第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第6回 〜 九州:アフリカ 其壱


S6『 閉ざされた扉 』

 
 髪を斑に染めた男 ―― 神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第08特務小隊長、殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉は入室するなり、皮肉気な笑みを唇の端に浮かべてやった。
 人吉回生会病院跡の一室。人吉奪回作戦を遂行する士官・下士官の幹部達には、先ほど迄の喧騒とは打って代わって、重い沈黙が訪れている。怯えるような視線で、皆、殻島を注視していた。中には震える指先で、腰のホルスターに手を伸ばしかけていた者もいる。
 だが殻島は平然と、空いたパイプ椅子に座ると、
「随分と抜けて、淋しくなったものだなぁ」
「 …… 私としては、貴様が真っ先に造反すると踏んでいたのだがな、“ 上官殺し ” 」
 人吉奪回作戦現地指揮官、菱刈・孝治[ひしかり・たかはる]二等陸佐の呟きに、殻島は笑って返す。
 天草叛乱首謀者、松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ] ―― 処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル)”の爆弾発言を受けて、神州各地の部隊は大混乱に陥っていた。元より、隔離された国土で、勝ち過ぎず負け過ぎずの果てしなき戦いを強いらせられていたのだ。潜在的な不満は誰しも有していた。朱鷺子の爆弾発言は、その堪忍袋に止めを刺したも同義。各地で朱鷺子に賛同すべく叛乱決起する者、また脱柵・離反する者も多く出た。
 八代に置いてある人吉奪回作戦総指令所は、朱鷺子側についた離反者やエンジェルスと交戦中。また山江SA(サービスエリア)の補給中継所は、離反する者により物資弾薬を強奪・焼却され、多数の重軽傷者が出ているという。
 人吉も、約2割近くの隊員が離反。その多くが七つの大罪の1つ“ 暴食 ”を司りし大魔王 バールゼブブ[――]に投降して、反逆の銃火を向けてきた。
 当然ながら、残存した部隊内でも疑心暗鬼の空気に満たされている。中でも、懲罰部隊である零捌特務には、疑いの眼差しが注がれていた。
 しかし、殻島は肩をすくめてみせると、
「逃げるんならとっくの昔に逃げてらぁ。お前等の中で俺と戦える奴はいないだろ? 其れでも、逃げていないのは ―― 」
 懐中から銀の鍵を取り出して、玩ぶ。
「 …… お前等以上のおっかないのに縛られているからさ」
「 …… 其れは何ですか?」
 今迄、腕を組んで黙って聞いていただけの第8戦車大隊所属、栗林・忠広(くりばやし・ただひろ)三等陸尉が口を開く。殻島は唇の端を歪めて、犬歯を剥き出しにすると、
「 ――“ 大罪(ギルティ) ”っていう奴かな。少なくとも …… 他の俺ならばいざ知らねぇが …… 此処に居る俺は最後迄、大魔王と戦うぜ」
 信じてくれるかどうかは、お前等次第だがな。そう、おどけてみせる殻島だが、
「 ―― 自分は信じましょう」
 第42普通科連隊第508班長、秋谷・薫(あきたに・かおる)三等陸曹が瞑目したまま躊躇いも無く答えてみせた。驚きが一瞬の漣となって広がったが、
「 …… 確かに。“ 上官殺し ”が、此れでも数少ない貴重な戦力なのは変わりが無い。―― 忌々しい事だがな。もっとも離反する様ならば射殺すれば良いだけの事だ」
 悪態と共に吐き捨てた菱刈が、其の場を収める。栗林が意を汲んで、会議開始の第一声を発した。
「さて、当面は大魔王攻略ですが …… 異形系能力を有するバールゼブブに物理攻撃は効果が薄く、また蘇生力も高い為、不死に近い。彼奴の分身にして、身体を構築する肉体組織ひとつひとつである蝿蟲全てを撃ち殺すのは事実上不可能に近い。―― やはり本物の核を見つけ出して葬り去るしかありませんが」
 此処で、室内を見渡す。
「 ―― 誰か意見はありませんかな?」
「 …… オヤジさんには、もう答が出ているって顔しているぜ」
 咽喉奥で笑う殻島を横目に、秋谷が挙手した。
「伝承によりますと、バールゼブブは『 蒼紫色の身体と、交差した骨と髑髏の印章が刻まれている2対の羽根を有する 』との事。打ち倒している、人型や影武者である大型蝿蟲は、透明な無地の羽根を有し、髑髏の印章は確認されていませんでした。―― 恐らくは、其れが見極める手立てになると」
 栗林も頷く。問題は、と引継いで、
「伝承通りの、髑髏の印象を持つ蝿蟲が実際に存在するかどうかですが …… 」
「 ―― 居るぜ」
 両足をテーブルに投げ出しながら、だが殻島は呻く様に呟いた。其の声色には苛立たしさと悔しさ、そして自嘲の響きがある。
「議場に突入した時に、3m超える奴で髑髏の印章を持つ蝿蟲が居やがった。…… あの時、気付いていれば嬢ちゃん1人を死なせずに済んだかも知れねぇってのに。―― 糞ったれが!」
 奥歯が噛み砕ける程に噛み締める。殻島は、人吉市議場に突入した時の情景を思い出していた。
 ―― 場内の天井を蝿蟲の群れが埋め付くす。3mを超える一際巨大な蝿蟲が殻島を睥睨している。蝿とも虻とも蜂ともつかず、膨れ上がった蒼紫色の身体と、交差した骨と髑髏の印章が刻まれている2対の羽根 ――。
 思い出す度に、己の憑魔核が震える。アレが、核だ。
 殻島の様子に、秋谷は改めて身を正すと、
「 …… では、決まりだな。―― 自分からも進言しますに、他の個体と明らかに違う蒼紫色の身体と髑髏の印章を持つ個体が、核の可能性が高い故に、之を討つ為に行動すべきと思います。但し注意としては、実は空中にいる蝿蟲達は陽動で、人吉市役所の瓦礫に隠れている可能性もありえるかと思います。…… 自分としては、其の可能性の方が高いと指摘しますが。狡猾そうなバールゼブブの事ですから」
「 ―― 大丈夫だろ。曲がりなりにも、地獄の皇帝陛下だ。影武者は使っても、怯えて隠れ潜んでいるとは思えんね」
「だが、いずれにしても核を捜索し、捕捉する者が必要ですな」
 栗林の言葉に、秋谷は頷く。
「勿論、蝿蟲だけでなく、敵魔人や超常体の妨害はあるでしょう。捕捉する迄の間、其れ等の注意を引き付ける事も必要かと」
 そして、捕捉すれば総力を以って叩き潰す。
「 ―― いずれにしても、蠅蟲を何とかしなければ、復興は難しい、ならば、困難でも彼奴を倒すしかないでしょう」
「 …… 復興だけじゃねぇ。七つの大罪を司る大魔王の一柱を倒せるか否かで、此れから始まる『 黙示録の戦い 』も大きく左右されるはずだ」
 栗林の言葉に隠れる様に、殻島は呟いた。
 殻島の呟きは、誰の耳にも届かなかった様だ。更に細かい作戦案を練ると、菱刈はバールゼブブ攻略に向けて命令を発した。
 未だ疑心暗鬼の空気を拭いきれぬままであったが。

