クラッカーを鳴らすように笑い声が炸裂した。隣の部屋だ。
「うるさくて、ごめんな。姉その2の大学の取り巻き達が来ててさ」
僕はガールフレンドの姫子に言い訳した。
「弥生さんだっけ?綺麗だから、もてるんでしょ。平気、気にならないから」
姫子は、僕の勉強机用の椅子に浅く腰掛け、ミニスカートから延びた足をぶらぶらさせながら言った。ソックスは白。でも、ルーズソックスをはかないところが、僕は気に入っていた。
「葉月クン、それより、早く見せて、ゲームの試作品」
「よっしゃ」
僕はクッションを敷いて床に座ると、TVとゲーム機のスイッチを入れた。
何故試作品が僕の手元にあるかと言うと、姉その1が、ゲームの制作会社に勤めているからだ。しかも事務系でなくモロ制作。三カ月会社に籠もっていたり、何日も風呂に入れなかったりする忙しさらしい。ま、色気もなく、オトコいない歴25年の如月に合った会社だ。
「なんてゲーム?」
「『プリンセスを救え』」
姫子は吹き出した。
「笑ってるな。これこそ、男の見果てぬ夢じゃんかよ」
その時、突然めまいに襲われた。目の前が真っ暗になった。
<1>
気づくと、そこは森の中だった。
遠くの空に、西洋の城がそびえ建っている。
「なんか、見たようなシーンなんですけど?」
雲がぷかりぷかりと不自然に流れて来て、文字を作った。
『1st MISSION ねむりひめをすくえ』
今始めたゲームの冒頭シーンだった。僕は自分の姿をあらためて眺めた。
『布の服』『革の靴』腰には『木の剣』。たぶんレベルは1に違いない。
どうやら自分はゲームの中に入り込んでしまったらしい。
現実の世界に戻るには、ゲームをクリアするというパターンが多い。やってみて損はないだろう。僕は城に向かった。門にからみつくいばらを切り刻んで、やっとのことで城の中へたどり着いた。
大広間の真ん中に、何故か天蓋付のベッドがどぉぉんと置いてあった。レースのカーテンが閉じている。ここに眠り姫がいるのだろう、わかりやすい。
キスして呪いを解けばいいんだよな。綺麗な人だといいなあ。
僕はベッドを覗き込んだ。そして10メートル飛びのいた。
「き、きさらぎねーさんっ!」
眠っていたのは姉1だった。まだ目覚めていない25歳。ぴったりすぎて、コワイ。
待てよ、僕は如月にキスしなきゃいけないわけ?
母も弥生も美人である。如月もそれなりの顔だちはしている。しかし、化粧っけのない青白い顔色、手入れしてない荒れた肌。髪もザンバラ。こんなの、女じゃない。
父が家を出ていったのは、僕が6歳の時。如月は15歳。それまでは、綺麗な自慢の姉だった。父への反感が、この頑さの原因なのだろうか。
「僕は3人目だからいいけど、如月はきっと初めてだぞ。弟がしちゃっていいのか?」
ためらいながらも、再びベッドを覗く。
「眉毛がくっついてる。顔剃りしてないな。…ヒゲ生えてるぞ」
「余計なお世話だーーーっ!」
「うわっ」
姉1がガバッと起き上がった。
と、ファンファーレの音!
『1st MISSION SUCCESS ! CONGRATULATION !』
壁に虹色の文字が現れた。僕はまた気が遠くなった。
<2>
気づくとまた森の中だった。
森のおしまいには、高い塔がそびえている。窓は一番高いところに一つだけ。
「わかった。ラプンツェルだな」
僕は、窓から垂れ下がった、黒髪のロープをつかんで登り始めた。
10分近く登り続けた。手がしびれてくる。
やっと窓にたどり着き、中へ飛び込んだ。
「待っていたのよ、あなた!」
化粧の濃い女が僕に抱きついて来た。年増だー、くそーっ!
でも、どこかで聞いた声だ。
「おふくろーっ!」「葉月!」
母は腕を離して「なんだ、パパじゃないのね。ま、いいわ。降りるの手伝って」
父は隣の市のマンションで一人で暮らしている。正式な離婚はしていない。やはり母は父が戻るのを何年も待っているのだろうか。
「野口英世か石川啄木の気分だな」
僕は母を背負い、部屋のベッドの足に髪の毛のロープの先を縛りつけて、ゆっくりと慎重に塔を降りた。
『2nd MISSION SUCCECE ! CONGRATULATION !』
<3>
当たりを見回すと、また森だった。
何人かがすすり泣いている声が聞こえ、そちらへ歩いて行った。
さっきうちに遊びに来ていた奴らが、棺を囲んで泣いていた。
『白雪姫を救え』で、しかも相手は姉2・弥生ってことか。
僕は姉や母じゃなく、姫子と出会いたいぞ。
そりゃ、うちは男手は僕だけで、僕は大人になったら母と姉たちを支えよう、守ってやらなくっちゃと思って大きくなった。でも、でも、こんなのいやだ!
「一生死んでろ!」
僕は棺をけっとばした。衝撃で弥生の口から林檎の破片がこぼれ出た。
『3rd MISSION SUCCECE ! CONGRATULATION !』
<4>
当然のことながら、また森の中だった。
僕は馬車に乗り、街へ向かっていた。手にはビロードの布に包まれたガラスの靴。次はシンデレラか。僕は今回は王子ではなく、シンデレラを探し出す従者の役らしい。
街に入ると、僕は貴族と商人の屋敷を一軒ずつ訪ねて回った。
えらい作業だった。日が落ちて、今日はこれで最後にしようと訪れた屋敷。
ボロいエプロンをつけた姫子が扉を開けた。
「やった、姫子がプリンセスだ!」「葉月クン、やっと巡り会えたのね」
僕らはひしと抱き合った。
キャストは、継母はうちの母、意地悪な姉達はうちの姉1と2。そのまんまだな。
当然姉達には、ガラスの靴は入らない。姫子にはぴったりだった。
でも、まてよ。
「くやしいっ、姫子が王子の妃になるなんて!」と、弥生。
そうだ、そうだよ、今回僕はただの従者だ。姫子が他の男の花嫁になるための手伝いをしちまった!
「いやよ!葉月クン、連れて逃げて!」
僕らは駆け落ちした。でも、ゲームはこの先どうなっていくんだ?
<5>
二人手をつないで森を駆け抜けた。
「ここまで逃げれば、王家の追手も来ないだろう」
僕の言葉に微笑む姫子。お城のお妃の座より、僕の手を取ってくれた。
…でも、どえらいことをした。王子の花嫁になる人をさらって逃げるなんて。僕にそんな勇気があるなんて。
勇敢な少年は、美しい恋人を得て、これでハッピーエンドだ。
もうすぐ森も終わる。
僕らの後ろには、2人を祝福するように、小リスや小鳥が列をなして…なんでついてきてるんだろう?
「あら、ポケットに穴が空いてる」
姫子はエプロンにナッツ等のお菓子を詰め込んでいたと言う。ここまでの行程で少しずつ落として来たらしい。…どこかで聞いた話だ。
イヤな予感がした。そして、予感は的中する。
このゲームは何面まであるんだろう。
森を抜けると、そこはお菓子の家だった。
<END>
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