『アンドロイドなレディ』

 みなさん、こんにちわ。私はロボットです。ゲンナイ・アンドロイド研究所で作られ、所長であるゲンナイ博士の秘書をしています。
 秘書ロボットと言っても、私は、SF映画に出てくるような『人間型』とはほど遠い外見で、直方体と円筒の積木を積んだみたいな形です。秘書・看護婦・家政婦といった、学習能力を必要とされるロボットを作る場合には、人間に近い形では政府の許可が降りません。
 「政治家はプライドだけ高いただのアホウだ」と博士は怒っていましたっけ。

「ミドリ君。明日、仲神が来るよ」と、博士が教えてくれました。
「えっ、本当ですか? わーい☆」
 私はうれしくて足をジタバタさせました。
ドン! ドン! ドン!
 「うわっ」「ぎゃ!」・・・今ので何人かの社員が椅子から転げ落ちました。しまった、パワーを制御しそこねたようです。
 目(レンズ)が淡いグリーンなので、博士は私を「ミドリ」と呼びます。本名はISBN4−15−010229。本名で呼ぶのは面倒みたい。私も「ミドリ」って呼ばれる方がうれしいです。
 仲神さんは大阪工場の設計部の人で、一ケ月に一回、東京へ出張してきます。笑うと目が「へ」の字になって、可愛いの。
 私はこんな姿だし、好きだって知られたら笑われるだけ。ううん、優しい人だから、気は使ってくれるかもしれないけど、迷惑には違いないわよね。
 これも初期インプットなのかな。
 「へ」の字の目が好きとか、企画が通った時のガッツポーズをかっこいいと思うとか。会って二回目の時、私の入れたコーヒーを飲んで「この前もうまいなー思おて、楽しみにしとったんや」って笑って、それで私が一気に恋しちゃうのも、予定のうちなの?
 時々そんな悲観的な考えに陥る時がある。片想いって切ない・・・。くすん。
 好きな人に明日逢えるとしたら、普通の女の子は何をするんでしょう。お風呂に入って髪はトリートメント。お肌はパック?
 私には、磨くお肌も髪もないし。スチールのボディは磨けば確かにピカピカに光るかもしれないけど、あんまり意味はないしなあ。 というわけで、私は、研究所の応接室を綺麗に掃除してピカピカにしました。仲神さん用のカップも買いました。珈琲専門店でコーヒー豆もひいてもらう。いつもよりちょっといい豆。

 翌日仲神さんは雨の中やって来ました。片手には大きな図面ケース。片手には傘。
 「雨の中、ごくろうさまです」と、タオルを渡しただけで、私はもうドキドキ。
 私は仲神さんを応接室に通して、心をこめてコーヒーを入れました。「心」なんてないロボットの私が、こんな表現はヘンかしら。『私の性能のすべてを駆使して』なんてね。
・・・・・・自嘲的だなあ。
 「カップが新しくなったんやね」
 「仲神さん用のカップを買ったんです。仲神さんもスタッフの一員ですもの、いつまでもお客様用のカップじゃね」
 「そない言われると、仕事がんばらんとあかんと思うわ。君は有能やなあ」
 彼は笑顔でコーヒーを一口すすりました。 「入れるコーヒーもうまいし」
 「私が有能なわけじゃないですー。プログラムを作った博士のおかげです。私はただパターンで統計を出して行動しているだけだから。体験から次の最良の行動を判断して行う、という」
 「人間もそうや。同じやろ?」
 仲神さんの言葉に、私はぎゅっと木のお盆を抱き締めました。
 「わ、私なんてこんなごっつい形なのに、『人間と同じ』だなんて・・・」
  めりめり・・・・・・。パリン!
 しまったー! 思わず力が入りすぎて、お盆を割ってしまったー! こんなところ、仲神さんに見られたくなかったよぉぉ。
 私があわてて破片を拾い始めると、彼もしゃがんで手伝ってくれました。怪力な女と呆れているでしょうか、恥ずかしくって、彼の顔を見ることができません。
 「高い学習機能を搭載すればするほど、外見は人間に似せてはあかんからなあ。でも、そのかっこは賢いあかしなんやと自信を持たなぁあかんよ」
 「仲神さん・・・」
 「博士も君を作る時にはだいぶ政府と闘いはった。女の子やから指定された形では本人が傷つくってなあ。『ロボットが傷つく?』と役人は笑うたそうやが」
 私は、わっと走り出したい気持ちでした。嬉しいのと悲しいのと苦しいのとが、ミキサーで混ぜこぜになったみたい。でも、今走り出したら、確実に壁をぶち抜くだろうな。
 ガチャリと応接室のドアがあいて、博士が入って来ました。
 「今、博士の分のコーヒーをお持ちします」 あわてて私は部屋を出ました。こぼれてもいない涙をふく場所をさがすために。

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ゲンナイはソファに深く腰かけると、煙草に火をつけた。
「本当なら『嬉しい誤算』と言うところだが。ここまで人間の感情に近くなると、かわいそうで見てられんよ」
 取り出したアウトプット用紙には、さっきのミドリのモノローグが印字されていた。
「こんな健気な感情パターン、とても機械とは思えませんわ」
「この私が、女性の感情のここまでの機微を初期登録できるわけがない。これはもう機械の学習機能の域を越えている」
「といいますと?」
「『ISBN4−15−010229は心を持ってしまった』、そんなことを言い出したら、君は私が狂ったと思うかもしれんがな」
「いや、そんな・・・」
 このモノローグを見てしまっては、とても笑い飛ばす気にはなれない。ミドリは本当に心を持ってしまったのか。それとも我々がこの感情パターンに心を動かされて『心がある』と思いたいだけなのか。
 人間相手に働く、看護婦や秘書、ベビーシッター等のロボットの学習効果は、驚異的数字で上がっていくという統計が出ている。ミドリのような例も増えているのかもしれない。
 ロボットの機能と人間の心。だいたい、人間の、何が『心』なのか。
 仲神も煙草に火をつけ、ため息をついた。 生物のどの程度のものにまで感情があるのだろう。
 猿。犬。イルカ。蛇。金魚。ゴキブリ。ミドリムシ。ミジンコ。桜。コケ。
 飼っている犬と心が通じ合っていると思い込んでいる飼い主。ファミレスの客たちに心があることなんか知らないライフル乱射魔。相手の『反応』を『感情』だと思うのは、自分を鏡にしているからかもしれない。
 考え込んでいた仲神の腕に、一匹の蚊が停まっていた。叩き殺そうとした瞬間、はっと手を止めた。蚊にはどの程度の知能や感情があるのだろう。
 その隙に、蚊はぶーんと空中へ逃げ去った。 と、ノックの音。
 「博士、コーヒーをお持ちしました」
 ミドリだ。ゲンナイと仲神はあわててテーブルの上の資料を片付けた。

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 夕方近く、仲神さんはまた雨の中を帰って行きました。「また来月なあ」と。
 少し言葉がくだけてきましたね? 来月はもっと親しくお話できるようになるといいな。 仲神さんの傘に降り注ぐ雨だけが、七色にきらきらと輝いて見えました。

               <END>  

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