 無意識に頭を掻きながら退室する殻島は、廊下で待ち受けていた男の顔を見て、ふと自虐的な笑みを浮かべた。嘲笑めいた匂いを漂わせながら、
「 ―― 俺なんかを信用していいのか?」
 だが秋谷は表情を崩さずに、
「 …… 准尉殿は、自分の部下の死を悼んでくれた。其れに瑞穂の亡骸も護ってくれた。―― 貴方は見掛けと違って悪い人物では無い。理屈では無いが、其れが自分の正直な気持ちだ」
 だから信用する、と。
「 ―― 気の迷いだな。俺は、自分だけが生存する為に殺戮し、そして崩壊していく1つの世界を見捨てた“ 大罪者(ギルティ)”なんだぜ」
 殻島は銀の鍵を握り締めて苦笑。だが、直ぐに背を向けると、後ろ手に軽く振って秋谷へと返しながら、足早に去っていく。
 照れ隠しの様な殻島の仕草に、秋谷は思わず表情を崩すと、敬礼を送るのだった。

*        *        *

 被った雨衣の中、蒸れた汗で迷彩II型戦闘服が肌に張り付く。だが瓦礫に身を埋めている、滝本・雫(たきもと・しずく)二等陸士は表情を変えずに、照準眼鏡(スコープ)を覗いていた。
 大魔王バールゼブブとの戦闘が再開されて、三日目 ―― 6月13日。初夏の空を、暗雲が覆って雨を降らしている。
 代行指揮官の 舞草・弘子(まいぐさ・ひろこ)一等陸士が双眼鏡で周辺状況を睨み付けた。
 旧グランドホテル鮎里屋上。人吉市役所跡を射程に納められる、此の場所で第508班は狙撃の機会を待っていた。
 だが狙撃地点を変えるのは何度目になるか?
 バールゼブブとの戦闘が再開されてから、逃げ散ったはずの超常体が人吉へと再集結。また影武者 ―― 大型の蝿蟲や、旧人吉市役所に残留していた敵魔人も参戦。更には離反した元隊員達も混乱に一層の拍車を掛けていた。
 バールゼブブの核だけに狙いを付けている状況では無かった。空には暗雲より更に濃い闇の塊たる蝿蟲の群れが抗戦する隊員達を襲い、飛来したビーストデモンが凍える吐息を浴びせてくる。
 既に現地部隊指揮所は回生会病院の棟を放棄し、旧人吉自動車学校迄、大きく後退している。球磨川を挟んでの激戦が続いていた。
 昼夜問わぬ襲撃。敵魔人や、離反した隊員達が、最大火力の1つ25mm重装弾狙撃銃Barrett XM109の担い手を見逃すはずは無い。雫達を捜して排除、あわよくば、XM109を奪取せんと襲ってくるのだった。
『ゴウマルハチ、此方ハチイチナナ。支援に向かう。場所を指定せよ。―― 送れ』
 第817班が救援に向かってくれるという連絡に、通信士の 鈴木・綾[すずき・あや]二等陸士が、隊用無線機から顔を上げる。
「 ―― ハチイチナナ、此方ゴウマルハチ。場所は旧鮎里 …… 」
「駄目よ、鈴木陸士!」
 喜び勇んで連絡を取る綾を遮って、弘子が叫ぶ。
「どうしたのよ、弘子?」
 板垣・琴美(いたがき・ことみ)一等陸士が89式5.56mm小銃BUDDYを周囲に向けながら、ただ視線だけで弘子に問い掛ける。
「救援が来るならば、此処も未だ持ち堪えられるわ」
「 ―― 救援ならばね」
 弘子の言わんとするところに、彼女達の調子を診ていた 佐々木・空(ささき・くう)二等陸士が顔を強張らせた。綾に至っては青褪めていた。
「ご、御免なさい …… わ、わたし …… 」
「ちょっと待ってよ、弘子! 味方の助けを疑うって言うの?」
 琴美が喰って掛かるが、弘子は固い表情のまま、
