第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其壱


S2『 魔王の登壇 』

 壊れかかった椅子に踏ん反り返っていた、神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第零捌特務小隊長、殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉は、机上に広げられた地図を前に唸っていた。
「 …… 思惑が外れた」
 現在地の人吉自動車学校の廃屋から、目的地の人吉城跡公園迄は直線距離にして約1km。部下を高機動車『疾風』3輌と82式指揮通信車コマンダーに詰め込んで、群がる超常体を薙ぎ払いながら進む。まぁこれだけならば大変ではあるが、そう問題は無い。
 問題は ……
「 ―― 球磨川だ。当然、敵は橋を落としにかかるだろうな」
 両足を机の上に投げ出し、背もたれに体重をかけながら天井を仰ぎ見る。椅子の肢に力がかかり、嫌な音がしだす。だが、思い悩む殻島はそれどころではない。
 人吉中央を二分する球磨川。八代を南下して人吉IC(インターチェンジ)から降りた、零捌特務が現在いる旧人吉自動車学校は球磨川北側に位置し、人吉城跡公園並びに旧人吉市役所は川の南側に位置する。しかも川を眺望出来るのだから始末に置けない。
 田原坂の戦いや熊本城包囲ばかりが知られているが、西南の役において薩軍が本拠としたのは他ならぬ人吉城である。護るに易し、攻めるに難し。官軍も攻めあぐねた要害であった。
「当たりには違いないだろうが …… 川がなぁ」
 通過中に橋を落とされれば、間違いなく部隊は壊滅する。橋を落とされなくとも相手は飛行可能な化け物達だ。橋の両端を押さえられたら、逃げるは川へとダイビング。しかも、相手には氷水系の魔人が残っているはずだ。橋を使わずに渡河しようにも、激しく損耗するのは予想に難くない。
 魔人は、単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力とされる。相性もあるが、水辺での氷水系魔人は最強と言えるだろう。
「奴等も地上戦力を迅速に動かす為に、全ての橋を落とす事はないだろうが …… 間違い無く罠を張っていやがるな。―― あー、くそっ! いっそ俺独りで先行偵察した方が楽だな、こりゃ。何にしろ戦力が足りねー!」
 唸りを上げた瞬間、致命的な音が室内に響いた。壊れかけていた椅子は、ついにその寿命を全うしたのだ。オワーと奇声を上げて、背中から床に叩き付けられる殻島。同時、扉が開かれた。
「ボス、本部から連絡っす! …… って何やってんっすか?」
「 …… 見て解からん者は、聞いても解かんねぇよ。で、何だ? 北熊本の師団駐屯地に核爆弾でも落ちたか? それとも恩赦が出て、俺達全員に休暇でも?」
「逆ギレっすか、それは? そうでなくて …… 山江SA(サービスエリア)より増援が来るそうっす。1個小隊規模っすけど」
 手渡されたリストを、床に身を転がしながら流し読みする殻島。
「むぅ。使えるんならば猫の手も借りてぇな …… って、萌えっ娘のお嬢さん達も来るのかよ?」

 力強く頷いて、西部方面隊第8師団・第42普通科連隊・第508班長、秋谷・薫(あきたに・かおる)三等陸曹は発言を肯定した。
「 ―― 行きます」
 人吉奪還部隊・山江拠点を預かる三等陸佐(中隊長)をはじめ、各小隊長・班長が聞き入っている。
「繰り返し述べますが、自身の意見として山江SAを守る為にも人吉ICの完全占拠を行い、人吉奪還の橋頭堡を確保してはどうかと思われます」
 秋谷は地図上に置かれた駒を指し示しながら、
「現状で人吉に攻め込める位置に居るのが我々であり、敵もこの突出部を叩く為に反撃に出る可能性があります。逆に、我々が人吉ICを奪取すれば、敵の戦力が人吉ICに留まる事になり、山江SAへの脅威を減らす事が出来るでしょう。その間、八代の第8師団本部が後詰めに来れば、山江一帯と人吉ICまでを完全に掌握する事が出来ます」
「 ―― 他、意見はあるか?」
 請われて、玖珠より出向してきた機甲科の 栗林・忠広(くりばやし・ただひろ)三等陸尉が挙手する。
「私は九州自動車道を南下し、えびのより北上中の第24普通科連隊との合流を優先すべきだと思います」
 えびのから北上している第24普通科連隊は、九州自動車道並びに飫肥街道(国道221号線)共に加久藤トンネルにて足止めをくらっている。
 栗林は加久藤トンネル北端を押さえる事で、挟撃を成功させる案を示した。
 小声で隣の者と相談したり、地図を睨み付けて熟考したり、各班長が思案に暮れる。
「 ―― 人吉先行している殻島准尉から報告は?」
「敵拠点と思しき場所を絞り込んだそうですが、敵の掃討と、部隊移動に苦労しているようです。とにかく球磨川の渡河が問題だと。あと、戦力寄越せと」
「川か …… となと、南側 ―― えびの方面からの増援は不可欠だな。だが殻島准尉に我慢を強いらせるのも不安だ」
 苦笑する中隊長に、秋谷が再び挙手する。
「では、山江SAに中隊本部兼護衛1個小隊、人吉ICに1個小隊、加久藤トンネルに1個小隊辺りが無難であると思います」
「致し方ないか。―― 秋谷三曹の提案を作戦とする。各小隊準備急げ! 栗林三尉には、加久藤トンネル挟撃の支援をお願いする」
「 ―― 了解した」
 各班長が敬礼し、それぞれの準備に戻っていった。

