第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第1回 〜 九州:アフリカ 其参


W1『 不動たる権威 』

 未だ肌寒い潮風が頬を撫でる。
 宇土半島の北側、国道57号線を三角へと進む機械化部隊の中、長山・征司(ながやま・ただし)三等陸尉は右手側の海をぼんやりと眺めていた。
 そして疲れ切った口調で、思わず呟く。
「革命家はいつだって立派だな。…… 政権を獲得するまではだが」
 苦笑をひとつ。
「三尉殿、何か?」
 周囲に気を配っていた砲手が、車長たる長山に尋ねてくる。長山は頭を振って、なんでもないと答えた。
 高機動車『疾風』を先頭に、続いて96式装輪装甲車クーガー2台、82式指揮通信車コマンダー1台、73式中型トラック3台、そして87式自走高射機関砲スカイシューターの車列は、天草で生じた叛乱を鎮圧する一隊として、五橋入口を目指していた。
 ―― 国連維持軍・神州結界維持隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊を率いていた 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉が、各国政府と日本国政府を糾弾し、武装決起をしたのはつい数日前の事である。
 彼女曰く「己の自由と権利を勝ち取り、そして何よりも誇りと生命を護る為」という。
 叛乱部隊は、天草上島・下島、大矢野を征圧すると、三角を強襲して天草諸島陸路の要所たる五橋入口を封鎖した。
 慌てた日本国政府は、武装蜂起そのものがなかった事として秘密裏に処理すべく、第42普通科連隊に鎮圧を非公式に命じたのだ。
 当初は第8師団長、細川・雅史[ほそかわ・まさし]陸将が指揮を執る事になっていたが、人吉方面へと出向する事になる。
 これは、時を同じくして、全国各地で超常体が大規模発生した事に遠因がある。
 九州北部の第4師団、沖縄諸島の第1混成団もまた担当地域で交戦中であり、人吉に出向く予定だった西部方面隊総監、加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将が西部方面隊全体の指揮を執るべく、総監部のある健軍から動けなくなったのだ。
 その為、細川陸将が人吉を、そして天草を第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐が指揮を執る事で落ち着いたという。
 倉石は、宇土に司令拠点を置くと、先遣させていた波多浦の部隊に、三角及び五橋入口奪還を命じた。
 また第8高射特科大隊にも支援要請。長山の出番と相成ったわけである。
 スカイシューターは、捜索レーダー・追撃レーダー・射撃統制装置を搭載し、目標発見・敵味方識別・捕捉・射撃がコンピュータでコントロールされている。主武装はエリコン90口径35mm2連装機関砲であり、戦場防空のみならず地上目標に対しても有効だ。
 叛乱に与する隊員はほとんどが普通科所属だが、何故か、低位上級の有翼人型の超常体 ―― 通称エンジェルの群れ(複数形としてエンジェルス)が交戦区域に出現。まるで叛乱部隊と共闘しているとしか思えぬ行動で航空優勢を確保すると、維持部隊に対して光の矢を降り注いでくるのだ。
 その為に、CH-47JAチヌーク等、輸送ヘリコプターでの天草諸島各地への隊員大量投入が出来ず、また陸路においても橋梁を突破する際に甚大な被害が予想されている。
( …… まぁ、そのお陰で普段相対的に冷遇されている私達が活躍出来るというんだから …… 皮肉でしかないですよねぇ)
 嬉しい反面、悲しくもある。
 陸自だった時代より、軍隊というのはそういうものだ。(軍隊が活躍出来る機会が)あっても困るが、(軍隊そのものが)無くても困る。
 なお今は、隔離封鎖された神州の地は今や国民皆兵と等しい環境であり、それ故に“一般市民”というものも存在しない。
 銃を手に取れる者は全て超常体と戦い、戦えぬ者は全て支援に回る。老いた者は教え、幼き者は学ぶ。
 唯一の例外は子を産み育てる母だ。銃と剣に強固に守られた駐屯地奥深くの施設にて出産・養育する。それでも絶対的に安全な楽園とは言い難い。
 自由と生存権を奪われ、終わり無き戦いを無理強いさせられた日本人達。
 だからこそ、朱鷺子の言い分に共感を覚える者もまた少なく無いだろう。表立って脱走し、叛乱部隊に合流するものは未だ僅かだが、潜在的な危険要素は多いだろう。叛乱部隊の鎮圧が遅れれば遅れるほど、呼応して決起する者が増えるに違いない。
 しかし、
「 …… 現状に満足していると言えば嘘になるが、かといって、信用に足る理由なしに扇動に乗る気はないよ。これでも、軍人だからねぇ」
 諦めか、それとも誇りなのか。
 長山はそう独りごちた。
 知らずに声に出ていたようだ。聞き咎めた砲手が思いきって尋ねてくる。
「では、信用に足る理由があるときは?」
 頭を掻きながらも、長山は即答する。
「上の連中が何か考えるだろう。―― それ次第かな?」