「悪いけど、私は先生と、此の班の皆以外は疑って掛かるわ。―― 其れが先生から班を預かっている者の責任だもの! 周りを疑って迄も、皆を1人でも生き残らせるのが、私の務めなのよ!」
 沈黙が訪れた。雫だけが顔色を変えず、冷めた眼差しで己の照準眼鏡を覗き続けている。
「 …… 解かったわよ。自分も此の狙撃地点を放棄するのに異存は無いわ」
「 ―― 次の地点に移動します。撤収開始!」
 弘子と 須々木・一美[すすき・かずみ]二等陸士がBUDDYで周辺警戒する中、雫と空は、それぞれの得物を持ち運べる様に抱え直す。琴美と、武田・博美[たけだ・ひろみ]二等陸士が先行して非常階段から降りようとした。
「 ―― 琴美ちゃん、博美ちゃん!」
 憑魔活性化現象の疼きを覚えて、空が悲鳴を上げる。
 階下から飛び上がった、迷彩服を着た人身の獣。服の胸元には氏名を示す刺繍と、上衣両袖には濃緑色の布製台地に黒い刺繍の階級略章 ―― 第817班陸士長。
 弘子達が反応するより早く、第817班陸士長は異形化した巨大な左手腕で琴美を薙ぎ払う。咄嗟に吹き飛ばされる琴美を庇うかの様に博美がBUDDYを向けた。
 3発制限点射の銃声が響き渡り ―― 博美の体勢が崩れる。身に纏っている防弾チョッキが弾の貫通を防いだものの、其の衝撃を完全に殺す事は出来ない。5.56mmとはいえ初速920m/sのライフル弾だ。チョッキに護られていない脚部を1発が掠っている。体勢を崩すには充分だった。
 階段を駆け上がってくる第817班隊員のBUDDYが、弘子達の援護射撃を牽制する。其の間に、異形化した第817班陸士長は博美の腹部を蹴り倒すと、胸元を踵で押え付けた。そして右手だけで支えたBUDDYを頭部に向けて ―― 3発制限点射。
「 ―― あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
 悲鳴を上げた、空の右眼が赤く染まった。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 更に琴美へと銃口を向けていた第817班隊員が光に包まれる。動揺し混乱する敵味方の中、素早く伏打ち体勢になった雫が、単発調整したBUDDYで狙撃。2脚架で安定した状態から放たれた銃弾は、雫の冷たい視線の先 ―― 第817班隊員の眉間を次々と貫いていく。88式鉄帽の内側を血と脳漿で汚しながら、敵は倒れ付していった。
 ただ1人雫の狙撃から逃れた第817班陸士長が床を蹴って、身を翻そうとする。が、
「 ―― 逃がさないわよ!」
 倒れていた琴美が手を伸ばして、陸士長の半長靴の上から足首を掴む。動きが止まったところを一美のFN5.56mm機関銃MINIMIが挽き肉に変えた。そして素早く起き上がった琴美が、銃剣で憑魔核を刺突し、止めを差す。
「 …… 私が、私が考え無しに連絡を取ったばかりに …… 」
 惨劇の後、博美の遺骸へと駆け寄って崩れ落ちる綾。だが弘子は厳しい表情のまま、綾の髪を掴んで無理矢理にでも顔を上げさせると、
「 ―― 立ちなさいっ! 鈴木陸士っ! 後悔は幾らでも出来るわ。だから …… 今は戦って生き残りなさいっ! 此処は戦場なのよっ!」
「ちょっ、ちょっと、弘子 ……?!」
 流石に弘子へ抗議しようとした琴美だが、其の袖を恋人に引かれて止められた。
「弘子ちゃん、泣いている …… 」
 空の呟きに、琴美も唇を噛んだ。弘子の眼から零れ落ちる熱い滴。弘子は博美を背負うと、非常階段を降り始めた。溢れる涙を拭う事無く ――。

