第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第3回 〜 九州:アフリカ 其壱


S3『 戦 友 、 流 れ 逝 く 』

 無限軌道帯が音を立てて路面を掻き削っていった。90式戦車が球磨川沿いの旧国道445号線を東から西へと突き進む。
 上部ハッチから顔を覗かせる、神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団・第8戦車大隊より出向してきていた機甲科の 栗林・忠広(くりばやし・ただひろ)三等陸尉。栗林の雨衣を、暗雲より降り注ぐ滴が叩いていた。
 増水した球磨川は茶色の濁流となり、唸り上げている。
「 …… 災禍の雨か」
 雨雲に隠れた暗がりの中、栗林の見詰める先の人吉城跡は黒く染まり、不気味にも静かにたたずんでいる。時折、超常体の叫喚が響き渡るのみで、詳しくは窺い知れぬ。
 だが、あそこには高位上級の超常体 ―― 魔王がいる。視線を向けるだけで、栗林に寄生している憑魔が呼応し、活性化する程の強力な存在感が。活性化に伴なう痛みと衝撃はいつになっても慣れはしない。疼く身体に鞭打つと、栗林は眉間に皺を寄せる。
 出来るならば今すぐにでも突入し、撃ち砕きたいものだ。
 だが球磨川にかかる水ノ手橋、大橋、人吉橋にはリザドマンやオグル、そして数匹のビーストデモンが警戒していた。橋の両端と中央には瓦礫が積み上げられており、簡単なバリケードを築き上げている。上流にある曙橋や、下流の繊月大橋には罠が仕掛けられており、こちらが渡ろうとするものならばいつでも落としにかかるだろう。そして球磨川そのものは、憑魔に完全侵蝕された存在が渡河を阻んでいた。
 氷水系魔人。外見は10にも満たないような少女。幼女と言い換えても良い。“ 生前 ”の階級は三等陸曹だった彼女は、陥落する前までは人吉駐在部隊のアイドルだったという。だが今では人吉奪還において最も脅威的存在に成り果てている。
 水辺の氷水系魔人は最凶である。ましてや、この悪天候だ。この状態で攻め入る事は自殺行為に等しい。逆に彼女がこちらを襲って来ない事に感謝しなければならないほどだ。
「 …… そうです。今は奴らにとって戦況有利のはず。―― 何故、奴らは篭城しているのでしょうかね?」
 我知らず口に出た疑問に、だが傍らで警戒していた砲手は、横に頭を振るのみ。
 栗林は唸り声を噛み殺すと、こちら側の岸にある建物 ―― 暗雲に挑むようにそびえ立つ旧グランドホテル鮎里を仰ぎ見た。

 捜索用音響探知機で屋内を探っていた 鈴木・綾[すずき・あや]二等陸士が首を横に振る。頷き返すと、扉を蹴り開けた。フラッシュライトで照らし出された室内を、速やかに一瞬で把握する。
「 ―― クリア!」
 第8師団第42普通科連隊・第508班長、秋谷・薫(あきたに・かおる)三等陸曹の大声に応じるように、左右後背を警戒していた 武田・博美[たけだ・ひろみ]二等陸士が張り上げて返す。
「こちら、チャーリー。フロア3までクリア。アルファー、ブラボー、続け!」
 背負っている隊用携帯無線機で綾が連絡を入れると、階下のアルファチーム(舞草組)とブラボーチーム(板垣組)が駆け上がる。
「ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ!」
 掛け声とともに、屋内を制圧していく。
「がんばるです。……こっ今度は変じゃないよね?」
 ブラボーチームの 佐々木・空(ささき・くう)二等陸士が深く被った88式鉄帽の下で、震える声で呟いた。チームリーダーの 板垣・琴美(いたがき・ことみ)一等陸士が苦笑する。
「ん〜? 空ちゃんは何を怖がっているのかなぁ? 大丈夫。露払いは先生達がしてくれているし、それに残敵がいても、おじさんが片付けてあげるよ」
「でもさ …… こういう所って、クローゼットの中にゾンビが隠れてたりとかってない …… よね?」
「 …… まっまさかぁ、どっかのゲームじゃあるまいし …… 」
「あははは。何を汗を掻いているのかしらね?」
「 …… ゾンビより、琴美の方が怖いよ」
 思わず、細野・明美[ほその・あけみ]二等陸士が笑うと、如月・紫苑[きさらぎ・しおん]二等陸士もまた相槌を打つ。琴美は顔を真っ赤にしたまま、頬を膨らました。
 ちなみに空が言っているゾンビは、隔離前に流行した某TVゲームに出てくる「ウィルス感染して肉体組織が変異した人間」の事だが、それとは別にズゥンビーという超常体も神州では確認されている。こちらは、動物の死体に寄生した憑魔であり、目撃数は少ない。目撃数が少ない理由としては、死体を養分にし、すぐに憑魔が独立した超常体に成長するからである。
 なお生物に寄生した憑魔は御存知の通り、人間の場合は魔人と呼ばれ、宿主の支配下に置かれるが、侵蝕率上昇にともなって立場が逆になっていき、完全侵蝕されると最も厄介な超常体として認識されている。
 さておき、明美と紫苑を睨んで黙らせると、気を引き締めて暗がりの廊下を進む。打って変わって、無駄口を叩かず、ただ半長靴がフロアタイルを響かせていく。時折、銃声が轟き、潜んでいた小型の超常体が悲鳴を上げるぐらいだ。
『 ―― こちら、ハチキュウヨン。周辺ビル内の駆逐を完了した。ゴウマルハチ、心置きなくやれ』
『こちら、球磨病院跡攻略中のハチイチナナ。手が空いたハチキュウヨンに支援を要請する。―― なお引き続きゴウマルハチの健闘を祈る』
 そんな中、無線機の入り込んでくる通信に、秋谷は頬を綻ばせると、
「 …… グランドホテル鮎里は人吉方面の保養施設のひとつだったから、同施設には覚醒した超常体や、人吉方面部隊の生き残りが潜伏してる可能性もある。このままCQB(※Close Quarters Battle:屋内などの近距離における戦闘テクニック)の基本を守って各階を制圧していくぞ」
 89式5.56mm小銃BUDDYを構えた前傾姿勢で進む。曲がり角に差し掛かると素早く綾が音響探知機を向けた。眉間に皺が寄る。今度は、頭を縦に振った。そして博美が手際良く鏡を取り出して、向こう側を映し出す。子供大の影が2つ。
 博美は角から銃口だけ覗かせて、BUDDYを乱射。相手の動きを抑制させたところを、素早く身を出した秋谷が膝撃ち体勢で確実に射殺する。
 BUDDYを構え直した綾に、後方・側面を警戒させると、秋谷は博美と支援し合いながら階を制圧していった……。