 第8支援連隊の輸送トラックが山江SAに到着した。
 幹部会議を終えた秋谷は、教え子の 舞草・弘子(まいぐさ・ひろこ)一等陸士と 板垣・琴美(いたがき・ことみ)一等陸士に需品科からの受取りを任せると、滝本・雫(たきもと・しずく)二等陸士を伴って、武器科の天幕に顔を出した。
「 …… 秋谷三曹ですね? 御注文の、現行最強の対物狙撃ライフルを用意しましたよ」
 武器科担当官である女性がライフルケースを引っ張り出してきた。
「 …… 先生。これは何ですか?」 「Barrett XM109 25mmペイロードライフルだ」
 秋谷に続いて、武器科担当官が蘊蓄を垂れ流す。
 米陸軍が湾岸戦争後に打ち出した対物狙撃兵器の開発を進める計画の中で、特殊部隊用に50口径(12.7mm)アンチマテリアルライフルより高性能でより破壊力のある25mm弾を使用した重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)の開発を打診し、米国の銃器メーカー、バーレット社が1990年代より開発を進めてきた大口径アンチマテリアルスナイパーライフルがXM109である。超常体の出現により開発が遅れたが、2012年に制式採用され、一部米陸軍特殊部隊に先行導入されている(※ 註)。
 XM109は、重要構造物の破壊から駐機中の航空機、対人戦闘等まで幅広く使用され、その破壊力と命中精度によって少数精鋭の特殊部隊の戦闘攻撃力を飛躍的に高めていた。
 雫は目を細めると、
「 …… 先生。重そうですね」
「うむ、重いらしいから気をつけろよ」
 雫はケースを開いて、銃身を見詰める。
「 …… 先生、これで何をするんですか?」
「色々あるが ……、おもに対ビーストデモン用に使うだろうな」
 秋谷の言葉に左右を見渡してから、
「 …… 私がですか?」
「そうだ、頼むぞ」
 XM109用各種弾倉や、5.56mm30発弾倉を並べていた武器科担当官が美しい眉をしかめた。
「 ―― 本気ですか?」
「本気ですとも。大丈夫、この娘ならば、やれます。自分が保証しますよ」
 秋谷は微笑みながら、雫の頭を撫でた。雫の頬に赤みが差して、しきりに頷き返す。
「んっ……が、がんばります」
 そんな師弟のやりとりを見て、困惑していた武器科担当官も優しい微笑みを向けてきた。雫の手を握る。
「それではお姉さんも個人的に応援しますよ。―― 助けが必要な時は遠慮無くコールしなさい」
 握手を終えた雫の掌には、紙片が残っていた。

 需品科の 栗木・亜矢[くりき・あや]陸士長から、配給された物資を受け取ると、
「はい、ブラボーチームしゅ〜ごう〜。今からおじさんが戦闘防弾チョッキを支給するからね」
 琴美は言うが早いか、自らの背後に隠れる様にくっついている 佐々木・空(ささき・くう)二等陸士に、
「はい、空ちゃん。パス」
「あっ、はっ、はいぃぃ〜」
 慌ててキャッチに成功。でも転んだ。
「やるね、空ちゃん。ドジッ娘属性、虐めて光線バリバリだ。おじさん、そんな空ちゃんが可愛くて可愛くて …… 抱き締めたいぐらいだよ! ガバッ!」
 琴美は擬音を発して本当に空を抱き締めると、細野・明美[ほその・あけみ]二等陸士が笑った。
「あははは。琴美、空が可愛いのは同感だけど、ほら、紫苑が呆れているから、からかうのは後にしよ?」
「いや、別にアタシは呆れていないけど …… 」
 髪を手串で整えながら、如月・紫苑[きさらぎ・しおん]二等陸士が呟く。さておき、
「どっちにしろ、からかうんですか …… 」
 空の諦め声に、ウンと頷いてから、
「さて。今回は …… あ、今回もか、任務は厳しいみたいだから、必ず鉄帽と戦闘用防弾チョッキは着用する事。いやぁ〜。大変だねぇ、ご愁傷様 〜」
「こらこら、板垣。他人事じゃないんだぞ」
 武器科のトラックから戻ってきた秋谷が88式鉄帽の上から琴美の拳骨で叩く。琴美は蛙が潰れたような奇声を上げて、崩れ落ちる振りをする。
「鉄帽 …… よし、戦闘防弾チョッキ …… よし、救急医療セット2型 …… よしです。今日もがんまりますです」
「 …… 『 がんばります 』だと思います」
 気合を入れて装具を点検する空に、弘子から戦闘防弾チョッキを受け取った雫が冷静に指摘する。空は、ううっと涙目で唇を尖らせた。
「 ―― 各員、班長に注目!」
 弘子が声を張り上げた。秋谷は咳払いをしてから、
「先程、板垣が述べた通り、今回も作戦は厳しいものになる。我が班を含む1個小隊で以って、人吉ICの制圧を試みるからだ」
 一同を見渡しながら、
「人吉ICを制圧するに際して、幾つか注意がある。まずは高位下級のビーストデモン、リストを見れば解かるが非常に危険だ。策も無く遭遇したら逃げろ。責任は俺が持つ。次に …… 人吉では完全侵食した魔人が確認されている。この敵は兵器を使用する事が出来るので銃撃に注意しろ。索敵を強化しつつ遮蔽物を利用し相互支援で移動する様に」
 そして、自らの身に宿る憑魔を心にとめて、言葉を切る。そんな時に、空の青い右目と、視線が合った。短く息を吐くと、努めて感情を殺す。
「もし、完全侵食した魔人と遭遇したら躊躇するな、…… 即射殺するように」
 息を呑む音が聞こえてくる様だった。
 そんな緊張が漂う中、小隊長の声が鳴り響く。
「各班、乗車! ―― 状況開始! 出発!」

