第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第2回 〜 九州:アフリカ 其参


W2『 奮戦、孤立、再侵犯 』

 隊用携帯無線で通信していた隊員が顔を上げた。その顔は喜色で彩られている。
「五橋入口の警備隊より通電! 長山三尉が要請なされていた、増援のスカイシューター並びに他数個班が今、天門橋を通過しました!」
 報告に喝采の声が上がる。疲労の色が濃かった、あまくさ村に活気が戻った。
 この度の功績により、第8高射特科大隊・第81分隊長を任される事になった 長山・征司(ながやま・ただし)三等陸尉が片手で肩を、もう一方で背中を叩きながら、
「やっと修理が終わったか、だいぶ派手に壊れていたからなぁ」
 苦笑しつつ立ち上がる。
「各員、出迎えの準備だ! お呼びでない連中が邪魔しないようによく見張っておけよ」
 普通科隊員を率いる班長が指示を出すと、大矢野トンネルに陣取っていた哨戒隊員らが89式5.56mm小銃BUDDYを油断無く構える。横数列に並び、坂下や上空へと銃口を向けた。
 長山もまた載り慣れた87式自走高射機関砲スカイシューターの車長席に座る。見かねた普通科班長がおそるおそる声をかけてきた。
「敵迎撃は私共に任せて、長山三尉は歓迎の方へ」
「いやいや、そう甘えるわけにもいきませんよ。喜び勇んだ時が、一番危ないものですからね」
 不器用に片目を瞑って苦笑して見せると、大矢野トンネルを抜ける。長山は砲手に命じて大矢野町役場方面上空 ―― 白色光へとエリコン90口径35mm2連装機関砲で睨み付けるのだった。

 旧国連維持軍・神州結界維持隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊を率いていた 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉を主犯格に、日本国政府と国連に対して独立と宣戦布告をした叛乱部隊に対して、日本国政府は第42普通科連隊に天草鎮圧を命じた。指揮官は第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐。
 鎮圧部隊は、長山が所属する第8高射特科大隊にも支援要請。87式自走高射機関砲スカイシューターの火力を以って、叛乱部隊とともに行動する有翼人型超常体エンジェルスから航空優勢を奪い取ると、三角を制圧する事に成功した。
 だが大矢野平定中に、高位下級超常体プリンシパリティと、エンジェルスが大量に出現。戦況は膠着状態に陥った。
 鎮圧部隊は、大矢野の『藍のあまくさ村』を橋頭堡にし、増援を待ちながら虎視眈々と睨んでいるのだった。

 偵察任務から戻ってきた隊員が地図を指し示しながら報告を入れる。
「やはりプリンシパリティは旧大矢野町役場に陣取っていますね。大矢野島南部・西回りの天草パールライン(国道266号線)を通過するにしても、裏をかいて東回りの満越城本線(県道107号線)を通過するにしても、旧大矢野町役場を無視する事は出来ません」
「船江に戻って海岸線沿いに旧大矢野高に出てから、満越城本線を溯って背後側面から討つ事は?」
 長山の言葉に普通科の小隊長が頷くと、数班を編制させて迂回しての側面攻撃を命じる。
「しかし、エンジェルスは空を飛べる点で、索敵範囲が広く、また機動力がこちらより上です」
 不安と緊張を隠せない班長だが、長山は頭を掻くと、
「その為の高射特科であり、スカイシューターです。任せて下さい。―― 最悪でも敵戦力を拘束し、良い機会があれば制圧してみましょう」
 微笑んで見せると、小隊長もまた力強く頷く。
 作戦が練られた数十分後、大矢野制圧作戦が再開された。

