第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第3回 〜 九州:アフリカ 其参


W3『 四 面 楚 歌 』

 天草カントリークラブ跡から、天草五橋2号橋 ―― 大矢野橋を望む。橋の彼方、太陽とは別の、白色光に染められた永浦島が覗うと、我知らず溜め息。
「 …… あんなにいっぱい何処から湧いて出てきますか、超常体は」
「えーと …… 天から?」
「 …… はぁぁぁぁ〜。幾ら何でも悪い冗談です」
 部下である砲手の困ったような答えに、また1つ溜め息を吐くと、神州結界維持部隊西部方面隊・第8師団第8高射特科大隊・第81分隊長、長山・征司(ながやま・ただし)三等陸尉は双眼鏡から眼を離した。
 第42普通科連隊・第85中隊を率いていた 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉を主犯格にした叛乱部隊が、日本国政府と国連に対して独立と宣戦布告してからもう一月が経つ。
 この間に鎮圧部隊は三角・大矢野を奪還したものの、後方・宇土に浸透した工作員の手により、指揮官の第42普通科連隊長、倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐が暗殺された。鎮圧部隊の指揮は、第42普通科連隊副長が引き継いだものの、一時的に指揮系統や兵站態勢が混乱。また叛乱部隊が倉石暗殺を喧伝した事により最前線の隊員達の間でも士気が大幅に低下したのだった。
 松島まで追い込んでいたはずの叛乱部隊は勢いづき、ともに行動する有翼人型超常体とともに、再侵攻を開始してきた。
 現在、主戦場となった大矢野橋上。保有する機甲力を前面に押し出して圧迫する鎮圧部隊に対して、叛乱部隊は10体は下らないアルカンジェルと数十体のエンジェルスといった機動力をもって抵抗を続けている。
 長山自慢の87式自走高射機関砲スカイシューターの火力を以って、敵の航空優勢を決定付けさせてはいないものの、逆に言えば手詰まり状態だった。
「せめて目に判る形でエンジェルスの数が減っていってくれていたら …… こう『頑張ったんだぞー』と私にも気概が沸きそうなものなんですが …… 」
 ますます疲れ果てた中年のごとく、背を丸めて、肩を落とす長山。
「本当に何処から湧いて出てくるんですか …… 」
 長山が現在視認している、低位上級超常体エンジェルは超常体の中でも人並み以上の知性を有し、組織的に行動する厄介な存在だった。その活動範囲は最大規模で、神州の全てで確認されている。複数形はエンジェルス。アルカンジェルやプリンシパリティといった強力な超常体の尖兵として、集団となって襲ってくる。宗教色強いその姿形だが、習性は冷酷にして獰猛。
 能面のような無機質な容貌は両性的であるが、身体の線には雌雄の性差別はある。だが遺体を解剖して調査したが、生殖器官が無い。正確に言うと、雄には人間の生殖器官に似た凸部、雌にも凹部があるが、生殖に必要不可欠な精巣や卵巣、そして子宮が無い。どうやってエンジェルスが繁殖してるのかは謎のままだ。
 それ故の疑問。何故に、天草にエンジェルスがこれほどに大量出現したのか? そして、これほどまでの勢力が何故に叛乱部隊と共に行動しているのか? 彼等は何処から来て、何を目的とするのか? 奴等は、理性は人とは違えども、知性は人並み以上に有する。
叛乱部隊、特に首謀者である朱鷺子が掲げている『 己の自由と権利を勝ち取り、そして何よりも誇りと生命を護る為 』に感銘を受けた訳ではあるまい。第一、それは人間側の理由だ。超常体側の理由では無い。
「 ―― 長山三尉」
 物思いに耽っていた長山に、普通科の班長が声を掛けてきた。長山は頭を振って、遠くのエンジェルスから視線を外すと、
「ああ、大丈夫です。…… 作戦通り、戦況維持に努めましょう」
 このまま進撃を続けても、戦力を磨り潰すだけで目的を達成出来ない。そう判断した長山は、後方の支援体勢が安定するまで防衛を整えて、迎え撃つ事を提案していた。
 倉石一佐の死による混乱から立ち直った宇土拠点は、潜伏中の工作員を狩り出す事を開始したという。菊池・山鹿・荒尾の警戒戦力から割かれた部隊は、編制を整え次第、随時最前線に送られる予定だという。
「それまで、持ち堪える事が出来ましたら …… 」
 再び永浦を見遣ると、拳を握り固めるのだった。