 激戦が続く15日。雨は上がって、空には晴れ間が現われていた。だが、戦う者達の心には晴れ間が覗く事は無く、暗鬱なままだった。
「 ―― 市役所南側は壊滅状態に近いそうです」
 閉塞した90式戦車の内部で息が詰まる思いを感じながら、車長たる栗林が眉間に皺を寄せる。最早手入れする余裕も気力も無く、髭は乱雑に生え、目の隈は濃ゆい。ゴツイを通り越して凶悪な風体であった。
 砲手が栗林にミニボトルを投げ渡す。
「蜂蜜をどうぞ。 ―― 九州自動車道の高架橋は?」
「 …… 七地の辺りで爆破されたそうです。其の為、渡河せず南側に出るには、一旦、人吉から脱出して大きく迂回するしかありません。―― 曙橋や、下流の繊月大橋の爆発物解除をしていなかったのが、此処に来て問題となろうとは …… 」
 ミニボトルに口を付けて、中身の蜂蜜を吸う。蜂蜜は高カロリーにして活力補給に最適、咽喉の渇きにも効果が高い。
「 ―― また第24普通科連隊えびの駐屯地でも、離反者が叛乱を起こしており現在交戦中。此方への増援は無理との事。…… 敵にも、えびのから増援が行かないだけ、マシだそうですが」
「先日迄の戦勝気分は吹っ飛びましたね …… 」
 天草叛乱の放送に対する手を何も打って無かった事が悔やまれた。海外にある日本政府は沈黙し、国連もまた責任逃れに躍起になっている。神州結界維持部隊長官、長船・慎一郎[おさふぬ・しんいちろう]氏と幕僚監部も、自身周辺の混乱を収めるのに手一杯で全国的な働き掛けは遅れていた。
 煽動により此処迄、戦況が悪化するとは誰が予測していただろう? 朱鷺子の爆弾発言さえ無ければ ……。
 思いに耽る栗林を現実に引き戻したのは、周辺を警戒していた戦車随伴普通科隊員の銃声だった。
『 ―― 栗林三尉! ビーストデモンに、大型の蝿蟲の空襲です! BUDDYでは応戦不可能』
「了解しています。―― 皆さんは周辺警戒を引き続き頼みます。空陸の二面作戦が来ます!」
 油圧式の懸架装置で高さを調節し、更に車体を傾斜させて仰角を合わせる。レーザー測距装置が組み込まれた火器管制システムが、目標物の赤外線を利用して主砲を補正する。
「射てっ!」
 栗林の号令下で、ラインメタル120mm滑腔砲が業火を発した。
 直撃を受けたビーストデモンが墜落。自動装填装置により次弾が送り込まれて、続けて放つ。飛来してきた大型の蝿蟲が四散した。
 車外でも銃撃音が鳴り響いている。栗林の懸念通り、対戦車携行火器を手にした敵魔人や離反者、そして中型高位下級超常体ウコバクの群れが90式戦車を瓦解させんと襲撃を掛けてきていた。
 ウコバクがスコップの様な形状をした長い腕の先に生じた熱塊を榴弾宜しく投じる中を、敵魔人が殺到してくる。ウコバクの投擲榴弾は、迫撃砲の如く頭上から大威力を叩き込んでくる。90式戦車の複合装甲と雖も、比較的薄い上面に直撃を喰らえば破壊は必須。外れても飛び散る破片が周囲に被害をもたらす。
 其れでも榴弾の中で、随伴隊員は果敢に抗戦する。だが、いかんせん敵方と比べて火力が足りない。数人が傷付き倒れた。
 栗林は危険を承知で砲塔ハッチから身を乗り出すと、12.7mm重機関砲ブローニングM2キャリバー50に取り付いた。怒声と共に12.7mm弾を撒き散らす。地上の敵魔人共を薙ぎ払うと、またもや上空から押し寄せてくる蝿蟲に向けた。
「未だですか、未だ核は見付からないのですか!」
 バールゼブブの核を打ち倒すべく突入した勇士達を心の中で叱咤しつつ、栗林は弾尽きる迄撃ち続けるのだった。

