第六章:ノベルス


同人PBM『隔離戦区・神州結界』 第4回 〜 九州:アフリカ 其参


W4『 信 頼 の 狼 煙 』

 高機動車『疾風』に積載されたカーステレオから、エルビス・プレスリーのロックンロールが警戒に鳴り響いた。荷台で 陣内・茂道[じんない・しげみち]陸曹長が時折口ずさむ。
 結界維持部隊西部方面隊・第8師団第42普通科連隊・第811班は、第8後方支援連隊の73式中型トラックを先導しながら、国道57号線を三角にむかって走っていた。他、普通科数個班が大矢野の増援も兼ねて、護送についている。
「 …… しかし、何だな。距離にして車輌で僅か2時間もかからない三角・大矢野まで、補給物資を届けるのが、これほど大変になるとはな」
 第811班の疾風に同乗した、蘇芳・茜(すおう・あかね)准陸尉が妙に感慨深げに呟いた。眉根を寄せた陣内は頭を掻くと、
「それだけ馬鹿どもの攻撃が厄介だという事だろうな。襲撃を受けたトラックは片手の指じゃ足りないし」
 日本国政府と国連に対して独立と宣戦布告した叛乱者 ―― 第42普通科連隊・第85中隊を率いる 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]一等陸尉に呼応した者達による後方撹乱・妨害工作に苦しめられていた。
 まず宇土に設けられた鎮圧部隊指揮所に潜入して、第42普通科連隊長の 倉石・孝助[くらいし・こうすけ]一等陸佐を暗殺。続いて、最前線たる大矢野に展開していた鎮圧部隊への補給線を分断する事にも成功せしめていた。
 三角の駐留部隊を戸馳島に引き付けておいて、橋を爆破した事をはじめ、旧三角町役場へ狙撃しかけてきたり、旧三角駅の物資集積中継基地に奇襲を掛けたり、浄水場への夜襲、輸送トラックへの襲撃 …… 等々。おかげで充分な物資が大矢野に届けられず、最前線は苦悩しているらしい。
「 …… しかし、当然、護衛がそれぞれ付いていただろうが?」
 蘇芳の疑問に、陣内は鼻を鳴らして、
「俺も駐日阿軍(※駐日アフリカ連合軍:阿蘇特別戦区に駐屯中)への嫌がらせとしてやった事もあるが、一撃離脱、神出鬼没が売りだからな、ゲリラ活動ってのは。山間に逃げ込まれたら追撃は難しい。それに相手は爆薬を持っているからな。―― おおっと、話をすれば、怪しい物体発見」
 路上に転がされた箱を前方に見かけて、陣内は舌打ちをした。苛立っている陣内に代わって、蘇芳が編列を停止させる合図を送る。爆発物の疑いがあるという事で、武器科隊員が降車。対爆スーツを着込んで慎重に近付いていった。
「なるほど。確かに爆薬を持っているという情報ひとつだけでも足止めになりうるな。路上に少しでも怪しい物があれば、それの正体を確認するだけで小1時間もかかる」
 感心したかのような蘇芳の言葉だが、陣内は不機嫌そうな顔のまま、
「また倒木や岩で路を塞がれても、これまた除去に数十分から最悪、数時間は喪失だ」
「 ―― 補給線が混乱して、遅々して進まぬわけだ」
 ぼやくと陣内と蘇芳は、疾風から降りて暫く波風に当たる事にした。そして、この機会とばかりに、陣内が問い質してくる。
「ところで気になったんだが …… 小隊を任されたんじゃなかったのか、先輩?」
「ああ、そうだとも! 勿論、オレの目に適ったオトコどもで揃えたぞ!」
「 …… 本当にやりやがったんだ」
 うなだれる陣内の肩を強く叩くと、
「はっはっは。安心しろ、茂道! 妬いてくれるのは嬉しいが、オレの本命はオマエだけだから!」
「もう突っ込みをする気も起きん …… 」
 陣内は呆れた表情を浮かべるだけだが、蘇芳は唇の端に笑みを作り、サングラス奥の瞳に真剣な色を混ぜると、
「 ―― 冗談に聞こえるだろうが、ちゃんとオレにも考えあってのコトだ。つーのもやっぱり、死にやすいなら女は来るべきじゃねぇだろう」
 腕を組んで、車体に拠りかかる。
「勿論、似非フェミニストみたいに『女が傷つくのが可哀想』ってコトじゃなくて …… 種の保存を考えれば、だ。たとえオレ達が死んでも、明日を担う奴らがいてくれるなら、まだオレ達が護りたいものは残していける。そう考えるとな ―― 」
「蘇芳先輩 …… 」
 微笑んだ陣内だが、すぐに蘇芳は真面目な雰囲気を吹き飛ばして見せた。
「 …… まぁ、野郎どもにヤラれないようにってのもあるが。もちろん、溜まって男同士でヤリてぇなら、構わんが。さあ、茂道。オマエの堪った想いを俺にぶつけろ! 当然、オレもオマエに …… へぶぅ!」
 瞬時に繰り出されてきた拳が、蘇芳の顎先をクリーンヒット。脳が揺さ振られて、蘇芳の足腰が崩れ落ちた。顔を真っ赤にした陣内が怒鳴る。
「 …… 珍しく、蘇芳先輩に感心したかと思ったら、オチはこれか!」
「はっはっは。オレの足腰が立たなくなるほどとは感激ものだぞ?」
「全然懲りてねぇし。…… あぁ。あと、もうひとつ質問があるんだが ―― 何で小隊率いているのに俺の疾風に同乗してんだ?」
「ああ、それか。オレ好みの看護師で小隊を整えたのはいいんだが、足の事をすっかり忘れていてな。オレ小隊専用のが未だ無い。今は輸送トラックに乗せてもらっているんだが、オレはやはり愛しの茂道の傍にいて体調管理と、心も癒してやろうと思って …… 」
「はっはっは。―― それは、ありがた迷惑だ、頼もしき蘇芳先輩よ」
「はっはっは、そう言ってくれて嬉しいぞ」
 嫌味も通じねぇと嘆く陣内に、副官の少年が恐る恐る声をかけた。路上に置かれていた箱はダミーだったらしい。すぐに輸送を再開すべく、陣内は疾風のエンジンを掛けさせた。
「 …… 班長。蘇芳准尉が、まだ」
「 ―― 放って置け。そのうち追い付いてくる。そういう人だからな、あの先輩は」
 まだ足腰がふらつく蘇芳を見捨てると、第811班は列を先導するのだった。

