第10話 『王子さまはどこに2』 |
「いくら素手とはいえ、仲間に紋章攻撃なんて、もうしないでくださいよ」 「だがホウアン先生、ビクの奴が悪いんだ。私だけでなく、先生のこともハメようとしていたのだぞ」 「だからって、ビクトールさんに怪我を負わせていいわけがないでしょう」 診療室で、バレリアとホウアンのやりとりが聞こえた。ビクは診療所のベッドの上で情けない思いでいた。 確かに酔っていた。隙もあった(自分の部屋の扉を開けた瞬間に攻撃されるなんて、誰も予想しやしない)。おまけに相手はバレリアだ。・・・しかし。素手の女性に、手首を脱臼するほどの怪我をさせられてしまうとは。 今は麻酔で痛みはないが、ギブスで固められた右手首が無骨で滑稽に思えた。 「右手は全治一週間です。ビクさんの星辰剣は両手剣ですよ。闘いにも出られないでしょう」 「・・・申し訳ない」 「食事だって、洗髪だって着衣だって、片手だとどれだけ不便か。女性のあなたにビクさんの洗髪をしろとは言いませんが、のことはできるだけ助けてあげなさい」 普段穏やかなホウアンの、珍しく厳しい言葉だった。気の強いバレリアが反論できないでいる。しゅんとしているのかもしれない。 ビクはかえって可哀相になってしまった。バレリアがホウアンを好きだとしたら、叱られたのはショックだろう。自分の怪我は、まあ、身から出た錆びだ。ホウアンとうまくいくようにとしたことが、却って関係を悪化させてしまったのかも。 ハイ・ヨーのレストランのテラス席で、バリレアがビクのステーキを一口大にカットしていた。ビクは大丈夫だと言ったのだが、ホウアンの命令を律儀に守るつもりらしい。 「で、いいかげん吐いたらどうだ? 帽子の男は誰なんだ?」 肉を切りながらも、追求の手は休めない。やれやれ。食事のたびに、こうしてしつこく聞かれるのだろうか。 「オレは仲間を売るような真似はしない。自分で調べればどうだ。カミューとキニスン似のハンサムだそうだな」 「・・・ああ、あれか」 バレリアは『はっはっは』と豪快に笑った。とても美女の笑いとは思えない。 「あの時挙げた4人は、アニタへの当てつけだ。彼女はこの4人を狙っているのでな」 「・・・・。アニタ? バレリアじゃないのかぁ」 ビクは全身から力が抜けた。では、あの計画は何だったのだー。おまけに、そのせいでマスクが見つかり、バレてしまった。 「さあ、食え」 切り終わえたバレリアが、皿を押し出して笑った。 「おう」ビクは左手にフォークを握り、肉につきさした。 こんなままのバレリアがいい。こいつは、これでいいのだ。男などいなくてもいいじゃないか。恋人ができて妙になよなよしたこいつの姿なんか、見たくないぞとビクは思った。 「私の心配より、自分の心配をしたらどうだ。もう32だろう」 「うるさいっ。女はフリックの担当、オレは食い物」 「ふふ、自分のことになるとこれだ。気楽なのが一番なのだろう? 同じだよ。 明日死ぬかもしれないんだ。泣く人を増やすこともないさ」 「・・・まあな。 オレはおまえのおかげで一週間戦闘に出なくていいんで、とりあえず来週までは死なないだろうがな」 「ふん。よけられなかったおまえが未熟なんだ」 「くーそー。治ったら勝負だ」 「受けて立とう」 そして、顔を見合わせ、二人とも笑った。ガーデンテラスに笑い声が響いた。 空は青い。テーブル席の前を、紋白蝶が一羽ひらひらと飛んでいった。 <おしまい> |
このバレリアシリーズは、「女なら誰でもいいだろう」とバレリアを入れてユニコーンを仲間にしに行ったら、現れてくれなかった、という事実を元に書きました。あいつは女じゃないんだ! |