*        *        *

 天草鎮圧部隊司令部たる旧宇土市役所に、筋肉質の大柄な壮年男性が半長靴を踏み入れてきた。
 誰何する歩哨を睨み付けると、黙って押し通ろうとする。慌てて副官らしき少年が、歩哨へと所属・階級・姓名を告げる。
「アニキ。いつもの場所とは違うんです。もう少し礼儀を弁えないと。…… ただでさえ、先月不審者が侵入したそうなんですから」
 副官の少年が汗を掻きながら泣きを入れると、壮年の男 ―― 第811班長、陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長は笑い飛ばした。
「だからといってビビッたら、舐められるだけだぞ。最初が肝心だ!」
 鼻息を荒くする陣内に、副官は肩を落とす。
「姐さんは …… よく、そんなアニキに付き合ってられましたねぇ」
「瀬織津自身も、何処か強情なところがあり、そして変な奴だったからな」
 転戦前の菊池区において、第811班副官を勤め上げていたWAC(女性自衛官)の名を上げると、陣内は唇の端を歪ませた。新任副官は納得したようなしていないような複雑な表情。
 市長執務室を改装した、指揮官室の戸を叩く。返事の前に、扉を開けて、
「 ―― よう、茂道! 遅かったな」
 角刈り、サングラスの男が朗らかな笑みで手を挙げた。陣内と変わらぬ筋肉質な身体を、白衣で隠しているのがマニアックだ。―― いや、そうではなくて。
 陣内は問答無用で閉めようとするが、白衣の男は素早く足を差し込み、歯を剥き出して笑う。
「 …… なんで、ここにいやがる? 蘇芳先輩」
 苦虫を噛み潰して青汁で胃に無理矢理流し込んだような顔で陣内は呻くが、言われた当人 ―― 蘇芳・茜(すおう・あかね)准陸尉は済ました顔で、
「愛して止まぬオマエのいるところに、オレがいるのは当然だろ? 良き旦那には、良き女房が必要だ」
 陣内は疲れ切った表情を浮かべて、
「 …… 誰が女房なんだ、誰が?」
「はっはっは。まぁ気にするな、陣内。こうして既成事実が形作られていく訳だから」
 そう笑いながらも蘇芳は、
「本気の話はともかくとして …… あぁ、うん。なんか、イロイロと疲れている ―― じゃなくて、茂道が飛ばされたのは、止めもしなかった俺の …… 」
 そこで暫く天井を見上げると、
「 ―― というより、煽った? いやむしろオレが突っ込んだから? ちなみに何処に突っ込んだかなんて、野暮な質問は無しだ、少年。もっとオマエが魅力的なナイスガイになったら、教えてやろう。まぁ茂道ほどのナイスガイは、そうはなれないがな」
 何故か顔を紅くする少年副官とは対照に、陣内は暗い顔で震えている。陣内の憑魔が脈打っているようなのは気の所為か。いや、ヤバイかも知れない。
「まあ、待て。ここではマズい、ここでは! 幾らオマエが情熱的且つ衝動的であるとはいえ! ……って、ヘブゥ!!」
 ぶん殴られた。それでもへこたれない。
「 …… とにかく、俺の責任でもあるように思えるので。一緒に天草まで飛ばされようと思ってな。飛ばされたってことは、恐らく激戦区と思われるので、今度は、茂道が無茶しないように監視アーンド抑制も頼まれてな。行った先で、イキナリ殴り合いとか」
「 …… うん、まあ、とりあえず、蘇芳先輩を殴り飛ばしたわけだがな!」
「いやいや、ベッドの中の無茶だったら、いくらでも応えてやりたいんだがなぁ ……?」
「 …… やっぱり殴り飛ばすだけじゃ駄目か。先輩―― オ・マ・エ・ヲ・コ・ロ・ス」
 陣内のKill You!のジェスチャーに、蘇芳は大仰に肩をすくめてかわす。
「 ―― そろそろじゃれあいを止めて、私の話を聞いてもらってかまいませんか?」
「「 …… いたのか、副連隊長」」
 綺麗にハモって振り返る陣内と蘇芳。視線の先の、第42普通科連隊副長が肩を落とす。倉石亡き後、鎮圧部隊の指揮官代行を預かった哀れな男だ。
 どうでもよさげに着任の挨拶をした陣内に、副連隊長は命令書を読み上げる。
「 ―― いいぜ。倉石のオッサンには俺にも恩がある。仇は討ってやるさ」
 歯を剥き出して笑うと、陣内は早々に退室しようとするが、
「 …… 安心しろ。俺には、叛乱に賛同する気はねぇ。どんなに腐っていようが政府に忠誠心は見せてやるし、何よりもこの地には、かけがえの無い友人や部下、先輩に、恩人がいる。それを棄てて、異物(ばけもの)どもに味方する気はない」
 言い捨てた。蘇芳はサングラスの下で目を細めた。
 どこの戦場においても、戦闘経験豊富で実力高くとも、部隊本部の意向に従順ではない部隊が多い。陣内や植木の第848班(※班長:栗木三曹)のように。
 朱鷺子に賛同して彼等が叛乱に加わるのを恐れた日本国政府は、そういった“ 実力はあるけれど問題もある部隊 ”の投入を控えてきたのも事実なのだ。
 だが少なくとも陣内は“ 裏切る ”つもりはないようだ。…… まぁ裏切ったとしても、それはそれで。オレは付いて行くだろう。
 蘇芳はほくそえむと副連隊長に敬礼を送り、
「 ―― では、第8後方支援連隊・衛生隊所属、蘇芳・茜准陸尉は、鎮圧部隊を支援すべく奮闘します」