*        *        *

 宇土市役所跡や旭町にある運動公園、善道寺のショッピングセンター跡は、中継拠点とするに充分に適していた。
『連隊司令部』と札が掛けられた部屋では、倉石と情報担当が状況分析に努めていた。
 倉石は、長山と同じく陸自時代からの生き残りの古強者で、齢60近くというが未だ身体も精神も壮健。典型的な肥後モッコス(一本気・偏屈者・気骨者・へそ曲がり・奇人変人頑固・誠実だが泥臭い)だ。
 そんな司令部に口元に煙草を咥えたままの男が顔を出す。くたびれた様子であり、それでいて飄々とした男。半目に開かれた目蓋の奥では、焦点の定まっていないかのような眼。両襟の略章は一等陸尉。
 倉石の眉間に皺が寄る。怒声が上がった。
「何ばしにきよっとか、異生(ばけもん)がっ!」
 ひぇっと口に出すと男はおどけながら、
「うわ、そりゃ、ひどいですよ。魔人に対する差別表現じゃないですか?」
「せからし。魔人は『人』やろが。ばってん、ぬしゃは『人』やなかろうが?」
 倉石に言われて、男は天を仰ぐ。しばし黙考。
「 ―― はい、倉石さんの言う通りですな」
 それから、今気付いたかのように敬礼する。
「おっと、失礼。なにぶん、偉い人に会うのは久しぶりなもんですから」
 だが倉石は答礼を返さず。鼻を鳴らすと、
「 …… で、何ばしにきよっとか? ぬしゃの部隊はどうした?」
「各地に分散待機させています。長官によると、まだ出番ではないらしいんで。―― 代わりに人吉で零捌特務に頑張ってもらっています」
 抜け抜けと言い放つ男に、三度、倉石は問い質す。
「 …… で、ぬしゃは何ばしにきよっとか?」
静花さん に頼まれまして」
 空いたパイプ椅子に、背もたれを抱えるようにして逆向きに座ると男は頭を掻く。
「 ―― 叛乱部隊に武器弾薬や物資を横流す者が出るだろうから見張っておいて、と。あとは内部工作への警戒を訴えるように」
「ぬしゃ達に言われんまでもなか。…… ばってん、一応感謝しちゃるが」
 倉石は参謀に武装点検の徹底を言いつける。
 その間、男は咥えていた煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐き出した。
 そして一言。
「倉石さんは、朱鷺子が何故、叛乱に至ったか解かりますか? 朱鷺子は倉石さんの教え子でしたよね」
「 …… ぬしゃは 判って おるんか?」
「ええ、解かって いますよ」
 男は『わかる』という言葉のニュアンスを変えて笑った。
「魔に憑かれた果てに『人』はどうなるか。…… ぼくが答えられるのはそれだけです。まぁ朱鷺子の場合は憑いたヤツがアレだったわけですが、ね」
 朱鷺子の憑魔は数億人に1人という特別なものと言われ、その力は周囲の空間すらも思うがままに変貌させる。事実、倉石もまたその力を目の当たりにした事がある。
 だが、それと叛乱とどう関係があるのか。
「つまり …… そぎゃんはどういう意味とね?」
 倉石の目に、煙草の先の火がやけに赤く映った。
 男はうつむき加減に見つめながら応える。
「朱鷺子は朱鷺子であって、朱鷺子ではないわけですよ。つまりは何の気兼ねも無くぶち殺して構わんわけです。殺せるものならば。アレはぼくと同じ……」
 男の唇の端が歪んでみえた。
「 ―― 異生なんですから」