*        *        *

 再び、暗雲が空を覆い隠し、雨を降らせる6月18日。雨は天の涙と言うが、人吉に築かれた屍山血河を洗い流すには足りなかった。
 荒々しく息を吐きながら、人吉市役所跡地迄、辿り着く。零捌特務と志願者選抜の部隊は、其の半数以上が戦闘で脱落しながらも、ついにバールゼブブの核を視認した。
 人吉市役所上空に鎮座している蝿蟲の群塊。其の中心に、バールゼブブの核が、殻島や秋谷、勇士達を睥睨している。蝿とも虻とも蜂ともつかず、膨れ上がった蒼紫色の身体と、交差した骨と髑髏の印章が刻まれている2対の羽根。
 此処に至る迄に身体を走る激痛に、秋谷と殻島、他魔人達が身を強張らせている。
 ―― 憑魔異常進行。強制侵蝕現象。
 …… そして“ 憑魔共振 ”作用。
 発見と同時に、零捌特務隊員が84mm無反動砲カール・グスタフを撃ち放った。其れが決戦の幕開け。発射されたHEAT対戦車榴弾FFV551は、核本体を取巻く大型蝿蟲達が体当たりで阻害するが、
「 ―― いいぞ、ハチヨン打っ放せ!」
 殻島の怒声で、零捌特務だけで無く、決戦部隊が攻撃を開始した。
 敵は上空からだけでは無い。素早い動きで急降下してくると地表擦れ擦れで浮き上がって、弾丸と化した身をぶつけても来る。MINIMIやBUDDYが四方へと弾幕を張り続ける。殻島は空間を掌握して潰し、身体強化させた秋谷が肉厚の剣で叩き切る。
「 …… しかし! まぁ! お前らが此処迄付合ってくれるとは思わんかったぞ! さっさと逃げ出すかと思っていたんだがな」
 奮闘する部下達に、殻島が怒鳴り付ける。罪人どもは唇の端を歪めると、
「 ―― 親分が、逃げ出さないのに子分が逃げ出せる訳無いでしょ! そもそもオイラ達は懲罰部隊。処刑と引換えに地獄の最前線に送られる部隊っすよ!」
「そうそう。最低の人間でっさ。だが、大魔王や天使様に寝返ったり、逃げ出したりした奴等よりは未だ人間としての意地が残っていやすぜ!」
 狂った様に笑いながら、いや最早恐怖を乗り越えるには笑うしか無いのか、零捌特務隊員は撃ちまくる。其の身を次々と襲いかかってくる蝿蟲に貫かれ、血を啜り、肉を喰われ、蛆が沸き、新たな蝿蟲が孵化する。それでも、引鉄を絞り続けるのは止めない。
「 ―― ボス、お先に! 地獄で会いましょう! 奴等の根城に乗り込んでやります!」
「ああ! ああ、露払いは任せた!」
 血反吐で顔を汚しながらも殻島は、部下を笑って送り出した。零捌特務隊員は手榴弾のピンを抜いて、レバーを解放すると蝿蟲の群れに突っ込んでいく。破裂した弾体が、群がっていた蝿蟲を減らした。
 味方の死に様に雄叫びを上げながら、左手で構えていたMINIMIで蝿蟲を薙ぎ払う秋谷。撃ち漏らした相手は大剣で打った切る。
 上空で睥睨しているバールゼブブが羽根を振るわせて、賛嘆の声を上げた。
「君等の戦いに誉れあれ! 朕は感動している!」
「見下ろされたまま言われても、説得力が無いな! 必ず、引き摺り下ろしてくれる!」
 蝿蟲に囲まれながらも、秋谷が負けじと怒鳴った。羽根を振るわせて笑うバールゼブブだったが、
「 ―― 人間舐めてるんじゃねぇ!」
 秋谷達が周りを引き付けている間に眼前へと空間跳躍した殻島が、9mm機関拳銃エムナインでフルオート。バールゼブブは慌てて触腕で防護しつつ、空中機動で9mmパラペラムを避け様としたが、其の胴体を抉られるのは免れえなかった。
 怒りの叫びが天を震わす。自然落下する殻島がザマアミロと鼻を鳴らしたが、
「認めよう ―― 朕の油断を! だが、其れ故に君等は朕の餌として、血肉となれ!」
 一瞬にして、膨張したかの様に無数の蝿蟲が空間を埋め付くす ―― 『 死蝿の葬列 』。生命力、否、精神力もが“ 喰われた ”。身体を這いずり、蝕む蝿蟲の群れ。全身から流れ出すはずの血すらも奴等の養分となり喰われていった。
 長い戦いでの疲労や消耗で弱り切っていた数人が、此れでまた絶命した。殻島も秋谷も、熱量を奪う雨の中で地べたを這いずるしかない。
「強過ぎるぜ、バールゼブブ。…… 此れで、未だ不完全って言うんだからな」
「何にしても奴の動きを拘束しないと、致命的な打撃を行う隙を作り出せません …… 」
 秋谷は胃液を吐きながら立ち上がる。吐いた胃液の中に白い物体が蠢いているのを見ながら口元を拭う。
( …… 内臓までやられているか。此のままだと時間の問題だな )
「 ―― おい。馬鹿な考えは止せよ。お前には可愛い嬢ちゃん達が待っているんだろうが」
 荒い息を吐きながら膝立ちする殻島が、秋谷を睨み付ける。だが秋谷は臆する事無く微笑むと、
「 ―― 皆への道を切り開くが、自分の役目と心得ます」
 秋谷は、左手に大剣を、そして右手はM16A1閃光音響手榴弾を握り締めている。
「 ―― 御武運を!」
 そして秋谷が閃光手榴弾を投擲しようとした瞬間、閃光が場を支配したのだった ……。

