やわらかい月

 ソファに腰掛けている庵が手渡されたのは、若者向けの商品を多く扱うよく知る百貨店の小さな紙袋だった。
 キッチンから二人分のコーヒーを運んできた京は、ローテーブルの反対側でビーズクッションを下敷きにしてフローリングの床に腰を下ろした。
 持ち手に結ばれたリボンを解いて中を覗くと、ブルーの箱が一つ。手にとって中を確認せずとも、それが何であるか庵は知っていた。
 それと送り主の顔を見比べると、本人は困ったような反応を伺うような情けない貌をしている。
「すげー悩んだんだけど、そーいうの、お前好きそうだし…」
 でも気に入らなかったらどーしよう?と声に出さずとも表情に出てしまっている京の様子に笑みが浮かぶ。
「ありがたく、使わせてもうらさ」
「マジに?」
「………嘘を言ってどうする」
 呆れたようにそう返せば、とても嬉しそうな表情をされてしまい、今日の主賓がどちらだったかなどはこの笑顔の為の些細な布石だったのかも知れない。
「オレさー、これ選ぶのに三日も掛かったんだぜ。紅丸が『テイストするのは一日三種類まで』とか言い出すしよー」
 とにかく大変だったと訴える姿が人間の身近にいるある動物を庵に連想させる。
「…嗅覚が狂うからな。正確なテイスティングをするなら、それが限界だろうな」
 ふーん、そんなモンかと今更感心している姿に、付き合わされていた二階堂紅丸に同情を禁じ得ない。自分と同じ説明を彼が省くとは思えず、単に京が聞き流して意識に止めなかっただけとしか思えない。大雑把な京を相手にきめ細かい気配りはするだけ無駄な気がした。
「普段だったら即決で決まるんだけどな〜」
 今回はすげー悩んだと照れ笑いする京に、彼が自分で言う『日頃』を知っているだけに好ましさを感じて自然と口元が綻ぶ。
「………んで、開けてくんねーの?」
 実際に庵の気に入る物なのかどうかが気になって仕方がないらしい京の様子に、やれやれと笑いながらも期待に応えるべく袋から箱を取り出す。
 彩度の高いブルーの箱に銀の箔押しがされているその箱を開ければ、中からはブルーの液体が揺れる飾り気の少ないボトルが現れる。
 微かに柑橘系のフルーティさが漂う、キレの良いメンズ用フレグランス。
 女性に人気のある若手俳優が愛用していると評判のそれを庵は既に知ってはいた。
 京に贈られた品は嗜好として好みにあってはいたが、流行を追うことを嫌う庵が敢えて選ばなかったものだ。それでも京が自分に選んだのがこれだったのなら、それも良かろうと心の中でこっそりと思う。
 早く早くと急かす視線に押されて小瓶のキャップを取ると、それだけでも香りが鼻先を微かに掠めた。庵の記憶に在るままの香りを確認して視線を京に合わせると、黙って様子を伺っている神妙な表情をしている。
「……………」
「……………」
 リアクションに困っている庵と、ただひたすら反応を待つ京と。
 暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはやはり気の短い京の方だった。
「………気に入らなかったか?」
「いや、わりと好きな類だ」
「無理してねぇよな?」
 やけに疑り深く慎重な態度に庵が軽く声を立てて笑う。
「お前を相手にか?」
「…だってよー。さっきから喜ばされたり、緊張させられたり…なんだもんよ」
 膝を抱えて拗ねた口調で言う京が子供っぽくて、庵は思わず髪を掻き上げる仕草のまま俯いて肩を震わせる。
「…なんだよ、お前。失礼なヤツ〜!」
 そう言いながらも京の声には全く険が含まれていなかった。
「なぁ、いおり」
 名前を呼ばれた庵が、何だと顔を上げて視線を合わせる。

「誕生日、オメデトウ」
−終−
初出 : 2000.05.17
 いちゃいちゃ話。
 …たまには、じゃなくて、いつも、な辺りが Shin的にアイタタタ…☆な感じ。(涙)
 とりあえず、区切りの良いトコまで載せておきます。←またかッ!?それしか出来んのか、貴様ッ!!!(死)

----- 2006.11.02 -----
 これまた公開した日に…(以下略)
 しかも、「誰、この人!?」と叫ばずにはいられないよ。<庵
 日付に釣られてうっかり読み返しちゃった自分が恨めしい。(ふぅ〜)

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