*        *        *

 国道266号線・国道57号線と、南北から迫った部隊は、ついにその物量をもって三角・五橋入口を不当に占拠している叛乱部隊の鎮圧に取り掛かる。
 波多浦駅跡地と、旧三角町役場並びに三角駅の間では激しい銃撃戦が巻き起こった。
 5.56mmNATO弾の応酬。弾倉を空にした者達は銃剣や、戦闘スコップで白兵戦を仕掛ける。
 そして五橋入口では、
「三尉殿! 九時方向、エンジェルスが接近!」
「 ―― 弾幕を張れー!」
 長山の叱咤に、スカイシューターのエリコン高射機関砲2門が炎を上げる。35mm弾が光の雲を切り裂いていった。
 12.7mm重機関銃ブローニングM2を搭載したクーガーからもまた対空射撃を放っていた。
 射ち落とされたエンジェルの遺骸が、敵味方に降り注ぐ。
「各員、頭上注意! 落下物に当たるなー!」
 射ち漏らしたエンジェルは光の矢を作りだし、投擲し返してきた。幾人かが貫かれたが、それに勝る物量と火力でもって押し返していく。
 叛乱部隊は、中型トラックを横にして、橋の上に停めると防壁兼障害とした。
 長山は砲手に命じると、高射機関砲を水平に構えさせる。
 35mm弾で蜂の巣になったトラックは爆発炎上。トラックの陰に身を隠していた叛乱隊員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 同日1538。五橋入口前を鎮圧。これにより北面より旧三角町役場周辺へ、波多浦との挟撃が成立。
 翌日0942。夜通しの交戦の末、三角町役場周辺の叛乱部隊掃討。死者26名(内、叛乱部隊が19名)。
 更に三日目。雨の中、スカイシューターの対空射撃を受け、エンジェルスの航空優勢が破れる。天門橋を突破。大矢野側の駐在地点 ―― 旧観光土産センターを包囲。説得の甲斐無く、銃撃戦。旧観光土産センターに立て篭もる叛乱部隊は突入した鎮圧部隊を巻き込んでの爆死を選ぶ。
 その間、叛乱部隊の中核は大きく後退。
 鎮圧部隊は、山肌に落石防護ネットの張られた、上り下りの激しい坂道である国道266号線 ―― 天草パールラインを慎重且つ迅速に進攻。大矢野島北部を征圧・掃討しながら、ついに大矢野町役場跡地前まで到達した。
 そして、敵超常体の猛反撃に遭う ――。

 エンジェルスが発光する淡い白色に空が塗られた。
 長山は即座にスカイシューターの機関砲を向ける。スカイシューターを護るように随伴している隊員達も、上空へと89式5.56mm小銃BUDDYを構えた。
 射撃命令が発せられると同時 ―― 力を伴なった風が掛け抜けた!
 隊員達の上半身が鋭利な刃物で打って斬られたかのように、分断された。次いで風に流されて噴血が巻き上がる。
 詩(うた)が聞こえる。人の声とは、違う声でエンジェルスが詩っている。聞こえぬ詩声が、脳裏に響く。
    逆巻く荒波 岸を打ちて
    高まりとどろき 迫るときも
    力に満ちたる 主のみ腕は
    たちまち嵐を 静めたもう。