 回生会病院屋上にてBUDDYで弾幕を張り続ける、弘子と琴美。空が光を浴びせ、怯んだところを一美がMINIMIで掃射する。満身創痍の皆に護られながら、ただ雫は狙撃機会を待っていた。
 綾が、秋谷達決戦部隊からのバールゼブブ核本体発見の報告を受けてから、ずっと機会を待っているのだ。其の間にもXM109とその狙撃手を排除しようと、蝿蟲や超常体が殺到してくる。挫けそうなところを、ただ根性と愛する人の想いで踏ん張っていた。
 だが、其れも限界。
「 ―― 悪い。琴美、弘子。…… 先生に宜しく」
 一美が崩れ落ちる。下腹部を濡らす赤い液体。
「ちょっと待ってよ、一美。倒れないでよ! 未だ頑張ろうよ、生き残って美味しい物でも食べに行こうよ。ほら、人吉って温泉あるから、皆で、露天風呂で騒ごうよ。ねえ、ねえってば!」
「そうよ ――『 死んで花実が咲くものか!』よ!」
 琴美と弘子はBUDDYから手を放す事が出来ず、だが涙目で倒れたままの一美に訴えた。空がカール・グスタフを撃ち放つ事で出来た間隙に、一美の傍に寄る。
「カズちゃん、起きて、起きてよ!」
 手当てをしながら、意識を持続させようと空は必死に呼び掛ける。だが、一美の眼は既に混濁しつつあった。咳き込む力も無い。ただ空の手を握り、
「 …… ごめん、お …… かあさ …… ん」
 眠る様に息を止めた。空の慟哭が支配する。
 だが敵の襲来は、哀惜の意を許してはくれなかった。一美が抜けた穴から入り込む様に、攻撃が激しくなってくる。―― もう、終わりか。
 そう唇を噛んだ時、閃光に包まれた。
「 …… 私と同じ …… 光?」
 空の呟きに、だが琴美が激しく否定する。
「 ―― 違う。空の光は暖かくて優しいけれど、此れは厳しくて硬い。眩し過ぎる光だよ!」
「 ―― エンジェルス!」
 蝿蟲を追い散らすエンジェルスや、朱鷺子側へと離反したはずの第894班隊員達が、戦いに加わってきたのだった。

 バールゼブブを脅かす最大威力の持ち主に殺到してきたのは、XM109へだけではない。90式戦車にも取り付かんとばかりに襲撃が繰り返されていた。果敢に戦ってくれた随伴隊員も殆どが死傷。絶望的な面持ちで、弾幕を張り続ける栗林だったが、
「 ―― エンジェルスだと?! 超常体が人間を護るのですか」
「 …… 勘違いするな、栗林三尉。我等は維持部隊の為でも、ましてや腐れ切った日本国政府の為でも無い。ただ“ ”の御為に戦うのだ。―― バールゼブブは“ ”の敵だからな」  光を発するエンジェルスの下、翼持つ魔人達がBUDDYを携えて、蝿蟲を撃ち減らしていく。

 激怒したのは、バールゼブブだ。羽根を激しく振るわせてエンジェルスを自らの鉤爪で叩き潰していく。
「何が、“ ”の為だ! “ 唯一絶対主 ”を僭称する彼奴に盲従する奴隷共が! 喰らってやる! 貴様等全て喰らい尽くしてやるぞ!」
 蝿蟲の群れが、エンジェルスに向かう。憎悪の念がエンジェルスや魔人達を喰い散らかしていく。
「あーあー。偉そうな登場の割に直ぐに全滅するんじゃねぇのか、天使共」
「だが、奴の意識が移り、そして蝿蟲の壁が薄くなりました。好機です!」
「 …… だな。あいつ等の横槍の御蔭で、体力回復の時間も稼げた。最後の一踏ん張りだ!」
「「 ―― 撃てーーーーっっ!!」」
 声を合わせて叫ぶ。秋谷が閃光手榴弾を上空のバールゼブブに向かって、投げ放った。激しい音と光、そして衝撃がバールゼブブの眼を眩ませる。
「 ―― なっ!」
 バールゼブブの動きが止まり、下方へと意識が逸れた。其の図体を、フルメタルジャケットの弾芯にタングステン鋼を使用した25mm徹甲弾が貫く。
 秋谷が投げた閃光手榴弾はバールゼブブの気を逸らしたと同時に、図らずとも狙撃機会を待っていた雫への信号にもなっていた。
 発光した地点に照準眼鏡を向け、核を確認。XM109が轟いたのだ。
 黒い血を流しながらバールゼブブが怨嗟の声を上げる。其の横っ腹に今度は120mm砲弾が炸裂した。
 重装弾狙撃銃と、ラインメタル滑腔砲が、お互いの次弾装填の時間を埋める様にバールゼブブを襲い続ける。回復する間も与えられず、バールぜブブの高度が下がってきた。
 其処に秋谷が閃光手榴弾を再度投げ上げる。眼が眩んだ瞬間、今度は大地を蹴って、秋谷は大きく跳躍した。振り上げた大剣は頭上のバールゼブブ腹部へと突き刺さる。
 叫ぶバールゼブブ。其の上空の暗雲から、止めをもたらす災厄が振ってきた。上空に跳躍した殻島が落下してくる。羽根が、触角が、節足が、肉体が、空間を握り潰されて削られていく。
 そして殻島は、バールゼブブの両複眼の合間に王蛇の牙を突き刺した。
「 ―― 地獄に落ちろ! 糞ったれ!」
 断末魔の叫びが上がった。だが死力を振り絞ると、バールゼブブの蝿蟲が核本体へと群がり、集結させようとする。
「 …… へっ。核が傷付いてもなお蘇生しようと悪足掻きか。―― いいさ。肉片は1つも欠ける事無く地獄に還してやる!」
 懐中から取り出すは、銀の鍵。ナイフを引き抜くと、鍵を深く傷口に捻じ込んだ。
 ―― 扉が開く。七色の虹に輝く扉が。
 突如空いた空間の穴に、バールゼブブの巨体が吸い込まれていく。周囲に群がっていた蝿蟲もまた呑み込まれていった。ただバールゼブブが放つ断末魔の叫びだけが、此の世に残る。
「 ―― そうだ。忘れていたぜ。鍵は扉を開く為だけじゃねぇんだ! 閉じる為にもあるんだよ!」
 再び扉へと鍵を差し込み、捻る。虹色の扉は掻き消え、そして殻島の身が地面へと投げ落とされていく。
 傷付いた身を忘れて秋谷や生き残った隊員達が、真下に回り込んで受け止めようとして …… 潰れた。
 空を仰いだ殻島は、両の拳を天に向けると、
「 ――― 勝ッッッたーーーッッッ!!!!」
 歓声が沸き起こり、祝砲が鳴り響く。
「 …… 降りてくれないか、殻島准尉」
 下敷きにされた秋谷達が苦笑いするのだった。