*        *        *

 相手の胸を刺突した刃は、肋骨に挟まれたのか引っ掛かって、すぐには抜けない。
 瞬時に手を離すと、前傾して倒れてきた相手を蹴撃。上げた膝頭を支点に振るようにして戦闘靴の爪先部分で腹部を蹴った。強化された筋力の蹴りで、相手の身体が一瞬宙に浮かぶ。
 その間に脚を戻すして体勢を立て直すと、崩れ落ちる相手の身体を引き寄せた。相手の肉体を飛来してきた銃弾が抉る。そのまま盾代わりにすると、後ずさりした。内心で、独りごちる。
「 …… やれやれ。私は肉体労働派では無いんですけどねぇ」
 第8師団第8高射特科大隊・第81分隊長、長山・征司(ながやま・ただし)三等陸尉はぼやくと、盾を突き離してそのまま一目散に背を向けて駆け出した。バリゲードに跳び込み、追いかけてくる銃弾をかわす。
「ああ、BUDDYと銃剣を失ったのが痛いです」
「 …… 弾は出ませんけどね。それでも棍棒や槍代わりになりますから」
 銃剣を着けた89式5.56mm小銃を脇に抱えて、普通科班長が力なく笑う。その傍らには負傷した隊員が転がっていた。
 地獄と化した最前線 ―― 大矢野。松島から大矢野橋を渡ってきた叛乱部隊は、ゆっくりとだが着実に版図を広げてきていた。
 低位上級有翼人型超常体エンジェルスから発せられる光は、地上の叛乱部隊員の姿を隠し、また意思弱き者を惑わしていく。押しては引く、引いては押すという波状攻撃に弾薬・燃料は底についた。負傷者だけでなく離反者も少なくない数が出ており、戦力に乏しい状況だ。特に長山自慢の87式自走高射機関砲スカイシューターは張り子の虎となりかわっており、破壊されたり奪取されたりする前に、後方の『藍のあまくさ村』に送っている。車長たる長山自身がBUDDYや9mm拳銃SIG SAUER P220だけでなく、銃剣を手にして近接戦闘を繰り広げているのだから、状況は最悪の極みと言っても良いだろう。だが ――
「 …… 私達が苦しい時は、相手も苦しいはず。今を耐え忍べば状況は好転します。何故なら、増援は必ず来ますから!」
 長山の声に、普通科班長は大きく頷いた。血に塗れた手で、だがしっかりとBUDDYを握っている。ここに残ってしんがりを護っているのは、意思強き者だけ。長山の説得に応えた有志だけだ。

