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火星のプリンセスは、デジャー・ソリス。 魔法のプリンセスは、ミンキー・モモ。 心に刻むべき、名言である。 まあ、それはおいといて。 クリユス平原の赤い大地。 その地中深くで、若い火星の女王は悩んでいた。 「さて、どーしましょう?」 人間なら、可愛く小首を傾たりするところだが、あいにく火星人には、小首は無い。 ほかの部分も、無い。 何も無い。 いやホント。 精神的生命体である彼等には、身体というものが無いのである。 驚きである。 NASAがいくら探しても、見つからない筈であった。 そりゃそうだ。 見えないんだから。 で。 それが、問題だった。 「・・やはり相手に合わせるべき、よね」 『御意』 見えない火星の王宮で、見えない王座に座する、見えない王女の聞こえない言葉に、控える見えない家臣達が、そろって聞こえない賛同を返した。 実際には、見えないし聞こえない。 沈黙の、世界である。 空白の、世界だ。 リアリティを追求した表現なら、この先は全て空白スペースで書くべきかもしんない、沈黙空白世界である。 空白スペースだけで、1000文字とか。 書くのは非常にラクそうだ。 いや、でも、しかし。 そんなん書いたら誰も口きいてくんなそうなので、リアリティをポイっと捨てて、大胆にも物質的意訳で物語は続くのだった。 「合わせるのはいいとして、問題は、どーゆー物質的形状をとるべきかってことよねぇ・・」 華奢な小首を再び傾げ、女王が鈴のような声で、呟いた。 今度は小首もある。 呟きだって聞こえる。 物質的意訳の賜物である。 んで。 「適当でいいかと。はい」 脇に控える女官長が、若き女王の呟きに、冷静沈着かつ無感情に、さらりと答えた。 「あのね」 「はい」 「そういう訳にもいかないでしょ、やっぱり」 「そうですか」 「ご近所なんだし、気を害しては大変だもの。色々配慮せねばダメよ。最初が肝心じゃないの」 「あんな下等動物、ご近所とは認めませんが」 どきっぱりと、女官長が言う。 冷静沈着かつ無表情。 一縷の揺らぎもない、一言である。 「・・・ホントにアナタ、地球人が嫌いなのね」 「大嫌いです。はい」 「・・・」 女官長は、自分に正直な人だった。 地球人が、嫌いなのだ。 まあ、正直なのはいいが。 『地球人がついに火星にまでやって来た記念:友好的なファーストコンタクトを目指すぞ会議』の真っ最中に、平然とそゆことのたまわうのは、どーにかして欲しいと思う女王だった。 「・・とにかく」 大きく息を付いてから、女王は言った。 「地球人に"見える"ように、我々が物質的形状をとって"現れる"必要がある訳で」 『御意』 「彼等と友好的関係を構築する為には、その物質的形状を色々配慮せねばならない訳で」 『御意』 「ぶっちゃけ、"地球人好み"な格好がいいと思うんだけど」 『御意』 「で・・どんな格好が、いいのかしら?」 『うーむ』 悩む家臣達である。 ざわざわざわ。 ひそひそひそ。 やがて。 「は、私めにナイス提案がありまする!!」 女王の問いに、一人の年老いた家臣が、自信満々で立ち上がった。 「まあ、どんな提案?」 「コレですじゃ、コレ!」 手にしたイラストを高々と上げ、その家臣は言った。 「地球文化を長年研究した結果、彼等にとって火星人といえば、こーゆー物質的形状がデフォルトだという事が判明いたしましたのじゃ!。コレこそ地球人好みの、火星人に相応しい格好でございますのじゃ!!」 自信満々。 手にしたイラストを、女王へと向ける老家臣。 そこには、タコが書かれていた。 タコ、である。 アレだ。 SF史の初頭、H.G.ウェルズ著『宇宙戦争』によって確立された、あの姿。 典型的な、タコ型火星人の、イラストである。 確かに、相応しい格好だった。 ぴったりすぎである。 「コレなら地球人達に、友好的感情を芽生えさせる事必須!!。まさにベスト物質的形・・」 「異議有りっ!!」 反対側に控えていた、一人の若い家臣が勢い良く立ち上がる。 びしっ。 そしてタコのイラストを指差し、力強く言った。 