第30話 『旅姿三人衆』


「ほらほら、集中しないと、林檎じゃなくてボルガンの顔にナイフが刺さるわよ」
「いいよ、あんな奴の顔、どうなったって」
 数メートル先の塀に背をつけ、弟は、でかい頭にちんまりと愛らしい果実を乗せ、神妙な顔(と言ってもたかが知れている)で『気をつけ』をしていた。広場には多くの見物人が集まり、騒がしく野次るのでアイリ達の会話は届かない。
「ナナミがうらやましかったな。リーダーみたいなステキな弟がいて」
 厳密に言えば、ボルガンはアイリ達の実の弟ではないし、ナナミとリーダーも血は繋がっていなかった。だからこそアイリは、カードを配った神様を恨まずにはいられない。
 見物人達が『早くナイフを投げろ』『もったぶるな』と騒ぎ始めた。
「いいからとっととやりなさい。生活がかかってるんだから!」
「くそ。・・・えいっ!」
「ぎゃあ!」
 ボルガンは思わずしゃがみこんだ。
「こら、よけるなっ! 上へぐうんと伸びる予定だったのにーっ!」
「うそだーっ」
「うそだと思うわ」
 ボルガンと同時にリィナもぼそっと呟いた。
<その1>
 闘いも終わり、城を出た三人は、再び大道芸をしながら旅を続けていた。稼ぎの悪い日は空き地にテントを張り、野宿だ。
田舎の興行の場合、ポッチではなく食料でお代をくれる人もいた。今夜も宿には泊まれないが、牛肉をいただいた。すでに下味もつけてあり、あとは焼くだけのものだった。
「さあ、焼こう。ボルガン、火を起こしてくれよ」
「うん」
 アイリの頼みに、気軽に火吹きの技を披露する。
 くらくらと目眩がし、バランスを崩してボルガンはその場に倒れた。
「いただきまーす」
「あら、ボルガン、食べないの?」
「・・・うん。目がまわってて・・・」
「じゃ、あたい達でいただいちゃうよ。残しといても悪くなっちゃうしね」
 
 その港町では、漁師がサカナをくれた。
「わーい。串で刺して塩焼きにしよう。さ、ボルガン、火を吹いて」
「うん」
 ふらり。ばたっ。
「いただきまーす。・・・ボルガン、食べないの?」
「・・・うん。目眩がして」
 
「サツマイモをいただいたわ。焚き火をしましょう。さあ、ボルガン、火をお願い」
「うん」
 くらくら。ばたり。
「うふふ、いただきます。まあ、ボルガン、食べないの?」
・・・・・・いい加減に気づけ、ボルガン!
 
<その2>
「最近、客が減ったよね。芸も飽きられたかな」
「うふふ、そういうこともあるかと思って、倉庫にしまってあった二つ目の『瞬きの紋章』を、こっそりジーナさんに宿してもらっておいたの」
 興行が終わり、テントで上がりを勘定しながに姉妹は額を寄せ合っていた。リィナは振り向いて、ボルガンが眠っているのを確認した。
「テレポートの魔法を使って、引田天功ばりの芸ができるわ。ボルガンをジュラルミンのスーツケースに入れて、鎖で縛って、何カ所も錠をかけて池に降ろすの。で、『それ!』の魔法を唱えてボルガンを飛ばす。お客の前でケースを開くと、もぬけの空。きっと大喝采だわ」
「それで、ボルガンはどこへ飛ぶの?」
「さあ?」
「・・・・・・。」
 
「聞いてらっしゃい見てらっしゃい。世紀の大魔法をご覧にかけるよー」
 アイリの口上が終わり、タキシード姿のリィナが、にっこり赤い唇でボルガンに微笑みかけた。
「さあ、準備はいい?」
「うん」
・・・・・・いいかげん気づけってば、ボルガン!

       ☆おわり☆  


「こんなひともいたな」シリーズ。かわいそうなボルガン。よく考えると、コワイ話かも。違うか(笑)。


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