 …… 数日前。打ちひしがれ、自暴自棄気味になっていた普通科班長達を前にして、
「 ―― 増援はきっと来ます。そして捲土重来、再び進攻して叛乱を鎮圧する為にも、相手側の陣地確保を遅らせる必要があります。ゆえに離反を防ぎ戦力を効率的に使用する方策として、志願者だけを集め拠点に踏み止まるしんがりと、後方に下がりながら敵の侵攻を妨害する部隊に分ける必要があります」
 そう提案した長山は、困難な撤退戦で士気を維持する為にも、最も危険なしんがり担当も買って出た。
「 …… 時間を稼ぐ為に、死ぬ事になる可能性が高いです。それでも軍人として戦う人間だけが拠点守備に志願して下さい」
 もはやスカイシューターは使いものにはならず、頼りになるのは数少ない銃弾と、銃剣。そして己の肉体のみ。高射特科である長山には近接戦闘は慣れぬものであったが、それでも奮起してみせた。普段見せていた、人生に疲れ果てていたような風貌はそこには無い。
 普通科班長達はうつむきがちな顔を上げて、見合わせる。暫しの時間が流れた。目を瞑って、歯を噛み締める者。卓上に置かれた拳を握り締める者。苦悩する彼等だったが、ついには長山を見詰めて、
「 ―― 長山三尉は余り無理しないで下さい。敵と直接殴り合うのは俺達、普通科の仕事です」
「しんがりの指揮をお願いするばい。うちの班で戦えるのは、ワイぐらいなものばってん」
「 …… しかし長山三尉殿。陸自時代は9条改憲派でしたな? 日本国に軍人は居ませんよ」
 一同から笑い声が上がる。痛いところを突かれたような顔をして見せると、
「ああ、そうでした、そうでした。これはうっかり。私達は軍人ではなく自衛官 ―― 仲間を護り、神州を維持する、防人(さきもり)なのでした」
 その言葉に再度笑みがこぼれる。そして一転して顔を引き締めると、各班長達は志願者を募る為、そして難しいと思った者を後送する為に散っていった。
「 …… こぎゃんで志気は最後まで持つばってん、戦力の低下は否めんき」
「しかし、敵に寝返るよりは後方に下がって貰った方がまだマシですからね」

 ―― そうして志願者のみを集めた部隊で以って、防衛戦は開始された。ありったけの銃器と手榴弾、その他火器や刀剣類を供出させ、再分配する。足らぬ分は、廃材を削って槍や棍棒にしたり、ワイヤーを張って弓を作ったりした。塹壕を掘り、バリケートを築く。スネアやデッドフォール、スピア等のあらゆる罠を仕掛けた。木々や廃墟に潜伏し、陸自時代から世界でも屈指の偽装力をもって待ち伏せをする。
 視覚情報を誤魔化しての光学迷彩も、近接距離にもなれば聴覚や嗅覚、そして気配で、ある程度は掴めるようになる。何よりも皆、意気揚々だった。
 そうして大矢野に上陸した叛乱部隊とエンジェルスに、打撃を叩き込んだ。長山の指揮の下、しんがり部隊は敵の攻撃を引きつけ、味方の損害を減少させる。
「 ―― 限界まで粘った後に、先に撤退した部隊に合流します。後退を開始!」
「後退! 後退!」
 合図を出し、部隊を退かせた。叛乱部隊が追撃を掛けようとするが、
「 ―― くたばれ、異生(ばけもの)ども!」
 後退を援護する部隊が、並べたBUDDYや弓から殺意を放つ。叛乱部隊員が地に伏し、エンジェルスが墜落していった。銃弾を回避すべく脇に逃げた者は、そこに仕掛けていた罠にかかって絶命した。
「すぐに次の地点まで後退。死にたくなければとっととずらかれ! 大丈夫、俺達は死なんぞ。百戦練磨の古強者が指揮してくれているんだからな!」
 撤退援護班長が怒鳴りつけ、敵が混乱している隙に後退する。こうして機動防御による遅滞戦術と後方陣地の組み合わせをメインに、長山は可能な限り時間を稼いでいったのだった。

