただ、
「 ―― 所属と部署を言え。厳重に抗議してやる」
「 …… それにはおよばねぇ」
 一瞬だった。
 秋谷と栗林の、それぞれの憑魔が、活性化に似た痛みと震えを走らせる。
 瞬きしたあとには、その無頼な男性隊員の咽喉元に、背後から回されたナイフが当てられていた。
 細く紅い筋が引かれる。
「 …… た、隊長、ちょっとした冗談だったんだよ。勘弁してくれ」
 いつの間にか暴漢の後ろに、ナイフを手にしたまだらの男がいた。
 隊長と呼ばれた、まだらに脱色したぼさぼさの頭髪の青年 ―― 殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉は鼻を鳴らすと、尻を蹴り出す形で部下を解放する。
「馬鹿が迷惑をかけたな。…… まぁ狂犬に噛まれたと思って諦めろ」
 地面に唾を吐くと殻島は無造作に背を向ける。
 誰もその背に声をかける事が出来なかった。
 殻島が戻っていく部隊車輌 ―― 高機動車『疾風』3輌と82式指揮通信車コマンダーのボンネットにペイントされたマークを見て、栗林が唸る。
「 ―― 第零捌特務小隊か」
「れいはちとくむ?」
 第8師団の師団標識等に絡みつく鎌首をもたげた王蛇のマーク。それを睨みながらの栗林の言葉に、秋谷が顔をしかめる。
「第8師団長直属の危険集団でしてね。命令無視や暴走、引き金の軽い問題児はどこの集団にもいますが、奴らとは一線を画しています。―― 零捌特務は重犯罪者の集団 …… 上官や同僚の傷害、殺しの罪人。そんな連中を力で従わせているのが、あの殻島という男でして」
「つまりは必ず危険な最前線に送られる懲罰部隊。…… 確かに、人吉に投入されても可笑しくはないですが。…… それよりも、栗林三尉?」
 痛みと震えが治まりつつあるのを確かめながら、
「あの男の姿を認めた瞬間に、何故か、活性化が起きました。三尉もですか」
 活性化は、憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。
 この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、戦友の憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。……はずだ。
 しかし、殻島を視界に入れた瞬間、秋谷も栗林も、憑魔が反応したのだ。
 そもそも、衆人環視の中で、どうやって殻島は背後に忍び寄ったというのだ?
「あの男は本当に人間なのですか?」
「同感です。が、陸自からの長い経験の中で、正規では考えられない話もよく耳にしていましてな。曰く『魔人駆逐を主任務にした部隊がある』、曰く『人工憑魔の実験部隊がある』、曰く『超常体で構成された部隊がある』…… 天草の松塚一尉もまた『特殊な魔人である』という話がありますな。おそらくは、あの男も …… 」
 唇を噛む。
 作戦開始時間5分前を示すサイレンが鳴った。

*        *        *

 第零捌特務を先頭にして、人吉奪還作戦の主部隊は八代IC(インターチェンジ)より九州自動車道の南下を開始した。同時、国道219号線を別働隊が発進する。
 コマンダーの座席に身を沈めると、殻島はマイクを手に取り、疾風3輌に搭乗している部下どもに指令を発する。
「 ―― いいか、お前等。俺達の役割を説明しとくから、耳をダンボにしてよく聞きやがれ。まずは人吉一番乗りを目指す。そして現地で何が起こったかを詳しく調査する。逃げ遅れた生存者をとっ捕まえられれば御の字だが …… シンプルに言えば、こうだ」
 口元を歪める。暗闇で薄笑うロクデナシ達。
「 ―― オーダー・オンリーワン。『 サーチ & デストロイ 』。オーバー?」
「サー! イエス・サーッ!!」
 王蛇は鎌首をもたげて、威嚇音を発した。