 小降りの雨の中、琴美は大きく伸びをした。
「 ―― と〜ちゃくっ!」
「こら、板垣陸士。まだ緊張は抜かない」
 ブラボーチームより遅れて屋上に辿り着いたアルファチーム・リーダー、舞草・弘子(まいくさ・ひろこ)一等陸士が88式鉄帽の上から小突いた。おどけた声を上げる琴美の姿に、負傷者がいないか確認していた空が、思わず笑みをこぼした。
「 ―― アルファ・ブラボー、両チームに損害なく、ホテル制圧完了致しました」
 屋上に先着していた秋谷に対して、姿勢を正して敬礼すると弘子は報告を入れる。琴美も顔を引き締めると敬礼を送った。
「御苦労。何とか5月3日までに制圧が完了した。―― 本作戦の刻限まで、小休止とする。屋内に戻り、武装の点検や各自思いのまま身体を休ませろ。本作戦では、今まで以上の苦戦が想定されるからな。ただし制圧したとはいえ、周辺の警戒は怠らず、交代で張り番を置く事。以上だ!」
 了解、と返事をしたところで弘子は、秋谷の戦闘服が大きく破れている事に気付いた。
 他のビルを制圧して屋上で手を振ってきている他の部隊に対して、挨拶を交わしている琴美の目を盗んで、弘子は秋谷に近寄ると、
「先生、綻びが …… 」
「ん? むぅ …… 戦闘服に穴が空いている …… しかも、ボディアーマーに隠れて気付かなかったが、結構でかいな。今までの戦いの積み重ねというやつかな? しかし、困ったな。需品科に要請するにも、本作戦までには時間がないし ―― 」
 頭を掻く秋谷だが、弘子は柔和な笑みを浮かべ、
「 …… もう、仕様が無いですねぇ、貸して下さい。縫いますから。ボディアーマーを脱いで下さい」
「あっ!! おっおい、ちょっと待ってくれ!!」
「何です? 先生、ちなみに拒否権はありませんよ。それに……」
 秋谷に聞こえぬような小さい声で、弘子ははにかみながら呟くと、脱がせた戦闘服を攫っていった。
 弘子の背を見送りながら、秋谷は苦笑すると、
「すまん、ありがとう …… 」
「 ―― ひろちゃん。何だか嬉しそう …… 」
「 ―― って! 滝本、いつの間に!」
 いつの間にか傍に立っている 滝本・雫(たきもと・しずく)二等陸士に、秋谷は仰天。だが、雫は表情を変えずに小首を傾げるだけ。
「えー? 雫がいつの間にか立っているのは、いつもの事だよ、先生?」
 何故か、琴美が含み笑いしながら答えてきた。秋谷は咳払いすると、
「いいから、お前らも、さっさと休め、休め。特に滝本は俺達の切り札なんだしな」
「いやいや、そこで提案なんだけど」
 琴美は大きく挙手すると、これまた遠巻きに秋谷の様子を眺めていた第508班員に振り返る。
「ちょいと、みんな聞いてよ」
「 ―― 何よ?」
「あのさぁ。私ら、先生にいつも奢ってもらってばかりじゃ不味いと思わん?」
「 …… そうだねぇ」
「と言うわけで、今回はこのおじさんが、季節物の柏餅を取り寄せてみたがどうよ!? ―― パカパッパッパー!」
 四●元ポ●ット …… もとい需品科の 栗木・亜矢[くりき・あや]陸士長に頼んで取り寄せたのは、緑茶に、つぶあんとこしあん二種類を取り揃えた通好み仕の柏餅。
「おお〜。すばらしい」「はらしょー☆」「ありがとうなのです〜」「…ご馳走様(* ̄- ̄)人 」
 群がってくる第508班員達の姿に、ちょっとだけ得意げだった琴美だが、
「 …… って、あんたら、このおじさんの心意気に免じて、わりかんにしようと思わないわけ?!」
「思わん!!」「思わんです〜」「 …… ふっ」
 しかも無言で肩に手を当てて首を横に振られた。
「しくしくしく……。って、あんたら、ちゃんと残せよぉぉ」
「わ〜てるって」
 返事はいいが、秋谷(と弘子)の分を除いて、みんな食われるのはお約束。
「 ―― わっ、私の分が…、てってめえらの血は何色だぁぁぁっっっ!!!」
 号泣する弘子の肩を叩きながら、秋谷が自らの分を差し出すのだった ……。