*        *        *

 降り続ける雨の中、だが秋谷と弘子は濡れるのも構わずに、慰霊碑に献花した。
 バールゼブブの完全顕現を阻止した人吉。脱柵や離反した魔人、超常体等の敵残党は周辺に逃げ散り、未だに隠れ潜んでいるものの、脅威と言うには程遠い。南九州を結ぶ陸路の要所として復興を開始していた。
 人吉城跡公園に簡素ながらも建てられた、此の戦いで散った人々の慰霊碑。名簿は刻まれてはいないが、博美・瑞穂・一美・明美・紫苑 …… 彼女達の魂が眠っていると秋谷は信じている。
 員数割れをした第508班は戦闘終了後に解散し、異動や再編成を予定されていた。とは言え、司令部からの命令は、各拠点・駐屯地や分屯地の死守 ―― 篭城戦である。解散されたとは言え、第508班隊員達が別れ別れになるとは思えなかったが ……。
「 ―― 綾は、博美の死に、罪の意識を感じてしまいました。昨晩、離隊届けが …… 」
「罪の意識と言うならば、俺が一番背負わなくてはならん」
「先生は …… 先生は私達を導いて、生き残らせてくれました。誰にも ―― 贖うべき罪なんてありません」
「しかし …… 」
「其れでもなお罪をと言うならば、私が一緒に背負います。何時迄も …… 先生。いや、薫さん」
 弘子の言葉に、秋谷は視線を合わせる。見詰め合い、いつしか唇が ――
「お〜い。先生も、弘子も此処に居たのねー。おじさん、捜しちゃったよー」
 絶妙なタイミングで、琴美の声が掛けられた。慌てて身体を離して、互いに背を向ける秋谷と弘子。
「んー。んん〜? どうしたのかな〜?」
 意地悪く笑う恋人の袖を、察した空が顔を真っ赤にしながら引く。琴美も軽く肩をすくめた後、打って変わって真面目な顔で慰霊碑に敬礼した。そして上官に向き直る。
「 ―― 今後の作戦について、正午より菱刈二佐から復興部隊一同に話があるそうです」
 了解した、と返礼する。
「そう言えば、綾ちゃんと雫ちゃんは …… ?」
 空が周囲を見渡すが、2人の姿は何処にも無い。
「綾は異動願いを出したわ。雫は …… 」

 人吉自動車学校跡。張られた天幕の中で、菱刈と栗林が周辺状況を探っていた。
「山江SAは落ち着いたらしい。が、篭城するには難しい為に、今日中に人吉へと全ての物資と共に人員移送すると連絡が入っている」
「復興にしても篭城するにしても、人手や物資が必要ですからな。八代の指揮所は現在も戦闘が続いているので?」
「ああ ―― 天草鎮圧部隊が全滅したそうだからな。叛乱部隊いやエンジェルス共は大矢野迄再び侵略し、現在、宇土と八代にて交戦が続いている」
 崎津天主堂に立った光の柱 ――“ 燭台 ”を消すべく戦力を傾けた鎮圧部隊だったが、朱鷺子こと“ 神の杖 ”と高位上級超常体ケルプによって阻まれた。フトリエルが振るう懲罰の杖により壊滅し、天草五橋を落とす余力もなく、三角迄撤退した。
「当然“ 神の御軍(みいくさ) ”が追撃して来たが …… 阿蘇の 健磐龍命[たけいわたつのみこと]が封印から解放された事と、熊本城にある藤崎八旛の九州結界が死守された事で、容易に熊本に上陸する事は叶わなくなった様だ。…… 天草に超常体の基地を作られたのは痛かったが」
「兎に角バールゼブブも倒した事により、人吉を直接脅かす勢力はありませんな」
 健磐龍命が復活した事で、中九州(熊本・宮崎)の超常体は激減。特に熊本市中心部と阿蘇特別戦区は安全圏と化しており、非戦闘員や物資が移送されているという。阿蘇では、駐日阿弗利加連合軍も全面協力しており、篭城戦の備えは万全であった。
「フトリエルの脅威は未だ在り、天草に隣接する八代と宇土、長崎では防衛戦が続いているとは言え、後方の憂いが少ないのがせめてもの救いですな」
「沖縄からの連絡が付いていないから、南の護りは必要だが …… 鹿児島えびの駐屯地が防波堤になる。我等の役割は、八代やえびのの部隊が踏ん張れる様、人吉復興に尽力する事だ」
 菱刈の言葉に、栗林は然りと頷く。そして、此れからを思うのだった。
( 夏至の日が訪れ ―― 何かが始まる。其れは何かの終わりだろう。…… だが私は戦い続けてみせる )

