第53話  『幻水広告代理店

 アップルは、メガネを頭上にずらすと、帳簿を置いてため息をついた。
「シュウにいさん、やっぱり・・・」
「そうか。ううむ・・・」
 シュウが横から帳簿を覗き込み、眉間に皺を寄せる。アップルは、パチパチとソロバンをはじいて、シュウに見えるように体をずらした。
「ダンジョンへ繰り出しての小銭稼ぎや、貿易などでチマチマ稼いでいるのでは、とても時間が足りないな。敵も強くなってきている。早急にパーティーの装備を強化せんといかんのに・・・」

 というわけで、二人で、テッサイとハンスに今まで以上の融通をお願いしに行った。
 テッサイは「よかろう。我が軍が勝利の暁には、莫大なポッチが入る。それまで支払いは待ってしんぜよう」と、快諾してくれた。しかし、ハンスの場合、防具を仕入れる為には資金が必要だ。代金を滞らすわけにはいかなかった。
「台所が苦しいのに、申し訳ないです。しかし、ツケや分割払いが効かないのが、武器防具売買の掟なんです」
 店先で、人のよさそうなハンスは、すまなそうにうつむいていた。シュウもアップルも、それ以上頼むことはできなかった。
「パーティー6人分の防具代だけでも、何とかせんとなあ」


『広告を取りやしょう』というのは、フィッチャーのアイデアだった。彼はこういうことは得意だった。あっというまに顧客を獲得し、清涼飲料水やパソコンのポスターを城壁中に貼りまくった。舟の帆にも保険会社のキャッチフレーズが入れられ、自販機の紙コップにもクルマの広告が印刷された。
「フィッチャーに任せて正解だったな」
 広告ポスターだらけの廊下を歩きながら、シュウが珍しく他人の仕事を褒めた。隣を行くアップルは、少し不服だった。豪華でも綺麗でもないが、今までこの城はそれなりに落ち着ける空間だったと思う。闘いに備える者たちや、闘って帰って来て休養したい者たちに、優しい場だったはずだ。原色や蛍光色満載のポスターで息苦しい今の状態は、やりすぎだという気がしていた。
「外に出ると、ほっとするわね。私は、派手な広告は、気が休まらなくて苦手よ」
 4階のベランダの扉をあけ、アップルは広がる青空を見上げて笑顔になった。吹き込む風が、アップルの髪を涼しげになでた。シュウも苦笑して、そんなアップルを見守った。
「あら、現在のMVPは、リーダー殿ではないようね」
 ベランダの中央には、銅像が立っている。戦闘で最も敵を倒した者の銅像が、この城の屋上を飾ることになっていた。
「・・・そのチビっちゃい体に二頭身の体型は、ムクムク? でも、まさか、あの子がMVPだなんて」
 アップルはメガネを外して布で拭いた。
「いや、あれは・・・」
 シュウも目を細めた。そして二人で顔を見合せ叫んだ。
「ピカチュウ!!」
『ぴかーっ!』

 * 一番目立つ場所の広告料が一番高い。 *

 おわり

私の携帯ストラップには、しっかりピカチュウが下がっています。 告白すると、『一人で』何回かポケモンセンターへ行ったことがあります。



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