*        *        *

 山江SAを出立した2個小隊は、九州自動車道を南下。途中、コボルトやインプ、オグルの群れの襲撃が果断無くあったものの、揚々の士気と優る火力を以って撃ち払っていく。
 そして、ついに人吉IC付近を通過する際に、占拠を目指す部隊と、更に南下して加久藤トンネルへと向かう部隊とに分かれた。
 出入路を降る部隊と互いに敬礼を交わして、無事を祈る。栗林は90式戦車に身を沈めると、地図を広げた。時折、ペリスコープを覗き込みながら、
「九州自動車道は、人吉市東部を高架橋という形で縦断しています。勢い余って左右のフェンスを突き破って落下しようものなら、一溜まりもありません。注意しましょう」
「2時方向・仰角40! 距離おおよそ1,000! 飛行接近中の敵影あり! 数3!」
 ペリスコープで周辺を警戒していた砲手が声を張り上げる。90式戦車に随伴していた普通科隊員が89式5.56mm小銃BUDDYを構えるが、
「 ―― 大型有翼蛇体の超常体ワイアームと識別」
「5.56mmNATOでは荷が重いですね。―― 砲塔旋回! 撃ち方用意!」
 栗林の号令で、ラインメタル120mm滑腔砲が唸りを上げる。火器管制システムが、目標物の赤外線を利用してレーザー測距で、角度を補正。
 96式装輪装甲車クーガーに搭乗している隊員もまた12.7mm重機関銃ブローニングM2を向けている。
「 ―― 射てっ!」
 120mm砲弾が炸裂すると、ワイアームはその長い蛇体をくねらせながら、失墜していった。

 九州自動車道が山に接すると、再びコボルトやオグルをはじめ、地上戦力も襲いかかってきた。加えて、数は少ないが、ガーゴイルやワイバーンといった空戦力もまたうっとおしい。
「 …… 第24普通科連隊の進行速度が遅れているわけですな」
 汗を野戦服の裾で乱暴に拭いながら、栗林は独りごちる。電波状況が悪いのか、加久藤トンネル内の様子は窺い知れぬが、おそらくは肥後トンネル以上の凄惨な戦いが繰り広げられているのだろう。
 第8師団人吉奪還部隊は焦れる心を抑えながら、加久藤トンネルにて進行を妨害している敵戦力を、人吉(敵にとっては後方)から少しずつ掻き削っていく。
「いっその事、トンネルに突入して機銃乱射出来ればいいと思いますよ」
 普通科の小隊長が苦笑混じりに言葉を吐いた。
「同感ですが …… 行動の自由を確保する為には、敢えてトンネルに突入しない事も手です。特にラインメタルは下手をすれば崩落の危険性がありますから。それにトンネル内は視界が悪い。敵と見間違えて、味方を間違えて撃つ恐れがありますからな」
「まったく …… 挟撃しようとして、前方から来る味方を間違えて撃ってしまった ―― なんて愚は犯したくないものですね」
「 …… せめて通信が回復すればいいのですが」
 確実な合流と損害軽減の為にも、味方の奮闘を信じて、待ち続ける事もまた重要であった。
「ならば、私達は此方側の出入り口を確保する事で、トンネルから逃げ出してくる敵に止めを差すと同時に、新たに敵増援が進入する事を妨げましょう」
 栗林の言葉に、小隊長が力強く頷く。
 トンネル出入口前に布陣した部隊は、前後双方に向けてBUDDYの銃口を並べ、近付いてくる敵増援を撃ち払っていった。
 そして、待つこと数日後 ――
「微弱ながら電波を受信!」
 トンネル奥から轟く銃声音と、それを上回る超常体の上げる叫喚。そして闇の中より、強烈な光が外へと、意志をもって合図する。
「モールス信号を確認! ―― 救出急げ!」
「同士討ちの恐れを減らす為、発砲を禁じる。各員、着剣せよ! 突入!」
「衛生員は、手当ての用意を!」
 ついに第24普通科連隊との合流を果たした。肩を叩き合い、喜ぶ一同。
 血と汗で汚れた顔を乱暴に拭った第24普通科連隊の大隊長(二等陸佐)に、栗林達は敬礼をした。答礼が返って来る。
「出迎え、御苦労。…… 久し振りだな、栗林三尉。まだ戦車に乗っていたのか」
「二佐も御健勝で何よりです。陸自の華は、決して枯らせはしませんよ」
 栗林の言葉に満足げに笑うと、大隊長はくしゃくしゃになったパックから煙草を1本抜いて火を点けた。
「 ―― 思い出話に花を咲かすのは後だ。状況の報告をする。当大隊の損耗2割。決して軽くはない数値だが、こんなものですんで御の字かもしれん。連隊長殿はえびの駐屯地に鎮座しているが …… おっつけ、飫肥街道(国道221号線)から別働隊も突破してくるだろう」
「沖縄−鹿児島もまた大混乱中と聞いていますから、仕方ないでしょう。…… 人吉街道(国道219号線)の八代別働隊も加われば包囲網完成ですな」
「まぁ、だからと言って楽観は出来んがな。…… 人吉にいるんだろ、魔王が? 俺達が集まってくるのを待っていたのかもしれねぇぜ。これからが正念場だ」
 大隊長の言葉に、栗林はいっそうの気を引き締めるのだった。