 中肉中背の身体付きとはいえXM109を独りで運ぶには手間が掛かる。其れでも雫は誰の助けも求めず、無表情のまま黙々と歩む。
 ―― 弘ちゃん、先生と仲良くね? 先生、お父さんみたいな人。……だから、弘ちゃん。先生を幸せにして欲しい ――
 其の願いは叶えられるだろう。先生の事は弘子に任せておけばいい。お似合いの2人だと思う。
 …… あれ?
 何故か、目元から涙が溢れた。雫は堪えようと俯き、袖で拭おうとする。其の頭を軽く誰かが叩いた。
「よう、嬢ちゃん。元気ねぇじゃないか」
 殻島が優しげな表情で頭を撫でる。堪えようとした涙が不覚にも頬を伝った。顔を見られまいと、殻島の手を振り払う。
「 …… 雫。泣きたい時は泣けばいいと思うよ。私が言うのも何だけどね」
「 ―― 綾ちゃん?」
 自嘲めいた笑みの言葉。目を赤くした友人の姿に、雫は驚きの余り、顔を拭うのも忘れた。
「ああ。物好きにも懲罰部隊に自分から飛び込んで来やがってな。とは言え、零捌特務は今では1個分隊にも満たないんだが」
 自らで縛った罪の呵責に堪え切れず、敢えて塵溜めに身を投じる事で贖いとしているつもりなのだろうか。
 其の考えを幼いと思うものの、殻島は、今は何も言わなかった。一応は反対したが、彼女が決めた道だ。ましてや放っておいても、何時かは自分の知らぬところで自滅するだけだろう。ならば ……
「 ―― 俺が此れから行くのは、本当の地獄だというのに …… 」
 嘲笑めいたものを口の端に浮かべながら、殻島は零捌特務の天幕へと歩を向ける。其の背を綾が付いて行く。何故か、雫も足を向けた。
 ふと殻島が立ち止まる。血と汗と、泥で汚れた野戦服を身に纏ったWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が敬礼で出迎えていた。胸元には氏名を示す刺繍は無く、ただ“ 落日 ”の文字が。
「 ―― 召集か」
「はい、殻島殿。黙示録の戦いが始まります。“ 統合 ”して頂きたいと」
「 …… 他の俺が、生きているか、死んでいるか判らんのだけどなぁ」
 呟きながら、殻島が歩みを再開させる。其の背を慌てて付いて行く綾。雫が戸惑っていると、WACは向き直り、
「 ―― 結野副長から御活躍は伺っております、滝本陸士。優秀な狙撃手だと。…… 貴官には黙示録の戦いへの優先的参戦権が与えられますが、如何でしょうか?」
 …… 黙示録の戦い?
 いぶかしむ雫に、WACは微笑むと、
「此れは、殻島殿への強制参戦命令と違い、拒否する事も出来ます。…… 選ぶのは貴官です。其れでは」
 下位にあるはずの雫に対して、敬礼するとWACは闇に消えていくのだった ……。

 ―― そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 だが人吉を直接脅かすものは無く、復興が進んでいく。多くの犠牲を払ったが、其れでも勝ち取った平穏だった。
 …… 神州の行く末を祈り、見守る様に、慰霊碑がただ静かに佇んでいた。

 


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 人吉奪還作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・神州結界』第8師団( 九州 = 阿弗利加 )編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 戦力を集中させて障害を1つずつ取り除いていった点が、文句無く作戦を成功させた勝因でしょう。特に氷水系魔人、キメリエス、バールゼブブと各個撃破していったのは上手でした。
 殻島准尉が先行して情報を集め、栗林三尉が周辺状況を固め、第508班が戦力集中 …… というのが必勝パターンだったと思われます。
 ただ集中させ過ぎた結果、戦力余剰が生じ、別方面のカバーが出来ていなかった感は否めません。幸いにして栗林三尉が地道な行動を押さえてくれた御蔭で致命的状況には陥りませんでした。此の点でも栗林三尉に感謝が絶えません。
 なお魔王の憑魔強制侵蝕を見落していたのは痛かったと思います。あの現象で状況が容易にひっくり返るところでした。また朱鷺子の煽動に対する案も提示していなかった為、最終決戦が大変な状況になってしまいました。少しでも対策案の言及があれば……と悔やまれてなりません。
 なお朱鷺子の煽動効果は、熊本だけで無く神州各地にも波紋を呼んでいます。次回作以降で、其の時が来た場合に注意しておいて下さい。
 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
 此の直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に福岡・大分、そして沖縄での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

●おまけ・設定暴露:
 氷水系魔人の童女は第5回迄生き残っていれば、七十二柱の魔王が1柱、浴槽公プロケルとして覚醒するところでした。
 大魔王バールゼブブが完全顕現していた場合、雷電系・祝祷系・呪言系も使っていました。
 そして出し忘れていた超常体が、魔将フレウレティ。バールゼブブの副将である、此の魔将を出し忘れていました。まぁフレウレティの分も魔王キメリエスが頑張ってくれたから、いいか(^^;)。


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