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 思い出すのは自分を拒絶するように向けられた父親の厳しい後ろ姿だけ。
 今、自分は彼と同じ事をしているのだろうか…。果たしてどうすれば自分と同じ思いを味わわせないで済むのか、誰かに聞いて教えて欲しいくらいだった。
「父さん」
 物思いに沈んでいたシーフォートの意識を現実に引き戻したのは、この春にジュニアスクールをスキップで卒業した息子の声だった。
 並んでみるとそれが引き立つが、父親に似通った面差しが一つもない息子。本人はそれを異常に気にしているようだが、シーフォートはそれに関しては黙して語らずという態度に徹している。本当に自分と違ってよく出来た息子だとは思う。体格も近いうちに自分を追い越しそうな勢いで育っている。喜ばしい反面、多少の悔しさが伴うのは我ながら子供染みた衝動だ。
 彼の息子はあらゆる側面において秀でた才能をシーフォートに提示しつづけ、目下ニコラス・E・シーフォートの自慢の種になっている。本当に生前の彼を思い出す優秀さだ。…流石は彼の遺伝子というべきか? それでも、養育している間に芽生えたものは間違いなく肉親に対する彼なりの感情であり、他の感情は介在していないことに関しては自信がある。
 現在、ニコラスの息子として養育されているテオドア・S・シーフォートは、冷凍保存されていたヴァクス・スタンリー・ホルサーの精子を使用して、シーフォートは彼のクローンをこの世に誕生させた。自分でもどういう心理作用だったのか計りかねる部分があるが、自分の為に命を落としてしまった彼への罪滅ぼしの気分があったのも否めない。我ながらのエゴイストぶりを思い出して、自分に対して嫌悪感が沸いてくる。
 シーフォートの眉間に知らず皺が寄っているのを、何を言うでもなく黙って眺めている息子へ視線で先を促すと、特に用事もなかったのか軽く肩を竦めて立ち去っていってしまった。最近、彼と会話をしていないことに今更になって気付いた。余程ぼーっとしていたのか、目の前に置かれた茶器の存在にも今になって気付いた。お茶が入った事を知らせる為に声を掛けてくれたのだろう。礼を言おうと戸口を振り返っても既に彼の姿はなかった。
「………」思わずシーフォートの口から重いため息が漏れる。
 最近、何か言いたげに自分を見ている事がある。
 何を言われるのだろうかとつい身構えてしまう自分に気付いて、憂鬱な気分に見舞われる事も多い。微かに感じている気付きたくない感情に無理矢理フタをして自分を誤魔化す。最近、そんな事が増えた気がしている。それ故か、自分の息子と素直に向き合うことが出来ずに、二人の距離感だけが広がっていく。
 このままではいけない…とは思うものの、打開策を見出せずに時間だけが流れていっている。
−終−
初出 : 1999.08.18
 やれやれ…。結局、こっちを先に書いてしまっている私…。(苦笑)
 早くちゃんと原稿を書かねばな…。(死)

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