*        *        *

 人吉IC占拠部隊は出入路手前で降車すると、各班は頭を低くし、身を屈めた前傾姿勢の状態で、ループ上の坂道を降っていく。数組が前衛を、続く班が援護と周囲の警戒に務めた。
 第508班も秋谷の指示のもと、弘子のアルファチームと、琴美のベータチームに分かれて作戦を開始する。
「先行している零捌特務がある程度の露払いをしてくれたとは言え、油断はするな」
「零捌特務って言ったら …… この前の恐い人達ですよねぇ」
 BUDDYを構えて警戒しながら、空が泣きそうな声を上げる。琴美は振り返らずに、ただ軽口を返して元気付けた。
「まぁ、空ちゃんに怖い思いさせた分、働いてもらわないとね」
 クーガーの上部ハッチから身を乗り出した弘子は、双眼鏡で料金所跡を確認する。
「アルファチーム、手順を確認するよ? 雫は狙撃、私は観測手兼護衛、瑞穂、一美は周囲の警戒ね。有翼型の超常体が雫を狙ってくるかもしれないから対空監視を強化する。OK?」
「えへへっ」「りょーかいッ!」
 園部・瑞穂[そのべ・みずほ]二等陸士が可愛らしく、須々木・一美[すすき・かずみ]二等陸士が勢い良く返事をする。
 雫はクーガーの上面装甲に脚座を備えつけると、寝射姿勢でXM109を構えた。
 スコープの向こう、味方部隊が進む先の料金所跡は、零捌特務が突破を図った際に放った84mm砲弾を受けて、残骸と化している。味方部隊は慎重に前へと詰めて行っているが、料金所跡そのものへの警戒は軽んじているようだった。
 だが雫は微かに影が動いたのを感じ取った。錯覚とも思えるような僅かな身動ぎ。瓦礫の破片が落ちる。
「 ―― ひろちゃん、先生に報告。料金所跡に何か忍んでいる!」
「解かったわ。―― 秋谷班長、板垣陸士に警告。前方料金所跡に敵対的存在が待ち伏せしている恐れあり。これより狙撃支援を開始する」
 報告を受けて、秋谷は止まれのハンドシグナル。板垣と、幾人かの班長が従って合図を送る。
「滝本陸士、射ち方用意。指命、前方300、料金所跡に忍んでいる敵影」
 弘子は観測器で、風向、風速、湿度、温度を読み上げて行く。狙撃の修正材料として必要な情報だ。
( ―― 本当に私はこの銃を使いこなし、撃ち抜く事が出来るのか?)
 心拍数が上がる。雑念に、息が乱れて震えが走った。咽喉が乾く。目をしきりにしばたたかせていた。XM109から奈落の底に沈んでいくような重さを感じた。
「 …… 大丈夫よ。雫なら、やれる」
 肩に、手を置かれた。弘子の声。先生が頭を撫でてくれた感触。震えが止まった。目を細めて、息を止める。目標との間に張り詰めた1本の線が見える。
「 ―― 射てっ!」
 弘子の合図と同時に、引鉄が絞られ ―― 轟音が響き渡った。
 フルメタルジャケットの弾芯にタングステン鋼を使用した徹甲弾は、見事に料金所跡を貫く ―― というよりも、料金所跡ごと中に隠れ潜んでいた超常体を吹き飛ばした。もはや“射殺”を通り越した衝撃。現行最強の個人携帯火器の称号は伊達ではない。
 静寂が訪れた。誰もが固まったその中で、ただ独り雫は機械的に排莢し、次弾を送り込む。最初に我に返った弘子が続けて指示を出す。木々に隠れていたモノ、遠くの家屋で待ち伏せていたモノが次々と破裂した挽き肉と変わる。
 5発撃ち尽くした雫は、予備弾倉に交換。その時には、歓声を上げて味方部隊が銃撃を開始した。慌てたリザドマンやオグルが応戦してくるが、その動きは乱れていた。
 クーガーから取り外したブローニングM2を抱えると、秋谷が声を張り上げて前進する。銃身と機関部だけでも重量、約38.2kg。憑魔活性化し、さらに半身異化によって身体能力が強化された秋谷だからこそ出来る離れ業だ。
「さて、うちのチームも負けずに、先生にくっついて人吉ICを制圧するよ。アルファチームの雫ちゃんが狙撃で支援してくれているからって、気を緩めちゃダメだぞ。―― おじさんは、空と組むから、細野、如月は移動中援護ね」
 琴美が秋谷に続いて、木々や繁みといった遮蔽物を渡り歩きながら前進する。
 もはや影も形も無くなった料金所跡地に辿りついた秋谷だが、先に進んでいる他班の怒号や悲鳴を聞きつけて、身を隠すと、琴美に再び止まれの合図を送る。だが少し遅かった。
「ほへ?」
 前方から放たれた銃弾が、琴美の脇をかする。後ろに続いていた空をすぐに引き倒すと、自らも伏せた。
「あっはははぁ〜。お、おじさん、初めて銃撃受けちゃったよ。…… ちびっちゃったよ」
 射撃位置を確認。遥か先で、維持部隊の戦闘服をまとった男達が相争っている。違うのは向こう側の上空には数匹のガーゴイルが飛んでいるのと、
「あれが …… ビーストデモン」
 一撃は車輌を易々と破壊し、皮膚は甲殻の如し。その戦闘力は1個体だけで、数個班もしくは数個小隊に匹敵する。有翼類大型蒼鬼獣魔 ―― ビーストデモン。BUDDYからの銃撃を受けても、平然としている。口から青白く光る息を吐くと、巻き込まれた数名が魂を抜かれたかのように倒れていく。路面にぶつかった衝撃で砕けていった。凍り付いた路面が陽光を照り返すのが皮肉な事に幻想的だ。