 後続するAPC(アーマード・パーソナル・キャリア:人員装甲輸送車)のひとつ、クーガーに乗車した第508班は、車内の中で秋谷より軽く作戦の説明がなされていた。
 運転席には 武田・博美[たけだ・ひろみ]二等陸士が、助手席には通信士の 鈴木・綾[すずき・あや]二等陸士が座る。
 残るアルファとブラボーのチームメンバーは、腹内部の左右に並んだベンチシートに互いに顔を相対しながら座っていた。
 秋谷は中央上部ハッチの足場に腰掛ける形で生徒達を見渡す。
「俺達の役割は、人吉奪還作戦の橋頭堡として山江SA(サービスエリア)を確保する事である。だが、山江SAを確保するには肥後トンネルを突破する必要がある。肥後トンネルで恐らく戦闘が発生する。君達、充分に気を引き締めておけ」
 秋谷の言葉に、女子隊員達は唾を飲み込んだ。
 八代から人吉間は、超常体が現われる以前なら毎時100km/hで走れば約30分で辿り着ける距離だ。
 だが放棄された車輌や敵味方の死体が障害となり、道を阻む。
 ましてやトンネル数は20を超えており、電灯の無いトンネルは超常体にとって良い住処でしかない。
 そして、その最長たる肥後トンネルは約6km。たかが6km、されど6km。人吉奪還における第一の難関と言えた。
 そんな緊張と、今更ながらの怯えに似た雰囲気を生徒達から嗅ぎ取り、秋谷は渋面を浮かべる。頬を掻くと、
「 …… とは言え、だ。まあ、俺達は新米部隊だから上の連中も戦力としてはあまり期待して無いだろう。君達はその間に少しでも多くの戦闘経験を積み、生き残れる様になるんだ。先生の初陣の話をしよう。今でこそ、いっぱしのように説教なんてしているが、初陣の時はそりゃ多くの人に迷惑をかけたもんだ。あれは、上益城の御船で、でな …… 」
 かつての経験を話すと、生徒達の顔がほころんでいった。
「 …… とにかく大事な事は決して諦めないこと、死なない事だ。諦めなければ生き長らえる。生き残った分だけ、経験を積む事が出来る。俺からのはなむけだ。全員生き残れ!」
「そうですね、先生」
「 『死んで花実が咲くものか 』だね」
「お、何かの受け売りかしら?」
 良い意味で緊張がほぐれてきたのか、一同の間に談笑が起こる。
 そして、鈴木からの報告を受けて気を引き締めた。
『先生、みんなに連絡! 先頭の零捌が超常体と交戦を開始したとの事です! 他班もまた戦闘体勢に移っています』
「全員降車して射撃体勢に展開。だが、活躍なんてしなくていい。防御に徹しろ。他の班には俺が挨拶済みだから、気がねなく生き残る事に専念しろ!」
 クーガーの車体両側面部には防弾ガラスの嵌め込まれた視察窓が4ヶ所設けられているが、銃眼としての機能はないので車内からの射撃は出来ない。この為戦闘時には如何なる状況であっても下車するか、もしくは上部ハッチを開けて半身を露出しなければ射撃は不可能だ。
 後部ドアを開いて第508班が下車する。同様に下車した他班の隊員達がBUDDYを構えた。
 秋谷はクーガーの上部ハッチを開けて、クーガーの車載火器たる12.7mm重機関銃ブローニングM2を闇の奥に向けた。先行している零捌特務の銃撃音が響いてくる。
 ライトが照らし出した超常体 ――2足歩行類小型犬頭人身の通称『コボルト』へと、疾風から身を乗り出した零捌特務隊員が5.56mmNATO弾を叩き込んでいく。
 前方だけではない。通り過ぎていく側面。追い下がろうとする後方。落下、もしくは飛来してくる上方へと、四方八方へと、殻島は銃弾をばら撒くように命じた。
「撃って、撃ちまくれ! 周りは全て敵だ!」
「隊長、前方に大型超常体が!」
 ライトに照らし出された巨大なトカゲ。出来そこないの地竜。その図体がトンネルを塞ぐかのように横たわっている。回避しようにもハンドル操作は間に合いそうにない。
 だが、殻島は鼻で笑うと、
「 ―― 邪魔だ、どけ」
 突然に殻島の身体が、コマンダーの前方の宙空に出現した。殻島の振り上げた拳が、地竜のどてっ腹に突き刺さる。
 地竜は呻き声1つも漏らせずに殻島の拳の中指真ん中 ―― その1点の空間に圧縮され、…… 消し飛んだ。
 そして、いつの間にか、殻島の肉体は車内に納まっていた。面倒臭そうに呟く。
『…… 零捌はこのまま人吉まで吶喊する。後は任せた、だそうです』
 鈴木が呟きを、秋谷等に伝達。
「任された! ―― 来るぞ!」
 零捌特務が撃ち漏らしたコボルト達が、矛先を向けて襲ってくる。
 秋谷はブローニングM2の遊底掛金外しを押して緩衝器を止める。握把を握り、引き金を押し続けると、12.7mm×99弾が戦場を引き裂いた。
 第508班員も続いて、膝撃ちの体勢で5.56mmNATO弾を放っていく。
「無理に攻めようとするな。自分達に向かってくる敵だけを攻撃するんだ。分隊支援火器の担当は仲間のリロード中援護射撃を忘れるなよ」
 個人携帯短距離無線機を通して指示を出す。「はい、先生」という返事に、教え子の緊張と興奮、そして恐怖を感じ取っていた。