*        *        *

 身が引き裂かれるような痛み。重い水の中を強制的に潜らされ、そして水面上に叩きつけられるように排出される感触。
「 ―― 近距離ならばともかく、ちょっと遠くなると、この感触がきやがる。実際の距離と、ヤな感触は比例するのかね?」
 地面に唾を吐くと、第8師団第零捌特務小隊長、殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉は9mm機関拳銃エムナインを手に持ち、身を屈める。後ろに視線を送ると微かな物音を残して、影が散った。
「しかし、ようやく晴れ間が覗いたか」
 4月末から5月頭まで、雨雲がかかっていた空は、隠していた太陽を解放し、青色を眼に映す。氷水系魔人相手に、雨天時に交戦するのは自殺行為だ。多少時間が遅れても晴れ間を待っていた。おそらく他の部隊も同様だろう。動くなら今しかあるまい。
 意識をいったん集中させて心を鎮める。そして周囲へとアンテナを広げていく。己の魂が揺さ振られた。血が滾り、沸き立つ。しかし脳には冷たい分泌液が満たされ、思考は機械化されていく。心の奥底で愛しさと、憎しみとが合い混じる。
「 ―― いよぉう。出迎え、御苦労さん」
 口元を歪ませて挨拶を送ると、9mm拳銃SIG SAUER P220を手にした黒人が苦笑を見せた。
 暗黒大陸の侯爵 キメリエス。ソロモンの72柱の魔神の1柱にして、魔界の王侯貴族。高位上級に位置する超常体は、維持部隊礼服姿のまま挨拶を返してくる。
「 “ 大罪者(ギルティ) ”よ。そんなにも決着を早めたいかな?」
「まぁ、戦いに飢えているのは、“ この俺 ”が負う“ 強欲 ”の罪だから仕方がねぇだろ。――ん? 違ったかな?」
 首を捻る。しかし、まぁいいさと笑うと、
「 …… だが、今日ここに紳士的且つ平和的においでなさったのは、そんな単純な事じゃ無くてな」
 エムナインの銃口を下げると、殻島は適当な瓦礫に腰掛けて座った。暫く眉根を寄せていたキメリエスだが、対面する位置にこれまた座る。指を鳴らすと、2体のビーストデモンが陰から姿を現し、殻島を威圧してくる。だが意にも介さず、片膝に頬杖を付くと
「ぶっちゃけて訊くが …… 目と鼻の先で“ 主 ”の王国創ろうとしてる奴らをどうするつもりだ?」
 キメリエスの眉尻が微かに動いた。
 殻島は、こちらの見せ札に反応を示した事に、内心で笑みを浮かべると同時に汗を掻く。俺って頭脳プレイは苦手なんだがなぁという悪態を呑み込んで、
「 “ 神の杖( フトリエル ) ”に率いられた部隊は微力ながらも、こちらも楽には押し潰せん状態でな。むしろ、今は勢いに乗っていやがるらしいから、このままでは宇土・松橋まで陥ちるかもしれん」
 他人事の様に装いながら、殻島は乾いた笑みを浮かべた。ビーストデモンが変に肩を怒らせているが、キマリエスは腕を組み、眉間に皺を寄せたまま無言。だがその目は殻島から逸らす事は無い。
「 ―― 正直、お前等が“ 帝王 ”を召喚し次第、北上するなら、当たるぜ? 勿論、俺達もお前らが動くのをただで見ているわけじゃない。八代に布陣している全力をもって阻止するだろうな。その後で、お前らは天使どもと戦う事になるんだぜ」
「つまりは ―― 神の御遣いとやらを僭称する鶏どもに対して、我輩等と貴君等との間に共闘の可能性を模索したいという事か?」
 キメリエスが口を開くと、殻島は唇の端を僅かに歪ませた。キメリエスは組んでいた腕を広げると、興味深い話だと咽喉を鳴らす。そして指を鳴らして、インプを呼んできた。怯えているインプが手にした盆には、グラス2に、ボトル1。受け取ると、キメリエスは手ずから中身を注いで渡してきた。
「飲みたまえ。お近付きの徴だ。毒では無い」
 口に含むと、灼熱感が咽喉を流れ落ちた。
「 ―― って、焼酎じゃないか、もしかして!?」
「球磨焼酎というらしい。なかなか美味だ」
 キメリエスが鼻歌混じりに、更に注ぐ。
「 …… 何が、毒じゃ無いって? 酒は百薬の長だが、百毒の長とも言うんだぜ」
 それでも生のままの液体をあおって見せる。
「さておき。―― 残念ながら、貴君等との共闘は難しいと言わざるをえんよ。理由は簡単だ」
「 …… 陛下への供物か」
 問いに、グラスを傾けながらキメリエスが答える。
「まさしく。あの御方が司るのは“ 暴食 ”なればこそ、召喚に必要な供物は多くなければならない。そして供物に最適なのは、この世界のモノの血肉に他ならない。生きていれば良し。死んでいても問題は無い」
「 …… 七つの大罪の1つ“ 暴食 ”を司りし、大魔王。阿弗利加に棲みし、糞山の帝王。最高位最上級の超常体 ―― バールゼブブ か」
 古代オリエントの偉大な王(バァル)神は、砂漠の“ 主 ”によって貶められ、“ 主 ”とその信徒によって想像(創造)された魔界において幾つかの醜い姿を与えられる事になる。その1つ、巨大な蝿に似た姿は、悪意をもって『 糞山の帝王( バールゼブブ ) 』、『 蝿の王( フライ・マスター ) 』と呼ばれている。
( …… やべぇなぁ。魔王級だけでも倒せるかどうか分からないのに、大魔王バールゼブブが降臨した時、人吉包囲している全戦力で足りるんだか?)