「 ―― ブリザードブレス。肉体戦闘力だけじゃないんだね。それと …… 」
 匍匐前進で秋谷のもとまで移動。流れ弾が頭上を飛び交っている為に、手鏡に映して射手を確認。血で汚れた戦闘服を纏った、かつての先輩達。
「 …… そう、魔人だ。幸いな事に俺と同じ強化系のようだが。だが、ビーストデモンと魔人が同時に出てきても作戦は変わらない。予定通りのコンビネーションでいくぞ」
「らじゃ」
「 ―― それと、板垣。…… 安心しろ、俺なんか初めて銃撃を受けた時に実際漏らした」
「えへ☆ こ、こんな事もあろうかと尿もれパッドを付けといたのさ 〜 」
 琴美は笑い返す。だが、すぐ隣にいた空には、琴美が震えているのに気付いた。
 琴美は軽口を叩いて勇気を振るい起しているのだ。先程の射撃もそうだ。自分は、琴美に庇われてばかりだ。ならば、ならば、自分だって勇気を! 空は歯の根が震え出さぬよう、顎を引いて噛み締めた。
 秋谷は琴美に目配せをし、身を乗り出すとブローニングM2を担いで走り出す。当然ながら、動きに気付いた敵魔人が射撃してくる。銃弾が鉄帽をかする。いくら身体強化をしていても、重火器を抱えては速度が落ちる。良い的だ。角度が悪ければ即死しかねない銃弾の雨を、だが秋谷は援護射撃も無しに突っ走る。肉が削げ、血が戦闘服を染めていった。秋谷と同じく果敢に攻める隊員達が銃弾に倒れ、爪に引き裂かれ、噛み付かれて命を失っていく。
 雫の指が引鉄を絞ろうとするが、弘子が銃身を抑えて頭を振るった。
「先生に言われたよね。ビーストデモンには、無闇に発砲しない事。注意を引き付けちゃったら作戦が崩れちゃうからね。撃つ時は確実に殺れると確信してから指示するから」
 だが、このままでは ――。反論しようと面を上げた雫は、弘子の噛み締めた唇が血を滴らせている事に気付いた。
 アルファチームだけではない。
「いい? うち等が奴らに攻撃する時は側面を取ってから先生の指示が届いてからだからね。不用意に発砲して注意を引き付けちゃダメだよ」
 琴美達ベータチームも、秋谷が敵の目を引き付けている間に、遮蔽物に隠れながら側面へと移動する。琴美の注意が無ければ、明美も、紫苑もBUDDYやFN5.56mm機関銃MINIMIをすぐにでも放っていただろう。だが今は未だ有効的な位置ではない。
「 ―― 先生っ!」
 誰の声だったろう。短い悲鳴が上がった。銃弾に撃ち抜かれ、ついに秋谷が路面に沈む。ビーストデモンが大きく息を吸い込むと、咥内に青白い光が見えた。
「させないですっ!」
 空の右眼が熱を帯びた。火掻き棒を突き込まれて、かきまわされる痛みと衝撃が脳を襲う。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 暖かい光がビーストデモンや敵魔人を包み込んだ。波打つ光の渦に見惚れて敵魔人の銃身が下がり、ビーストデモンが歎息の息を漏らした。
「 ―― 射ち方はじめっ!」
 引鉄が絞られると、ビーストデモンの頭部が弾けた。XM109より放たれた成形炸薬弾は見事にビーストデモンの頭蓋を“もっていく”と、残った胴体は衝撃を受けきれずに倒れていく。逃げ遅れたガーゴイルやヘルハウンドが押し潰された。素早く逃れた敵魔人も、
「先生の仇だっ! 撃ちまくれー!」
 琴美の合図で一斉射撃。発射速度750〜1,000発/分のMINIMIから放たれる面への攻撃。XM109の甲殻のごとき皮膚すらも紙屑のように貫く狙撃。BUDDYの連射が間断無く降り注ぎ、止めを差す。
「射ち方待て!」
 後続してきた味方部隊が入れ替わるように前に出て、超常体を片付けていく。
「博美、邪魔なのは轢き殺してもいいから、クーガーを前に。早く先生の傍へ! 皆は体をしっかり固定、急いで!!」
「 …… ひろちゃん、無茶言う」
 操縦手の 武田・博美[たけだ・ひろみ]二等陸士に怒鳴ると、弘子は味方であろうとも撃ち殺していきそうな視線で前を見詰める。その剣幕に、雫が初めて額に汗を浮かべた。琴美達もまた倒れ伏したままの秋谷へと駆け寄った。
「 …… 先生。重機関銃を抱えて囮になるなんて無茶が過ぎるよ」
「 ―― 全くだ。次も同じ事をやったら間違い無く死んでいるな」
 泣き崩れる少女達に、弱々しく秋谷は笑う。痛みに顔を引きつらせた。空が医療装備を広げる。ピンセット先の脱脂綿に消毒液をつけて迫った。
「服を脱がせ、服を素っ裸にしろ。いやいや、先生、これは年頃の女の子の興味心ではなく、ただ純然たる治療行為でありますよ?」
「逃げちゃダメです〜」
 思わず逃げ出そうとする秋谷を皆で押さえ込むと、クーガーに放り込んで無理やり治療を開始した。なお、この時の事を決して秋谷は語ろうとせず、また第508班員も顔を赤らめるだけだったという。
 さておき、一体とはいえビーストデモンという要を失った敵部隊は散り散りになり、数十分後には人吉IC周辺の完全制圧に成功したのであった。