 焦れる気持ちを押さえ込んで、栗林は90式戦車を進める。
 トンネル内においてラインメタル120mm滑腔砲は、下手すれば崩落の危険性がある為にまだ出番ではない。
 その装甲を前面に押し出して轢殺するか、ブローニングM2と76式車載7.62mm機関銃で支援するのが精一杯だ。
「トンネルを抜けた時が勝負です」
 操縦士と砲手にそう言い聞かせると、トンネル内を少しずつ少しずつ推し進めていくのだった。

 僅か6km ―― たかが6kmされど6km。
 トンネル内で朝を迎え、夜を越えた。
 その距離は永遠に近い絶望を感じる時もあったが、明けぬ夜は無い。
 ついにトンネル内の敵を掃討し、日の光を浴びる。
 これまでの道程で多くの隊員が死傷し、脱落していったが、それでも第508班員は軽度の損耗でトンネルを抜ける事が出来た。
「先生、太陽ってこんなに眩しくて暖かいものだったんですね!」
「ああ、そうだ。良くやったぞ、君達は!」
 歓喜の声を上げる教え子達。その姿は硝煙と汗に汚れていたが、彼女達の笑顔は美しく誇らしいものだった。秋谷は惜しげも無く賞賛の声をかける。
 90式戦車がいよいよ、その獰猛なる咆哮を上げる時が来た。
 トンネルを脱け出したその瞬間にラインメタルが轟音を轟かせると、超常体の群れがその一撃で吹っ飛んだ。
 散り散りになったコボルトはついに戦意を無くして蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく。
 照準用ペリスコープを覗きながら栗林が、砲手に指示を送る。レーザー測距装置が組み込まれた火器管制システムが、目標物の赤外線を利用して、主砲を補正する。
「射てっ!」
 号令下で、対戦車榴弾が再び炸裂した。
 戦車だけではない。クーガーの車載火器たる40mm自動擲弾銃もまたグレネードを放つ。
 戦車を前面にし、肥後トンネルの戦いで活躍の場がなかった部隊が第2波となって山江SAを確保すべく、そのエンジンを鳴り響かせていった。

*        *        *

 さすがに山江SAの重要性を、超常体もまた把握していたのだろう。獣性の強い見掛けによらず、超常体にも人間並みの知性や知能がある。
 コボルトのみならず、インプと称される有翼類小型人身超常体や、オグルと呼ばれる2足歩行類中型鬼身超常体が統制された群体として、各部隊の進行を阻んだ。
 栗林もまた、車体に張り付いたインプに対して、上部ハッチから身を乗り出してはSIG SAUER P220で撃ち抜いていく。9mmパラペラムが、インプの脳漿をぶちまけた。
 もはや総力戦の有様となったこの攻防において、第508班もまた例外ではありえない。
 須々木・一美[すすき・かずみ]、如月・紫苑[きさらぎ・しおん]の両二等陸士が撃ち放つFN5.56mm機関銃MINIMIも前進する他部隊の援護の為に駆り出され、BUDDYもまた5.56mmNATO弾を撃ち果たしてしまっていた。
 押寄せてくる超常体の群れを見て、秋谷は怒鳴り声を上げるしかない。
「 ―― 各員、白兵戦準備!」
 BUDDYの先にお守り程度につけられていた銃剣が鈍く光る。
 銃弾と違い、直接、敵の肉を抉り、血を浴び、命を獲る。
 その恐怖に新米隊員達は顔をそむけながら、銃剣を突き出そうとしていた。
「馬鹿もん! 前を向け! 歯を食いしばれ! 眼を見開け! 死にたいのか!!」
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 秋谷の身体機能が膨れ上がった。
 もともと活性化されていた肉体に、いっそうの瞬発力が加わって更に強化される。
 滑るような動きで教え子達の前に出ると、接近してくるオグル数体へと払い蹴り。中央のオグルの動きが澱んだところで、払った反動を上半身につけて、胸部へと拳を叩き込んだ。
 厚い胸筋を拳の痕で凹まされて、オグルが周囲を巻き込んで宙高く吹き飛んだ。
 背後の教え子達を怒鳴りつける。
「舞草、板垣、しっかりしろ! 君達全員、生き残るんだ! 俺が生き残らせてやる! だから、今は恐怖を捨てて前を向け!」
 息を吸って、そして吐く。
「返事はどうした!」
「「 ―― は、はい、先生!!」」
 覚悟を決めた少女達は、超常体1匹を相手に、チーム単位で刺突を加えていく。
 命を奪うという行為に、彼女達の気力がくじけないよう、秋谷は心を鬼にして叱咤激励を続け、そしてかばうように拳を振り上げ続けた。

