§1§
「わしはただのちりめん問屋の隠居。礼には及びませんよ、のう、助さん。なあ、格さん。カッカッカッカ」
深々と頭を下げる若夫婦を背にして、彼は笑いながら去って行った。
§2§
ストッキングを被った男達の一人が、支店長のこめかみに銃を突きつけていた。
他に三人。みんなライフルや短銃を手にしている。
銀行員達は彼らの言われるがままに、札束を布のコーヒー袋に詰め込んだ。
「のろのろするなっ! 早く終わらせないと、こいつの頭を吹っ飛ばすぞ」
「ひいいっ。 き、君達、さっさと詰めなさいっ!」
ヒキガエルのような顔をひきつらせ、支店長が声をひっくり返らせて叫んだ。ほとんど泣きべそ状態だ。
「辛気臭い奴だな。笑え!さあ、笑えよ!」
男はグリグリ銃口を頭に押しつけてくる。
「ひーっ。 …ひっひっ。ふふ。ほっほっほ」
支店長は、泣きそうな顔のまま、文字通り必死で笑ってみせた。少しコワレたかも…。
「詰め終わったか。さ、行くぞ! こいつはヘリポートまで人質だ」
「ふっふ。ひひひ。ほほほ」
もう、完全にコワレていた。男達につれられて、彼は笑いながら去って行った。
§3§
「じゃあ、ママも元気でね。今度こそ幸せになるんだぞ」
六歳の将太は、涙をためた目で笑顔を作ると、新幹線のタラップにぴょんと飛び乗った。 私は再婚が決まり、将太は亡くなった夫の両親に引き取られることになった。既に座席では祖父母が座って待っている。
「男は泣き顔は見せちゃいけないんだ。特にオンナの前ではさあ」
偉そうに言ってニコッと笑った。静かにド
アが閉まった。
彼は笑いながら去って行った。
§4§
彼は笑みを浮かべながら面接会場に入って来た。たいした自信だ。
我々試験官の教師達を一瞥すると、「どうぞ」とも言われないのに、勝手にパイプ椅子に座って足を組んだ。
「中学名、氏名をまだ名乗っていないようだが?」
「『百三十五番』と呼ばれて入ってきた。そっちで書類は揃えていないのか」
なんという口のきき方。試験官達はざわついた。国語主任が私に耳打ちした。
「副学長、彼が例の…」
本校の入学試験始まって以来の、筆記試験全教科満点だった生徒だ。
「君の尊敬する人物は?」
「いない」
「君が今までに感動した本は?」
「無い」
少年は態度や口調こそ穏やかだが、面接の答えは従順とは言い難かった。
「そんな態度では、頑張って勉強したことが無駄になるよ?」
私が言うと、彼はニヤッと笑い、立ち上がった。
「服従しない相手には、脅しか。この星の教育制度と教育者の考え方はよくわかった」
そして、彼は笑いながら去って行った。
§5§
「だからシロウト判断は危ないって言ったのに」
私は腰に手をあてて呆れてみせた。
友人二人が彼の両肩をかかえ、キャンプ場に停めたワゴンに押し込めると、ワゴンはすぐに病院へ向けて出発した。赤いキノコを食べた彼は、笑いながら去って行った。
<END>
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