第2話 『雨の物語』


 「よく降りますわねえ」
 裏庭に面した窓に頬づえついて、ヨシノがため息をついた。これで3日目だ。洗濯物がたまっている。
 ユズも「ほんとに困るよね」と、大人を真似てため息をつく。
「ヒツジさんもブタさんも、みんな外に出たがってるよ」
「人間も困るんですよ。お日様に当たらないとコツソショウショウになっちゃいますから」
 トウタは得意そうに言った。もちろんホウアンの請売りであり、『骨粗鬆症』が何かは知らない。
「へええ。トウタ君って物知りなのですねえ」
「すごーい。さすが未来のお医者さんだね」
 ヨシノとユズにほめられて、トウタは照れてエヘヘと笑った。
「あ、ピヨちゃんが外に出ちゃってる!」
 ユズが窓から裏庭の畑を指さした。家畜舎からひよこが1匹、迷い出ていた。
「あれじゃ濡れちゃうよぉ。自分じゃ戻れないで困ってるみたい」
 窓から身を乗り出すユズに、トウタが肩をすくめて言った。
「3歩あるくと忘れるそうですからねえ。方向がわからないんでしょう。
 あ、ユズちゃん、出てはいけません。濡れるとユズちゃんも風邪を引きますよ」
「そうですわよ。わたくしが傘かカッパを持って参りますので、少しお待ちくださいな」
 ヨシノは部屋に戻るために後ろを振り向いた。と、そこにレストランへ向かうクライブの姿が見えた。
「クライブさーん、お願いがあるんですのー!」

 クライブは雨の中、ヒヨコを捕まえて家畜舎に戻し、走って軒下に戻った。ヨシノが笑顔でタオルを差し出した。
「ありがとうございました」
「ああ・・・・・」
「お使いだてしてすみません。ちょうど、カッパをお召しになったクライブさんが見えたので」
『カッパ・・・。フリードの女房にはオレのマントがカッパに見えるのか?』
 その時。ユズの瞳がいたずらっぽく輝いた。
「ヨシノさん、この襷(たすき)貸してよ。クライブのおにいちゃん、ちょっと軒下に立ってみて」
「・・・こうか?」
 ユズはクライブの首のベルトに襷を引っかけ、その先を軒先のクギに結んだ。
「てるてる坊主のできあがりぃ」
「・・・・・・。」
「ユズちゃん、やめなさい。クライブさんに失礼でしょ」
 ヨシノの制止も聞かず、子供二人は『てるてるぼうず、てるぼうず〜』と声を合わせて歌いはじめた。
『あーした天気にしておくれー』
「す、すみません、クライブさん。・・・ぷっ。クスクス」
 ヨシノが吹き出し、たまらず笑いだした。
足は地面についているものの、軒から下がった紐と首がつながり、本当にてるてる坊主そっくりだったのだ。
「・・・・・・。」
「ご、ごめんなさい。今はずしますね」
「ああ・・・・・」
「失礼しましたわ。ほら、ユズちゃんもトウタ君も謝りなさい」
「いいさ。雨で外で遊べずに退屈だったんだろう。
 火薬にも湿気は禁物なんだ。明日は晴れるといいがな」
「クライブさん・・・」
「あんたもフリードも、子供好きそうだな」
 クライブは、襷の紐をはずしてヨシノに返すと、かすかだが笑った。
 フリードから聞いたことがあった。クライブはギルドで育ち、両親の顔も知らない男なのだ、と。
 戦争が終わらなければ、子供を産むのも育てるのも難しいだろう。ヨシノもそれはわかっていた。
子供は平和の中で育てた方がいいに決まっている。真面目で責任感の強いフリードは、特にそう思っているようだ。
「おい、チビども。明日晴れたら、オレに銀の鈴をよこせよ」
「なに、それ?」
「おいおい、歌詞を最後まで知らないのか?」
 大人に余裕が無いから、歌ってあげる人がいないのだ。ヨシノは唇をかんだ。
だが、それと同時に、子供時代のクライブに歌を教えたひとがいたことを嬉しく思った。
 雨は少し小降りになったようだ。明日にはきっと止むだろう。
 明日には。
                                      <おしまい>   


ヨシノやユズは日系みたいだけど、なぜ中国系のトウタや欧州系のクライブがあの童謡を知っているのだろう・・・。



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