*        *        *

 前線が死線を抜けている頃、三角では増援部隊による山狩りが行なわれていた。敵工作部隊の焙り出しである。山岳・森林戦闘に慣れた班が山に分け入り、潜伏するのに適した場所を潰していく。
「まず、当たり前だが此方から発見され難いところ。夜露や風雨を防げるところ。食糧・飲料水等が調達しやすいところ」
「加えて、此方の動きを察知しやすいところだな。電波をひろえるところならば尚更だ」
 陣内に続けて、蘇芳が説明する。何故ですか?と訊ねる副官の少年に微笑むと、
「簡単な事だ。此方の追撃をかわしたり、襲撃をかけたりがし易いからな。…… 間違い無く盗聴はされているとみていいだろう。うむ、優秀だな」
 口元に笑みを浮かべる。陣内へと振り向くと、
「どうだ? 盗聴対策に、オレ達も素敵な暗号符牒を用意するか?」
「あー。蘇芳先輩に任せると、何か赤っ恥掻きそうなのが出来そうだから御免こうむる。…… かと言って、瀬織津が昔作っていたのは音楽記号やら楽曲で、小難しいからな。とにかく虱潰しに行くしかないだろう」
 等高線が刻まれた周辺図を畳みながらの陣内。第811班員に背嚢の中身を確認させると、他の班と同様に森に入ろうとする。だが蘇芳が押し止めた。
「待て待て、茂道。無闇に森や山に入って時間を浪費するのは、辞めた方が良い。最前線の事を考えたら、もっと状況把握をして、相手の先を読むべきだ」
「はっ? 相手の出方を探るべきだと? それこそ時間がかかるだけじゃないのか、先輩」
「出方を探るのではなく、今ある情報から出方を読むんだ。勿論、外せば痛いがな」
 サングラスの奥、蘇芳は眼光を鋭くしながら、
「 ―― 奴らはオレ達に追い詰められている。これが前提条件だ。そして爆薬を有しているとはいえ、戦力差は大きくマトモにやりおうとする気はないだろう。普通は逃げ出すな。だが、唯一の陸路である天門橋の警戒は厳重だ」
 襲撃された報告に今1度目を通す。
「 …… 食糧や弾薬を奪うだけでなく、材木を集めていたり、トラックの幌を奪っていたりしているな。―― ここから導き出される答えは」
「三角瀬戸を渡るつもりか、イカダでも作って」
 陣内の言葉に、蘇芳は手を叩く。
「となると既に出港したかどうかだが …… おい、副長。観測班に連絡をとって、ここ最近の気象情報と数日先の予報を教えて貰ってこい」
 陣内が指示を出すと、副官は慌てて駆け出す。
「しかし、さすがは蘇芳先輩だな。良いヒントを貰ったぜ。陸士上がりの俺には気付きもしなかった」
「はっはっは。これでも戦術指揮は一応学んでいたからな。感謝の気持ちは、ベッドの中で頼むぞ?」
 蘇芳の豪快な笑い声に、陣内は額に手をやると、
「 …… これさえなければ、良い先輩なんだがな」