*        *        *

 ―― 同じ頃。
 五日町交差点でホンダXLR250R偵察用オートバイから降り、遮蔽物に身を隠しながら進む。殻島は双眼鏡を覗いて、舌打ちをした。独り言を吐く。
「最悪だ。…… 何の考えも無しに、人吉城跡公園に部隊を移動させていたら、間違い無く壊滅していただろうな」
 球磨川にかかる水ノ手橋、大橋、人吉橋にはリザドマンやオグル、そして数匹のビーストデモンが警戒している。橋の両端と中央には瓦礫が積み上げられており、簡単なバリケードを築き上げていた。対岸には小銃を抱えた敵魔人がうろついている。また、上空をガーゴイルが周回してもいた。
( 上流にある曙橋や、下流の繊月大橋から回り込むか。だがそちらにも罠が仕掛けられていないとも限らんし …… 何にしろ、大事をとって俺単独で偵察して正解だったな )
 零捌特務には、球磨川北部にある旧商店街の見敵必殺令を急遽命じていた。増援が人吉IC制圧を完了してくれれば、球磨川以北―山田川以東の区画は比較的安全となり、部隊の運用展開も楽になるだろう。
( となると、残るは敵拠点の特定なんだが …… )
 対岸にある人吉城跡公園の奥 ―― 石垣を仰ぎ見る形で、双眼鏡を向けた。
 北の様子を覗っている様子の人影が2つ。1つは10にも満たないような少女。幼女と言い換えても良い。前もって写真で確認していたが、氷水系魔人。“ 生前 ”の階級は、三等陸曹。渡河において最大の障害。
 そして、もう1つは ……
 ―― 震えが来た。
 血が滾り、沸き立つ感じ。しかし、脳には分泌液が満たされ、思考が妙に冷めていっている。心の奥底で愛しさと、憎しみとが合い混じる。
 極一部の魔人特有の“ 憑魔共振 ”作用が、殻島を襲う。間違い無く …… 奴がそうだ。高位上級の超常体 ―― 神話や伝承で謳われる“ 神 ”や“ 魔王 ”クラスの存在。
 奴は、維持部隊礼服をまとった黒人の姿をしている。
 此方が“ 共振 ”したからには、相手も感知したはず。隠していたバイクまで引き返そうとしたが、先に動いたのは敵だった。
 球磨川が盛り上がり、鎌首をもたげる。
「嘘だろー!」
 氷水系魔人が造り出した水蛇が、渦を巻いて襲いかかってきた。殻島はナイフを抜くと、背を向けて駆け出す。充分に助走をつけて跳び上がり、壁を蹴った。三角跳びで水蛇の頭部に踊り込むと、ナイフを横に薙いだ。空間を斬り裂き、水蛇を両断する。蛇は路面に身体を形成していた液体を叩き付けると、飛沫を殻島に浴びせる。
 氷水系魔人が相手では、水一滴でも馬鹿には出来ない。一滴一滴が、弾頭に変わるからだ。また服に染み込んだ水分が凍り付いて動きを鈍らせる事もある。
 とっさに殻島は空間を断裂させて障壁を造り出して、飛沫を浴びるのを回避。だが、それらは殻島の注意を引き付ける為のアトラクションに過ぎなかった。
 脇腹を抉るような一撃が襲う。瞬時に球磨川を飛び越えてきた黒人が蹴撃。路面に叩き付けられた殻島だが、とっさに跳ね起きてバック宙で後退する。
 体勢を整えながら、血の混じった唾を吐く。
「挨拶無しに蹴りかかるのが、てめぇの礼儀作法か、暗黒侯? 随分と人間かぶれな格好だな」
「これは失礼をした。だが貴君と我輩の間で今更、挨拶も必要あるまい? “ 大罪者(ギルティ) ” よ」