 数時間に渡る攻防戦の末、ついに火力と装甲に勝る人類側が山江SAを制した。
 休む間も無く、負傷者の手当てや、超常体の死体の焼却処分に追われる。
 新たなバリゲードを築き上げたあと、余力のある部隊を残して、全員が死んだように数日振りの安眠を貪るのだった。

*        *        *

 Mk26A1破片手榴弾を投擲。炸薬が爆発し、破片となった弾体が飛散する。
 9mm機関拳銃 ―― 通称エムナインを構えると殻島は連射した。
 超常体の群れの中を突貫して、人吉ICまで辿り着いた第零捌特務だったが、料金所がかつてとは違う形で障害として立ちはだかっていた。
 繁茂する奇怪な樹木を遮蔽物にして、料金所の建物の影から射撃してくる相手と銃撃戦を繰り返す。
 敵は、迷彩服に身を包んだ元戦友 ―― 憑魔に完全侵蝕された魔人達であった。
「 ……ったく嬢ちゃん達には相手させられねぇな」
 八代集結地で見かけた、新生されたばかりの部隊を思い浮かべて、殻島は唇を歪ませる。
 コボルトやインプ、オグルは人型とは言え、まだ外観が異なり、獣性を感じさせる。殺傷するのにそう罪悪感を覚えるものはいないだろう。
 だが魔人は違う。もともとは人間 ―― しかも今まで命がけで(言葉通り、半身異化を繰り返し、憑魔に侵蝕=心身を削って)戦ってきてくれた先輩達の成れの果てだ。
 古参の隊員達にもきついのに、新米ならばなおさらだろう。
「そういや、嬢ちゃん達の隊長も魔人だったみたいだがな …… まぁ、関係ないか、俺には」
 唾を吐いた。口元を歪ませると、
「埒があかねぇ! ハチヨン持って来いッ!」
 殻島の怒鳴り声に、肩に担いだハチヨン ―― 84mm無反動砲カール・グスタフの砲尾を開き、HEAT対戦車榴弾FFV551を装填する。
「後方確認よし。てっ!」
 対戦車榴弾がゲート棒を巻き込んで料金所ボックスを吹き飛ばす。だが完全侵蝕された事で人間としての限界値を遥かに越えた動きをもって、数体の魔人が爆風から逃れ出る。
 しかし、爆風から逃れ出たとはいえ、その瞬間は無防備極まりない。
 BUDDYの切換えレバーを摘んで引き出して回す。連射モードによる目標周辺ごとの集中弾幕射撃。毎分約850発という最大発射速度は、30連弾倉を一瞬で空にするが、避け切れなかった魔人を挽き肉に変え、或いは致命傷にならずとも動きを阻害するには充分である。
 殻島が声にならぬ威嚇音で吼え、鋭い犬歯が見え隠れした。
 遮蔽物から身を乗り出すと、一瞬で魔人に肉薄。
 左手に握られたコンバットナイフを、魔人の腹部から胸を狙って突き出す。魔人は掌拳で外から内側へと円弧を描くようにすくい受け。
 だがナイフは囮。魔人の意識がナイフに集中した隙を狙って、魔人の右膝関節へと外側から左足で鋭い蹴りを放つ。
 身体機能が強化されたとはいえ、異形系はさておき、人体構造に変わりはない。
 骨を砕く鈍い衝撃を左足の甲で感じると、体勢を崩した魔人へと殻島はナイフを返す動作をそのままに咽喉元を切り裂いた。
「まだだ! 俺が楽にしてやるぜ!」
 咽喉から噴き上がる血を浴びながら、右の掌拳を胸元に当てる。
 ―― 空間把握、憑魔核位置確認 ―― 消去!
 風船が弾けるような音。
 胴体に風穴を空けられた魔人が崩れ落ちる。
「隊長、単身突出し過ぎですぜ」
「弾は前から来るとは限りませんよ、へへっ」
「おうッ! 殺せるものならば殺してみろよッ!」
 部下達のブラックジョークを軽口で返しながら、殻島は刃を振るい続ける。敵味方の銃弾の飛び交う真っ只中で。
 しかし不思議な事に流れ弾の幾つかは、見えない何かに阻まれたかのように軌道を逸らしているのだ。まるで殻島の身を避けるように。まるでプリズムを通過した光のように、有り得ない急角度で。
「とはいえ …… 完全侵蝕された魔人が多過ぎだぜ、これは」
 悪態を吐いた。
 幾ら、超常体が集中して出現する神州とはいえ、人間の身体に出現 ―― 寄生されるにも確率というものがある。ましてや、その魔人全てが完全侵蝕されているというのは……。
「やはり、いるのか、ここに。憑魔を増やし、侵蝕を促すという、高位上級の超常体が」
 奥歯を噛み締めながら、SIG SAUER P220を抜き放って魔人の頭部を撃つ。
 しかし、そろそろ限界か。
 殻島は心の内で舌打ち。
 弾が続く限り、銃撃でもって善戦出来る。
 逆を言えば、弾がなくなれば、零捌特務といえども身体能力で上回る魔人や超常体相手には劣勢に回るしかない。
( …… 俺独りだけだったら、何とかなるんだが)
 そんな時だ。ゲートの向こうで更なる銃撃音が轟いた。
 敵の援軍か?! 目を剥いた殻島だったが、
『こちらは第24普通科連隊・第826班。援護します!』
「了解した、挟み討ちにするぞ!」
 息を吹き返すと第零捌特務は、人吉IC周辺の掃討へと力を注ぐのだった。