 そして5月18日。風速0.8m、若潮で、波は穏やか。月齢25で、しかも天候は曇。この日を当たりと考えた第811班は三角西港手前に陣取った。月明かりさえも届かない暗闇の中は、待ち伏せを掛けるには都合が良い。
 待つ事暫し。夜も深まる頃、大きな物を抱えて国道57号線を横切る姿。陣内は見咎めると同時に、疾風のエンジンをすばやく掛けさせて、対象をライトで照らし出した。更に合図を送ると、武器架に鎮座しているFN5.56mm機関銃MINIMIを警告無しに発砲させた。
 ライトに照らし出されてすぐに対象は反応。大きな物 ―― イカダから手を離すと、全身をバネにして高く、そして長く跳躍。もう1人もまた素早く路面を寝転がる事で5.56mmNATOを避けて見せたが、逃げ遅れた最後の1人がイカダ諸共に蜂の巣になった。
「 ―― ようし。張っていた甲斐があったって言うもんだ。…… 正直、補給部隊に潜り込まれて逃げられたらどうしようかと思っていたわけだが」
「はっはっは。茂道は悪運が強いなぁ」
 激しい照明を向け続ける疾風の上で仁王立ちしながら陣内は不敵な笑みを浮かべる。蘇芳も付き添っているのは、万一を考えての事だ。
「 ―― 茂道? …… そうか、勇名高き第811班か」
 工作員のリーダーらしき男が唸る。ボサボサ髪に、分厚いレンズの黒縁眼鏡を掛けた貧相な男だったが、見掛けによらず油断は出来ない。此方の奇襲に真っ先に反応したのだから。
 MINIMIで狙いを続けさせ、また四方を、BUDDYを構えた班員達で取り囲む中、黒縁眼鏡は口元を歪めた。
「警告無しの発砲射撃 ―― どうやら、おれ達を生かして捕まえる気すら無いという事だな」
「 …… 異生に乗っ取られちまった阿呆に盲従してしまった、てめぇが悪いんだよ」
 苦渋を含んだ陣内の言葉に、だが黒縁眼鏡の男は眉根を吊り上げて反論してきた。
「 ―― 盲従だと! はっ、これはお笑いだ! それは、こちらの台詞だ。自由も尊厳も失った飼い犬どもめ!」
 向けられる銃口の数を物ともせずに、男達は牙を剥いていた。
「 ―― おれ達は、己の自由と権利を勝ち取り、そして何よりも誇りと生命を護る為、ここに決起したのだ。己の保身と私欲に走る愚鈍な卑怯者どもを打ち倒し、真なる国家を建てる為に!」
 だが陣内は唾を吐き捨てると、
「それが、お題目か。くっだらねぇ。―― 政府がどうだと自由がどうだか、俺には関係ねぇな」
 右手でBUDDYを固持しながら、左手を挙げる陣内。
「 …… 俺が護りてぇのは、そんなくっだらねぇ事じゃねぇんだよ。この地にいる、かけがえの無い友人や部下、先輩に、恩人達。それを護る為に戦っている。それを棄てて、異物どもに味方する気はない」
「 ―― やはり、そんなにもオレの事を!」
 蘇芳が感動の余りに叫ぼうとしたが、陣内は無造作に蹴り上げた。そして何も無かったかのように、
「松塚も可哀想な奴だ。神の悪戯で、とんでもない力を押し付けられた上に、それに飲み込まれちまった …… あいつが1番の被害者だよ。倉石のオッサンの下で、最も神を信じ、そして最も酷い裏切りを神にされやがった。―― 言っとくが、お前達が盲従する松塚は、松塚であって松塚じゃねぇ。アレは松塚の皮を被った、異生だ ―― !」
「違う! 朱鷺子様こそが神だっ!」