*        *        *

 ―― 4月21日、月齢27.7。天候は雨。高い波が岩壁に押寄せている。
 暗い闇の中、岩礁より黒い影が浮き上がった。
 藻に覆われた岩に手を滑らせ、危なげながらも上陸していく。
 影は片手に所持した折り曲げ銃床タイプのBUDDYでもって周囲へと示威すると、もう一方で後背にハンドシグナルを送る。「続け」との合図に海面より顔を出す更に数個の影。
 身体を叩きつける雨と波の中、数個の影は腰を低くしながらも素早く小走りに、さらに道路を目指して西に数百m。更に北西に向かう。果たして打ち棄てられた建物の中に進入した。
 潜水服を脱ぎ、防水された背嚢から中身を広げた。
 地図を広げ、コンパスで方位を示し、目視で周辺を観察。そして携帯情報端末で照らし合わせての、位置を確認 ―― 旧山乃浦小学校。
 隊用携帯無線機に取りついた1人が周波数を合わせ、連絡を送った。
「 ―― こちら、SBU(Special Boarding Unit)第8分隊。目標地点に到達。…… 送れ」
 鹿児島の鳴瀬鼻から赤島を中継ぎに、天草下島の上陸に成功した彼等の目的は、
『 ―― 敵部隊の主力は天草上島に集中。第42普通科連隊が大矢野にて引き付けている間に本渡へと北上し、叛乱部隊中核を処理せよ。…… 以上』
「 ―― 了解」

