第28話 『オウランの日曜日』


< 1 >
「く、崩れる! 早く城から脱出するんだ」
『ジョウイを探す』とごねるリーダーを、ビクトールが無理矢理肩にかついだ。
「オウラン、お前もとっとと立て!」
 オウランは、シルバーウルフの状態異常の魔法にヤられてしゃがみ込んだままだ。ビクの声に上を向いたが、まだ夢心地の とろんとした目でいる。
「仕方ない」
 フリックがオウランを腕に抱きかかえる。どっしりと重いのは・・・胸とヒップの分だと思えば乗り切れるだろう。フリックと間近で 目が合ったオウランは、何故かぽっと顔を赤らめた。
「行くぞ!」
 
 リーダー達が無事に本拠地へ辿り着くや否や、勝利の祝宴が始まった。みな、酒を飲みかわし、勝利をたたえあった。憂える ことは何ひとつ無いように思えた。オウランの身に起こったことを除けば。
「記憶喪失?」
 ホウアンの治療室の前に陣取る、一緒に戦ったメンツは、思わず顔を見合わせた。検査を終えたホウアンは言った。
「色々なステータス異常をいっぺんに併発して、精神的なダメージを受けたようです」
「おいおい〜。自分の名前も忘れちまったっていうのか」
 オウランは、治療室の椅子に、華奢で可憐な少女がするようにちょこんと膝を揃えて座っていた。
「わたくしの名前は『オウラン』というそうですね。あ、あなたはわたくしを抱いて逃げてくださったかた! その節はありがとうござい ました」
『わたくし?』『くださったかた?』・・・礼を言われたフリックも、その他のメンツも目をしばたかせる。オウランの体に、別の人格が 憑依したとしか思えない変わりようだ。だが、考えてみれば、これが妙齢の普通の女性のしぐさや言葉使いなのだと納得もした。
 治療室を出てから、ビクはにやりと笑って肘でフリックをつついた。
「記憶を無くしてから初めて見た男がお前だったんだ。惚れられたかもよ」
「よせよ。親鳥と雛じゃあるまいし」
 オウランはさっぱりしたいい女性だと思うが、恋人には遠慮したい。手を握られた途端に、五本の指が粉々になりそうだ。
 
「ヨシノさん。お洗濯、お手伝いしますわ」
「まあ、オウランさん、ありがとうございます。助かります」
「この板に布をこすりつければいいのですね。あら?」
 ばきっ。
 洗濯板は無残にも二つに割れた。
 
「ハイ・ヨーさん。お料理、お手伝いさせてください」
「ありがとアルねー。まずは、そのキャベツを千切りにしてほしいアル」
「はい、わかりましたわ」
「ぎゃーっ、何するアル。まな板まで切っては駄目アルヨー!」
 
『わたくしってダメな女ね。家事がまるでできないなんて』
 両手を頬にあてて、内股で庭を歩くオウランを、みんなが不気味がってよけて通った。彼女は芝生に横座りすると、タンポポの 花をちぎって花占いを始めた。
「好き。嫌い。好き・・・」
『オウランが女に変わったという噂は本当だったのか』
 木の影から様子を窺うのは、バレリア・ハンナ・ローレライの三人だった。
『違うだろ。記憶を無くしたのだ』
『だが、結果的には女らしくなっているのだから、同じことだ』
 まだオウランがいると安心していた三人だったので、ショックは隠せない。しかし、 『でもまだ、この二人がいる』 とお互いを盗み見して胸をなで下ろすのであった。
「嫌い。・・・ふう。ううん、もう一輪」
 オウランは、今度は白つめ草の茎を、指で軽く摘んだ。その時、根を張ったその辺りの一連のクローバーがすぽりと外れ、 おまけにそれは桜の根と絡んでいたので、桜の木もすぽんと抜け、ずどどどーん! という大音響と共に地面に大木が投げ 出されて横たわった。幹に手をついて覗いていた三人は土けむりと共にそのまま一緒に倒れ込んだ。
『つうっ!』『不覚!』
「まあ、桜から人が。お怪我はございませんか?」
 三人に手を差し出しながら、オウランはまともに恋占いもできない自分に、ため息をついていた。
 