「私の研究によれば、それは侵略者としての火星人の姿だ!!」 「ちっ」 「地球人に友好的とは、腹片痛いわ正露丸。それじゃ喧嘩売ってるようなもんではないかっ!!」 「五月蝿い、若造めっ!!」 「なんだと!」 若き家臣を一喝して、老家臣はにやりと笑う。 「古典なのじゃよ、古典的表現!!、私の研究によれば、ノスタルジーを沸き立てるこの姿は、地球人に生暖かい友好的感情を抱かせるのじゃ。敵対心など皆無、懐古心バリバリじゃ。研究不足の若造には理解できまいが、コレこそナイス形状なのじゃよ君!!」 「うぐっ」 「ふふーんだ、反対しか出来ん青二才めが。バーカ、バーカ」 「に、にゃにを言う!!」 「悔しかったら、コレに勝る意見を出してみたまへ、君」 「ああ、出したるっ!!」 売り言葉に、買い言葉。 今度は若き家臣が、手にしたイラストを女王へと掲げて言う。 「女王よ、私めは、この形状こそ相応しいと思いますっ!!」 掲げたイラスト。 そこには、一人の地球人的美女が描かれていた。 火星の女王。 デジャー・ソリスの絵姿である。 それも、創元推理文庫だ。 "幾多のデジャー・ソリスあれど、これに勝るデジャー・ソリスなし" 故・武部本一郎氏のパワー炸裂。 紫の衣装が、実に美しい。 最強の絵姿である。 「あら素敵」 「そーです、素敵なのです!!」 胸を張って、若き家臣が続ける。 「私の研究によれば、この形状こそ、地球人にとって"萌え"と呼ばれる一種の愛情を抱かせる、もっとも素敵で友好的な火星人像なのです。あんなタコよりこちらの方がベスト・オブ・ベスト!!かつて、これほど麗しく美しい火星人の姿があっただろうかっ!!、いや、ないっ!!最高最強です!!」 鼻息荒い力説だった。 個人的萌え入りである。 「騙されてはなりませんじゃっ!!」 すかさず老家臣が噛み付いた。 「そんな地球人そっくりな形状、科学的根拠が無いではないかっ!!地球人が混乱するのじゃっ!!」 「黙れ老人!タコこそ非科学的だろうがっ!!」 「バカめ!、低重力ゆえの足、高度な知性ゆえのデカい脳と、薄い大気ゆえのデカい肺を内包した、すんごくデカい頭!!、科学的根拠バリバリじゃ!!。それに比べ地球人モドキな形状など、全然センスオブワンダーしとらんのじゃ!!、駄目も駄目ダメダメじゃ!!」 「判ってないなぁ・・卵で産まれたり、幼児でも大人顔だったり、細かい所がワンダーなんだよジジイっ!!」 「くだらんな、青二才が!!」 「なんだとボケ老人がっ!!」 「なんじゃとっ!!教育しちゃるぞ、きさんっ!!」 「おもしれぇ、やってみろ!!コラッ!」 喧々囂々。 大荒れである。 てんわやんやの、大騒ぎだ。 こーして。 火星の王宮は、すっかり『朝まで生討論』と化したのだった。 「なんだかなぁ・・」 呆れる女王である。 んで。 目前で続く、てんわやんやのバカ騒ぎ。 いいかげん見飽きたころに、女王は女官長へと聞いた。 「ねぇ、女官長?」 「はい」 「アナタなら、どっちの提案がいいと思う?」 「どっちでもいいです。はい」 「・・・」 相変わらずの、冷静沈着かつ無感情な返答である。 「そーゆー訳にもいかないでしょ」 「はい」 「提案は二つなんだから、どっちかに絞らなきゃね」 「はい」 「で、どっちがいいと思う?」 女王が再び問う。 女官長は、少し小首を傾げてから、無表情に答えた。 「なら、両方です」 「・・・どーゆーこと?」 怪訝な表情で、女王は女官長を見る。 女王の視線に、女官長は抑揚ない声で、静かに言った。 「つまり、両方を採用するという事です」 「・・と、言うと?」 「つまり、タコが着ぐるみをまとえば、両対応でバッチリかと」 しーん。 喧々囂々の罵声がピタリと止んだ。 そして。 『そ・れ・だ・っ!!』 こーして。 全会一致で、会議は終了したのであった。 --- と、ゆーわけで。 NASAが建設した火星基地に、突如現れた火星人達。 人類初のファースト・コンタクトにおいて、麗しきデジャー・ソリスの姿で現れた、火星の女王。 その背中に、しっかりファスナーが付いていたのは、そーゆー訳だった。 ちゃんちゃん。 |