*        *        *

 建物内を整理清掃し、また収容出来ない分は天幕が張られる。
 山江SAはちょっとした要塞と化していた。
 八代から到着した第8支援連隊で、第508班の少女達を最も喜ばせたのは、武器弾薬でも、食糧や生活物資でもなく、野外入浴セット1型と野外洗濯セット2型だった。戦場での汚れを気にするのは、まだ新米気分が抜けない彼女達らしいと言えるだろう。
「先生! 第508班アルファチームは只今より入浴してきます」
 敬礼する舞草達に、秋谷は苦笑しつつ、
「ああ、行って来い。ブラボーは入浴中のアルファチームの護衛だ。そうしたら交代しろ」
「はい、痴漢や覗きは銃殺刑にしてやります。…… 勿論、先生も例外ではありません」
「え〜。私、先生にだったら肌を見せてもいいなぁ」
「御一緒しますか? せ・ん・せ・い☆」
「からかってないで、さっさと入ってこんか!」
 桃色の声を上げる教え子を一喝すると、秋谷は脱力した。周りの班長が笑い声を上げる。陸自時代から叩き上げたる栗林も穏やかな笑みを浮かべるだけだ。
 しかし、すぐに顔を引き締めると、山江拠点を預かる事になった三等陸佐(中隊長)に顔を向ける。
「殻島准陸尉の零捌特務から報告。『人吉IC周辺は状況優勢。されど予断は許されない』との事」
「えびのから北上している第24普通科連隊は、九州自動車道並びに飫肥街道(国道221号線)共に加久藤トンネルにて足止めをくらっているそうです」
「人吉街道(国道219号線)からの八代別働隊もまた芦北―球磨境にて超常体との戦闘激化!」
「つまり、現状で人吉に辿り着けるのは九州自動車道の八代本隊のみか」
 腕を組んで唸る。
「この中隊の選択肢は三つある。このまま九州自動車道を南下し、人吉ICで降りて完全に占拠、先行する零捌特務と共に人吉を解放するか、もしくは加久藤トンネルに向かって第24普通科連隊と挟撃を行なって合流を果たすか。この山江拠点の守備する事もまた重要だ」
 中隊長は、各班長をもう一度見渡すと、
「各班の意見を聞きたい。各員の奮闘を祈る!」

