第48話 『恋のおまじない』


 ニナは、もつれる足で階段を昇った。メイザースは、城のバルコニーにいるはずだ。彼は、恋の成就の呪詛をして小銭を稼いでいるらしい。リッチモンドに調べてもらったのだから、間違いはない。
 メイザースは、テンコウと二人でお茶をすすっていた。初夏の風がニナの汗ばむ頬をなでたが、微笑む余裕もなかった。
「お願い、メイザースさん。フリックさんと私が恋人になれるように、おまじないをしてほしいの。ほら、貯金箱も持って来たわ」
 ニナは思い詰めた口調に、二人の老人は顔を見合せ「ほ、ほ」と笑った。
「おぬしのような子供までが、『恋』とはのう」
 メイザースは、朱と金で派手派手しく彩られた九谷から、ぐびぐびとお茶をすすった。
「そりゃあ、フリックさんは12歳も年上だけど・・・。でも、愛の強さは年齢には関係ないわっ」
 聞いていたテンコウもにっこり笑った。
「お嬢ちゃんの言うとおりじゃよ。メイザースどの、頼みを聞いてあげたらいかがかのう」
「しかし・・・」
 メイザースは渋い顔をした。
「まじないには、相手を模した人形を使う。掌に乗るくらいの、マスコットみたいなものじゃ。依頼人は、それを三月と三日と三時間、肌身離さず持っておればいい。
 だが、まじない用の人形は、一人の人間に対して二体しか作れん。フリック殿の分は、もう売れてしまったのじゃよ」
「えーっ! 誰が買ったのっ!」
 ニナはメイザースの襟首を掴んだ。
「お、落ち着きなさい。えーと・・・。えーと・・・。昔のことはよく覚えとるんじゃが・・・」
「一人は可憐な娘さんだったよ」
 テンコウが助け船を出した。
「おお、そうじゃった! 小柄で可愛らしいお嬢ちゃんだった」
 小柄で可憐で? ユズちゃん・・・じゃ、小さすぎる。メグ? ビッキー? それともトモかもしれない。まったく油断もスキもあったもんじゃない!
「もう一人は・・・すばらしくグラマーな女の子じゃなかったかな」
「テンコウ殿、かたじけない。そうそう、若いのになかなかのナイスバディで」
 メイザースは思わず面相を崩した。
 ナイスバディ。ジーンさんかオウランさんか。でも、女の子っていうくらいだから、ミリーぐらいだろうか。
「誰ですかっ、その人たち! この城にライバルがいたなんてーっ!」
「名前・・・名前は・・・ううむ」
「わしも名前まではお手上げじゃな。お迎えが来る前には、108人の顔と名前を全員覚えたいものじゃよ。ほ、ほ、ほ」

 じじいたちの記憶ではらちがあかない。ニナはそれらしい人に聞いてまわった。
『ちょっと、ニナちゃん、からくり丸の部品、そこ、踏んでる! え、フリックさんの人形? どんなしかけで動くの? ・・・動かない? なーんだ、つまんない』
『人形? この私がか? 命の無いものを守って何の意味がある!』
『ボナバルトがいるのに、お人形なんて必要ないよー。ほーら、可愛いでしょ。まるでフランス人形みたい(うっとり)』
 ニナは、城中を駆けまわったが収穫を得られなかった。疲れた足を引きずり、レオナの店でソフトドリンクでも飲もうと、廊下を通りかかった。倉庫の前で、バーバラの声が聞こえた(バーバラは、本人は気づいていないが声が大きいので、『内緒話のできない奴』と呼ばれていた)。
「ほら、見ておくれよ、この青いはちまき。小さいのによく出来てるだろ?」
 青いはちまき? もしや、バンダナのこと? フリックさんの?
『小さい』?! ニナは、はっと倉庫を覗いた。
「いえいえ、このタキさんが買ったお人形も、青い長ぐつまでそっくりだよ」
 見ると、タキとバーバラが、掌にフリック人形を乗せて、自慢し合っているところだった。
 ニナは疲労が押し寄せ、その場に膝をついた。タキ、72歳。確かにメイザースにとっては『お嬢ちゃん』の年齢であった。
                               おしまい


私が入院していた病院の、理事長先生(70歳位)は、アキレス腱切断で入院していた50歳のご婦人の歩行練習を見て、 「あのおねえちゃん、だいぶ歩くのうまくなったな」と言っていた。おねえちゃん・・・・・・。 メイザースから見たら、ユズなんか、限りなく胎児に近いんでしょうかね。



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