 内心で舌打ちする。そんな殻島を知ってか知らずか、キメリエスは一人静かにグラスを空にする。
「もっとも、貴君の持つ“ 銀の鍵 ”があれば、多大な供物は必要無くなる」
 思わぬ言葉に、殻島は懐の内にある“ 銀の鍵 ”を手で確かめてしまった。キメリエスは口元を僅かに歪める。
「そもそも召喚と言っているが、我輩等がこの世界に出現するのは、厳密には召喚でも降臨でも無い。言わば“ 交換 ”だ。我輩等がこの世界に出現する方法は2つある。1つは憑魔として寄生して宿主を侵蝕 ―― 乗っ取る事だ。だが、もう1つに当たって何が起きているか、貴君は知っているかね?」
 通常、超常体が発生 ―― 空間転移と言うべき現象で登場する時には、轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現す。
「 ―― 我輩達が出現する時、元いた世界と、この世界の空間をそのまま入れ替える。と同時に、この世界の物質を元に、新たに身体を再構築しているのだよ。無から有は創り出せない。我輩等が、この世界のモノから見て、如何に超常的な力を有していてもだ」
 突如としてこの世界に現われた超常体だが、その死骸は消えて無くなるわけではない。
 何処から出現したか、そしてその超常的な能力の仕組みは解明されていないが、死骸や捕獲しての調査結果、彼等を構成する物質は基本的に、この世界のものと同質である事が判っている。
 従い、彼等は同種の生物と交配して繁殖するし、また食事しなければ衰弱して飢え死にする。逆に我々人間も超常体を狩って食用にしたりする事もあるのだ。
「 …… ちなみに出現の時に生じる爆発は、言うならば身体の再構築の際に生じる化学反応だ。―― 勿論、爆発ではなく、爆縮や冷却現象等も起きよう」
 そう言うとキメリエスは、昔からの伝承に「悪魔の召喚時に硫黄臭がした」とか「降臨した天使が光を発し、芳香を放っていた」とかいうのも種を明かせば単なる化学反応に過ぎないと、笑い飛ばす。
「 ―― 低位に分類されているモノは、質も量もともに、それほどは必要無い。だが我輩等のような魔王や神と呼ばれる存在になると、出現するに当たって莫大な“ 存在 ”を必要とする。…… これが、等価交換の法則というやつかな?」
 キメリエスは含み笑いを浮かべ、
「 ―― 陛下への供物とは、すなわち陛下の身体を構築する為の材料に過ぎん。無論、量が多いばかりで無く、品質が高ければそれに越した事は無い。…… そう、それを集める為に、この地を戦場としたのだ!」
 対する殻島は苦虫を潰したような顔をするしかない。
「どうやらどころか、まんまとおびき寄せられてしまった様子だが、逃げる訳にも行かねぇんだよなぁ。一応、訊いておくが ―― 人吉奪還に向かわなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「無論、この地を奴隷や家畜ども ―― 下位超常体の営巣地とし、その増えた分を供物として捧げれば良い。第一、この地は陸路の要。それに北上或いは南下していけば、いずれは陛下の降臨にたる供物は揃う」
「 …… 糞ったれが!」
 大きく悪態を吐くと、殻島も立ち上がる。
「最後に1つだけ。俺の“ 銀の鍵 ”があれば、供物は必要無いと言った。それは何故だ?」
「それこそが、真に異なる“ 時と空 ”を渡り歩く品だからだ。…… かつてカーターという男は、その鍵を用いて、幻夢峡を目指したという。…… 同じく、この世界とは異なる存在 ―― 超常体でありながら、“ 銀の鍵 ”にて虹色の扉を開き、“ 時と空 ”をくぐり抜けてきた貴君は、我輩等と限りなく近いモノ!」
「 …… ああ、お仲間か。こんにちは、俺と同じエトランゼ。だが、つまり、これをお前らに渡したら、魔王や神級どころか、その上に坐します大魔王や主神すらも続々とこの世界に押し寄せて来れるって訳だ。―― 悪いが考え直させてもらうぜ」
 下げていたエムナインを再び構え直して、対峙する。ビーストデモンが咆哮を上げた。
 キメリエスが苦笑を漏らす。
「なお我輩個人としては、“ 神の杖 ”に対する貴君との共闘の提案に応じてみたいのだがな …… 」
 しかし顔を引き締めると、
「だが個人の意見は、組織の意見では無く、戦場を左右はしない。どうやら貴君の組織は、我輩等への抗戦を望んでいるようだ!」
「 ―― まあな。こればかりは互いに軍人だから仕方ねぇ。だが個人的にって言うんなら、お前をぶちのめして降伏させてから、俺の部下として扱き使ってやってもよいぜ!」
 殻島の怒声を合図に、隠れ潜んでいた零捌特務隊員が、銃弾をキメリエスに撃ち放つ。キメリエスに射線が集中し、障壁に能力を割いているところを接近 ―― しようとしたが、全く同じやり方で殻島も動きを阻害させられた。
 待機潜伏していた、完全侵蝕された魔人どもが、火線を殻島に集中してくる。大きく舌打ち。
「「 ―― お互い、考える事は一緒だな!!」」
 いずれにしても、両者にとって至近距離が安全空間。ナイフと剣が交錯する。
 そんなキメリエスと殻島の戦いを別に、球磨川を挟んでの砲撃が開始された。

