第33話 ノースウィンドゥへの道


 シーナは酒場で2本の地酒を買って、バレリアに手渡した。
「一緒に探してくれたお礼だよ。送別会でみんなで飲んでよ」
「もう諦めるのか」
「どうせ僕は根性ナシです。早く帰らないと、ビク達が待ちくたびれて寝ちまうよ」
 シーナの方が先に立って歩き始めた。サウスから、城のあるノースウィンドゥへは一本道だ。
 街を出ると、塀が夕陽に照らされて長い影を作っていた。街道に伸びる二つの影も長い。
「シーナはまた背が伸びたんだな。私はいつの間にか追い越されてしまった」
 バレリアは瓶の栓を抜くと、「道中は長いからな」とシーナに差し出した。
「・・・16の時からだよ。初めて会った時から、僕の方が高かったんだ。バレリアは気づかなかっただろうけど」
 シーナは「レディ・ファースト」と言って瓶を返した。
「私にまで『レディ扱い』か、よくやるよ、お前も」
 バレリアはくくっと笑うと、瓶の口を整った唇にふくませ、ごくごくと飲み干した。そしてシーナに回した。
「こんな強い酒、よく水みたいに飲めるよなあ」と、シーナは苦笑して自分も喉を潤す。
「トランへ帰ったら、また辺境警備?」
「ああ。お飾りで城の警備をするより、マシな仕事さ」
「任務が終わったら、また昇進ですか」
「その為に志願したからな。軽蔑するか、御曹司どの?」
 バレリアは瓶を受け取ると、ぐびりと喉を鳴らして一口飲んだ。シーナは瓶をもぎ取ると、少しムキになった。
「故郷の村を救えなかったのは、バレリアのせいじゃないだろ。わざと危険なところへ志願して、死に急ぐみたいに。いくら稼いだって、もう家族もいないのに」
「・・・・・・。」
「ごめん。言い過ぎた」
「貧しい農村だったよ」
「バレリア?」
「私は13で街に売りに出された」
「売り・・・に?」
「信じないだろうが、その頃の私はなかなかの美少女でね。娼館に売り飛ばされたんだよ」
「えっ?」
「ところが私は、村でも年上の男の子より喧嘩が強かった。娼館から逃げようとして、用心棒の大人五人を相手に、勝ってしまった。ま、むこうは私を甘く見ていたし、私は死にもの狂いだったしな。
 おかみは私を用心棒として雇ってくれて、街の道場にまで通わせてくれた。16になって軍隊に入るまで、そこにいたんだ。
 サラブレッドのシーナには、信じられないような話だろう」
 バレリアはシーナから瓶を取り返すと、一気に酒を煽った。
 
 陽は落ちて、月だけが路を照らした。行程を三分の二ほど来たところで、バレリアが足を引きずり始めた。
「足の爪が割れたらしい。少し待っていてくれ」
 バレリアは脇道の草の上に腰を降ろすと、ブーツを脱ぎ捨てた。左足の親指に血糊が固まって薄い膜を作っていた。バレリアは携帯していた応急道具で治療を始めたが・・・。
「手伝おうか?」
「いい。触るな」
「でも・・・それでどうやって靴を履くのさ」
 出来上がった包帯の塊では、シーナのブーツでさえ入りそうにない。シーナは返事も待たずに包帯を解くと、くるりと薄く器用に親指に巻き付けた。余った布を、バリレアが剣で切った。
「すまんな」
「バレリアが不器用すぎるんだ。・・・痛くないか? 横抱きにして城まで連れて行ってやろうか」
「爪が割れた程度でか? 遠慮しておくよ。そんなサービスは、足が吹き飛ばされた時の為に取っておいてくれ」
「・・・冗談でも言うなよ。こんな綺麗な足なのに」
 シーナはバレリアの白い足首に軽くキスをした。シーナにしてみれば、軽い賛辞のつもりだったが。
「さわるな!」
 きらりと覇王七星剣が光ったかと思うと、切っ先がシーナの喉元で止まっていた。
「私に触れないでくれ、頼む」
「・・・襲ったりする気はないよ、これでも僕は紳士だぞ。でも・・・足にキスしただけじゃないか。
 そんなに僕が嫌いなのか? だったら喉でも胸でも斬り裂けばいいさ」
 半分は本気だった。自虐的で破滅的な気分だった。だが、バレリアの方がすまなそうに視線をそらした。
「シーナを嫌いなわけじゃない。お前のせいじゃない。致命的なんだ。触れられるのさえダメなんだから」
「・・・それって、店に出た時のトラウマ?」
 バレリアは「たぶん」と小さく頷いて、剣をしまった。
「途中で客を殴って逃げたけどな。だが、手首を掴んだ太い腕の圧迫感や、頬に触れた太い指のざらつきは、昨日のことのように鮮明に感覚が残っている。
 性的な匂いがしない接触は平気なんだ。仲間と肩を抱いたり、背中を叩いたり」
 ブーツを履いて立ち上がると、シーナを見ずに歩き始めた。
「少女時代にあの店でたくさんのことを見過ぎた。男と女の偽りと真実。ビジネスと割り切れず情に溺れていく奴ら。裏切り。
色恋のからむ殺傷沙汰。・・・たぶん私は怖いんだ。心や体を支配されることが。戦場で死ぬ方がまだマシだ」
 ぐいと酒を飲み干す。瓶も行程同様、三分の二まで減っていた。月が後を追ってくる。目の前に、城のシルエットが見え始めた。
「トランに戻ったら、もう『お前』よばわりはできんな、シーナ殿」
「よしてくれよ」
 シーナは瓶を受け取り、一口飲んで手の甲で口をぬぐった。
「僕みたいな生い立ちの男、ハラがたつだろう?」
「そんなことはないぞ。いい家柄に生れたのは、お前のせいじゃない。むしろお前は、家柄に振り回されて苦しんでいるように見える。『大統領の息子』って肩書でほいほい付いて来る女達と寝ることで、自分を苛めているように見えるよ」
「・・・敵わないな、バレリアには」
 シーナは苦笑すると、瓶を渡した。「最後の一口だ」と言ってバレリアは全部をごくごくと飲み干した。
「生まれを悔いても、生れ直すことはできん。いや、むしろ私は今の人生に満足している。戦うことは性に合ってる。
 なんでこんなこと、お前に話したかなあ。道中が長過ぎたな。
 同情なんぞしないでくれよ。それから、みんなに言うなよ。アニタでさえ知らんからな」
 この女将軍に、自分の気持ちが通じているとはシーナは思えなかったが、少し生身のバレリアに近づけたような気はした。
シーナはしっかりと頷いた。
「頑張って早く大人になるから、バレリアも待っててくれよ」
「何を待つんだ?」と、バレリアは真顔で聞き返してきた。ま、こんなもんだろう。
 城の門ではカンテラの灯が揺れていた。三人の人影が見える。ビクトールとフリック、アニタが待ちくたびれて、門まで迎えに出て来たらしい。こちらが手を振ると、三つの影も手を振り返した。
「ちぇっ。もう着いちゃったかあ」
 シーナのため息まじりの言葉に、バレリアも振り返って笑顔をみせた。

        ☆おわり☆ 



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