低気圧ボーイ

 気に入らない。
 ムカつく。
 納得いかねー。

 そんなオレの感情は険悪な雰囲気となって奴に届いてはいるらしい。
 けれどオレの不機嫌の理由が判らずに釈然としない感じで、勝手にしていろとばかりに放置されているのがまた更にムカつく。
 誰かに今回のことを言ったらきっと「べつに不自然じゃないんじゃねーの?」とか言われそうで、それもまたムカつく。
 そんな事言う奴はブッ飛ばす。
 ちょっと前までがどうであろうと、オレと庵はラブラブなんだ。
 そのハズなんだ!!
 それなのに!
 何故に庵のケイタイにオレの番号が登録されてない!?
 アドレス帳を覗いたら軽く70〜80件は登録されていたにも関わらず、オレの番号だけが見つからない。
 何でッ!?
 オレ、ちゃんと番号を教えてあるのにっ!!!
 だって紅丸の番号まで入ってたのに!

 マジにムカつく〜〜〜ッ!!!!!





 そこまで一気に京は思考を走らせて、不愉快さを自分で募らせた八つ当たりに庵を睨み付けた。
 叫びだしたいほどの衝動を、息を深く吸って誤魔化してみる。
 睨まれた本人の方は相手にしきれないとばかりに涼しい顔をしてソファでくつろいでいた。カップを持った手を組んだ膝の上に乗せて、ヘッドフォンから流れる音に耳を傾けている。
 はじめのうちは眉を寄せながらも不機嫌そうな京の様子を伺っていたが、何も言わずにムッツリしている相手に途中から諦めたように関心を他へと移した。
 庵には京の不機嫌の理由が見当も付かなかったらしい。
 朝起きて挨拶をした時は普段通りの京で、シャワーを浴びてリビングへ戻ったらいきなり不機嫌だった。
 庵にしてみれば、何が起きたのかよく判らないというのが実状であろう。
 寝起きの京にミルクだけを入れたコーヒーを淹れてやり、自分はバスルームへと行く前にローボード上へ携帯を置き去りにしていった。
 庵は自分の携帯電話を京に触られるのを好まないし、その上、彼は家の中でも携帯を手元に置いておくことが多く、京がそれに触れる機会は少ない。
 そして彼の携帯番号は教えて貰ってるし、家の中でも外でも使っている姿を見なかったので、今までその存在を京はあまり気にしていなかった。
 物珍しさからマグカップを片手に、充電器にセットされている庵の携帯を何気なく手にするまでは。
 シルバーのボディにブルーのラインが入った本体を取り上げて液晶画面を見れば、アンテナを示すマークと日付と時刻が表示されている。何のロックも掛かっていなかったことから、悪いと思いつつも気になって履歴ボタンをついつい押してしまった。
 着信も発信も同じ番号が殆どだった。
 覚えのあるその番号は、京の携帯のものだ。
 それはいい。
 けれど表示されるハズの発信した相手の名前が液晶には表示されない。
 素っ気なく数字の羅列だけ。
 2件ほどあった京以外からの受信には、相手の名前が表示されているというのに。
 則ちそれはこの携帯のアドレス帳に京が登録されていないという事だ。
 慌てたように不慣れな携帯を弄ってアドレス登録を片っ端からチェックしてみると。
 京の顔見知りの名前、
 スタジオの電話番号、
 どっかの店の番号、
 バンド関係者っぽい名前。
 切り替わってゆく表示の中に、京は自分の名前を見つることが出来ない。
 何で?と呆然と液晶画面を眺めている時にバスルームから庵が現れて、慌てて携帯を充電器へと戻してしまう。
 勝手に盗み見ていたようなバツの悪さから、素直に詰問することも出来ずに、既に温くなっているコーヒーを口に含む。
 考えれば考えるほど不愉快さが込み上げてくるのに、それを聞くことが出来ずに更に苛立ちを呼ぶ。
 完全な悪循環に自分で気付いたが、やはり理性と感情は全く別モノだった。
 なにしろ京にとっては納得がいかない事態なのだから。
 アドレスに入れてもらえない自分とは、庵にとってはどういう存在なんだろう。

 …怒ってないと泣きそう、オレ。

 過ぎる疑問に苛立ち以外の要素が混じり、京の情緒不安定が深みにハマる。

 ………なんかサイアク。





 ゲームをしていても直ぐに飽きて、画面をTVに切り替えたものの落ち着きなくチャンネルを移動している。
 それにも飽きてしまった京は床に置いてあるビーズクッションを引き寄せると、そこに背を預けて長身を床に伸ばし雑誌を広げてみる。
 数分だけ大人しくしていられたが、やはりそれにも直ぐに飽きてしまう。見ていたツーリング雑誌を床に滑らせるようにして遠ざけると溜め息を吐いた。
 落ち着きなくカリカリとした空気を振りまく京に視線を向けた庵が眼を眇める。
 黙ったまま不機嫌を隠そうともしない京の態度に、庵の方も徐々に不快指数が限界に近付こうとしている。
「………京。言いたい事があるならハッキリ言え。でなければ、その不機嫌ヅラで傍をうろつくな」
「………べっつにー」
 不満げな声の返事に庵の表情が更に険しくなった。
−終−
初出 : 2000.05.17
 …終わってないし〜。たはは。許せ! 次には終わるから〜!! …いえ、終わらせます!! はい。頑張らせて頂きます!! うぅ〜っ、グスッ…。しくしくしく。
   ↑
 こんなんばっかや、オレ…。(死)

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