*        *        *

 時は溯る。
 5月3日時刻は0548。昨日まで降り続いた雨も止み、雲の切れ間から朝陽が見える。
 90式戦車で待機している栗林に、報告が届いた。
「人吉街道(国道219号線)を踏破した第42普通科連隊人吉奪還作戦分遣隊が、矢黒町に到達しました」
「了解。―― 第24普通科連隊よりも、飫肥街道(国道221号線)より北上してきた部隊が、東間下町交差点と西間交差点を封鎖したとの報告を受けています」
「本日0800をもって、人吉掃討作戦の状況を開始します。総指揮官は後方・八代陣地より第8師団長、細川・雅史[ほそかわ・まさし]陸将殿。現場指揮官は、第24普通科連隊大隊長、菱刈・孝治[ひしかり・たかはる]二等陸佐殿であります。且つ、栗林三尉殿に改めて砲撃支援の要請がされています」
「 ―― 菱刈二佐からですか。是非もありません。それでは他部隊の配置を」
「承知しました。ハチイチナナ、五日町交差点待機中。ハチキュウヨン、九日町交差点配置付きました」
 広げられた地図に、部隊名が書き込まれていく。
「ゴウマルハチの準備も良し。しかし …… 」
 伝令が言いよどむのに、栗林は顔をしかめた。
「 ―― しかし?」
「 …… 殻島准尉殿の零捌特務への連絡が、音信不通・消息不明であります」
 第零捌特務小隊は第8師団長直属とされている。従い、本作戦の総指揮官が師団長である限り、本作戦においては零捌特務もまた臨時に現場指揮官の下に入らなければならないのだが ……。
「 …… 作戦令の通達が行き届く前に動かれては、どうにもなりませんね」
 正直、零捌特務の戦力が要らないと言えば嘘になる。だが、気象観測班の予報では、2日後にはまた天気が崩れるという。
「 ―― 兵は拙速を尊ぶ、か。菱刈二佐は?」
「零捌特務は遊撃任務中にあるものとし、本作戦決行に変更無し、との事」
 最初からアテにしなければどうとでもないと言うことか。菱刈二佐は、栗林と同じく陸自時代からの生き残りだ。だからこそ零捌特務の存在を快く思っていないのは推測出来た。とはいえ彼等の不在が戦況にどのような影響をもたらすか? 栗林は唇を噛んだ。
 だが、作戦は予定通りに決行された。
 矢合わせの鏑代わりに、90式戦車のラインメタル120mm滑腔砲が対岸に撃ち込まれる。
「 ―― 火線を橋上に集中! こちらに雪崩れ込ませないように!」
 普通科隊員達が5.56mm弾をバラ撒く。歩行形態の超常体の屍の山が、見る間に橋のたもとに築き上げられていった。
「 ―― 滝本陸士、射ち方はじめっ!」
 弘子の合図を受け、雫はBarrett XM109 25mmペイロードライフルの引鉄を絞った。
 旧グランドホテル鮎里屋上から発射された、25×59BmmNATO成形炸薬弾は、狙い違わずに水ノ手橋に陣取っていたビーストデモンを撃ち砕く。
「 ―― 初弾命中! 次弾装填、撃ち方続け! 園部陸士、須々木陸士。周辺上空を警戒。敵を目視確認次第、撃ってよし!」
 弘子のよどみない指示に、園部・瑞穂[そのべ・みずほ]二等陸士と、須々木・一美[すすき・かずみ]二等陸士が緊張の面持ちで、死角のないよう背を合わせてBUDDYを周辺上空へ向けた。
「はーい、ブラボーチームもアルファの狙撃を支援するわよ! 対空射撃用意! 空ちゃんも宜しく!」
 琴美の言葉により広く展開してBUDDYを構える明美と紫苑。琴美の目配せを受けて、空は唾を飲み込みながら頷くと、
「 …… えっと、雫ちゃんの狙撃で、ビーストデモンの注意が私達に向いたら、半身異化をする ……」
 インプやガーゴイルといった小型〜中型の有翼超常体ばかりでなく、ビーストデモンが皮膜を広げて力強く飛び上がってきた。またワイバーンや、ワイアームといった大型の超常体も、旧グランドホテル鮎里へと押し寄せてくる。
 息を吸う。意識を集中する。空の右眼が熱と光を帯びるとともに、火掻き棒を突き込まれて、かきまわされる痛みと衝撃が脳を襲う。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 暖かい光が敵集団を包み込んでいく。波打つ光の渦が巻き起こると、超常体は戸惑ったり、或いは呆けていったりした。
「後方確認良し! 撃ちます!」