 ―― 都市迷彩を施した戦闘服を着用して、闇夜をひた走る。89式5.56mm小銃BUDDYを携えた班員達の眼光は、血に飢えた猟犬のソレだった。
「つまるところ俺達に最初に命じられたのは、倉石のオッサンの仇討ち ―― 宇土から潜入者どもを駆除する事だ。チキンどももいるから用心しろ」
 Sir! Yes. Sir!
 嬉々して、今や廃墟となった宇土市を駆け回る班員達。そんな姿を見て、蘇芳も心踊る。
「これだ、この獣こそが、オレの愛するヲトコ達だ」
「おいおい、蘇芳先輩忘れたか。一応、うちの班には女もいるぜ。女といえども、そこらの軟弱男よりは荒れてはいるがな」
「うーむ。しかし、何だな。陣内、オマエが『かけがえない先輩』と言ってくれて心震えたぞ。ああ、オマエはこんなにも、オレの事を ―― 」
「はっはっは。かけがえのない、殺してやりたい先輩ナンバー1だ。…… 楽には殺さねぇ」
「はっはっは、照れなくても良いぞ」
『 ―― あのー。班長と蘇芳さん。心温まる会話はさておいてですね。負傷者を発見したのですが』
 先行していた3人組が、倒れているマンツーセルの警務隊員を発見。陣内と蘇芳が辿り着いた時には、1人は首を切り裂かれて既に死んでいたが、もう1人は銃弾を受けて倒れていた。呻きながら傷付いた身を起こそうとする。
「 …… て、敵の工作兵を発見。だが、反撃にあって ―― 」
 息絶え絶えの男からの報告に、蘇芳は眉間に皺を寄せた。陣内と目配せする。
「 …… 臭いな」
「ああ、先輩も臭うか。奇遇だな」
「当然だ。―― 臭い、臭い。チキン野郎の悪臭だ!」
 蘇芳が歯を剥いて笑う。倒れていた男が仰天した。
 ―― Oh! Yeah!
 発見してから、負傷者を助け起こそうともせずにいた班員達が笑いながら、BUDDYで3点バースト!
「 ―― なっ!」
 負傷者は慌てて飛び起きる。かわせぬと判断した銃弾は氣の膜を張って、防いでいた。
「 ―― 味方も殺すのか、第811班は!」
「はっはっは。味方だと? あいにく、茂道も、オレも、そしてコイツ等も、異生に知合いはいないんだよ。…… オマエ自身は気付いていないようだが、とっくの昔にオマエは人間をやめてんだっ!」
 憑魔の活性化。通常、人間に寄生した憑魔に反応する事は無い。反応するとしたら、それは超常体に他ならないのだ。
 負傷者を装っていた男 ―― 操氣系魔人は正体をかなぐり捨てると、掌を頭上にかざして呪詛を紡ぐ。
『 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.』
 ―― 光が生まれ、そして爆発が起こった。超常体が“ この世界 ”に出現する際に生じる空間歪曲現象。轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして、エンジェルスが忽然と姿を現した。蘇芳や陣内、そして囲んでいた班員達も突然の爆発に、壁や地面に叩き付けられる。
 エンジェルスに白光が集った。光の矢を投じようとする。―― だが、次の瞬間、爆ぜたのはエンジェルスだった。
「イェーイ、七面鳥撃ちだぜー!」
 隠れ潜んでいた第811班員がFN5.56mm機関銃MINIMIで薙ぎ払う。無数の5.56mmNATO弾を受けて、エンジェルスは挽き肉となって崩れ落ちた。
 唖然とする操氣系魔人。半身を天使の羽毛に似たもので包まれている彼に、瓦礫から身を起こしながら、
「どうも、松塚の阿呆は随分と部下を甘やかして育てていたようだな …… 地獄じゃこれぐらい当然だ」
 陣内が牙を剥く。操氣系魔人は錬氣の剣を作り上げると踊りかかっていくが、
「 ―― だから甘いと言うんだ。真の戦場では、敵は前だけではないぞ」
 既に身を起こしていた蘇芳が放つ5.56mmNATOの連射で、操氣系魔人を横殴りにする。倒れ伏した。
『 ―― 周辺には、他に敵影はありません』
 周囲を遠方から警戒していた別組が報告を入れる。
「 …… おかしいな。もう2、3人はいるはずだが。こいつを置いて逃げたか?」
 血堪りの中、笑いが起こった。
「 …… すでに同志は、他の同志を救う為に行動を起こしている。残念だったな。――神よ、我等が“ 主 ”よ! 自由を我等 …… に …… 」
 今度こそ絶命した。陣内と蘇芳は鼻で笑うと、
「周辺捜索。朝までには手掛かりを掴め。そしたら、ひとっ風呂浴びて、午前中は寝て過ごすぞー」
「当然、オレが茂道の背中を流して ―― ゲフッ!」
 鈍い音がした後、続いて大きな何かが地面に崩れ落ちる音。慣れたもので、第811班員は黙って捜索を開始するのだった。

