第8話 『いつか王子さまが』


「どうしんだ、バレリア。酒が進んでいないじゃないか」
 レオナの酒場のカウンターで、シーナが顔を覗き込んで来た。
 バレリアは止まり木に肘をついて、ちらりと青年を眺めた。答える気にはなれなかった。
「まあ、飲んでくれよ。コボルトの森までつきあわせて、悪かったな」
 ビクトールもジョッキを握って近づいて来る。
「いや。こちらこそ、役に立てずすまない」
 バレリアの落ち込みの原因はまさにそれだった。
『どうせ私は聖なる乙女などではないよ。闘いで手は血まみれだ。ふんっ!』
「気にするなよ、ユニコーンが現れなかったくらいで。おまえのせいじゃあない、オレらの人選ミスだ」
 ビクトールの慰めは、よけいバレリアをむかつかせた。人選ミスだとぉぉぉ!
「ま、いいじゃないか、29歳で『聖なる乙女』だったら、いい笑い者だぞ」
 シーナの言葉にもイライラさせられた。下司なおまえの言いそうなことだ。
「シーナもビクも仕方ないねえ」
 近くの壁にもたれてグラスを揺らせていたアニタが、毒のある笑みを含んだ声でつぶやくように言った。
「バレリアが腹たてているのは、単なる年齢制限だったからさ。『どーせ私はオバサンだよっ』といじけているのさ」
「黙れ、アニタ! 無礼な!」
「だってこいつは29歳なのに『聖なる乙女』だもんなあ。闘いに明け暮れていたから、オトコを作る暇なんてなかったのさ。
強過ぎて誰も寄って来ないしね」
「うるさいうるさいうるさいーっ!」
「なーんだ、そんなことなら今からでも僕が・・・」
 シーナがバレリアの肩に手をかけたとたん、『素手で』はやぶさの紋章を使われ壁に叩きつけられていた。
「いてて。ひどいよ、バレリア〜」
「侮辱だ。同情などするな。しかも10歳も年下のくせに」
「ほーら、ごらん。こいつはこういう女だ。一生オトコなんて出来るもんか」
 肩をすくめて嬉しそうにほくそえむアニタを、バレリアはきっとにらみ返した。
「見てろ! 彼氏を作ってくるから、吠え面かくなよっ!」
 バレリアは乱暴にグラスを置くと、レオナの酒場を出て行った。
 
 どこに腕を通すのかもよくわからない露出度の高いドレスをジーンから借りて、ついでにジーンに化粧と髪もやってもらった。
 ビッキーに、大きな街・・・手始めに、サウスウィンドゥへと飛ばしてもらう。
 柱の影から隠れて見ていたビクとシーナは、顔を見合わせた。
「あんなカッコで外へ行ったぞぉ。ちょっと心配、だな。からかい過ぎたかな」
「だってバレリアってすぐにムキになるから面白いじゃん。でも意地になって、危険な目に会わないといいけどなあ」
「しょうがない。護衛するか」
 二人は変装してバレリアの後を追った。シーナは庇の大きな真紅の帽子で顔を隠した。ビクは鷹のマスクを被った。
二人ともあからさまに怪しいが、見とがめられても素性はバレずにすむだろう。
 バレリアは、サウスウィンドゥでうろうろしていたが、声をかけて来たのはハゲた坊主だけだった。
「わしと力くらべをせんか?」
 ばっこーん。
 ガンテツは宇宙の彼方へ飛んで行った。バレリアが勝ったので、たぶん後日仲間になってはくれるだろう。
「この街はろくなオトコがいない。ラダトでも行くか」
 その時。
「ようよう、姉ちゃん」
 十人ほどのガラの悪いチンピラが、バレリアを取り囲んだ。
 普段なら一刀両断のバレリアだが、ドレスの裾は長く、足にまとわりついて動きにくく、手こずった。
『行くぞ、シーナ』
『まかしときな!』
 今まで物陰で窺っていた2人は、バレリアの前に風のように飛び出して行った。そしてあっという間に十人の敵を叩きのめした。
「かたじけない。この恩は忘れんぞ。名を教えてくれ」
 真紅の光沢。首の後ろでリボン結びにした胸の開いたドレスに身を包みながらも、バレリアの口調は相変わらずだ。
二人は思わず吹きそうになった。
 声を出したらバレてしまう。二人は首を横に振り、そのまま行こうとした。
「こら、待たんか、恩人!」
『に、逃げろ!』
 
「なんだ、まだバレリアは落ち込んでいるのか?」
 レオナの酒場で、フリックが止まり木に寄りかかってグラスを合わせた。
「ユニコーンはナナミが呼んだから、もういいじゃないか」
 隣でアニタは肩をすくめ「その件はもう終わったんだ。別件だよ」
「別件?」
「王子さまがた・・・・」
 バレリアは瞳をうるませ天を仰ぐと、ふうっと長いため息をついた。
「へっ?」
「サウスウィンドゥで、チンピラから助けてくれた2人組がいてね。名乗らずに消えたんだってさ。
以来、『王子さまがた・・・』なわけさ」
「ふぅぅん。バレリアって・・・」
 フリックは『純真』と言おうとしたが、アニタが「奥手だからねえ」と言ったがために、バレリアはきっと眉を上げた。
「奥手だって!」
「だってさあ。名前も聞いてないんだろ。顔は覚えているのか? 似顔絵でも描いて探してみるかい?」
『顔・・・』
 見ていない、なんて言ったらアニタはさらにバカにするだろう。
「ひ、ひとりは、カミューとキニスンを足して2で割ったようなハンサムで、もうひとりは、シュウとホウアン先生を足して2で割ったような知的な顔だちだった」
 テーブル席で飲んでいたビクとシーナは思わず口に含んだ酒を吹き出した。
『カミューとキニスン・・・』
『シュウとホウアン先生・・・』
 いったいどこから。見栄もいいかげんにしろっ。
 しかし、もしバレたら・・・。2人はぞっとした。今度は『七星剣』を握ってのはやぶさの紋章が炸裂することだろう・・・。
「私が難儀しているのを見かねたのだ。彼らこそ本物の騎士だ」
 頬を染めて熱弁を振るうバレリア。
 2人はやれやれとため息をつく。バレリアに早く本物の王子さまが現れることを切に願ってジョッキをあけた。

                           <おしまい>


バレリアは、女版エーベルバッハ少佐(青池保子「エロイカより愛をこめて」)って感じがする。「1」の時から、かっこいいんだけど現実的に見ると少しズレててオカシイひとだと思っていたので、心ゆくまで茶化してしまいました。



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