 強化された身体能力でもって黒縁眼鏡が跳んだのと、陣内の左腕が下ろされて合図をしたのは同時だった。黒縁眼鏡の後ろで、掃射を受けてもう1人が絶命する。
 だが肉薄した黒縁眼鏡の蹴りが、陣内のBUDDYを蹴り飛ばす。強化系の魔人か?! 同じく憑魔を活性化させていた陣内は、敵魔人の続く攻撃を受け止めて見せた。
 極接近した間合い。敵魔人は股間から下腹部へと膝蹴りを放つ。陣内が腰を引いて逃れようとするが、すかさず膝を伸ばして突き蹴りに変化してきた。靴先が腹部を抉り、陣内を遥か後方へと突き飛ばした。背中からアスファルトに叩き付けられた陣内に覆い被さるように魔人が迫ってくる。
「朱鷺子様に対する冒涜。死んで詫びろ!」
「 ―― っ!」
 蘇芳の表情が青褪めた。サングラスが落ちる。
 指先を揃えた敵魔人の手刀が陣内の心臓を確かに貫いたのだ。だが同時に陣内の両手が伸ばされ、敵魔人の首を締め上げる。鈍い音が鳴り響いた。さらに止めを差すべく、第811班員が背中へと銃剣で刺突を加える。―― 敵魔人は絶命した、陣内を道連れに。
「未だだ! 未だ茂道を死なせんぞ! この場で救命手術を行なう! 医療セットを持って来い!」
 明らかな致命傷だ。生存の確率はゼロに近い。だが、蘇芳は諦めなかった。陣内を仰向けに寝かせて、咽喉を反らして気道を確保する。唇を合わせて、込み上げてきている血を吸い出し、そして息を送る。
「念願のオマエとのファーストキッスが、こんな状況だというのは笑えん冗談だぞ、茂道」
 運ばれてきた医療セットから消毒薬を取り出すと、傷口を洗う。そしてメスで胸を開いた。
「心臓が潰れていますよ ―― どうされるんですか、蘇芳准尉」
 第811班副官が悲鳴を上げるが、蘇芳は表情を変えぬまま、
「オマエは代わって指揮を行なえ。血の匂いを嗅ぎつけて超常体が集まって来ないとも限らん。それからオレの衛生小隊に連絡」
 蘇芳の指示に、我を取り戻した副官は周囲への警戒に当たらせた。蘇芳の口元が不敵に笑う。
「良い子だ、少年。褒美に、オレが魔人でしか出来ない最高の外科手術を見せてやるぞ!」
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 そして蘇芳は異形化した手を、陣内の胸に突っ込んだ。潰れた心臓を素手で掴むと、
「はっはっは。陣内のハートは、文字通り、オレの手の中に。…… 心臓の大きさは右手の握り拳ぐらいといったな、確か」
 右拳を陣内の体組織に同化させていった。異形系魔人の体細胞で以って破れた箇所を塞ぎ、大動脈や大静脈にもまた繋げて行く。そしてマウス・トゥー・マウスで酸素を送り続けた。
「 ―― 細胞組織が完全に癒着した。心臓の脈動再開を確認。呼吸も再開」
 異形化した右腕は更に皮膜となって傷口を覆う。そして蘇芳は、陣内の身体に同化した己の右腕を切断してみせた。分離させられた右腕は陣内の身体に融け込んでいく。対して蘇芳の右肩口から新たな腕もまた復元を開始した。
 サングラスを拾って掛け直すと、唇の端を歪ませて不敵な笑みを形作る。
「 ―― 見たか、これでオレと茂道は文字通り一心同体に!」
「「「 …… ていうか、そんな異生じみた外科手術は、あんたしか出来んわーっっっ」」」
 応援部隊のトラックが停まる音を聞きながら、陣内の救命を確認して安堵した第811班は揃って恩人へと激しい突っ込みを入れるのだった。