 暗黒大陸の侯爵 キメリエス。ソロモンの72柱の魔神の1柱にして、魔界の王侯貴族。高位上級に位置する超常体は朗らかに笑ってくる。
「この格好はアレだ。我輩も常々他の紳士淑女の諸君や部下に対して思っている事だが、流行りには敏感であるべきだと。―― いつまでも時代錯誤な甲冑やドレスに身を包み、馬や獣にまたがって、剣や槍を振り回すだけが、我輩等の出で立ちではあるまいとね」
 殻島も口元を引きつらせているような笑いを返す。
「その割には随分とめかし込んでやがるじゃねぇか。戦場で礼服を着るなんざ、何処のお上りさんだ」
「不具合ならば着替えるさ。だが安心したまえ、用意は怠っていないつもりだ」
 言うが早いか、キメリエスは後ろ手に隠し持っていた9mm機関拳銃エムナインをフルオート。だが反動が激しいエムナインを片手でフルオートしても着弾率は低い。おそらくは牽制。殻島は横っ飛びにかわし、着地してこちらもエムナインを右手に握る。
 空間を湾曲しての障壁を張れる殻島と雖も、近接戦闘においては無効化される。逆に言えば、キメリエスに対しても近接戦闘か、“それ”を上回る力をぶつけるしか効果はないという事だ。
 9mmパラペラムを撃ち尽くすと、どちらからともなく白兵戦に持ち込んだ。殻島が薙ぎ払うナイフの刃を、キメリエスは剣で受け交わした。
「剣を振り回すのは流行じゃなかったんじゃねぇか? ナイフか銃剣で喧嘩しろや」
「リクエストはありがたいが、我輩はいつだって合理的でね。古き慣習も、良き点は生き長らえるものだ」
 切り結びながら悪態を交わす。殻島の蹴りがキメリエスの足甲を狙うが、勘付いたのか相手は後方に退いた。追いすがろうとする殻島に、対岸から銃撃が来る。再び球磨川が盛り上がり、水蛇が生まれていた。
「残念ながら、挨拶はここまでのようだ」
「ちょっと待て、聞きたい事がある。…… 人吉を陥落させながら、こちらが山江SAや人吉IC攻略時に、高位超常体が増援でまわさなかったのには、何の意味がある? 護衛かと思ったが …… 」
「生け贄は多ければ多いほどよい。あの御方の降臨には捧げし供物は多ければな。……何しろ陛下が司るのは“大食”なれば」
 支援射撃に護られながら、素早い動きでキメリエスは陣に戻る。腹いせに殻島は弾倉交換したエムナインで追撃するが、空間の障壁に阻まれた。
 悪態を吐いて、唾棄する。きびすを返してバイクまで戻ると、エンジンをかけて急発進した。

*        *        *

 制圧完了し、安全が確保された区画に第8支援連隊の輸送トラックが到着する。野外入浴セット1型の登場に歓喜の声を上げるのは、第508班をはじめとする女性隊員である。
「前回、アルファが先だったから今回は、うちらが先だよね? だよね?」
 言うが早いか、駆け込むの琴美。湯船に浸かり頭に手拭を乗せながら演歌を熱唱。
「あ〜、ちゃっちゃと終わらせて早く本場の温泉に入りたいよ。おじさんは」
「人吉には温泉があるからね」
「いいねぇ。露天風呂。混浴なんかだとしたら …… まぁ、なんていやらしいんでしょう、奥様は」
「何でやねーん!」
 琴美と他の班員との漫才を、顔を赤らめながら聞き流していた空は、体を洗ったら逃げる様にお風呂から上がろうとする。が、琴美に捕まった。
「空ちゃん …… いいねぇ、ウェストがキューって細くて …… 。んん〜、もう、食べちゃいたい〜」
「琴美〜、それセクハラだよ〜」

