ガニメデから来た女

第1話

その小型艇がネオ・ヨコハマ・ポートに降り立った時も、そこでは日常がくり広げられていた。
どこの宇宙基地も同じだが、乗客目当ての不認可の市が立ち、配給品の不法売買、違法タバコの販売などが堂々と行われている。
店主が、万引きの子供を追い回す罵声。客引き同士の言い争い。その地べたで寝泊まりしている者達の酒盛りの騒ぎ。違法タバコをふかす男が時々発する奇妙な笑い声。
小型艇から降りたのは只一人。ゆったりとした地球対応服を身につけた、ふくよかな、まだ若そうな女だった。その場の喧騒に驚いたのか、ボリュームレベルのつまみを調整した。
彼女は、翻訳機のモニターを通して呼びかけた。
『皆さん、教えて下さい。ここは何処ですか?』
しかし、ざわめきの中で彼女に気づくものはいなかった。
女は、レベルの表示が『中(日本語標準語)』になっているのを見て、それを『超大(日本語大阪弁)』に再設定した。
『ここは何処か、聞いとるんや!』
声は、特太ゴシック80ポイントで地面に激突した。気の毒なことに、『聞』と『い』をよけそこねて直撃を受けた者もいた。空へ発射されたはずの「!」は、微妙に位置がずれて、廃墟となっていたランドマークタワーを瓦礫に変えた。

第2話

女は、右肩にしょったロケットランチャーを上手にドアに滑り込ませた。そこは場末のバーだった。センサーは、2つの生命反応をキャッチした。バーのママと、それから、酔いつぶれた男。男はなぜか背中にグレコのギターをしょっていた。
「あら珍しい、お客だわ。いらっしゃいませ」
ママはアイボ型の黒猫を抱いて婉然と微笑む。その声に「客だって?」と男も顔を上げた。
『酸素20.93、窒素78.10、アルゴン0.93、二酸化炭素0.03…。』女は店の大気を分析すると、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。大きな意志の強そうな瞳が現れた。
「なんか飲み物をくれへんか?」
「君は…ガニメデから来たの?」血走った目を見開いて男が呟く。見開いても細い目であった。
「な、なんでわかったんや!」
「だって、スペーススーツに『made in Ganymede』って書いてある(ホントかよ)。君も戦士かい?あの星は戦闘員養成所みたいな星だと聞くが」
「辺境の星のことに、妙に詳しいやないか」
「この人は、スペース・パイロットだったことがあるのよ。はい、水割りでいいかしら?」
ママが女にグラスを差し出した。
「地球でも花形のはずのスペース・パイロットが、なぜこんなとこで飲んだくれてはるんや?」
「出撃の日、彼は急病で入院してしまったの。そして、その戦闘艇は、彼が地球の病室にいる間に宇宙の藻屑と消えた…。彼はスペースマンを辞めたわ」
「何の病気やったん?」
「そんな昔のことは覚えてないね」
「よっぽどカッコ悪い病気なんやろ」
「うっさいなっ!腸閉塞だよ!カッコ悪くて悪かったなっ!あれはすごーく痛いんだぞっ!」

第3話

「人の病気のことを気にする前に、君も気をつけるんだな」
「うちは、いたって健康体や」
「そのロケットランチャー。常に右肩にかけているようだ。一日おきに左にもかけた方がいい。このままでは、脊柱側彎症や椎間板ヘルニアになるぜ。腰骨がゆがんでから泣いても遅い」
「あんさん、整体うんちく家かいな。余計なお世話や。武器の扱いについて、素人にとやかく言われとうないわ」
「オレの立ち居振る舞いを見て素人と言うなら、君の方がトーシローじゃないのかい?」
「立ち居振る舞いって…さっきからテーブルにつっぷしとっただけやんか」
この女の星にアルコールというものは無かった。さきほどママから受け取って飲み干した「水割り」は、女にとって「水に、割った氷を入れた飲み物」という認識で口にした。当然、本人が意識することなく既に酔っぱらっていた。
「オレにそんな口を叩くとは、よほど自信があるんだろう?勝負するか?」
男は、先刻ご承知のようにさっきから酔っぱらっていた。男は背中のグレコを前に抱えた。どこのボタンを押したのか、そのギターは見る間にノーチャージ方式の光線銃に形を変えた。
「ギターしょってはったから、キカイダーかと思っとったわ。変身するのが、あんさんでなくギターでよかった〜」
「ええい、特撮マニアなのか、SFオタクなのかはっきりしろ!…それで、乗るのか、乗らないのか?」
「もちろん、勝負、お受け致します」
そこへ割って入ったのは、「海猫」のママだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと!あなたたち!」
「ママ、あぶないぜ、下がってな。…行くぜ、おねえちゃん」
男は、空のグラスを天井に向かって放り投げたかと思うと、一瞬で銃を構えた。女もランチャーのレバーを引いていた。
「ワン・トゥー・スリー!」
「やめてぇぇぇぇっ!」(ママの声)
…0.5秒後、「海猫」の天井は無かった。