*        *        *

 96式装輪装甲車クーガーが車載火器たる40mm自動擲弾銃をもって、坂下の超常体の群れへとグレネードを放つ。同じく12.7mm重機関銃ブローニングM2が火線を彩った。
「 ―― 装甲と火力を全面に展開! 敵歩兵による対戦車兵器を警戒して下さい!」
 随伴する普通科隊員に指示を出しながら、砲手に命じる。エリコン高射機関砲2門。1台増えて更に倍。広角の範囲を35mm弾が切り裂いていく。
 長山が提案した、敵側の航空ユニットを撃墜する事を主眼として攻勢が行われていった。
( …… 敵戦力を拘束し他方面に転用させない。そして制圧も可能だ!)
 心中で吼える長山に応えるように、スカイシューターはエンジェルスを次々と撃ち落としていく。
 撃墜を免れたエンジェルスは、淡く白光する羽を振るわせると、対抗して矢を投擲してくる。数名が不幸にも死傷したが、多くの普通科隊員が装甲に守られてBUDDYを撃ち続けた。
「敵は超常体のみだっ! 怯むな、進めっ!」
 班長達の怒鳴り声に奮起して、普通科隊員達は前進する。スカイシューター、クーガーが支援砲火をエンジェルスに浴びせ続けた。
「 ―― 三尉殿。敵が超常体のみというのは、助かりましたね」
「少なくとも人間と違って、対戦車ミサイル等を携行してないからな」
 エンジェルスの主力である光の矢では、クーガーやスカイシューターの装甲を貫かれる事はない。氣を操るアルカンジェルの直剣(のようなモノ)で装甲を断ち切られる恐れもあるが、近接戦に持ち込まれなければ問題は少ない。遠方から集中砲火で排除する事が可能だからだ。
 だが相手が人間ならば、話は別だ。彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装する。憑魔能力をも有する魔人は、単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力なのだ。
 現在、松島に後退している叛乱部隊の主力が、もしも、この大矢野の攻防に加わる事があれば ……。
 意識を前方上空のエンジェルスに向けながら、長山は額に浮かんだ汗を拭う。
 そして、同じく恐るべきは ――。
「大矢野町役場から、プリンシパリティが動き出しましたっ!」
 詩(うた)が聞こえてくる。人の声とは、違う声でエンジェルスが詩っている。理解出来ぬはずの詩声が、脳裏に響く。
    さあ進め、たゆみなく、
    さあ歌え、声たかく。
    み恵みに生かされて
    われらは主に従おう。
 詠うエンジェルスの中心に一際大きな光が現われる。錫状のような物を手にした、高位下級の双翼超常体プリンシパリティ。力を伴った風は剛剣と化して、遠距離からでもクーガーの装甲を裂く。1個体だけの戦闘力で、数個班もしくは数個小隊に匹敵する化け物。
 錫杖が振るわれると、重い鉈のような烈風が巻き起こる。悲鳴を上げる間も無く、最前線の隊員達が盾代わりにしていた遮蔽物ごと両断されて事切れた。
 だが、それでも即死した者は幸いなのかも知れない。手足を失って激痛に悲鳴を上げたり、無力感の中で失血死したりするよりは。
 巻き起こった風に流された噴血が、辺りを紅く染めて行く。さらに猛り狂ったエンジェルスが上空から無数の矢の雨を降り注いできた。
「何で! 特殊車輌の窓には! ワイパーが付いて無いんですかね!」
 飛び散った血で視察窓を阻害され、操縦手が悪態を吐いた。
「顔を上げるなよ! 風に切り裂かれるぞ」
「頼まれても上げませんよ! ああ、でもクソっ、進めません」
「レーダーに損傷は!?」
「今のところは無事です!」
 長山の詰問に、砲手はコンソールをいじりながら答える。汗が頬を伝った。
 現在、スカイシューターの視界は、車体上部の捜索レーダーと追撃レーダーが頼みの綱だ。ハッチを開いて、荒れ狂う魔風の中に身を晒す事は出来ない。
 長山は無線を掴むと、第81分隊2号車に対して指示を出す。
「プリンシパリティを射角の中心に置いて、一斉集中砲火。弾尽きるまで撃ちまくれっ!」
 4条の砲火が高射機関砲より発せられる。スカイシューターだけではない。クーガーのブローニングM2もまた火力を集中させた。
 だが群がるエンジェルスが盾となり、プリンシパリティに直接被弾させられない。焦る長山は、知らずに奥歯を痛むほどに噛み締めていた。
 多くの死傷者が出て行く中で、諦めに似た脱力感が隊員達に覆い被さっていこうとした。
( …… 退くしか無いのか )
 ―― そんな時、起死回生の爆発が起こった!
 遥か前方。プリンシパリティ、エンジェルスの群れの向こう ―― 旧大矢野町役場が爆発炎上。
 そして敵後方からエンジェルスが断末魔の叫びを上げ始めた。
「 ―― 別働隊が後背奇襲に成功!」
「各員、奮起せよ! 鶏どもをぶち殺せっ!」
 ―― Sir. Yes Sir!
 敵の勢いが乱れた好機を逃がさずに、普通科隊員が110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストIIIを発射した。後方確認する間も無く発射した事により、放出されたカウンター・マスで味方数人が打ち倒されてしまっていたが、110mm対戦車榴弾頭はエンジェルスの壁を貫き、プリンシパリティを爆散させた。
 右胸から先の上半身が吹き飛ばされ、片手と翼を失ったプリンシパリティが、怒りの咆哮を上げる。
 舞い散る、白光の羽根。だが錫杖によって生まれた魔風は、今、吹き荒れてはいない。
 ハッチを一気に押し開け、長山は身を乗り出す。そして前方目標を睨み付けて、声を張り上げ、大気を揺るがした。
「 ―― 火力集中! 撃てっー!」
 スカイシューターが残り火力全てを叩きつける。ブローニングM2が、BUDDYが、FN5.56mm機関銃MINIMIが、一斉に唸りを上げた。
 無数の弾を受けて、プリンシパリティの肉片は細切れとなった。傍にいたエンジェルスもまた同様だ。
「 ―― 銃剣装着! 各員、白兵戦用意!」
 汗と血を拭わずに小隊長が叫ぶような声で命じる。銃剣を装備する者、ナイフを引き抜いて構える者、半身異化して拳を固める者 ―― プリンシパリティに全てを注ぎ込んだ隊員達に残った攻撃手段は近接戦闘のみ。だが、
「 ―― 突撃ッ!」
 号令一過。不安や恐怖も忘れ、全員が怒声を上げてエンジェルスに跳びかかっていった。血みどろの戦闘がそこかしらで巻き起こる。
 数体のエンジェルスが、空に逃げようと飛び上がったが、
「 ―― 逃がすか!」
 長山は9mm拳銃SIG SAUER P220を抜くやいなや発砲。35mm砲弾を撃ち尽くした第8高射特科大隊第81分隊は、乗員用の折り曲げ銃床BUDDYやP220で射撃し、最後の対空支援を示した。
 数十分後に、エンジェルスの掃討を完了。
 さらに数時間後には、大矢野町役場跡を中心とした、半径3kmの範囲を捜索 ―― クリア。
 これをもって大矢野町役場周辺における状況終了を宣言したのだった ……。

