「歌う人形」
「バイバイ、子猫ちゃん。買ってくれた人に可愛がってもらうのよ」
縫衣は、作り上げたぬいぐるみの人形に軽くキスをすると、形を整えて箱に詰めた。バレリーナ風の衣装の、レースが皺にならぬように。ふわふわのしっぽが折れてしまわぬように。そしてこの子が窮屈に感じないように。
有限会社「縫衣手芸工房」は、インターネットで注文を受けて、お客様の細かい好みに合わせてぬいぐるみを手作りする会社だ。ただし、社員は縫衣一人。一針一針心を込めて作り上げた子供達には、魂さえ宿るかもと思われた。
綾小路ジョアン沙織利(14歳)は、夜中にふと目が醒めた。もの音がしたような気がしたのだ。目を凝らすと、淡いピンクのカーテンから透ける月明かりの中、テーブルの上で白い子猫のぬいぐるみが、チュチュのチュールを揺らしてターンをくり返していた。沙織利は「変な夢。」と声に出してつぶやくとまた毛布をかぶった。
「バイバイ、ウサギちゃん」
縫衣は、白いエプロンドレスのぬいぐるみに別れを告げた。
「買ってくれた人の心の癒しになってね」
伊集院式部之宮(19歳)は、のどが乾いて夜中にキッチンのドアを開けると、電気がつけっぱなしだったのに驚いた。『やだ、酔っぱらってつけたまま寝ちゃったのかしら』
ダイニングテーブルでは、ピンクのうさぎのぬいぐるみが、パン生地をこねているところだった。
『・・・。飲み過ぎたわ』
式部之宮はまわれ右でベッドに戻り再び爆睡した。
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「あなたたち、三人とも同じところへ貰われていくなんて、よかったわね。いつまでも姉妹のように仲良くね」
フキノよし子と河豚娘蛇子と有村穂世子は、女子大の寮のルームメイトだった。三人は一緒にこのぬいぐるみを三体購入した。
フキノよし子はSFおたくであった。
「レースのドレスも可愛いけど、やっぱりこれよね」
自作のエイリアンのきぐるみを小犬のぬいぐるみに着せ、本棚に飾った。
河豚娘蛇子はミニタリーおたくであった。
手作りのグリーンベレー部隊の衣装を小羊に着せると「あなたの名前はD773よ」とつぶやきにっこりと笑った。もちろんフィギア用のM16も腰に飾った。手榴弾もコンバットナイフも携帯させ、小羊の白い顔を少し泥で汚すと、机の上の写真立ての陰に待機させた。
その夜、三人が12時の門限にコンパから帰って来ると、部屋の中は目茶苦茶になっていた。泥棒の荒らし方ではない。爆発でもあったのかカーテンは焼け焦げ、床には緑の粘着質の嘔吐物が模様を作り、タンスには弾の跡が幾筋も傷を刻み込んでいた。枕はナイフで切り刻まれて、中身の羽根が散らばっている。
「なに、これ。私、眠いのに」「私も。掃除は明日でいいわよね」ものに動じない三人であった。
有村穂世子が、床に倒れた二体の人形を拾い上げた。「これ、ワタシに貸してくれないだすか?」
「いいけど、穂世子ちゃんも自分の分を買ったよね?」
「ワタシがさせたいコスプレは、三体無いとなりたたないのだす」
フキノと河豚娘は、真夜中にあまりの騒がしさで目を醒ました。
騒音の主は机の上の三体の人形だった。一体は振り袖、残りの二体はドレス姿だった。ドレスの人形達はギターを抱え、振り袖のものは三味線をかき鳴らしてした。
『♪うちら陽気な かしましむすめ〜 おんな三人そろったら かしましいとは愉快だね〜』
仕掛け人の穂世子本人は、コンバットナイフで切り裂かれた枕を抱えながら、にこやかに微笑んで眠っていた。「かしまし娘のテーマ」がまるで子守歌であるかのように。
<END>
★ ★ ★深野義和さんのお嬢さんK美ちゃんが、インターネット通販で、かわいらしいぬいぐるみのオーダーメイドのHPをやっています。私がみずいろの為に作っていただいたのは、「B-b(ビィビー)」という黒猫。あまりに可愛かったので、「この子を主人公にお話を書きますね」と宣言した私。でもなにせ「いろものの福娘紅子」のこと、こんなお話になってしまいました〜。たぶん期待していたのと違うと思う(当たり前だ)。K美ちゃん、かわいいお人形を作ってもらっておきながら、どうもすみませ〜ん。きゃ〜〜。
ちなみにK美ちゃんのぬいぐるみのページは「CANDY
HOUSE」といいます。深野義和さんのHP(私のHPのリンク集から行ける)から「しーな(愛犬)とK美ちゃんのHP」に行けて、そこのコンテンツです。 ★ ★ ★
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