第11話 ユズのおにわ


 「わあ、可愛いコだね。ユズが育ててあげるよ」
 僕の掌で丸くなったヒヨコを見て、ユズは笑いにも似た高い声で話しかけてきた。闇のような混沌の中で続く闘いに慣れた目には、ユズの庭ののどかな陽は眩しすぎて、僕は目を細めた。
「このコが育つとねえ、ハイ・ヨーさんのレストランでタマゴ料理が食べられるようになるよ。オムレツやプリンや」
「へええ、うれしいな。フヨウハイや茶碗蒸しもメニューに加わるかな」
 僕はユズに話を合わせて軽く笑ってみせた。
 ヒヨコは、吸血鬼退治へ出向く途中で拾った。井戸の当たりでひょこひょこと散歩するそのチビ助を、掌で思わず覆ったのは、ユズの為でもなかったし食材の為でもない。闘いに疲れていたのだ。ふわりと暖かいヒヨコのぬくもりに触れたかったのだと思う。
 
「可愛い! ユズが育てるね。ミルクが取れるよ」
 羊を買って帰ってやると、ユズはそう言ってはしゃいだ。レストランにはチーズ等の乳製品を使ったメニューが増えた。
子牛の時にはユズに笑顔はなかったが、「大丈夫。その日まで、ちゃんと育てるから」と唇をきゅっと結んでいた。
その日。命の重さを知っている少女は、子牛を捌く日をそう呼んだ。その日まで、慈しんで育てるから、と。
 レストランでメニューを開いて「ステーキ」「しゃぶしゃぶ」等の品名を見つけた時、さすがに僕は頼む気にはなれなかった。
同行者のフリックとビクトールは何も知らないから、普通に頼んで「うまいうまい」と食べていた。
教える必要もない。あの牛は僕らの血や肉となり、闘うエネルギーになってくれるのだ。
 そのあとビクトールたちの食後の散歩とやらに付き合わされた。3人で裏庭の「木こりの結び目」のゲームで遊び、トニーの畑でもぐらたたきに興じた。
「ふーう、けっこう汗かくな」
 3人順番にゲームを終えて、ふと隣の庭を見るとユズが羊に乗って遊んでいるところだった。
「おにいちゃーん」
 片手で羊の毛を掴んでうまく乗っている。もう片方の手を上げて振っていた。
「やあ」
「可愛いコだね。ユズが育ててあげる」
「?」
 僕は意味がわからず首をひねった。
 
 その日からビクトールの姿が見えなくなり、翌日からメニューに「熊鍋」の品名が増えた。

                              ☆ ご愁傷 ☆  



実際にユズはゲームの中でも、牛や羊に「ハンバーグ」や「ジンギスカン」と名前をつけているそうですから。


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