< 2 >
 城に集った人々の中には、行き先が決まりそろそろ荷物をまとめる者も出てきた。
「オウランをどうしたものか」
 城を任されたシュウは頭を痛めていた。本人と、親分肌のビクとフリックを広間に集め、相談することにした。記憶を無くした 彼女には、何の仕事が可能だろう。
「わたくし・・・お嫁さんになりたいわ」
「き、君はそんなものにならなくてよろしい。夫が何人死ぬかわからん」
 シュウが一蹴した。抱きつかれて首の骨を折る奴、背骨を折る奴。目に見えるようだ。
「記憶が戻れば、ボディガードの職に戻れるんだがなあ」
「いやですわ、ビクトールさんたら! ボディガードなんて。人を倒すなどと、そんな恐ろしいこと!」
 オウランにはたかれ、ビクは壁に叩きつけられた。
『怒らせたら、思い出さないかな』
 フリックが小声でシュウに提案したが、それも却下された。
「既に実験済みだ。タイ・ホーがお尻を触っても『あら、いやですわ』と笑顔だったというし、レストランで隣のロン師範におかずを 取られた時も、『こちらもどうぞ』と皿を差し出したそうだ」
『古典的だが、頭を殴る、とか』
「体には闘いが滲みついた女だぞ。咄嗟に反撃されたらどうする」
『・・・死にますね、まず』
 その時、広間の扉を開けて、ニナが飛び込んで来た。
「フリックさあん、ここにいたの。探しちゃった! ねえねえ、今日こそは、城を出たらどこへ行くのか教えてもらうわ」
 甘えた声で言うと、フリックの腕にしがみつき、体をすり寄せた。
「どこへ行くなんて特に決めてないよ。それに、君はまだ学生だ。学院に帰りなさい。
 ほらほら、会議中だ。邪魔しないの」
「やーん。フリックさんと一緒にいくう」
 ニナは抱きついた。
 ぱっきーん! 
 その時、オウランの中で、何かがはじける音がした。なんか、むかつく!
「オラオラオラ、なにやっとんじゃーーーっ!」
 オウランはニナを引き剥がすと、壁に叩きつけた。運良くビクがめり込んだ場所だったので、彼がクッションになり、怪我はない ようだ。いや、もともとニナは打たれ強いので、ダメージは無かったかも。
「オウラン、もしかして、記憶が戻った?」
 フリックがこわごわと顔を覗き込む。さっきまでの(不気味な)にこやかな笑顔と打って変わって、額には青筋が立ち、眉間には 深い縦皺が寄り、瞳には怒りの炎が燃えていた。
「おのれ、シルバーウルフ! 息の根はあたいが止めるっ!」
「それ、終わったよ、とっくに・・・」
 
「気をつけて行けよ、と言うのも、お前ら程の戦士には失礼な言いぐさか。フリック、ニナはうまく言いくるめてやるよ。ビク、酒は ほどほどにな」
 旅の支度も終え、フリック達は城を出ていこうとしていた。庭の名もない草たちが、風に揺れていた。
「オウラン。おまえはどうするんだ?」
「城で後輩の指導に当たるか、ぶらりと他の土地でボディガード稼業を続けるか、まだ決めていない」
「お嫁さん、っていうのはどうしたんだ?」
 からかい気味にビクが言うと、フリックがよせよと肘でついた。
「オウランは、記憶を無くしていた時のことは、覚えていないんだから」
『なんだ?』と不思議そうに二人を交互に見る。二人は笑ってごまかした。
「じゃあ、達者でな」
 オウランが手を差し出すと、二人はいきなり後ずさりした。
「何をびびっているのだ。握手すると指が痛いとでも思っているだろう、失礼な奴らだな」
 実はもっと失礼なことを予想しているとは、オウランは知らない。
「餞別に酒を贈ろうと思っていたが、おまえらなどにやるものか」
「えー、そりゃあないよ」
「冗談だよ。ほら」
 オウランは、深緑色の壜をフリックの手に押しつけた。
「ダンディ・ライオン・リカーというそうだ。勇ましくてかっこいい名前だろう」
「サンキュウ。じゃあ、な」
 まるで明日会えるかのようにそう言い、二人は軽く手を振ると、前を向いて歩き始めた。オウランは黙って背中を見送った。
 好き、嫌い。嫌い、好き。
 不安と期待の中でむしられ続けた黄色い花びら。枚数が減ってくると、触れる指が震えた。・・・あれは、子供の頃の思い出な のだろうか。オウランは遠い空を眺め、目を細めた。

       ☆おわり☆  


火浦さんの名作に『べリアルの日曜日』ってーのがあります。サイボーグの大尉が記憶を無くし、心優しいおじさんとして過ごす話。 火浦さんの作品自体が何かのパロディらしいです。パロディのパロ。しょうもないかも。 そういえば、『ロッキー・ホラー・ショー』もフランケン・シュタインのパロでしたね・・・。 


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