*        *        *

 戦闘続行可能な者を再編制した数班に、大矢野島の捜索と残存する超常体の掃討、潜伏している叛乱者の武装解除を任せて、鎮圧部隊は増援を待つ事にした。
 だが、増援より先に送られてきた報告は ――
「 …… 倉石一佐が暗殺されただと?」
 遥か後方まで浸透した叛乱者による特殊部隊が、宇土にある鎮圧部隊司令部を奇襲。鎮圧部隊指揮官・倉石連隊長を殺害したという。その際、超常体もまた出現し、暴れ回ったという話だ。
 鎮圧部隊の指揮は、第82普通科連隊の副長が引き継いだものの、一時的に指揮系統や兵站態勢が混乱。また叛乱部隊が倉石暗殺を喧伝した事により最前線の隊員達の間でも士気が大幅に低下したのだった。
 そして、この間隙を見逃す叛乱部隊ではない。
 松島に後退していた叛乱部隊主力は、永浦島まで前進すると天草五橋2号橋 ―― 大矢野橋を挟んで布陣。大矢野島への再侵攻を開始したのである。
「プリンシパリティは確認されませんでしたが、10体は下らないアルカンジェルに率いられた、数十体のエンジェルスが叛乱部隊の上空を援護しています」
 鎮圧部隊は、天草カントリークラブ跡地に最前線を設け、叛乱部隊との睨み合う。
「 …… 増援は来ないのですか」
 長山のぼやきが、皆の気持ちを代弁していた。
「唯一の吉報です。菊池、山鹿、荒尾の警戒戦力を割いて、天草鎮圧に投入される事が決定されました」
「それは助かりますが …… 人吉を差し置いてですか?」
 聞けば、えびのの第24普通科連隊が人吉に到達。八代中隊とともに包囲を成立させる事が出来たという。
 その為、第42普通科連隊の予備戦力は、天草に投入される事が決定されたというのだ。
「菊池戦区からは、陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長が率いる第811班もまた増援に向かっているそうです」
「陣内班が? …… 何かヘマをやったんじゃないでしょうね」
 乾いた笑いが班長達の作戦会議用天幕に響く。
 陣内曹長が封鎖されている阿蘇特別戦区にちょっかいをかけているのは、そこそこ有名な話である。それが、とうとう懲罰にかけられて、激戦区に投入されたというのが真実だろう。
「それはさておき。―― 現在、宇土には叛乱者の特殊部隊が潜伏しており、それに対する警戒があって思うように増援を送る事が出来ないと言ってきている」
「後方が落ち着くまで大矢野島で防備を固めるか、それとも死中に活を求めて叛乱舞台に攻撃をかけるか」
 思い悩む一同。
 聞けば、特殊部隊が天草下島の上陸に成功したという報告もある。叛乱の首謀者たる松塚(元)一尉を押さえ込めば、この騒動は解決するという楽観的な見方もあるが ……。
「いずれにしろ、私達はまだ戦い続けなければならないのは確かだな …… 」
 誰かが沈痛な思いを吐露したのだった。

■選択肢
W−01)三角・五橋入口占拠を堅持
W−02)大矢野―松島戦(大矢野島防衛)
W−03)大矢野―松島戦(天草上島攻撃)
W−04)SBUとして天草下島にて行動
W−05)宇土拠点にて侵入者対策


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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