*        *        *

 …… 5月19日。阿蘇山が突如、噴火する。
 噴火は僅か数分の事ではあったが、山頂から天へと屹立した炎の柱は、距離・天候に関わらず、熊本の何処からも観測された。
 それを見てエンジェルスが恐慌状態に陥ったのに対し、逆に大矢野防衛戦線を死守する者達は気を昂ぶらせた。長山の指揮下で意気揚々と、それでいて組織的な攻勢防御を展開していく。
「しかし …… アルカンジェルを投入してきましたか。火力が充分で無い私達には卑怯極まりない」
 恐慌状態に陥ったエンジェルスに代わって前線に出てきたのは、より高位の超常体。装甲すら断ち切る直剣(のようなモノ)を振るうアルカンジェルに対しては、遠距離射撃で以って排除する事が鉄則である。決して近接戦闘に持ち込まれないようにするべきだ。だが弾薬が欠乏している今、奴らの接近を拒める火力は無い。飛来したアルカンジェルが猛威を振るい、普通科班員がまた1人凶刃にかかった。さらに ――
「 …… プリンシパリティもですか」
 前線指揮官としてか、敵後方に浮遊する錫杖を手にした超常体。吹き荒れる風の刃が防衛線を抉じ開けようとしていた。そして、叛乱部隊の幾人かも、羽毛に覆われた魔人と化して大地を蝕んでくる。だが ―― 長山は決して諦めなかった。
「未だです! きっと増援が ―― 」
 その叫びが発せられるや否や、35mm砲弾が作り上げた2条の火線が頭上を越えていく。突然の攻撃に回避が間に合わず、プリンシパリティが沈んだ。一瞬、何が起こったかも判らずに動きを止めたアルカンジェルや敵魔人へと5.56mmNATOが叩き込まれる。
『 ―― 長山分隊長! お待たせ致しました!』
 スカイシューターと共に「藍のあまくさ村」に待機させていた部下からの通信。エリコン高射機関砲が天空を薙ぎ払っていく。続いて合流を果たした装輪装甲車、高機動車、トラックから降車した増援部隊がBUDDYで叛乱部隊を蹴散らしていく。
「 ―― 長山三尉ですね。私達を信じて、ここまで奮戦して下さった事を心より感謝致します。ありがとうございました。大変遅くなり申し訳ありません」
 准陸尉の略章を襟につけた武器科のWAC(女性自衛官)が敬礼を送ってくる。答礼を返して、長山は力なく微笑んだ。
「ははは、美味しいところは持っていかれましたか」
「長山三尉は充分に御活躍なされましたよ。今は暫く身体を休ませて下さい。…… すぐに長山三尉を頼みにする場面がきますから」
 茶目っ気たっぷりに笑うとWACは担架を用意させた。防衛線を護り通した勇者達が運ばれていく。安心した長山も崩れ落ちると、そのまま意識を失った。
「後方拠点に、我等が英雄・長山三尉殿を運べ!」

 増援部隊の到着に拠り、形勢は逆転した。鎮圧部隊は氾濫部隊の大矢野再侵攻を阻止するだけでなく、勢いを駆って、ついに天草上島へと足を踏み入れたのである。
 散り散りになった叛乱部隊は、天草上島の山岳に潜伏し、ゲリラ活動を続けてきているが、投降してくるのは時間の問題かと思われた。
「バンザイアタックが怖いがな。むしろその可能性が高いか」
「そうですね。素直に降伏勧告に応じるとは思いませんし。特に首謀者の松塚さんが無事ですから」
 長山が横たわる寝台の隣で、大柄の男 ―― 陣内がそうぼやくのに、頷いて見せる。2週間の安静を申しつけられた陣内だが無理して最前線へと付いて来たのだ。こうして長山と隣り合わせになるのは、何かの縁だろう。
「 …… 松塚の所在の事なんだが、茂道。報告によると密かに天草下島に潜入していたSBU(※ 註)が敵司令部と思われる旧本渡市役所に突撃急襲を掛けたのだが、松塚はそこにいなかったらしい」
「では、彼女は何処に?」
 陣内の見舞いと長山へのマッサージに来ていた蘇芳の言葉を聞きつけて、長山は首を傾げる。蘇芳は肩をすくめると、
「さあ ―― ただ敵の副官が漏らした言葉によると『礼拝堂』らしいが …… 」
 その叛乱部隊副官だが、高位中級超常体ドミニオンの姿を顕すとSBUに反撃。半数近くを失ったSBUは現在、本渡市内に隠れ潜んでいるらしい。
「ああ! くそっ! すぐにでも松塚を見つけ出して、ぶん殴ってやりてぇんだが!」
 猛る陣内に、なだめる蘇芳。2人のやりとりを眺めつつ、長山は次の手立てに思いを巡らせるのだった。

■選択肢
W−01)天草上島のゲリラ活動を掃討
W−02)天草下島への突入作戦を決行
W−03)SBUとして天草下島で行動


■作戦上の注意
 当該区域では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇したりする事もあり、また死亡率も高いので注意されたし。

)Special Boarding Unit:特別警備隊 …… 現実世界においては2000年に発足した海自の特殊部隊。不審な船舶に移乗し、制圧・武装解除し、積荷に武器や輸出入禁止物品が積載されていないか検査する。
 神州世界では2004年に発足され、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している、数少ない操船技術や水中作戦の専門家達として設定。


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