*        *        *

 一方、最前線たる大矢野。
 上面ハッチから身を乗り出して、永浦島を長山は見張る。糖分補給品として配られている羊羹をまるかじりした。
「 …… もう5月に入りましたよ。このまま睨み合いを続けるだけですかね?」
 ただ、断続的にエンジェルスが発光現象を繰り返すのが不気味だった。
 だが奴等は着々と事を進めていたのだ。気付いた時には遅かった。
「 ―― 長山三尉! 捜索レーダーに感あり! 敵多数が橋を渡ってきています。砲撃許可を!」
 砲手の悲鳴が上がったと同時に、横にいた96式装輪装甲車クーガーが吹き飛んだ。何事が起きたのか判らずに右往左往していた普通科隊員達が、5.56mmNATOを受けて八つ裂きにされる。
「馬鹿な! 敵は未だに永浦島に ―― !?」
 眼を大きく見開いて、前方を凝視する。橋上には何も視えなかった。ただ、上空の白光がやけに眩しい。
「 ―― しまった! 光学迷彩! 奴等に視覚情報を狂わせられました!」
 …… エンジェルが有する能力は、憑魔では祝祷系に分類される。光を操る事で眩惑させたり、精神に働きかけて相手を魅了したりする事が出来る力だ。
 今までエンジェルスは光の粒子を束ねて、直接攻撃力として利用してきた。だが、その威力は弱く、機甲車輌の装甲を貫けるほどではない。
 だからこその油断。相手側にいるのは超常体ばかりではない。人間の知識を有して、人間の武装をする、人間がいるのだ。そしてその武装には限りがあるが、直接打撃力がある。
 超常体による無尽蔵の憑魔能力と、人間による破壊的な打撃力。それが叛乱部隊の真の恐ろしさだった。
「各員、視覚に頼るな! 前方、大矢野橋を撃てー!」
 不可視の敵に対して有効なのは弾幕を張ることだけだ。ただ何もない空間へと5.56mmNATOをバラ撒く。
 頼みはスカイシューターのエリコン90口径35mm2連装機関砲。コンピュータでコントローされた目標発見・敵味方識別・捕捉・射撃で、空中に向けてはエンジェルスを、地上に向けてはインヴィジブル・ストーカーを撃ち払っていく。
 だが、これが頼みの綱である事は敵にも百も承知であろう。レーダーとは言っても万能ではない。
 対岸に並んでいたのだろう。110mm個人携帯対戦車弾パンツァー・ファウストIIIから放たれた、多数のロケット弾が迫り来た。
 パンツァー・ファウストIIIから放たれたロケット弾は有翼である為、横風に弱く距離が遠くなると余り高い命中率は得られない。だが鋼板侵徹力はカール・グスタフの倍以上。
 35mm砲弾で迎撃するが、幾つかが擦り抜けてきた。クーガーやバリケードを吹き飛ばし、その度に遺体を四散させた。そして、そのうち1つが運悪く ――。
『 ―― 長山隊ちょ……』
 直撃した僚機が爆発四散する。脱出する間もなく、部下達はスカイシューターと共に散って行った。
「 ―― 撃て! 弾尽きるまで撃ち放て!」
 長山が怒鳴りつけると、絶叫しながら砲手が機関砲を撃ち出す。
 永浦島の光が強くなった。だが、今までとは違う波長の光。数体のエンジェルスが接近を開始する。
 前方に弾幕を張っていた隊員が光を浴びた。最初は呆然。そして笑みを浮かべる。
 詩(うた)が聞こえてくる。人の声とは、違う声でエンジェルスが詩っている。理解出来ぬはずの詩声が、脳裏に響く。
    われらの罪をも すべてつつみたもう
    主のいつくしみは ゆたかにあふれて、
    み民のそむきを あがなう牧者の
    恵みはつきせじ
 その光が、彼等の心にどのように作用したのか。
 光を浴びた普通科隊員は、ある者は武器を投げ出し跪き、服従の意を示した。またある者は涙を流しながら、銃剣で咽喉を突いた。そして、ある者は ……。翻って、先ほどまで自分の隣や後ろにいた仲間達に銃弾を撃ち放ったのである。
 ―― 地獄絵図が生まれていた。
