ある朝の写真
ドリップコーヒーでも淹れようかと湯を沸かしながら、銜え煙草でミルクパンに水を入れて火に掛ける。
鍋の中で静かに加熱される水を眺めながら、庵の教育が行き届いてるなんて妙な感心を京はしていた。
京本人は気にならないのだが細かいことに拘りのある庵に慣れた所為か、コーヒーを淹れる時などに買い置きのミネラルウォーターを使うのにも抵抗がなくなった。どっちでも同じだろうと言えば、庵は味が違うのが判らないのかと煩いのだ。再三注意された結果、京も自分の分だけコーヒーを淹れる時でもミネラルウォーターを使うように習慣付いたのだ。味の差が未だに理解出来ないながらも。
オレも成長したよなーなどと他人が聞いたら『そんなことのどこら辺が』と呆れるような感想を述べながら、のんびりと湯が沸くのを何をするでもなく腕を組んで待っている。
京は時間に余裕がある時に湯が沸くのを待つ、このちょっと長く感じる時間が好きだ。
冬の朝に母親がよくココアを入れてくれた記憶が、その光景を見るたびに京をほのぼのとした気分にさせるのかも知れない。
とくに鍋から湯気が立ちのぼりはじめるのを見ていると、なんとなく幸せなのだ。
だから、休日の朝などは率先してコーヒーや紅茶などを淹れたがる。
リビングからキッチンカウンター越しにその京の様子を眺めていた庵が、上がる湯気を上機嫌で眺めている京を不思議がって声を掛けた。
「…何をしている?」
「湯を沸かしてんの」
見て判らないのかと京は首をすこし傾げてみせる。
「……………」
「なんだよ?」
「なにかいい事でもあったのか?」
「なんで?」
「…やけに機嫌が良さそうだから」
「いや? べつになにもねーけど…」
互いに相手の様子に首を傾げながらも、そこで会話は途切れてしまった。
そんなに機嫌良さそうかな、オレ、と自分を鑑みて、納得した。
確かに、かなり機嫌は良いと言っていい。
「…なんかさー、沸騰するまでの待ってる間が好きなんだよな〜、オレ」
「………?」
ますます訳が判らないという表情の庵に、思わず笑いが漏れる。
─── …判んねーかもな。
「…ん〜とさー、ガキの頃とかお袋によくココアとか入れてもらってて、それが出来んの待ってる間がすっげー楽しいっつーか、わくわくしてたワケよ?」
その感覚だけが、成長した今になっても残っていて、湯が沸き始めるのを見ているのが好きなのだと説明する。
小さい頃から京に言わせれば無味乾燥な生活を送ってきた庵には、その感覚は遠いもので理解出来ないらしい。
やっぱりとは思っても、その感情を京は表情に出さなかった。
「…じゃあ、オレ様が庵の為に毎朝コーヒーを淹れてやるよ」
代わりに悪戯っぽく片目を閉じて京が口に出したのはそんなセリフで。
今は判らなくても、そのうち判る日がくるかも知れないし。
それには他の誰でもない自分が協力したいし。
朝、湯を沸かす自分と同じ気分に庵がなればいいと思う。
「…灰が落ちそうだぞ?」
「はいはい」
さらに困惑した表情になった庵のセリフに、声を立てて笑う。
いつか今日の会話を思い出して二人で笑えるように、これからもずっと一緒にいよう。
−終−
初出 : 2000.05.17
甘い物は得意じゃないんですが、お菓子を焼く匂いとかは好き。ホットケーキの香ばしい匂い…とか、幸せだと思う。
………しっかし、相変わらず、ウチの人たちはラブラブやねぇ〜。(げんなり)
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