第63話 『フィッチャー市長最後のお仕事 最終章』



「ほらほら、とーちゃん、女の子だよ。抱っこしてやんな!」
 キャロの産婆は、バーバラを思わせる体格のよい女だった。元気のよい口調も彼女に似ていてフィッチャーは苦笑した。・・・もう、『父親ではない』と訂正する気は起きなかった。世間には好きなように思わせとけという気分だ。
「フィッチャー・・・」
「二人とも無事で何よりです」と、ベッドのジルに言葉をかけ、白い布に包まれた赤ん坊を抱いた。赤ん坊は赤茶けた顔色をしていると聞いたが、ジョウイに似たのか色の白い子供だった。髪はブロンドより、少しプラチナがかかっていた。これもジョウイ似だ。
「女の子で、本当によかった」
「あら、フィッチャーには、男の子の方が都合がよかったんでしょう?」
 意地悪そうに、ベッドの中で黒い瞳をくるくると動かしたジル。
「そんな憎まれ口を叩く元気が残ってれば、心配ないですね。赤ん坊って、随分軽いものなので驚きましたよ。これを、ちゃんと大人の人間にまで育てて面倒みなけりゃいけないんだから、母親って仕事は大仕事だな」
 フィッチャーはヨシノに赤ん坊を手渡すと、「じゃあ、わたしの方は、つまらない仕事に行って来ます」と寝室を出た。今から馬をとばせば、午後にはミューズに着くだろう。市長が無断欠勤するわけにはいかない。
 市庁舎に着くと、入り口で秘書が待ち構えていた。
「フィッチャー殿! どこへ行ってたんです!」
「すみません、随分遅刻ですね」
「シュウさまがいらしてるんですよ。しかも朝一番で!」
「ええーっ!」
「応接室でお待ちです。朝から、ずーっと」
 秘書は『ずーっと』シュウに厭味を言われ続けたのだろう、言葉に恨みがこもっていた。フィッチャーは二段おきに階段を駆け上がり、応接室のドアを開けた。


「お待たせして、申し訳ありません、シュウ殿」
 シュウはソファに横になり、本で顔を覆っていたが、フィッチャーの声でゆっくり起き上がった。
「大臣出社だな。それとも王さまにでもなったつもりでいるのか?」
「す、すみません。今朝までキャロに行っていたので」
「相変わらず、髭もそってない」
「こ、これは今朝だけですよー」
「キャロで何があった?」
「強盗騒ぎと・・・ジル殿が無事ご出産なさいました。本当に、女の子でした」
「その『本当に』ってのは、何だ?」
「あ、いえ、あのその」
「・・・フィッチャー、おまえ、男だったとしても『女の子でした』と報告するつもりだったな」
「そんな、いえ、あの。・・・実はそうでした」
 フィッチャーはあっさり認めた。「いやに素直だな」と、シュウは肩をすくめた。
「今朝は別におまえをいじめに来たわけではない。用件は二つ。まずはこの書類に目を通してくれ」
 シュウが渡した企画書は、傭兵の砦のものだった。かつてアナベルが、都市同盟の為にビクトールに作らせていた傭兵の砦を、国の命によって再び建設しようというのだ。既に建物はトラン共和国の国境近くに建設中で、ビクトールとフリックが、応募者の剣の試験と面接を行っているらしい。
「合格者の名簿を見てみろ」
「・・・シードとクルガンが? しかも合格、ですか。敵だった彼らをなぜ」
「彼らはたまたまハイランドに組みしていたが、平和を望み、戦争を早く終わらせたいという思いは同じだった。今も、平和を持続させたいと思っている。そして優秀な騎士でもある。不合格にする理由があるのかね?」
「しかし・・・あのルカの下にいた者達ですよ」
「ルカを見限って、最後は心の正しいジョウイに味方している」
「随分ジョウイを評価してらっしゃるんですね」
「おまえは随分ジョウイに反感を持っているな」
 シュウの言葉に、かっと顔が赤くなった。「わたしは、あいつに上司を殺されてますから!」
「まあ、そうムキになるな。ジルの子供を利用しそうなハイランドの残党の、有力候補が消えたってことさ。あとは雑魚ばかりだ、たいして怖くない。ジョウイ本人が旗をひるがえすことでもなければ、な」
「ジョウイは今、どこにいるんですか? シュウ殿なら、つかんでるはずだ」
「それが二つ目の用件だったんだ。ハルモニア神聖国の首都にいるらしい。旅の資金がつきたのか、三人とも仕事を見つけて働いている。まとまった金を得るまでは、そこにいるだろう」
「ハルモニア・・・随分と遠くまで」
「彼に知らせるか? ジルに子供が産まれたことを。ジルには? 彼の行方を教えるつもりかね?」
「ジル殿には話します。わたしは、あの子には隠し事ができない。何故かすぐバレてしまうんです。だから先に正直に言っちまった方がいい。
 ジョウイにも、知らせた方がいいとは思いますが。ただし、ジル殿にきちんと説明して、納得させてから行動すべきでしょう」
「おまえの価値基準は、ジルを中心にできてるのか?」
 あきれて眉を下げたシュウに、フィッチャーは「ええ。そうかもしれません」と笑った。
「簡単に認めるなあ」
「いえ。今日やっと気づいただけです」
 なんで、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。自分の大切なもの。守るべきもの。自分の出来ること。
 自分は、たぶん、ジルを愛しているのだ。告げることはなくても、歳が離れていても、彼女がまだジョウイを愛していても。
「・・・最後に、行ってみるか? ハルモニアまで」
「最後?」
「おまえには、新しい辞令を出してやる。キャロの町役場の苦情処理係りだ。おまえに向いてそうな仕事だろう?」
「キャロ、ですか?」フィッチャーの表情が、柔らかく変わる。
「ジェスも、おまえが市長じゃ見てられない、アナベルに恥ずかしいって、やっとやる気になっているし」
「ちぇっ、ヒドイな、人に戦後の事後処理任務だけ押しつけといて。でも、市長って、そんなに簡単にやめさせてもらえるんですかあ? 一応選挙で選ばれたんですが」
「横領でも収賄でも女性問題でも、何でもでっちあげてやるから安心しろ」
「・・・・・・。」

 一週間後、ミューズ市庁舎の裏口から、一人の男が旅支度で出て行った。商人の装いをしたその男は、鞄の中に、フィリップ・プレシという名の偽造通行証と、ジルがジョウイに宛てた手紙を携えていた。
 ジルの手紙の内容は知らない。だが、特に気にもならなかった。
 帰る頃には、ベルと名付けられたあの赤ん坊が、どれくらい成長しているかが楽しみだった。

<最終章・終>  

ゲーム中、フィッチャーって人は本音が読めなくて、すごく興味を持ちました。そしたら制作のコメントで、フィッチャーがとても気に入っている云々とあったので、やっぱりなあと苦笑しました。私の一番好きなビクトールも、制作者がこうありたいという一種理想の男性像だそうです。つまり、作者が好きなキャラは魅力的に出来上がっていることが多いってことですねえ。 このゲームのストーリーで、ジルがあまりに可哀相な気がしたので、幸せになってほしくて、これを書きました。



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