 エリコン機関砲を上空に向ければ、地上から対戦車榴弾が放たれる。地上に向ければ、上空から眩惑の光が放たれる。
 随伴していた普通科隊員の多くは、砲撃で吹き飛び、銃弾に倒れ、剣に突かれ、涙を流して赦しを乞い、自ら命を絶ち、そして叛乱に加わって行った。
 敵もまた多くの命を失っていったが、それを遥かに超える死傷者が鎮圧部隊に生じていた。
 意思の強い者達が奮闘しているが、押されているのは確かだった。少しずつ後退しながらも、ありったけの弾でカーテンを張り、なんとかこれ以上の侵攻を押し止めようとする。
 万一に備えて、機動防御による遅滞戦術と後方陣地の組み合わせを予備の対策としていたおかげである。
 だが、それでも天草カントリークラブ跡前まで押し寄せられる。その時に、ようやく救いの手が差し伸べられた。
 大矢野島後方で待機していた予備戦力が駆け付け、銃弾を撃ちまくる。
 すると、叛乱部隊は永浦島まで後退した。
「 …… 助かったのか? 何故、彼等は退いた?」
 ようやく息を吐いた長山が、疑問を口にした。
 確かに敵の被害も多数だが、こちらの損害を考えれば大勝と言っても良い。
 なのに、何故か退いた。
 とにかく死傷者を後送し、戦える者で大矢野橋を押さえる。レーダーが彼等の目の代わりだった。
 敵の襲撃は、その後も続いた。その度に、地獄絵図が生まれていく。離反者も出てきた。
 押しては引く、引いては押すという波状攻撃に、防衛に徹していた鎮圧部隊はまず精神的にやられた。そして、補給を支えていた三角からの報告を受け、ついに奴等の真の狙いに気付いて、唖然とした。
「 ―― そうか、奴等の狙いは、こちらの物資を困窮させる事だったのですか!」
 三角に出没する叛乱部隊の工作員により、補給線が混乱。充分な支援が行き届かなくなってきたのだ。
 最前線たる大矢野では、度重なる襲撃を受けて、弾薬・燃料は底についた。弾幕を張るしかない状況では、消費は激しくなるのが当たり前である。また負傷者に回す医療品も限界に近い。
「チヌークといった航空からの補給物資投下は?」
「スカイシューターの砲弾が尽きかけている今、航空優勢は敵側にある。落とされるのがオチだ」
 両手で顔を覆って、嘆く普通科班長達。士気は最悪の状況にあり、光を見なくとも叛乱部隊に寝返る者も多数出はじめている。
 ―― 守勢に転じた結果が、これか。
 怒りの余り壁を叩くと、血が滲んで鈍い痛みを覚えた。噛み締めた唇から血が流れて、床に落ちる。
 このまま玉砕覚悟で敵地に乗り込むか。それとも大矢野を明け渡して三角まで撤退するか。
「 …… 天草五橋を落としてしまえば、叛乱者どもは天草諸島から抜け出せなくなるはずだ。その間に日本国政府、いや国連、亜米利加合衆国に訴えて、海戦力を投入して貰えば ……。海上から砲撃 ―― いやミサイルでも撃ち込んでしまえば、こんな馬鹿騒ぎは終わりだろう?」
 疲れ切った者の言葉に、反論する者もいる。
「 ―― 日本国政府は叛乱の事実を認めていない。国連は動かんさ」 「こんなに人が死んでいるのにだぞ!」
「しかも首謀者の松塚の所在地が判らないままだ。悪戯に砲撃を加えても、意味がない」
「戦術核や、細菌兵器でも撃ち込んでやればいい」
「 …… 本気で言っているのか?」
「それに松塚は特殊な魔人だ。その程度で死ぬとは思えん …… 」
「噂の一人歩きに決まっている!」
 喧々囂々となった作戦会議室。机を叩く事で長山は騒ぎを鎮める。
「とにかく、作戦目的を決めておきましょう。いや、目的と言うほどではありませんが …… 」
「 ―― 天草上島に乗り込むか」
「 …… 三角まで後退し。天草五橋を落として陸路を封じ込めるか」
「もしくは増援を信じてこの場に踏み止まるかです。―― 時間は余りありませんし、万全の準備には足りませんが、やるべき事はやっておくべきです」