 恥ずかしさと呆れと、怒りを入り混ぜた赤色に顔を染めて秋谷が咳払いをする。
「大声で何をやっているんだ、あいつらは …… 」
 弘子も乾いた笑みを浮かべるしかないが、
「 …… ひろちゃんも、脱いだら凄いんです」
 いつの間にか秋谷の傍に現われていた雫のドッキリ発言に、顔を真っ赤にした。
「 …… 萌えっ娘の嬢ちゃん達は元気だな。聞いたぜ、大活躍したそうじゃないか」
 苦笑しながら近付いてくる殻島に、すぐに顔を引き締めた弘子がBUDDYを向ける。唇の端を歪めると、殻島は両手でタンマのジェスチャー。
「うちの不良どもには球磨川沿いの警戒に当たらせている。覗き見する暇なんてねえよ。残念だったな」
 何が残念なんですかと口を尖らす弘子を無視して、殻島は秋谷に向き直る。
「状況は報告しての通りだ。魔王は、俺が目視にて確認した。だが、当面の問題は魔王よりも …… 」
「 ―― 球磨川か」
 仮にも殻島は上官だが、初めて顔を合わせた時の印象から秋谷は敬意を払うのに躊躇していた。殻島の方も気にしていないようで、
「部下をやって確認させたが、上流にある曙橋には爆薬が仕掛けられていた。部隊を速やかに南側に移すとなると、爆発物を処理せなならん。が、俺の部隊には専門家がいない」
 頭を掻きながら説明をする。
「泳いで川を渡ろうにも、氷水系の敵魔人が厄介だ。それに対岸から狙撃や、ガーゴイルなどの航空戦力が邪魔してくるのも考えられる」
「人吉街道や飫肥街道に回れば、球磨川は無視出来るが …… 」
「随分と遠回りになるな」
 殻島は胸ポケットから銀製の鍵を取り出して弄ると、
「だが、あんまり時間はかけられねぇ。天草では第42普通科連隊長の 倉石 のオッサンが討ち死にしたそうだしな。それに ―― 」
 真顔で見渡す。そして、舌打ちをして唸った。
「ここには魔王以上の奴もいやがる。―― 阿弗利加に棲みし糞山の帝王。最高位最上級の超常体が」

 …… そんな重々しい雰囲気が漂っていたが、
「ふひー。お疲れー」
 手拭を肩にかけて、琴美が顔を出す。のぼせた空を明美と紫苑が左右から支えて連行してきた。
「あ、変態・痴漢・レイパーの親玉だ」
 殻島を視界に入れた瞬間、琴美の瞳が険しい光を帯びる。守るように空を背に隠した。
「指差すな、コラ。第一、誰が性犯罪者だって?」
 対して殻島は先ほどの真剣さをかなぐり棄てて、苦笑して返す。コラコラと秋谷が琴美に注意するが、
「まぁ、空ちゃんへの無礼は水に流すとしよう」
 琴美は腕を組んで、鼻を鳴らす。そして、
「 …… さて、おじさん達は今から白玉あんみつの御馳走にあやかるのよ。関係無い人は帰った帰った」
 ―― 白玉あんみつ?
 殻島だけでなく、弘子達もまた怪訝な表情を浮かべる。慌てるのは秋谷のみ。得意げに笑うのは琴美。
「ふふーん。先生が御褒美として用意してくれていたのよ。ビバ! 第508班!」
 秋谷は慌てて周囲を見渡す。声を聞きつけたのか、需品科の亜矢が合掌して「ゴメンナサイ、バレました」のジェスチャーを出していた。
「あ、弘子は別に食べなくてもいいわよ。最近、さらに胸周りがきつくなり始めたそうね」
 なっ!と顔を赤らめる弘子。琴美は詰め寄ると、
「というか、いったい何処まで育てば気が済むんだ、その胸は〜!」
「 ―― 琴美、いい加減にしないと怒るわよ、本気で。というか、セクハラよ、セクハラ!」
 睨み合う両者だったが、クックックと咽喉で笑う声に視線を移す。矛先を変えて、
「「何が可笑しい、そこのマダラ男!」」
「クックックッ ―― アーハッハッハ!」
 堪え切れずに、腹を抱えて笑い出す、殻島。
 その大音量の笑い声に何事かと、第24普通科連隊大隊長と打ち合わせをしていた栗林も、顔をしかめる。
 皆の注目が集まる中、涙目で笑いながら背を向ける殻島。近くにいた雫の頭に軽く手を置く。
「 …… 実にいい。傑作だ。―― 如何に絶望的な地獄が待ち構えていようとも、嬢ちゃん達は陽気で元気なパワーで潜り抜けていくさ。その調子でな!」
 そのまま振り返らずに歩み去っていく殻島。半ば呆然として弘子達は送り出す。
「 …… お父さんと先生以外の男の人に、頭を撫でられたのは初めて …… 」
 触れられた頭を自ら撫でながら、雫は僅かに頬を染めるのだった。

■選択肢
S−01)氷結系魔人の排除を試みる
S−02)魔王キメリエスとの接触を試みる
S−03)曙橋(あるいは繊月橋)から敵拠点へ
S−04)人吉街道・飫肥街道から敵拠点へ
S−05)人吉ICの橋頭堡維持
S−06)山江SAの拠点防衛


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。

註 ) 此方の世界では2003年に制式採用されており、つまり実在する(ノンフィクションな)化物銃である。


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