第41話 指先から3センチ先で


  七日目に、ボブは自由に出歩けるようになった。消毒の為にホウアンの治療室へ出かけ、帰りに廊下でビクトールに呼び止められた。
「よお、色男。怪我はもういいのか?」
 何が色男だ。ボブは渋い顔になる。七日の間に噂は全ての人に行き渡ったようだ。
「抜糸はまだだが、戦闘には参加していいってさ。早く闘いに出たいよ」
「無理するな。マドンナが心配するぞ」
 ボブはそれを聞いて鼻で笑った。
「どのアマがマドンナだよっ」
「レオナは、城中の野郎たちの憧れの的だったんだぞ。彼女を落として、どんな気分だ?」
 ビクトールは、陽気な声でボブの背中をどん、と叩いた。
「城中の人間にあざ笑われている気がするよ。バカな男だ、って」
 きっと、一巡して、俺が最後の一人だったに違いない。みんなはどんなオンナか知っていて、『かわいそうに』と嘲笑の目で見ているんだろう。
「俺はレオナのオモチャなのさ」
 ボブの言葉にビクトールは肩をすくめた。
「まあ、ノロケとして聞いておくぜ。どこも似たようなもんだ。ほら、その似たようなもんの一つがやって来た」
 廊下を、テンガアールがヒックスの手を無理矢理引っ張って走って来た。
「ビクトールさあん。次の戦闘には、このヒックスを是非連れて行ってくれよな!」
「僕は、別に・・・。闘うのは苦手なんだけど・・・。練習してた方がいいんだ」
「だって、キミは実戦に出ないと、経験値が手に入らないだろうっ!」
 テンガアールの夢は、ヒックスが立派な勇者になった暁に、故郷の村に帰って結婚式を挙げること、だった。
 ビクトールは笑いをこらえて、目でボブに『なあ?』と言った。
「パーティーを決めるのはリーダーだからなあ、俺に言われても」
「リーダーにももちろん進言して来たよ。じゃあ、これからフリックさんにも売り込みに行って来まあす」
「・・・ああ、がんばれよ」
 二人が騒々しく通り過ぎた後、ボブは「ヒックスが死ぬかも、なんて考えてないだろうなあ」と洩らした。
「そうだろうな」
 レオナは、ボブが戦闘に出ている間、「死にますように」とでも祈っているのだろうか。『但し、オオカミの姿で』と制約も付けて。
 そろそろ、解放してくれ。楽になりたい。
「次の戦闘には、俺も呼んでくれ。リーダーに言っといてくれよ」
「ああ、ホウアンの許可が出たこと、伝えておくよ」
 
 部屋のノブを握ろうとして、中に生活の音を感じる。レオナが来ているのだ。ボブはうれしいのかうんざりしているのか、自分でも気分を計れないまま、手を止めた。ただ、手を止めた理由はわかっていた。『この気分』を、もう少し長く味わっていたかったのだ。
 城中のみんなの笑い声が聞こえる。愚かな男と嘲り罵る声が。
 レオナ。
 もうすぐ、プレゼントが届くだろう。おまえが欲しくて仕方なかったもの。
 もうすぐだから。楽しみにしててくれ。
 ボブはノブを握って、扉を開けた。

  ☆ つづく ☆  



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