 空の肩に担がれた84mm無反動砲カール・グスタフが炎を上げると、直撃したビーストデモンが吹き飛び、数体のガーゴイルやインプが巻添えになって墜落していった。
 だが如何に反動ガスの放出により無反動とはいえ、重量16.1kgのカール・グスタフを女子独りで担いで取り回すのは無理がある。次弾装填が間に合わず、空にも超常体が殺到してきた。…… が、
「佐々木には少し重過ぎたか」
 戦況全体の把握に努めていた秋谷が助けに入る。
 また、各ビル屋上に展開していた他の部隊もまた、雫の狙撃や、空の砲撃を支援すべく対空射撃を行なっていた。
「なんだか、行けそうですね!」
 守られている事に嬉しくなって、空が笑みを思わず浮かべる。だが秋谷は険とした表情のまま、
「ああ …… そうだと良いが」
 通信手の綾からの報告から入る戦況報告。そこに、当然いるべきはずの相手がいない事に、秋谷は不安を感じていた。

 肉薄する刃と刃の応酬。時折、逸らし損なった銃弾が皮膚をかすってえぐっていくが、お互い、痛みに動きを止める訳にもいかない。一瞬の油断や、瑣末な事故が、致命傷へと成り代わる。
 殻島とキメリエスの周囲では、ビーストデモンと魔人相手に、零捌特務が多大な損害を生じていた。数ではこちらが優るが、力ではあちらが優る。
( まずった …… すげぇ、まずった )
 既に損耗率は3割を超えているだろう。最早撤退するしかないが、魔王を前にしておいそれと逃げられる訳はなかろう。第一、殻島の能力をもってして部隊移動させた訳であるからして、先ず殻島が戦闘を終了ないし休止させねば、部下の回収も不可能である。
( どうする …… か? )
 ――その時、声が聞こえてきた。
『  汝 、 力 を 望 む か ?  』
『  罪 を 刻 め  』
『  強 欲 の 罪 を  』
 鍵から、いや、“ 鍵 ”が囁いてきた。その銀製に似た表面が、まるで生き物の様に脈動を始め、体内に潜り込もうと蠢いている。
 魔王と遭遇した以上の“ 共鳴 ”現象。
 その波動を感じ取ったのだろう、キメリエスもまた更に顔色を険しくした。
 だが、そのお陰で冷静を努める事に成功したのは皮肉でしかない。
「 …… 悪いが、またの機会にさせてもらうぜ」
 殻島の呟きに“ 鍵 ”は再び沈黙に戻る。キメリエスが何故かホッとして見せたのは気の所為か?
「さすがは“ 大罪者 ”の徴か …… よく抑え込んでくれた、と感謝しよう」
「いゃ、俺にも未知数なんでな、こいつは。感謝される筋合いはねぇ。それに、感謝されてもすぐに恨まれるだろうしな」
「 …… ほう?」
 殻島は両足を広げ、前屈みでナイフを構える。対するキメリエスは剣を肩口に担ぐ様に構える ―― 八相の構え。
 剣と剣との戦いにおいては、一般に長い方が有利であると言われる。身が長ければ長いほど攻撃半径も広くなるし、斬撃の威力も倍増するからだ。だが、短い物にも利点はある。その特長は操作性にあり、身が短いので動き易く、敏捷力を活かす事で攻撃半径は幾らでも広がるのだ。
「 ―― 行くぜ!」
 殻島は左足から踏み込んでいった。雷光のごときの速度で踏み込み。だが、キメリエスはそれをも上回る速度で斬り下ろす。
「 ―― クッ!」
 殻島の右腕に、刀身が喰い込む。だが、
「 …… 最初から当てに来ていたのか!」
 驚愕の叫びと同時に、キメリエスの右首筋から血が噴き出した。
 懐に入り込んだ殻島は、最初から右腕を棄てる覚悟でキメリエスの剣の鍔近くに当てて斬撃の威力を殺すと、本命である王蛇の牙で、キメリエスの首を切り裂いたのだ。だが、やはり痛みと衝撃で鈍ったのだろう。首筋とはいえ、致命傷と言うには足りない。
 だが、逃げる為の空白は生まれた。
「全員、動ける奴は俺の傍に寄れ。生き残りたきゃ、死んでも動け! ケツまくって逃げるぞ!」
 気力を振り絞って、周囲の“ 場 ”を掌握する。掴まえる事が出来た部下とともに殻島は空間を渡った。
 安全と思われる場で、荒く息を吐く。
「 …… 何人 …… 生き残った?」
「 ―― 半数近くが逝っちまいやした」
 そうか、と唾棄しようとするが、そんな力もない。
「 ―― わ、悪いが、俺はもう寝る …… 逃げるなり、俺を殺すなり …… 勝手にしろや ……」

