TABLET

 寝覚めの頭に胃のむかつきが知覚されて余計に気分が悪く感じられる。
 それに関しては原因がハッキリしてるから、気分まで沈み込んでくる。
 自分自身にうんざり…というところか。
 無言でそのまま二度寝を決め込もうと柔らかな枕に顔を埋めかけて、そっと髪を浚う優しい感触に動きを止めた。
「眼、覚めたか?」
 僅かだけ顔をずらしてベッドサイドを見やると、嬉しそうに眼を細めた午前中に相応しい笑顔があって、恨めしい気分になる。
 こういう時は放っておいて欲しいと真剣に思うが、きっと相手には通じないだろう。
「朝飯は?」
「………いらん」
 意図的にそうした訳でもなく、いつも以上に低さを増している声が自分で腹立たしい。
 ヤツらと飲むとロクな目に遭わんと心の中で八つ当たりをすると、今度こそ眠るために外からの情報を完全に遮断する。
 ベッド脇でフローリングに座り込んでいた京も、庵のその様子に諦めたのか部屋を出ていく気配がした。
 一人になった安心感からほっとすると、常に訴える胃の不快感を無視するように意識を眠りに導いた。

 あまり心地よい休息という感じではなかったが、うつらうつらとした眠りを繰り返しているうちに、いつの間にか不快感も消えて気にならなくなっていた。





 次に庵が目覚めたときには、すっかり日は傾きかけていた。
 寝乱れた様子のベッドに溜め息が零れると、水分でも取りに行こうとのろのろと身体を起こしかけて、ベッド横の灰皿を置く為のサイドテーブルの上に視線が止まる。
 冷えていたことを示すように底のラインに沿ってテーブルを水滴で濡らした水差しと、その横に置かれたグラス。
 他にメモとその上に錠剤の薬が置いてあった。
 取り敢えず、何か書いてあるそのメモを庵は手に取る。

明日、また来る。
空腹でも飲めるヤツだから、薬、飲んどけ。

 あまりに彼らしすぎる文面と、とても彼らしくない行為に笑いが漏れた。
 薬に手を伸ばしながらテーブルの上を見れば、水差しの中にはスライスされたレモンが重なりながら瓶底に沈んでいる。
 本当に彼らしくない気遣いように笑うしかない気がする。
 グラスに水を移しながら、その動きによって揺らめく薄切りのレモンを観察する。意外と綺麗な断面だが厚切りなところが京らしい。
 渇き切った喉に後味の良いレモン水は本当に飲み易かったが、もっと冷えているうちに気付けば良かったと今さらのように思って苦笑した。

 例え本当に病気の時でもあまり歓迎出来ないが、自己管理が甘かった結果、誰かに介抱されることほど不愉快なことこの上ない筈なのに。
 そんな時は構わず放っといて欲しい。
 今朝、京の顔を見るなり思ったことを自分で否定するような矛盾した感想に、我ながら現金なものだと思った。
 不本意ながら京に甘やかされている事実を認めないわけにもいかなくて。
 自分の希望を聞き届けたような今朝のあっさりした態度と、彼なりの気遣いに素直に感謝しようという気分に今は素直になれた。

 何か礼をしないとな…。

 気紛れのようにそんなことを思って、また口許に笑みが浮かんだ。
−終−
初出 : 2000.04.23
 ノーコメント。(苦笑)
 あ、でもレモン水は好き。無論甘くないヤツ。←すっきりするしさ。

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