*        *        *

 高機動車『疾風』に乗車して、陣内が第811班員を見下ろしていた。何故か片手には9mm拳銃SIG SAUER P210を握っている。
「 ―― という訳で、俺達に与えられた任務は2つある。他の増援部隊と共に三角の補給線を回復させる事が1つ。2つ目は同じく、他の部隊と共に速やかに最前線に加わる事」
 部下達は黙って聞いているようだった。
「 …… 当然ながら、三角の混乱を早急に収めなければ、大矢野の連中に加わる事は出来ん。最悪、俺達が着く前に全滅している恐れもある訳だ。それだけ状況は悪い」
「このオレに、第8後方支援連隊の1個小隊を率いさせようという案が持ち出されたぐらいだからな」
 済ました顔で蘇芳が続ける。片眉を動かした陣内が、
「蘇芳先輩、それ、受けたのか?」
「いや、未だだが? 看護師を全員オレの目に適った男達で整えようかとも思ったが …… 」
「頼むから辞めてくれ」
「はっはっは。馬鹿だな、茂道。オレが浮気をするはずがないだろう。本命はオマエだ ――って、ウワ!」
 発砲された9mmパラベラムを慌てて避ける。
「さすがに、その愛情表現は激し過ぎるぞ!?」
「いや、蘇芳先輩は異形系だから、銃弾ぐらいじゃ死なんだろうと思って」
「半身異化状態になればな! オマエはオレに人間やめさせたいのか!?」
「そのときは容赦なくぶっ殺せるというものだ」
 緊迫感を見事にぶち壊して、漫才が始まる。これでいい、これが第811班だからだ。
「 ―― さておき。状況は言った通り、最悪だ。これは冗談抜きだ。死にたくない奴は1歩後ろに下がれ。行かなくてすむよう、俺が今から半殺しにしてやるから。半年間のベッド生活は覚悟しろ」
「「「 ―― 待てや、班長っっっ!!!」」」
 班員からの総突込みを、だが陣内は無視して言葉を続ける。唇の端を凶悪なまでに歪ませながら、
「だが死にたい奴は、俺と共に進め。こんにちは、戦いの日々。さようなら、やすらぎの眠り。―― 瀬織津がいないから、好き放題させてやるぜ!?」
 Sir! Yes. Sir!
 嬉々して返事をする班員達。狂ったような笑みを浮かべて疾風に乗車していく。
「 …… ああ、オレでは安全弁にはならんのか」
 蘇芳は苦笑する。他の班も似たようなものだ。戦闘狂どもが笑いながら死地に向かって行くのだ。
 第811班の疾風を先頭に、荒くれ者どもを乗せたトラックの群れが宇土を出発する。―― 最前線の部隊を救う為に。そして叛乱部隊を叩き潰す為に。

■選択肢
W−01)三角の補給線回復
W−02)大矢野―松島戦(大矢野島防衛)
W−03)大矢野―松島戦(天草上島攻撃)
W−04)SBUとして天草下島にて行動


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。
 大矢野の部隊は、次回、燃料・弾薬が尽きている状況から作戦が開始されるので注意する事。また功績ポイントを消費しても、三角の補給線の混乱が回復するまで物資を受け取る事は出来ない。
 なお挿入した詩は、日本基督教団讃美歌委員会・編『讃美歌21』日本基督教団出版局(1997年10月1日3版発行)より引用した。


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