 ―― 戦況に劇的な変化が生じた。
「 …… ん? アレは ―― しまった! 砲手、砲撃を急ぎなさい! 仰角20度修正、撃てッ!」
 対岸に突如現われた魔人を認めて、栗林は慌てて90式戦車から指示を出す。魔人が担いでいるのは、110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストIII。向こうが狙いをつけて発射してくる前に、砲撃を放つ。
 一瞬の差が、明暗を分けた。
 120mm砲弾を受けた魔人はバラバラに吹き飛んだが、榴弾頭もまた90式戦車に被害を与えた。幸いにも、直撃ではなかったものの、足場が崩れ、車体が大きく傾く。
「姿勢制御、急ぎなさい!」
 魔人に続き、焔蜥蜴竜 ―― フレイムドレイクが対岸に姿を現わし、咥内より火炎息を吐き出してくる。戦車随伴隊員が必死になって応戦した。
「魔人が …… 攻勢に出たというのですか?」
 呟きに応えたのは、味方の血煙と悲鳴だった。

 突如、側溝から踊り出た幼女は、高圧高速で噴射した水の刃で、瞬く間に血煙を作り上げていく。
「増水した川に潜って姿を隠し ―― 小さな体格で排水溝を抜けて逆流し、後方に浸透していたのか!」
 報告を受けた秋谷が唇を噛み締める。撤退命令を出すには遅過ぎた。既に彼女は屋上の襲撃を開始していた。目標はXM109の使い手 ―― 雫。そして、その抹殺を邪魔する、全て。
「 ―― 明美、逃げて!」
 琴美の叫びは間に合わない。BUDDYを構えていた明美の身体が、綺麗に、輪切りに、された。
「 ―― い …… っ」
 愕然としたまま駆け付け、そして膝から崩れ落ちた。寸断された明美の下半身から噴き出した血を頭から浴びる。
「板垣陸士! 動きなさい! 悲しむのは後! 先ずは逃げて! 頼むから、琴美!」
 弘子の叱咤を浴びても、琴美は動かなかった。否、動けなかった。
 そんな彼女に向かって、氷水系魔人は踊りかかる。濡れた迷彩服から滴り落ちる汚水は、幼女の躍動感で飛沫となって周囲に振り撒かれる。陽光を浴びての一瞬の煌き。飛沫は礫( つぶて )となり、琴美を襲った。
 琴美をかばおうと走り出す、秋谷や空。それよりも早く辿り着いたのは紫苑だった。
「まったく …… 肝心なところで、琴美は抜けているんだから。しっかりしてよね?」
 琴美を突き飛ばす紫苑の顔に浮かんだのはお気楽そうな笑顔。その笑顔を浮かべたまま、紫苑の急所は水弾に貫かれた。
「う、うわぁぁぁぁぁ! てっ、てめえの血は何色だぁぁぁっっっ!!!」
 半狂乱になった琴美は薙ぎ払う様に、BUDDYを乱射。だが冷静を欠いた状態で、俊敏に動く小柄な的を当てるのは難しい。
「 ―― 舞草! 皆を連れて、この場を離れろ! こいつは、俺が食いとめる!」
 半身異化状態に移行した秋谷が覆い被さる様にタックル。反転した幼女は凍結させて生じた氷の槍を繰り出す。秋谷の右肩が貫かれた。
 だが秋谷は奥歯を噛み締めて、無理矢理に笑みの形を作ると、筋肉を引締める。慌てて氷槍を解凍して自由を得ようとする魔人の腕を抑え、もう片方の手で首を掴む。肥大化した筋肉が首筋を絞めていく。
 首をすぼめて絞める力に抗していた幼女だが、次第に顎が上がり、口の端から泡を吹き出し始めた。だが死力を振り絞って、無数の水刃を放ち、秋谷を切り刻む。自らの首を絞める、万力のような秋谷の腕を切断しようとして ――
 鈍い音がした。銃剣を手にした空が、体からぶつけるように魔人の背を刺突。
「逃げろと命じただろ!」
「しっ従えないです!! ここで、逃げたら先生死んじゃいます!! だから、従えないです!!」
 続いて、弘子が、雫が、そして琴美もまた刺突を繰り返す。魔人の抵抗が止まった。
「部下の ―― 可愛い教え子の仇だ!」
 鈍い破砕音。そのまま激情に任せて、頭から叩き付けるように幼女の身体を投げ落とす。だが首の骨が折れても、また頭を割られ脳味噌が毀れ出してもなお魔人は未だ死んでいなかった。
 満身創痍の秋谷を押しのけるようにして、琴美が幼女の傍らに立つ。P220のスライドを引いて、弾を薬室に送ると、
「 ―― さようなら」
 銃声2射。晴天に乾いた音が、やけに響く。
 そして …… 慟哭が上がった。

