深 淵

「絶対に許さない」
 それは彼の魂の慟哭。
「ミスタ・ホルサー、失礼ですがお顔の色が…。医務室でお休みになった方が宜しいのでは? サー。」
 ヴァクス・スタンリー・ホルサー宙尉は、当直の交代により艦橋を共に退出したアレクセイ・タマロフ宙尉にそう呼び止められた。心配げな表情で自分を見ている彼に、「何でもない。構うな、アレクセイ」とだけ返事をして視線も合わせずに歩調を速めると自室へ向かった。
 今のところ、近頃の自分の不調に気付いたのは、長い間自分と同じ艦の勤務が続いているアレクセイだけだ。それもこの状態が続けば、誤魔化しようもなく誰の目にも明らかな事となるだろう。現実味を帯びた予想にますます気分が下降してくるようで、思わずアレクセイに見えないように通路の角を折れたところで立ち止まると重い溜息を吐いた。そして再び歩きだしたヴァクスの足取りは、一転して重いものに変わっていた。
 最近、眠りが浅く熟睡した事がない。繰り返し見る内容を覚えていない夢に安らかな睡眠を妨げられ、目覚めてもただ胸苦しさが残っているだけで身体の疲労感に拍車をかけている。
「………」
 我知らず再び重いため息を吐きながら、部屋のロックを解除する。
 何となく原因に予想はついている。眠れなくなり始めた時期的に見ても、日が経つにつれ増す渇きにも似た焦燥感からも、それが間違いではない気がする。
 彼はまだ………るだろうか…?
 脱いだ上着をきちんとハンガーに吊るすと、自分の希望のあまりの望みの無さに思わず首を振ってしまった。ここで安穏としている自分には、最早どうする事も出来ない。空いた時間に彼の無事を祈ることが日課のようになっている。それも無駄に終わるのだろう…と投げやりな気分になる時もあるが、どうしても一本の藁にも縋ってしまう。
 果てしなく叶う確立の低いヴァクスの願望。それが無意識のうちに自分の首を真綿で絞めるようにじりじりと彼を追い詰めている。精神を喰い荒らす勢いで蝕むプレッシャーを忘れようと業務に打ち込めば打ち込むほど、意識のない時間帯はそれを補うようにヴァクスの心に黒い絶望の影を濃く落としている。このままでは、身体的にも精神的にも加速的に追い詰められて、潰れてしまうのも時間の問題だろう。
 悪循環による自身に対する危惧感も募ってゆく。判っていても抜け出せない泥沼に填まっている自分に失笑が漏れた。
 自室に入って一人きりになれた安堵感からか身体の重みが増したように感じて、足を引きずるようにベッドまで移動すると倒れるように身を横たえた。ベッドに突っ伏した状態で眠りに引き込まれる意識を留める術や気力は今のヴァクスになく、彼はそのまま思考が黒く塗り潰されていくに任せた。
...To be continued.
初出 : 1999.08.18
 はうぁっ! ごめーん!! これ、一部の人は知ってるヤツなんだよ〜!(死) でも、書き下ろし部分をプラスする(色々な意味での)余裕が全然なくって、今回、これでアップしてしまいました〜!
ぎゃ〜っ、ごめ〜ん!!!
しかも、「続く」だしー! 更にごめーん!!(死)

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