 同じ頃。
 数年の歳月により、赤茶けた看板には『人吉自動車学校』と書かれている。
 その校長室の壊れかかった椅子に座ってふんぞり返りながら、殻島は卓上に広げられた人吉市内図を睨んでいた。
「 …… ていう事は、お前らも陥落した状況の事はよく判ってないんだな?」
 人吉ICで合流した生存者達 ―― 第826班長代理の陸士長は申し訳なさそうに俯いた。
 第826班は元々人吉に駐在していた部隊の1つだったが、人吉陥落の際に、大量に出現した超常体の群れに各個分断、撃破されたという。さらには班長だった二等陸曹は……。
「完全侵蝕されて、人間辞めさせられたという事か」
「班長は僕等を逃がす為に……」
 奥歯を噛み締める陸士長に対して、殻島は興味なさそうに頭を掻くだけ。
 それよりも、
「 …… このまま現状維持して本隊の合流を待つべきか。それとも敵情偵察を強行すべきか、だな」
 手飼いの者に意見を訊ねてみる。
「お前がボスとして、何処に拠点を置く?」
 そうっすねぇ、と顎に手をやりながら、
「北西の村山総合公園か、それとも中央の人吉城跡公園のどちらかっすね」
「どちらも維持部隊の宿営地や拠点だからな。しかし人吉城跡の隣は ―― 市役所か。ナントカと煙は高いところが好きだというが……こちらの方が可能性は高いな。だが、そう見せかけて、村山の方かもしれない。さて、どうするかな?」
 自らの経験に思いを馳せながら、殻島は口元を歪めて笑った。
 現在、人吉にて確認されている敵戦力は、ガーゴイルと呼ばれる有翼類中型獣頭人身の超常体に、ヘルハウンドと呼ばれる四足歩行類中型狗身の超常体。他、オグルやリザドマン等、安っぽい地獄の想像に出てくる住人達。
 しかし、これぐらいならば数は多いが何とかなる。
 問題は、高位下級の超常体もまた数体確認されているという事だ。その戦闘力は1個体だけで、数個班もしくは数個小隊に匹敵する。有翼類大型蒼鬼獣魔 ―― ビーストデモン。一撃は車輌を易々と破壊し、皮膚は甲殻の如し。
 さらに ――
「 …… 魔人か」
 憑魔による攻撃を持つばかりでなく、火薬や銃器をも扱う厄介もの。
 陸士長の記憶だけでも、人吉陥落前に強化系が4名、異形系が1名、操氣系が2名、そして氷水系が1名存在していたと言う。
 陥落時に完全侵蝕される前に戦死した者(※自殺含む)や、先の料金所突破の際に排除した者を引いてもまだ数名が残るだろう。ましてや高位上級の超常体によって憑魔を増やされていたとしたら……。
「 ―― ちなみに俺等の損耗は?」
「5、6人ほどおっちにましたが。予想よりは軽微と言えるっすね」
「空いた穴は、こいつ等で埋めてもらうさ。―― 文句はねぇよな?」
 殻島の視線を受けて、蛇に睨まれたように萎縮した陸士長は、何とかして頷いてみせる。
「まぁ、仕方ねぇ。あとはケ・セラ・セラだ」
 そううそぶくと、殻島は胸ポケットから銀製の鍵を取り出して弄るのだった。

■選択肢
S1−01)九州自動車道南下、加久藤トンネル挟撃
S1−02)人吉ICで降りて、完全占拠
S1−03)人吉を強行偵察(村山総合公園重視)
S1−04)人吉を強行偵察(人吉城跡公園重視)
S1−05)山江SAの拠点防衛


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。


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