*        *        *

 回生会病院跡は、かつての姿を取り戻したかのように負傷者で賑わっていた。
 その一室で、菱刈二佐をはじめとする幹部が、戦況の報告を受けている。空気には疲労感が濃く満ちており、同席している栗林もまた荒く息を吐いた。
「 …… 残念ながら、水ノ手橋、大橋、人吉橋の攻略は達成出来なったものの、ビーストデモン多数の排除に成功。また、氷水系魔人を仕留める事が出来たのは大きかった。―― 外堀を埋めたと言えるだろう。このまま球磨川渡河作戦を継続する」
「 ―― しかし、敵は焔蜥蜴竜まで持ち出し、砲撃準備を固めています。これからも一筋縄ではいかないでしょう」
 栗林の言葉に、唸る一同。
「 ―― 南側からの攻略を進めている別働隊の状況はどうだ?」
「敵の抗戦激しく、進撃速度はままなりません。しかし、少しずつではありますが敵領域を狭めています」
「 …… 解った。今月中には敵の陣地を攻め落としたいものだ。大魔王召喚を阻止せねばな」
 菱刈二佐は苦虫を潰した面持ちで吐き捨てる。
「 ―― あの男の報告を信頼するので?」
「あの男を信頼はせんが、情報が貴重なのは確かだ。それから、あの部隊には『威力偵察任務をさせよ』という細川陸将殿の指示だ。せいぜい、使い潰すさ」

 1発目は黙って殴られてやった。だが2発目の拳は、掌で受け止め、腕を捻って投げ飛ばす。
 宙を舞った琴美の身体を、秋谷が抱き止めた。慌てて駆け寄った空と弘子に泣きじゃくる琴美を預けると、秋谷は斑に染めた髪の男を睨み付けた。
 だが、殻島は鼻で笑うと、
「 …… 人死にが出たのは、嬢ちゃん達の部隊だけじゃねぇ。―― 確かに、今回は俺のミスもある。だが、いいか、しょせん頼れるのは身内だけ、突き付けていけば、己独りのみだ。娘っ子によく教えてやれ、これが戦場だ! これが死っていうもんなんだよ」
 そう言い放ちながらも、殻島は、明美と紫苑の遺体に軽く黙礼するのを忘れていない。亜矢に頼んで特別に施してもらった死化粧が、生前と変わりない笑みを彼女達に浮かべさせていた。
「 …… こいつらは幸せな方さ。友人達に看取られて、そして葬られるんだからな」
 戦闘で生じた遺骸の山は、焼却処分が行なわれる前に腐り出し、蝿に似た蟲が群がり、卵を産み付けられていた。湧いた蛆虫は異様な成長速度で孵化すると、新たな餌を求めて飛び回っている。
 まさしく地獄絵図だ。
 殻島は窓の外を眺めみた。空は晴れ間が広がり、地上の凄惨さを知らぬかのように、澄んだ青に満たされている。
 だが、一点だけ、黒い雲 ―― 無数の蝿に似た蟲が形作る生きた暗雲に包まれていた。
「 …… 人吉市役所跡」
 いつの間にか、隣に立っていた雫が呟く。殻島は唇の端を歪めると、
「 ―― ほんとっに、ナントカと煙は高いところが好きなようだな!!」

■選択肢
S−01)魔王キメリエスとの決着を
S−02)球磨川渡河・人吉城跡公園攻略
S−03)人吉市役所跡を威力偵察
S−04)人吉街道・飫肥街道から敵拠点へ
S−05)人吉ICの橋頭堡維持
S−06)山江SAの拠点防衛


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。


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