 詠うエンジェルスの中心に一際大きな光が見えた。
 光の主を目視確認するや否や、長山が緊を張りつめて砲手に怒声を発する。
「優先目標 ―― プリンシパリティ! 射てッ!」
 錫状のような物を手にした双翼の高位下級の超常体プリンシパリティ。1個体だけの戦闘力で、数個班もしくは数個小隊に匹敵する。
 そして、それに付き従う低位上級超常体アルカンジェルが2体に、数十体のエンジェルス。
 35mm高射機関砲弾がプリンシパリティに迫る。
 だがエンジェルスが盾となり、またアルカンジェルの一体が身を晒してかばった。
「エンジェル5体、アルカンジェル1体の撃墜確認! 反撃来ます! 各自、身を隠しなさい!」
 光の矢が降り注ぐ。装甲車の陰に身を隠せた者は幸いである。幾人かが串刺しになった。
 さらにプリンシパリティが再び錫杖を振るうと、剛剣と化した風が、クーガーの装甲すら傷をつける。
「撃て、撃て、撃て!! 高位の超常体と言えども不死身ではないんだ! 火力を集中させろ!」
 普通科班長が叱咤すると、意を決した班員達がBUDDYを撃ち放つ。長山もまた支援砲火を続けた。
 空の全てが敵なのだ。
『 ―― 長山三尉。ここは一時撤退する。撤退時の支援砲火を引き続きお願いしたい』
「頼まれなくとも、そのつもりです。生き残ることを第一に。後退ラインは?」
 普通科隊員達を率いる班長の要請に、汗を拭いながらも長山は応じた。
『ここまでの中途に、『あまくさ村』というのがありましたな。天草四郎の巨像がたたずんでいたヤツ。トンネルとトンネルの間!』
 記憶を反芻する。ああ、ありましたね、確かに。
「了解しました。……観光センターの方は?」
『 ―― こちら、観光センター陣営。エンジェルス少数飛来。されど三角からの増援もあり、善戦しております。御心配無用! 貴官等の無事な生還を祈っています』
 無線に入り込んだ後方拠点からの連絡に、長山達は笑みをこぼした。
 個人携帯無線が撤退信号を流す。
『各員乗車! 一時撤退する!』
 バック走するクーガーや中型トラック。スカイシューターもまた装軌を逆回転させると、高射機関砲を放ちながら後退していくのだった。

*        *        *

 大矢野トンネルに陣取った哨戒部隊が、眼下の町上交差点や、大矢野町役場方面の上空を見張る。
 トンネル内には土嚢が積み上げられ、バリケードを築き上げていた。
 態勢を整えるべく、あまくさ村まで後退した鎮圧部隊の班長達は、食事を交えながら突破策を練っていた。
「 …… 策を練ると言いましても、結局はプリンシパリティ率いるエンジェルスを掃討せねば、進みようもないのですけれども」
 糖分補給として羊羹に齧りつきながら、長山がぼやく。ゼリー状のバランス栄養色をすすりながら、班長の数人が同意した。
「火力と装甲はこちらが優るのですから、時間を費やせば、いずれは突破出来ます」
「しかし、それは叛乱部隊に時間を与えるという事になる。時間が経てば経つほど、我等が不利になるぞ」
「天門橋は我々が押さえていますから現状で孤立してはいないんですが、それとて橋がいつまた襲撃を受けるとも限りません。…… 何しろヤツらは空を飛べますから」
 腕を組んで、一同が唸る。
「 ―― 宇土の司令部はなんと?」
「宇土周辺でも脱走者が現れたようです。警戒態勢を強めているとの事。増援部隊は随時発進させているそうです」
 そうか、と再び唸り出す。
「何にしろエンジェルスが当面のネックだ。部隊として動くならば、ヤツらの目を欺く事は出来ない。とはいえヤツらの目を掻い潜って敵陣深くに侵入するほどの行動力を持つ者は、現状皆無だ ……」
 唇を噛み締める。黙考が場を支配した。

■選択肢
W−01)三角・五橋入口占拠を堅持
W−02)大矢野の叛乱部隊を制圧
W−03)特殊班として天草上島・下島に潜入
W−04)宇土拠点の警戒


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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