第4話

フキノ音楽事務所は貧乏所帯であった。
今朝も、壊れたスタジオの壁を、フキノ社長本人が、トトカントトカンと板を打ち付け修復していた。横で、美貌の妻「タキガ・ワユミ」が、あうんの呼吸で釘を手渡した。
どすん。
軽い地震のような揺れで、あうんが狂った。「ん?」
どすん…どすん…。
地震では無いのは、彼が一番よく知っている。
「ホセが起きたかな。それにしても、いつにも増してすごい地響きだ。少し痩せてもらわんとなあ」
スタジオの二階の「メゾン・ド・フキノ」も、スタジオに負けず劣らずボロかった。階段を昇り降りする度に、スタジオの天井の塗りがボロボロはがれた。
社長の予想ははずれていた。階段を降りてきたのは、飛行服を着たままの、まだ若い娘だった。
「あ、あの…」
「ああ、ホセが昨夜運んできた、酔いつぶれたガニメデの娘さんだね。気分はどうだい?」
「酔いつぶれた?まあ、すんません、うち、途中から、わけがわからんようになってしもうて。びっくりしました、気がついたら、見知らぬ崩れたベッドに寝てましたん」
「…崩れた…ベッド?」
社長は眉をしかめた。
「昨夜は君が寝るまでは、壊れていなかったんだが。ま、それはいい。お嬢さん、名前は?」
「ユキコいいますねん」
「ユキコさん、いい声をしてるね。何気ない会話も、声が腹から出ている。君、歌手にならないか?フキノ音楽事務所から、世界に向けて歌手デビューしてみないか?」
「うち、歌は大好き!でも、え?音楽事務所?」
「申し遅れたが、私が社長のフキノ。隣は、副社長で妻のタキガ・ワユミだ。ホセは、ここ所属のアーチストで、ナンバーワン・ギタリストなんだよ」
と言っても、ギタリストは一人しかいないが。
「ひゃあ、あの人、ホセさんいうん?ギタリストなんや、かっこええなあ」
「ようし、じゃあ、ホセをバックにつけて、歌手デビューだ」
「そうはいきませんよ、フキノ社長」
いつのまにか、高級そうな背広を着た男が戸口に立っていた。煙草を加えたまま、ドアにもたれ、にやりと笑った。
「開けたら閉めてくれ、寒い!」
「あ、ハイ、スミマセン」いかにも悪人そうなその男は、フキノに命令されると素直にドアをしめた。
「何度来ても、この土地は手放さないよ、日野丸くん」
「そうおっしゃられてもねえ。既に、うちの会社の核戦車ブルドーザーが、こちらに向かってるんだ。借金の返済日は今日の12時まで。12時過ぎたら、突っ込みますよ。そうだな、みなさん、早く移動した方がいい、あと10分で12時だ」
「え?借金って?」
「かくかくしかじか」フキノは手短に説明した。少し手短かすぎるか。
「そうでっか。それならばうちが…」
「た、たてかえてくれるのか?君は天使だ!」
社長はすがるような目でユキコを見上げた。もちろん指は組んでいた。
「ちゃう。…たたかうんや。うちは、戦士や」
ユキコは、ホセのアドバイス通り今日は左に背負っていた、ロケットランチャーを構えた。

最終話

「私が一時間かかって修理した壁が…」
フキノ社長は頭をかかえた。
12時03分後、スタジオの壁も無かったが、見通しがよくなったスタジオ前の道路には、最初に脅しで突進した核戦車も、既に戦車の形を保てずにガラクタとして転がっていた。
フキノ以外…妻のワユミと日野丸も頭をかかえていた。しかしそれは身を守る為にかがんで頭部をカバーしているのであった。
「お、終わったのかしら?」ワユミは恐る恐る顔を上げた。
「日野丸さんが倒れたままよ!打ち所が悪かったのかしら!?大丈夫ですか!?」
ワユミが日野丸の体を揺するのを、フキノが止めた。
「寝かせておいてやろう、39度の熱があるんだ。温泉旅行もキャンセルしたらしい」
ワユミは手を止めた。「まあ、お気の毒」
この荒廃した景色を作り出した当のユキコは、「無益な闘いやったわ…」と、武器を降ろすとポツリと言った。
「借金やって?立ち退きやって?…この街のもんは、テラが今どうなっとるか知らんのやろか?」
「というと?」フキノは、頭を振って髪から壁の破片を払い落としながら訊ねた。
「巨大な、未確認金属…それは箱のフタのような形をしとるらしいんやが、それがえらい勢いでテラに向かって来とるんや。うちは、その金属と闘う為にテラへ来た。そやけど、今のままの勢いでは、いくらうちの宇宙船のレーザー砲でも、破壊するんは、ちと無理や」
「…えっ…」
「回避できんと、テラはえらいダメージを追うことになるで」

「衝撃を和らげる方法なら、ひとつだけある」
ゆっくり階段を降りて来たのは、起きたばかりのホセであった。今頃、やっと目が覚めたのだ。ちなみに、ゆっくり降りて来るのはカッコつけているのではなく、ホセの重さで階段が抜けることがあるからだ。もちろん起きたら彼のベッドも壊れていた。
「ホセはん、その方法を知っとるんか?」
「テラの人間みんなで声を合わせて、空に向かって『おいしいオモチャ』と叫べばいい」
「『おいしいオモチャ』?不思議な言葉やな。…しかし、それで金属の勢いが弱まるんか?」
「間違いない」ホセはきっぱり言い切った。
「よおし、まかせたで。あとはうちが、レーザー砲でソレを破壊する」
そして数日後、世界は救われた。

世界を救ったユキコは、いまだに「メゾン・ド・フキノ」で暮らし、今日もベッドを壊したり階段を踏み抜いたりしながら、ホセのギターでかっこよく歌うことを夢見て、レッスンを続けている。
<完>

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